2026/06/09 - 2026/06/09
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akikoさん
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アッシジの次に向かったのはオルヴィエートでした。ここには2泊し、滞在2日目にウンブリア州の州都ペルージャへ日帰りで出かけました。順番が前後しますが、今回は先にペルージャの街歩きをご紹介したいと思います。
「ペルージャ」と聞いて、連想するのは、かつて中田英寿さんが所属していたサッカークラブ「ACペルージャ」くらいですよね。私も名前は知っていたものの、どんな街なのかはほとんど知りませんでした。
実際に訪れてみると、ペルージャは緑豊かなウンブリアの丘陵地帯に築かれた、とても魅力的な街でした。古代ローマ時代のまだ前のエトルリア時代から続く長い歴史をもち、中世の石造りの建物や路地が残る一方で、街にはミニメトロが走り、古いものと新しいものが自然に溶け合っていました。さらに、最近観たドラマでペルージャがロケ地のひとつになっていたことも、訪れてみたいと思ったきっかけでした。
「こんな素敵な街だったんだ!」と、歩き始めてすぐにペルージャが気に入ってしまいました。歴史ある建物や美しい広場、迷路のような路地、そして丘の上から眺めるウンブリアの風景。今回は、そんなペルージャの街を歩いた一日をご紹介します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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これはペルージャの中央駅(ペルージャ・フォンティヴェッジェ駅:Stazione di Perugia Fontivegge)です。駅舎は、淡いピンクや白を基調としたクラシカルで落ち着いた3階建ての建物でした。
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駅から歩いてすぐのところにバスターミナルがありました。行きたいと思っていた旧市街の歴史地区は、駅から少し離れた丘の上でした。歴史地区へはバスで行くこともできるようでしたが、私は「ミニメトロ」というミニ・モノレールで行くことに!ミニメトロの駅はバスターミナルの背後にありました。
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ここがそのミニメトロの「FONTIVEGGE(フォンティヴェッジュ)駅」でした。MiniMetrosは丘の上の旧市街を結ぶ全長約3.9kmのミニモノレールで、遠隔操作によって運行されています。
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これは路線図で、丘陵地帯にある郊外のピアン・ディ・マッシアーノ(Pian di Massiano)駅から、旧市街中心部にあるピンチェット(Pincetto)駅までの全7駅を約11~12分で結んでいます。旧市街の歴史地区へ行くには、フォンティヴェッジュ駅からは、3つ目のピンチェット駅で降りることになります。
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ミニメトロは完全自動化されていて、約2.5分間隔で運行しているとても便利な交通手段でした。料金は1回の乗車につき1.5~2ユーロで、クレカのタッチ決済にも対応。運行時間は、月曜日~土曜日: 7:00 ~ 21:05 日曜日・祝日: 9:00 ~ 20:45とのことです。
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ミニメトロの車両は、一両で運行するおもちゃのような可愛らしいもので、車窓から次々と来る車両を撮影するのが楽しかったです。
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ピンチェット駅に到着すると、エスカレーターや傾斜エレベーターを乗り継ぐだけで、坂道を上ることなく中世の美しい旧市街のすぐ近くまで行くことができるようになっていました。
ピンチェット駅は丘の上側の終着駅で、駅のは剥き出しの石壁と近未来的なハイテク設備が融合していて、その独特な雰囲気から「洞窟とスタートレックの世界が混ざったような場所」と表現されることがあるのだとか。 -
上階に上がってきました。外に出ると、ピンチェット庭園があり...
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庭園にはミニバラが咲いていて、若者たちがあちこちで自由にくつろいでいる姿が見かけられました。ペルージャは大学の街でもあるそうです。
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庭園から、丘を利用して広がる街並みも見えていました。
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インフォメーションで地図をもらって、また石段を上がっていくと...
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リストランテ・デル・ソーレ(Ristorante del Sole)というお店がありました。
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とても良さそうなお店だったので、飲み物だけでもと思い、入ってみることに!
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このリストランテは上階がカフェ・バーになっていて、下階がレストランになっていました。私が入ったのはカフェ・バーの方で、注文カウンターはこのようになっていました。
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テラスもあり、室内からもペルージャとウンブリア渓谷の素晴らしい景色が見えていたのでした。
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注文したのはカプチーノで、テラスの近くの席で景色を楽しみながらいただきました。
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イチオシ
もう1枚、テラスから見える景色を撮影!高い鐘楼が特徴的な建物はサン・ドメニコ教会(Basilica di San Domenico)のようでした。
このリストランテの公式サイトに、どのようなところにお店があるのか短い動画で紹介されているので、よかったら、ご覧になってくださいね。
リストランテ・デル・ソーレ:https://www.ristorantesole.com/ -
この日、3、4時間でペルージャの街歩きをしようと思っていました。行ってみたいと思っていたスポットは、次の通りです。
1)11月4日広場
サン・ロレンツォ大聖堂/ プリオーリ宮殿『公証人の間』
2)中世水道橋通り
3)サン・エルコラーノ教会
4)カルドゥッチ公園(庭園) -
駅から続くオベルダン通りから賑やかなバリオー二通りの方に歩いて行きました。
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これは、バリオー二通りにある中央郵便局の建物です。この郵便局が入っている建物は「Palazzo delle Poste(郵便局宮殿)」とも呼ばれ、1910年代に建てられた美しいアール・ヌーヴォー様式(リバティ様式)の建築としても知られているのだとか。
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郵便局の前はマッテオッティ広場になっていて、通りには歴史ある建物が並んでいたのでした。
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「11月4日広場」にやってきました。ここは大聖堂やプリオーリ宮殿などの歴史的建造物が取り囲むペルージャの中心広場だそうです。
この広場にはイタリアで最も美しい噴水の一つとされる13世紀の「マッジョーレ噴水(Fontana Maggiore)」もありました。 -
この噴水はペルージャの水道橋の完成を祝って13世紀中頃、中世彫刻の巨匠ピサーノ親子によって作られたそうです。ピンクと白の大理石を使用した見応えある2層構造の噴水で...
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下の水槽のパネルには、十二ヶ月の農作業、黄道十二宮、そして聖書や神話の物語が刻まれ、上の水槽には、ペルージャの守護聖人や教皇、聖書の登場人物などの彫像が飾られているそうです。
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噴水の後ろには、「サン・ロレンツォ大聖堂(Cattedrale di San Lorenzo)」がありました。
この聖堂のあったところは古代ローマ時代のフォーラムがあったところで、その上にロマネスク様式の教会が築かれ、その後さらに大きくするということで、14世紀後半に建設を始め、1世紀かけて作っていたのですが、完成せずに終わったんだそうです。教会の下半分は白とピンクの石材で覆われていますが、その上は覆われていない「未完成の教会」なんだそうです。 -
聖堂入口の両脇には、1555年に作られたローマ教皇ユリウス3世の像(左)と、1425年に作られた聖ベルナルディーノの説教壇があります。
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大聖堂に足を踏み入れると、高い天井と広い空間が広がっていて、中央の身廊はピンク色の大理石を使った八角柱が支えているのが目をひきました。そして見上げると、天井のアーチ状のリブ・ヴォールトの骨組みに沿って描かれたフレスコ画がとても見事で、シャンデリアの明かりがそれらを照らしていました。
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天井に描かれていたのはバロックスタイル~新古典主義のフレスコ画で、大聖堂の守護聖人である聖ロレンツォをはじめ、ペルージャの歴史にゆかりの深い聖人が描かれているのだそうです。
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身廊の右側の柱が並ぶ中に、『恵みの聖母(Madonna delle Grazie)』という、妊娠しているマリアを描いたフレスコ画がありました。華やかな金色の木製厨子の中に納められていて、ペルージャ市民が祈りを捧げるこの『恵みの聖母』は、古くから奇跡をもたらす聖母として信仰の拠り所となっているそうです。
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これは最も奥に位置する主祭壇の様子です。
尖頭アーチ窓には美しいステンドグラスが嵌め込まれていて、見上げれば、見事なリブ・ヴォールトの天井には細やかな天井画が描かれていました。黄金の燭台が中央のパイプオルガンを背に立ち、神聖な雰囲気を漂わせていました。 -
聖堂には他にも目をひくステンドグラスがありました。これは『羊飼いの礼拝』で、イエス・キリストの生誕場面がとても美しく描かれていました!
右下には赤と青の衣装を纏った聖母マリアと幼子イエス、その後ろに見守る聖ヨセフが描かれ、左側には天使の告げを聞いて駆けつけた羊飼いたちが拝んでいる姿が...。 -
これは、正面祭壇の反対側、大聖堂の入口側の様子を写したものです。中央壁面には見どころとなる装飾が施されていました。
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これは近づいて撮影したものですが、重厚な金色のフレーム(タブナクル)に納められていたのは聖母マリアの絵で、天上世界での戴冠シーンが描かれ、聖母マリアと足元に集う聖人たちが表現されているそうです。
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その上の丸窓のステンドグラスには、大聖堂の名称にもなっている守護聖人「聖ロレンツォの殉教」を描いたものなんだそうです。
聖ロレンツォは西暦258年のローマ迫害下で殉教した聖人。教会財産を要求するローマ皇帝に対し、貧しい人々や病人を指して「これらこそが教会の宝です」と答えたため怒りを買い、生きたまま鉄格子の上で焼かれるという残酷な方法で処刑されたんだとか。
左側の兵士や執行人が聖ロレンツォを強引に鉄格子に押さえつけ、さらに火をくべようとしています。聖ロレンツォは熱さに耐えながらも、天を見上げて穏やかに祈りを捧げる表情を浮かべていて、伝承によると、ロレンツォは激しい苦痛の中でもユーモアと信仰心を失わず、処刑人に向かって「こちら側は十分に焼けたから、ひっくり返して反対側を食べなさい」と言い放ったと伝えられているとのことです。 -
これは、入口を入ってすぐのところにあった「サンタネッロ礼拝堂」です。この礼拝堂には、聖母マリアと聖ヨセフが婚礼の際に交わしたとされる重要な聖遺物「聖指環(Santo Anello)」が納められているとのことでした。
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これがその結婚指輪でした!精緻な彫刻が施された黄金の聖遺物容器の中央には、王冠の下から一筋の鎖で吊り下げられた白い指輪(カルセドニー/玉髄製)がありました。
この指輪は1473年、隣町キウージからペルージャへと持ち込まれて以来、街の最も大切な宝として厳重に守られてきたのだそうです。かつては、15の異なる鍵で開けられる重厚な鉄の金庫に大切に保管され、一般公開されるのは年に数回のみだけだったとか...。 -
聖遺物容器がある後には祭壇があり、そこには聖母マリアと聖ヨセフが婚礼の際に指輪を交わしている場面を描いた絵が嵌め込まれていました。(この絵についてはちょっとしたエピソードがあって、後ほど紹介します)
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「サンタネッロ礼拝堂」の向かいにある「聖ベルナルディーノ礼拝堂」は、シエナの聖ベルナルディーノに捧げられた礼拝堂だそうです。重厚な木彫装飾と金箔が施された祭壇枠の中には、フェデリコ・バロッチ作『十字架降下』がありました。キリストの遺体が十字架から降ろされる緊迫の瞬間が描かれていて、この祭壇画も見所の一つなんだそうです。
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このステンドグラスは『サン・ベルナルディーノの説教』で、礼拝堂の上にありました。15世紀にペルージャを訪れ、民衆に熱心な説教を行ったシエナの聖ベルナルディーノの姿を描いています。中央奥の壇上で説教を行う聖人の周りに、ペルージャの市民や聖職者、民衆が集まり熱心に耳を傾けている様子が表現されているとのことです。
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次に、サン・ロレンツォ大聖堂の西(左側)にある付属美術館を訪れてみることにしました。入口は、写真左下にあるアーチ型の門からでした。
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入口を進むと、一旦中庭に出て、キオストロ回廊を通って美術館に行きました。
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この美術館は、大聖堂や教区の教会から収集された作品で構成されていて、金銀細工、典礼用装飾品、絵画、彫刻などが展示されていました。
絵画をいくつか紹介したいと思います。この作品は、ルカ・シニョレッリ《サントノフリオ祭壇画》です。これは、美術館の代表作のひとつだそうで、中央には聖母子、左右には洗礼者ヨハネ、聖オノフリオ、聖ロレンツォ、聖エルコラーノが描かれ、足元では天使がリュートを奏でています。鮮やかな衣装や宝石、草花などの描写もとても美しいと感じました。 -
バルトロメオ・カポラーリ《ピエタ》1486年
十字架から降ろされたキリストを膝に抱き、静かに悲しむ聖母マリアを描いた作品。黒い衣の聖母と、力なく横たわるキリストの姿が印象的でした。 -
サン・ロレンツォ大聖堂で見た「聖なる指輪(Santo Anello)」にまつわる展示もありました。
中央にあるのは、聖母マリアと聖ヨセフの結婚指輪と伝えられる「聖なる指輪」を納めるため、1511年に作られた豪華な聖遺物容器です。背後にはペルジーノの名作《聖母の結婚》の複製が飾られ、かつての礼拝堂の姿が再現されているとのことでした。
ところが、私が大聖堂の指輪が展示されたサンタネッロ礼拝堂の祭壇で見た絵ではありませんでした。 -
これはカルロ・ラブルッツィによる《聖母の結婚》です。司祭の前で、聖ヨセフが聖母マリアの指に指輪をはめる場面が描かれています。
大聖堂の礼拝堂で、「聖なる指輪」の背後に同じシーンの絵が飾られていましたが、この絵画でもありませんでした。
どうやら礼拝堂の絵には曰くがあるそうで... もともと大聖堂の礼拝堂にはペルジーノの名作《聖母の結婚》がありましたが、ナポレオン時代にフランスへ持ち去られてしまいました。その後、その空いた祭壇を埋めるため、1814年にカルロ・ラブルッツィがこの《聖母の結婚》を制作したそうです。でも最終的には、この絵は祭壇から外され、現在礼拝堂で飾られている、1825年に制作されたヴィカールの《聖母の結婚》へ交換されたのだそうです。
当初の祭壇画:ペルジーノ(1501~1504)
→ ナポレオン軍によりフランスへ移送
→ カルロ・ラブルッツィ(1814)
→ ジャン=バティスト・ヴィカール(1825・現在) -
これは《聖母の眠り(Dormitio Virginis)》1432年、です。横たわる聖母マリアを使徒たちが取り囲む場面。キリスト教の伝承では、聖母は死んだのではなく、いったん「眠り」についたのち天に上げられたと考えられたことから、「聖母の眠り」と呼ばれるのだそうです。
他にも多くの作品が展示されていましたが、ここではこれだけにしておきます。 -
11月4日広場に戻り、次に広場に建つ「プリオーリ宮殿」の「公証人(ノターリ)の間」を見に行くことに!
マッジョーレ噴水の後ろに見える、プリオーリ宮は13世紀末から14世紀にかけて建設された、イタリアでも屈指の美しさを誇るゴシック様式の公邸(政庁舎)なんだそうです。かってペルージャの最高政務官(プリーリ) たちが政務を執った場所で、現在もペルージャ市庁舎およびウンブリア国立美術館として現役で使用されているんだとか。そして「公証人の間」もこの建物内にあるとのことでした。 -
広場側には三連アーチ窓と三葉形の門が、通り側には10の三連窓と四連窓が並んでいて、「公証人(ノターリ)の間」へは、こちらの広場側の三葉形の門から入りました。
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この空間が「公証人の間(Sala dei Notari)」でした。もともとは市民の集会や裁判に使われていた大広間で、1582年から公証人組合(ノターリ)の本拠地となったことから、現在の名前が付けられたそうです。
8つの大きなアーチが連なる天井や壁を彩るのは、13世紀末に描かれたフレスコ画。イソップ寓話や聖書の物語、伝説など、さまざまな場面が描かれています。19世紀には大規模な修復が行われ、紋章や装飾も加えられたそうです。 -
深い青を基調とした壁面いっぱいのフレスコ画がとても美しく、見上げる角度によって印象が変わるので、何度も角度を変えながら眺めてしまいました。
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これらのフレスコ画は、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の絵画工房と関わりを持っていた2人の芸術家によって描かれたのだそうです。
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これは、正面最前列の様子です。壁のフレスコ画はもちろんですが、アーチを彩る幾何学模様や花文様の模様や紋章もとてもきれいでした。青を基調に、金や赤を効かせた華やかな装飾が部屋全体を包み込んでいて、部屋全体がひとつの大きな美術作品のように感じられました。
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いったん外に出て...
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ここは、コルソ・ヴァンヌッチ通りに位置するプリオーリ宮殿の重厚な主入口。この建物の3階(日本の4階)に国立ウンブリア美術館があって、13世紀から19世紀にかけての中部イタリア、特にウンブリア派の傑作を世界最大級に収蔵する重要な美術館なんだそうです。
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この中世の石造りの空間は、宮殿内にある「評議会の間(Sala del Consiglio) 」のそばのホール。写っているのは、グリフォン(左)とライオン(右)の像です。
グリフォン(左)は、鷲の頭と翼、ライオンの胴体を持つ伝説の生物で、ペルージャの都市そのものを象徴していて、ライオン(右)は、時のペルージャを支持していた「グエルファ派(教皇派)」の象徴なんだそうです。美術館にも行きたいと思いましたが、時間がかかりそうなので断念することに...。 -
次に、『中世の水道橋』が見られるところに向かいました。
これは、広場に面したペルージャゆかりのチョコレート店でした。男の子と女の子が可愛くキスしている像が見えていて、思わずパシャ!
イタリア土産として知られている「Baci (バッチ)」というチョコは何度も食べたことがありますが、このチョコはここペルージャに本社があるペルジーナの製品だったのですね。
ググってみると、Baciのユニークな誕生ストーリーが載っていました^ ^
1922年、当時ペルジーナ社で商品開発をしていたルイーザ・スパニョーリさんが余ったヘーゼルナッツのかけらをジャンドゥイア(ヘーゼルナッツやアーモンドなどのナッツペーストと、チョコレートを混ぜ合わせて作ったもの)と混ぜ合わせ、さらにヘーゼルナッツひと粒を丸ごとチョコでコーティングして制作。
開発当初は、ヘーゼルナッツがぴょこんと突き出しているその形状からCazotto(ゲンコツ)と名付けていましたが、創業者の息子がルイーザと恋に落ち、彼女が開発した新しいチョコレートに”Bacio(バーチェ=キス)"というロマンティックな名前を製品名を変えたところ、"Baci(Bacioの複数形)"として瞬く間にイタリア全土に広がり、大人気製品になったんだそうです。 -
ヴォルテ通りを歩いていたら、壁にこのようなレリーフがありました。これは、ジェルマーノ・ベレッティという芸術家が手がけた多色陶板画「聖母マリアと幼子キリスト」という作品。聖母子の左右には、ペルージャの街を古くから守ってきた高名な守護聖人である聖エルコラーノと聖コストランツォがペルージャの街そのものを象徴する模型を、聖母マリアへと捧げるように差し出しています。
実はこの陶板画は第二次世界大戦への感謝の祈り(感謝の捧げ物)として1945年に設置されたものなんだそうです。イタリアの多くの都市が激しい空襲や戦闘に巻き込まれる中、ペルージャの旧市街は奇跡的に大きな爆撃の被害を免れ、中世の美しい姿を現代に残すことができました。市民たちはこれを「聖母マリアと守護聖人たちが街を守ってくれたおかげだ」と深く感謝し、その記憶と祈りを永遠に留めるためにこの壁面にこのレリーフをはめ込んだという歴史があるとのことです。 -
オレンジ色の建物は、歴史地区のモルラッキ広場にある「パラッツォ・ビアンキ」という歴史的な宮殿。現在は集合住宅やオフィスとして使われているとのこと。
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途中で見かけたお花が飾られた自転車♪
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どんどん進んで行くと、アーチ門が見えてきました!
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地図で示すと、このあたりに位置していました。
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イチオシ
さらに進むと、階段状のアッピア通りをまたぐ、大きな石造りのアーチが現れました。これは、「アッピア通りのアーチ(Arco di Via Appia)」または「水道橋のアーチ(Arcodell’Acquedotto)」と呼ばれているそうです。
ペルージャでは、最初にローマ人によって建設された水道橋に13世紀、郊外のモンテ・パッチャーノから、街の中心にあるマッジョーレ噴水まで水を引くため、全長約4キロの水道橋が建設されました。 -
アーチの上は手すりが設けられ、美しい歩道として整備されていました。
そして、このあたりの風景は、私がペルージャに興味を持った理由の一つでもありました。Netflixドラマ『恋の通訳、できますか?』のロケ地になっていて、11月4日広場や迷路のように入り組んだ旧市街の路地など、ペルージャで数多くの街歩きシーンが登場していました。なかでも、このアッピア通りと中世水道橋周辺は、二人の気持ちが近づいていく、とても素敵な場面に使われていたのでした。 -
中世のアーチや石畳が美しいペルージャ独特の風情ある坂道が何度も出てきて、写真右側のフェンスには赤い花が飾られていますが、ドラマではこの辺りも印象的なカフェの場面に使われていました。すぐ近くのアッピア通り3番地には、実在する人気のカフェ・バール「Bastik Caffè」があり、こちらもロケ地になったそうです。水道橋周辺の街並みを眺めながら過ごせる、雰囲気のよいカフェなのだとか。
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アーチの通路の先には、赤茶色の屋根が連なるペルージャらしい街並みが広がっていました。13世紀に造られたこの水道橋は1835年にその役目を終えました。その後、旧市街へ続く部分は歩道として整備され、現在では地元の人や学生たちが行き交う生活道であるとともに、ペルージャを代表する散策スポットとして親しまれているそうです。
私もぜひアクエドット通りという名前の小道を歩いてみたいと思っていたのですが、残念ながらこのときは修復工事が行われていて、途中から立ち入り禁止になっていたのでした。 -
楽しみにしていたのに、先に進めなくてがっかり(>_<) 仕方がないので、来た道を戻りました。
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ここは、マエスト・デッレ・ヴォルト通りのアーチと水飲み場でした。
頭上に架かる石造りのアーチは、かつてこの場所にあったポデスタ宮殿(執政官の宮殿)の一部だったんだとか。
この場所は、夜になるとライトアップされ、まるで中世イタリアにタイムスリップしたかのような幻想的な雰囲気が味わえるのだそうです。 -
次に向かったのは、サン・エルコラーノ教会(Chiesa di Sant'Ercolano)でした。
この門はサン・エルコラーノの門(旧称ポルタ・コルネア)で、門のすぐ下にあるサン・エルコラーノ教会に隣接していることからこの名が付いたとか。街への美しい古代の門で、門の上には教皇派(ゲルフ)のシンボルライオンの像がありました。 -
門の下を通る美しい階段はペルージャのランドマークで、上町へと続いています。そして、この階段の左には...
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サン・エルコラーノ教会があります。街の守護聖人である聖エルコラーノに捧げられた教会で、八角形の塔のような外観が特徴の教会。1297年から1326年にかけてゴシック様式で建設されました。本来は2階建ての構造でしたが、近隣に「パオリーナ要塞」が建設された際、見晴らしを確保するために上の階が解体されたという特異な歴史を持つのだそうです。見学したかったのですが、月~水はお休みらしく、他の曜日もオープンしている時間が短いとのことです。
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調べてみると、外観は中世の要塞のような八角形の教会ですが、一歩中に入ると雰囲気が一変。天井や壁を埋め尽くす17世紀の華やかなバロック装飾とフレスコ画が広がっているのだとか。
特にこの写真の天井は、聖パウロの生涯を題材にしたフレスコ画で、白と金の豪華な装飾とともに天井いっぱいに広がっているように見えるのだそうです。でも実際はドーム天井ではなく、だまし絵なんだとか...。
※画像の出典:Photo: 23rita / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 -
現在の正面にある2方向の外部階段は1607年に追加されたものだそうです。この階段もドラマに出てきて、とても美しいシーンで、ここも見に行ってみたいと思ったのでした。
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次にやってきたのは、古代エトルリア時代の門「マルツィア門(Porta Marzia)」でした。紀元前3世紀頃に建てられ、16世紀のパオリーナ要塞(Rocca Paolina)の建設時に現在の場所へ組み込まれたそうです。
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ここは、街一番のパノラマ展望スポットとして知られるカルドゥッチ公園(Giardini Carducci )へ行くために通ったトンネルで、パオリーナ要塞の一部になっていました。
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ペルージャは、ローマ時代より前のエトルリア時代、紀元前6世紀頃にはすでに丘の上に町が築かれていました。中世には自治都市として栄え、商業や芸術、文化の町として発展します。
しかし1540年、教皇パウルス3世が塩への新たな課税を求めたことに市民が反発し、「塩戦争」が起こりました。戦いは教皇軍の勝利に終わり、ペルージャは自治権を大きく失います。 -
その後、教皇は支配を示すため、1540~1543年に巨大な要塞「パオリーナ要塞」を建設しました。この要塞は外敵から市民を守るためではなく、市民を監視し、教皇の権力を示すための要塞だったのが特徴だったそうです。
建設の際には、もともとあった中世の家や道路などが要塞の内部に取り込まれたため、現在も地下には、まるで中世の町がそのまま残っているような不思議な空間が広がっているのだそうです。
この要塞を見に来たのではなかったのですが、このような昔のままの要塞空間が残っていてその規模にびっくり驚きました。 -
パオリーナ要塞の内部を通る長いエスカレーターを上っていくと、カルドゥッチ公園(Giardini Carducci)に出ました。多くの木々に囲まれた広場という感じでした。
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この公園は、旧市街の南端の丘の上に位置する、市内屈指の絶景パノラマ展望スポットでもあります。
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公園に面して州庁舎(県庁舎)の建物が建っていて、その前にルネサンス期の画家ペルジーノ(Pietro Vannucci)の記念像がありました。
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公園名は、イタリア人のノーベル文学賞詩人ジョズエ・カルドゥッチ(Giosuè Carducci)にちなんで命名されました。そしてこの銅像の人物がその人で、この庭園からの美しい景色にインスピレーションを受け、有名な詩『愛の歌(Canto dell'Amore)』を詠んだと言われています。
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高台にあるテラスからは、遠くを見ると、ペルージャの街並みだけでなく、遥か広大なウンブリアの丘陵地帯や山々、さらには隣町の「アッシジ」まで見渡すことができるのだとか。
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イチオシ
眺めた景色の中で、一番気に入ったのがこの景色でした。大きな鐘楼のある教会は、サン・ドメーニコ教会(Basilica di San Domenico)で、右手奥に見える尖塔は、サン・ピエトロ教会の鐘楼のようでした。
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さらに右の方を見ると、サン・ピエトロ教会の鐘楼が見え、眼下にはペルージャ・サンタンナ駅方面の線路が走り、その向こうには緑豊かな丘陵地帯が広がっていました。
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展望テラスの端には、このような大理石の扇形の石碑のようなものがありました。
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この扇形の石碑は、先ほど銅像で見た国民的詩人、ジョズエ・カドゥッチに捧げられたものなんだそうです。
代表的な抒情詩『愛の歌(Canto dell'Amore)』の詩のなかで、彼はかつてこの場所にそびえ立ち、民衆を支配・弾圧するための象徴だった「パオリーナ要塞」の歴史に触れています。民衆が自らの手で抑圧の象徴であった要塞を打ち壊し、美しい緑と市民のための自由な広場(現在の庭園)を取り戻した喜びと誇りが美しく謳われているのだとか。 -
これは、公園の背後に見えていた州庁舎(県庁)のファサードです。屋上にはペルージャの象徴である黒いグリフォン(鷲の頭と翼、ライオンの胴体を持つ神獣)の彫像が飾られていました。
一見、宮殿のような佇まいですが、19世紀後半に最初から行政庁舎として建てられました。この場所にはかつて、市民を圧政で苦しめた教皇の巨大な「パオリーナ要塞」があり、イタリア統一の際に市民の手で解体。その跡地に「自由の新時代」の象徴として庁舎が建てられたんだそうです。 -
庁舎の前には、イタリア広場があり、緑豊かな公園のような開放的な空間が広がっていました。そしてイタリア統一を果たしたヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の騎馬像が立っていました。
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そのあと、バリョーニ通りを通って中心部に戻りました。ほかにもペルージャの素敵な観光名所があったと思いますが、訪れたいと思っていたスポットには行けたので、欲張らずにこれで観光を終えることにしたのでした。
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またピンチェット庭園まで戻り、最後にこの景色を眺めてから、ミニメトロに乗り込みました。
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ミニメトロ車内では若者たちが最前列に座り、とても楽しそうに話をしていました。その様子はとても微笑ましくて、イタリア語は分かりませんでしたが、こちらまで楽しい気分になったのでした。
そしてフォンティヴェッジェ駅まで乗車し、ペルージャ駅からオルヴィエートに戻りました。 -
ペルージャは、長い歴史を感じさせる建物や石畳の路地の中に、ミニメトロのような現代的な交通手段が自然に溶け込み、古いものと新しいものが不思議なほど調和した街でした。
坂道や階段の多い旧市街を歩いていると、歴史ある教会や美しい広場、ふとした路地の先に広がる景色など、次々と素敵な風景に出会うことができました。短い滞在でしたが、ドラマのロケ地も確認でき、歩けば歩くほどこの街の魅力を感じることができ、とても印象に残る一日となりました。~オルヴィエートに続く~
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この旅行記へのコメント (2)
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- あまいみかんさん 2026/09/20 07:50:29
- 丘の上の都市はどこも見応えのありますね!
- 「ペルージャ」ってあの中田英寿さんがいた街だっていうのが強烈に
インプットされてました。駅舎から綺麗で、ミニメトロはクレカタッチ
決済できるかわいい未来的乗り物。すぐそばのカフェバーからの眺めも
抜群だわ。 サン・ロレンツォ大聖堂やプリオーリ宮殿などの歴史的
建造物がある中心の広場「11月4日広場」美し~い! 大聖堂のリブ・
ヴォールトの骨組みに沿って描かれたフレスコ画は珍しいし手が込ん
でるし、公証人の間の天井や壁を彩るフレスコ画も驚きの美しさで、
これがイタリアだ!って感じる。カトリック信者でない私でさえ、
ここから天国に行きたいっと思ってしまう位~。ステンドグラスも
どれもすごく綺麗、美しい絵本を読んでいるようで、いくら時間あって
も足りないわね。
Baciってペルージャが発祥で本社があるとか。トリノのジャンドゥアに
ヘーゼルナッツ丸ごとチョコなんて美味しくない訳がないよねえ。
ペルージャの旧市街は奇跡的に爆撃から免れ、13世紀から続いている
街並みが残ったそうで、中世まるごと。サン・エルコラーノ教会は
ドーム天井ではなくだまし絵って@@
残った要塞は不思議な空間ですね。エトルリア時代から続く長い歴史
のある街は坂、階段が多いのでシニアにはちとしんどいかな~。
でもどのお写真も絵のように美しくて、丘の小さなカフェでゆっくり
お茶したい気分になります!!
素晴らしい街への誘いありがとうございました。
あまいみかん
-
- cheriko330さん 2026/09/20 06:22:28
- 中世の街並みが美しいペルージャ☆・゚:*
- akikoさん、おはよ~
イタリア編もついに7編になったんですね。どれも思い入れが深く、丁寧な説明で素晴らしい旅行記ばかりです。
色々と思い出しつつ、また旅をしているような気分になりますね。
ペルージャはakikoさんも言われるように、私も中田さんが在籍していたサッカーチームがあるってことくらいしか知りませんでした。
トスカーナも良いって思っていましたが、ウンブリアも負けず劣らずに景色も素晴らしいのですね。表紙の写真もすごく素敵で好きです。
駅に着いてのミニメトロ、可愛いです。こちらも丘の街で坂道多しですね。
カプチーノも美味しそう。イタリアではカプチーノ、オーストリアではメランジュが好き。「リストランテ・デル・ソーレ」、遊び心でサッポロドライ、イタリアでも違和感ないですね。そして何といってもここからの最高も景色ですね。
「サン・ロレンツォ大聖堂」は未完成の教会なのね。そういえば、ボローニャのサン・ペトローニオ聖堂も未完成だったわ。akikoさんはいつも教会について詳しく説明してくださり、本当に素晴らしいと思います。
サン・エルコラーノ教会は、見事なバロック装飾とフレスコ画を実際に目にしてみたかったですね。
展望テラスからの景色も本当に素晴らしく、ペルージャはドラマのロケ地にもなった場所で、akikoさんが心待ちにして訪れることができて本当に良かったです。
丘の上の街ってアップダウンが激しそうで、上りが嫌いは私にはハードル高しかも😂
実際の滞在時間は、どれくらいでした?
Baciがペルージャのチョコだなんて、初めて知りました。
次はいよいよオルヴィエートへ。私も訪れたことのある街で、思い出が入り混じって複雑な気持ちですが、楽しみにしています。
cheriko330
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