1982/08/15 - 1982/08/15
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jijidarumaさん
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【ドイツ人にシュヴァーベンの海と呼ばれるボーデン湖には、Steinzeit石器時代や Bronzezeit青銅器時代(紀元前1100年頃)の杭上住居があった。今は復元された「杭上住居博物館」(野外博物館)がある】
先日、【ドイツ人にシュヴァーベンの海と呼ばれるボーデン湖、リンダウの湖畔ホテル タンホフに3泊して夏の旅の最期を楽しんだ。】を投稿したが、
1982年8月15日、この日は船でリンダウ島からコンスタンツの町に行き、さらにマイナウ島に渡った。マイナウ島の花々の見物である。
そのマイナウ島から、当時は全く知られていなかったFreilichtmuseum deutscher Verzeit in Unteruhldingenウンターウルディンゲンのドイツ野外博物館と呼ばれていた湖畔の観光名所にも足を延ばした。
初めてみた、<杭上の住居>Pfahlbaumuseum Unteruhldingenウンターウルディンゲン杭上住居博物館は実に興味深いもので、今回、改めて世界遺産になっている【杭上住居】も含めて、纏めてみた。
写真:1982.08.15.ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館(野外博物館)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
当該Mapでいうと、ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館(野外博物館)は、ボーデン湖北西岸に位置するMeersburgメーアスブルクからLudwigshafen (Bodensee)ルートヴィヒスハーフェン(ボーデン湖)に至るボーデン湖の一部であるÜberlingerseeウーバーリンガー湖に面している。
ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館のあるUhldingen-Mühlhofenウルディンゲン・ミュールホーフェン☆印はMeersburgメーアスブルクとÜberlingen ウーバーリンゲンのほぼ中間に位置する。
(Meersburg=>7.8km Uhldingen-Mühlhofen=>Überlingen15.2km)
参考写真:Gliederung_des_Bodensees・・・ボーデン湖の区分図(2019年)・・・・ウーバーリンゲン、メーアスブルク、リンダウ -
参考写真:ボーデン湖の古図(1540年)・・・東西にLindauリンダウとÜberlingen ウーバーリンゲンの文字が見える。
尚、参考までに書くと、ウーバーリンゲンの歴史はローマ時代にまで遡り、ローマ支配以前から様々な集落が存在していたと云う。ボーデン湖畔で発見された石器時代の集落跡は、湖畔に50人から100人からなる数十の繁栄した共同体が存在したことを示している。 -
【ドイツの世界遺産:Pfahlbaumuseum Unteruhldingenウンターウルディンゲンの杭上住居博物館】
Pfahlbaumuseum Unteruhldingenウンターウルディンゲンの杭上住居博物館
Pfahlbauten Unteruhldingen am Bodensee
Freilichtmuseum und Forschungsinstitut
D-88690 Uhldingen-Mühlhofen 、Strandpromenade 6
Ortsteil Unteruhldingen
ボーデン湖のウンターウルディンゲンの杭上住居
野外博物館と研究所
D-88690 ウルディンゲン・ミュールホーフェン、ストランドプロムナード6
ウンターウルディンゲン地区
現在、杭上住居博物館は人口8千人の町Uhldingen-Mühlhofenウルディンゲン・ミュールホーフェン(バーデン・ヴュルテンベルク州、ボーデン湖地区)にある。
この町は国によって認められたリゾート地でもある。
参考写真:Karte_Pfahlbaumuseum Unteruhldingenウンターウルディンゲンの杭上住居博物館図 -
ウンターウルディンゲンは、ドイツのボーデン湖北西岸に位置するウールディンゲン・ミュールホーフェン町に属する小さな村落です。
1982年8月15日の訪問当時、ここはFreilichtmuseum deutscher Verzeit in Unteruhldingenウンターウルディンゲンのドイツ野外博物館と呼ばれていた。
初めてみた<杭上の住居>は私共家族にとって、興味深いものだった。
参考写真:1978年Pfahlbaumuseum Unteruhldingenウンターウルディンゲンの杭上住居博物館 -
イチオシ
ウンターウルディンゲンのPfahlbau杭上住居博物館(1922年開館)は、ボーデン湖沿いにあるArchäologie考古学の野外博物館であり、ウンターウルディンゲンのボーデン湖地区に博物館の建物も併設されている。
ここではSteinzeit石器時代や Bronzezeit青銅器時代(紀元前1100年頃)の杭上の村の考古学的な出土品や復元建物を展示している。
写真:1982.08.15.ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館(野外博物館) -
イチオシ
1922年3月12日に、Georg Sulgerゲオルク・ズルガーと他の57人の熱心な先史時代の愛好家たちによって、Gründung des Vereins für Pfahlbau- und Heimatkunde e.V.ウンターウルディンゲンで杭上住居・郷土学協会が設立された。
そして最初の2軒の杭上住居は、Forschungsinstituts Tübingen ? durch Prof. Dr. Robert Rudolf. Schmidt und seinen Assistenten Dr. Hans Reinerthテュービンゲン先史時代研究所のロベルト・ルドルフ・シュミット教授とその助手のハンス・ライネルト博士による指導のもとで建てられました。
もう協会創設以来100年を超えた。
写真:1982.08.15.ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館(野外博物館) -
写真:1982.08.15.ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館(野外博物館)
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イチオシ
現在、23棟のPfahlbauプファールバウ(杭上住居)があり、博物館には科学的な研究機関も付属していて、年間で最大30万人の来館者があり、ヨーロッパでも最大級で最も訪問者の多い野外博物館の一つと云われている。
この杭上住居博物館には野外博物館のほかに、いわゆる旧博物館と新博物館の二つの建物がある。
旧博物館では、歴史的な展示スペースとして、アルプス周辺の世界遺産である杭上住居に関する展示として、ボーデン湖の杭上住居からの1000点以上のオリジナルの出土品が展示されている。
2024年6月から、ボーデン湖そばにある新しい博物館では、ユネスコ世界遺産の杭上建築に関する展示が行われている。
https://de.wikipedia.org/wiki/Pfahlbaumuseum_Unteruhldingen
写真:1982.08.15.ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館(野外博物館) -
【Pfahlbaumuseum Unteruhldingenウンターウルディンゲンの杭上住居博物館】
ウンターウルディンゲンの【杭上住居博物館】は、ドイツ南部のボーデン湖畔にある。湖の浅瀬に杭を打って、その上に家を建てた「杭上住居」を実物大で復元展示している屋外博物館として知られている。
*湖上に並ぶ木造の杭上住居群の復元モデル
*先史時代の生活道具などの展示
*湖と住居の位置関係が分かる屋外景観展示
水上家屋(すいじょうかおく)とは、船や浮島の上に建てられた住居、もしくは杭上住居である。
それらが集落となった場合は、水上集落と呼ばれる。
参考写真:Das_Pfahlbaumuseum_Unteruhldingen,_Bodensee,_aus_dem_Zeppelin_fotografiert._ツェッペリン飛行船から見下ろしたウンターウルディンゲンの杭上住居博物館 -
参考写真:ウンターウルディンゲン杭上住居の水底遺跡・・・各国の多くの住居遺跡は水底にある。
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参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館
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参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館
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【ドイツ世界遺産:アルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群】
紀元前5000年から前500年ごろまでにアルプス山脈周辺で建てられた杭上住居の遺跡群は、ドイツだけでも18件世界遺産に登録されている。
この世界遺産は全部で6ヶ国が関連し、合計111件の遺産である。
杭上住居 (pile dwelling / stilt house) の遺跡群を対象とするUNESCOの世界遺産リスト登録物件(ID1363)で、スイス(56件)、イタリア(19件)、ドイツ(18件)、フランス(11件)、オーストリア(5件)、スロベニア(2件)の6ヶ国111件の遺産によって構成されている。
参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館 -
尚、2011年の第35回世界遺産委員会で登録された時点では、シュトルーヴェの測地弧(Struve-Bogenそくちこ:ドイツ出身のロシアの天文学者、Friedrich von Struveフリードリヒ・フォン・シュトルーヴェが中心となって、1816年から1855年に掛けて子午線弧長の三角測量のために設置された三角点群)の10ヶ国に次いで多くの国にまたがる世界遺産であった。
参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館 -
杭上住居は高床建物の一種で、アルプス山脈周辺ではボーデン湖、Zugツーク湖、Gardaガルダ湖などの湖やスロベニア国のリュブリャナ湿原などの湿地に杭を立て、その上に住居が築かれた(杭上住居のうち、湖に建てられたものは「湖上住居」ともいう)。
参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館 -
それらは氾濫などを避ける工夫ではあったのだが、長い間水没したまま忘れ去られていた。
その存在が再び知られるようになったのは1853年から1854年にかけての冬季大旱魃がきっかけで、長い間水没していたことが、さまざまな遺構や遺物を良好な状況で保存しておくことにつながった。
構成遺産のうち37%は、いまなお完全に水没しており、30%は部分的に水没している。
参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館 -
後期には漁撈も行なったが、むしろ湖上に立てた当初の理由は、外敵に対する警戒や、農業に適した土地を住宅地に割かなくてすむようにするなどの理由であったと考えられている。
杭上住居は湖などに立てた何本もの丸太の上に横木を渡し、その上に板などを敷き、さらにその上を土などで固めた上で住居を建てた。
屋内は寝室と居間を兼ねた部屋と台所に分かれ、それぞれ炉や暖炉を備えていた。
参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館 -
参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館
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参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館
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Bodensee: Pfahlbaumuseum in Unteruhldingen
https://www.youtube.com/watch?v=SNdmju1vxTU
https://www.youtube.com/watch?v=nHR3wzSfqYo
参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館(集落) -
参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館(当時の人々の風習を復元)
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参考写真:ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館(当時の人々の風習を復元)
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世界遺産のアルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群は数も多いが、ドイツ以外の国の一部を参考に調べて抜粋してみた。
その作業で、ドイツのウンターウルディンゲンの杭上住居博物館のごとく、しっかり復元して展示した博物館はドイツ以外にないのも分かった。
<スイスのZugツークにある三つの杭上住居群>
チューリッヒの南23kmに位置するZugツークは、スイスのツーク州の州都である。2015年現在人口は2万9256人を数える。ドイツ語圏である。
税率が低いことから、数多くの多国籍企業の本部がある。
ツーク州には33か所の異なる場所で、50の杭上住居跡が確認されており、新石器時代から後期青銅器時代までのものだと云う。
その中にはユネスコの世界遺産に登録されているZug-Oterswil/Insel Eielenツーク・オータースヴィル/アイレン島、Zug-Riedmatt ツーク・リードマット、Zug Sumpfツーク・スンプの3つの遺跡がある。
杭上住居は地面や水の表面の下にあり、直接の見学は不可能で、ツークの先史博物館を訪れることで、最初の農耕社会の魅力的な世界を学ぶことはできる。
参考写真:Pfahlbauten_Zug Oterswil_Insel Eielenツーク・オータースヴィル/アイレン島杭上住居群 -
<スイス:チューリッヒ湖に面した Kleiner Hafner小ハフナー杭上住居>
小ハフナーは、スイス・チューリッヒ市の地域にあるチューリッヒ湖下流の半島にある先史時代の集落跡である。「小ハフナー」の南西には「大ハフナー」がある。「小ハフナー」はアルプス周辺の先史時代の杭上建築群というユネスコの世界遺産の一部になっている。
参考写真:Zürich_karte_Zürichseebeckenチューリッヒ_地図_チューリッヒ湖盆地・・・Grosse & Kleiner Hafner大ハフナー及び小ハフナー -
<スイス・レマン湖に面したMorgesモルジュ杭上住居>
スイスLausanneローザンヌから西に10kmにある、レマン湖に面したMorgesモルジュ周辺の居住は青銅器時代、つまり紀元前約3000年までさかのぼることができ、紀元前1030年頃に建てられた集落は、まもなく2000人の規模に成長し、彼らは湖のすぐそばの木製の杭の家(杭上住居)に住んでいたと云う。
参考写真:Morgesモルジュの湖畔・・・遺跡は湖畔の水中にあるのだろう。 -
<Lugana Vecchia (ルガーナ・ヴェッキア) >Sirmioneシルミオーネ
Peschiera del Garda (州: Veneto / 県: Verona)
ルガーナ・ヴェッキアの杭上住居(イタリア語で Palafitta della Lugana Vecchia)は、青銅器時代(紀元前1100年頃)のガルダ湖畔の集落である。
イタリアのシルミオーネ町のエリアにあり、港ポルト・リエルから北へ約450mの場所にある。
これはアルプス周辺の111の先史時代の杭上住居のひとつで、2011年にユネスコ世界遺産に登録され、登録番号は1363-094またはIT-LM-04です。
関連する遺跡には、マラスキーナ、サン・フランチェスコ、ポルト・ガレアッツィの杭上住居があります。
参考写真:Etwa 100 m östlich des Stegs fand man die Überreste der Pfahlbausiedlung von Lugana Vecchia写真に見える桟橋の東約100mに、ルガーナ・ヴェッキアの杭上住居集落の遺跡が発見された。 -
Sirmioneシルミオーネは、イタリア共和国ロンバルディア州ブレシア県にあるガルダ湖南岸の人口約8,100人の基礎自治体(コムーネ)である。
紀元前1世紀には景勝の休暇地として知られており、古代ローマ時代の最初の温泉(保養地)があったとされる。
シルミオーネの旧市街は湖に突出した半島上にあるが、1800年代からテルメ(温泉保養所)としても有名であった。
参考写真:Pfahlbausiedlung von Lugana Vecchia・・・Registrierung und Vermessung eines Pfeilersルガーナ・ヴェッキアの杭上住居集落の遺跡で発見された杭柱の登録と測量の様子を写した。
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参考写真:Uros-floating-islands-puno-peru-aerialチチカカ湖杭上住居群・・・よくTV番組でも写される。
-
おまけだが、先にボーデン湖のHochwasser洪水について記したが、ここでは
洪水とは逆に【Niedrigwasser渇水(かっすい、低水位、日照り、干ばつと云った表現)】について追記した。
・・・・・・・・・・・・・・・
【Niedrigwasser am Bodensee: Sinkender Pegel legt Liegeplätze für Segelboote trocken】
ボーデン湖の低水位:水位の低下でヨットの停泊場所が干上がる。
欧州の2026年は暑い夏の日が続き、いわゆる【Die Dürre in Europa日照り(干ばつ)の欧州】の姿となっている。
スランス、スペインでの山火事の拡大も例年にない様相となっている。
渇水(かっすい)とは降雨がない、もしくは少ないことを起因として水(水源)が涸れている、ないしはそうなりつつある状況を指すが、日本では水位が-1.5mを下回った状況を「異常渇水」としているそうだ。水不足は家庭や農業、工業などに深刻な影響を与えるため、国や自治体でこれへの対策が取り組まれている。
アルプス地方ではスイスのレマン湖についで第二の規模で、面積は約536平方kmと広大なボーデン湖もライン川の水量調整湖として重要な役割を果たしているが、今年の暑い夏でライン川の水源調節どころではなく、湖自身の渇水(低水位)に困っている様子である。
渇水(低水位)がどのくらい続くかは全くわからない。Die Hochwasserzentrale Baden-Württembergバーデン・ヴュルテンベルクの洪水管理センターは、ボーデン湖の水位が2026年8月初めまでに、歴史的な記録に近づく約2.90mまで下がると見込んでいる。
ボーデン湖の Oberseeオーバーゼーでは、特にLindau-Zechリンダウ・ツェッヒ、Nonnenhornノンネンホルン、Friedrichshafen-Fischbachフリードリヒスハーフェン・フィッシュバッハのような小さな港が影響を受け、ボーデン湖の船舶運航はもう行われない可能性が高いのだと云う。
(7.4.2025, 14:31 Uhr SWR)
ボーデン湖の低水位:
実際にはどれくらい深刻?
今、ボーデン湖の水は少ない。心配するべきこと? 今の状況が航行、観光、飲料水供給にどんな影響を与えるのかだ。
(2026/7/28)
ボーデン湖の水位は歴史的な低さにあり、これが今、湖水で泳ぐ観光客、帆船、ヨットで楽しむ人たち、そして自然そのものにどう影響するかだが。
参考写真:Niedrigwasser am Bodensee ボーデン湖の渇水状況 -
ボーデン湖はHochwasser洪水とは逆にNiedrigwasser渇水もありえた。
ボーデン湖では年間で最も水位が低い時期は一般的に冬の1月、2月、3月である。
<コンスタンツの水位で測定された最も低い水位のリストがある。>
その表では、1823年の初めに一番低い2.1mを記録している。
直近の2006年1月16日には2.33mを記録した。
1858年2月の低水位2.26mの時には、コンスタンツ湾はほとんど干上がったと云う。この出来事を祝うお祭りが開かれ、乾いた地面には屋台が設置されたと云う。
1972年3月12日の低水位の2.37mでは、ライヒェナウ島の数百m手前の砂州でお祭りが開かれ、花崗岩の記念石が置かれた。石碑文には「1972年3月26日、低水位2.37mの時に、この島で市民音楽が演奏された」と書かれている。
参考写真:Niedrigwasser am Bodensee ボーデン湖の渇水状況
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
湖畔の自然の中で杭上住居なるものを考え出した人たちも、当時でも洪水や渇水(低水位)と云った自然の脅威に為す術もなかっただろう。
現代人が自然の脅威にあたふたする姿をどのように思うのだろうか。
(2026年08月07日Wiki・HP参考、訳、編集追記)
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この旅行記へのコメント (2)
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- kawakoさん 2026/08/10 07:49:06
- グリュエッツィィ!
- わ~ここ長年行ってみたいと思ってた場所なんです。
スイスでも湖岸を歩いていると、世界遺産に登録されている杭上住居の遺跡の看板が出ているのを見かけるんですが、肝心の遺跡は杭だけが水中にあるらしく、全然それらしいものを見かけないんですよね~
ヌーシャテル湖畔のラテニウムという博物館に行った時も、展示品は素晴らしかったんですが、湖上に杭上住居が立っている風景というのはなかったんです。
↓ラテニウム
https://4travel.jp/travelogue/11995113
夏の暑さもいよいよ厳しいころですね、お体ご自愛くださいませ。
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- pedaruさん 2026/08/10 07:10:54
- 湖上生活
- jijidarumaさん おはようございます。
紀元前3000年頃には人が住み着き、高度な文化生活を営んでいたとは驚きです。
まず杭をうってその上に家を建てるメリットは何処にあるのだろうと考えました。
南洋の島々(笑)でも水上生活をしている人たちがいるらしいですが、常夏では水に親しむのは当然に思えます。しかし、ヨーロッパでは常に水泳をしているわけにもいかず、
とくに寒い冬はどうしていたのだろうと思います。
メリットとしてイノシシや熊などの侵入を防ぐ、外敵の侵略から防ぐ、病害虫などからも身を守るメリットがあったかもしれない。しかし、家を建てて街を形成するため土地を水上に求めるとは納得いきません。外敵に責められた時には逆に責められやすい弱点を持っています。あの桟橋を敵に壊されれば、孤立無援、水攻めにあったような物ですね。
案外水上生活は空気の清浄さを保ち、保温の役目も果たしたかもしれません。居ながらにして魚釣りができ、トイレは自然の水洗トイレ、これはいいですね。どちらにしても、意外な事実を知りました。湖の上に紀元前から家があり、それを復元して人気の博物館になっているとは初めて知りました。
それにしても渇水の浜辺や湖がお祝いの理由になってお祭りをしたというのも不思議です。渇水なんて重大事故だと思いますが、あちらの人の考えは理解できません。水道の水はどうなるのでしょうか?
pedaru
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