2025/10/27 - 2025/10/29
788位(同エリア1905件中)
まりも母さん
長く暑い夏が終わったと思ったら 急ぎ足で近づいて来た冬の足音。
寒くて町歩きがつらくなる前に と 松本市旅行へ
そこには長年 行ってみたかった「旧開智学校」の建物があります。
それを見るのを一番の目的に
ついでに 市内のレトロ建造物、それに国宝松本城も。
結果 美しい建物と おまけに素敵な季節の景色も堪能できました。
2泊3日で 松本市、乗鞍山麓、上高地と歩きました。
見どころが多かったので、旅行記は分けて掲載します。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
松本市 何度か通り過ぎる事はありました。
いつもスルーです。
前から見に行きたかった旧開智学校の建物が 2021年~2024年11月まで
耐震工事で休館していた為
待って待っての やっとの松本行きです。
茨城の自宅から ほぼ高速道路利用でも4時間以上かかります。
暗い時間 出発したのは濃い霧の中でした。
明るくなっても時折 行く手は霧に覆われる朝でした。 -
途中 トイレ休憩を取り 諏訪湖のあたりまでは霧が多かったかなぁ。
まず目指した 松本城そばの「市営開智駐車場」に着いたのは9時過ぎ。
事前に 松本城と旧開智学校の共通電子チケットを購入してありました。
その場合 松本城は30分刻みの時間指定を選ばないとならないのです。
指定時間までに行かれないと 待たされる場合もある、とあり
駐車場も道路も空いているであろう 早めの時間を選び
最初の訪問場所に松本城を。 -
9時30分~10時の指定時間です。
まだ時間のある分 ぐるり お城の周りを歩きつつ 入口の黒門を目指します。
霧は晴れましたが まだ曇った空。
風はあまりなく お堀に映った姿を見ながら歩きます。
お天気は今後 良くなる予報です。 -
しだいに 雲の間から青空が見え 陽が当たって来ました。
美しい城の姿が際立ちます。
松本城公園 標高は590mだそう。
もっと寒い朝を予想していましたが、陽が差すと案外暑い位。 -
黒門手前に券売所
当日券売り場と電子チケット確認窓口が別々にあります。
5分前でしたが 何の問題も無く楽々チェックイン。
松本城 平日でも10時過ぎからはやや混み出し
お昼前後は天守に登るのに30分以上待つ なんてのはザラのようです。
早い時間で正解だと感じました。
昭和35年(1960)に復興された 楼門の黒門。
軒の丸瓦に歴代城主の家紋がついています。
門の内側 左には甲冑が飾られていました。 -
門から進むと広い 本丸御殿跡のエリア。
電子チケットと紙チケットで通路を分けられます。
その入口で再び電子チケットをチラ見せ。
時間とか特にチェックされる訳でもなかった・・・。 -
正面には「国宝松本城」どーん。
2021年に犬山城へ行きましたな。
やっぱ、犬山城と比べると五重六階の天守は大きい。
戦国時代末期から江戸時代初期に造られたと考えられる。
戦いを想定して戦国時代に造られた大天守から右側の乾小天守。
左の辰巳附櫓と月見櫓は平和になった江戸時代の建築。 -
渡櫓の大手口から入城します。
靴を脱いで、ビニール袋に入れ 持って歩きます。
すぐに目に入る丸太柱。
これも多分 400年以上前の築城当初からの物。
細かい 釿(ちょうな)によってハツリ取られた名栗仕上げが見事です。
まりも母の古い建物好きゾーンからは
お城は古すぎて外れてまして 知識もほとんど無いのですが
こういう 職人の手仕事には 萌えますな。 -
まだ 午前中の早い時間でお客さん少な目と言えます。
なんとか人の入らない写真も撮れる時間。
階段は当然 急勾配です。
観覧客用に 竹の手すりが設置されています。 -
天守閣の壁は1,2階では29cmもあるのだそう。
その壁には「矢狭間」と「鉄砲狭間」があります。
この狭間の手前には 石垣を登って来た敵にあてる石を落とす
隙間 「石落とし」もありました。
この穴からは 石だけでなく 熱湯もかけたそうで・・・。
城を守るためと言え なかなかエグイ。 -
梁や柱の一部に補強金物らしきものが見えます。
これらは 明治末期に行われた修理の際に加えられたものかもしれませんね。
その後 戦後の昭和25年(1950)から 全面解体修理も行われています。 -
窓から覗いた屋根瓦
武家屋敷や城の複雑に重なった瓦を見るのは結構好きです。 -
3階は窓の無い 天井も低い二重目の屋根の下にあたる部分の部屋。
倉庫や避難所に使われたとあります。 -
階段はどこもかなりの急勾配です。
4階から5階へあがる階段は蹴上も40cm程あり61度の最も急な階段。
お年寄りはビビりながらの登り下りで 渋滞ポイントでありました。
落ちる方とかいないのでしょうかね?
犬山城もかなり急な階段でしたが
その時 松本城の方がもっと急だと聞きましたね。 -
5階 武者窓からの眺め。
この階は四方に窓があり明るい部屋になっています。 -
最上階の6階 小屋組みは井桁に組まれています。
差し込まれた寄せ梁は乗っているだけのようにも見えます。
太さも色々で ちょっと構造的にこれでいいのか?と思ったりもしましたが
400年 壊れずにあると言う事は 問題ないのでしょう。
中央には二十六夜神と言う 月齢26日の月が松本城の守護神として祀られています。 -
展示スペースを通り 江戸時代に造られた辰巳附櫓へ
ここには花頭窓がありました。
窓の向こうには掘りと赤く染まりだしたもみじ。 -
最後に見えたのは 月見櫓
平和な時代に造られた 開放的な 目的も「月見」と言う優雅なお部屋。
三方の板戸の先には朱塗りの回廊も。
ここは立入禁止で手前から見るだけでした。 -
これで内部見学は終了。
大体1時間位でした。
靴を履き 外からもう一度城を見上げます。
さすがにここは外国人のお客さんも多かったですね。 -
10月28日から「国宝松本城 菊花展」が開催される為
テントに下に沢山 丹精された菊鉢が並べられていました。 -
お城周り もう少し歩いてみます。
「太鼓門」
平成11年に復元されたものです。
平成30年に強度不足が判明し非公開、現在耐震工事中だって。 -
太鼓門の更に北側に見えた冠木門。
-
冠木門の先は「二の丸御殿跡」
昭和の時代に発掘され 史跡公園に整備されていました。
建坪600坪、部屋数50と言う本丸御殿よりは小さいものの
大きな建物がありました。
明治9年(1879)の火災で焼失したそうです。 -
二の門から出て 駐車場へ戻ります。
次に 今回 旅行の一番の目的地である
すぐ近くの「旧開智学校」へ向かいます。 -
車で2分程の旧開智学校脇の見学者用無料駐車場へ移動しました。
ラッキーに1台分だけ空いていました。
(駐車台数は少ないですが、見学者の入れ替わりで停められると予想してました)
国宝 旧開智学校 明治9年(1879)大工棟梁 立石清重 設計・施工
令和元年(2019)国宝指定
令和3~6年まで耐震工事の為休館。 -
門の前の券売り所で 事前購入の電子チケットを提示すれば
後は自由見学です。
まりも母がずっと見たかったこの建物。
思えば10年越しの今日なのでありました。 -
会いたかったのは この天使たち。
学校の銘板を左右から抱えた このなんともダサダサなかわいい天使たち。
なぜ ここに天使を付けちゃったか?
もう不思議でなりません。
レトロ建築好きには バイブルとも言える
藤森輝信先生の「日本の近代建築」に書かれていた考察では
この天使は 当時の東京日日新聞に使われていた
題字の挿絵を 立石清重が参考にして採用したのだろう
みたいな。
言ってしまえば パクっちゃったのかな?な
クリソツな図まで本には掲載され
もう 昔の人 かわいいったらないな~と
まりも母は感じたのであります。 -
天使の下部にある雲の彫刻、
そしてこの龍の彫刻。
唐破風も乗ってるし 和洋折衷ではあります。
和風の建物しか知らなかった大工が 頑張って洋風&豪華に仕上げました。
って感じが痛い程に感じられます。 -
扉のデザインも 斬新だわ。
扉の木目は描いたもののようですね。
昨年までの耐震・補修工事で塗りなおされていると思います。
明治村でも見た 杢目塗りでの仕上げなのでしょう。
屋久杉の鶉杢のような 複雑で高級感ある 木目が描かれていますね。 -
正面車寄せの柱角には波の彫刻。
柱につけられたランプも ちょっとお寺にあるようなデザイン。
廃仏毀釈で廃寺となった「浄林寺」の部材などが 転用されているとの事で
このランプも吊り灯篭だったもの とかではないかな?と思ったりも。 -
建物の角部分。
下部の石積みのような黒い部分。コーナーストーンに積まれた角は
漆喰に色を混ぜて石風に見せたもの。
まさに 擬洋風建築。
左官職人の技術が高度であったからこそのこの仕上げだと思います。 -
正面の入り口は来客用であり 児童の出入り口は建物右側にあったそう。
現在 右側には別の見学者入口、ミュージアムショップのある建物。
ここから スリッパに履き替えて内部見学です。 -
中に入ると早速 これまた彫刻付きの観音扉が。
この「桟唐戸」は浄林寺にあった彫刻をはめたものだそう。 -
2階へ続く階段は3か所あります。
これは建物右側の階段。
開智学校の建物は元々 女鳥羽川沿いに建てられました。
現在地に移築されたのは昭和38年(1963)
その時に 建築当時の様子に復元されています。
一時外されていた天使の看板は保管されていて
移築時に戻されたと言う事です。 -
1階廊下中央のシーリングランプ。
メダリオン風の天井装飾にランプが下がっています。
そのメダリオンは 漆喰製ではなく木製。 -
現在は 展示室になっている 一部の部屋の扉にはこんな物も。
これも 杢目塗りの技法が用いられています。
教員控室(職員室かな)、2階の講堂の扉などがこのタイプでした。 -
展示に 大工棟梁 立石清重の写真がありました。
この方 堂宮大工としての実績を認められ
棟梁に選ばれた後 上京して 東京の多くの洋風建築を見学しているそう。
スケッチ画が残っている事からも それらの最新の建築様式を
自分なりに消化、工夫して 創りあげられたのが
この旧開智学校の姿。
建物内 窓は皆 このように板戸が閉められておりました。 -
教場(教室)の扉はこんなでした。
やけに幅が広い。
大勢の生徒が出入りするから大き目?
前にもこういう大きなドアの古い学校を見たことがあると思う。 -
第4展示室には 教室が再現されていました。
当時の筑摩県は就学率70%と全国平均の倍もある教育県で
児童数は1000人を越え、最大で2000人もの児童が居たことも。
移築の際の取り壊れた 教室棟もありました。
他展示室には 昔の教科書等 教育関係資料、
建築関係資料などが展示されています。 -
現西側の階段。
この階段で2階へあがります。
踊り場の半分は周り階段となり 2階廊下へ。 -
板張りの廊下は割と広め。
張られた床板もわりと広めの材が使われていました。 -
対して 教場の床の方は廊下よりも幅の狭い床材で、
なぜか一部は更に細い材が張られていました。
全て同じ幅の材でそろえられていない意味はなぜなのでしょうか?? -
2階には一部屋「明治天皇御座所」が。
明治天皇がここを視察された際 ご休憩された部屋。
お出迎えの為に改造されたそう。
その後 御真影と教育勅語の保管場所、来賓の応接室に使用されるように。
当時は 中に奉安庫が置かれていました。
床部分は一段高く 植物が編まれたもの。
これは 松本の伝統竹細工の「みすず細工」すず竹で編まれた物。
衣装行李やお弁当入れと同じ編み方ですね。 -
2階廊下に桟唐戸。校内に8枚ある浄林寺から転用されたうち
これが 一番古いもの。
立体的な彫刻と杢目塗りがとても美しい扉です。 -
幹事詰所 とあったお部屋の天井。
ここは教場とは異なり シンプルながら木製のメダリオンのついた
ランプが下がっていました。 -
廊下に面した場所に これまた意匠の違った扉が。
これは塔屋への階段前のドア。
塔屋は通常非公開の為見る事はできません。
塔の中にはベルあり 授業の知らせに鳴らされていたそう。
(web上で画像が見られます)
色ガラスのはまった窓が八角のそれぞれの面に。 -
そして 2階には広い 講堂が。
床は 御座所と同じみすず細工の竹シート(?)が張られていたもよう。 -
そして 2階には広い 講堂が。
床は 御座所と同じみすず細工の竹シート(?)が張られていたもよう。 -
窓一枚だけ 上部に色ガラスが入ったアーチ型です。
実はこの窓が 外から見た車寄せの上、
バルコニーになっている部分の窓なのです。
窓下が結構高めでありますし、2階のバルコニーは
そもそも外に出て使うようなものでは無かったのかもしれませんね。
内側から見ないと色ガラスが認識し辛かったですが、
塔屋にも多く使われています。
フランスからの輸入品であった 色ガラスは大変高価だったそう。
開智学校全体で色ガラス含め2500枚以上のガラスが使用され
「ギヤマン学校」と憧れを持って呼ばれていたそうです。 -
講堂の展示物に「ハルモニウムオルガン」
吹き出し式のリードオルガンに対して
吸い込み式なのが ハルモニウムオルガン。
大変珍しい物で、これは修復された演奏可能品。
たまに演奏会が行われるそうです。 -
天井のシャンデリアは2基。
一段上がった 彫刻のある天井飾りに下げられています。
2つの彫刻はデザインが異なります。
ひとつは植物の葉。もうひとつは 桟唐戸のような波と鳳凰らしい鳥。
彫刻の部分は 通気口なのかな?と思ったら
板が張られていて、そうではありませんでした。 -
この一見滑らかな天井。磨いた漆喰塗りだと思ったら
なんと和紙張り。
まりも母 そんな天井は聞いたことなかったなぁ。
ビデオ上映で 和紙を重ね貼りして 復元している記録を見る事ができます。
下地の木組みに直接 糊付けした和紙を重ねて張る工法。 -
講堂前の階段から1階へ降ります。
踊り場の脇にドアがありました。
かつてはこの階段は無く 廊下が先まで続き教室があったので
廊下から教室へ入る扉であった物が 取り残されてしまった跡でした。 -
廊下から見える 校舎中央にある廻り階段。
廊下に扉(花柄付きの)がありその先にこの階段。
これは、降りるのを躊躇するような急階段。しかもぐるりと廻ってる。
児童が使う階段ではなかったようですが、
これは危険度MAXな階段・・・。
都内の狭小住宅だって、こういう階段は造らないでしょうねぇ。
(当然 通行禁止です) -
1階から見た廻り階段入口。
右側にとても太い丸柱が見えます。
廻り階段の支柱となる柱です。
開智学校の初代校舎として使われた(寺子屋)全久院からの転用材と言われる物。 -
校舎内を見終え 今一度外から外観を。
塔屋の上には東西南北を示す避雷針。
塔屋が八角形なのも 西洋風と言うより寺院風に思えます。 -
ファサードのバルコニー付きのこの部分を見るだけで
洋を感じながら 和のテイストが思いっきり豪華に入れられいるのが判ります。
「擬洋風」と言う 素晴らしい日本独自の建築様式が
まりも母には 可愛くて いじらしくてならないのです。
そこが 明治から昭和初期の洋館建築の大好きな所。
やっと会いに来られた天使のいる学校。
期待以上の楽しい鑑賞のひと時でした。
この後 まだまだ松本の建物探索は続きます。
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https://4travel.jp/travelogue/12017920
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