2026/07/11 - 2026/07/12
-位(同エリア10627件中)
レイジーさん
前半の旅行記は工場直売所などのアウトレットを中心とした旅行記でしたが、後半はシーサイドライン南側を中心に横浜の夏祭り巡りの旅行記になります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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後半はシーサイドライン南半分の沿線旅
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写真は八景島。シーパラダイスで有名です。が、今回は時間が無いので車窓からみるだけ
横浜八景島シーパラダイス (遊園地) テーマパーク
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海の公園柴口駅で下車して最初に目指すは
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1771年に再建された惣門(通称・赤門)を通って称名寺へ
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参道を進んだ左側にある光明院表門。1665年に造営され、移築を除き横浜市内に現存する木造建築物の中では最古。横浜市の有形文化財に指定されています
称名寺塔頭光明院表門 名所・史跡
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仁王門をくぐります
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鎌倉時代の1323年に彫られた約4メートルの仁王像は迫力十分
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見事な浄土式庭園。阿字ヶ池(あじがいけ)に架かる橋は手前の現世と、渡った先の浄土を隔てる意味合いがあります
称名寺 寺・神社・教会
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本尊が待つ金堂。橋を渡って極楽浄土へ到達したというわけです。右に見える称名寺晩鐘も名鐘として名高く、金沢八景の一つ。
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のどか。周囲のベンチでは本を読んだり昼寝をしている人(なぜかインバウンド)が沢山いました。本当にいい場所です。丸一日ここにいてもいいぐらい。最高です
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称名寺石仏群も拝観。合計100基近くもあります
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まったりしている如意輪観音像。安らぎを与える表情がたまらん
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中世の隧道を通った先は(ここは通れず、並行して掘られたトンネルを通って)
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この場所には鎌倉時代の1275年ごろに金沢流北条氏初代当主の北条実時が創設した、日本最古の武家文庫である金沢文庫が存在しました。今は神奈川県立金沢文庫。写真撮影不可の上、常設展のみではだめで企画展料金必須だったので入館せず(そもそも時間がなかった)
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金沢文庫へ入館しませんでしたが、トンネルに展示されていた歌川広重による連作浮世絵『金沢八景』。これだけでも十分。右下はさっき行った称名寺の「称名晩鐘」
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左上はこれから行く野島を題材にした「野島夕照」。左下は同じく野島近くの「乙舳帰帆」
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野島を目指して歩きます。シーサイドラインと徒歩の時間がどっこいどっこいだったため徒歩で。途中には金沢八幡神社
金沢八幡神社 寺・神社・教会
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すぐ近くの町屋神社
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両神社とも来週が例大祭のようです
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野島の海岸線を背景に漁船が港へと。これこそ先ほど見た歌川広重の「金沢八景」の一つ、乙舳帰帆(おっとものきはん)そのものじゃないですか(帆船じゃないですが)。夕方に漁を終えた数多くの帆船が、白い帆をなびかせながら一斉に港へと戻ってくる様を描いています。「乙舳」とは現在の野島町周辺の海岸線を指します。
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野島周辺では今週末、様々な祭礼や夏祭りが行われます
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ですが先ずは野島に渡り、旧伊藤博文金沢別邸へ。今年、茅葺の修理も終わって綺麗になっています。見学無料です
旧伊藤博文金沢別邸 名所・史跡
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明治31年(1898年)に建てられた初代内閣総理大臣・伊藤博文の別荘。横浜市指定有形文化財に指定されているだけあり、きっちり整備されています
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縁側からは八景島がよく見えます。この環境で伊藤博文たち日本の中枢は大日本国憲法の草案を作成したのですな
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鶴の剥製。憲法草案完成後、金沢小学校に贈られたものだそうです
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欄間にも鶴。伊藤博文は鶴が好き
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その後は終わり間近の酸性土壌紫陽花を見ながら
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乙舳海岸へ。何の変哲もない砂浜に見えますが、ここは横浜市で唯一残った天然の砂浜です。ちなみにこの近くにはバーベキュー場もあって、多くの人で賑わっていました
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野島掩体壕に到着。太平洋戦争末期に旧横須賀海軍航空隊基地の航空機を空襲から守るために建設されました。全長約260メートル、高さ約7メートル、幅は最大約20メートル
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野島山を東西に貫通する構造で、現存する掩体壕遺構としては国内最大級です。山を貫通した掩体壕ってすごいな・・・
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野島稲荷神社にお参り
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凛々しい御狐様。他にもたくさんの稲荷様がおられました
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今日は野島稲荷神社夏季例大祭の日
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山車の木彫りもなかなか
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これは「天狗と牛若丸」かな
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少しですが屋台も出ていました
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とりあえず暑いので「夕照橋(ゆうしょうばし)」を渡ってちょっとコンビニに買い出し。白く塗られていて中々趣のある橋。「金沢八景」の一つである『野島夕照』にちなんだ橋名です
夕照橋 名所・史跡
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簡易な山車とお神輿が集会所から野島稲荷神社へ向かいます。立派な本神輿や山車は集会所に残っていました
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先ほどの野島稲荷神社に到着
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祭礼の神事を行っている間、御狐様の手踊りなどを鑑賞
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獅子舞も
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さて、最終目的地、金沢八景駅に向かいます。夕日をバックにシーサイドラインが平潟湾を渡る光景。これぞまさに金沢八景「野島夕照(のじまのせきしょう)」の令和版といえるのでは
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金沢八景駅の近く、琵琶島神社に立ち寄り
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鳥居の向こうには『ぼっち・ざ・ろっく!』の作中で、主人公の後藤ひとりと廣井きくりが初めて出会う重要な場所である「横浜金澤七福神 弁財天」
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突堤のように海に張り出した参道
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琵琶島神社の背後にシーサイドラインが通ります
琵琶島神社 寺・神社・教会
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シーサイドラインの終点、金沢八景駅。結局最後は歩いてしまいました。海の公園柴口駅→海の公園南口駅→野島公園駅→金沢八景駅は全部徒歩
金沢八景駅 駅
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駅の近くの瀬戸神社は明日が例大祭の神輿渡御のようです
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そして近くの洲崎神社の例大祭に。ちょうど神輿と山車が渡御に出るところだったのでついていきます
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オカメとヒョットコ。この手踊りがいい感じ
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渡御の折り返し地点には「憲法草創之処(けんぽうそうそうのところ)」の記念碑。1887年に伊藤博文は、この地にあった料亭旅館「東屋」で憲法の草案作成を行いました。しかし泥棒に憲法草案の入ったカバンが盗まれてしまったため(後に発見)、先ほど訪問した野島の伊藤博文別邸へと場所を移し、そこで憲法草案を完成させました。要は憲法(の草案)は横浜で作られた・・・ということか。初めて知った
明治憲法草創の碑 名所・史跡
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洲崎神社に参拝。この辺りは金沢八景の一つ「洲崎の晴嵐」のモチーフになった地区です。
洲崎神社 寺・神社・教会
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こういう武者絵みたいなの、いいですねえ
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この例大祭の時のみ御開帳される洲崎神社の「金獅子」。幕末から明治期の初代 後藤義光の作だとか
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花を咥えた親子狛犬もいい感じ
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といったあたりで帰ります。本日の歩数は34510歩でした。楽しかった
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さて翌朝。本当は昨日だけの日帰り旅のつもりでしたが、このポスターを見て、富岡八幡宮の例大祭である「祇園舟」に。シーサイドラインの最寄りは並木北駅。
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富岡八幡宮は1191年に源頼朝が摂津国から恵比寿様を勧請して創建した、歴史ある神社です。鎌倉幕府の「鬼門除け」としての役割がありました
富岡八幡祇園舟 祭り・イベント
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海に近い神社でよくある鯛みくじ
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ここのおみくじは凶が出たらお守りと引き換えしてもらえるようです。結構珍しい?
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拝殿で一連の神事が終わったのち、
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浜降(はまおり)の儀式のために、罪や穢れが乗せられた茅舟が運ばれていきます
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船溜まりの浜にはすでに2隻の「八幡丸」と「弥栄丸」がすでに待機
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なかなかいい感じの旗
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この祇園舟という神事、800年以上の伝統を誇り、横浜市無形民俗文化財の第1号です
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お祓いが終わった後は、和船の舳先に茅舟を載せて
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海の沖合に運びます。かなり沖まで行くようで、youtubeのライブ配信で見ていました。聞いたら帰ってくるまで2時間ぐらいかかるそうなので、近くのOKストアでワインなどを買って飲んで待っていました。茅舟には人々の罪や穢れが乗せられているため、帰ってこないように潮の流れがある場所まで行って流さないとならないしきたりのようです
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帰ってきました。あの橋のところから競漕が始まります
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茅舟には穢れや災いが乗っているので、いかに早く遠ざかれるかという意味で競漕をします
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ゴール!拍手がわきます。これで祇園舟の一連の神事は終了です
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本当は日帰り旅のつもりでしたが、来てよかった。うちわをいただいて〆とします。という感じのシーサイドライン沿線観光の旅行記、いかがでしたでしょうか。祭りは(大体)一年に一回だけなので観光で来るにはタイミングが難しいですが、アウトレット巡りや南部市場、称名寺や野島、八景島はいつ来ても楽しめると思います。ではまた次の旅行記で
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