2026/06/20 - 2026/06/20
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+mo2さん
この旅行記スケジュールを元に
東京・六本木の国立新美術館で6月10日(水)より開幕した、展覧会「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」を見に行ってきましたが、同時開催中の「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」も見てきました。
開催概要 HPより~
国立新美術館では、アジア人で初めてパリ・オートクチュール正会員となり、日本のファッションを牽引した森英恵の没後初となる回顧展を、生誕100年を迎えた2026年春に開催いたします。1950年代にキャリアを開始した森英恵は、当初、映画衣装の制作を通じて頭角を現すようになります。戦後の高度経済成長期の日本において、家庭を持ちながらデザイナーとして社会的にも大きな仕事を成し遂げる姿は、新しい女性像の先駆けとして注目されるようになりました。そのような中で森が1961年、雑誌『装苑』にて新たに提唱したのが「ヴァイタル・タイプ」という人物像です。快活で努力を惜しまないその姿は、森のその後の生き方とも大きく重なるものでした。1965年にはニューヨークコレクションにデビューして以降、日本のみならず晩年まで世界を股にかけて活動を続けました。
本展はオートクチュールのドレス、資料、初公開となる作品を含む約400点を通じて、森のものづくりの全貌を明らかにします。
本展も全作品、写真撮影OKだったので、旅行記2つに分割します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 新幹線 私鉄
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国立新美術館、雨が降ってきました。
国立新美術館 美術館・博物館
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本展は、オートクチュールのドレスを中心に、資料や映像、初公開作品を含む約400点で構成。森が提唱した人物像「ヴァイタル・タイプ」を軸に、その創作の軌跡と思想、さらには時代との関係性を多角的に検証します。
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第1章 日本の森英恵 ヴァイタル・タイプ
「ヴァイタル・タイプ」とは、森が1961年1月号の雑誌『装苑』で提唱した人物像です。生き生きとして生命力に溢れ、俊敏げに目を光らせた女性。そして、一生懸命になれる仕事を持ち、努力を惜しまない活動家。それはまさに森英恵自身の姿とも重なるものでした。ここでは当時の取材記事を取り上げ、森自身が「アーティストであり、働く女性であり、妻であり母である」という新しい女性イメージを牽引する存在だったこと、そうした姿を洋服を作ることを通して創出していた様子を辿ります。また、森自身がこの時期に中心的に取り組み、当時を「修行時代」と振り返り、その後の活動を軌道に乗せる大きなきっかけとなった映画衣装の仕事についても紹介します。 -
「1961年の魅力 ヴァイタル・タイプ」『装苑』1961年1月号」島根県立石見美術館
島根県立石見美術館 美術館・博物館
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・デイドレス(映画『闘牛に賭ける男』衣装)1960年
・赤い花柄の男性用アロハシャツ(映画『狂った果実』衣装)1956年
・デイドレス(映画『波止場の鷹』衣装)ハナヱ・モリ 1967年
・スーツ(映画『私、違っているかしら』衣 装 )ハナヱ・モリ 1966年
・カクテルドレス(映画『二人の世界』衣装)ハナヱ・モリ 1966年 他 -
・カクテルドレス(映画『二人の世界』衣装)ハナヱ・モリ 1966年
・デイドレス(映画『殺人者を消せ』衣装 )ハナヱ・モリ 1964年
・カクテルドレス(映画『黒いダイスが俺を呼ぶ 』衣装 )ハナヱ・モリ 1964年
・ポンチョ(TBSドラマ『 挽歌』衣装)ハナヱ・モリ 1966年 他 -
森英恵の映画衣装 島根県立石見美術館
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イチオシ
息子と輪投げを楽しむデザイナーの森英恵さん|1966年|提供:朝日新聞社 他
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今月の顔 戦後派の代表選手 森英恵さん」『装苑』1961年2月号 他
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「表紙の人 森英恵」『週刊朝日』1963年10月11日号 他
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第2章 アメリカの森英恵
森は1961年に訪れたパリ、ニューヨークに刺激を受けたことをきっかけに、日本の美意識について改めて知ろうと、日本美術・文学・そして日本の布地について自ら学び直した。このときの研究成果をもとに、65年にニューヨークで初となるコレクション「MIYABIYAKA(雅やか)」を発表。「East Meets West(東と西の出会い)」と報じられ好評を得て、同地の高級百貨店での取り扱いがはじまりました。 -
・イヴニングアンサンブル(ジャケット、ディナードレス )ハナヱ・モリ 1965年
・イヴニングアンサンブル(ショートコート、ドレス)ハナヱ・モリ 1964年
・イヴニングアンサンブル(ジャケット、ディナードレス )ハナヱ・モリ 1965年秋冬 島根県立石見美術館 -
(右)イヴニングアンサンブル(コート、ドレス)ハナヱ・モリ 1968年 島根県立石見美術館~帯地風に仕立てた西陣織のイヴニングコート、赤と白の絹 サテンのロングドレス、赤い絹サテンのベルト
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(左)デイアンサンブルハナヱ・モリ 1965年 公益財団法人 京都服飾文化
研究財団 ~菊、桔梗、萩、桐、流水を組み合わせた和風の柄を染めた鬼しぼ縮緬のトップタイトスカート
(中)イヴニングアンサンブル(ジャケット、ドレス )ハナヱ・モリ 1968年 島根県立石見美術館~漢字柄を織り込んだ金色の西陣織の帯地のジャケット、金色の糸で手編みしたドレス -
左から
・イヴニングドレス ハナヱ・モリ 1970年頃 島根県立石見美術館~菊や格子を組み合わせた柄を染めたワンピースドレス、絹シフォンと絹ツイルを重ねている、紺色ベルベットのベルト付き
・イヴニングドレス ハナヱ・モリ オートクチュール 1974/1979年~絹シフォンを重ねたパンツとトップのアンサンブル。身頃は幾何学にボタン柄のテキスタイル、共布のストール付き -
続き左から
・イヴニングドレス ハナヱ・モリ 1970年頃~松竹梅の柄を染めたワンピースドレス、絹シフォンと絹ツイルを重ねている、ベルベットのベルト付き
・イヴニングドレス ハナヱ・モリ 1970-71年頃 文化学園ファッションリソースセンター~竹と雲の柄を染めたワンピースドレス、絹シフォンと絹ツイルを重ねている -
1965年、アメリカへと活動の場を広げた森英恵は、着物文化を背景に成熟していた日本産の帯地や絹織物で制作した作品を発表しました。高品質な絹地に鮮やかな色彩のプリントを施したオリジナルの布地は、日本的美の表現としてすぐに注目を集めるようになります。
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(右)ドレス ハナヱ・モリ 1972-73年頃~牡丹を染めた鬼しぼ縮緬のドレス、共布のベルト付き
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(左)ドレス(伊予絣 ハナヱ・モリ オートクチュール 2004年春夏~伊予絣のベアトップのドレス、共布のボレロ エナメルのリボン飾り付き
(中左)ドレス(伊予絣)ハナヱ・モリ オートクチュール 2004年春夏~伊予絣のジャケット、伊予絣とレースを組み合わせたドレス -
イチオシ
(左)ジャンプスーツ、巾着 スタジオV 1975年頃~松葉をプリントした綿の浴衣地のジャンプスーツ、共布のバッグ付き
(右)デイドレス ヴィヴィド 1975年頃~松葉、ひょうたん、撫子などを染めた綿の浴衣地のワンピースドレス -
HANAE MORI PERFUME 資生堂 1969年
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ドレス ハナヱ・モリ 1967-69年 頃~ピンクと金 の糸で桐紋と菊紋を織り出した帯地のミニワンピース・ドレス、襟と袖口に白の絹サテン、ビーズで作った飾りボタン
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イチオシ
「ディスカバリー・ジャパン」と「ハナエ・モリ・バンロン」
(中)デイドレス ヴィヴィド 1969年
(中右)デイドレス ヴィヴィド 1969年以降
(右)デイドレス ヴィヴィド 1969年以降 -
(左)デイドレス ヴィヴィド 1969年以降
(中左)デイドレス ヴィヴィド 1969年以降
本章では、海外進出期の作品や資料を通じて、森が日本人デザイナーとして世界と向き合った軌跡をたどります。オートクチュールという制度のなかで独自の美意識を打ち出し続けた姿勢は、日本文化の翻訳者としての側面も示している。東西の文化を横断するデザイン言語の形成過程が、具体的な衣装とともに提示される点が見どころです。 -
1970年に始まった国鉄の大キャンペーン「ディスカバー・ジャパン」は日本人の旅行形態を大きく変えました。それまでの画一的な有名観光地への団体旅行から、若い女性の個人・グループに焦点を当て地方へ旅心を誘いました。サブテーマは「美しい日本と私」。キャンペーンをプロデュースした電通の故・藤岡和賀夫氏は、旅先で自分自身や日本人固有の心を発見する「ディスカバー・マイセルフ」こそが隠れた主題だったと説明しています。
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アートディレクション:田中一光「Hanae Mori BAN-LON ’69」ポスター 1969年 公益財団法人DNP文化振興財団
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衣装:森英恵、アートディレクション:中村誠、撮影:横須賀功光 資生堂海外向けポスター 資生堂コスメティクス 1966年 公益財団法人DNP文化振興財団
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ドレス( テキスタイル「 十二単 」)ハナヱ・モリ 1970-71年頃 ~「十二単」柄を染めたワンピースドレス、絹シフォンと羽二重を重ねている、共布のベルト付き
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右近テキスタイル デザインハウス テキスタイル「十二単」原画 1970-71年頃
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(前)ドレス(テキスタイル「牡丹」)ハナヱ・モリ 1976-71年頃
(右)イヴニングドレス(テキスタイル「胡蝶の夢」)ハナヱ・モリ 1973年春夏
(左)アンサンブル(テキスタイル「晩夏に咲く」)ハナヱ・モリ 1972-73年 -
右近テキスタイル デザインハウス テキスタイル「 波 」絵刷り 1965年
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右近テキスタイル デザインハウス|テキスタイル「波」見本 1965年
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(左)イヴニングドレス ハナヱ・モリ 1967年頃 文化学園ファッションリソースセンター~ピンク地に多種の花を染めた絹サテンに同柄の絹シフォンを重ねたロングドレス
(右)イヴニングアンサンブル( ジャンプスーツ、カフタン「菊のパジャマドレス 」)ハナヱ・モリ 1966年~菊をプリントした綾絹と絹シフォンによるカフタン、同柄の綾絹のジャンプスーツ、絹サテンのベルト付き -
(左)伊藤若冲「月下白梅図」1755年 メトロポリタン美術館
(右)『日本美術展―メアリー&ジャクソン・バーク・コレクション選集』開幕式、1975年11月6日 -
イヴニングドレス ハナヱ・モリ 1973年~ピンク地に秋草柄を配した図案のロングドレス 絹シフォンと羽二重を重ねている、ハイネック、ロングスリーヴ、緑のベルベットのベルト付き
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(右)ダイアナ・ヴリーランド、メトロポリタン美術館、コスチュームインスティチュートにて 1978年
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(左)イヴニングドレス ハナヱ・モリ 1967年頃~ピンク地に多種の花を染めた絹サテンに同柄の絹シフォンを重ねたロングドレス
(右)イヴニングアンサンブル( ジャンプスーツ、カフタン「菊のパジャマドレス 」) ハナヱ・モリ 1966年~菊をプリントした綾絹と絹シフォンによるカフタン、同柄の綾絹のジャン プスーツ、絹 サテンのベルト付き -
(左)衣装:森英恵、撮影:奈良原一高、モデル:児島明子、インドで、1966年
(右上)撮影:奈良原一高、遺跡にて、1966年
(右下)EXPO70、インドのナショナル・デーで開かれた「インド・ファッションショーと民族舞踊」で作品披露、毎日新聞社、1970年 -
イヴニングドレス ハナヱ・モリオートクチュール 1982年秋冬~絹サテンに中国伝統の手刺繍、絹サテンのベルト
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中国製ブラウス「HANAE MORI Made in China」
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イヴニングドレス ハナヱ・モリ オートクチュール 1987年秋冬~ザリワークしたマゼンタ色の絹のロングドレス、胸にビーズ刺繍をアップリケ、腰にラッフル飾り
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EXPO70、インドのナショナル・デーで開かれた「インド・ファッションショーと民族舞踊」で作品披露、毎日新聞社、1970年
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イヴニングアンサンブル( ジャケット、ロン グドレス、ポシェット ) ハナヱ・モリ 1976年秋冬~幾何学図形を組み合わせた柄を染めた絹ツイルをキルティングしたジャ
ケット、同柄の絹ツイルと絹シフォンの ロングドレス、ポシェット -
パリで のショーに訪れたソフィア・ローレン 1975年
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アートディレクション:田中一光「森英恵の世界」ポスター 1976年
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第3章 ファッションの情報基盤を作る―出版・映像・表現の場作り
森の活動はファッションにとどまらず、建築やメディアへと広がっていく。第3章「ファッションの情報基盤を作る―出版・映像・表現の場作り」では、自社の成長とともに、新たな情報メディアを立ち上げることで、日本のファッションに関する発信力向上に大きく貢献したハナヱ・モリグループの事業に焦点が当てられます。 -
森は1966年、ファッションハウス森英恵で最新のファッション情報を紹介する媒体である『森英恵流行通信』(69年発行の63号から『流行通信』に改称、2008年に休刊)の刊行を開始。76年には森の長男が編集長を務め、サブカルチャー誌へと発展する『STUDIO VOICE』の制作をはじめたりと、様々なメディアの立ち上げも行いました。
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設計:丹下健三 ハナヱ・モリビル 1978年
さらに78年には表参道のランドマークとなった丹下健三設計のハナヱ・モリビル(2012年に取り壊し)を完成させ、森のショーを開催するほか、ファッションに敏感な人々の交流の場をつくりました。 -
田中一光「HANAE MORI」ポスター 1978 年
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横尾忠則「Antique Market Open!」ポスター 1978年
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内装:横尾忠則「カフェ猫」オープン準備時写真 1978年
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アートディレクション:田中一光 HANAE MORI ショッピングバッグ 1978 年
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イチオシ
客室乗務員制服(4代目)~(6代目)日本航空株式会社 1967年~1977年
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ATMフェイス制服 夏服・冬服 2000年
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客室乗務員制服 客室乗務員制服
森英恵は日本航空などの企業やオリンピック日本選手団、公共施設や学校の制服を多数手掛けています。集団で着用された時に表現される美しさを「集団美」として尊び、服の力で着用者の仕事や暮らしを支えることに意義を見出していました。
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