2025/04/26 - 2025/04/26
4430位(同エリア4610件中)
mitsuさん
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やっと,日付が変ってプラハ観光4日目になります
今日は,市街の西側,ストラホフ修道院方向の観光です
ヴァレンシュタイン宮殿を出て,カレル橋を渡ります
全体の大まかな行程は以下になります
今日は,★☆★です (^^)/
4/13(日) 成田⇒ドバイ⇒
4/14(月) ⇒アムステルダム フォーレンダム観光
4/15(火) アムステルダム,ホールン,エダム観光
4/16(水) アムステルダム国立美術館,市内観光
4/17(木) ギートホルン観光
4/18(金) キューケンホフ観光
4/19(土) ザーンセ・スカンス観光⇒ロッテルダムへ移動
4/20(日) デハール城,ユトレヒト観光
4/21(月) キンデルダイク,デルフト観光
4/22(火) ハーグ観光
4/23(水) プラハへ移動とプチ観光
4/24(木) プラハ観光+コンサート
4/25(金) プラハ観光+コンサート
★☆★4/26(土) プラハ観光
4/27(日) プラハ観光
4/28(月) プラハ観光
4/29(火) チェスキー・クルムロフへ移動⇒観光
4/30(水) プラハへ移動・観光
5/1(木) パリへ移動,観光
5/2(金) パリ観光
5/3(土) ヴェルサイユ宮殿観光
5/4(日) パリ観光
5/5(月) 体調不良により観光無し
5/6(火) 体調不良により観光無し
5/7(水) パリ観光
5/8(木) シャルトルへ移動・観光
5/9(金) パリ観光
5/10(土) パリ観光
5/11(日) パリ観光
5/12(月) ベルノンへ移動・観光,パリ観光
5/13(火) パリ観光
5/14(水) パリ観光後⇒ドバイへ移動
5/15(木) ドバイ観光⇒成田へ向けて出発
5/16(金) 成田着
7/11(火) チューリッヒプチ観光後,ドバイへ出発
★☆★7/12(水) ドバイ入国・観光
全体の大まかな行程は以下になります
今日は,★☆★です (^^)/
4/13(日) 成田⇒ドバイ⇒
4/14(月) ⇒アムステルダム フォーレンダム観光
4/15(火) アムステルダム,ホールン,エダム観光
4/16(水) アムステルダム国立美術館,市内観光
4/17(木) ギートホルン観光
4/18(金) キューケンホフ観光
4/19(土) ザーンセ・スカンス観光⇒ロッテルダムへ移動
4/20(日) デハール城,ユトレヒト観光
4/21(月) キンデルダイク,デルフト観光
4/22(火) ハーグ観光
4/23(水) プラハへ移動とプチ観光
4/24(木) プラハ観光+コンサート
4/25(金) プラハ観光+コンサート
★☆★4/26(土) プラハ観光
4/27(日) プラハ観光
4/28(月) プラハ観光
4/29(火) チェスキー・クルムロフへ移動⇒観光
4/30(水) プラハへ移動・観光
5/1(木) パリへ移動,観光
5/2(金) パリ観光
5/3(土) ヴェルサイユ宮殿観光
5/4(日) パリ観光
5/5(月) 体調不良により観光無し
5/6(火) 体調不良により観光無し
5/7(水) パリ観光
5/8(木) シャルトルへ移動・観光
5/9(金) パリ観光
5/10(土) パリ観光
5/11(日) パリ観光
5/12(月) ベルノンへ移動・観光,パリ観光
5/13(火) パリ観光
5/14(水) パリ観光後⇒ドバイへ移動
5/15(木) ドバイ観光⇒成田へ向けて出発
5/16(金) 成田着
7/11(火) チューリッヒプチ観光後,ドバイへ出発
★☆★7/12(水) ドバイ入国・観光
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ヴァレンシュタイン宮殿を出て、そのままマラー・ストラナの静かな通りをぶらぶら。
-
石畳の道沿いに並ぶ淡い色の建物や、小さなホテルの看板を眺めながら歩くだけで、
“プラハを歩いているんだなぁ”としみじみ感じられる時間でした。 -
散策
-
静かな路地を歩いていくと、奥に教会の塔が見えてきて、プラハらしい落ち着いた街並みを楽しめました。
-
レストランの入口にはイースターの飾りがかかっていて、通りを歩くだけで季節の明るさを感じます。
-
窓のまわりにもイースターの飾りがあって、街角がほんのり華やいで見えました。
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建物の入口の上にある鹿のレリーフがとても印象的で、歩いているだけで歴史ある街並みの深みを感じました。
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近くで見ると、鹿と人物の表情や動きが細かく彫られていて、職人の技がそのまま残っているようでした。
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建物の角に、十字架と記念プレートが静かに飾られていて、街を歩く途中でふと足を止めたくなるような落ち着いた雰囲気でした。
-
この記念プレートには、ここで暮らし活動していたアウグスティノ会の修道士アウグスティン・F・シューベルト博士が、信仰と祖国の未来のために命を捧げ、1942年にダッハウ強制収容所で殉教したことが刻まれていて、静かにその生涯を偲ばせるものでした。
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こちらのプレートには、聖トマス教会とアウグスティノ会修道院が13世紀末に創設され、火災後の修復や歴史上の人物の活動、18世紀の彫刻制作など、長い年月を経て受け継がれてきた建物の歴史が丁寧に記されていました。
-
カラフルなラッピング電車が通り過ぎていくのを眺めながら、古い街並みに現代のデザインが混ざるプラハらしい景色を楽しみました。
MOGU MOGU モグモグってなんだろう -
石畳の通りを進むと、マラー ・ストラナ橋塔が見えてきて、観光客でにぎわう活気と中世の雰囲気がいっしょに感じられる場所でした。
-
マラー ・ストラナ橋塔の近くは歩行者ゾーンになっていて、人の流れやお店の看板がにぎやかで、プラハ散策のワクワク感が一気に高まりました。
-
マラー ・ストラナ橋塔の下を人々が行き交っていて、プラハらしい重厚さとにぎわいが同時に感じられる場所でした。
-
見上げると細かな装飾までよく見えて、長い年月を経てきた建物の存在感に思わず立ち止まりました。
-
アーチの向こうに続く通りが明るく開けていて、この先にどんな景色が待っているのか歩くのが楽しみになる瞬間でした。
-
カレル橋は、1342年の洪水で壊れたユディト橋の代わりとして、1357年にカール4世の命で建設が始まり、1402年に完成したプラハ最古の石橋です。
1870年から「カレル橋」と呼ばれるようになりました。
砂岩で造られ、長さ約516メートル・幅約9.5メートルという当時としては非常に大きな橋で、16のアーチの上に架かっています。
両端には小地区橋塔と旧市街橋塔が立ち、橋の象徴になっています。
歴史の中で何度も洪水被害を受け、
1432年、1784年、そして1890年には上流から流れ込んだ木材でアーチが壊れるなど、大きな損傷を受けながらも修復され、今の姿が残されています。 -
聖コスマスと聖ダミアヌスの像(1709年マイヤー作)
1683年から1928年にかけて、橋を飾るために30体の聖人像が彫られ、その中でも最も有名なのは聖ヨハネ・ネポムツキーの像です。 -
この像は、医師の守護聖人である双子の聖コスマスと聖ダミアヌス、そして中央に立つキリストを表しています。
2人は当時のプラハ大学教授の服装をしており、薬の容器 と 殉教を象徴する棕櫚の葉 を持っています。
彼らは3世紀ごろの実在の医師で、お金を取らずに治療したことから「無償の医師」と呼ばれ、のちに 医師・薬剤師の守護聖人 になりました。
また、台座の碑文では,コスマスはヒポクラテス、ダミアヌスはガレノスになぞらえて 描かれています。 -
聖ヴァーツラフ像(ヨゼフ・カミル・ベーム作・1859年)
この聖ヴァーツラフ像は、盲人のためのクラー研究所を創設した人物の息子、パヴェル・アロイス・クラーが、研究所の創立25周年を記念して寄付したものです。 -
聖ヴァーツラフ像 ― ヨゼフ・カミル・ベーム作(1859年)
聖ヴァーツラフ像の台座には、盲人のためのクラー研究所が創設されてから25周年を記念して、1857年10月にプラハで行われた式典のことが刻まれていました。
静かな祈りの言葉とともに、この像が地域の人々に大切にされてきた歴史を感じられました。 -
聖ヴァーツラフ像 ― ヨゼフ・カミル・ベーム作(1859年)
碑文には, 「わたしたちのために祈ってください」 「ボヘミアにおける成人盲人施設の創設から第5の5年期(=25周年)を祝う記念として、1857年10月、プラハにて」と,刻まれていました。 -
聖ヴィート像(1714年・フェルディナント・マクシミリアン・ブロコフ作)
この像は、3世紀にシチリアで生きた聖ヴィートを表しています。
聖ヴィートはローマ軍の兵士の姿で立ち、足元には本来彼を殺すために放たれたはずのライオンが、逆におとなしく横たわっている様子が表現されています。 -
聖ヴィート像(フェルディナント・マクシミリアン・ブロコフ作 (1714 年))
聖ヴィートは、熱いピッチの大釜に入れられても傷ひとつ負わず、その後も牢獄で拷問を受けながら殉教したと伝えられています。
彼は ボヘミアの守護聖人 であり、さらに てんかん患者・ダンサー・俳優・喜劇役者の守護聖人 としても知られています。
また、ヴァーツラフ公は皇帝ハインリヒから聖ヴィートの聖遺物(肩当て) を贈られ、この聖人をたたえるために神殿を建てたと伝えられています。 -
マタの聖ヨハネ像と聖フェリックスと聖イワン像(1714年・ブロコフ作)
この彫刻群は、12世紀に聖ヨハネと聖フェリックスが設立した三位一体会のために作られたものです。
三位一体会は、異教徒に捕らわれたキリスト教徒を救い出すことを目的とした修道会でした。
岩の上には、手錠が壊れた聖ヨハネが立ち、その隣に聖フェリックス、少し下には守護聖人として隠者イワンが立っています。 -
マタの聖ヨハネ像と聖フェリックスと聖イワン象(1714年ブロコフ作)
岩の下には鉄格子の洞窟があり、そこには捕らわれたキリスト教徒たちが閉じ込められ、犬や鞭、サーベルを持ったトルコ人に見張られています。
さらに、トルコ人の後ろには角の間に十字架を持つ鹿が描かれており、これは修道会の創設者たちが隠者として森で暮らしていた頃、瞑想中に青と赤の十字架をつけた鹿の幻影が現れたという伝承を表しています。 -
聖ベニーツィ像(1714年・マントル作)
この聖ベニーツィ像は、カレル橋で唯一の大理石像で、セルヴィット修道会の依頼によりザルツブルクで制作されました。
作者もその修道会の一員で、完成後に橋へ設置されたものです。
聖フィリップ・ベニーツィは熱心な説教者として知られ、修道会の総代理に任命されました。
教皇に選ばれそうになりましたが、その地位を辞退したため、右足の後ろに教皇冠が置かれていることでその出来事が表されています。 -
聖ベニーツィ(1714年マントル作)
像の左手には十字架・花の小枝・本があり、彼の信仰と教えを象徴しています。
2000年には大規模な修復が行われ、修復家イジー・ディヴィシュがボジャノフ砂岩の4つの石から新しい台座(高さ1.8m・重さ3.5t)を作り、像そのものはミハル・トムシェとイジー・カイフォスがリヒテンシュタイン家の支援で修復しました。 -
聖アダルベルト像(1709年・ブロコフ作)
この聖アダルベルト像は、豪華なプリーツの衣をまとい、天使像と旧市街の市会議員マルクス・ヨアネッリ家の紋章が飾られた台座の上に立っています。
オリジナルはヴィシェフラドのゴルリツェに保管されており、現在カレル橋にある像は、ヴォイチェフとカレル・ホジーネクによって制作された複製で、1973年から設置されています。 -
聖アダルベルト像(1709年ブロコフ作)
聖アダルベルト(ヴォイチェフ)は、プラハの第二代司教であり、ブレヴノフにベネディクト会修道院を創設した人物として知られています。
一族がヴルショヴェツ家に襲われた際にはローマに避難していましたが、帰国後はバルト海沿岸のプロイセン人への宣教に向かい、997年に殉教しました。
彼はその生涯から、中央ヨーロッパ全域で深く敬われる聖人となっています。 -
カレル橋の上は人でにぎわっていて、青空の下をゆっくり歩くだけで気持ちが明るくなるような雰囲気でした。
写真や絵を並べるお店もあって、散策の楽しさが広がる場所でした。 -
マラー ・ストラナ橋塔へ続く道は、観光客の活気と古い街並みがほどよく混ざり合っていて、歩いているだけでワクワクするような景色でした。
空の青さも街にぴったりで、気持ちのいい時間でした。 -
聖カイエタヌス像(1709年・ブロコフ作)
この聖カイエタヌス像は、天使や雲などの華やかなバロック装飾が特徴の彫刻です。 -
聖カイエタヌス象(1709年ブロコフ作)
制作費は、かつてプラハにあったカエタン修道会(テアティン修道会)が負担しました。
聖カイエタヌスは16世紀にこの修道会を設立し、ペストが流行した時には多くの人々を助けたことで知られています。 -
聖ルトガルド像(1710年・ブロコフ作)
この聖ルトガルド像は、ブロコフが手がけた現存作の中で最初期のもので、カレル橋でも特に芸術性が高い作品とされています。
砂岩で作られた彫刻群は、ベルニーニの「聖テレサの法悦」に影響を受けた可能性があり、プラシーのシトー会修道院長エヴジェン・ティットルによって制作されました。 -
聖ルトガルド像(1710年・ブロコフ作)
オリジナルは国立博物館に保管され、現在の像は1995年にJ・ノヴァークとB・ラクが制作した複製です。
ルトガルドは12~13世紀に現在のベルギーで暮らしたシトー会の修道女で、晩年の12年間は盲目でしたが、亡くなる直前に十字架上のキリストが彼女を抱きしめる幻視を見たと伝えられています。
この神秘的な体験が、ブロコフの彫刻にも表現されています。 -
聖ルトガルド(1710年ブロコフ作)
「シトー会に属する聖ルトガルド」ということを示す銘板です。 -
聖アウグスティヌス像(1708年・J.B.コール作)
この像の聖アウグスティヌスは、燃える心臓を手に持ち、足元では異端の本を踏みつけています。
オリジナルは現在ヴィシェフラドのゴルリツェに保管され、カレル橋にある像は1971年に彫刻家たちによって作られた複製です。 -
聖アウグスティヌス(1708年J・Bコール作)
聖アウグスティヌスは354年に現在のアルジェリアで生まれ、幼い頃から聡明でしたが、若い頃は楽しむことも好きだったと伝えられています。
のちにアンブロシウス司教の熱心な説教に心を動かされてキリスト教に改宗し、
396年には自ら司教に選ばれました。
彼は修道士の生活規則をまとめ、その教えは後の多くの修道会に受け継がれていきました。 -
聖アウグスティヌス像(1708年・J.B.コール作)
この像の台座には、寄進者であるアウグスティヌス会の紋章が刻まれています。
「学問の父であり、修道会の偉大な指導者である聖アウグスティヌスに、敬虔な思いを込めてこの像を捧げる」 -
聖ニコラス像(1708年・コール作)
聖ニコラスは13世紀末から14世紀初めに生きた聖人で、奇跡を起こし、病人を癒したことで広く知られています。
18歳でアウグスティヌス修道会に入り、その後はイタリアのトレントで活動しました。 -
聖ニコラス像(1708年・コール作)
この像は、貧しい人々にパンを分け与える聖ニコラスの姿を表していて、聖トマス・アウグスティヌス修道会の依頼で制作されました。
現在カレル橋に立っている像は、1969年にヤン・ジリコフスキーが制作した複製で、オリジナルはヴィシェフラドのゴルリツェに保管されています。
信仰と慈愛を象徴する聖人として、今も多くの人々に敬われています。 -
聖ニコラス(1708年コール作)
「信者を慰める聖ニコラスに、祝別されたパンから血が流れるという奇跡を行った聖人として敬意を込めて捧げる」 -
橋の上は人が行き交っていて、観光のにぎわいと街の落ち着いた雰囲気がちょうどよく混ざっていました。
青空の下を歩くだけで、気持ちが少し軽くなるような景色でした。 -
聖ユダ・タダエウス(1708年メイヤー作)
キリストの使徒の一人が、福音書と、異教徒たちが彼を殺害した際に使用した棍棒を手にしている姿です。 -
聖ユダ・タダエウス(1708年メイヤー作)
この彫刻は、騎士ミトロフスキーのフランティシェク・セジマによって依頼されました。 -
聖ユダ・タダエウス(1708年メイヤー作)
碑文は、「キリストに献身した聖人に、この像を捧げる」 という敬意を表す内容になっています。 -
聖ウィンケンティウスと聖プロコプ像(1712年・ブロコフ作)
この彫刻は、ドミニコ会修道士の聖ヴィンセント(ウィンケンティウス)と、チェコの守護聖人でサザヴァ修道院の創設者である聖プロコプを表しています。
聖ヴィンセントは裕福なバレンシアのフェレール家の出身で、死者を蘇らせたり、悪魔に取り憑かれた人を癒したと伝えられています。
像では、棺の中の死者を蘇らせ、腕を上げて悪魔を追い払う姿が表されています。
聖プロコプは、松葉杖で悪魔を押し退ける姿で描かれています。
彼はチェコで深く敬われる聖人で、修道院長として多くの人々を導きました。
台座には3体のカリアティードがあり、聖ヴィンセントによってキリスト教に改宗したサラセン人とユダヤ人の胸像、そして聖プロコプに鎖でつながれた泣いている悪魔が彫られています。
さらにレリーフには、最後の審判や、聖プロコプが悪魔とともに畑を耕す伝説が描かれています。
バチカンの記録によると、この2人の聖人は 10万人の罪人を救い、数千人のサラセン人とユダヤ人をキリスト教に導き、多くの悪魔を鎮めた とされています。 -
川沿いの景色がとても穏やかで、建物の色合いと水の流れがよく合っていました。
小さなボートが行き交う様子もゆったりしていて、眺めているだけで気持ちが落ち着く場所でした。 -
聖アントニウス像(1707年・メイヤー作)
この像は、フランシスコ会修道士の衣をまとった聖アントニウスが、幼子イエスとユリの花を抱いている姿を表した砂岩の彫像です。
足元には、かつて装飾的な錬鉄製のランタンが置かれていたと伝えられています。 -
聖アントニウス(1707年メイヤー作)
この彫像の制作費は、当時プラハ城の最高城代官だったクリシュトフ・モジツ・ヴィットハウアーによって支払われました。
聖アントニウス(パドヴァのアントニオ)はポルトガル出身で、フランシスコ会に属し、非常に雄弁な説教者として知られています。
生涯の多くをアッシジで過ごし、1231年にパドヴァで亡くなりました。
その後、彼の墓の上には大きな聖堂が建てられ、今も多くの人々に敬われています。 -
聖フランチェスコ(1855年マックス作)
この場所には、元々はフランティシェク・プライス作のバロック様式の聖人像もありましたが、現在は共和国広場の聖ヨセフ・カプチン教会前に設置されています。 -
聖フランチェスコ(1855年マックス作)
現在の彫刻群は、フランティシェク・コロヴラート=ライプシュタイン伯爵の費用で、1853年の暗殺未遂事件で救われたフランツ・ヨーゼフ1世皇帝を記念して作られました。
聖フランチェスコはフランシスコ会修道会を設立し、クリスマスのキリスト降誕場面の飾り(1233年のクリスマスに初めて作られた)の製作にも携わりました。
この彫刻は、典型的な修道士の服を着た聖フランチェスコを、2人の天使(セラフィム)に挟まれて描いています。 -
川の景色がとても穏やかで、ボートの動きや建物の色合いがゆっくりとした時間をつくっていました。
ここで旅を振り返ると、歩いてきた道のりが少しあたたかく感じられます。このあとも、橋に並ぶ像を見ながら旅は続きます。
ここまでで,凡そ半分の像の紹介です
つづく
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