2025/12/13 - 2025/12/13
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kojikojiさん
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「ディンケルスビュール/Dinkelsbühl」までは30分ほどの移動で、ここでもバスは町の外にあるマクドナルド近くのパーキングに停車します。そこから歩いてクリスマス・マーケットの場所まで添乗員さんと一緒に移動します。この町も市壁に囲まれ、その周囲には掘割まで備わっています。ここで小さな門から街の中に入りますが、古い町並みが完全な形で残っています。少し霧が立ち込めるような天気だったので中世の時代に迷い込んだような気になります。マーケットまで進んだところで1時間ほどのフリータイムになます。ここのマーケットは1カ所でとても小さく、ビールを飲んでグリューワインを飲んで早々に終わりにします。町の奥にある「ローテンブルク門/Rothenburger Tor」を抜けると小さな池があり、その光景には見覚えがありました。ああ、母はこんなところまで来ていたのだなと感慨深く塔と池を眺めます。感傷に浸っている時間もなく、そのまま「聖ゲオルク大聖堂/Münster St. Georg Dinkelsbühl」にも参拝します。ドイチェスハウスと呼ばれる上の階が張り出す多数階の特徴的な木造の町屋の中を少し歩き、1時間のフリータイムは終わりました。ここからまたバスに乗り2時間30分の移動で最終目的地の「ハイデルベルグ/Heidelberg」に向かいます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 徒歩
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
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「ネルトリンゲン」から「ディンケルスビュール/Dinkelsbühl」まではバスに乗って30分ほどの移動ですが、その道中には美しい集落がいくつもあります。
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東山魁夷の絵画のような風景が絵巻物のように流れていきます。
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北海道だったら観光客が集まりそうな枝ぶりの木です。
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平飼いの鶏が元気に走っています。最近日本ではあまり見かけない光景です。昔雲南省を旅しているときに入った農家レストランでは足元に鶏が走り、出てきた鶏肉の料理は食べにくかったです。
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午後になって雲が多くなり、霧も出てきたので「ディンケルスビュール」の観光が気になります。
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バスは「ディンケルスビュール」の町外れの駐車場に停車し、そこから10分ほど歩いて町に向かいます。
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ヴェルニッツ川沿いに市壁が続き、その奥に建つ建物が頭を覗かせています。
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ミュールグラーベン歩道橋(Mühlgrabensteg)を渡って町の中に入ります。
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細いヴェルニッツ川ですが、町を護る掘割のような役目を果たしているようです。この町のモットーは「川と草地のロマンティック」なので、その特徴をよく表現していると思います。
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「ディンケルスビュール」に初めて都市が作られたのは1130年頃のことで、それはシュタウフェン家とヴェルフェン家とのローマ王位をめぐる争いの中で、シュタウフェン家の所領を結ぶ防衛拠点の一部として形成されました。
ヴェルニッツ門 建造物
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この町は先日行った「ローテンブルク」のような13世紀に形成された多くの他の街とは異なり、街の中心に長方形のマルクト広場がありません。そのかわり漏斗状のワイン市場から北に延びた市場通りが設けられています。
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旧市街の構造は都市の拡張が14世紀から始まり、1499年には都市文化を象徴する「聖ゲオルク教会/Münster St. Georg Dinkelsbühl」の建設が完了します。街の景観はこれ以後基本的に変わっていないようです。
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多くの歴史的な街とは異なり「ディンケルスビュール」の旧市街は19世紀から20世紀に大規模な拡張がなされました。市を完全に取り巻く市壁が完成し、西側と南側には濠が掘られ、北にはローテンブルガー池が設けられ、東側はヴェルニッツ川につながる洪水調整池が造られました。橋を渡ってきたヴェルニッツ川側からの街のシルエットはこの都市の重要なトレードマークであると感じられました。
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かなり低く立ち込めた霧が古い町並みをさらに荘厳に感じさせます。週末のせいか走る車の数も少なく、小さな町なので通りを歩く人の姿もまばらです。
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旧市街の中に据えられた巨大なクレーンの上には1本のクリスマスツリーが据えられています。これはクリスマスを祝うという言うよりはクリスマスのバカンスに向けて仕事はしないという固い意志表示のように思えました。
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「聖ゲオルク教会」は南ドイツで最も美しい後期ゴシック様式の教会といわれています。1225年にロマネスク様式の教会の横に半月アーチの門がある現在の西塔が造られました。後期ゴシック様式の長堂は「ディンケルスビュール」の町の最盛期の15世紀末にニコラウス・エーゼラー(Nicolaus Eseler)父子によって建設が開始され、聖ゲオルクに捧げる教会として1499年に完成しました。
聖ゲオルク教会 (ディンケルスビュール) 寺院・教会
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クリストフ・フォン・シュミットの像(Statue Christoph von Schmid)は1768年にこの町で生まれ、神学を学んだローマカトリック教会の司祭であり、賛美歌や児童書の著者でもありました。彼の最も有名な歌の1つにクリスマスキャロル「IHR KINDERLEIN, KOMMET(子供たちよ、さあおいで)」があります。
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1827年にはアウクスブルクの大聖堂参事会員となり、学校制度の管理者となりました。シュミットは1837年にバイエルン国王ルートヴィヒ1世によって貴族に列せられました。
https://www.youtube.com/watch?v=5w66BpVvylw -
ドイツ語でファッハヴェルクハウス(Fachwerkhaus)と呼ばれる木骨造の家屋が居並びます。木材で柱や梁などの枠組みを作り、その隙間を土や石で埋めて漆喰で仕上げた壁を作る建築方法です。
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観光客目当てのお土産屋も少なく、中世のままの町の生活がそのまま残されているように感じるとともに、霧の中で違う時代に迷い込んでしまったような気にもなります。
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「カフェ・アム・ミュンスター」の壁面には歴史的な場面を描いた壁画が描かれ、クリスマスツリーを積んだトレーラーが置かれてありました。クリスマスイヴまで2週間も残っていないのにツリーはまだ売れるのでしょうか。
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「ディンケルスビュール」では毎年7月中旬にキンダーツェッヒェ(Kinderzeche)という子供祭りが開催されます。三十年戦争のさなかの1632年春に「ディンケルスビュール」はスウェーデン軍によって一時占領されました。その際に子供たちが町の救済を軍隊長に懇願したために焼き討ちから免れ、町の人々は子供たちに感謝してもてなしたというエピソードに由来します。その場面が描かれているのだと気が付きました。
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これまでモン・サン・ミッシェルへ行く際に立ち寄ったレンヌ、ロワール渓谷の入り口の町トゥール、5月のクルーズで立ち寄った港町オンフルールの町のコロンバージュ(Colombages)、ライン川沿いのコルマールやストラスブール、そしてドイツの数々の町に残されたファッハヴェルクハウス(Fachwerkhaus)を思い出しても一番美しいと思える建物です。
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「ホテル・ドイチェス・ハウス」として営業していますが、こんなホテルにも泊まって見たくなります。
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マリアが幼子イエスを抱く場合は通常心臓のある左側とされるのは古くからの伝承によります。ルカが描いたとされるマリア像は「ホディギトリア」と呼ばれ、右側にイエスを抱いています。イエスが十字架を持っている姿は将来の受難を暗示しています。
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聖マテウスの像も掲げられています。元ローマ帝国の収税人で、突然現れたイエスに「ついてこい。」と言われてそのまま職を捨てて従いました。銀行や税務署の守護聖人とされますが、何の建物にあったのかを見てくるのを忘れました。
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エジプトへの逃避は新約聖書「マタイによる福音書」と外典福音書に記載のあるエピソードで、東方の三博士の訪問の後すぐに養父ヨセフの夢に天使が現れ、付近で生まれた全ての幼児をヘロデ大王が殺害しようとしているのでマリアと幼いイエスを連れてエジプトへ逃げるように告げ、ヨセフはそれに従ったという場面が描かれています。
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クリスマスマーケットの会場までやってきました。ここで解散になりフリータイムを楽しんだ1時間半後に駐車場に停車したバスに集合となります。
シュピタール救貧院 建造物
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この町のクリスマスマーケットもこじんまりとした街の中にあるので小規模なものです。特に買いたいものも無いので一回りした後は喉を潤すことにします。
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ずっと歩いていたのでまずはビールをいただきます。手頃な大きさのジョッキが欲しかったというのも理由の1つです。台所にクリスマスマーケットのカップとジョッキがたくさんあるので妻には嫌がられています。
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クリスマスマーケット時期のヨーロッパには何度も来ていますが、不思議なほどに寒く無い日ばかりです。雪が積もっていたりするので寒い日や天気の悪い日もあるのでしょうが今回もビールが飲みたくなるほどの陽気でした。
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ここで北海道からのご夫婦と合流してグリューワインもいただくことにしました。陶器製のカップの内側の水色が奇麗なのでこちらのカップも持ち帰りました。
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いい気分になった後は少し街歩きを続けることにします。マーケットを出てしまうと北側にはあまり商店もありません。
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「ローテンブルク門/Rothenburger Tor」までやってきました。ここまで来るとさらに歩いている人の姿はまばらになってきます。
ローテンブルグ門 建造物
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町の市壁を越えて外に出るとその姿には見覚えがありました。母の遺した古い写真を見てみるとこの町へも来ていることが分かりました。
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今回の旅では思いがけずに30年近く前に母が旅をしたロマンチック街道の町を訪ねるというミッションが出来てしまいました。
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「ローテンブルガー池」の畔で泳いでいる鴨を眺めながら母がどんな旅をしたのだろうかと考えていました。母が毎日送ってくれた絵葉書が残っているので帰ったら見てみようと思います。
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そんな感慨にふけっていると鴨が喧嘩し始めました。
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また霧が深くなってきました。そろそろ戻り始めないと集合時間に遅れそうです。
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町の中に入っても霧が深くなってきました。
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このクレーンは年明けまで動かないのだろうなという気がします。日本では12月25日にはクリスマスは終わりますが、ヨーロッパでは1月6日の東方の三博士がベツレヘムに誕生したキリストを訪問し、キリストが神の子として公に現れたことを記念する「公現祭(エピファニア」」までがクリスマスとされます。
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戦災を免れたことでドイツの中でも一番中世の建築が残されていると言われる「ディンケルスビュール」を感じることが出来ました。
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少し時間に余裕があるので「聖ジョージ教会」を参拝していくことにします。窓のない教会の入口に隣接する玄関ホールから内陣に入ります。教会内部は三廊式ホール教会で側廊を含めた三廊道の高さはすべて同じようです。網目のヴォールトを支える22本の独立した八角形の柱がメイン通路と側廊を分けています。
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大きなろうそくには2025年と修道士、そして上部が半分まで解けてしまったアルファの文字と下にはオメガが見えています。ΑΩ(アルファオメガ)は新約聖書に現れる語句で、「ヨハネの黙示録」 に主の言葉「私はアルファであり、オメガである」とあります。ギリシャ文字の最初の文字Α(アルファ)と最後の文字Ω(オメガ)が並べられており、最初と最後、すなわち「全て」「永遠」という意味を持ちます。
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現在の高祭壇は1892年に建てられ、ゴシック様式の磔刑群像を描いた元の祭壇画を一体化しています。祭壇画は1490年頃のものとされています。絵画と彫刻のつながりは際立っており、十字架像が絵画の祭壇画から突き出し、絵画を4つの領域に分けています。祭壇レリーフにはドラゴンを持つ聖ゲオルギウスが描かれており、プレデッラと同様にニュルンベルクとドルミッツがモデルとなっています。残念ながら作業足場が組まれていて近くまでは行けませんでした。
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この町には戴冠する聖母の像を見ることが多かったです。
聖ゲオルク教会 (ディンケルスビュール) 寺院・教会
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この教会にも似たようなぞうがいくつかありました。
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「聖セバスティアンの祭壇」
セバスティアン祭壇の絵画は1520年から1530年にかけてのものとされています。中央パネルの主図は3つの画面に分かれており、中央には木の上に立つ聖セバスチャンが膝摩づく人物や射手に囲まれています。これらはおそらく射手組合を象徴しており、この祭壇はその組織が寄贈したとされています。 -
翼には聖人の伝説が4つの場面で描かれています。聖アフラの死、教皇の前での異端者の正当化、聖セバスティアヌスによる犯罪者の改宗、そしてハンセン病患者の世話をしていた聖エリザベスの寝床で十字架が発見されたことなどです。プレデッラの銘板は聖セバスティアンの埋葬を描いています。
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聖三位一体の祭壇
後期ゴシック様式の人物や絵画もネオゴシック様式の構造に組み込まれています。祭壇は1470年に市のなめし職人と靴職人から寄贈されました。合計8体の彫刻像が見られます。 -
聖ペテロ、コスマス、ダミアン、そしてジョージが聖地に、側面にはロレンツォとセバスティアン、翼の内側にはレリーフでヴァレンタインとウルスラが描かれています。翼の4枚の絵画は創設者の守護聖人であるクリスピンとクリスピニアンの生涯の場面を示しています。聖人は貧しい人々に靴を贈ります。
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十字祭壇
5体の人物像はカタリーナ、フロリアン、アガサで、グレゴリウス教皇とウルバン教皇に額縁に収められています。翼の内側には4枚の絵画が描かれ、左側には受胎告知と降誕、右側には割礼と東方三博士の礼拝が描かれてあります。 -
1470年頃に寄贈された十字架祭壇は教会建設当時の唯一のもので、絵画は15世紀に描かれました。十字祭壇はネオゴシック様式で造られていますが、木彫や絵画は後期ゴシック様式を示しています。
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ヨセフの祭壇
聖アンナ自身を描いた彩色のプレデッラは聖人たちに囲まれており、1480年から1490年頃の後期ゴシック期のものです。この後期ゴシック部分に加え1862年に作られた祭壇の聖堂や木製の聖ヨアキム、マリアと共にアンナ、ヨセフ、外側には洗礼者ヨハネとステファノ、その上には大天使ミカエルと聖ゲオルギウスなどのネオゴシックの時代の作品もあります。 -
「十字架の道行」のそれぞれの場面がレリーフのパネルになって壁面に掲げられていました。時間が無くて何枚かの写真を撮ることは出来ませんでした。
「第1留 イエス、死刑の宣告を受ける」
イエスは捕らえられユダヤ人指導者たちの前で不当に裁かれた後,ローマの管轄権を持つピラトの前で裁判を受けるために送られました。救い主はされるがままにローマ人に引き渡され、残酷に鞭打たれて死刑を宣告されました -
「第2留 イエス、十字架を担う」
イエスは十字架刑が決定した後に全人類の罪の重さを背負いながら、ゴルゴタの丘まで十字架を担いで歩みました。この道のりは人々の痛み、悲しみ、苦しみを背負い、救いを成し遂げるためのものでした。 -
「第3留 イエス、はじめて倒れる」
イエスの肩は十字架の重さで傷ついています。群衆はますます騒ぎ立てて怒りの形相で荒れ狂い、川からあふれ出た流れのように、狭い横丁に押し寄せても兵隊たちは抑えることもできません。 -
「第4留 イエス、聖母に会う」
計り知れないほど深い愛の眼差しで、聖母マリアはイエスを、イエスは聖母を見ます。視線が合い、互いに相手の心痛をわが身に感じます。聖母マリアの心はイエス・キリストの苦しみを目の当たりにして極みに達します。 -
「第5留 イエス、シモンの助けを受ける」
イエスは弱り果てて歩みは次第に鈍くなります。終りを急ぐ兵士達は星占いの門を出たとき、田舎から出て来て通りかかったアレキサンデルとルフォの父でシモンというキレネ人に無理やり十字架を負わせました。 -
「第6留 ベロニカ、イエスの御顔を拭いてさしあげる」
十字架を担いでゴルゴタの丘への道を辿るイエスを憐れみ、聖女ヴェロニカは身に付けていたベールを差し出します。イエスがその布で汗を拭いたところ、イエスの聖顔が布に転写されたとする奇跡の伝承があります。エル・グレコなど多くの画家が布を掲げるヴェロニカを描いています。 -
「第7留 イエス、ふたたび倒れる」
城壁の外に出てから、イエスは衰弱のためによろめき、わめき立てる群衆や荒々しい兵士らの間で再び倒れてしまいます。 -
「第13留 イエス、十字架より降ろされ、御母に戻される」
磔刑によって命を落としたイエス・キリストの遺骸が十字架から降ろされ、聖母マリアがイエスを抱えるような姿が描かれています。描かれた男性はアリマタヤのヨセフで、彼は長いひげを生やしています。ユダヤ人の学者であるニコデモ、キリストの弟子のヨハネ、マグダラのマリア、クロパの妻マリアの姿もあります。 -
「第14留 イエス、墓に葬られる」
カルワリオのすぐ近くにある庭園の岩場にアリマタヤのヨセフは使ったことのない墓を持っていました。ユダヤ人の過越の大祝日の前日であったのでイエスをそこに安置しました。 -
左右の側廊にはそれぞれ出入り口があり、外側には尖ったアーチ型ポータルとして設計されています。内側からは重厚な扉の部分だけを確認することが出来ます。
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普段は開けることのない扉のようで、銀製の見事な彫刻が施された蝶番と鍵が美しいです。
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もう少し時間をかけて見学したい教会の内陣でした。
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最後にゼーグリンガー通りを少し歩いてみます。こちらの通りは多少賑やかな雰囲気が感じられました。
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「StilEcht」というギフトショップには魅力的なものがたくさんあり、アドベントキャンドルと呼ばれるクリスマス前の4週間に灯される4本のキャンドルスタンドが欲しかったのですが妻に「どこにしまうの?毎年全部飾れないほど買ったのは誰?」と諫められてしまいました。
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ウインドウの中では5匹のペンギンがダンスを踊っていました。こんなのがあるんだと驚きましたが、年明けに行ったストックホルムのガムラスタンで再会することが出来ました。
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そろそろ本当に戻らないとならない時間になりました。
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こんな植栽のバスケットが街角に置かれているのを見ると町の文化レベルの高さや誇りを感じます。
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帰り道の目印に覚えていたロートアイアン( Wrought iron)の看板です。これは中世のドイツ圏を中心に広まった鉄細工の看板で、文字を読めない人が多かった時代に店の扱う商品を絵柄で示すために美しいデザインが施されました。
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この辺りまで戻ってくると同じツアーの方々の姿も見掛けるようになります。皆さん集合時間よりかなり早く行動されるので遅れないようにしないとなりません。
ヴェルニッツ門 建造物
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幻想的な霧の中の「ディンケンスビュール」にもう少しいたら亡くなった母に会えそうな気がしてきました。バスは最後の目的地の「ハイデルベルグ/Heidelberg」に向かいます。
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