2025/10/08 - 2025/10/09
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sanaboさん
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プラハ最終日は午前に「市庁舎の塔」とカレル橋の旧市街側の「橋塔」に登りましたが、生憎のお天気でかなり残念…(リベンジしたい!)
午後は「市民会館」内部のガイドツアーに参加し、その後「ミュシャ美術館」と「新ミュシャ美術館(サヴァリン宮殿)」を訪れました。
華麗な建築やミュシャの作品に息づくチェコのアール・ヌーヴォーの魅力に酔いしれた楽しい街歩きでした。
*・・*・・*・・《旅 程》・・*・・*・・*
10/01(水) HND発21:50(JL6877)→(機中泊)→
10/02(木) ヘルシンキ着04:40(乗り継ぎ)ヘルシンキ発07:40(JL6879)
→フランクフルト着09:20
フランクフルト発11:35(列車)→ニュルンベルク着14:04《泊》
10/03(金) バンベルク日帰り観光《ニュルンベルク泊》
10/04(土) ニュルンベルク発10:06(列車)→ライプツィヒ着12:10
ライプツィヒ発12:31(列車)→ドレスデン着13:40《ドレスデン泊》
10/05(日) ドレスデン観光《ドレスデン泊》
10/06(月) ドレスデン発11:10(列車)→プラハ着13:23《プラハ泊》
10/07(火) プラハ観光《プラハ泊》
★10/08(水) プラハ観光《プラハ泊》
★10/09(木) プラハ発10:00(バス)→チェスキー・クルムロフ着12:35《泊》
10/10(金) チェスキー・クルムロフ発12:20(CKシャトル)→ウィーン着16:30《泊》
10/11(土) ウィーン観光《ウィーン泊》
10/12(日) ウィーン観光《ウィーン泊》
10/13(月) ウィーン観光《ウィーン泊》
10/14(火) ウィーン発11:35(JL6836)→ヘルシンキ着15:00(乗り継ぎ)
ヘルシンキ発17:45(JL6800)→(機中泊)→
10/15(水) NRT着13:05
※旅行時 1ユーロ≒182円(カード決済のレート)
1CZK(チェコ・コルナ)≒7.6円(為替レート)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ホテルで朝食後、早速街へと出かけました。
-
ツェレトゥナー(Celetná)通り
火薬塔から旧市街広場へと続く、プラハで最も古い通りのひとつです。
(写真は)「ボヘミアの鷲の家」(Dům U České orlice)
19世紀末建設のネオ・ゴシック様式とネオ・ルネサンス様式が融合した建物で、外壁のスグラフィットとバルコニーが印象的☆ -
ツェレトゥナー(Celetná)通り
火薬塔から旧市街広場、カレル橋を通って
プラハ城へと続く『王の道(※)』の一部でもあります。
※歴代の王が戴冠パレードを行ったメインストリート -
ツェレトゥナー(Celetná)通り
「シクストゥスの家」(Sixtův dům)
バロック様式のファサードが美しい建物ですが、地下には12世紀頃のロマネスク様式のアーチ構造や14世紀のゴシック様式の石壁が残されているそうです。
プラハ出身の文豪フランツ・カフカが1888年~1889年(5~6歳)にかけて、家族とこの建物の2階に住んでいたとか。 -
ツェレトゥナー(Celetná)通り
「フルザーン宮殿」(Palác Hrzánů z Harasova)
もともとはゴシック様式だった建物を18世紀初頭にバロック様式で改築した、フルザーン伯爵家の私邸宮殿だった建物です。
アトラス像やアイアンワークのバルコニー、ファサードの豪華な彫刻に目を引かれました。 -
ツェレトゥナー(Celetná)通り
「白孔雀の家」(Dům U Bílého páva)
18世紀中期のロココ様式(あるいは後期バロック様式)の建物で、優美なサーモンピンクのファサード中央には孔雀が描かれています。
当時、孔雀は「物質が様々な色に変化し、純粋な状態へ近づくプロセス」を象徴する聖なる鳥とされていたため、この通りの象徴的なシンボルとして掲げられていたとか。 -
ツェレトゥナー(Celetná)通り
左手は「マダム・タッソー館」ですが
ショーウィンドウで踊ってる人は誰?! -
Celetná通り
18世紀前半建造のバロック様式の建物 -
旧市街の中心広場「旧市街広場」
(写真は)広場に立つ「ヤン・フスの像」
ヤン・フスはボヘミア宗教改革の先駆者で、カトリック教会の堕落を批判し、法王と教会の権威を否定したため異端として火あぶりの刑に処せられたのだそう。ヤン フス像 モニュメント・記念碑
-
旧市街広場に面して建つ「キンスキー宮殿」
18世紀建造の後期バロック様式の建物で、ロココ様式や新古典主義の装飾が施されています。
現在は国立美術館分館として使用。ゴルツ キンスキー宮殿 城・宮殿
-
「石の鐘の家」
13世紀後半にゴシック様式で創建後、時代ごとにそれぞれの様式で増改築されてきた建物です。
1988年の改装時にゴシック様式のファサードが現れたため、すべての装飾を削って現在の(オリジナルの)姿になったのだそう。石の鐘の家 建造物
-
「旧市庁舎」(右奥は「ティーン教会」)
旧市庁舎は中世以降、周辺の建物を次々と
取り込んで連結された複合建築です。 -
「旧市庁舎」
高さ69.5mの塔からはプラハの一大パノラマを見渡せます。プラハ旧市庁舎の塔 建造物
-
塔が完成したのは1364年。
現存する世界最古級の天文時計はプラハのシンボル的存在です。天文時計 建造物
-
市庁舎の「天文時計」
2つの文字盤の上には天使像が置かれ、9~23時の毎正字に両側の窓が開いて12使徒が現れる仕掛け時計になっています。 -
「天文時計」《上の『天文文字盤』》
1410年に設置されたアストロラーベ(天文観測器)で、地球から見た天空の動きが再現されています。
文字盤には数字が書かれたリングが複数重なっており、金色の手の形をした針(①と②を表示)と金色の太陽(③を表示)が「3つの時間」を示しています。
①現代の時間(ドイツ時間)… 一番外側のローマ数字(I~XII)
②古いボヘミアの時間(イタリア時間 )… 回転するアラビア数字(1~24)のリング
③バビロニアの時間(不等時法 )… 背景の水色部分の黒いアラビア数字(1~12)
③は 古代バビロニアで使われていた時間で『日の出から日没まで(昼の時間)をきっちり12等分する』数え方のため、昼が長い夏と短い冬とでは「1時間の長さ」が異なるのだそう。
電気のなかった時代に昼(=行動できる時間)を有効活用するための知恵だったのでしょうね。 -
「天文時計」《上の『天文文字盤』》
毎正時に、文字盤右上の「死神の骸骨」が紐を引いて鐘を鳴らし、左手に持つ砂時計をひっくり返します。
これは「どんなに華やかな星座や太陽の時間が流れても、人間はいつか死ぬ(時間を大切に生きなさい)」という、中世キリスト教の強いメッセージ(メメント・モリ)が込められているのだとか。 -
「天文時計」《下の『暦文字盤』》
『カレンダリウム(Calendarium / 暦盤)』と呼ばれる1年365日のカレンダーで、1490年に付け加えられました。
文字盤真上(12時の位置)の金色の矢印が「今日」を示しています。
(1目盛りずつ1年かけて文字盤が回転)
外側の12の円は『月』を表し、それぞれの月に対応する農作業や季節の情景が描かれています。
内側の小さな円には外側の『月』に対応する『黄道十二宮・12星座』が描かれています。
画家ヨゼフ・マーネス(Josef Mánes)が19世紀に制作したものですが、こちらはレプリカでオリジナルはプラハ市博物館に保存されているそう。
(文字盤の機構は中世のものですが、文字盤の絵は19世紀の作品ということですね) -
これから市庁舎の塔に登りま~す!
こちらのオレンジ色の建物内にチケット売り場と塔への入口があります。
※料金は階段利用が350CZK(≒2,660円)
エレベーター利用だと450CZK(≒3,420円)プラハ旧市庁舎 建造物
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塔の展望スペースにて
素晴らしい眺望ですが、残念なお天気なのが悲しい~( ;∀;)
前方に見えるのは2つの塔が印象的な「ティーン教会」
宗教改革時はフス派の重要な拠点だったそうです。ティーン教会 寺院・教会
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塔の展望スペースにて
地平線上にプラハ城とストラホフ修道院(左端)も見えます。 -
同じ建物群を塔の上からと地上で見て^^
旧市街広場 広場・公園
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ジオラマみたいで、人間が蟻のように見えます。
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「市庁舎の塔」
鉄の扉が素敵だったのでパチリ☆ -
(写真上)塔の上から見た「聖ミクラーシュ教会」
塔から降りてきて「聖ミクラーシュ教会」の写真(下)を撮っている時、なんだか体が凄く軽いことに気づきました。
きゃあ、塔に登る前にロッカーに入れてたショルダーバッグを忘れてた~
事情を話して中に入れてもらえましたが、カレル橋まで行く前に気づいてよかったぁ(≧▽≦)聖ミクラーシュ教会 寺院・教会
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「聖ミクラーシュ教会」
創建は13世紀ですが、18世紀前半にバロック様式で再建されました。 -
「聖ミクラーシュ教会」
ドーム天井には聖ミクラーシュと聖ベネディクトゥスの生涯が描かれています。 -
「聖ミクラーシュ教会」
王冠のようなシャンデリアは、ロシア正教の教会だった19世紀にロシア皇帝ニコライ2世から贈られたものだそう。
(現在はフス派の教会) -
「ティーン教会」入口
広場に面した建物群の脇を通り抜けた奥に教会の入口があります。
(内部撮影禁止だったので中には入りませんでした)ティーン教会 寺院・教会
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「一分の家」
フランツ・カフカが1889年~1896年(6歳~13歳頃)まで、家族と暮らしていた建物だそう。
もともとは15世紀初頭に建設されたゴシック様式の民間アパートでしたが、現在はプラハ市の所有で旧市庁舎の複合建築の一部になっているようです。一分の家 (ミヌタ館) 建造物
-
「一分の家」
「一分」とは時間の1分ではなくラテン語由来の「非常に小さい」「細かく刻んだ」を意味し、かつてこの建物にあったタバコ屋がタバコの葉を細かく刻んで販売していたことから、そう呼ばれるようになったとか。
外壁の「スグラフィット装飾」が見事で、ギリシャ神話や聖書の場面(アダムとイヴ, etc.)などがモチーフとなっています。 -
入口の4体のアトラス像が印象的な「クラム・ガラス宮殿」
クラム ガラス宮殿 城・宮殿
-
カレル橋を渡り、やって来たのは「トゥルデルニーク」のお店
店員さんたちが中世風の衣装を着てるので、見ていて楽しい~♪ -
チョコやフルーツのトッピングもできますが、プレーンをオーダー。
※お値段は160CZK(≒1,220円)
観光地の食べ物なのでお味はそれほど期待してなかったけれど、コーンの部分もアイスクリームも期待をはるかに超える美味しさでした!
今すぐにでもまた食べたいくらい^^ -
トゥルデルニークを食べながら、作る工程を眺めてました。
イースト発酵させた小麦粉の生地(パンのような?)を円錐形の型に巻き付けて、コロコロ転がしながら焼いていきます。
中はもっちり外側はカリッと焼かれた香ばしいコーンに、グラニュー糖をまぶして出来上がり~☆彡 -
カレル橋をまた渡って戻り、正面に見える旧市街側の「橋塔」に登ります。
カール4世の治世(14世紀後半)にゴシック様式で建造された塔は、防御のためだけでなく、ボヘミア王の戴冠行列が通る凱旋門でもありました。 -
旧市街側の「橋塔」
※入場料は250CZK(≒1,900円)
外から見えた窓の部分は、凝った天井装飾の部屋になっていてびっくり。旧市街橋塔 建造物
-
旧市街側の「橋塔」
(写真左)橋塔の屋根部分を見上げて
(写真右)138段の石段を上った展望スペースは
狭いけれどぐるっと一周できます -
「橋塔」の展望スペースにて
カレル橋やプラハ城、ストラホフ修道院まで見渡せるプラハ一の絶景のはずなのに、生憎のお天気で悲しい…( ;∀;)カレル橋 建造物
-
AIに「青空にして」とお願いしたらこうなりました。
う~ん、ちょっとケバケバしいかも(*'ω'*) -
「橋塔」の展望スペースにて
反対側(旧市街側)からはたくさんの塔が見え
プラハが『百塔の街』と呼ばれた所以が分かります。 -
地下鉄のホームは近代的なデザイン
-
地下鉄で「市民会館」の最寄駅まで戻ってきました。
15:15の「市民会館」のガイドツアーを
公式HPから申し込んであります。
※料金は320CZK(≒2,430円)
https://www.obecnidum.cz/en/tours/
英語とチェコ語のガイドツアーのみですが、日本語の解説の小冊子を貸していただけます(ツアー後に返却)市民会館 建造物
-
「市民会館」
正面玄関の上部を飾るモザイク画のテーマは 『プラハへの賛辞』
『度重なる苦難や歴史の荒波を乗り越えてきたプラハの街』を神格化し称えるもので、中央に座る女性はプラハを象徴する寓意像なのだそう。 -
「市民会館」正面入口
-
「市民会館」公式チケットオフィス
ステンドグラスがとても素敵です☆彡 -
チケットオフィスでガイドツアーに申し込んでることを伝えると、日本語の小冊子を渡して下さいました。
ツアーが始まるまでの待ち時間に内容の写真を撮っておきました。 -
エントランス正面の大階段を上った先にクロークがあります。
-
30名ほどの参加者でガイドツアーが始まりました。
まずは階段で地上階(Ground Floor)から1階(First Floor)へ。 -
「スメタナ・ホール」の正面エントランス(1階席の入り口)
"fok"と書かれた赤い看板は、この市民会館を本拠地とするプラハ交響楽団(FOK)のロゴマークです。 -
「市民会館」《スメタナ・ホール》
チェコ音楽の父と呼ばれる作曲家ベドルジハ・スメタナへの敬意を込めて名付けられた、プラハ最大かつ最も美しいアール・ヌーヴォー様式のコンサートホールです。 -
「市民会館」《スメタナ・ホール》
毎年5月12日(スメタナの命日)に開幕する世界的な音楽祭「プラハの春国際音楽祭」のオープニング会場として使用され、スメタナの交響詩『我が祖国』全曲が演奏されるのが習わしだそう。
中でも第2曲の「モルダウ(ヴルタヴァ)」は有名ですね。
プラハを再訪出来たら、ぜひこの場所で聴いてみたいな~ -
「市民会館」《スメタナ・ホール》
1918年10月28日に、ハプスブルク帝国の支配から脱した「チェコスロバキア共和国」の独立宣言が行われたのもこのスメタナホールでした。
チェコの人々にとっては民族の自由を象徴する聖地でもあるようです。 -
「市民会館」《カフェ》(Confectionery / Cukrárna)
天井や壁面、柱のレリーフ彫刻とその上に施された金色の装飾が印象的なネオ・バロック様式のお部屋ですが、照明などにアール・ヌーヴォーの要素も見られます。 -
「市民会館」《カフェ》(Confectionery / Cukrárna)
大理石のカウンター中央には、建設当初に設置された歴史的な大型エスプレッソマシンが鎮座。 -
「市民会館」《スロヴァーツコ・サロン》
(Moravian Slovak Parlour / Slovácký salonek)
モラヴィア地方のスロヴァーツコ地域の民族模様が装飾のモチーフとなっている部屋 -
「ボジェナ・ニェムツォヴァーの小サロン」
(Božena Němcová Parlour / Salonek Boženy Němcové)
にある有名な装飾噴水(泉)です。
ボジェナ・ニェムツォヴァーはチェコの近代文学の母と称される女性作家で、陶製の噴水の背後の半円形モザイク壁には彼女が好きだったという三色スミレが描かれていて、とても素敵な一角です☆彡 -
「市民会館」《オリエンタル・サロン》
(Oriental Parlour / Orientální salonek)
当時ヨーロッパの社交界で大流行していた東洋趣味(ジャポニズムやシノワズリ、イスラム美術など)をアール・ヌーヴォーの視点で解釈した、異国情緒漂うエキゾチックな空間です。
ところで、中央やや右手に立っている女性がガイドの方なのですが、3歳くらいの息子君を連れて登場したのでした。
写真では「ママ、抱っこ~」と言って足元にしがみついてて、左側には三輪車も(笑)
この歴史ある文化施設で三輪車を乗り回す息子君は将来大物?! -
「市民会館」《オリエンタル・サロン》
(Oriental Parlour / Orientální salonek)
東洋のランタンを思わせる照明や
イスラムの香りが漂う壁面装飾が素敵です。 -
「市民会館」《グレーグル・ホール》
(Grégr Hall / Grégruv salonek)
19世紀末にオーストリア=ハンガリー帝国からの独立のために戦った政治家、エドゥアルド・グレーグルへの敬意を込めて名付けられた部屋
チェコを代表する著名な画家フランティシェク・ジェニーシェク(František Ženíšek)が手がけた、美しい壁画と天井画で埋め尽くされています。 -
「市民会館」《グレーグル・ホール》
(Grégr Hall / Grégruv salonek)
天井に描かれているのは「詩 (Poetry)」を擬人化した女神だそう。 -
「市民会館」《パラツキー・ホール》
(Palacký Hall / Palackého salonek)
19世紀のチェコの高名な歴史学者・政治家で「国父」と仰がれたフランティシェク・パラツキー(1798-1876)への敬意を込めて名付けられた部屋 -
「市民会館」《パラツキー・ホール》
(Palacký Hall / Palackého salonek)
窓辺に置かれたパラツキーの胸像が右下の鏡に映っています。 -
「市民会館」《パラツキー・ホール》
(Palacký Hall / Palackého salonek)
天井画と壁画はチェコの画家ヤン・プレイスレル(Jan Preisler)作
天井画を取り囲むアール・ヌーヴォー様式のイルミネーション(白熱電球の列)が、まるでレースのような繊細さで素敵です☆彡 -
「市民会館」《市長の間》
(Mayor's Hall / Primátorský sál)
ガイドツアーのハイライトともいうべき部屋で、アルフォンス・ミュシャが1910年から1911年にかけて天井画、壁画、カーテン、家具の刺繍、ステンドグラスにいたるまで、部屋全体のすべてをたった一人でトータルデザインした唯一無二の最高傑作です。 -
「市民会館」《市長の間》
(Mayor's Hall / Primátorský sál)
ミュシャはこの市民会館の装飾の仕事を依頼された際、オーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあった祖国への愛国心から、なんとほぼ無報酬でこの部屋のデザインを引き受けたのだそうです。
チェコ民族の独立への熱い祈りと歴史が詰め込まれた厳かな空間です。
(※市民会館の建設は1905~1911年、チェコ独立は1918年) -
「市民会館」《市長の間》
(Mayor's Hall / Primátorský sál)
ドーム状の天井画には『スラブの団結』をテーマに、スラブ民族の人々の営みが円形に描かれ、その空の中央には翼を盾にして人々を守る鷲が描かれています。 -
「市民会館」《市長の間》
(Mayor's Hall / Primátorský sál)
天井のドームを支える三角形の湾曲した壁面には、8人のチェコの歴史上の偉人たちが『民族の美徳』を象徴する存在として描かれています。 -
「市民会館」《市長の間》
(Mayor's Hall / Primátorský sál)
中央の女性はそのうちの1人、聖ルドミラで『父祖の知恵』(Parent Wisdom)を象徴する存在です。
聖ルドミラは聖バーツラフの祖母で、聖ヴィート大聖堂のミュシャのステンドグラスにも描かれていましたね。 -
「市民会館」《市長の間》
(Mayor's Hall / Primátorský sál)
壁を覆う3つの壁画は(左から)『自己犠牲(過去)』『自身の力で(未来)』『不屈の精神(現在)』というタイトルが付けられています。
(写真の)中央の壁画には、岩の上に立つ青年の姿とともにスラブ民族の結束や祖国への愛が象徴的に描かれ、オーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあった当時のチェコ国民の不屈の精神と独立を願うメッセージが込められています。 -
「市民会館」《市長の間》
(Mayor's Hall / Primátorský sál)
ブルーを基調とした美しい植物模様のステンドグラスには、鳩と蛇が描かれています。
蛇は邪悪なイメージでしたけど、知恵や強い生命力の象徴でもあるのだとか。 -
「市民会館」《市長の間》
(Mayor's Hall / Primátorský sál)
如何にもアールヌーボーらしいデザインのステンドグラスが素敵です。 -
「市民会館」《市長の間》
(Mayor's Hall / Primátorský sál)
孔雀の刺繍が施されたゴージャスなカーテンのデザインもミュシャ自身によるものだそうです。
画家、グラフィックデザイナーというだけでなく、芸術家としてのミュシャの手腕が存分に発揮された素晴らしいお部屋でした。 -
「市民会館」《リーグル・ホール》
(Rieger Hall / Riegrův salonek)
チェコの言語や文化の権利を守るために重要な役割を果たした19世紀の政治家フランチシェク・ラディスラフ・リーグルへの敬意を込めて名付けられた部屋
壁面の2枚のフレスコ画は、チェコのアール・ヌーヴォーを代表する画家マックス・シュヴァビンスキー(Max Švabinský)による制作で、それぞれ『チェコ文学の春』『チェコ芸術の春』と題され、チェコの著名な作家や詩人、音楽家や芸術家たちが描かれています。
ハプスブルク家の支配下においてドイツ語がエリート層の言語となり、農村部や庶民の間でチェコ語が話されていました。
19世紀に「チェコ語でも文学・学問・行政ができる社会」を作ろうという民族復興運動が起こり、チェコ語が教育・公共生活の多くの分野で急速に復活しました。
そうした背景の中、壁画にはチェコ文化を支えた偉人たちの群像が描かれ、チェコ文化の素晴らしさを称えています。 -
「市民会館」《リーグル・ホール》
(Rieger Hall / Riegrův salonek)
こちらは『チェコ芸術の春』
一番右はスメタナ、その隣はドヴォルザークなのだそう。 -
「市民会館」《リーグル・ホール》
(Rieger Hall / Riegrův salonek) -
「市民会館」《スラドコフスキー・ホール》
(Sladkovský Hall / Sladkovského sál)
19世紀後半にチェコの若者たちを率いて民族自決のために活動した政治家・ジャーナリストのカレル・スラドコフスキーへの敬意を込めて名付けられた部屋
もともとは講演・講義のために造られた講堂で、近代的なデザインの多目的ホールです。
ここでツアーは終わり、解散となりました。 -
1階(1st floor)から2階(2nd floor)へと続く階段(日本式だと2階から3階)
-
スメタナ・ホールのバルコニー席(2階席)へと続くホワイエ
アール・ヌーヴォー建築の素晴らしさのみならず、チェコ民族の歴史や独立への思い、チェコ文化にも触れることができた有意義なガイドツアーでした。 -
次に訪れたのは「ミュシャ美術館」
実業家セバスチャン・パヴロフスキー氏がミュシャ家側(ミュシャ財団)との協力関係において、1998年に開設した美術館です。
その後、両者の間で契約に関わる問題が沸き起こり、2024年5月にミュシャ財団側が契約を解除し、2025年2月にサヴァリン宮殿内に新たに「新ミュシャ美術館」を設立したのでした。
契約解除問題および「商標権・展示作品の所有権」の争いで両者は今も裁判で係争中です。ミュシャ美術館(ムハ美術館) 博物館・美術館・ギャラリー
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「ミュシャ美術館」
外壁に飾られたミュシャの絵を見たら、思わず中に入りたくなりますね。 -
「ミュシャ美術館」外壁の絵
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「ミュシャ美術館」
※入場料は300CZK(≒2,280円)
ミュシャ(写真の男性)は、このような方だったのですね~。 -
「ミュシャ美術館」
《Feather and Primrose / Plume et Primevère》
(羽とサクラソウ)1899年制作
羽とプリムローズ(サクラソウ)を手にした女性が描かれた2枚組の装飾パネルです。
如何にもミュシャらしい作品ですね。 -
《Feather / Plume 》(羽)
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《Primrose / Primevère》(サクラソウ)
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「ミュシャ美術館」
《Varient of Dame aux Camerias (Sarah Bernhardt - Farewell American Tour)》1905年
1896年の《La Dame aux Camélias(椿姫)》のポスターを、後年のサラ・ベルナール(※)のアメリカ公演用に改変したバージョンです。
※サラ・ベルナールは19世紀末から20世紀初頭のフランスを代表する大女優
1894年の年末、ベルナールが主演する劇『Gismonda(ジスモンダ)』のポスターを急遽作成する必要が生じ、当時ほぼ無名だったミュシャが手掛けることに。
街に貼られたポスターは持ち去られるほどの人気を博し、ミュシャの作品を気に入ったベルナールはミュシャと契約を結び、ベルナール主演の舞台ポスターを次々と制作したミュシャの華々しいキャリアがスタートしました。 -
「ミュシャ美術館」
《Rêverie》(夢想)1897年
もともとはF. Champenois社のカレンダーのためにデザインされた作品でしたが、人気が高かったため装飾パネルとして作り直されました。
本(※)を手にして物思いにふける女性が描かれています。
※ミュシャ財団の解説によると『装飾デザインの本でおそらく印刷見本』とのこと -
「ミュシャ美術館」
《Monaco Monte-Carlo》(モナコーモンテ・カルロ)
1897年制作
P.L.M.(パリ・リヨン・地中海鉄道)に依頼された観光ポスター
P.L.M.はパリと南仏を結ぶ主要鉄道会社でしたが、ポスターには(鉄道ではなく)青い地中海(背後にはモンテ・カルロのカジノも)と、モンテ・カルロでのバカンスを夢見る乙女が描かれています。 -
「ミュシャ美術館」
《Waverley Cycles》(ウェイヴァリー自転車)
1898年制作
アメリカの会社が製作していた自転車ブランドの広告です。
(当時、国際化していた広告市場でアメリカの自転車メーカーの製品をフランスのトップデザイナーが手掛けた一例です)
自転車のハンドルに手をかけた女性が描かれています。
手にしているのは勝利・栄誉・成功を象徴する月桂樹。
19世紀末に自転車に乗る女性の姿は画期的なものだったそうです。
それにしてもお衣装が~@@ -
「ミュシャ美術館」
《Beers from the Meuse Region / Bières de la Meuse》
(ムーズ地方のビール)1897年制作
花と麦の穂で冠を飾り、ビールのジョッキを手にして物思いにふける女性が描かれています。
ビールの広告ですが、ビールそのものではなく、原材料の麦や花が描かれたアール・ヌーヴォーらしいデザインです。 -
「ミュシャ美術館」
《Chocolat Idéal》(理想のチョコレート)
1897年制作
ココアの粉末の広告。
お母さんが子供たちにホットチョコレートを用意している幸せな家庭像が描かれています。 -
「ミュシャ美術館」
《Biscuits Lefèvre-Utile》1896年
"Lefèvre-Utile" はフランスのビスケット会社で、1897年用の企業カレンダーとして制作された作品です。
赤いポピーの花冠を付けた女性の衣装には麦の穂と鎌が描かれ、麦→小麦粉→ビスケットという発想が織り込まれています。
Lefèvre-Utile社はポスターやカレンダーのみならず、ビスケットの箱の蓋や包装紙、ビスケット缶、ラベルなどのデザインも依頼し、会社の広告全体をミュシャが受け持ちました。
ミュシャの売れっ子ぶりが窺えますね。 -
「ミュシャ美術館」
《La Passion》(受難)1904年
フランスの劇作家エドモン・アロクールによる舞台作品『La Passion』のためのポスターです。
慈悲深くて弱々しい、人間的に描かれたキリストの頭の後ろには茨の冠が描かれ、その円の中にはゴルゴタの丘を象徴する3つの十字架とエルサレムのオマール・モスクが描かれています。
1890年代の装飾的な女性ポスターに代表される『ミュシャ・スタイル』から、宗教や精神世界、スラブ民族、歴史といった分野へもミュシャ作品のテーマが広がっていったことが窺えます。
ミュシャはこの作品を最後にパリを離れ、アメリカへ渡りました。
のちに母国のチェコへ戻り、『スラブ叙事詩』などを手がけました。 -
「ミュシャ美術館」
《Czech Heart / České srdce》
(チェコの心)1917年制作
"Czech Heart" は第一次世界大戦末期の1917年末にプラハで始まった慈善・社会福祉団体で、戦争により困窮した人々や飢えに苦しむ子どもたちへの食料支援などを行いました。
作品はこの団体のシンボルとして活用され、慈善活動への寄付を呼びかけるためのポスターなどに利用されたとのことです。 -
続いて「新ミュシャ美術館(サヴァリン宮殿)」へやって来ました。
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「新ミュシャ美術館(サヴァリン宮殿)」
豪華な宮殿で、大理石の階段を上った2階に美術館があります。 -
「新ミュシャ美術館(サヴァリン宮殿)」
階段ホールもとてもゴージャス☆彡 -
「新ミュシャ美術館(サヴァリン宮殿)」
※入場料は300CZK(≒2,280円) -
「新ミュシャ美術館(サヴァリン宮殿)」
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「新ミュシャ美術館(サヴァリン宮殿)」
《Princess Hyacinth / Princezna Hyacinta》
(ヒヤシンス姫)1911年制作
実は先に訪れた「ミュシャ美術館」で観るのを楽しみにしていたのですがなぜか展示されておらず、受付の女性にお聞きするとあるはずですがないですねぇ、とのお答えでした(修復中だったとか?)
こちらに展示されていたのは同じ原版から刷られた別の作品だと思いますが、ここで観られてよかった! だけど、ちょっとヨレヨレ~(*'ω'*)
《ヒヤシンス姫》はミュシャがアメリカから帰国した直後に、舞台ポスター用に制作した作品です。
描かれている女性はチェコ人の主演女優アンドゥラ・セドラーチコヴァーとのこと。 -
「新ミュシャ美術館(サヴァリン宮殿)」
実は訪問前に美術館のクチコミを読むと、照明の状態が良くなくて作品が見づらいというコメントを散見しました。
私も同感で、左手の作品などは照明や解説板の文字が作品に反射していて、見づらいし、写真も綺麗に撮れません。
ゆくゆくはこちらの美術館に『スラブ叙事詩』の全作品が移されるとのことですが、問題点を改善してほしいです。(現在『スラブ叙事詩』は個人では行きづらい南モラヴィア地方のモラフスキー・クルムロフ城で展示されています) -
「新ミュシャ美術館(サヴァリン宮殿)」
『スラブ叙事詩』の4点が展示されていました。 -
お夕食に「新ミュシャ美術館」からほど近い
「ウ・ピンカスー」へやって来ました。
チェコで初めてピルスナー・ビールを提供したお店だそうです。ウ ピンカスー 地元の料理
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でもビールを飲めない私は、ダイエットコーラをオーダー^^;
お料理のグーラッシュが美味しかったです。 -
(翌朝)ホテルの朝食ビュッフェ
今日はこれからチェスキー・クルムロフへ移動します。 -
配車アプリのBoltで車を手配し、「ナ クニーゼツィ バスターミナル」へやって来ました。※料金は315CZK(≒2,390円)
プラハ発 10:00 → チェスキー・クルムロフ(Špičák)着 12:25
※チケットはRegioJetの公式HPから購入し4.5ユーロ(≒820円)
右奥に見える黄色いバスで、乗客はほぼ東洋人観光客で満席でしたが、私のお隣は現地のおばあちゃまでチェスキーの1つ手前の町で降りられました。
それでは、ずっと行きたくてたまらなかったチェスキーへ向けて出発しま~す!
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