2016/10/19 - 2016/10/19
47位(同エリア264件中)
jijidarumaさん
- jijidarumaさんTOP
- 旅行記581冊
- クチコミ660件
- Q&A回答107件
- 1,038,769アクセス
- フォロワー108人
【記憶に残るドイツの名所に、モーゼル川のローレライがある。】
日本人観光客をあまり見かけなかった<モーゼル川>では、ライン川にある有名な、伝説のローレライと同じ名を称した場所があるのを、多くの方は知らないだろう。
私自身も何度もこの一帯を走ったものだが、2016年までMoselloreleyモーゼル川のローレライの事は知らなかった。
*ついでに言えば、4Traの投稿にあたって、観光地にライン川流域の場所はあるが、モーゼルやドナウ、エルベ川流域といったものが無いのも妙だ。
参考写真はライン川に比べると、女性的なMosellaufモーゼルの流れのパンフレット
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
本編はまず世に知られたライン川の事から始めよう。
男性名詞のDer Rheinライン川は、【Vater Rhein父なるライン川(全長1,233km)】と称されている。
Der Main マイン川(全長527km)、Der Neckarネッカー川(362km)といったごく少数の川だけは男性名詞だ。
ドイツの河川の殆ど、代表的なDie Donauドナウ川(全長2,860km)、Die Elbeエルベ川(1,091km)、Die Moselモーゼル川(545km)などは女性名詞である。
その男性、女性の決め方は、男性名詞のラインの支流は全てが男性名詞かと思ったが、モーゼルもラインの支流であるが女性名詞になっていた。
それで、川名の由来を調べてみた。ラインやマイン、ネッカー川名の由来は、かつてドイツに居住していたケルト人の言語からくるのだそうだ。ケルト語ではこれらの川は男性名詞だったと云う。
しかも何故か少数派なのが面白い。
ただ、流れる川のイメージでは、ライン川はたいへん男性的であり、モーゼル川は女性的であることだ。
さて、世に知られたライン川のLoreleyローレライの岩山(地図上のラインの556km~550kmの地点)を見に行った。
ライン川に沿った左右両岸の道(国道B9、B42)を走る度に、目にしてきたが、ここでは1975年、2006年のローレライの写真を載せた。
1975年はドイツの自動車免許を取得した翌年の夏期休暇で、初めての大旅行をした。その帰途にライン下りをして、ローレライを眺めた。
2006年はデュッセルドルフを定年後に初めて再訪した時の事だ。
いままで下から岩壁を眺めていたが、この時はローレライの山頂に登って、眼下にライン川が蛇行する様子を眺めたのだ。
岩壁の上に旗が立っているのは昔からで、一度は上に登ってみたいと思っていたが、調べてみたら意外に簡単であった。
写真:ライン川流域観光Map・・・右上にLoreleyfelsenローレライの岩壁を見る。 -
<1975年8月夏の休暇旅行・南ドイツ~スイス>
50年以上前の夏の休暇旅行(1975年8月9日~8月19日 10泊11日)ではロマンチック街道から、南独、オーストリア、スイス巡りをした。
赴任して、家族を連れて最初に行きたかったのはロマンチック街道であり、更に東に走りバイエルンの州都ミュンヘン、私が学んだゲーテ・ドイツ語学校のあったキムゼー湖畔のプリーンでした。
その後、オーストリアに入りザルツブルク、チロルのインスブルックを訪ね、いったんドイツの新白鳥城を見て、リヒテンシュタイン公国、スイスのチューリッヒ、ルツェルン、人気の高い山ユングフラウヨッホに登山列車で登り、氷河を見て、首都ベルン等の地を巡った盛りだくさんの旅でした。
8月19日(火)=>B42・9 Der Rheinライン川の古城巡り:
Auf Schönburgシェーンブルク城に登る。ライン川畔に建つ古城ホテルの中でも最も人気の高いホテルと言われ、何時か泊ってみたいものだ(その後、二度泊まって満足したた)。
この城はロマンティッシャーライン(世界遺産)の中ほどにあたり、Oberweselオーバーヴェーゼルの町の上にある美しい中世の城である。
対岸にLoreleyローレライの岩山を見る。
Burg Katzネコ城、Burg Mausネズミ城、Schloss Rheinfelsラインフェルズ城(こちらも古城ホテル)、Marksburgマルクスブルグ城は現存する中世の城の中で、最も完全な姿を残している。
独特の形状をしたマルクスブルグ城は現在、ドイツ古城教会の本部がある。・・・などなど名前が一致しないままの古城群を遠望しながら、時に停まり、また走った。
写真は左上から時計回りに、対岸にBurg Katzネコ城、家族4人でローレライを背景に撮って頂く、Festung Ehrenbreitsteinーレンブライトシュタイン大要塞からライン川を望んだ、Deutsches Eckドイチェス・エック(ドイツの角:モーゼル川がライン川に流れ込む合流点) -
イチオシ
<2006年5月ドイツ再訪:ライン・モーゼル周遊>
2006.05.15.ライン川のローレライの山頂に登る。
写真中央に車で上がる道があるのが見える。観光バスも上がる道で、山頂にはホテル、休憩所、広い駐車場もある。岩壁の下を走っていては、全く分からない。
132mの岩壁の端まで道と柵が設けられていて、眼下にライン川の蛇行す様子が楽しめるのだ。
≪腹をすかせた石になった7人の姉妹伝説Die 7 Jungfrauen:Hungersteine≫
Auf Schönburgシェーンブルク城にはラインの伝説として“石になった7人の姉妹”の話が今も語られているそうだ。
城主の娘たち・美しい7人の姉妹はいずれも気位が高く、情けをしらない人達であったそうで、それが災いして、ローレライの妖精によって、石にされてしまったと云う。
・・・この石はライン川の難所として、船を幾度も転覆させた、波間に隠れた恐ろしい“Die 7 Jungfrauen:Hungersteine・・7人の乙女・・腹を空かせた石”になったとか!!
ライン下りをすれば、最も有名なローレライの岩近くで、その流れの水底にこの石を見かけるでしょう。
(写真の右下、ライン川の川中に7人の乙女・・腹を空かせた石が黒く見える)
・・・・・
写真は左上から時計回りに、ライン川のローレライの岩壁、ローレライの山頂のMap、ローレライの岩壁(天辺に旗がなびく)、ロレライ山頂の端に立って、バックに猫城、眼下のライン川の蛇行や川の中の危険な岩礁(7人の乙女・・腹を空かせた石)を遠望する、山頂のベルクホテルとローレライの妖精像。ローレライの岩 自然・景勝地
-
ライン川の後は、今日のテーマであるモーゼル川である。
ここからもモーゼル流域を走る。
Mosellaufモーゼルラウフ(モーゼル川の流れ)は全長544 kmある。そのうち意外なことに313 kmはフランス領を流れ、 231 kmがドイツの地を流れている。
参考写真:女性的なMosellaufモーゼルの流れには美しいSchleifeシュライフェ(蛇行)が予想以上に多い。・・・ここはCochemコッヘムの町、中央に帝国城(コッヘム城)が見られ、川の流れに蛇行が見て取れる。 -
参考写真:Mosellaufモーゼル川流域Mapと古城群・・・ライン川の古城群には負けるが、モーゼル川にも古城(古城ホテルも)、城址、歴史的な建造物が残っている。
-
参考写真:モーゼル流域Map・・・モーゼル川はEifelアイフェル地方とHunsrückフンスリュック地方の間を、かつてのローマ軍団の都市Trierトリアーから、ライン川に合流するドイツの角・Konlenzコブレンツに向けて流れている。
-
写真:モーゼルワイン街道の標識・・・ブドウの産地、モーゼル川の蛇行を示したデザインが好ましい。
-
イチオシ
モーゼル川をPiesportピースポートから上流のTrittenheimトリッテンハイム(下流のコブレンツからの距離はモーゼル川155kmの地点)にさかのぼると、途中にNeumagen-Dhronノイマーゲン・ドロンの村に行きつく。
この村にはかつてのローマ人のWeinschiff ワイン舟が見られる。
写真はノイマーゲン・ドロンの村:“ローマ人がWeinschiff ワイン舟を漕いでいる彫像”前で -
<Neumagenノイマーゲン(モーゼル川153kmの地点)>:
モーゼル川の見事な蛇行が見られるトリッテンハイムだったが、昼食の予定がつぶれて、蛇行の事は忘れてしまった。
ともあれ、モーゼルは蛇行のオンパレードだから、その機会は又あるだろうと、ノイマーゲンに行ってみる。ほんのちょっとの訪れだが。
ノイマーゲンは村の中心に“ローマ人がワイン舟を漕いでいる彫像”がある。
1世紀中頃、ローマ人が製法を伝えたモーゼルワインはドイツワインの元祖になる。独特の緑色の瓶が私にとっても昔から好ましい。
参考写真:モーゼル川と古城群Map・・・ベルンカステル・クース(130kmの地点)からPiesportピースポート、Trittenheimトリッテンハイム(155kmの地点)、Neumagen-Dhronノイマーゲン・ドロン経由、Vila Rusticaヴィラ・ルスティカ(170kmの地点、ローマ時代の屋敷跡)までの流域図。モーゼル川の渓谷 滝・河川・湖
-
今回の旅では、珍しいことだが、先に掲示したモーゼルの地図中に“Moselloreleyモーゼルのローレライ”と書かれているのを見つけた。
昔からこのあたりを走り、写真も良く撮ったのだが、モーゼル川のローレライについては全く知らなかったわけだ。
ノイマーゲンから戻り、ピースポートの村に至る。
写真:モーゼル川のピースポートの村 -
PiesportピースポートからMinheimミンハイム(人口458人、太陽の半島と称される)にかけて大きな蛇行の流れが見られ、この辺りは3つの蛇行(ミンハイムの紋章は3つの蛇行をデザインした形になっている)が見られるからすごい。
川の蛇行好きにはこたえられない場所だ。
Moselschleife im Moseltal zwischen Bernkastel-Kues und Trier, genauer zwischen Minheim und Neumagen.
モーゼル川の蛇行はベルンカステル・クースとトリアーの間、特にミンハイムとノイ―マ―ゲンの間で見事な蛇行を見せている。
しかも、蛇行の地モーゼル川の中流の町PiesportピースポートとMinheimミンハイムの間の丘陵地)を“Moselloreleyモーゼルのローレライ”だと称している。
参考写真はMoselloreleyモーゼルローレライのMap・・・ローレライは地図の中央赤い四角内。 -
die Moseluferstraßeモーゼル川の川沿いを走る街道であるB53は国道53号線であり、この道に沿って走ると対岸に見える崖がモーゼル川のローレライで、モーゼル川の145.5km地点にある。
参考写真:Moselloreleyモーゼルローレライの岩壁が見える。 -
参考写真:Moselschleife-bei-Piesportピースポート近くの モーゼルの蛇行
-
調べてみると、“ラインのローレライ”の猛々しい岩壁とは大違いだが、“モーゼルのローレライ”は蛇行のカーブに面した所で、特別に目立ったものは無いが、川からの高さ85mにある急斜面のSchiefer板岩の崖(写真中央)だと説明があった。
そう云われてみると、なるほどと思えてくる。
ライン川には世に知られたローレライがあり、それなら、モーゼルにも無ければと、世の知恵者が考えたのだろう。
1940年3月、トリアー市の広報紙で、この地の岩壁を「モーゼル川のローレライ」と記載したのが初めてらしい。そして、ベルンカステル地域の自然記念物として、リストアップされたと・・・。
だが取り立てて、世に宣伝した様子はない。
いずれにせよ、私が手持ちの古いドイツの観光書Aral Auto Buch1974・75年にはモーゼル川のローレライについて何も書かれていない。
参考写真:中央右手が“Moselloreleyモーゼルのローレライ”と云われている地点だ。 -
ローレライの岩壁の高さは海抜262m、モーゼル川の川面から150mの高さにあると云う。
ミンハイムに渡る橋(村道K53)の上から右手に見える。
丁度、モーゼル川の蛇行が見られる場所である。
参考写真:ピースポートのMoselloreleyモーゼルローレライの岩壁が見える。 -
参考写真:Grauberg_bei_Minheimミンハイム傍のグラウベルク
-
参考写真:“Moselloreleyモーゼルのローレライ”(146kmの地点)
-
参考写真:“Moselloreleyモーゼルのローレライ”の崖にも葡萄畑があり、看板を見るとゼクト(シャンパン)を産するらしい。
ボートを使って作業するとはすごい。 -
参考写真:Reinsport-Schiffsanleger-FGS_BKS・・・Bernkastel-Kuesの略語はBKSでベルンカステル・クースから就航している観光船が、ここで乗り降りするようだ。
-
さて、ライン川のローレライと、全く異なった景観を示した「モーゼル川のローレライ」ですが、御存じだったでしょうか!
写真:モーゼル川の景観・・・右手に少し行くとローレライの岩壁がある。 -
イチオシ
写真:モーゼル川の景観・・・ピースポートからミンハイムの村に渡る橋(村道K53)から見る風景。右手奥にローレライの岩壁がみえる。
-
<PiesportピースポートとMinheimミンハイム(モーゼル川145kmの地点)>:
名醸地として知られたPiesportピースポート一帯はB53の道路の両脇に広大な平地が続く。それらは葡萄畑がずっと広がっていて、向こう岸の斜面も高々と開拓された葡萄畑だ。モーゼル下りにくると、いつもここで休憩し、写真を撮るのだ。
嬉しいことに午前の時は天気も曇り、今は晴れだ。村の人口2,000人。
2006年5月、2010年10月と退職後の旅で二度もこの街道を巡ったから、2016年は少し短めの行程にした。
モーゼル川流域にはライン川流域ほど古城を連続して見る事がない。川もラインとは異なり、ご覧のようにゆっくり、ゆったりとした流れである。
少し先のMinheimミンハイムの村に渡る橋から見る風景にはいつも感嘆するが、まだ秋も深くなっていないようで紅葉が少ない。
写真:モーゼル川の景観・・・ピースポートからミンハイムの村に渡る橋から見る風景。ローレライの岩壁は右手奥にある。 -
この辺りも大きくモーゼル川が蛇行して流れていて、ピースポートは蛇行の頭にあたる。
St.Michael聖ミカエル教会のバロック様式の内装、フレスコ画の天井が見どころだと云われているが、この村は景色だけ撮って、いつも通過してしまう。
写真:モーゼル川の景観・・・ピースポート近辺の葡萄畑。 -
ここでは、まだモーゼル地域でもその存在が一般的に認識されていなかったようで、土産の下敷きにはMoselloreleyモーゼル川のローレライの写真が無い。
<スキャンした土産の下敷き>
Mosel Romantikロマンチックなモーゼル川
・・・
左上から時計回りに、Zell an der Moselツェル・アン・デアー・モーゼル、Moselschleifeモーゼル川の蛇行(Bremmブレム)、Marienburgマリエンブルク、Reichsburg Cochem帝国城 コッヘム、Traben-Trarbachトラーベン・トラ―ルバッハ、Trier・Porta Nigraトリアー・ポルト ニグラ(黒い門)、モーゼルの名城Burg Eltzエルツ城、Bernkastel-Kues・Rathausベルンカステル・クースの市庁舎といったモーゼルの 代表的な観光地が見られる。 -
<スキャンした土産の下敷き>
Mosel Romantikロマンチックなモーゼル川
・・・
Bremmブレム_Hochkesselホッホケッセル421mの丘陵地から望むMoselschleifeモーゼル川の蛇行・・・・・トリアーとコブレンツ間を流れているモーゼル川でもよく知られた蛇行の景色で、モーゼルワインの産地であり、人口690人の小村Bremmブレム傍を流れるモーゼルは見事な蛇行の様子を見せている。 -
<Mosel-Weinstrasseモーゼルワイン街道>
ライン川に流れ込むモーゼル川とその支流Saarザール川、Ruwertalルーヴァー川沿いの地域を指す。
古代ローマ人がこの地でワインをつくっていたと言われ、ドイツワインの発祥の地とうたわれている。産出はほぼ白ワインのみで、ここはドイツで最も優れた白ワインが生まれる地域である。特に二つの銘酒の産地がある。
一つはPiesportピースポートを中心とする、Kluesselrath、Trittenheim、Leiwen、Neumagen-Dhronの村々がある。“Goldtroepfchenゴールド・トレプヒェン”が最高酒として名高い。
もう一つはBernkastel-Kusベルンカステル・クースの地区である。
ここにも、“Doktor Grabenドクトル・グラーベン”等の銘酒がある。
しかしながら全体に共通する、優れた点は香りが高く、軽めのコクとフルーティーな酸味の中にかすかな発泡性が加わった爽やかな味である。
また、世界のぶどう産地の中でも畑の傾斜が最も厳しく機械が使えないため、ぶどうの手入れを人間の手で行うことが多いと言われている。
6つの地域があるが、上流部から順に言えば;
①Moseltor〈 モーゼルトアー 〉:
ペアル、ネンニッヒをはじめとする6つの村を含むが、総栽培面積120haと小さく、特筆すべきワインはない。
②Obermosel〈 オーバーモーゼル・モーゼル上流〉:
ザール川の合流点までのルクセンブルグ国境沿いのこの地区はローマ時代からの古い品種・エルプリング(Elbling)が栽培されていて、ニュートラルで酸のきつい味を有し、主に地元で飲まれるか、ゼクト(シャンパン)の原酒のブレンドに使われている。
③Saar(ザールワイン):
ザールの生産地はモーゼルに合流する前の、わずか20kmほどの流域で、面積も700 haしかない。主な産地にSaarburgザールブルグ、Konzコンツなどの町がある。
この地域は寒く、糖分不足で、優れたワインは難しい地区と言われているが、ベルンカステルよりも個性の強いワインが造られるとも云う。酸味が強く、力強さを持ったワインだが、熟成によって繊細さを持った高貴なワインとなる。
ザール・リースリングの良い年のワインは淡黄金色、林檎のさわやかさを思わせるフルーティーな香り、酸味と甘味の程よい調和があって、爽やかな風味の中に力強さを備えていて、世界の白ワインの女王と称される程の完璧に近いワインが造られる。
Scharzhofbergerシャルツホーフベルガーがその代表。
Saarburg:Rausch
Serrig:Schloss Saarsteiner・Weingut Schloss Saarstein,Serrig
④Ruwertal〈 ルーヴァータル 〉
ルーヴァー川流域のこのワインは、ザールと対称的で男性的性格を持つ。複雑な風味に加え、あるものは、土の香りのようなものを感じさせる力強さを持つ。
Eitelsbach:Karthauerhofberg
Kasel:Nies'chen, Kehrnagel
⑤Bernkastel〈 ベルンカステル;モーゼル中流〉
ベルンカステルを中心に広がるこの地域はモーゼルの中部に位置し、シーファーボーデンと呼ばれるスレート粘板岩の風化した土壌で、香り、味共にニュアンスの豊かなワインを生み出し、昔からその名を知られている銘醸ワインの産地である。
Reil、Enkirch、Traben-Trarbach。
Bernkastel:Doctor,Lay,Graben
Weingut Dr.Loosen,Bernkastel
Weingut Joh.Jos.Prum, Bernkastel-Wehlen
Weingut Markus Molitor,Bernkastel-Wehlen
Wehlen:Sonnenuhr
Piesport:Domherr, Goldtropfchen, Grafenberg, Kreuzwingert, Schubertslay
Weingut Reinhold Haart,Piesport
⑥Zell/Mosel〈 ツェル;モーゼル下流〉
中モーゼルのものに比べると、洗練されたニュアンスに富む味わいに欠けるが、新鮮な酸味とほのかな甘さのバランスが良く、フルーティーな若さを味わうタイプと言える。
日常ワインを造っている。
Puenderich:Marienburg
栽培面積:11785ha 、栽培主品種(Mosel全体):Riesling59%、Mueller-Thurgau14% 、Elbling 6%、Kerner4% 。
(2010.09.19.編集)
・・・・・・・・・
参考写真:Mosel-Weinstrasseモーゼルワイン街道Map -
以下はモーゼル川がらみで。
<Das Forsthaus Schloss Föhren :古城ホテル・シュロスフェーレン>
4部屋、及びDie Ferienwohnung2部屋
Hirschzimmer(鹿の間・2階)
ミューレンの森の中心にある、この古城ホテル(かつての狩猟の館)はTrierトリアーの町から21km東、車で15分のところにある。
その森に2400エーカーの狩猟場を持ち、秋の季節には野生のイノシシ、鹿を獲るのだ。
フェーレンは1445年以来600年近く、神聖ローマ帝国・Kesselstattケッセルシュタット伯爵家の所有であった。その広大な領地はトリアー一帯を占め、他に例のないものであったと云う。
15~17世紀の間は水城であったが、伯爵夫人の話では、その後伯爵夫人の祖母の時代に濠の澱みで蚊などが発生し、また臭いを生じたことから、濠を埋めたててしまった。
現在の城は14世紀に築城され、1663年にバロック様式の宮殿に改装された姿をそのまま残したものである。そして、城の裏手に濠の名残である幾つかの池・沼が残っている。そこは城の周辺を散策する道があった。
見るべきものは周辺のフェーレン渓谷や森に囲まれた古城の外構えである。
連綿とした歴史を感じさせる宮殿は今も伯爵家が住み暮らしている。当代にあたる50代のGrafグラーフ伯爵とGraefinグレーフィン伯爵夫人・Alexandraアレクサンドラと、その両親、子供2人(長男は25歳とか言っていた。)が一緒に2階以上に住み、1階には事務所などがある。傍の建物には義妹が住み、妹夫婦はトリアーに住んでいるとのことだった。城内には結婚の届け出を行う場所もあって、その時は役所の方が出張ってくるらしい。二日目の夜は結婚パーティが私共の部屋の真向かいにある別棟で大勢の出席者が参集し、ダンスも行われ、盛大に祝われていた。
小さなホテル業と、祝宴・パーティ、研修、会議、コンサート、展示会も、この城の様々な建物を利用して行われているようであるが、それとは別に、城の周囲を囲む、ミューレンの森の恵み、広大な敷地から産するリンゴジュース、ジャム、ママレード、蜂蜜、イノシシ、シカ、ノロシカのソーセージなどを作り、販売もしている。
12月にはクリスマスの市も立つのだと云う。
写真:連綿とした歴史を感じさせる宮殿は今も伯爵家が住み暮らしている。 -
B53に沿って大きな蛇行を二つ曲がっていくと、20kmでTraben-Trarbachトラーベン・トラールバッハになるが、そのまま通過する。
更に13km 走ったÜrzigユルツィックもワイン村である。
写真はÜrzigユルツィックというワイン村 -
次の町は大好きなBernkastel-Kusベルンカステル・クースだが、ここも復路による予定で通過、Andelアンデル、Mülheimミュールハイムといった小さな村を抜け、Piesportピースポートに着いた。
村を出たいつも場所で葡萄畑の景観を撮る。やはり黄葉だ。目的地のTrittenheimトリッテンハイムには7km、結局Zellツェレを出てから片道合計68km、11時半頃に到着した。出発したのが10:00だから、一時間半で走ったことになる。
曇天で写真の映りは今一つである。
写真:Ürzigユルツィック・・・モーゼル川の向こう岸の遠望 -
写真はÜrzigユルツィック・・・モーゼル川のこちら側B53沿いの広々としたモーゼルワインの葡萄畑がある。
-
斜面にはÜrziger Würzgartenユルツィッカー・ヴュルツガルテンと言う銘柄の看板が、ここの斜面でも見える。
写真:Ürzigユルツィック・・・午前と違って明るくなった景観、モーゼル川沿いのB53。 -
コブレンツから23km、いつも写真だけ撮るAlkenアルケンの古城Burg Thurantトゥーラント城(1197~1206年にかけて、ライン宮中伯ハインリヒ5世が築城)をまた写す。
左右に塔が立ち、横に長細い形状の山城で、山裾の葡萄畑が少し黄葉している様子が良い。
写真:Alkenアルケンの古城Burg Thurantトゥーラント城 -
<Traben-Trarbachモーゼル川に停泊中の観光船>
この町は19世紀に大火事で焼失している。トラーベン側にはFestungsruine Montroyalモントロイヤル要塞跡(1687年フランス様式の要塞。仏のルイ14世がプファルツ継承戦争の時に築いた)や、ワインの産地だけにワインのお店が多い。
橋と町を守っていたメルヘンチックな町の門が良い。トラールバッハ側に橋を渡り切る寸前に立っているが、今は上がBruecken-Schenkeブリュッケン・シェンケ橋上レストランになっている。橋近くの駐車場に車を停めた。
Grevenburgグレヴェンブルク城址がトラールバッハ側の町の上に残り、モントロイヤル要塞跡に対峙した形になっている。
橋をトラーベン側に渡り、市街を歩き、モーゼル川に停泊中の観光船傍まで行ってみた。川沿いにあるプロムナードは散策の人も多い。観光船傍の椅子に腰かけて、暫しの間、絵になる景色を眺めた。
写真:トラーベン・トラールバッハのモーゼル川に停泊中の観光船 -
<お茶;Schlossberg-Terrasenシュロスベルク‐テラスにて>
Bernkastel-Kues 、Karlstrasse
Euro10(1,277円)
店の看板に秋の名物であるFederweisserフェーダーヴァイサー(発酵を始めたばかりのブドウ果汁)と呼ばれる新ワインと、Zwiebelkuchenツヴィーベルクーヘン(タマネギケーキ)が書いてあった。早速、これを注文した。
グラスいっぱいに注がれたフェーダーヴァイサーや、少々細いツヴィーベルクーヘン。
気の良い親父さんはプラタナスの黄葉した葉の形をした紙に、HPアドレスを書いて、日本に帰ったら見てくれと言いながら、秋の防寒対策にストーブを焚いてくれた。
写真:Federweisserフェーダーヴァイサー(発酵を始めたばかりのブドウ果汁)と呼ばれる新ワインと、Zwiebelkuchenツヴィーベルクーヘン(タマネギケーキ) -
<お茶;Schlosshotel Zellツェル城にて>
Euro5(639円)
Schloss Zell ツェル城(古城ホテル)
D-56856 Zell / Mosel 、Schlossstrasse 8a
若いご夫婦が経営を任されて、ちょうど打ち合わせ中であったが、お茶をしたいとお願いすると、快く応じてくれた。私共二人だけのお茶で、恐縮したものです。
紅茶とコーヒーに自家製のプラリネ2個が付いた。
写真:Schloss Zell ツェル城(古城ホテル)の正面
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2026年02月03日Wiki・HP参考、訳・編集追記)
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
記憶に残るドイツの古城・名所など
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
その他の観光地(ドイツ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 記憶に残るドイツの古城・名所など
0
35