2026/07/17 - 2026/07/17
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平成21年から始めた一宮巡り。85社を過ぎた平成29年ぐらいから、1年1社程度となってしまっています。今年(令和8年)上期は、新規で周った一宮はありませんが、10年ぶりぐらいに参拝した一宮などありますので、この半年を振り返ってみたいと思います。
1月 玉前神社(上総国)
上賀茂神社(山城国)
下鴨神社(山城国)
2月 氷川女體神社(武蔵国)
氷川神社(武蔵国)
宇都宮二荒山神社(下野国)
鶴岡八幡宮(相模国)
寒川神社(相模国)
彌彦神社(越後国)
鹿島神宮(常陸国)
香取神宮(下総国)
3月 建部大社(近江国)
4月 一宮貫前神社(上野国)
6月 氣多大社(能登国)
白山比咩神社(加賀国)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
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一昨年の夏旅で出会った仲間、通称バルカンズの中に一宮部を立ち上げました。活動は其々、一宮を自分のペースで周り情報交換。難所については部で協力して参拝目指すという緩い集まりなのですが、お正月(1/11)結成を祝し、千葉の玉前神社に初詣してきました。
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上総国一宮の「玉前神社」。私は平成22年10月と平成30年5月に参拝していますが、いずれも車でしたが、今回は電車。駅から徒歩で参拝です。
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「三の鳥居」先の階段の向こうに見えるのが拝殿です。
創建時期は不明ですが、平安時代の文献にも記されており1200年あまりの歴史をもつ、上総国一之宮の格式ある神社です。 -
珍しい黒漆塗り、権現造の社殿は1687年造営で千葉県指定有形文化財。10年(平成19年~29年)の修理が完了しまだ漆がきれいです。
上総国一之宮 玉前神社 寺・神社・教会
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社殿横の西山(はだしの道)。ここもパワースポットの1つ。このまわりを裸足で3周歩くと御利益があるそうです。
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玉前神社の御朱印
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1月19日から1週間の大阪・岡山出張で、18日大阪に前泊したのですが、途中、京都で降り、山城国の一宮の上賀茂神社、下鴨神社に参拝してきました。1時間程度バスに乗り上賀茂神社に到着。17年ぶりの参拝になります。
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上賀茂神社は、正式名称を賀茂別雷神社といい、京都最古の神社の一つとして知られています。雷神である賀茂別雷大神を御祭神として祀り、古来より厄除け・災難除け・必勝の神として信仰を集めてきました。
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境内全域が世界文化遺産に登録されており、本殿と権殿の2棟の国宝をはじめ、41棟もの重要文化財を有しています。広大な境内には豊かな自然が広がり、境内そのものがパワースポットとして親しまれています。
上賀茂神社の立て砂 (盛砂) 名所・史跡
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二の鳥居の正面に細殿が建ち、その前に神山をかたどって砂が盛られた二つの立砂があります。
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本殿・拝殿前に建つ真っ赤な楼門
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上賀茂神社の起源は古く、賀茂別雷大神が神山に降臨されたことに始まります。伝承によると、賀茂建角身命の娘・玉依姫が丹塗矢に導かれて賀茂別雷大神を生んだとされています。7世紀末には既に有力な神社となっており、天武天皇の時代(678年)に現在の社殿の基が造営されました。元々は下鴨神社と一つの神社でしたが、奈良時代に分立し、それぞれが独自の発展を遂げていきました。
賀茂別雷神社(上賀茂神社) 寺・神社・教会
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中門。ここから本殿に向かって拝礼します。
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国宝の本殿に参拝します。
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上賀茂神社の御朱印。直書きしてもらいました。
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新春限定の切り絵の御朱印
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上賀茂神社の御朱印帳
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バスで下鴨神社前で降りると本殿すぐ横にでます。
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高さ30mの楼門。21年ごとの式年遷宮で造り替えられてきましたが、1628年以降は解体修理し保存されています。
下鴨神社(賀茂御祖神社) 寺・神社・教会
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下鴨神社は、正式名称を賀茂御祖神社といい、鴨川の下流に祀られている神社。世界遺産「古都京都の文化財」の1つに登録されています。
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本殿東側に鎮座する御手洗池。朱塗りの太鼓橋の橋輪が目印です。
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中門と幣殿、ここから本殿に向かって拝みます。
長い行列ができていました。 -
下鴨神社の御朱印
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午年の限定御朱印
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下鴨神社の御朱印帳
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下鴨神社の御朱印帳2
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2月7日は、武蔵国一宮の氷川女體神社と大宮氷川神社。下野国一宮の宇都宮二荒山神社へ参拝してきました。まずは、氷川女體神社です。
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縄文時代には、奥東京湾は現在の大宮あたりまで入り込んでいました。奥東京湾は弥生時代に入ると海岸線が後退し(海退という)、見沼など多数の沼がつながる広大な沼沢地となりました。そんな見沼の谷に突き出した小舌状台地の上にあるのが氷川女體神社です。
氷川女體神社 寺・神社・教会
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武蔵国一宮 氷川女體神社は、稲田姫命、三穂津姫命、大己貴命を御祭神として祀る神社です。社伝によると、第10代崇神天皇の時代に勧請されたと伝えられています。氷川女體神社の「女體」という名称は、御祭神である稲田姫命に由来しており、日本書紀では須佐之男命がヤマタノオロチ退治の際に助けて妃にした姫とされています。
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こちらへは平成24年(2012年)3月に参拝していますが、当時改修工事が行われており本殿は見ることができませんでした。改修が終わり綺麗な姿となった本殿は、寛文七年(1667)に四代将軍・徳川家綱の命で造営された三間社流造です。
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氷川女體神社の御朱印。
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複数御朱印の用意がありこちのは龍が押印されたものを頂きました。
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オリジナル御朱印帳は境内社の龍神社や祇園磐船龍神祭、見沼の水神に対する信仰に因む龍がデザインされたものです。
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大宮駅の近くに広大な敷地を有する大宮氷川神社。関東を中心に全国に280社ほどある氷川神社の総本社で、大いなる宮居が大宮の由来になったとされる古社です。
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氷川神社の境内図。広大な敷地です。
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境内へ入り砂利を踏みしめながら進むと赤い橋が見えてきました。
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神池を渡るための橋ですが、実はこの池には水神様がいらっしゃるそうで、かなりのパワースポットだそうです。橋の途中で立ち止まるといいと聞いていたので、少し池をながめたりしてみました。
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立派な楼門。何処かで見たことあると思ったら、昭和の大改修の時に、京都の上賀茂神社・下鴨神社の楼門を模して造ったものだとか。
武蔵一宮氷川神社 寺・神社・教会
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昭和15年に造営された流造の拝殿です。
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氷川神社の御朱印
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午前中、武蔵国の一宮、大宮氷川神社や氷川女體神社を参拝。帰るために乗った高速に宇都宮方面の文字。まだ2時前なので宇都宮まで行ってきました。宇都宮二荒山神社へ。駐車場は境内上になります。
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宇都宮二荒山神社の境内図です。標高135mの小高い丘の上に境内が広がっています。
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宇都宮二荒山神社の歴史は古く、起源は約1600年前で、宇都宮の始祖・豊城入彦命を祀っています。
宇都宮二荒山神社 寺・神社・教会
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約100段の石段を降りると高さ9.7mの大鳥居です。
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一宮専用御朱印帳に頂いた直書きの御朱印。
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数種類の御朱印、限定もあります。この中から番号を言い頂きます。
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午年初詣の限定御朱印。
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2月15日出張で茅ケ崎に前泊するので、鎌倉で妹とランチしました。ランチ前に相模国一宮の鶴岡八幡宮に参拝。鎌倉の二ノ鳥居から八幡宮へ向かう道は若宮大路の真ん中が少し高くなっており、段葛という道を通って、そのまま三ノ鳥居まで歩くことができます。
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鶴岡八幡宮は、鎌倉幕府の初代将軍、源頼朝ゆかりの神社として約800年の歴史を持ち、現在は観光スポットとしても人気です。
鶴岡八幡宮 寺・神社・教会
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鶴岡八幡宮の歴史は、源頼朝の祖先である源頼義が、京都の石清水八幡宮を勧請したことから始まりました。その時、鎌倉の由比ヶ浜辺におまつりされた八幡神を、源頼朝が現在の地に遷し祀りました。
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鶴岡八幡宮の御朱印
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鶴岡八幡宮の御朱印帳
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鎌倉から寒川に移動。全国で唯一の八方除の神様で、相模国一宮の寒川神社です。
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神池橋横の池には噴水があります。
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祭神は、寒川比古命と寒川比女命 の男女2柱で、寒川大明神と総称されます。
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参道を歩いていきます。初詣ほどではありませんが、この時期としてはかなりの人だと思います。
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重層の門。平成5年に竣功しました。毎年、新年には「迎春ねぶた」が掲げられます。
寒川神社 寺・神社・教会
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寒川神社の場所ですが、日本を代表する聖地を結ぶレイライン上にあり、春分・秋分・夏至・冬至すべての時に太陽が神社の真上を通るといわれています。
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八方除の神社らしく、拝殿の横に渾天儀があります。
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寒川神社の御朱印
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クラブツーリズムの「旬のネタ握り寿司・村上牛と越後牛食べ比べ・海鮮丼 ごっつぉ盛りだくさん!新潟うまいものめぐり 2日間」というツアーに2月の3連休で参加してきました。越後国一宮の彌彦神社に14年ぶりに参拝しました。
彌彦神社 寺・神社・教会
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越後一宮として古くから信仰を集めてきた彌彦神社。「おやひこさま」として人々に親しまれ、初詣には毎年20万人以上の参拝者が訪れます。
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緑に映える朱色の一の鳥居を入るとすぐに弥彦山からの清流・御手洗川を渡ります。神様が御渡りになる橋です。明治末の社殿焼失以前には拝殿前にありました。
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彌彦神社には見事な鎮守の森があり、樹林に覆われた境内には神聖な空気が漂います。万葉集には彌彦神社を詠んだものが2首歌われています。
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昭和十五年(1940)、紀元二千六百年を奉祝して建立された随神門。門内の左右には紀伊国熊野から伊夜日子大神様に随行し、大神様の宮居を警護する長気・長邊の兄弟神を奉祀しています。
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彌彦神社の祭神は「伊夜日子大神」、別名「天香山命」です。
越後(現在の新潟県)を開拓した神様で、商売繁盛などのご利益があるとされています。 -
弥彦神社への参拝は、「二礼四拍手一礼」が正式な作法です。この作法を採用している主な神社には、出雲大社、宇佐神宮、彌彦神社があります。
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弥彦神社の御朱印
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平成21年から始めた一宮巡り。スタートは常陸国一宮の鹿島神宮でした。その後、昨年亡くなった母を連れ平成26年に参拝していますが、今年2月、12年ぶりに鹿島神宮に参拝しました。
鹿島神宮は、神武天皇元年(紀元前660年)の創建と伝えられています。近代まで「神宮」と呼ばれていたのは、伊勢神宮、香取神宮、そして鹿島神宮の三社のみで、由緒と歴史の長さでは別格の存在です。鹿島神宮 寺・神社・教会
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境内案内図。東京ドーム15個分に及ぶ境内。かつては大きな内海が広がり、東国開拓の最前線であったこの地には、今もその面影が残ります。
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本殿・石の間・幣殿・拝殿の4棟からなる社殿は、元和5年(1619)、徳川2代将軍の秀忠公が寄進したもので、重要文化財に指定されています。
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本殿は参道から見て一番奥にある三間社流造の建物で、御祭神の武甕槌大神をお祀りしています。
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奥宮に向かって300m程伸びる奥参道は鬱蒼とした巨木に覆われ、荘厳な雰囲気を醸し出しています。
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奥宮。この建物は、徳川家康により関ヶ原戦勝時の御礼として奉納された本宮旧本殿だそうです。
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要石ととは地震を持たらすとされているナマズを押さえ込んでいる霊石の事で、「鹿島要石真図」では、タケミカヅチが、大鯰の頭を刀剣で押さえつけている図が載っています。
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地上には一部の石しか出ておらず、その大きさは地中深くまであるそうです。
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御手洗池。霊水をたたえるみそぎの場として知られ、人々はここで身を清めてから参拝したといいます。大人が入っても子どもが入っても、水面が胸の高さにくるという不思議な池です。
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鹿島神宮の御朱印
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鹿島神宮奥宮の御朱印
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今回12年ぶりに鹿島神宮に参拝し併せて東国三社を廻ってきました。午前中の鹿島神宮、息栖神社に続いて香取神宮に参拝します。
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木々鬱蒼とした玉砂利の参道の両側には、桜や楓が植えられています。
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香取神宮の境内図
香取神宮は下総国一宮であり、平安時代に成立した延喜式によると、江戸時代以前から「神宮」と称されていたのは伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の三社だけで、その創建は神武天皇十八年(紀元前643)と神代の時代まで遡る古い歴史のある神社です。 -
境内の入り口になる総門は、昭和17年、皇紀2600年奉祝香取神宮境内整備事業の一環として竣工したものです。
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楼門は本殿同様元禄13年の幕府造営のものです。三間一戸で、様式的には純和様で構築され丹塗りが施されています。屋根は入母屋造銅板葺ですが、当初はとち葺でした。楼上の額は 「東郷平八郎」の筆によるものです。
香取神宮 寺・神社・教会
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香取神宮の本殿は、平安時代には伊勢の神宮と同様に20年ごとのお建替の制度がありましたが、戦国時代には衰退しました。現在の本殿は、元禄13年(1700年) 徳川幕府の手によって造営されたものです。
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香取神宮 奥の宮は、神宮祭神 経津主神の荒魂(あらみたま)を祀る神社です。荒魂とは、神様の攻撃的で荒々しい側面のことです。
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香取神宮の御朱印
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香取神宮奥宮の御朱印
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香取神宮要石の御朱印
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3月、妹と甥っ子の知ちゃんと行く京都の旅。大津プリンスホテルから自宅に帰る前に近江国一宮の建部大社に参拝しました。
建部大社 寺・神社・教会
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景行天皇46年に、日本武尊の妃・布多遅比売命が神勅によって御子・建部稲依別命とともに住んでいた神崎郡建部郷千草嶽(現・東近江市五個荘伊野部町付近の箕作山)の地に日本武尊を「建部大神」として祀ったのが当社の始まりとされています。
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歴代の皇族や武士たちからの信仰を受けていましたが、特に平治物語によると、源頼朝が平治の乱に敗れて伊豆国に流される道中の永暦元年(1160年)、当社に立ち寄って源氏の再興を祈願したといいいます。後に大願成就すると、頼朝は多くの神宝と神領を当社に寄進しています。それ以来、当社は出世開運の神としても著名となりました。
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拝殿。天武天皇の御代白鳳4年(675年)今から約1300年程前に、この瀬田の地へと遷し祀られました。近江国を守護する神社として大切に守られてきました。
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建部大社の御朱印
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4月には、バルカンズのU子さんと群馬県の一宮貫前神社に参拝してきました。
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階段を登ります。こちらへは、2012年と2014年に参拝していますが、どちらも車だったのでこの階段を上がるのは初めてです。
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朱塗りの大きな鳥居。
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当社の社殿の配置は独特で、本殿が境内入り口よりも低い位置にある「下り宮」と呼ばれる配置となっています。
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貫前神社の祭神は、物部氏の祖神の「経津主神」と綾女庄(当地の古い呼称)の女神「姫大神」です。姫大神は、御名は不詳ですが水神・財神・機織の神とのこと。
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本殿、拝殿、楼門、回廊は、江戸幕府第3代将軍徳川家光による寛永12年(1635年)の造営となっています。
一之宮貫前神社 寺・神社・教会
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拝殿、立派です。極彩色の漆に加えて、見事な彫刻、豪華絢爛です。平成の大改修を経て美しく甦っています。
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6月に妹と能登半島の付け根あたり、石川県羽咋市に鎮座する「氣多大社」にやってきました。こちらも15年前に母と来ています。
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この見事な神門と拝殿、本殿、そして本殿両脇に鎮座する若宮神社と白山神社は、国指定の重要文化財に指定されています。
気多大社 寺・神社・教会
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祭神の心優しい神様と言われた大己貴命は、国土の支配者であり、少彦名命と共に国造りの大事業を手掛けました。また神話の中では、痛みに苦しむ白兎に適切な治療をしたことから医学・薬学に精通していたと言われております。そして大己貴命は、ハンサムで優しく、絶世の美女と呼ばれる姫神様にも選ばれた逸話もあります。また6柱の姫神様と結婚され、181柱もの子供がいたということから縁結び・子宝の神様とも言われております。
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この鳥居のある場所は、末社の一つ「楊田神社」とされ、祭神は「迦具土命」とも、大己貴の「荒御魂」であるとも云われています。
が、そこには素木の鳥居一基が立つのみで社殿はなく、おそらく、入らずの森・奥宮の遥拝所であると思われます。 -
この森は、約一万坪(33,000㎡)の広さをもち、タブ・スダジイ・ツバキ・ヒサカキなど亜熱帯性照葉樹林に覆われた原生林で、中には3基の円墳もあると伝えられています。
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気多大社の御朱印。直書き頂きました。
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限定御朱印(書置き)です。
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続いて加賀国一宮の白山比咩神社へ
こちらは、15年ぶりの参拝になります。 -
樹齢約800年の御神木の老杉のほか、巨木が並びます。
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日本三名山の一つに数えられる白山は「白き神々の座」として古くから都人たちのあこがれの山でした。その白山を御神体とする白山比咩神社は、全国に約三千社ある白山神社の総本宮です。
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御祭神の白山比咩大神は、またの名を菊理媛神といい、ご縁をくくる神と言われます。
白山比咩神社 (白山ひめ神社) 寺・神社・教会
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白山比咩神社の御朱印。直書きです。
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