2026/06/07 - 2026/06/08
24位(同エリア236件中)
akikoさん
- akikoさんTOP
- 旅行記448冊
- クチコミ9件
- Q&A回答2件
- 1,491,937アクセス
- フォロワー351人
アッシジに着いた日は、聖フランチェスコゆかりの場所を巡り、眺めの良いリストランテで夕食を楽しんだあと、夕暮れの街を散策してお宿に戻りました。
翌朝は少し早起きをして、観光客の少ない時間帯のアッシジを歩いてみることにしました。昼間は多くの観光客や巡礼者でにぎわう街も、早朝は驚くほど静か。石畳の路地や中世の面影を残す建物を眺めながら歩いていると、ここが「祈りの町」であることをあらためて感じました。
1時間ほどの朝散歩を楽しんだあと、お宿に戻って朝食をいただき、この日のハイライトである「聖フランチェスコ大聖堂」へ。聖フランチェスコが眠る大聖堂を訪ね、下堂や上堂、美しいフレスコ画などをゆっくり見学しました。
そして、お昼過ぎに次の目的地オルヴィエートへ向かう前に、アッシジ駅近くの「サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂」にも立ち寄りました。丘の上のアッシジ旧市街から始まった聖フランチェスコゆかりの場所巡り。その最後を、彼にとって特別な場所のひとつであるこの聖堂で締めくくり、アッシジに別れを告げました。
後編では、静寂に包まれた早朝のアッシジから、聖フランチェスコ大聖堂、そしてアッシジ最後の訪問地までをご紹介したいと思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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これは現地で入手したアッシジのマップです。地図にあるように、アッシジの中心街は、標高1290mのスバージオ山の斜面にあって、石造りの家や教会が西から東へと細長く伸びるように並び、城壁に囲まれています。中心街の西の端にある聖フランチェスコ大聖堂から、東の端近くにある聖キアラ聖堂までは歩ける範囲で、歩いて移動しながら、風情のある町並みや美しい風景を眺めることができます。
※初日に巡った教会や聖堂には、青い丸で印をつけました。 -
リストランテで夕食を済ませ、すぐ近くに位置する「聖フランチェスコ大聖堂」方面に進んで行くと... ウンブリア州の美しい丘陵地が眼下に広がり、そこに、美しい姿で佇んでいる大聖堂が見えました。ちょうど太陽が沈むところで、夕景に包まれた美しい聖堂でした。
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さらに聖堂が真正面に来たところでもう1枚!
映画『ブラザー・サン シスター・ムーン』をきっかけに聖フランチェスコを知り、いつか訪れてみたいと思っていたアッシジ。その聖人が眠る聖堂を自分の目で見ているのだと思うと、胸にじんとくるものがありました。 -
時間は午後8時半ごろだったと思います。もう聖堂は閉められ、ほとんど人気もありませんでした。
この大聖堂は、アッシジに生まれ、愛と平和、そして「清貧」を説いた聖フランチェスコ(1182年~1226年)を称えるために建てられました。1228年、彼の死からわずか2年後に教皇グレゴリウス9世によって建設が始まり、1253年に完成。
かつてこの場所は『地獄の丘』と呼ばれる処刑場だったそうですが、聖人が「自分を罪人と同じように、この場所に葬ってほしい」と生前に希望したため、あえてこの地が選ばれたのだそうです。前からどうしてこの聖堂が町の西の端の崖に面したところにあるのかと思っていましたが、そういう理由だったのですね。1226年に彼が亡くなり、1228年に列聖されると、教皇グレゴリウス9世はこの地を『天国の丘』と改名し、聖堂の建設が始まったのだそうです。 -
聖堂は上下二層(二階建て)の構造になっていて、建築様式も異なっているのだそうです。1226年に清貧の修道士フランチェスコが亡くなった際、彼は生前の希望通り「罪人の処刑場」だったアッシジの丘の西端に埋葬されることになりました。聖堂の建設が始まったのは1228年。険しい斜面に建てるため、まず台座の役割も兼ねて地下のような「下堂(Lower Church)」を造り、その上に「上堂(Upper Church)」を重ねるというユニークな二重構造が採用されたのだそうです。
これは下部聖堂のエントランスです。神聖な雰囲気に包まれる建物はアッシジ周辺スパジオ山で採掘できる白とほのかなバラ色をした大理石できているのだとか。 -
聖フランチェスコ聖堂は、巡礼のキリスト教徒の人々や観光客で日中は多くの人で混み合います。それでこの時は、夕景の聖堂を見るだけにし、翌朝混まないうちに訪問しようというプランを立てていました。
目抜通りのサン・フランチェスコ通りを歩いてお宿の方に歩いて行ったのですが、通りに建ち並ぶ民家も聖堂と同じように白とほのかなバラ色をした大理石できていたのでした。 -
通りの隙間からこのような景色が見えたりします(^^)
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この通りは、ポルティカ通り(Via Portica)という名前でした。街の中心であるコムーネ広場からサン・フランチェスコ聖堂側へと向かう最初の坂道にあたります。通り沿いには、ウンブリア州の特産品(オリーブオイルやトリュフ)を扱うショップ、可愛い陶器店、カフェなどが並んでいて歩くだけで楽しめます。
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コムーネ広場まで来ると、広場に建つ「ミネルバ神殿」がオレンジ色でライトアップされていました。
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広場に面して、このようなフレスコ画が描かれた天井がある空間もありました。
1400年代まで、この場所は街の歓楽街(売春宿)へと繋がる抜け道として使われていたそうですが、風紀を乱すという理由で奥にレンガの壁が作られて行き止まりになり、その後1556年、当時のローマ教皇の総督の命により、この空間を美しく彩るために周辺の画家が集められ、このフレスコ画が描かれました。現在では、近くにあるレストランのテラス席スペースのようになっていて、食事や散策をしながら誰でも気軽に見上げることができる隠れた名所となっているんだそうです。 -
このコムーネ広場は、周りにはレストランやカフェなどがたくさん立ち並んでいて、店内だけでなく、テラス席でも多くの人たちがディナーを楽しむ姿がありました。
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お宿はコムーネ広場を上がったところにあり、趣ある石段の道を上がって行く途中に素敵な雰囲気のお店があり、「こんなところでディナーを食べるのも素敵だな」と思いながら通りすぎたのでした。
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イチオシ
お宿に戻ったのは、午後9時過ぎでした。空は、夕焼けのあとで薄いピンク色に染まっていてとても綺麗でした。
右に塔が見えていますが、少し前に通りかかったコムーネ広場の「ミネルヴァ神殿」の横に立つ「ポポロの塔」でした。 -
部屋の窓の正面に見えていた景色もピンクに染まっていたのでした。アッシジに着いた日はこのように過ぎていきました。
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そしてここからは翌日の、アッシジ2日目のことになります。
朝早く目覚め、8時半の朝食時間まで少し時間があったので、朝のお散歩に出かけることにしました。坂道を下りていくと、前日の夜は食事をする人たちで賑わっていたテラス席もすっかり鳴りを潜めていました。 -
ここは「コムーネ広場」。滞在中、何度もこの広場を通りました。実はこの広場、古代ローマ時代から町の中心だった場所で、現在の広場の地下には、かつてのフォロ(公共広場)の石畳などが今も残っているそうです。
写真の正面に建つのは「プリオーリ宮(Palazzo dei Priori)」。13世紀末に建設が始まり、その後15世紀にかけて周囲の建物と一体化して現在の姿になった建物で、今も"アッシジ市庁舎"として使われているそうです。
そして、その前にあるのが「3頭のライオンの噴水」。18世紀に造られた噴水で、3頭のライオンが水盤を囲んでいます。近くで見ると、このライオンたちが何ともユーモラスなお顔(笑)。勇ましいライオンというより、どこかとぼけたような表情が可愛らしくて、思わず一頭をアップで撮ってしまいました。 -
早朝のミネルヴァ神殿とポポロの塔.:*☆*:.
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これは、朝のポルティカ通りです。赤い旗がたくさん掲げられていますが、州の旗かと思ったら違うようで、毎年5月にアッシジで中世の生活を再現するお祭りが開かれるらしく、その際に街が「上の地区(青)」と「下の地区(赤)」に分かれて競い合うとのことで、赤い旗は下の地区を表すのだとか。
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アッシジでよく見かけた風景です。
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町は丘の上に建物が建てられているので、このような三叉路がたくさんありました。アッシジの町は山の斜面に作られているので坂が多く、町なかを移動するのは距離はそれほどでもなくても結構大変でした。
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通りに、「飾り金物の家」と呼ばれる建物がありました。この家は中世13世紀の歴史的な建物で、かつて、コモ湖周辺から聖フランチェスコ聖堂の建設のためにやってきた石工・建築家集団が住んでいたところなんだとか。建物には、石工たちが使用していた道具(コンパス、直角定規、ハンマーなど)や、彼らのシンボルマークなどが飾られていました。
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通りから、このようにウンブリアの丘陵風景が見えるところがありました。
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この民家前からも上への坂道が続いていて...
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お宅の玄関前がお花で飾られ素敵でした♪
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サン・フランチェスコ通りには、淡いピンクや蜂蜜色の石造りの家々が、坂道に沿って軒を連ねるように建ち並んでいました。石造りの建物にお花が似合いますよね!
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建物ごとに少しずつ表情が異なり、アーチ形の入口や外階段、木製の鎧戸、窓辺の花鉢などが、古い町並みに温かみを添えているように感じました。
家と家との境目もわからないほど連なって建つ様子は、中世から続くアッシジの暮らしをそのまま見ているようで、歩いているだけでも楽しくなる風景でした。 -
時を重ねた石壁の色合いも美しく、どこを切り取っても絵になるような、素敵な街並みでした。
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石造りの古い城門、サンフランチェスコ門(Parta San Francesco)が現れました。この門は、聖フランチェスコ聖堂へと続く玄関口なんだそうです。門の右の道を上っていくと...
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アーチ門の先に、聖フランチェスコ聖堂が見えていました。
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朝早くてまだ静けさに包まれた広場を手前のポルティコ(アーチ回廊)が縁取り、その回廊の先には、朝日を浴びて輝く聖堂が立っていました。
前日も通りかかった聖堂ですが、この朝は、澄み切った青空、連続する回廊アーチ、そして荘厳な聖堂が一度に眺められ、この場所の神聖さと早朝だけの特別な美しさにうっとり眺め入ったのでした。 -
聖フランチェスコ聖堂.:*☆*:.
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聖堂のファサードをパシャリ!建物の右に大きな幕が下がっていますが、聖フランチェスコ没後800年の記念年に関するものようでした。2026年1月10日から2027年1月10日までを、アッシジの聖フランシスコ(聖フランチェスコ)没後800年を記念する特別聖年となっているんだそうです。
そして尖頭アーチを幾重にも重ねた二連扉口(ポータル)が、聖フランチェスコ聖堂の下堂へと続く入口のようでした。 -
この尖塔アーチの扉口が大変美しかったので、バラ窓がある上半分をアップで撮影!
この薔薇窓は、かつてイタリアで一世を風靡した「コズマーティ様式(Cosmati workshop)」の影響を受けているそうで、幾何学的な象嵌細工のモザイク装飾が特徴なのだとか。 -
これは下半分の扉口です。下部聖堂は朝6時から開いているそうで、左の扉が開いていました。この木製の左側の扉にはアッシジの「聖フランチェスコ」と「聖キアラ」が、右側の扉には「パドヴァの聖アントニオ」と「アンジュー家の聖ルドヴィーコ」の姿が、彼らの生涯の場面とともに細やかに浮き彫りにされているのだそうです。
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この聖堂内は、下部聖堂(下堂)と上部聖堂(上堂)のオープン時間が異なっていて、両方見学できる時間に戻ってくることにしました。
上堂部【夏期】月-土:8:30-18:45、日・祝:13:00-18:45
下堂部【夏期】月-土:6:00-18:30、日・祝:10:30-16:30 -
アーチ門のところから来た道を戻り...
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サンフランチェスコ門のところまで行くことに!奥に素敵な建物が見えてきました。
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イチオシ
この四つ辻に立つ建物は人気撮影スポットのようでした。左の上り坂は、目抜通りの「サン・フランチェスコ通り」で、右の下り坂は「パードレ・ドメニコ・ステッラ通り」でした。
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サン・フランチェスコ門のところに戻ってきて、今度は門をを通りぬけて進んで行きました。
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道なりに行くと、聖フランチェスコ聖堂がこのように見えていました。こうして見ると、奥行きがかなりあるのがわかりました。
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そして反対側にはウンブリアの丘陵地が!この写真のちょうど真ん中あたりに、教会らしきものが見えていました。
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ズームアップしてみると、「サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂」でした。この聖堂は、教会の中に小さな聖フランチェスコゆかりの『ポルツィウンコラ』という礼拝堂が納められていることで有名です。私もアッシジを去る直前に訪れたのでした。
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再びサン・フランチェスコ門の方に戻り...
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四つ辻のところに差しかかりました。今度は、右の下り坂「パードレ・ドメニコ・ステッラ通り」の方に行って見ることに!
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イチオシ
坂道を下ると奥に教会の鐘楼が見えていたのでした。その教会は「サン・ピエトロ教会」のようでした。
手前に紫陽花が咲くフラワーポットがある、この坂道の景色がとても気に入りました♪ -
さらに坂道を進むと、サン・ピエトロ教会のどっしりとした四角い鐘楼と、その手前のドーム(丸屋根)部分が大きく見えてきたのでした。サン・ピエトロ教会は13世紀建造のロマネスク様式の建物で、正面の三つの薔薇窓が美しいのだそうです。
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時計を見ると、そろそろお宿の朝食の時間が迫っていたので、早朝の街歩きはこれくらいにしてお宿に戻ることに...。
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ここは、中世の面影を残す歴史的な城壁の門「サン・ジャコモ門」あたりです。
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急足で通りを歩いていると、ピンクの花が見事に咲いていて、とても目をひきました。
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この可愛い花は、夾竹桃(キョウチクトウ)のようでした。近づくと甘い香りがして、幸せな気分に!
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この通りは石畳の小道と花や植物が飾られていて、一目で気に入ったのでした。
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さらに進むと、石造りの家々に挟まれた細い坂道には、ゼラニウムやアジサイなどの花や緑の鉢植えが並び、その向こうには建物と建物をつなぐような石造りのアーチが架かっていました。古い石壁と石畳、こんな何気ない路地にもアッシジらしい美しさがあふれていました。
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ここはポッツォ・デッラ・メンサ通りでした。アッシジ特有の薄ピンク色の石造りのアーチや、歴史的な中世の建物が並ぶ風情のある路地で...
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奥にこのような紫陽花が咲いていました(^^)♪
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ちょうど朝食が始まる直前にお宿に戻りました。ここは朝食をいただくお部屋でした。昔の建物をそのまま使っているのか、洞窟のような石造りの空間で、手前に応接セットがありました。奥には...
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10人は座れる木製長テーブルがあり、この時は私一人がここで朝食をいただくことができたのでした。右にある壁のニッチには...
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「最後の晩餐」のレリーフが飾られていました。
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そして、壁際のテーブルの上には、セルフサービスのものが並べられていました。
ジュースはグリーンアップルとレッドオレンジの2種類。シリアルやビスコット、ヨーグルト、紅茶などが用意されていて、自由にいただけるようになっていました。他にもケーキは、アプリコットジャムを詰めたイタリアの素朴なタルト「クロスタータ・ディ・アルビコッケ」や、粉砂糖をまとったアーモンドケーキが並んでいました。 -
朝食は次の4つのメニューから選べるようになっていました。
1.ハムとチーズのサンドイッチ
2.ウンブリア産熟成肉の盛り合わせ
3.スクランブルエッグとベーコン
4.フレッシュフルーツサラダ
飲み物は、エスプレッソ/カプチーノ/カフェラテ/ミルク/アメリカン/ 紅茶 から選べるようになっていて、私は4のフルーツサラダとカフェラテをお願いしました。 -
これがその朝食です。パンはサクサクの生地が美味しいコルネット(イタリア風クロワッサン)。カフェラテは、グラスにたっぷりのミルクが入っていて、小さなピッチャーに用意された濃いエスプレッソを自分で注ぐスタイルでした。(イタリア語で「カフェ」はコーヒー、「ラッテ」はミルクを意味するんですね)フレッシュフルーツサラダは、バナナ・キウイ・オレンジ・リンゴなどが彩りよく盛られていて、甘くさっぱりとしてとても美味しかったです。
グリーンアップルジュースは自分で注ぎ、自由にいただけるケーキもそそられましたが、これで十分な量の朝食になったのでした。
とても素敵な朝食タイムを過ごさせてもらいました。ごちそうさまでした! -
イチオシ
朝食の後、荷物をまとめて、預かってもらうようにし、お宿を出て改めて「聖フランチェスコ聖堂に向かいました。
聖堂前の広場に着くと、目の前に現れた聖堂の美しい姿に思わず足を止めてしまいました。澄みきった青空を背景に、淡い石造りの聖堂と高い鐘楼が朝の光を受けて輝き、壮麗で清らかな佇まいでした。 -
浮き彫りが見事な下堂のドアから中に入りました。ただ残念なことに、聖堂の内部は撮影禁止だったので、ここからは手元にある平面図を使いながら、私が歩いた順にご紹介したいと思います。
聖フランチェスコ聖堂は、ひとつの大きな教会の中に「下堂」と「上堂」という二つの聖堂が重なるように造られています。私が訪れたのは月曜日の朝9時過ぎ。まず下堂から中へ入ると、ちょうどミサが行われていました。観光客もいましたが、ここは今も多くの人々が祈りを捧げる大切な場所。ミサの邪魔にならないよう静かに歩きながら見学しました。 -
下部教会(1階部分)は、ヴォールト天井と太い柱に囲まれた、どっしりとした空間でした。薄暗い堂内はまさに祈りのための場所という印象でした。壁や天井にはフレスコ画がぎっしりと描かれていて、すごいと思ったのは覚えています。
聖堂のギフトショップで買ったガイドブックを見ると、北翼廊にあるチマブーエの《玉座の聖母子と聖フランチェスコ》の右端に描かれた聖フランチェスコの姿は、彼の生前の特徴を最も忠実に伝えている肖像画だとか。さらにマッダレーナ礼拝堂にはジョットとその工房による「マグダラのマリアの物語」、サン・マルティーノ礼拝堂にはシモーネ・マルティーニ、翼廊にはピエトロ・ロレンツェッティなど、中世イタリア絵画を代表する画家たちの作品が見どころとのこと。
地下には「聖フランチェスコの墓」クリプタがありましたが、ミサが行われていて、クリプタを見学することができませんでした。これはとても残念なことでした。 -
下堂を見終え、翼廊から階段を伝って上がると、修道院に続く大きな回廊のある中庭に出ました。上下2層に連なる優美なアーチが中庭を囲み、壁にはところどころフレスコ画も残されていて、修道院らしい佇まいでした。
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回廊から見上げると、聖堂の後陣部分が目の前にそびえていました。ここの入口から上堂に入ることができたのでした。
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上堂は、下堂とは雰囲気が異なり、天井が高く、大きなステンドグラスから自然光が差し込む明るく開放的な空間が広がっていました。上堂の最大の見どころは、身廊下部の壁(平面図の黄色で塗られた部分)に連続して描かれた「聖フランチェスコの生涯」全28場面です。このフレスコ画は、裕福な商人の息子だった青年フランチェスコが、財産も華やかな生活も捨てて信仰の道に入り、貧しい人々に寄り添い、仲間を得て、やがて聖痕を受け、亡くなるまでの物語が、まるで絵巻物のように壁に沿って続いていました。
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「聖フランチェスコの生涯」は、ゴシック絵画の巨匠ジョットによって描かれたとのこと。ジョットといえば、パドヴァの「スクロヴェーニ礼拝堂」のフレスコ画も彼が描いたとされ、礼拝堂を訪れた時にジョットのことを知ったのでした。
彼は神中心の世界観から人間中心へと変えた”西洋絵画の父"といわれる人物で、絵画のほとんどが宗教画だった頃、ジョットは、日常的なしぐさや目線を描き、登場人物に自然で人間的な表情を与え、人間の感情を表現したのだそうです。
生涯を描いた28の場面で有名なのは、『小鳥に説教する聖フランチェスコ』や『着物を返す聖フランチェスコ』などですが、私はこの第4番目の『サンダミアーノの聖堂で神の声を聞く聖フランチェスコ』が一番見たかったものでした。(※画像は聖堂で購入したアッシジのガイドブックからのもの)ジョットが描いたその絵にも崩れかけた礼拝堂の十字架(磔刑図)に祈りを捧げている時に「私の家を直しなさい」との神の声を聞いたというエピソードが描かれていたのでした。 -
これは、大聖堂の内部の上堂と下堂の特徴をAIに図案化したもらったものです。
上部教会(1253年)ゴシック様式 明るく優美な雰囲気
下部教会(1230年)ロマネスク様式 暗めで重厚な雰囲気
フレスコ画の芸術的な意義・・・当時、文字が読めない一般の人々にも聖フランチェスコの教えや生涯が直感的に伝わるよう、壁一面にストーリー仕立てでフレスコ画が描かれていて、「聖書・説話の絵本」のような役割を果たしていました。 -
1時間半ほど聖堂内を見学し、聖堂を出ると、目の前にはウンブリアの大地が広がっていました。映画『ブラザー・サン シスター・ムーン』をきっかけに聖フランチェスコに興味を持ち、実際にゆかりの地を巡り、そして彼が眠るこの大聖堂を訪ねることができた時間はとても特別なものでした。
スペッロのインフィオラータでも、聖フランチェスコを題材にした花絵をいくつも目にしました。彼はイタリアの守護聖人ですが、特に生まれ故郷であるウンブリアの人々にとって聖フランチェスコは、今もなお多くの人々に慕われ、特別な存在なんだとあらためて実感しました。 -
これで丘の上のアッシジの町での観光を終え、またお宿に戻り、荷物をピックアップしてマッテオッティ広場のバス停から11:40発のバスでアッシジ駅まで戻りました。
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アッシジ駅では、すぐにオルヴィエート行きの列車に乗るのではなく、駅からほど近い場所に建つ「サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂」にも、最後に立ち寄ることにしていました。
スーツケースを引きながら聖堂を見学するのは難しいと思い、駅構内の売店(edicola)に行き、入口の脇に「DEPOSITO BAGAGLI(荷物あずかり)」と書いてあるのを確認。売店でスーツケースを預かってもらいました(5ユーロ)。 -
「サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂」は、駅から歩いて7、8分のところにありました。聖フランチェスコゆかりの聖堂なのに、なぜ「聖母マリア」の名が付いているのだろう?と思ったのですが、この巨大な聖堂の内部に安置されている小さな礼拝堂「ポルツィウンコラ」に由来するのだそうです。
ポルツィウンコラは、もともと聖母マリアに捧げられ「天使の聖母マリア」と呼ばれていた古い礼拝堂でした。フランチェスコは荒れていたこの礼拝堂を修復して(※修復したのは、サンダミアーノは1番目でここは3番目でした)活動の拠点とし、ここからフランシスコ会が始まったんだそうです。のちに、この大切な礼拝堂を守り、多くの巡礼者を迎えるために、この巨大な聖堂が建てられたんだそうです。 -
建物の上には、聖母マリアが立っていました。
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この聖堂も内部は撮影禁止で、写真が撮れなかったのですが、外に「ポルツィウンコラ」のポスターがあったので、撮っておきました。ポスターは聖堂の内部を写したもので、中央にあるのが「ポルツィウンコラ」です。
このポルツィウンコラ礼拝堂は、壁全面がフレスコ画で覆われていますが、建物自体は小さくて質素です。フランチェスコは「清貧(何も所有しないこと)」を重んじたため、華美な教会ではなく、森の中にあった礼拝堂(ポルツィウンコラ)を拠点に仲間と暮らしました。その当時はアッシジの町(現在の旧市街)から遠く離れ、何もない野原にぽつんとたたずむ礼拝堂だったといいます。 -
祭壇の右側に、小さな部屋がありました。「トランジートの礼拝堂」で、ここで聖フランチェスコは息を引き取った場所なんだそうです。残念ながら写真はありません。
聖堂の右奥から中庭につながる通路があり、中庭には「バラ園」があり、中央には、聖フランチェスコの銅像が立っていました。 -
聖フランチェスコゆかりの「バラ園」にはちょっと不思議な伝説が残っています。ある夜、誘惑や迷いに苦しんだフランチェスコが、自らを戒めるために裸で棘の茂みに身を投じたところ、彼の体に触れた棘がすべて消え、棘のないバラに変わったのだとか。そのため、今もここには「Rosa Canina Assisiensis」と呼ばれる棘のないバラが育てられているそうです。
バラ園の中央には、子羊にそっと手を差し伸べる聖フランチェスコのブロンズ像がありました。 -
通路をさらに奥へ進むと、ガラス越しにお庭が見えるところがあり、そのお庭に修道服をまとった女性の像がありました。
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おそらく、聖フランチェスコとともに歩んだ聖キアラ(クララ)を表した像だと思います。聖キアラにとっても、このポルツィウンコラは特別な場所。家族のもとを離れてここを訪れ、フランチェスコによって髪を切られ、粗末な修道服を受け取って清貧の生活への第一歩を踏み出したと伝えられています。
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バラの礼拝堂の近くに、聖フランチェスコとセミのブロンズ像がありました。裸足の聖人が指先にとまった小さなセミに語りかけ、主を讃える歌を一緒に歌う奇跡の逸話を表現しているのだとか。
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通路の途中に、小さな格子窓があり、覗いてみると暗い空間の中に祈る聖フランチェスコの像が見えました。
ここは、かつてフランチェスコが暮らし、祈りや黙想をしていた小さな庵があった場所と伝えられています。現在の「バラの礼拝堂」はその場所を記念して建てられたもので、地下の小さな空間には祈るフランチェスコ像が置かれていました。 -
この聖堂の午前の見学時間は7時30分から12時30分まで。この日は到着が遅くなってしまい、見学できたのはわずか30分ほどでした。それでも、聖フランチェスコと仲間たちが暮らし、祈りを捧げたという小さな礼拝堂「ポルツィウンコラ」を実際に見ることができ、最後にここまで足を延ばして本当に良かったと思いました。
いつか訪れてみたいと思っていたアッシジでは、サン・ダミアーノ修道院を訪ね、丘の町を歩き、聖フランチェスコ大聖堂では彼の生涯を描いたフレスコ画を眺め、そして最後に、聖フランチェスコゆかりのポルツィウンコラも訪れることができました。
わずか1泊の滞在でしたが、聖フランチェスコの足跡をたどりながら過ごした時間は、今回のイタリア旅の中でもスペッロの次に心に残るものとなりました。 -
名残惜しい気持ちで聖堂をあとにし、アッシジ駅へ。駅の売店で預かってもらっていたスーツケースを受け取り、次の訪問地オルヴィエートへ向かったのでした。
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この旅行記へのコメント (5)
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- elenaさん 2026/09/01 13:58:32
- 静寂のAssisi
- akikoさん、Ciao♪
今日から9月なんて信じられません!!こうやってあっという間に1年がまた過ぎていくんですよね(*_*;
最初に出てきた風景のお写真がとっても素敵です。
やんわりとしたフラミンゴカラーの空と緑の大地、そして大聖堂。この上なく静寂で優しくてホント素敵♪
ウンブリアに行くとタルトゥーフォ(トリュフ)の食材をたくさん買い込みたくなります。瓶物が多いいので重くなりますけどね。
フレスコ画のトンネルもいいわぁ。こんなところでお食事出来るとか最高ですね。
かつてはいわくつきの場所も、芸術家たちによってアーティスティックな空間へと変わりゆく様が時の流れを感じさせます。
スラム街だった場所もカラフルなアートで飾られ、今では観光地になっていくという場所が世界中にありますものね。
本当の歴史的建造物を含め、建築は時代を物語ります。
アップダウンのある斜面に造られた街だからこその美観もあるでしょうけど、歩くのは大変ですよね。通常の平坦な道をゆくより倍疲れる~でしょ??(苦笑)生活されている方は足腰鍛えられますよね~
でも、三叉路とか建物をつなぐアーチと階段とか大好物です♪三叉路に描かれたフレスコ画の建物も超いいですね( *´艸`)
宿泊しているからこその早朝散歩は人気もなく静けさだけが漂い、この街の魅力が増すように感じました。
おまけ~お宿の朝食ルームがとっても可愛い、というか素晴らしいわ!!
elena
-
- あまいみかんさん 2026/08/31 21:17:17
- 清らかなアッシジの街
- 勤勉なるakikoさん、こんばんわ。
スペッロも花いっぱいで綺麗な街だったけど、アッシジの街も
石畳の隅から隅まで清潔、ゴミひとつ落ちてないですね。
流石に清貧の生き方をされた聖フランチェスコの精神が受け
継がれた街です。石の建物に窓辺のお花ほんとうにメルヘン。
「聖フランチェスコ大聖堂」って想像してた以上に大きな建物。
壁に使っている白とピンクの大理石がとても柔らかで美しい。
以前地震で被害を受けたと聞いたことがありますが、見事に修復
されたのですね。丘の上の旧市街にある教会や「サンタ・マリア
・デッリ・アンジェリ聖堂」まで聖フランチェスコゆかりの場所
を巡られたakikoさん。彼にとって特別な場所であり、また
フランシスコ会の礎となった場所だそうですが、この教会も絵の
ように美しい~。
私は、旅行記の冒頭の説明文だけで、充分に胸がいっぱいに
なりましたが、本文中でこの街にまつわる様々なお話を聞き、
ますます胸いっぱい、心洗われるような気持ちになりました。
すてきなゲストハウスはどのようにしてみつけられたのですか。
長テーブルに一人の朝食、まるで映画の世界のよう。
中世の詰まった旧市街にあって、街歩きが存分に楽しめますね。
夕陽、朝陽のウンブリアは神々しいわ。清貧の修道士フラン
チェスコ没後、800年の今年に訪れることができたのも、
なんだか奇跡のような。確かakikoさんはトレドでもエルグレコ
400年記念の年に訪れていて、その時も「神がかってる!」
って感じた。薔薇色の街並み。ほのかなピンク色の夾竹桃~
心まで清々しくなる感じです。
関西のTVだけど、吉本の太っちょ芸人さんが不動産紹介番組で、
大の字に寝転がって夢見がちに「あ~~こんなおうちに住みたい
~!」ってセリフ思い出し「あ~~こんな街に住みたい~!」
聖フランチェスコや聖キアラ、教会にまつわる物語も織り交ぜ
ながらの丁寧な旅行記、強く惹かれ、聖akiko巡礼に出たいと
さえ感じています。
旅慣れた人でさえ、スリに遭うようなイタリアで、びっこひき
ながらのシニアでも行けるんだろうか・・・っというのは多い
に疑問だけど、でも、そのあまりに美しい街を訪れることが
できたらどんなに良いでしょう~。
次はオルビエート、もうドキドキです。素晴らしい旅行記
ありがとうございました。
夢を夢見るみかん
- akikoさん からの返信 2026/08/31 23:53:35
- RE: 清らかなアッシジの街
- あまいみかんさん、こんばんは〜
まず、勤勉なるakikoさんって誰のことですか(笑)
いつも丁寧に見てくださってありがとうございます。
みかんさんのおっしゃる通り、アッシジは聖フランチェスコの精神が受け継がれているのか、町はゴミひとつ落ちていなくて、とてもきれいでした。スペッロもそうでしたが、住んでいる方たちの町を美しくするという意識が高いんでしょうね〜
「聖フランチェスコ大聖堂」のことですが、1997年に地震で建物やジョットのフレスコ画が天井から崩落するなどの被害を受けたそうですが、今ではすっかり修復されていました。
今回、聖フランチェスコゆかりのスポットを巡るのをいちばんの目的にしアッシジを訪れたのですが、みかんさんに「心洗われるような気持ちになった」とおっしゃってもらい、とてもうれしかったです(^^)♪ ありがとうございます。
アッシジのゲストハウスは、Booking.comで見つけました。宿泊代は朝食付きで、わずか73ユーロほどだったんですよ。お値段とロケーションで決めたのですが、お部屋からの眺めも良くて、朝食も素敵な雰囲気の中でいただけて、大正解でした!
今年は聖フランチェスコ没後800年だとは、案内幕で知りました。たまたまでしたが、そんな特別な聖年に訪問できて、不思議なご縁を感じました。トレドのエルグレコの没後400周年のことも覚えてくれていたのですね。ありがとうございます!!!
アッシジは宗教都市で、フランシスコ会の教会に関心がなければ、それほど魅力がある町ではないかもしれませんが、私はとても惹かれた町でした。『聖akiko巡礼』なんて書いてもらって、お恥ずかしいですが、聖フランチェスコの生きた町に少しでも興味があれば、超おすすめの場所です。坂が多いのでなかなか手強いですが、旅先の候補にぜひ入れてくださいね〜
次は、思いがけない出来事が起きたオルヴィエートに移動したのですが、その出来事の前にペルージャにも出掛けたんです。まだどのような内容にするか決めていないのですが、引き続き見ていただけたらうれしいです。書き込みどうもありがとうございました♪
akiko
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- cheriko330さん 2026/08/31 18:45:53
- 祈りの街?アッシジ♪☆.。.:*・゜
- akikoさん、こんにちは~
念願叶って訪れることができ、満足感に浸れましたね。一泊するとやっぱり違いますよね。ピンク色の夕焼けも心に焼き付いて、きっと忘れられないでしょう。朝の街歩きも楽しく、ウンブリアの景色も素晴らしくて、私もぜひこの目で見てみたいです。
akikoさんは、聖フランチェスコ没後800年の記念特別聖年に訪れることができて、さらに感慨深いですね。バラ色の大理石といえばフィレンツェの大聖堂を思い出します。街中に普通にフレスコ画があり、まさにイタリアならでは。まるで中世の街をそのまま歩いているようで、めったにできない貴重な体験でした。
アッシジにもプレーンラインみたいなところが何ヵ所かあるのですね。こういうところ大好き。 結構、歩くのは大変なのですね。アッシジもお花飾りがきれいね。
お宿も石造りの洞窟のようなところで、イタリアの朝食をゆったりといただけて至福のときでしたね。しいて欲をいえば、4つの内から2つ選びたかったわ😂
「聖フランチェスコ聖堂」は、中は撮影禁止なのね。でもakikoさんがとっても詳しく
説明してくださっているので、分かりやすかったです。
「聖フランチェスコの生涯」はジョットが描いたのですね~、気になります。
「サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂」は元々予定に入っていたのかしら?
オルヴィエートへ向かう前に、こちらへも寄ることができて本当に良かったですね。
駅でスーツケースを預かってもらえて何よりでした。
akikoさんにとって、心に残る旅となって本当に良かったです。私もYoutubeなどを
探して時間を作り「ブラザーサン・シスタームーン」を見ますね。
曲は聞き覚えありました。忙しいでしょうが、次回の分も楽しみにしていますね。
cheriko330
- akikoさん からの返信 2026/08/31 22:03:23
- RE: 祈りの街?アッシジ♪☆.。.:*・゜
- cherikoさん、こんばんは~
アッシジはずっと訪ねてみたいと思っていた町だったので、ようやく念願が叶って本当にうれしかったです。わずか1泊でしたが、夕方から夜、そして翌朝と時間帯によって違う表情を見ることができたので、やっぱり泊まって良かったなぁと思いました。
そうそう、スペッロのインフィオラータがまずありきの旅だったんですが、聖フランチェスコ没後800年の節目にあたる年にアッシジを訪れることができたのは、不思議な巡り合わせだったと思います。
アッシジの町は石造りの建物や細い路地がそのまま残っていて、ところどころにフレスコ画まであって、本当に中世の町を歩いているようでした。お花で飾られた窓や路地も多く、スペッロとはまた少し違った美しさがありました。ただ、丘の町なので坂道はなかなか手強かったです(笑)プレーンラインってローテンブルクにある可愛い三叉路のところのことですよね?言われてみれば、似ていますね!
お宿の朝食をいただいた石造りのお部屋はいかにも昔の建物を利用した宿という雰囲気でした。朝食もゆっくりいただけて幸せな時間でしたが、確かに4つのメニューから「2つ選べます」だったら、もっと良かったですよね〜 あの時はフルーツが食べたかったんですが、スクランブルエッグとベーコンもあればバッチリでした(^^)v
聖フランチェスコ聖堂の「聖フランチェスコの生涯」はジョットによって描かれたんですって。スクロヴェーニ礼拝堂のフレスコ画とよく似ていたんですよ。撮影禁止でなかったら、たくさん撮影して旅行記にも載せたかったです。
それから「サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂」ですが、でも、聖フランチェスコにとってとても大切なポルツィウンコラが聖堂の中にあると知ったので、それが見たくて訪問するのを決めていたんですよ。アッシジ駅にも近かったこともあって。
映画「ブラザーサン シスタームーン」はよかったら、DVDをお貸ししますので(^_-)-☆ かなり昔の映画ですが、アッシジの風景と音楽がとても美しくて、フランチェスコの純粋さにとても心惹かれたのでした。興味を持ってもらえてとてもうれしいです♪
akiko
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