2012/05/29 - 2012/05/29
32位(同エリア192件中)
ベームさん
6日目、5/29。
いよいよハンザの盟主、ハンザの女王といわれたリューベックです。
リューベック:人口22万人。12世紀、ハインリヒ獅子公が前からあった村に新しく都市を建設、商人を集め背後にあるリューネブルクの塩を武器に北海、バルト海の海産物の取扱いにより大いに栄えた。
15世紀ころからスペイン、イギリス、オランダなどの海上制覇、塩の独占の崩壊、交易路の変化などでハンザの衰退によりリューベックの繁栄も翳ってきた。
昔日の面影はないが今でも木材、農・海産物、鉱石などの輸出入でドイツの主要な港湾都市の一つ。
作家トーマス・マン、ギュンター・グラス、戦後西独首相を務めたヴィリー・ブラントら3人のノーベル賞受賞者を輩出している。
リューベックは見どころが多いので旅行記は1,2と分けました。これはその1です。
写真は塩の倉庫のアーケードにある商店のショーウインドウ。なんでもありません。ただ綺麗だったので。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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赤まる
キールからリューベックへ。
途中にグレーサー・プレーン湖があります。 -
キール駅のWCセンター。
ドイツの鉄道のトイレはろくなのが有りませんが中にはこんな立派なのがありました。
24時間営業。50セント。
こんな立派なのはいらないからトイレの無い駅、50セントを入れても扉が開かないトイレ(勿論お金は戻って来ません)をなくして欲しい。 -
キール発8:44RE、リューベック9:52着。
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リューベックに向かう右手の車窓には大きな湖がありました。地図を見ますとこの間は小さな湖が点在しています。1番大きいのがグレーサー・プレーン湖というので多分これでしょう。ドイツでは車窓に湖を見ることはあまりありません。
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車窓。
グレーサー・プレーン湖。 -
リューベック到着。9:52。
ここもフーズムと同様胸わくわくの地です。そう、ハンザの女王、ハンザ同盟の中心都市でありトーマス・マンの生地です。 -
リューベックHbf。
今日も天気だ!・・・これも夕方までの話でしたが。 -
駅前のZOB/バスターミナルです。
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ホテルリンデンホーフ。
駅から数分。ここに今日と明後日2泊します。
バスタブつきで1泊64ユーロ。いいホテルでした。 -
ホテルの前のロータリー、リンデン広場。
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ロータリー。
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リンデン広場から中洲に架かる橋、プッペン(人形)橋。
広場から市の中心部、旧市街地までには二つの橋があり、これは手前の橋です。 -
トラーヴェ川。
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有名なホルステン門が見えました。
ホルステン門は細長い中洲の上に建っています。右奥の塔は聖ペトリ教会、左奥の双塔は聖マリエン教会。 -
この景観、ああリューベックだな。
北ドイツ地方に多い煉瓦造りの建物です。 -
リューベックのシンボル。要塞として1478年完成。
よく見ると少し傾いています。建物の重みで片方が地面にめり込んでいるのです。 -
ホルステン門。
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ホルステン門。
CONCORDIA DOMI FORIS PAX と書かれている。
ラテン語で、内には団結、外には平和を、という意味らしい。 -
ホルステン門。
門をくぐり内側です。 -
旧市街地側から見たホルステン門。
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ホルステン門。
今は歴史博物館になっています。 -
ホルステン門の横には16~18世紀に建てられた塩の倉庫があります。
塩はリューネブルクからリューベックまでは水路と陸路で運ばれ塩の道といわれました。 -
表紙の写真の塩の倉庫のアーケードです。
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ホルステン門と塩の倉庫。
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二つ目の橋の上から。
トラーヴェ川。 -
二つ目の橋から見たホルステン通り。塔は聖ペトリ教会。
旧市街地はこの橋の向こうにトラヴェ川とトラヴェ運河に囲まれた柿の種みたいな形の島/中洲の上に広がっています。 -
ホルステン通り。
ゆるやかに上っています。 -
ホルステン通りの花屋さん。
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八百屋さん。
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聖ペトリ教会。
ホルステン通りの路地をちょっと右に曲がったところにある漁師を守護する教会。起源は1240年。戦後再建。
リューベックも先の大戦で大きく破壊され、古い建物の多くは戦後再建されたものです。 -
聖ペトリ教会。
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聖ペトリ教会。
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聖ペトリ教会。
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聖ペトリ教会の塔の上から眺めたホルステン門と塩の倉庫。
塔の上にはエレベーターで昇れます。ハンブルクといい此処といいエレベーターがあるところだけ登ります。 -
ホルステン門と塩の倉庫。
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町の南にある大聖堂。
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町の中心、聖マリエン教会。
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リューベック市庁舎。
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トラヴェ川。
右端に修復中の塩の倉庫が見えます。 -
トラヴェ川。
リューベックの港はトラーヴェ川を通じてバルト海に出ます。 -
聖ペトリ教会の先を左に曲がりマルクト広場にやって来ました。
聖マリエン教会と市庁舎です。 -
マルクト広場。
尖塔は聖ペトリ教会。 -
マルクト広場。
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市庁舎。
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市庁舎の白い建物の地下にはラーツケラーがあります。
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強い北風を通す丸い穴。北ドイツの町の市役所によく見られます。
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市庁舎。
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市庁舎のアーケード。
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市庁舎のアーケード。
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市庁舎。
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黒レンガで造られています。
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ハンザ都市の紋章などがはめ込まれています。
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ブライテ通り側の市庁舎正面。
黒レンガの建物と背中合わせ。外付けの石の階段がある。ドイツの古い市庁舎ではよく見かけます。 -
ブライテ通りの市庁舎。
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市庁舎入り口。
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入り口の出窓の装飾。
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市庁舎のホール。
内部に入れてもらおうとしたら一人ではダメ、ツアーのみと言われました。 -
市庁舎のホール。
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市庁舎の真向いにはマジパンで有名なニーダーエッガーのお店があります。あとで食事をしました。
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マジパンはこの地の名産で、アーモンドと砂糖で造られるペーストです。
シュトレンと共にクリスマスに喜ばれます。 -
リューベックの目抜き通りブライテ通り。
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ブライテ通り。
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市庁舎の北側にある聖マリエン教会。
市街地の南にリューベック大聖堂がありますが、リューベックでは聖マリエン教会のほうに重きがあるようです。観光客も大聖堂まではあまり足を延ばしません。 -
聖マリエン教会。
1350年の建設だが戦後再建。議員とか商人の教会。レンガ造りのゴシック建築ではドイツ最大。尖塔の高さは125mあります。 -
聖マリエン教会。
1705年、20歳のバッハが当時この教会のオルガン奏者を務めていたブクステフーデのオルガンを聴くため、400キロほど離れたアルンシュタットからやってきたという。 -
聖マリエン教会。
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聖マリエン教会。
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この教会を建設するのを手伝ったという悪魔。酒場が出来ると思って手伝ったが実は教会だったので怒って教会を壊し始めた。そこで人々は悪魔のために酒場を造ってやり悪魔の怒りも治まったという事です。
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以下聖マリエン教会です。
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リューベック聖マリエン教会
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リューベック聖マリエン教会
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身廊の高さ38.5mはウルム、ケルン大聖堂に次ぎ3番目。
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聖マリエン教会。
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聖マリエン教会。
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聖マリエン教会。
重厚な建物です。 -
側廊。
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聖マリエン教会。
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聖マリエン教会。
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聖マリエン教会。
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リューベック聖マリエン教会。
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リューベック聖マリエン教会。
カッセでは絵葉書などを売っています。 -
リューベック聖マリエン教会。
死の舞踏のステンドグラス。これは戦後のものらしいです。 -
第2次世界大戦で爆撃のため尖塔から落下した鐘。
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リューベック聖マリエン教会。
天文時計。 -
ミュンスターで大聖堂の天文時計を見損ないましたがこんな物なんですね。
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リューベック聖マリエン教会。
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聖マリエン教会の天文時計。
写真の一番上で2052年、いったい何年まであるのだろう。 -
聖マリエン教会の天文時計。
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聖マリエン教会。
全体像を絵葉書から借用しました。 -
聖マリエン教会の北側メンク通り。
白い建物がブッデンブロークハウス。 -
ブッデンブロークハウスにやって来ました。
マン兄弟の祖父母の家です。1841~1891年の間マン家の所有でした。トーマス マンはこの近くのブライテ通りの家で生まれたそうです。1890年、父の死によりマン商会は解散、一家はミュンヘンに移った。マン自身も1893年リューベックを離れています。
「ブッデンブローク家の人々」はそのマン商会の盛衰、「トニオ・クレーゲル」はマン自身の少年時代をそれぞれモデルにしています。リューベックの風景が描かれています。 -
ブッデンブロークハウス。
「ハインリヒとトーマス・マンセンター」。
極めて簡単な表示です。マンはナチスの圧政下のドイツを離れ、故国に戻ることはなかったのであるいはドイツ人に快く思われていないのかもしれません。
トーマス・マン:1875年リューベックで生まれ1955年チューリヒで死去。1936年ナチスドイツに抗しアメリカに移住、晩年はスイスに住みドイツに住むことはなかった。生没の時期、書店員の経験、反ナチス活動、ノーベル賞受賞、スイスでの終の棲家などトーマス・マンとヘルマン・ヘッセは極めて似た人生を送っているなあと私は思うのですが。 -
ブッデンブロークハウス。
ここのショップで自分用とお土産用に「トニオ・クレーゲル」の本を買いました。
撮影禁止なので写真はありません。(ではこれはなんだ)。 -
「トニオ クレーゲル」表紙。フィッシャー刊。
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シャッベルハウス。
ブッデンブロークハウスを下ったところにある昔のハンザ商人の家です。 -
シャッベルハウス。
今は人気のレストランになっています。 -
12時を回りました。ここで昼食とします。
リューベック名物赤ワイン、ロートシュポン/ROTSPON。
「地球の歩き方」によると、シュポンとは木樽のこと。ハンザ時代リューベックの船が塩を積んでフランスのボルドーに運び、帰りの空樽にボルドーの赤ワインを積んで帰りリューベックでさらに熟成させたところとても美味しいワインが出来たというのです。
1杯6.5ユーロ、結構高いです。味覚の鈍い私には違いは分かりませんでした。
ここまででリューベックの1とします。 -
食後のカプチーノ。
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