2025/10/27 - 2025/10/29
731位(同エリア1944件中)
まりも母さん
念願の旧開智学校見学の後は 松本市内のレトロ建物探索の時間です。
事前に下調べしてきたみたい建物を探して廻ります。
思いがけない 見どころの発見もあり
楽しい町歩きになりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
まずは 旧開智学校のお向かいにある
「旧司祭館 」(旧松本カトリック教会司祭館)
明治22年(1889)フランス人クレマン神父(自ら)設計
元は 旧三の丸武家屋敷跡に建設。
平成3年(1991)移築復元 長野県宝
こちらは無料で自由に見学できます。
空け放たれたドアから入ります。 -
司祭館の平面図です。
総二階 北側にベランダ。
各部屋に暖炉があります。(屋根を真上から見ると煙突は3つ) -
天井に見えたメダリオンと照明器具
円形のメダリオンの中がちょっと変わっています。
唐草や蛇腹模様ではなく 漆喰をぺたぺたコテで盛り上げたような柄。
このタイプは初めて見ました。
照明器具は 平成の移築時に新しく設置したものかもしれません。 -
手前の応接間に入ります。
マントルピースが見えました。
各お部屋にあるマントルピースのデザインは皆 これと同じでした。 -
応接間の隣の食堂。
テラスに面した明るいお部屋です。
立派な彫刻付きのキャビネットも置かれていました。
移築される前 教会敷地には中央に聖堂があり
それを囲むように 司祭館、
昭和7年(1932)に創設された
幼稚園、信者会館などの複数の建物があったそう。 -
1階のテラス。(ヴェランダの表記)
明るいグリーンに塗られた窓周りとドアが レトロな洋館のイメージ。
横浜山手の「ブラフ18番館」(それもカトリック司祭館)の
サンルームとよく似ていると思い出しました。
真ん中のドアの中は炊事場。小さな煉瓦積みの暖炉がありました。
奥のドアの中は 浴室。
しかし、水回り設備などは残って無く ただの小さなお部屋の状態。
多分 浴槽にお湯を運び入れて使うタイプだったでしょう。
時代的に ボイラーなど 給湯設備は無かったと思われます。 -
展示ケースの中にあった鬼瓦。
十字架の意匠が。
これは 移築前に司祭館にあった物なのか?
今は失われた聖堂にあったものなのか?
いずれにしても 教会施設用に造られたものでありますね。 -
2階への階段。踊り場の無い廻り階段になっています。
廊下に下がったペンダントには小さなガラスのシェードが。
他に テラス、浴室、寝室などにも
そのような小さなガラスシェードのペンダントがあり
シェードのデザインはそれぞれ異なっていました。
(いつの時代の物かは不明) -
2階には寝室が4つ。家具などは置かれていないお部屋でした。
廊下 テラス前に このベンチ。
ろくろで挽いたような背あての面白いベンチ。 -
内部を見終え 外に出て北側から外観を眺めます。
基礎は煉瓦イギリス積みで高く 床下にワインを貯蔵する地下室もあるそう。
下見板張り 窓には鎧戸があります。
コロニアル様式の建物で、テラスには元々ガラス窓は無かったかもしれないとも。
松本の冬を考えれば 後にガラス戸をはめたかもしれませんね。 -
お昼時間が近づいたので、昼食をとり
後は歩いて市内の建物見物へ行きました。
見たかった場所は グーグルマップにマーキングして一筆書きのように歩きます。
最初は
「かわかみ建築設計室」(旧松岡病院)
大正14年(1925)国指定登録有形文化財 -
一見石造りのように見えるモルタルにライン割りを入れた外観。
ドア上のアーチ窓にはステンドグラスが入っているようですね。
内部の保存状態も良さそうですが、設計事務所で使われている為
見学は外観のみです。 -
建物脇からの眺め。
なかなか美しい建物で 保存状態良く使われています。 -
中町通りに来ました。
なまこ壁の土蔵造りの建物が並んだ景観の通りです。
善光寺街道沿いにあり古くから栄えた商家通り。
大火の後 なまこ壁の土蔵が増えていきました。 -
少し進むと「はかり資料館」
竹内度量衡店の建物を使い 平成元年(1989)からはかり資料館として
「測る」「量る」「計る」の関連資料を千点以上収蔵。
無料で見学できます。 -
昔のはかりや資料の数々は当然
竹内度量衡店時代の看板や座敷、箱階段など居住空間であったお部屋の見学もできます。
そして 建物に興味をもって見ていると
案内の方が 奥に別の建物もありそちらも見学できますよ、と教えてくださいました。 -
中庭の奥にこの建物。
「旧三松屋蔵座敷」 明治27年(1894)立石清重 設計・施工
平成23年より この地に移築・改修復元し公開
漆喰の上に板張り。入口のペディメントの漆喰飾りが洋風です。 -
内部は1階 茶室と和室が2間。
土蔵造りではありますが、窓の大きい なかなか明るい室内。 -
階段をあがり 2階が見えるとびっくり。
いきなり洋風な空間でした。
(文化財指定の無い建物の為 急勾配の階段は復元できなかったそう) -
2階は板敷の洋間一部屋でした。
外観からは鉄扉が閉じ気づかなかった 上げ下げ窓。
廻り縁のある天井は 開智学校同様の和紙5重張りでした。
ランプの下がるメダリオンは唐草の装飾も。
立石清重 最晩年の作だそうで、
洋室の完成度は 開智学校より更に洋テイストが磨かれた感じです。 -
ケヤキの重厚窓枠にカーテンボックス。
老舗の材木問屋であった三松屋の客人をもてなす蔵座敷だったそう。 -
中庭手前土蔵には
養蚕関連の資料展示がありました。
先日ブラタモリで放送された
上高地が山岳リゾートとして発展した「道」ができる下地となった
蚕の卵が運ばれた道 の紹介時に使用された写真も展示されていましたよ。 -
中町通りを更に歩きます。
角がアールになった建物。
2階は黒漆喰に塗られているのですね。
松本は空襲を受けていないのが こうした城下町の景観が残った理由でもあるでしょう。 -
看板建築の建物もありました。
「ミドリ薬品」 昭和2年(1927)
こちらもモルタル洗い出し 石積み風仕上げです。
鏝で造られた薬の文字もきれいに残っています。
店内には小引き出しの多い薬箪笥もあるようです。 -
松本と言えば 民芸家具。
ハンドメイドの美しい家具は興味深いし
欲しくなりそうです。
が、もう家具は十分気に入った物が揃っていて
買い替えの予定も無く
もう 置く場所もありませんから
今回は 松本民芸家具には 寄ってはならない、と我慢の 素通りのまりも母でした・・・。 -
そして 中町通りに限らず あちこちに湧水の汲める場所があります。
公共の井戸に私設の井戸
周囲の山々から流れる清らかな伏流水が こんこんと湧き出す清水の町
美しく整備された湧き水も 長野の美しい景色のひとつです。 -
建物内が見学できる
「中町蔵シック館」(松本市中町蔵の会館)
宮村町にあった造り酒屋「大禮(たいれい)酒造」の母屋・土蔵・離れの3棟を平成8年に移築
母屋・土蔵 明治21年(1888)大火直後 離れ 大正12年(1923) -
母屋は 土間・板の間・座敷の構成。
柱や桁の太さが見事です。 -
土間の吹き抜けに 凄い梁組を見上げる事ができます。
太い梁はともかく 意外と薄く細い材が沢山組まれているのがちょっと不思議。 -
土間の壁一部 壁の中の構造が判るような現しになっておりました。
まりも母が良く知っているのは 竹小舞。
竹を組んで藁の縄で縛って土を塗りこめるやつ。
これは~竹じゃなくて木ですね。
木舞掻きって書いてあります。
もしかしたら 寒い地方には竹が少ないとかあるのでしょうか?
前に昔の会津では竹が入手しにくいから 竹問屋って商売があるって聞きましたよねぇ。 -
座敷にあがると そこはなかなか豪華な造りでした。
欄間の仕上げが色々。
1枚板に沢山の切り込みがある透かし欄間、
枠が漆塗りの筬欄間、など お部屋によって異なっていました。
この彫刻欄間は・・・出ました!両面彫刻です。
鶴や松の繊細な彫刻が裏側にもびっしり。
1枚の板から彫り出す 超絶技巧の高級欄間ですよ~。 -
襖を開ければ三間続きの大広間となる座敷でした。
襖にはめられた 組子も素敵です。 -
渡り廊下で離れへ。
離れの廊下から中庭を眺めます。
濡れ縁前に見える柱にも漆喰が塗られ
下部はなまこ壁と同じ、平瓦もはめられていました。
土蔵は松本民芸家具が置かれた 喫茶になっています。
時間的にお茶する余裕なく 喫茶は断念。 -
中町通りに戻って 看板が印象的な
「井原漆器店」明治21年の大火後の建物。
松本市登録文化財 -
「壱の蔵」(旧デリー)明治40年(1907)松本市有形文化財
加嶋屋呉服店として建築されたものの その後他業種店舗に転用され
文化財登録時には カレー店であった為「旧デリー」
現在のお店は2024年からの営業。
外観はきれいに改修され 大切に受け継がれているのは 良い事ですね。 -
女鳥羽川にかかる「千歳橋(せんさいはし)」
元は「大手橋」と呼ばれた木橋で 外堀の役目もあった女鳥羽川にかかっています。
橋の北側は武家地。先には大手門もあり 昔は町人は渡れなかった橋。
明治9年(1876)に石橋に架け替え、昭和39年(1964)に現在の橋へ。 -
川沿いに「縄手通り」の小径が。
シンボルがカエルだそうで (かつて女鳥羽川にカジカガエルが沢山居たそう)
入口には大きなカエル像。 -
車の入ってこない路地商店街。
途中 女鳥羽川の川面に降りられる場所がありました。
脇からは「若返りの水」が流れ
女鳥羽川の水も 透明度の高い清流です。 -
四柱の祭神を祀る「四柱神社(よはしらじんじゃ)」
明治天皇と所縁のある 比較的新しい神社。 -
縄手通りを出ると「一つ橋」に。
その交差点に 先ほどからドーム屋根が目立つ建物が。
これは、古いビルディングなのではなくて、
旧松本市役所の跡地に建てられた なんと 市営住宅上土団地。
2000年に旧市庁舎をモデルに新たに建てられた団地。
1階にはオシャレなショップが入り
とても市営団地には見えない&旧庁舎リスペクト感があってよろしい建物ですね。 -
上土通りを進みます。この通り沿いにレトロな建物がいくつもあるはず。
「白鳥写真館」大正13年(1924)
昭和になってから火災にあい 後 復元再生されたそう。
2008年 リノベーションされています。
元々松本城の掘りを埋め立てた場所で、
基礎部分にはお堀の石垣がそのまま残っているそうです。 -
隣には「旧野々宮薬局」
この建物の詳細は不明です。
が、スクラッチタイルが使われている事から
大正末期~昭和初期の建物ではないかと思います。
窓枠などは新しくされていますので、
今も使われているようですね。 -
更に並んで 「松本市下町会館」(旧青柳化粧品店)
ファサードのみ保存・移築再生された建物。
脇に「黄門の井戸」もあり
三軒並んだレトロな建物の景観と
まち歩きの良い休憩ポイントにもなっています。 -
向かいにある「土橋ビル」
こちらも詳細不明ながら スクラッチタイル使い。
やや新しさも感じますので、周りの景観に合わせての建物かも。 -
通りを挟んだ向こうに 「おもや平出酒店」と「酔い亭」が入る建物の脇部分。
モルタル塗りの看板建築を思わせる装飾があります。
おもや平出酒店は明治20年(1887)創業。
建物は昭和4年(1929)に建てられました。
お店の入り口の方は改装されていますが、脇は昔のままのようです。
松本ホテル花月の前をスルー。
実は ホテル花月に泊まりたかったのですが、
もう、希望にあう部屋が空いてなかったのでやめました。
花月の周りには 古い建物が多く なまこ壁の蔵造りの建物も。
信濃毎日新聞松本専売所の建物など
古くないけど レトロな意匠のビルであったりもして
なかなか見どころの多いエリアでした。 -
大名町通りまで移動しました。
ミニ松本城と呼ばれる昭和25年(1950)に完成した店舗
古本店「青翰堂」だった建物。2020年に閉店
今は「青翰堂 わびさび」と言う和物雑貨のお店になっていました。 -
並びには 「アルモニービアン」(旧日本勧業銀行松本支店)
昭和12年(1937)日本勧業銀行営繕課設計 施工 清水組
国指定登録有形文化財
現在はレストラン・結婚式場。 -
そして、町歩き最後の目的地は
「塩井乃湯」
大正15年(1926)の建築らしいです。
漆喰飾りが素敵な看板建築。
営業時間前でしたし 中までみられませんが
天井にはオランダから輸入したティンパネルが張ってあるそう。
塩類鉱泉のレトロなお風呂屋さん。
煉瓦の塀もいい雰囲気です。 -
珈琲まるもにも寄ってみたかったのに 月火曜日が休業。
今回 松本民芸チックなカフェとは縁がありませんでした。
町歩きを終え、 今度は車で移動です。
本日の宿に向かいつつ もうひとつ 古い学校建物へ
松本市教育文化センター駐車場に車を停めると
学校の裏側が見えました。 -
「旧山辺学校校舎」
明治18年(1885)棟梁 佐々木喜重 設計・施工
長野県宝
開智学校の工事にも参加していた棟梁の作で
全体のプロポーション、塔屋、石壁風の漆喰など影響されているのが判ります。
開智学校がガラスを多用されて「ギヤマン学校」と呼ばれたのに対して
障子が多く 造りも質素だったこちらは
「障子学校」と呼ばれました。 -
入口右の受付に声掛けして見学させてもらいました(無料)
中央の玄関から進むと十字に廊下がありました。
東側廊下の突き当り
すのこを渡った 先に見学者用のトイレあるようです。
平面図を見ても校内に「便所」らしきものはありません。
開智学校もそうですが、校舎として使われていた時も
トイレは 校舎から別棟に渡って・・・と言う場所だったかも。
そういえば 私の出身は杉並区ですが、
小1の木造旧校舎だった時 トイレは校舎の端 廊下で渡った先だったような気がします。 -
2階の展示は地域や当時の暮らし関連。
昔の暮らしの様子の再現された展示も。 -
1階には学校関連の資料、展示物が各部屋に。
階段を上がって2階へ。質素な階段です。
開智学校との違いを 「地域の村費と村民の寄付で造られたから」だけとは言えない理由も。
予算をかけて造った開智学校は 完成後5年たっても建築費用の負担が続き
住民の暮らしに影響があったそう。
明治16年に県から「素朴堅牢」と建築心得された山辺学校は
コストダウンを余儀なくされての建築でもありました。
展示によると
開智学校 延床面積 2653㎡ 総建築費 11.128.248円
山辺学校 延床面積 619㎡ 総建築費 1.573684円 -
廊下は案外広い造り。
改修がされていますので、昔と同じなのかははっきりしませんが
天井は板張り。
壁も和室のような真壁造り。 -
山辺の石像文化財の展示は 道祖神や馬頭観音像が
野辺さながらに再現されていました。
藁細工の龍や馬もあり それは民間信仰の厄除けに使われるものでした。 -
2階には畳の部屋も。
長い木製の台もあります。和裁はこうした教室で習ったのでしょう。
宮城県登米市の旧登米高等尋常小学校(明治21年)でも
このような畳敷きの教室を見ましたね。
2階廊下から塔屋へあがる階段もありました。
それは、古民家住宅の階段そっくりな物。 -
広い展示室の一角には昭和の暮らしの再現コーナー。
子供の頃おばあちゃんちで見たような
懐かしい品がありましたねぇ。 -
内部見終えて外に出ます。
八角形の塔屋がセンターにそびえ擬洋風と言えども
なまこ壁の馬目地も千鳥破風もお寺のような造りです。 -
最後に塔屋を。
こちらにも開智学校同様の東西南北が漢字で掲げられていました。
八角形なのも同じ。
かなり影響を受けた建物だと思えます。
だからこそ 比べて見る事ができて
興味深い見学ができました。
今日の 建物見物はこれでおしまい。
美ヶ原温泉の宿に向かいます。
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