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日本100名城巡りと並行して続日本100名城巡りを始めました。

【続日本100名城】No.130 高島城

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2026/06/20 - 2026/06/21

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旅行記グループ 続日本100名城

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tenko__mori

tenko__moriさん

この旅行記のスケジュール

2026/06/20

  • 新宿駅→上諏訪駅

  • 上諏訪駅→高島城

  • 高島城→上諏訪駅

この旅行記スケジュールを元に

日本100名城巡りと並行して続日本100名城巡りを始めました。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
交通
3.5
交通手段
JR特急 徒歩
  • 一泊二日で長野県にある5つの日本100名城と2つの続日本100名城を見学してきました。<br /><br />新宿駅を6:24に出発するあずさ71号で上諏訪駅に向かいます。

    一泊二日で長野県にある5つの日本100名城と2つの続日本100名城を見学してきました。

    新宿駅を6:24に出発するあずさ71号で上諏訪駅に向かいます。

  • 上諏訪駅には9:2着。<br />ここから歩いて高島城に向かいます。

    上諏訪駅には9:2着。
    ここから歩いて高島城に向かいます。

  • まだ高島城跡(高島公園)には着いてませんが、この辺りは三の丸だったようです。

    まだ高島城跡(高島公園)には着いてませんが、この辺りは三の丸だったようです。

  • 三の丸には信州一味噌の本店がありました。

    三の丸には信州一味噌の本店がありました。

  • さらに高島城跡に向かって歩いて行ったところにあった三之丸湯跡。<br />お湯がチョロチョロ流れてます。<br />触ってみたら熱かったです。

    さらに高島城跡に向かって歩いて行ったところにあった三之丸湯跡。
    お湯がチョロチョロ流れてます。
    触ってみたら熱かったです。

  • 駅から15分ほど歩いて高島城跡に着きました。<br />こちらは高島城跡北西の位置にある天守です。

    駅から15分ほど歩いて高島城跡に着きました。
    こちらは高島城跡北西の位置にある天守です。

  • しかし天気悪い…。

    しかし天気悪い…。

  • こちらの冠木橋を通って構内に入ります。

    こちらの冠木橋を通って構内に入ります。

  • こちらは北東の位置にある角櫓です。

    こちらは北東の位置にある角櫓です。

  • いつもの。

    いつもの。

  • 冠木門です。<br />高島城は廃城令で取り壊され、この冠木門も壊されましたが昭和45年に復元されました。<br />冠木門(2本の柱の上に冠木を渡しただけの門)という名称ですが、見た目は櫓門です。

    冠木門です。
    高島城は廃城令で取り壊され、この冠木門も壊されましたが昭和45年に復元されました。
    冠木門(2本の柱の上に冠木を渡しただけの門)という名称ですが、見た目は櫓門です。

  • 冠木門の石垣です。<br />野面積みが使われてます。

    冠木門の石垣です。
    野面積みが使われてます。

  • 石垣と堀は取り壊されなかった現存遺構です。

    石垣と堀は取り壊されなかった現存遺構です。

  • では、中に入ります。

    では、中に入ります。

  • 冠木門跡の説明。<br />当初は冠木門だったものが後期に楼門に建て替えられたけど、名称だけは残った、と考えられてるそうです。

    冠木門跡の説明。
    当初は冠木門だったものが後期に楼門に建て替えられたけど、名称だけは残った、と考えられてるそうです。

  • ではでは天守に入ります。

    ではでは天守に入ります。

  • 天守です。<br />こちらも昭和45年に復元されたものです。<br />入場料は310円。<br />中でスタンプや御城印がゲットできます。

    天守です。
    こちらも昭和45年に復元されたものです。
    入場料は310円。
    中でスタンプや御城印がゲットできます。

  • 天守の中は一階二階に資料が展示されており三階は展望室です。<br />こちらは東側の景色です。冠木橋が見えます。

    天守の中は一階二階に資料が展示されており三階は展望室です。
    こちらは東側の景色です。冠木橋が見えます。

  • こちらは南側の景色です。<br />構内は緑で満たされてます。

    こちらは南側の景色です。
    構内は緑で満たされてます。

  • こちらは西側の景色です。<br />諏訪湖が見えます。諏訪湖でけえ。

    こちらは西側の景色です。
    諏訪湖が見えます。諏訪湖でけえ。

  • 引いてみたけど1枚におさまらないくらいでけえ。

    引いてみたけど1枚におさまらないくらいでけえ。

  • どうにか1枚におさめようとした努力。<br /><br />…では、次もあるのでいそいそと退城します。

    どうにか1枚におさめようとした努力。

    …では、次もあるのでいそいそと退城します。

  • 高島城の説明。<br /><br />高島城は豊臣秀吉の直臣日根野織部正高吉により1598年に築かれました。当時このあたりにはすぐ近くまで諏訪湖が来ており、自然の要塞だったそうで、また近隣の河川を自然の水堀として利用した、と。ちなみに、高島城は「諏訪の浮城」とも呼ばれています。<br /><br />なお、高吉は築城の2年後に急死し、その後は徳川家康の命により諏訪氏が藩主となったそうです。

    高島城の説明。

    高島城は豊臣秀吉の直臣日根野織部正高吉により1598年に築かれました。当時このあたりにはすぐ近くまで諏訪湖が来ており、自然の要塞だったそうで、また近隣の河川を自然の水堀として利用した、と。ちなみに、高島城は「諏訪の浮城」とも呼ばれています。

    なお、高吉は築城の2年後に急死し、その後は徳川家康の命により諏訪氏が藩主となったそうです。

  • 天守下の石垣です。<br /><br />左側には小天守跡の看板があります。<br />高島城の小天守は天守と渡櫓でつながっていたそうです。<br />小天守には天守を守る防御の要、などの用途があったとか。

    天守下の石垣です。

    左側には小天守跡の看板があります。
    高島城の小天守は天守と渡櫓でつながっていたそうです。
    小天守には天守を守る防御の要、などの用途があったとか。

  • 藤棚です。<br />たぶん5月くらいにくれば綺麗な藤の花が見れると思いますおそらく。

    藤棚です。
    たぶん5月くらいにくれば綺麗な藤の花が見れると思いますおそらく。

  • こちらは西側にある三之丸御殿裏門(現存遺構)です。<br />この裏門はもともとは三之丸湯跡がある場所にあったそうで、所有者の寄贈によりこの場所に移設されたそうです。<br /><br />この場所には川渡門があったそうで(廃城令により取り壊し)、川渡門をくぐったところはもう諏訪湖でした。で、門の先には船が止まっていてすぐ乗れるようになっていました。

    こちらは西側にある三之丸御殿裏門(現存遺構)です。
    この裏門はもともとは三之丸湯跡がある場所にあったそうで、所有者の寄贈によりこの場所に移設されたそうです。

    この場所には川渡門があったそうで(廃城令により取り壊し)、川渡門をくぐったところはもう諏訪湖でした。で、門の先には船が止まっていてすぐ乗れるようになっていました。

  • 三之丸御殿裏門の説明。

    三之丸御殿裏門の説明。

  • 城外から見た裏門です。屋根が出っ張っていて薬医門っぽさがあります。

    城外から見た裏門です。屋根が出っ張っていて薬医門っぽさがあります。

  • 下から見たところ。

    下から見たところ。

  • こちらは土戸門跡です。<br />いわゆる搦手口(勝手口)です。

    こちらは土戸門跡です。
    いわゆる搦手口(勝手口)です。

  • こちらは構内にある諏訪護国神社です。<br />西南戦争、日清日露戦争、太平洋戦争で亡くなった諏訪地域出身の戦没者が祀られています。

    こちらは構内にある諏訪護国神社です。
    西南戦争、日清日露戦争、太平洋戦争で亡くなった諏訪地域出身の戦没者が祀られています。

  • 富士見櫓跡。<br />こちらにあった櫓からは富士山が見えたそうです。

    富士見櫓跡。
    こちらにあった櫓からは富士山が見えたそうです。

  • 多門櫓跡。<br />多門櫓とは、石垣に沿って長く連続して建てられた長屋のような建物です。高島城に多門櫓は7つあったそうです。

    多門櫓跡。
    多門櫓とは、石垣に沿って長く連続して建てられた長屋のような建物です。高島城に多門櫓は7つあったそうです。

  • 持方月櫓跡です。<br />天守、小天守の反対側の防衛や監視、武器庫としての櫓です。

    持方月櫓跡です。
    天守、小天守の反対側の防衛や監視、武器庫としての櫓です。

  • 能舞台跡の説明。<br />諏訪氏は能楽愛好家だったそうです。<br /><br />能舞台は温泉寺の本堂が火事で焼失した際に、廃城令で取り壊しが決まっていた本舞台を温泉寺の本堂として再利用することになったそうです。<br />なので、諏訪市内の臨江山温泉寺には能舞台が現存遺構として残っています。

    能舞台跡の説明。
    諏訪氏は能楽愛好家だったそうです。

    能舞台は温泉寺の本堂が火事で焼失した際に、廃城令で取り壊しが決まっていた本舞台を温泉寺の本堂として再利用することになったそうです。
    なので、諏訪市内の臨江山温泉寺には能舞台が現存遺構として残っています。

  • 構内には素敵な池があり、公園感を感じます。

    構内には素敵な池があり、公園感を感じます。

  • 能舞台跡をヒキで撮ってみました。<br />結構大きな建物だったと思われます。(ググったらめちゃくちゃ大きかった)

    能舞台跡をヒキで撮ってみました。
    結構大きな建物だったと思われます。(ググったらめちゃくちゃ大きかった)

  • こちらは北東の位置にある角櫓です。<br />こちらも天守や冠木門と同様に昭和45年に復元されました。

    こちらは北東の位置にある角櫓です。
    こちらも天守や冠木門と同様に昭和45年に復元されました。

  • 角櫓では毎月第二日曜にお茶会が行われていて、初心者でも気軽にお茶を楽しめるそうです。

    角櫓では毎月第二日曜にお茶会が行われていて、初心者でも気軽にお茶を楽しめるそうです。

  • 冠木門を高い視点で。<br />中に入れるのかはわかりません。

    冠木門を高い視点で。
    中に入れるのかはわかりません。

  • こちらは亀石です。

    こちらは亀石です。

  • 水をかけると願いが叶う、とのことでしたのでかけておきました。

    水をかけると願いが叶う、とのことでしたのでかけておきました。

  • 覗石松(のぞきいしまつ)です。<br />亀石を覗き込むような形状からこういう名前になったそうです。

    覗石松(のぞきいしまつ)です。
    亀石を覗き込むような形状からこういう名前になったそうです。

  • 藤棚の近辺に本丸御殿跡の説明がありました。<br />この辺りに御殿があったようです。<br />ちなみに城内にある池は公園化した際に作られたものだそうです。

    藤棚の近辺に本丸御殿跡の説明がありました。
    この辺りに御殿があったようです。
    ちなみに城内にある池は公園化した際に作られたものだそうです。

  • 庭園感があります。<br />時間があればしばらくボーッとしてたい気分。

    庭園感があります。
    時間があればしばらくボーッとしてたい気分。

  • 冠木門の近くにあるケヤキです。<br />幹の太さから江戸時代頃からあったものと思われます。

    冠木門の近くにあるケヤキです。
    幹の太さから江戸時代頃からあったものと思われます。

  • 以上で高島城見学終了です。<br /><br />広さ的に土浦城くらいで気軽に見学できるお城でした。

    以上で高島城見学終了です。

    広さ的に土浦城くらいで気軽に見学できるお城でした。

  • 上諏訪駅で見た「あずさ」のフォントが素敵でした。<br /><br />この後は岡谷駅を経由して伊那北駅に向かいます。

    上諏訪駅で見た「あずさ」のフォントが素敵でした。

    この後は岡谷駅を経由して伊那北駅に向かいます。

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