2026/06/07 - 2026/06/08
3位(同エリア137件中)
akikoさん
- akikoさんTOP
- 旅行記449冊
- クチコミ9件
- Q&A回答2件
- 1,502,243アクセス
- フォロワー353人
この旅行記のスケジュール
2026/06/07
-
電車での移動
スペッロ駅(13:09発)ー アッシジ駅(13:16着)RV4076
-
バスでの移動
アッシジ駅(13:22発)ー P.Matteotti停留所(13:34着)
-
徒歩での移動
ゲストハウス(Quo Vadis) まで徒歩で移動
-
ゲストハウス「Quo Vadis」で1泊
-
ヌオーヴァ教会訪問
-
夕食は眺めの良い「Le Terrazze di Properzio」で
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
スペッロの次に訪れたのは、丘の上に広がる宗教都市「アッシジ」でした。
私がアッシジに興味を持ったきっかけは、8年前に北イタリアの湖水地方を旅した時のこと。オルタ湖畔の美しい町「オルタ・サン・ジュリオ」にある聖地サクロ・モンテを訪れ、そこで20ほどある礼拝所がアッシジの聖フランチェスコに捧げられた場所だったことでした。
聖フランチェスコがイタリアの守護聖人であることは聞いたことがありましたが、その頃の私は、どのような人物なのかほとんど知りませんでした。
そこで興味を持って調べているうちに出会ったのが、映画「ブラザー・サン シスター・ムーン」でした。
裕福な商人の家に生まれながら、やがて財産も地位もすべてを捨て、清貧と愛に生きる道を選んだフランチェスコ。その生き方を描いた映画にとても心を打たれ、いつかアッシジに行ってみたいと思うようになったのでした。
そして今回の旅でその願いを叶える機会が訪れました!スペッロとアッシジは、列車で10分ほどのお隣同士の町。インフィオラータの聖体行列を見届けたその日の午後、スペッロ駅から列車に乗り、憧れていたアッシジへと向かいました。
アッシジで過ごせるのは、わずか1日。そこで今回は、聖フランチェスコゆかりの場所をめぐることを旅の一番の目的にしました。前編では、アッシジに到着した日の午後、フランチェスコゆかりの場所を訪ねた様子を。そして後編では、翌朝訪れたサン・フランチェスコ聖堂を中心にお伝えしたいと思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
アッシジを訪れるにあたり、聖フランチェスコの半生を描いた映画「ブラザーサン・シスタームーン」が大きなきっかけとなったので、まずこの映画のことを紹介させてください。
この映画は、1972年にフランコ・ゼフィレッリ監督により制作されたもので、1200年イタリア中世の都市アッシジを舞台に、フランチェスコ会の創立者、聖フランチェスコの生い立ちから1210年、ローマでインノケンティウス三世に認められるまでの半生が描かれます。(正確な伝記というより青春映画という意味合いが強いかもしれません) -
簡単にストーリーを紹介。少し長いので、適当に読み飛ばしてくださいね!
<青春の葛藤と回心>
12世紀のイタリア・アッシジ。裕福な織物商人の息子として生まれたフランチェスコは、陽気で享楽的な青春を謳歌していました。しかし、従軍した戦争で心身ともに深い傷を負って帰還。熱病に冒され、何週間もベッドに横たわり、生死の境をさまよいます。戦争の悲惨さや、故郷に存在する貧富の差を目の当たりにしたことで、彼の価値観は大きく変わっていきました。
映画では、ある朝、窓辺の小鳥の声で目を覚ましたフランチェスコが、無心に手を差し伸べながら屋根の上へ出て、小鳥のあとを追うように両手を羽ばたかせる場面が描かれます。まるで大空へ飛び立とうとしているかのよう。その向こうには、野や山が広がっていました。そしてフランチェスコは自然の中で、命あるものの素晴らしさに気づいていくのでした。
そんな彼に、美しい娘クララが語りかけます。「あなたは気が変になったという噂よ。でも私には、狂っていたのは戦争に行く前のあなたのように思えるわ」と。
※イラストはChatGPTに作成してもらいました。 -
<父との決別と清貧>
次第にフランチェスコの目は、自分の周りで生きる人々へと向けられていきます。働く者、老いた者、病に苦しむ者…。教会の中には裕福な人々が座り、その外では貧しい人々が懸命に祈っていました。あまりにも大きな隔たり、神はこれを許されるのだろうか。フランチェスコは「NO!」と叫ばずにはいられませんでした。
家に帰った彼は、父の店にあった高価な布を次々と窓から投げ出します。激怒した父親は彼を裁きの場へ連れて行きますが、そこでフランチェスコは身につけていた服までも脱ぎ、父親に返してしまいます。
「もうあなたの息子ではありません。人間にとって大切なのは富ではなく心です。これからはキリストのように、何も持たずに生きていきます」
こうして彼は、裕福な商人の息子としての人生に別れを告げるのでした。 -
<清貧への道と仲間の集まり>
すべてを捨てて城門を出たフランチェスコは、太陽に向かって両腕を広げ、野へと歩き出します。やがて冬が訪れ、雪に覆われた野の中で、彼は神のお告げに従い、荒れ果てたサン・ダミアーノ教会を自らの手で建て直していきました。
そんな彼のもとへ、十字軍から帰ってきた友人ベルナルドがやってきます。フランチェスコの勇気ある生き方に心を打たれたベルナルドは、彼に協力することを申し出ます。かつての遊び仲間たちも次第にその生き方に共感し、裕福な暮らしを捨てて、「清貧」を重んじるフランチェスコの仲間、“小さき兄弟”となって行動を共にするようになります。
髪を切った貴族の娘クララ(のちの聖キアラ)も加わり、彼らの周りには、ぼろをまとい、石の上に眠り、托鉢で命をつなぎ、壊れた教会を修復し、病人や貧者に仕えるフランチェスコに次第に共感する人々が集まっていきました。
しかし映画では、その後、サン・ダミアーノ教会が焼かれ、仲間の一人が命を落とす出来事が描かれます。フランチェスコは、「自分のしてきたことは間違っていたのだろうか」と深く自問するのでした。 -
<ローマ教皇への謁見>
「自分のしてきたことは間違っていたのだろうか」迷いを抱いたフランチェスコは、裸足で粗末な衣をまとった仲間たちとともにローマへ向かいます。そして幾多の困難を乗り越え、ついにローマ教皇への謁見を許されました。
きらびやかな教皇庁の中で、フランチェスコは富と権力に傾いていく教会のあり方を問い、人はもっとキリストの教えに忠実に、貧しく慎ましく生きるべきではないかと訴えます。
その言葉に心を動かされた教皇は、フランチェスコたちの生き方を認め、彼らの「小さき兄弟団」(=フランシスコ会)は教会から認められることになるのでした。 -
<故郷への帰還>
人々から“聖人”と慕われるようになったフランチェスコは、再び故郷アッシジへと帰ってきます。彼にとって、やはりここが一番心安らぐ場所でした。
フランチェスコは自然や動物をこよなく愛し、太陽を「兄」、月を「姉」と呼び、そして「神が創られたすべてのもの」を兄弟姉妹のように感じていました。
何も持たなくても、自然とともに生き、互いを愛することで人は豊かに生きることができる…。そんな生き方を、フランチェスコは人々に伝えていったのでした。 -
ここからは、スペッロからアッシジに向かう列車の中のことになります。スペッロからわずか10分ほどすると、車窓から丘の上に町らしきものが見えてきました。あれがアッシジのようでした。
アッシジの街は、標高1290mのスバージオ山(Monte Subasio)の丘の上にあって、石造りの建物が並んでいるのが見えていました。 -
アッシジ駅に着き、駅前からアッシジリンクというバスに乗り、聖フランチェスコ聖堂を通り過ぎ、終点「P.Matteotti Assisi」で下車。この日、宿泊するゲストハウスは写真のマッテオッティ広場が最寄りのバス停でした。
-
トッリオーネ通りを歩いて行くと、左にサン・ルフィーノ聖堂の鐘楼が、そして小道の先に「ロッカ・マッジョーレ」という大城塞が見えてきたのでした。
-
7、8分で、お世話になる『Quo Vadis』に到着!渡り廊下がある建物がそのゲストハウスでした。
呼び鈴を鳴らすと、オーナーの奥さまのラチェレが出迎えてくれました。 -
ここは応接ルームでした。とても素敵な雰囲気のこの応接ルームで、このゲストハウスのことを説明してくれ、お部屋に案内してくれました。
-
これがそのお部屋で、一人で泊まるには十分すぎる広さがありました。
-
明るい雰囲気の洗面所とシャワールーム
-
お部屋からこのような景色が見えていて、朝焼けや夕焼けの景色がとてもきれいでした。
-
お部屋の写真を撮って、そのまま街歩きに出かけました。まず向かったのは、お宿から歩いてすぐのところにある「サン・ルフィーノ聖堂」でした。
左手前に石造りの建物がありますが... -
こんな可愛いラベンダーショップがあったんです。アッシジにラベンダー!?と思い、調べてみると、アッシジにラベンダー畑があり、毎年6月中旬から7月上旬にかけて「ラベンダー祭り」が開催されるのだそうです。
-
フォトジェニックなラベンダー色の自転車をパシャリ☆彡 ドアのところに、アッシジのラベンダー畑の様子が紹介されていますね。
-
このサン・ルフィーノ聖堂は、アッシジのドゥオーモとも呼ばれるそうです。”ドゥオーモ”とは、町で一番重要な教会堂、司教座聖堂のことで、アッシジに238年、キリスト教をもたらした聖ルフィーノが町の守護聖人なんだとか。
聖堂のファザードはロマネスク様式で、ウンブリア州でも最高傑作の一つとされているそうです。中央と左右にそれぞれ扉とバラ窓があり、中央扉にはロマネスクの特徴があるレリーフが施されています。 -
これは中央にあるバラ窓で、とても美しい精緻な窓でした。下部には3人の人物像が、周囲には福音記者(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)の4人を象徴する、天使、獅子、雄牛、鷲が飾られていました。
-
これは、中央扉(ポータル)です。扉の上のタンパンには、玉座のキリストや聖母マリアが彫られていて、入り口の左右には、ロマネスク建築の特徴である教会の守護を表すライオンの彫刻が配置されていました。
-
聖堂の中に入ると、身廊の手前には、彫刻家デュプレ親子が手がけた聖フランチェスコ(1882年作)と...
-
聖キアラ(1888年作)の美しい大理石像が飾られています。のちに聖人に列せられたこの二人は、この聖堂で洗礼を受けたんだそうです。
-
中央身廊の手前には、床の一部がガラスパネルになっている場所があります。ここから足元を覗くと、さらに古い教会の遺構が見えていました。
-
主祭壇には、キリストの磔刑像があり、街の守護聖人である聖ルフィーノの遺骨が納められた石棺が安置されていました。
-
聖堂の入口右側にある礼拝堂がとても美しくて、入ってみると...
-
このような空間が!「聖サクラメント礼拝堂(Cappella del Santissimo Sacramento)」のようで、聖堂の身廊とは雰囲気が異なる、見事なバロック様式の装飾が施されていました。
-
後陣の上にあるパイプオルガンの上の半円形のルネットには、フラ・エマヌエーレ・ダ・コモによる『最後の晩餐』(1696年作)が描かれていました。
-
聖堂を出ると、サン・ルフィーノ広場がこのように見えていました。町の一番高いところにある、巨大な城塞「ロッカ・マッジョーレ」はどこからでも見えていたのでした。
-
次に訪れたのは、「ヌオーヴァ教会」でした。この教会は聖フランチェスコの生家跡に建てられた教会で、アッシジで最後に建てられた教会なのでヌォーヴァ(新しい)という名前だそうです。
フランチェスコはここにあった家で、父親のピエトロ・ディ・ベルナルドーネ、母のピカ、弟のアンジェロとともに24年を過ごしたそうです。 -
教会前の広場には両親の像がありました。父ピエトロは、フランチェスコがイエスの道に進むことを決意し、家を出る時に脱いだ服を、ピカはフランチェスコが繋がれていた鎖を手にしているのだとか。
聖フランチェスコの父ピエトロ・デル・ベルナルドーネはフランス南部のプロヴァンス地方から織物を輸入し一財を成した繊維業者。母はプロヴァンス地方の貴族の娘だったとか。 -
これは内部の様子です。ラファエロが設計したローマの聖堂から着想を得た、後期ルネサンスから初期バロック様式へと至る洗練された美しい空間だとのこと。
-
主祭壇は、聖フランチェスコの当時の「寝室(部屋)」があったとされる場所の真上にちょうど位置するように設計されて建てられているそうです。
-
そして一番印象に残ったのは、フランチェスコが父親に閉じ込められたと伝えられる部屋(牢屋)でした。もともとの生家の階段下の物置スペースを利用して作られたもので、頑丈な鉄格子の向こうには、フランチェスコが祈りを捧げている姿がありました。
なぜこのようなところに閉じ込められたかというと、フランチェスコは、神からの「私の家を建て直しなさい」という啓示に従うため、商人である父親の高級な売り物の布地を勝手に持ち出して売り払い、そのお金を教会の修復や貧しい人々のために寄付してしまいました。これに激怒した父親が息子の「狂気」を正し、反省させるための罰として、ここにフランチェスコを監禁したのでした。 -
次に訪れたのは、「サンタ・キアラ聖堂」(Basilica di Santa Chiara)でした。
白色とピンク色の石灰岩の縞模様が美しい教会で、太陽の光に照らされ時間帯によってその見え方も異なるんだそうです。
この聖堂は、聖フランチェスコの精神に従った聖キアラ(クララ)のために建てられ、聖キアラはこの聖堂の地下で眠っています。 -
聖キアラは、フランチェスコの思想に深く共鳴し、女性として「清貧」の道を切り開いた聖女です。
<貴族の娘の決断>
キアラは1194年頃、アッシジの名門貴族の家に生まれました。美しく教養もあり、裕福な家への結婚が望まれていましたが、10代の頃にフランチェスコの説教を聴き、富を捨て、貧しい人々とともに生きようとする彼の教えに強く心を打たれました。
<深夜の脱出>
1212年、18歳頃のキアラは家族が望む結婚と貴族としての生活を捨てる決意をし、ひそかに実家を抜け出しました。そして城壁の外にあるポルツィウンコラの小聖堂へ向かい、フランチェスコとその仲間たちのもとを訪ねました。
そこでキアラはフランチェスコに迎えられ、長い髪を切り落とし、華やかな衣服を脱ぎ、粗末な修道服に着替え、神に仕える清貧の生活へと歩み始めました。
<サン・ダミアーノ教会での生活>
キアラはまずベネディクト会の女子修道院に身を寄せました。怒った家族は彼女を連れ戻そうとしましたが、キアラは祭壇にすがり、切り落とした髪を見せて、自らの固い決意を示しました。その後、キアラはフランチェスコがかつて修復した「サン・ダミアーノ教会」に移り、仲間たちとともに祈りと清貧の生活を送るようになりました。ここが、彼女の生涯の大半を過ごす場所となりました。
<妹や母も合流>
やがてキアラの固い決意に心を動かされ、妹アグネスをはじめ、多くの女性たちが彼女のもとに集まりました。後には母親も加わったと伝えられています。こうしてサン・ダミアーノに女性たちの共同体が生まれ、やがてフランチェスコ会の第二会にあたる女性修道会「クララ会(貧しい姉妹たちの会)」へと発展していきました。
※この画像の出典:Wikimedia Commons(Public Domain)より -
サンタ・キアラ聖堂前の広場には、カルーセルが設置されていて、広場の向こう側は展望台になっていました。
-
展望台からは、アッシジの街並みが見え...
-
また南側には、このようなウンブリアの風景が一望できるようになっていました。
-
「サンタ・キアラ聖堂」の内部も見たかったのですが、撮影ができないと知り、この時はパスすることに...。実は、先に行きたいところがあり、そちらに向かったのでした。
-
アッシジには旧市街を囲む城壁に8つの城門があるそうですが、東側の端には「ヌオーヴァ門(Porta Nuova)」があり、写真では右に見えているのがその門でした。
この門を出て、どこに行くかというと... -
フランチェスコが、神の声に導かれ朽ちた礼拝堂を一人で修復し始めた場所「サン・ダミアーノ教会」でした。
ヌオーヴァ門をくぐり、城壁の外側に出て、すぐ右手の公園や駐車場を通り抜けて、道なりに行きます。 -
「San Damiano」と書かれた案内板や矢印に従って、オリーブ畑の中の舗装された下り坂を進んで行きます。ちなみに、左に見える石造りの小屋は何かと思い、中を覗くと...
-
このような聖母子の絵が描かれた庵でした。
-
このような坂道を下って行きます。距離は1.5km~2kmほどあるそうで、下りはいいけど、帰りは大変そうだと思いながら歩いて行きました。
-
糸杉やオリーブ畑の景色を楽しみながらそのまま道なりにどんどん下って行くと...
-
このようなモザイク画が飾られた道標の祠がありました。「S. DAMIANO」と書かれた矢印があり、もうすぐ教会があるとわかり、やれやれと汗を拭いたのでした。
-
時々、この道を上がってくる方がいましたが、ほとんど人は見かけませんでした。ここまで歩いてくる人は多くはないのかもしれません。
-
やっと教会の入口に到着しました!たぶんここまで来るのに、2、30分かかったと思います。
-
右手にブロンズ像がありました。フードを被り、強い風の中で衣服を抑えながら佇む姿のフランチェスコの像のようでした。
-
そしてこれが、「サン・ダミアーノ修道院」でした。ここはフランチェスコが修復した教会がのちに修道院と一体となり、現在は修道院になっているそうです。この写真の右手にあるのが...
-
このような参拝所で、そばに案内板がありました。その案内板には、次のようなことが書かれていました。
サン・ダミアーノ教会は、8~9世紀頃に古い建物の跡に建てられた小さな教会です。フランチェスコの時代にはすでに荒れ果てていましたが、十字架のキリストから「行って、壊れかけた私の教会を建て直しなさい」と告げられたフランチェスコが、自らの手で修復したと伝えられています。
その後、この場所は聖キアラと仲間の修道女たちの住まいとなり、クララ会の共同生活の場になりました。彼女たちは1211年から1260年までここで暮らしていました。 -
映画では、ボロボロに崩れたサン・ダミアーノ礼拝堂をフランチェスコが自分の手で少しずつ修復していく様子が描かれていましたが、その場所が今もこうして修道院として残っているのを実際に見ることができうれしく思いました。
没後に完成した、華やかな装飾に彩られたサン・フランチェスコ聖堂とは対照的に、ここは素朴で静かな空気に包まれていました。フランチェスコとキアラが実際にここで暮らし、祈りの日々を送ったのだと思うと、とても感慨深いものがありました。
建物正面の右側に入口がありました。扉の上には、玉座に座る聖母子のフレスコ画が描かれていたのでした。 -
順路の最初にあったサン・ジローラモ礼拝堂を抜けて、次にに入ったのがフランチェスコの運命を変えたとされる古い礼拝堂でした。
この礼拝堂は、まさにフランチェスコたちが修復したところで、シンプルな造りながら、木造の聖歌隊席や古いフレスコ画が残る静寂な空間でした。当時のオリジナルの十字架(サン・ダミアーノの十字架)は、現在はサンタ・キアラ聖堂に保管されていますが、礼拝堂内にはその精巧な複製が飾られていました。 -
これがその十字架です。この十字架はずっとフランチェスコの心の拠り所になっていて、崩れて朽ちた礼拝堂にも架かっていたのでした。
当時、生き方に悩み、彼が十字架を見つめて祈っていると、十字架のキリストの口が動き、語りかけてきました。「フランチェスコよ、行って私の家を建て直しなさい」と。フランチェスコはこの言葉を額面通りに受け取りましたが、後に彼は、神の意図が「目に見える教会堂の修復」だけでなく、「腐敗していた当時のカトリック教会そのものを修復すること」だったと気づいたのでした。 -
これは石造りの美しい中庭です。中央には古井戸があり、四季折々のお花や緑に囲まれた静謐な空間となっています。
-
別の角度から見た中庭と古井戸です。隣接して聖キアーラが1212年に創設した修道院がありました。現在、フランチェスコ会の修道士(小さき兄弟会)たちがこの聖堂と修道院の管理を引き継ぎ、祈りの場を守り続けているのだとか。
修道士の方達はこういう場所を歩いて息抜きをされているのでしょうね...。 -
回廊の壁に、エウセビオ・ダ・ペルージャによる「聖フランチェスコの聖痕授与」と「受胎告知」のフレスコ画が描かれていました。
-
ここは修道院の食堂で、粗末な木の長テーブルと長椅子が置かれていて、壁には昔に描かれた「最後の晩餐」と「磔刑」のフレスコ画が描かれていました。
-
これは修道院の祈祷室です。聖キアラと「貧しい婦人たち(のちのクララ会)」の姉妹たちが、時間ごとに集まって唱和し、共に祈りを捧げた場所だそうです。
聖キアラは人生の後半、約28年間もの間病床にありましたが、この部屋や隣接する寝室で祈りをやめず、自らの苦しみよりも他者やアッシジの平和を気遣い、神への感謝を捧げ続けたそうです。
そして結局、キアラは約41年間、この教会の質素な寝室から一歩も出ることなく祈りと清貧の生活を貫き、1253年8月11日にここで息を引き取ったのだとか。 -
2階にある祈祷室に移動する際に、お庭が見え、フランチェスコの像も見えたのでした。修道院には、聖女キアラが実際に花や植物を育てて生活し、静かに祈りを捧げた美しい庭「キアラの庭」があると知ったのですが、これがその庭なのかもしれません。
-
修道院の見学を終え、どうやって町まで戻ろうかと思案しながらベンチに座っていると、お隣に同年代くらいのご夫婦がいらしゃいました。話しかけてみると、ドイツから2週間の予定でアッシジ周辺を旅されていて、これから自家用車で町のホテルまで戻られるとのことでした。
私は来た時の坂道をもう一度上っていく元気がなかったので、タクシーで帰ろうと思い、そのご夫婦にタクシーのことを尋ねてみたら、「この道を行くと、駐車場があるので、もしかしたらタクシーがいるかも」と教えてくれたのでした。お礼を言って、ご夫婦より一足先にこの道を進んで行きました。 -
イチオシ
駐車場に向かう途中、木陰で静かに野を眺めるフランチェスコの像に出会いました。目の前には、緑豊かなウンブリアの大地が広がっています。
自然をこよなく愛したフランチェスコが、ここで鳥の声や風の音に耳を澄ませながら祈っているように見え、しばらく足を止めて眺めてしまいました。
そして、駐車場に行ってみると、タクシーが見当たらず、タクシー会社の案内を見ていたら、先ほどお話ししたご夫婦が来られたのでした。それで、「今からタクシー会社に電話するところ」と話すと、「よかったら私たちの車に乗っていって」と言ってくれ、丘の上の町の中心部まで乗せてくださったのでした。 -
ヌオーヴァ門の近くで車から降ろしてもらって、無事に町の中心部に戻ってくることができました。旅先で困っている時に、このように親切にしてくださる方が現れると、本当にうれしくてそのありがたさが身に沁みます。Danke schön!!!
さて、目の前に「ポポロの塔」が見えてきました! -
ここはコムーネ広場です。ポポロの塔は、高さ約47メートルある歴史的な時計塔で、隣接するミネルヴァ神殿(教会)と共に街のシンボルとなっています。
-
これが隣接するミネルヴァ神殿(教会)です。このミネルヴァ神殿は、なんと今から2000年以上前の紀元前1世紀に建てられた古代ローマの神殿で、今なお美しい姿が残っているんです!
当初の神殿は、1539年に正面の石柱をそのままに、内部がサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会に転用されたそうです。 -
この遺構は、コリント式列柱と前柱式のファサードがあるローマ建築の傑作だとか。
-
聖母マリアに捧げられた「サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会」は、古代ローマ神殿の外観とは対照的に、一歩足を踏み入れると眩いバロック様式の世界が広がっていました。主祭壇を飾るのは、金色に煌めく立派な列柱や天使たち、キャンドルスタンドなど。その豪華な装飾の中央で、優しく光に包まれた聖母マリア像が静かに佇んでいました。
-
これがその聖母マリア像でした。このマリア様は、ルルドで見た聖母の姿をされていて心惹かれるとても美しい姿でした。
-
天井には18世紀半ばにF. アッピアーニによって描かれた見事なフレスコ画が描かれ、天井の中央には、栄光に包まれた「聖フィリッポ・ネリ」を描いた黄金のメダリオンが、その周囲を浅浮き彫りの4人の天使が囲んでいました。
この教会を訪れたあと、ひとまずお宿に戻って夕食までゆっくり過ごしました。 -
この日の夕食は、聖フランチェスコ大聖堂の近くにある「Le Terrazze di Properzio」というとても眺めの良いリストランテで食べる予定で、午後7:15に予約をしてありました。
メインストリートから1本奥に入った小道を歩いて行くと、通りはどこも素敵で、このようにお花も飾られていたのでした。 -
イチオシ
建物の2階をつなぐ渡り廊下がある風景も好きです♪
-
「Le Terrazze di Properzio」まで来たのですが、夜の部は午後7:15に始まるとのことで、まだ閉まったままでした。ネット情報では、このお店は「レビューで4.7星の評価を受けていて、本格的なイタリア料理を求める地元の人々や観光客の両方に愛されているスポット」だそうで、とても楽しみにしていました。
-
午後7:15になると、ドアが開き、順番に席に案内してくれました。室内席もありましたが...
-
やはり眺めの良いテラス席が人気で、私もテラス席を予約時にお願いしておきました。1階のテラス席はすぐにいっぱいになり、私が案内してもらったのは2階席でした。
-
ここが2階のテラス席でした。
-
案内されたテラス席の目の前には、思わず息をのむような緑豊かなウンブリア平原のパノラマが広がっていました。
-
「夕焼けが綺麗だ」と書かれていたので、見られたらいいなと思っていましたが、イタリアの夏は日が長く、まだ太陽は沈みそうにありませんでした。
お酒を飲まない私が選んだドリンクは、キリッと冷えたコーラ(笑)
メニューを開き、お店の看板前菜プレート「Il Properzio(イル・プロペルツィオ)」を注文すると、担当してくれたベテランのシニアスタッフが、にこやかな笑顔で「ペルフェット(完璧だよ)!」と一言言ってくれました^ ^ -
テーブルに届いたプレートは、ウンブリアの豊かな恵みが美しく散りばめられた一皿でした.:*☆*:.
-
まず、奥の白いソースのお料理は、「ポテトのフランと濃厚チーズソース」。なめらかなマッシュポテトのフランに、上からペコリーノチーズの濃厚なソースがかかっていて、これがとても美味しかったです。
手前の色鮮やかな「4種のブルスケッタ」には、赤いグリルドトマト、甘みを引き出したパプリカ、ズッキーニ、そしてキノコがそれぞれのせられていました。どれもシンプルな味付けで、野菜そのものの美味しさが楽しめました。
その横にあるフライのようなものは、「トリュフのクロケッタ」。
ウンブリアの特産品である黒トリュフが入った、ちょっと贅沢なコロッケです。ひと口いただいて、その豊かな風味に思わずニンマリ(^^)
お皿の左側に美しく折り重なるように盛られていた生ハムは、ふんわりと柔らかく、噛むほどに旨みが広がりました。
そして奥には、数種類のハード系チーズ。小さな器に添えられていたモスタルダをのせていただきます。"モスタルダ"は、赤玉ねぎや赤ぶどうなどの果物や野菜をベースに、マスタードの風味を加えて作られるイタリア伝統の甘辛いコンディメントなのだそう。最初にジャムのような甘みが広がり、そのあとからマスタードのピリッとした刺激が!この甘辛いモスタルダをチーズに少しのせると、塩気のあるチーズとよく合って、とても美味しかったです♪
目の前に広がる美しい景色を眺めながら、ひとつひとつゆっくり味わっていると、この前菜プレートだけですっかりお腹いっぱいになりました。一人で楽しむにはちょっともったいない気がするほど、素敵な景色と美味しいお料理に包まれて、とても幸せな気分になれた夕食でした♪ -
このあと、サン・フランチェスコ聖堂方面に行き、きれいな夕焼けを見ました。まだこの日のアッシジ散策はもう少し続くのですが、前編はここでいったん一区切りにしたいと思います。後編では、夕暮れのアッシジの散策と翌日訪れたサン・フランチェスコ聖堂を中心にお伝えしたいと思います。
このアッシジ編も説明が長くなってしまい、読みにくいと思いますが、よかったら、またお付き合いくださいね。~続く~
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
インフィオラータが見たくてイタリア・スペッロへ
-
前の旅行記
インフィオラータが見たくてイタリア一人旅 2026【4】聖体祭の花祭り『インフィオラータ』を満喫.:*☆*:...
2026/06/06~
ウンブリア州
-
次の旅行記
インフィオラータが見たくてイタリア一人旅 2026【6】丘の上の宗教都市 アッシジへ<後編>
2026/06/07~
アッシジ
-
インフィオラータが見たくてイタリア一人旅 2026【1】旅の始まりはローマから.:☆:.
2026/06/03~
ローマ
-
インフィオラータが見たくてイタリア一人旅 2026【2】ローマから『最も美しい村』加盟のスペッロへ!
2026/06/05~
ローマ
-
インフィオラータが見たくてイタリア一人旅 2026【3】花の祭典が行われるスペッロを散策.:*☆*:.
2026/06/05~
ウンブリア州
-
インフィオラータが見たくてイタリア一人旅 2026【4】聖体祭の花祭り『インフィオラータ』を満喫.:*☆*:...
2026/06/06~
ウンブリア州
-
インフィオラータが見たくてイタリア一人旅 2026【5】丘の上の宗教都市 アッシジへ<前編>
2026/06/07~
ウンブリア州
-
インフィオラータが見たくてイタリア一人旅 2026【6】丘の上の宗教都市 アッシジへ<後編>
2026/06/07~
アッシジ
-
インフィオラータが見たくてイタリア一人旅 2026【7】ウンブリア州都『ペルージャ』の歴史地区を街歩き
2026/06/09~
ペルージア
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (22)
-
- 川岸 町子さん 2026/09/13 12:44:45
- 丘の上の町
- akikoさん、こんにちは
私にとってのアッシジは、丘の上の聖堂が一番のイメージです。
ずーっと前から気になり、イタリアへ5回行っているのに、まだ未訪問。
イタリアによくある起伏に富んだ地形の中にある、丘の上の町はどこも魅力的ですね。
高い所にあるので周囲の緑の風景の眺め良くて、美しく豊かな自然も感じられ、うっとりします。
しかも歴史ある街並みと見応えある聖堂。
古い街なのに清潔感あり、美しいです。
「時々、この道を上がってくる方がいましたが、」
こちらの1枚好きです。
akikoさんが旅の下調べやご準備をしっかりなさって、この町へ。
この先に何が待っているのだろうと、目を輝かせておられるのが伝わります。
右の木の赤い実(お花?)は何でしょうね?
この町を色々学び、穏やかなお気持ちで歩いておられたakikoさん。
きっとアッシジの聖人たちが、ドイツ人ファミリーと出会わせて、ご親切を受けるように導いて下さったのかも(*^-^*)
美しい展望が開けるレストランでの素敵な夕食、羨ましいわ。
7:15でも昼のような明るさで、6月の欧州は得した気分になりますよね。
お店の看板前菜プレート、最高~(^O^)/
私も同じものを食べたい(笑)
町子
- akikoさん からの返信 2026/09/13 22:46:37
- RE: 丘の上の町
- 町子さん、こんばんは~♪
アッシジの旅行記も読んでくださって、ありがとうございます!
アッシジは、丘の上の聖堂が一番のイメージですよね。聖フランチェスコや教会に興味がない方にとってそれほど魅力を感じるまちではないのかもしれません。でも町子さんはずっと気になっておられたと聞いて、うれしくなりました。
丘の上に広がる石造りの町並みと、その向こうに続くウンブリアの緑の風景がとても美しくて、歩いているだけで心が穏やかになるような町でした。「時々、この道を上がってくる方がいましたが、」の写真も気に入ってくださってうれしいです♪ 右側の赤いもの、私も改めて写真を見て、赤い花のようなものがあったと気づいた次第です(^^ゞ あの時は、目の前のことだけが気になっていたんでしょうね。右にあった木のことは全く記憶になかったです(笑)
そしてドイツ人のご家族との出会い!町子さんはお優しいので、素敵に書いてくださってありがとうございます。あの時は本当にありがたくて、もし車に乗せてもらえていなかったら、どうなっていたことか...。来た道を戻ることは到底無理な状態だったんです。旅先でのこのような親切は本当にありがたいと身に沁みて感じました。
夕食のレストランは、旅に出る前から予約して楽しみにしていたのでした。あの前菜プレート、見た目以上にボリュームがあって、どれも美味しくて大満足でした!眺めも良くて、イタリア旅の中でも一番記憶に残るレストランだったかもしれません(^^)♪
アッシジは、町並みも自然も聖堂も、人との出会いも含めて、とても心に残る場所になりました。
akiko
-
- ネコパンチさん 2026/08/24 15:34:41
- 緑が美しいウンブリアの平原
- akikoさん、こんにちは!
スペッロに続く力作、お疲れさまでした!
序文で触れられていましたが
8年前の北イタリア旅行以来、聖フランチェスコに
関心を寄せられていたとのこと。
映画はタイトルだけは聞き覚えありましたが
旅行記を通じてその内容を知ることができました。
チャッピー画伯(笑)のイラストも秀作ですね!
後で登場する実際のアッシジの街並みと
遜色ない仕上がりです。
没後に造られた華やかな聖堂よりも先に
サン・ダミアーノ修道院に足を運ばれた
akikoさんの想いにも胸を打たれました。
でもあの下り坂、行きはよいよい、帰りは…(@_@)
親切なドイツ人ご夫妻は、akikoさんへの感謝の証として
聖フランチェスコが使わしてくれたのかもね(^ー^)
草むらに佇む自分に気づいてくれてありがとうって。
ディナーのリストランテはテラス席で大正解でしたね!
「景色もご馳走」とは言ったもの、
彩り豊かなオードブルたちがさらに美味しそうに見えます。
このボリュームではお腹いっぱいになっちゃいますよね^^;
せめて半量だったらパスタくらいはいけたのに、と
勝手に悔しがってる私です(笑)
食後もアッシジの街歩きが続くのですね。
暮れなずむ街の情景も楽しみです。
ネコパンチ
- akikoさん からの返信 2026/08/25 22:10:17
- RE: 緑が美しいウンブリアの平原
- ネコパンチさん、こんばんは〜
説明が長い旅行記を読んでくれてありがとう〜〜♪
聖フランチェスコは、「ブラザーサン・シスタームーン」を観て、とても興味がわいたのでした。いつか訪ねてみたいと思っていたアッシジを訪ねることができて感慨深かったです。
そして「チャッピー画伯」(笑)のイラストまで褒めてくれてありがとうございます!映画の場面をそのまま載せるわけにはいかないので、どうしようかなぁと思っていたのですが、チャッピー画伯にずいぶん助けてもらいました(^^)
そうなんです。立派な聖フランチェスコ大聖堂ももちろん楽しみにしていましたが、まず行ってみたかったのがサン・ダミアーノでした。映画の中でフランチェスコが崩れかけた教会を一人で修復していく場面がとても印象に残っていたので、実際にその場所に立ってみたいという思いが強かったんです。
ただし、あの坂道は本当に「行きはよいよい、帰りは…」でした(笑)下っている時から「これ、帰りはどうしよう?」と思っていたのですが、案の定、途方に暮れることに(^^;)
ドイツ人のご夫妻との出会いを、聖フランチェスコが使わしてくれたのかも…と書いてくれて、草むらに佇むフランチェスコ像を見つけた直後だっただけに、一瞬不思議なご縁があったのかと思いましたが、「それはない、ない」と我にかえり(笑)、でもなんだかニンマリしてしまいました。素敵に表現してくれてありがとう〜〜
夕食のテラス席は、本当に大正解でした!眺めは良いと書かれていたので、ちょっと期待してましたが、期待通りでテンションが上がりました(^^)♪ まさに「景色もご馳走」で、ウンブリアの風景を眺めながら食べるだけでも幸せだったのですが、注文した前菜プレートが美しく盛られて運ばれてきて、心躍りました。キリッと冷えたコーラとの相性も良かったんです!きっとビールやワインと一緒にいただくと、もっと美味しかったに違いありません(笑)そうよね、もう一品あればもっと楽しめたのにね、と今になって悔しくなってきました。
このあと、少しずつ暮れていくアッシジの街を歩き、お宿に戻りました。そこまで前編で書くつもりだったんですが、かなりの分量になりそうだったので、夕食までで終わりにしました。
後編は聖フランチェスコ大聖堂のことやアッシジの町のことをもう少し紹介するつもりです。またぜひ付き合ってくださいね♪
akiko
-
- あまいみかんさん 2026/08/23 14:22:52
- 「アッシジの聖フランシスコ物語」
- akikoさん、こんにちわ。
「ブラザーサン・シスタームーン」の映画、オルタ湖畔にある聖地
サクロ・モンテ、スペッロのインフィオラータ、それらの全てが
akikoさんをアッシジに導いたのですね。これまでも沢山の教会、
ルルドの泉などを訪れて清らかな心で接してきたからこそのご褒美
のように思われました。
若い頃クリスチャンの友人が一枚のカードをくれたことがあります。
聖フランシスコの「空を飛ぶ鳥を見なさい」のマタイの一節でした。
イラストが添えられたカードが美しくて、文章にも感激して、長い間
飾っていましたが、いつの間にかどっかへ。
今回、聖フランシスコがどのようなお方であったか、丁寧な説明と
AIが描いてくれた名画(ほんと素敵!)でとてもよく理解できました。
所有することに煩わされることなく、豊かに生きることの大切さを
教えてくれたように思いました。
キアラとフランシスコが洗礼を受けたドォーモ、生家跡に建てられた
ヌオーヴァ教会、オリーブ畑の中にあるミネルヴァ神殿(暑いし坂!)
キアラ教会等、美しい教会が沢山あるのですね。ゲストハウスも眺め
の良いレストランも憧れね、お夕食もとっても美味しそう~。
良い所見つけられて、充実の時間でしたね。akikoさんの想いが一杯
詰まった旅行記素晴らしかったです。ありがとうございました。
あまいみかん
- akikoさん からの返信 2026/08/23 23:09:34
- RE: 「アッシジの聖フランシスコ物語」
- あまいみかんさん、こんばんは~
みかんさんのおっしゃるように、アッシジには何か目に見えない導きがあって、訪問することができたのかもしれません。そう考えると、とてもありがたいことですね。ただ、「清らかな心で接してきたからこそのご褒美」と言っていただくと、そこにはちょっと「?」マークがつきます(笑)。私はもともと聖人伝説のようなお話や奇跡にまつわる話に興味があって、旅先でも教会や聖地を訪ねるのが好きなのですが、ただその土地に残る歴史や人々の祈りに触れることに惹かれているのだと思います。
かつてみかんさんは、ご友人から聖フランシスコの「空を飛ぶ鳥を見なさい」というマタイの一節が書かれたカードをもらわれたのですね。「あまり思い悩まなくてもよい」というような意味合いの言葉ですよね。素敵なイラストまで添えられていたのなら、大切に飾っておきたくなりますよね。
聖フランシスコの教えは、みかんさんがまさに書いてくださったように、「所有することに煩わされることなく、豊かに生きることの大切さを教えてくれる」ということなのだと、私も思います。なかなか凡人には簡単にできることではありませんが、心に留めておきたいことですよね!素敵なエピソードを教えてくれてありがとうございます。
短い滞在でしたが、ずっと訪ねてみたかったアッシジで、思っていた以上に充実した時間を過ごすことができました。私の想いまで感じ取っていただてとてもうれしかったです。メッセージをどうもありがとうございました。
akiko
-
- るなさん 2026/08/22 11:40:39
- テーマのある旅
- akikoさん、Buongiorno♪
相変わらず毎日酷暑ですね...福岡も連日37℃( ゚Д゚)帰宅時間になってもムワーーッとした空気に包まれてますよ。
目的を持って旅をする...私にはほとんどないことです(苦笑)
私、旅に出る目的なんてほとんどないですから( ;∀;)ちょこっと目にした写真を見てはここ行きた~いなんてどうでもいいような理由しかありません。
その点akikoさんはいつもきちんとテーマのある旅をされてますよね。だからこそその地には思い入れがあって、しっかりキャプションも書かれているんでしょう。
フランチェスコって名前はイタリア人にはたくさんいらっしゃいますよね。女性のフランチェスカ同様、一番多く聞くお名前かもしれません。
そして...裕福な生活を捨て神に仕えるキアラ...彼女の元へ女性たちが集まったとは、きっとキアラ自身がもともと女神のような人物だったのでは?と推測します。
イタリア各地にサンタキアラという名の教会がありますが、彼女からきているのでしょうか?
お泊りになったお部屋からの景色が素晴らしい!!
石造りの街並みと緑のウンブリアのコラボが最高ですね♪
昔はお部屋からの眺めとかどうでもいいかな?立地や治安が良くて清潔ならって、ホテル自体にあまり興味がなかったんですが、最近ではデザイン性にこだわってみたり、眺めにこだわってみたりとホテル選びも変わってきました(笑)予算に限りはありますけどねぇ~あはは
アッシジには行ったことがありませんが、私の大好きな糸杉の風景もありとってもいいですね。まぁ私がアッシジに行ったとしても、akikoさんのような立派なキャプションはとても書けませんけど(爆)
石造りとアップダウンの街並み、そして広場の雰囲気はTodiという村を思い出しました。
にしてもこの小さな街にミネルヴァ神殿なんて立派な建造物があるんですねぇ!
ローマのソプラミネルヴァも大好きな教会のひとつです。
イタリアの石造りの街並みや緑の風景を見ているとすぐにまた行きたくなります(笑)ホント、イタリアって沼訪問です(#^.^#)
色々コメントしたいところですが、最後にひとこと
「木陰で静かに野を眺めるフランチェスコの像」
この一枚がアッシジのすべてを物語っているかのように感じました。
るな
- akikoさん からの返信 2026/08/22 20:18:46
- RE: テーマのある旅
- るなさん、Buonasera♪
ほんと、この前まで少しだけマシになっていたのに、また酷暑が戻ってきてしまいましたね〜
アッシジの旅行記読んでもらってありがとう〜〜 目的を持って旅をするというほど、大した目的ではないので、そう言われるとお恥ずかしいです(^^ゞ
るなさんの旅行記は、選ばれる場所はとっても素敵なところばかりで、写真も文章もとてもセンスがよくて、真似ができるものならしてみたいです。それに比べ、私の旅行記は蘊蓄のような説明が多すぎて、読みにくいですよね(笑)
フランチェスコやフランチェスカという名前はイタリアではとてもポピュラーな名前なんですね!聖フランチェスコにあやかりたいという親の望みからつけられるのかも...。キアラも映画では、家族に知られないようにして、貧しい人たちやライ病の人たちにパンや食料を届けにいったりする、とても素敵な女性なんです。るなさんのおっしゃるように、女神のような人だったと思います。イタリア各地にサンタキアラという名の教会があるとのことですが、きっと彼女の名前を冠しているのだと思います。
アッシジでお世話になった『Quo Vadis』は、とてもリーズナブルなお宿だったんですが、大正解のお宿でした。お部屋からの眺めも良くて、ロケーションもバッチリで、この旅の中で一番気に入ったお宿だったような気がします。後編では朝食ルームを紹介するつもりですが、そのダイニングルームもとても素敵だったんです。
アッシジは宗教都市なので、観光といっても教会以外は魅力的なスポットはあまりないような…。でも丘の上にあるので、ウンブリアの緑あふれる風景が見下ろせたり、そうそう糸杉がある風景も素敵でした.:*☆*:. 「ミネルヴァ神殿」は、古代ローマの神殿跡で驚くほど保存状態が良いとのこと。コムーネ広場に面していて、知恵と工芸の女神ミネルヴァを祀る神殿なんですって。ローマのソプラ・ミネルヴァ教会は、私も行ったところよね?気になってググってみたら、古代ローマの守護女神ミネルヴァの神殿の上に建てられた教会だから、ミネルヴァって名前がついているのね〜
サン・ダミアーノ修道院のそばにあった、野を眺めるフランチェスコの像に目をとめてくれてとてもうれしいです!!! 私もとても心惹かれたので、表紙の写真にも使ったのでした。
書き込みどうもありがとう〜〜(#^.^#)
akiko
-
- パディントンさん 2026/08/21 21:43:18
- 懐かしい映画とともに…
- akikoさん、こんばんは!
何とも言えない色合いの美しいインフィオラータにうっとりした後、続いてアッシジ旅行記を拝見しました。
懐かしい映画です。確か高校1年生の時に友人3人で見に行きました。
あの♪Brother sun and Sister moon♪
akikoさんの旅行記であの時の風景が目の前に広がりました。
特に印象に残っているのが、着ていた服を脱いで父親に返し、両手を広げて信仰を確信した時の映像です。
その下にウンブリアの風景が広がっていました。
私もいつか…と思いながらなかなか行けていません。
akikoさん、アッシジをご紹介してくださってありがとうございます(*^▽^*)
後半も楽しみです。
パディントン
- akikoさん からの返信 2026/08/22 10:37:53
- RE: 懐かしい映画とともに…
- パディントンさん、おはようございます!
パディントンさんも「ブラザーサン・シスタームーン」を高校生の時にご覧になられたのですね!お聞きしてとてもうれしくなりました。私は8年前まで知らなくて、実際に観てみてフランチェスコの純粋な気持ちにとても感動したのでした。神からお告げがあったこともありますが、恵まれない方のために全てを捨てるなんて普通はできないですよね!
あと、書いてくださった♪Brother sun and Sister moon♪というフレーズの部分が耳に残る主題歌がとても映画の内容に合っていて、今でも思い出すとキュンとしてしまいます。
アッシジはローマからすぐ行けるところでもないので、なかなか行きたいと思っても行けるところではないですよね。私も今回スペッロを訪れることになり、やっとアッシジにも訪問することができたのでした。続編でもう少しアッシジの町を紹介できると思うので、よかったらぜひまた見に来て下さいね!
メッセージをどうもありがとうございました(*^^*)
akiko
-
- ドロミティさん 2026/08/21 09:38:30
- アッシジ
- akikoさん、おはようございます。
akikoさんをアッシジに導いてくれた映画「ブラザー・サン シスター・ムーン」
知らなかったので観てみたいわ。
そしてAIに作成のイラストがとても素敵! すごいですね~
ウンブリアの大地を静かに眺めているフランチェスコの像が心に響きました。
アッシジは世界遺産の町で聖フランチェスコの生誕地だから、いつか
ウンブリア州をメイン(ウンブリアの緑のパノラマが大好きなの)にイタリア
へ行ったら寄ってもいいかな~くらいの認識だったけど、akikoさんの素敵な
お写真と読み易い解説で中世の石造りの美しいこの町が絶対に行きたい所に
急浮上しました。 もちろんスペッロもね(^_-)-☆
とても読み応えのあった前編でした。
後編の夕暮れの散策と聖フランチェスコ聖堂も楽しみにしていますね~
ドロミティ
- akikoさん からの返信 2026/08/21 21:07:53
- RE: アッシジ
- ドロミティさん、こんばんは~
映画「ブラザー・サン シスター・ムーン」に興味を持ってもらえてうれしいです♪ かなり古い映画で、私は8年前にDVDをネットで購入して観たのですが、作り話ではなく、実在した聖フランチェスコの半生を描いた作品で、話に引き込まれました。
裕福な商人の息子として何不自由なく暮らしていたフランチェスコが、それまでの生活をすべて捨て、貧しい人々や社会から疎外されていた人たちに寄り添いながら、崩れた教会を自らの手で修復していく姿に感動しました。自分には到底できそうにないことばかりで、損得など考えず、純粋に人を思いやりながら生きていくフランチェスコの姿を見ていると、思わず涙が込み上げてきたのでした。
それから、映画の主題歌「ブラザー・サン シスター・ムーン」もとても素敵なんですよ♪ 映画の美しい映像にもよく合っていて、今でも聴くと映画の場面が浮かんできます。YouTubeでも聴けるので、もしよかったら聴いてみてね(^^)♪
そして、アッシジが「寄ってもいいかな~」から「絶対に行きたい所」に急浮上したなんて何よりうれしい言葉です! 前編は映画のストーリーも交えながら、アッシジの町そのものより、フランチェスコゆかりの教会やサン・ダミアーノ修道院のお話にかなり多くを割いてしまいました。後編ではサン・フランチェスコ聖堂を中心に、もう少し町の様子もお伝えできると思います。後編もぜひまた見に来てくださいね~(^^)♪
akiko
-
- お黙り!さん 2026/08/20 10:43:47
- ブラザーサン・シスタームーン
- akikoさん、こんにちは
「ブラザーサン・シスタームーン」の映画・・・・・確か、私が小さい頃、見たような?少なくとも歌は少し覚えています。72年の映画なのですね、10歳の時の映画です。映画の内容は全く覚えていないので、なるほどな~~~とお勉強になりました。「スコットランドのフォーク・ロック歌手のドノヴァンがリズ・オルトラーニと共に音楽を担当して、主題歌と挿入曲を書き下ろして歌っている」だそうです。もしかしたら、映画音楽のサントラ盤を聞いてたからかもしれません・・・・・・・・とにかく、映画をみて、アッシジに行きたいと思うなんて凄いです。25年前くらいに、アッシジへは行ったはずなんですが・・・・・・・思いもよらぬ発見でした。ありがとうございます。次も楽しみにしております。マリー
- akikoさん からの返信 2026/08/20 20:56:04
- RE: ブラザーサン・シスタームーン
- マリーさん、こんばんは〜
聖フランチェスコの映画の主題歌「ブラザーサン・シスタームーン」について、知らせてくださってありがとうございます(^^)♪マリーさんも小さい頃にこの映画をご覧になられていたとか!もちろん、ストーリーも感動的ですが、アッシジの野原が美しくて、それにこの主題歌(サウンドトラック)がとっても素敵で、映画をより魅力的にしていると思います。
この曲はドノヴァンによって書き下ろされたんですね。早速、調べてみたら、確かに「映画『ブラザー・サン シスター・ムーン』の主題歌は、イギリスのシンガーソングライターであるドノヴァン(Donovan)が作詞・作曲および歌唱を手がけました」との説明がありました。YouTubeでも見てみたのですが、いくつか『ブラザー・サン シスター・ムーン』が上がってました。何度聴いても、美しい歌声が耳に心地よくて、心が洗われるような気がします。教えてくれてありがとうございました♪
akiko
-
- cheriko330さん 2026/08/19 19:54:10
- インフィオラータの次は丘の上アッシジへ☆・゚:*
- akikoさん、こんばんは☆
いよいよアッシジ編に入りましたね。なかなかの大作ですね。
ChatGPTったら、こんなに素敵なイラストも描いてくれるのですね。
akikoさん、使いこなされていて素晴らしい。本なんかもすぐに出来そうですね。
分かりやすく説明してくださって嬉しいです。
アッシジは標高が高いのね。今回のお宿も広々で寛げましたね。アッシジにラベンダーとは驚きました。ラベンダー畑は近くにはなかったのかしらね?
アッシジは聖フランチェスコと聖キアラが生れた街なのですね。akikoさんは最初に
映画を見られて行かれたので、余計に感慨深かったことだと思います。
白いレンガの素敵な街でもありますね。展望台からの景色もまた最高にきれいね。
akikoさん、とことこ歩いて上の方まで行かれたのですね。素敵なお散歩道ですね。
フランチェスコが修復した教会が目的地で、この場に来ることができて目的を果たせ
ましたね。見ごたえのある教会でしたね。
聖キアラのことも詳しく知ることができました。長年病気に苦しみながら他の方やアッシジの平和を祈って神への感謝。普通ではできませんね。だから聖人ね。良い場所にフランチェスコの像もあり、akikoさんの写真がまた素敵です。
ドイツ人ご夫妻との小さな国際交流も、ほのぼのとしますね。
今宵のディナーもまた素敵な場所で、ウンブリア料理を堪能。澄んだ空気もご馳走ね。
どれも美味しそうですが、やはり「トリュフのクロケッタ」が気になります。
まだまだ、この日は続くのですね。黄金の光の夕焼けも堪能☆彡
サン・フランチェスコ聖堂も楽しみです。
cheriko330
- akikoさん からの返信 2026/08/19 22:31:22
- RE: インフィオラータの次は丘の上アッシジへ☆・゚:*
- cherikoさん、こんばんは〜♪
早速の書き込みどうもありがとう〜〜(#^.^#) アッシジのことを書くには、どうしても映画「ブラザーサン・シスタームーン」のことを知ってもらいたくて、最初に紹介しました。長めのあらすじをどうやって書けば良いか悩んだ末、ChatGPTにイラストを描いてもらうことにしたんです。ただ大まかなあらすじを示して、イラストを描いてと頼むだけなんですよ。
ラベンダーのことだけど、アッシジにラベンダーなんて思い浮かびませんよね!実際は広い畑があるんですって。でも、私が訪ねた場所の近くではラベンダー畑は見当たりませんでした。
アッシジは、そうなんです、聖フランチェスコと聖キアラが生れた街で、二人とも裕福な家に生まれ、サン・ルフィーノ聖堂で洗礼を受けたんだそうです。普通なら、裕福な家庭に生まれたら、その環境で育っていくと思うのですが、当時は貧富の差がかなり激しくて、下層にいる人たちへのあまりに酷い扱いを目の当たりにし、二人はだんだん疑問を持つように…。
そしてフランチェスコが先に無一文で家を出て、サン・ダミアーノ礼拝堂を一人で修復していき、幼なじみの友人も徐々に加わるようになり、クララも彼らの仲間に入るのでした。
今回、一番訪れたかったのは、そのサン・ダミアーノ教会、というか、今は修道院になっているんですが、そこだったんです。町の中心部からかなり離れたオリーブ畑が広がる場所まで足を運び、修道院を訪ねることができて、一番の目的が果たせた気分になれました(^^)♪
聖キアラも自分のことより他者のこと、特に貧しい人々のことをまず考え、またアッシジの平和をずっと願っていたそうで、cherikoさんの言われる通り、普通ではできないですよね。
修道院を出たところにあったフランチェスコの像も心惹かれるでしょう!そうそう、修道院から丘の上にある町に戻るとき、ドイツから来られていたご夫婦の車に乗せてもらって、ほんとに助かりました。車の中では、ドイツ語と日本語の「ありがとう」や簡単な「こんにちは」などの挨拶の言い方を教え合うプチ語学講座になったのでした^ ^
この日の夕食は、イタリア旅で一番楽しめた夕食だったような気がします。注文した前菜プレートはちょうど良い分量で美味しくいただきました。「トリュフのクロケッタ」は初めて食べましたが、とても美味だったんですよ(^_-)-☆ 続編も頑張って書くので、また見に来て下さいね!
akiko
-
- Rolleiguyさん 2026/08/19 16:35:47
- フランチェスコゆかりの町
- akikoさん、こんにちは。
アッシジ旅行の手に取るようなお話と美しい写真の数々、akikoさんの旅行記の
なかでも出色の出来だと思います。行ってみたいと思わせる内容ですね。
フランチェスコ修道会は清貧・托鉢のイメージですが、その背景にあった
フランチェスコの人生を振り返ることが出来たのは、単純な旅行先の紹介ではない
ものに仕上がったからこそだなあと思いました。それにしても美しい町と景色ですね。
行くことが出来ればいいなと思います。
Rolleiguy
- akikoさん からの返信 2026/08/19 21:29:22
- RE: フランチェスコゆかりの町
- Rolleiguyさん、こんばんは〜
アッシジの旅行記を読んでいただき、「行くことが出来ればいいなと思う」などと言ってもらって、とてもうれしいです。
アッシジを訪れる前にはスペッロでインフィオラータを楽しみましたが、花絵の中に聖フランチェスコがたびたび描かれているのが印象的でした。やはり、ウンブリアの地では今もフランチェスコが深く慕われているんだなと感じた次第です。
私は旅行記にも書きましたが、聖フランチェスコのことはあまり馴染みがなく知らなかったんですが、8年前にその存在を知り、映画「ブラザーサン・シスタームーン」を観て、裕福な家に生まれながらすべてを捨てて清貧と祈りの道を選んだ彼の生き方に心を打たれました。またアッシジの町の美しさに心惹かれていました。
今回、アッシジでの滞在は丸一日だったので、フランチェスコのゆかりの場所を巡ることを目的にしたのでした。彼の没後に完成した「サン・フランチェスコ聖堂」は大変立派な聖堂で見応えがありましたが、そこよりも彼の人生の転換点にもなった「サン・ダミアーノ修道院」の方が、心に残りました。またあとで合流したクララ(のちの聖キアラ)のことも、修道院を訪ねて、より身近に感じることができました。
guyさんに「単純な旅行先の紹介ではないものに仕上がった」と言っていただけたことは、とてもうれしかったです。書き込みをどうもありがとうございました。
akiko
-
- pareさん 2026/08/19 12:39:29
- アッシジ
akikoさん、こんにちは
インフィオラータの旅、とてもステキですね
今回はアッシジの旅行記、興味深く拝見しました
最後に紹介してくださった、前菜プレートはとても惹かれます
画像だけでなく、お料理についての詳細がペルフェット!
花より団子になってしまう私です。
いつか行きたいお店として、マッピングさせていただきました
ステキな情報をありがとうございました
ところで、前回の花祭りの作品で、
グレーっぽくみえる部分の花弁は何のお花だったのか、とても気になっています。
ピンクの隣なのでグレーに見えて実は違う色なのですかね...
続編も楽しみにしています!
-pare
- akikoさん からの返信 2026/08/19 19:58:41
- RE: アッシジ
- pareさん、こんばんは〜
本場のインフィオラータは想像以上に素敵でした(≧∇≦)
見てくださってありがとう〜〜
お花の花弁などで描かれる花絵は実によく考えられていて、
間近で見られて感動しました。
お尋ねのグレーの花びらというのはあまり思いつかないですよね!
スペッロのインフィオラータでは花びらだけでなく、葉やハーブ
などの自然素材も使われるそうです。
気になったのでAI検索してみたら…
セージやヨモギの仲間のような銀灰色の葉?または、灰緑色の葉を
乾燥させて細かくしたものではないか? という答えでした。
いずれにしても、人工的な色付けは禁じられているので、
このような色の素材まで集めているなんて、すごいですよね!
このアッシジの旅行記では、夕食に食べた前菜プレートを
気に入ってもらえて嬉しいです。
もし行くことがあれば、予約はwhatsappで連絡して下さいとのこと。
→please contact us by whatsapp +39 3343522530
メッセージをどうもありがとうございました。
akiko
- pareさん からの返信 2026/08/20 09:42:19
- RE: RE: アッシジ
akikoさん、こんにちは!
インフィオラータの花弁について、
ご丁寧に調べていただきまして、ありがとうございます
自分で調べろって話ですよね、ほんとすみません。。
花弁だけでなく、ハーブやリーフも利用するのですね、
ハーブが入ったら香しい花道になりそうですね。
ますます興味が出てきました。
前菜プレートレストランの連絡先も教えてくださり、
ありがとうございます。
渡伊できる日が近いうちに巡ってくるよう、祈るばかりです。
とはいえ、祈っていても行けないので、なんとか実現で切るよう画策します!
ありがとうございました!
-pare
- akikoさん からの返信 2026/08/20 20:20:40
- RE: RE: RE: アッシジ
- pareさん、こんばんは〜
「とんでもないです〜!私も『そういえば、あのグレーの部分って何だったんだろう?』と改めて気になって、調べてみるきっかけになりました(^^)♪
花びらだけではなく、葉やハーブなども使って、自然の色だけであれほど細かな表現をしていると思うと、本当にすごいですよね。
インフィオラータにさらに興味を持ってもらえたようでとてもうれしいです。 そして前菜プレートのお店も、もしアッシジに行かれることがあったら、ぜひ候補に入れてみてくださいね。景色もお料理も、とても印象に残るお店でした♪
ぜひぜひ画策してください〜!
こちらこそ、うれしいコメントをありがとうございました♪
akiko
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ インフィオラータが見たくてイタリア・スペッロへ
22
80