1983/08/02 - 1983/08/02
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【セピア色の思い出:1983年Urlaub(休暇)・Prien~北アドリア海、Venezia~ガルダ湖~コモ湖~Zermatt~Sion~レマン湖~黒い森を巡る旅】
(1983年7月26日~8月7日:12泊13日)
7月26日の夕刻、デュッセルドルフを出て、ヴァイバースブルン(女の泉)、 プリーン、ヘレンキムゼー宮殿、ヨーロッパ橋、北アドレア海Lido di Jesoloリド ディ イェーゾロ(Hotel Las Vegasホテル・ラス・ベガス)・ヴェネチア、ガルダ湖(シルミオーネ)、コモ湖(Hotel Villa Floriaホテル ヴィラ フローリ)、ミラノ、湖水巡り(コモ湖、ルガノ湖)、ツェルマット(ゴルナーグラート登山鉄道)、Sionシオン城、レマン湖のChâteau de Chillon シヨン城を訪れて、8月7日にデュッセルドルフに戻った。
久しぶりに*Europabrückeオイロパブリュッケ( ヨーロッパ橋:当時欧州一の高さ190m)を越えて、*Brennerpassブレンナー峠(標高1,374m)に向かい、あいにくの土砂降りの雨中、滑り台の様なアウトバーンをイタリアに向けて走った。
全行程の総走行距離は3,700kmとなった。
・・・・・
さて、今日はこの旅の後半途中に立ち寄ったのだが、お気に入りである、イタリアのガルダ湖(Sirmioneシルミオーネ)を先に投稿した。
写真は左上から時計回りにガルダ湖畔のRocca Scaligera di Sirmioneシルミオーネのスカラ城、ガルダ湖のMap、少し雨も上がって来たガルダ湖畔、スカラ城の入口傍で(中庭に杉の木が生えている)。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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写真は1983.07.26.左上にWeibersbrunnenのHotel Brunen Hof 、左下に泉の水をくむ少女の銅像と娘達、=>27.Prien am Chiemsee のかつて学んだゲーテ語学校(3度目の立ち寄り)、右下にプリーンの町の看板と友好都市の名が。
マルクト広場 (プリーン) 広場・公園
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写真は1983.07.27. 左上にChiemseeキームゼーMap絵葉書、左下にSchloss Herrenchiemesee ヘレンキムゼー宮殿絵葉書、右上は北アドリア海のLido di Jesoloリド ディ イェーゾロのHotel Las Vegasホテル・ラス・ベガス、右下にVeneziaヴェネチアのリアルト橋をバックに。
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*Europabrückeオイロパブリュッケ( ヨーロッパ橋):
オーストリア・インスブルックの南を流れるSihlジル川の真上に堂々とそびえているのがEuropabrückeオイロパブリュッケ( ヨーロッパ橋)だ。
ヨーロッパ橋は1959年から1963年にかけてヨーロッパで最も高い橋として知られていた。
渡った橋のたもとにあった駐車場から少し歩いて戻り、190mもの高さにある橋から下の谷を見ると、それはそれはいつもながら怖い。
ヨーロッパ橋の上を走るアウトバーンはアルプスの南北を結ぶ輸送の大動脈になっている。
オーストリア側のアウトバーンA13からイタリア側のアウトバーンA22に繋がっている。
あいにくの土砂降りの雨中、このアウトバーン走行は、滑り台を滑り落ちてゆくような恐怖感を私に与えているのだが、ともかくも目的地イタリアに向かって走らざるを得ない。
参考写真はEuropabrückeヨーロッパ橋(高さ190m) -
*Brennerpassブレンナー峠:
アルプスを越える峠の中でブレンナー峠は最も標高が低い(1,374m)ということもあってか、古くから南北ヨーロッパの往来に利用された。この峠はInnsbruckインスブルックから南に伸びる谷、Wipptalヴィップタールに沿って在る。
古代ローマ軍団はここを北へ向かい、逆にイタリアの陽光を望んだドイツの文豪ゲーテや神童モーツァルトはここを通って南のイタリアへ旅したのだ。
私達はこの峠を通り、インスブルックからVeronaヴェローナ、そしてヴェローナから北アドリア海(Veneziaヴェネチア)まで走ったのだ。
参考写真はヨーロッパ橋(中央に見える)とBrennerpassブレンナー峠 -
【1983年夏の休暇・ガルダ湖畔のシルミオーネ・スカラ城、ローマ人の別荘跡を訪れた。】
8月2日、北アドリア海のLido di Jesoloリド ディ イェーゾロのHotel Las Vegasホテル・ラス・ベガスHotel Las Vegasホテル・ラス・ベガスを出発し、ガルダ湖経由でコモ湖(湖畔の宿を予約していた)に向かう。
Lido di Jesolo=>Quanrto=>E70 Verona=>Sirmioneとイタリアもアウトバーン交通網が進んでいる。もっともドイツと違って有料である(8,550Lire)。
途中立ち寄ったガルダ湖は北イタリア最大の湖で、水は澄んで景色も美しく、湖を囲んで町や村、古くからリゾート地として知られ、人々の別荘(かつてのローマ人の別荘地跡も残る)、ホテルなどが点在している。
写真はガルダ湖と諸都市の絵葉書Map -
<Lago di Gardaガルダ湖>
ガルダ湖はイタリアで最も面積の広い湖である。南北に52km、東西の一番広いところは18kmで、面積は約370km2、最大水深 346 m、水面の標高 65 mで、ブレシア県(シルミオーネなど)、ヴェローナ県(ペスキエーラ・デル・ガルダなど)、トレント県(リーヴァ・デル・ガルダ)の水源になっている。
湖北部は細長く、大部分はアルプス山脈のバルド群に属する山々に囲まれている。その形は典型的な渓谷で、実際湖のこの部分は現在でも主な流入元となっているSarcaサルカ川(長さ78km・・・イタリア北部を流れ、ガルダ湖に注ぐ)によって作られたと考えられている。
ドロミーティ山地のDolomiti di Brentaドロミーティ・ディ・ブレンタとガルダ湖一帯は2015年にユネスコの生物圏保護区に指定された。
参考写真は中世のCastello Scaligero(スカラ家の城)と美しいガルダ湖 -
【ガルダ湖畔のシルミオーネの旧市街】
Piazza Orti Manara 4 | Tip of Sirmione Peninsula, 25019 Sirmione, Italy
Sirmioneシルミオーネの町はイタリア共和国ロンバルディア州ブレシア県にあり、人口約8,100人の基礎自治体(comuneコムーネ)である。
ガルダ湖南岸のコムーネで、旧市街は湖に突出した半島上にある。テルメ(温泉保養所)としても有名で、ローマ時代からの有名なリゾート地(保養地)であった。
ブレシア県の東部、ヴェネト州との境界に位置し、県都ブレシアから東へ31km、ヴェローナから西北西へ31km、マントヴァから北北西へ40km、州都ミラノから東へ111kmの距離にある。
参考写真はガルダ湖畔のシルミオーネの旧市街の俯瞰 -
シルミオーネは紀元前1世紀には景勝のリゾート地として知られており、古代ローマ時代の最初の温泉テルメがあったと云われる。
1800年代末からテルメ(温泉保養所)として活用されている水源は摂氏69度の高温で、関節炎、喉頭炎、気管支炎、外傷の後遺症などに効能があるそうだ。
参考写真はガルダ湖畔のシルミオーネの旧市街を望む。 -
【スカラ城Rocca Scaligera di Sirmione】
英名:Rocca Scaligera di Sirmione
住所:Piazza Castello, Sirmione Brescia, Italy
スカラ城はヴェローナの領主スカラ家が13世紀に築城したものだ。
デッラ・スカラ家は1262年から1387年まで 、合計125年間、ヴェローナとヴェネト本土(ヴェネチアを除く)を統治した一族である。
スカラ家の城は、湖水地方にあるイタリア最大と称されるガルダ湖の観光地シルミオーネの旧市街の入口に建っている。
シルミオーネの旧市街は半島の突き出た砂州の先端にあり、スカラ家の城がかつては異民族の侵入を阻むための城砦で、城塞都市の趣を示している。
城砦の周りは水堀や湖で囲まれて、海城というか?水城の形を示し、内部は二重の城壁、跳ね橋などを見事な備えをしている。
城塞は青いガルダ湖畔に立ち、堅牢な塔群と高さ47mの天守閣が堂々たる佇まいである。城の高々とした塔から見る景色が素晴らしい。
現在はスカラ城は博物館として公開されている。
旧市街の中にはおしゃれなレストランやカフェがたくさんある。露店もあって安い美味しい果物を売っていた。
参考写真はスカラ城(1902年) -
イチオシ
写真は左上から時計回りにガルダ湖畔のRocca Scaligera di Sirmioneシルミオーネの雨模様のスカラ城、ガルダ湖のMap、少し雨も上がって来たガルダ湖畔で、スカラ城の入口傍で(中庭に杉の木が生えている)。
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この城は堀に湖の水を引き込み、場内に船溜まりがある水城で、船溜まりが現存する城は珍しいと云う。二重の城壁や二重の堀、城壁に設けられた鉄砲狭間など戦闘用の城である。
中央の広場に面して47mの塔(娘が145段と数えたが?)があり、頂上からは360度のパノラマが楽しめ、一度登る価値があった。
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写真は雨模様のスカラ城の天守閣など・・・傘をかぶって見学。スカラ家の城 城・宮殿
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写真はスカラ城の入口傍で(中庭に杉の木が生えている)・・・本日は雨模様で残念。
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写真はスカラ城入場券(合計4000Lire)
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イチオシ
写真は左上から時計回りにガルダ湖畔のシルミオーネの旧市街・・・ブドウや蔦が生えている家も多いし、露店や店先に新鮮な果物が売られ、味も上々、中世のCastello Scaligero(スカラ家の城)と美しいガルダ湖、見晴らしの良い145段の塔に登って、海の様なガルダ湖、駐車場・ヨットハーバーも見える。
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参考写真は*Anton Hanschアントン・ハンシュ:Sirmioneシルミオーネ 1876年の風景画
*Anton Hansch (1813 in Wien生まれ; 1876 in Salzburgで死す) アントン・ハンシュはオーストリアの風景画家である。
1848年、ウイーン美術アカデミーの会員となる。
1861年、芸術家協会の会員になる。
1930年、芸術家に対する栄誉として、 Wien-Hietzingの道に Hanschwegハンシュの小道と名付けられた。 -
参考写真はガルダ湖:海のように広い。
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イチオシ
写真は右上から時計回りに、スカラ城の城壁が美しい、スカラ城入口付近の跳ね橋、そこら中にオリーブの木が、ローマ人の別荘跡でミニトレインに乗車して。
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写真はスカラ城入口付近の跳ね橋。
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【ローマ人の別荘跡:Grotte di Catulloカトゥッロの洞窟】
「カトゥルスの洞窟」とは、紀元前1世紀の終わりから紀元前1世紀の初めにかけて、ガルダ湖の南岸にあるシルミオーネ半島の最北端に建てられたローマ時代の別荘の廃墟に付けられた名前である。
写真はローマ人の別荘跡:右にGrotten des Catullカトゥッロの洞窟及左にびコモ湖Map絵葉書など -
<ローマ人の別荘跡=「カトゥルスの洞窟」>
シルミオーネ半島の岬の先端にあり、カトゥッロの洞窟と呼ばれるローマ帝政初期の別荘の跡が残っている。周辺はオリーブの林(凡そ1500本・・・中には少数ながら千年の樹齢のオリーブがあるとか) が広がり、独特の光景が見られる。
シルミオーネの中心地からは徒歩で歩くことも出来るが、私共は可愛らしいミニトレインに乗車して行った。
写真はローマ人の別荘跡入場料(合計6000Lire) -
写真はローマ人の別荘跡:ミニトレイン乗車券(一人400Lireで1600Lire)
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イチオシ
ローマ時代の別荘の遺跡には、古代ローマ時代の柱廊、温水プール(温水浴び場)、広い集会場、長い回廊などが残っている。
遺跡とガルダ湖との風景、ガルダ湖自身の景観も素晴らしい。
写真は左上から時計回りにガルダ湖をバックに娘達と、海岸を見下しながら同じく家内も、左下に千畳敷きも見える、ローマ時代の柱と。ローマ時代の遺跡 史跡・遺跡
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写真はローマ人の別荘跡までミニトレインに乗車した。
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参考写真はAnton Hanschアントン・ハンシュ:ガルダ湖の景色1844年作
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参考写真は細長いガルダ湖Map
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参考写真はガルダ湖から見るローマ人の別荘跡
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参考写真はガルダ湖から見るローマ人の別荘跡
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写真はローマ人の別荘跡で:ローマ時代の柱と
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写真はローマ人の別荘跡で:ガルダ湖をバックに娘達と。
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参考写真はローマ人の別荘跡:ガルダ湖に面したインペリアルアーチ形の柱
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参考写真はローマ人の別荘跡:交差する住宅地跡
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参考写真はローマ人の別荘跡:長い回廊も見られ、規模も大きなものだったのが分かる。
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参考写真はローマ人の別荘跡:温水プール(温水浴び場)
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参考写真はローマ人の別荘跡:天国のTriforaトリフォラ(2つの小柱で仕切られた三連窓の意味だそうだが)
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参考写真はローマ人の別荘跡:二重地下回廊(古代ローマ時代に建設された地下回廊クリプトポルティコという遺跡があったと云うが、そのことなのか?)の遺跡とアーチ形の柱
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Garda・Sirmione A4・A51=>A8 Milano=>A9 Comoとアウトバーンを利用した(9,350Lire)。
参考写真はコモ湖の絵葉書 -
写真は左上から時計回りにガルダ湖畔のローマ人の別荘跡(今もなお発掘が進められているらしい)、ミラノ見物に出発する前にコモ湖のホテル前で撮る、オリーブの木ばかりのガルダ湖畔のローマ人の別荘跡で、コモ湖のHotel Villa Floriaホテル ヴィラ フローリの庭で。
ホテル ヴィラ フローリ ホテル
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8月2日~5日まで3泊4日の滞在して、3日はミラノ見物、4日は湖水巡り(コモ湖、ルガノ湖)を予定している。
<Hotel Villa Floriホテル ヴィラ フローリ >
Via Cernobbio 12、22100 Como (Italy)
4星・全53室、3泊のホテル代は501,000Lire。
コモの美しい湖畔に位置する。ミラノ空港まで35.6 Km。
湖水巡りではコモ湖のVilla_Carlottaヴィラ・カルロッタやルガノ湖にあるスイスの中のイタリア領Campione di ItaliaCampione d'Italiaカンピョーネ・ディターリア(人口1900人)など見物予定だ。
写真はコモ湖畔のHotel Villa Floriホテル ヴィラ フローリの庭にて。 -
参考写真はコモ湖畔のHotel Villa Floriaホテル ヴィラ フローリの庭。
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おまけの参考写真:
Anton Hanschアントン・ハンシュ:
オーストリアの風景画家アントン・ハンシュはドイツの観光地の作品を残していた。Blick_auf_den_Königssee, im Hintergrund der Watzmannドイツ・ベルヒテスガーデンの王の湖、ヴァッツマン山系 の風景画
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(2025年08月30日Wiki・HP参考、訳・編集追記)
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