2025/06/29 - 2025/06/30
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まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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★日程
6/18
東京羽田(21:10)→北京首都(+0:05)
★機内泊
6/19
北京首都(2:50)→ブダペスト(7:10)
★ブダペスト/A&O hostel
6/20
ブダペスト(7:40)→ウィーン中央(10:20)
ウィーン中央(19:18)→
★Night jetミニキャビン
6/21
→ローマ(11:05)
ローマテルミニ(12:55)→ベネチアサンタルチア(16:55)→メストレ
★メストレ/アンダ ベニス ホステル
6/22
メストレ→サンタルチア
サンマルコ広場→サンタルチア→ムラーノ→ブラーノ(15:30)→サンマルコ広場
ローマ広場(17:50)→ムラーノ
★ムラーノ/カサ スッラ ラグナ
6/23
ムラーノ→サンタルチア(10:39)→トリエステ(12:44/17:00)→リュブリャナ(18:30)
★リュブリャナ/H2ostel
6/24
リュブリャナ(11:50)→ Zidani Most(11:57/12:01)→ドボバ(12:50)
Harmica(15:06)→ザグレブ(15:41)
★ザグレブ/ユースホステル
6/25
ザグレブ市内観光
ザグレブ(21:00)→
★Felix bus
6/26
→ドブロブニク(9:45)
★ドブロブニク/プポルーム
6/27
ドブロブニク(8:00)→モスタル(11:40)
モスタル観光
★モスタル/Guest House Mostar
6/28
モスタル(ブラガイ観光)
★モスタル/Guest House Mostar
6/29
モスタル(6:36)→サラエボ(8:35)
サラエボ観光(スルプスカ共和国)
★サラエボ/ホテルホリデー
6/30
サラエボ観光
サラエボ(15:10)→ベオグラード(17:05)→バルセロナ
★バルセロナ/AIR HOSTEL
7/1
バルセロナ(8:10)→フィゲレス(9:10)
★友人宅
7/2
フィゲレス
★友人宅
7/3
フィゲレス(7:10)→バルセロナ(8:05/8:39)→空港 バルセロナ(12:10)→
★機内泊
7/4
→北京(5:35/9:15)→東京成田(13:40)
●主な費用
中国国際航空(東京⇔ブダペスト/バルセロナ) 110,670円
エア・セルビア(サラエボ⇒バルセロナ) 18,430円
レイルジェット(ブダペスト→ウィーン) 22.20ユーロ(3,740円)
ナイトジェット(ウィーン→ローマ) 159.90ユーロ(27,074円)
イタロ(ローマ→ベネチア) 35.90ユーロ(6,078円)
フレッチャロッサ(ベネチア→トリエステ) 23.40ユーロ(3,937円)
FLIX BUS(ザグレブ→ドゥブロブニク) 40.98ユーロ(7223円)
レンフェ(バルセロナ⇔フィゲレス(往復) 35.80ユーロ(6,197円)
ヨーロッパeSIM(Trip.com)15日間3GB/日 3,079円
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【6月29日(日)】
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モスタルからの列車はサラエボには15分ほど遅れて到着。
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熱波が収まったからか標高のせいか今朝は涼しい。今朝のサラエボの気温は19℃。サラエボの標高は540メートル。
https://www.youtube.com/watch?v=OTNJlZnileM&t=38s -
ボスニアの電気機関車。
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列車はこの駅終点だが、今後の折り返しのため、すぐに電気機関車の付け替え作業が行われた。
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サラエボ駅の駅舎内。ドーム状の屋根はかなり損傷していたように思うがきれいに修復されている。
今回は列車も発着しているのでカフェや売店も営業している。 -
サラエボ駅舎。
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サラエボオリンピックの看板。かなり色あせてしまった。
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アヴァズ ツイストタワー(サラエボタワー)。2007年に建設されたこの建物は高さ176メートルで40階建。
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サラエボ駅前からトラムも発着しているようだが本数は多くなく20分に一本。
サラエボではトラムの一日券はないようなので歩いて宿へ向かうことにした。
駅から今夜の宿泊先までは歩いて10分ほどだ。 -
ちょうど駅へ向かうトラムと行き違いになった。
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今日のサラエボでの宿泊先はホテルホリデー。黄色の外観が目立つホテルだ。
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サラエボオリンピック開催に合わせて建設された国際的なホテル。
かつてはホリデーインとして営業していたが、現在は地元資本のホテルヨーロッパグループ傘下で「ホテルホリデー」という名前で営業している。 -
ホテルヨーロッパはサラエボ旧市街にある歴史的ホテルだ。その系列として営業している。ここはそこまで高級な雰囲気ではない。レセプションのスタッフはトルコっぽい雰囲気で客層もイスラム教徒が多いようだ。
チェックインは午後2時からなのでそれまで荷物を預かってもらうことにした。 -
吹き抜けになったホテルのロビー。ラウンジは吹き抜けになっている。
このホテル内戦中も営業し続けたホテル。もちろん電気や水道は止まった状態で営業していたというから凄まじい。
1998年3月訪問時はセルビアからの夜行バスでセルビア人地区のパレに到着。タクシーで早朝にサラエボに到着した。そのとき外が明るくなるまでホテルのラウンジで暖を取らせてもらった記憶がある。 -
このホテルはボスニア内戦の歴史的建造物といってもいい。
サラエボの紛争は1992年から1995年まで続いたが、紛争中も最前線から約300mという距離にもかかわらず営業を続けた。セルビア人地区に面した南側は砲撃を受け、大きく損傷を受けていた。
現在ロビーの一角には要人が宿泊した際の写真が展示されていた。 -
ホテルホリデーは旧市街から離れている。観光地が旧市街に集まるので観光には不便だ。でも荷物がなくなり身軽になってサラエボの街に出た。
隣のモールに特設の写真展が開かれていた。紛争時代の写真が展示されとても興味深い。
https://www.youtube.com/watch?v=dFTAuI4GeFA -
今日は日曜日で交通量が少ない。
前回訪問したのは1998年3月。街は瓦礫の山になっている場所が多かった。黒いツインタワーや向かいの連邦ビルもガラスが割れて廃墟になっていた。
現在それらのビルはきれいに修復されている。ホリデーホテル周辺には近代的なショッピングモールも増えている。ただホテルの隣のモールは休みのようだ。(夜間に行われたマラソンのため臨時休業だった) -
聖ヨセフ教会
(Crkva Svetog Josipa) -
ホテルホリデーとサラエボトラム。
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連邦議会ビルだった建物。この建物も砲撃を受けて上層階は損傷して廃墟化していたがきれいに修復されている。
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旧市街の方へ歩いて向かった。これがホテルから観光客が集まるエリアまでは3キロくらいある。
サラエボを流れるミリャツカ川沿いを進んだ。 -
エッフェル橋(Eiffel's Bridge)というのがあった。
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オーストリア・ハンガリー帝国時代の1893年に建設された橋で、エッフェル塔のような鉄骨が使われているが、エッフェルが設計したかはわからないようだ。
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ラテン橋とツァレヴァ・モスク(Careva džamija)のミナレットが見えてきた。
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第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件が起こったとされるラテン橋。周辺にカトリック教徒が多かったり理由でこんな橋の名前になったようだ。
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1914年6月28日にオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子がボスニアのセルビア人に暗殺された。これがきっかけで第一次世界大戦へと向かうことになった。
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サラエボのロープウェイ。
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セルビア人地区の真下にあったロープウェイ乗り場周辺は破壊され尽くしていた。
周辺はがれきの山になっていたが、復興して綺麗な家が建て替えられている。
ロープウェイは往復で30マルクと高いので乗るのはやめることにした。ゴンドラ方式なので乗るのに待ち時間はないが、乗っても山の上に見たい景色があるのかわからない。 -
ロープウェイ乗り場からサラエボ中心部へ向かう。道路の先に見えるのはサラエボ市庁舎。
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サラエボの市庁舎前にやってきた。川を挟んだ対岸は広場(Square of the First Police Brigade)になっている。
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市庁舎前を通過するトラム。
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ラテン橋近くのバス停からトロリーバスが出ている。
ここから103番のトロリーバスでサラエボのセルビア人地区であるスルプスカ共和国に行くことにした。このバスは空港へ行く際も利用することになる。
値段は1.8マルク。車内で現金で支払えるようだ。 -
30分ほど川沿いを走り、空港近くを経てスルプスカ共和国(セルビア人地区)の境界近くの「Dobrinja terminal」というバス停で終点になった。
バスはここまででここから境界を越えてスルプスカ共和国(セルビア人地区)へは徒歩で向かうことになる。
ちなみにスルプスカ共和国とはセルビア人共和国と同じ意味になる。
ボスニアヘルツェゴビナではムスリム人とクロアチア人が主体のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とセルビア人主体のスルプスカ共和国(セルビア人地区)の2つの構成体からなる連邦国家になっている。 -
スルプスカ共和国(セルビア人地区)との境界周辺の道路は舗装されておらず、埃っぽくて空き地も多い。いかにも民族分断の境界といった雰囲気だ。
一応簡素な商店が並んでいるが今日は日曜なのでほとんどが休みだ。平日来ればまた違った雰囲気だったかもしれない。 -
境界を越えた先、サラエボ東バスターミナルが見えてきた。
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セルビア人地区にあるこのバスターミナルからはセルビアやモンテネグロの各地へのバスが出ている。
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時刻表。ベオグラードへは一日6本のバスが出ている。
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スルプスカ共和国で一番の見所。セルビア正教のオストログの聖ワシリイ教会。
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スルプスカ共和国とセルビアの国旗がはためく。
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ボスニア紛争で殉教したセルビア人兵士に捧げられた聖デメトリウス大殉教者礼拝堂
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日曜で活気がないがカフェが並ぶ通りを散策。サラエボのセルビア人地区の目抜き通りだ。
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商店に入ることにした。
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炭酸水を買うことにした。
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セルビア人地区にもショッピングセンターはある。
ただ基本的に区画整備された新しい町でムスリムエリアの賑わいには遠く及ばない。
境界は自由に行き来できるが、セルビア人にとってサラエボの中心部に出るのは外国に行くような感覚と言われる。
セルビア人の住民は内戦が終わったあともサラエボの限られた場所に閉じ込められた現状を見ているとそれはそれで気の毒な話だ。 -
セルビア人地区の洒落たカフェで食べることにした。
「Restaurant Rostiljnica Pajić」 -
PILECI ROLOVANIを注文。
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チキンのベーコンロールの串焼き。
13マルク(¥1,101)。
スロベニアでも食べた料理。スラブ人の国民食なのだろう。 -
パンは無料で付いてくる。
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ボスニア連邦側に戻ることにした。
境界を歩いて戻ることになる。 -
103番のトロリーバスでホリデーホテル近くへ向かった。
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宿泊先のホテルホリデーに戻ってきた。
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ホテルホリデー。
黄色い建物が特徴的な高級ホテル。旧名称はホリデイ・イン。 -
チェックインを済ませて部屋に入った。
宿泊代金は朝食付きで82.47ユーロ(14,650円)。
かつてはサラエボで一番有名な高級ホテルだった。 -
高層階には中庭がある。
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ホテルホリデーの客室。部屋はリフォームされているがなんとなく無機質な感じだ。
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部屋の窓からの眺め。
西の方を見ることができるが建物が邪魔でサラエボ駅は見えない。 -
照明関連は最新式になっている。浴室の水回りも後付け感はあるが最新式になっている。
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トイレはトルコ式のウォッシュレットが付いている。
ボスニアがオスマントルコの影響を強く受けているのがここでもわかる。 -
木造の扉は年季を感じるがそれはそれで味があっていい。
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一階の吹き抜けのラウンジ。
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客室の廊下から吹き抜けを見下ろす。
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外出することにした。
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歩いて旧市街の方へ向かった。銃弾の跡が残る警察施設の建物。
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モスクに黄色いトラムが映える。
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イエスの聖心大聖堂。
周辺はオーストリア帝国時代のモダンで重厚な街並みにヨーロッパを感る。 -
すぐ近くには瓦屋根の家屋にアジアを感じる。オーストリア帝国時代の建物とオスマントルコ時代の街が隣り合わせに存在する。その距離の近さが内戦になったとも言えるが、現在は平和になり、観光客が溢れて若干オーバーツーリズムの様相だ。
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旧市街の中心にある「セビリ」。水を汲むことが出来る。サラエボは水が豊富な町だ。
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バシュチャルシヤ。サラエボの歴史地区はトルコ風の雰囲気。
サラエボがこんなにトルコ化されていたのは前回あまり気づかなかった。 -
トルコアイスの店も多い。
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バシュチャルシヤのトラムとモスク。
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旧市街のかつて滞在した宿はとり壊され新築の建物に変わっていた。
「KONAK」という宿で中は一部ががれきになっていたような安宿だ。なくなっていても仕方ない。 -
宿の隣が特徴のある塔屋の建物なのですぐにわかった。
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夕食はボスニア料理店に入ることにした。
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Restoran Careva Ćuprija
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炭酸水を注文。
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サルマというロールキャベツを食べることにした。
キャベツは塩漬けされているので見た目とは少し味は違った。 -
ライスも注文した。今回ヨーロッパに来てから米を食べるのはザグレブのリゾット以来。米粒は大きく水分も多いので、あまり米を食べている感じはしない。
https://www.youtube.com/watch?v=aNYTHbgwy7Q -
チーズクリームを絡めて食べることになる。
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値段は夕食26KM(2353円)。
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食事を終えたあとCaffe Aynaというカフェに入った。
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サラエボで初めてのボスニアコーヒー。
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値段は5KM(453円)。
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トレーにはサラエボの絵がデザインされている。
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夕日を見にYellow Fortressという砦跡に上ることにした。
急いでむかったが日は沈んでしまった。 -
夕日を見る人がたくさんいる。
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日没時刻は20:45だが、山に囲まれてるので10分ほど早く沈んでしまった。
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砦跡からサラエボ市街地を見下ろす。
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再びバシュチャルシヤのセビリ周辺に戻ってきた。
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オスマントルコとオーストリア帝国の境界線。このラインを境に街並みが一変する。
https://www.youtube.com/watch?v=3glWtQYiQp0 -
イエスの聖心大聖堂
Katedrala Srca Isusova, Sarajevo -
財務省の政府機関ビル前の「永遠の炎」
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第二次世界大戦で命を落とした人々を追悼するために灯された炎。
戦争や犠牲になった人たちを忘れないために灯してる永遠の炎だ。 -
オリンピックのイルミネーション。
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市街地のメイン通りは交通規制が敷かれていて全く車が走っていない。トラムも運休している。
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ホテルホリデー周辺まで歩いて戻ってきた。
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交通規制はスナイパー通りでマラソンをやっていたからだ。市民マラソンなのか男女問わず素人が走っている。
ホテル周辺のショッピングモールが休みだったのはマラソンのせいだったのかもしれない。 -
周辺の道路は大渋滞。そのおかげでホテル前は静かで広々していい感じだ。
ホテルに戻ると21時過ぎ。
遅いのになぜかレセプションはイスラム人観光客で混雑していた。
【6月30日(月)】
ホテルは朝食付き。 -
7時過ぎに2階のレストランへ向かった。
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2階のナショナルレストラン。
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入り口にはモスクが描かれている。
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レストランの雰囲気も料理もトルコ式。
完全にトルコの中級ホテルにいる雰囲気だ。 -
ハム、オリーブ、サラダ、パンと種類は多いがあまり食欲をそそるものはない。
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ケーキもあるが、こんなにいろいろ朝から食べる気になれない。
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ハムとチーズ。
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フルーツもいろいろある。
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適当に盛ることにした。
またホテル周辺はあまり食べるところはないのでホテルで食べることができたのは良かった。
しかし客も従業員もほぼ全てトルコっぽい。ホテルヨーロッパというのはトルコ資本のホテルなのかと思うくらいだ。一応ボスニア資本らしいが、。
11時まで部屋にいられるのでそれまで街に出ることにした。 -
スナイパー通りを歩いて西へ向かった。
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トラムのダイアモンドクロスがあるČengić Vila駅。
歩いて30分かかるが行ってみた。 -
ここはトラムの折り返しができる駅になっている。
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空いたスペースにはボスニア国旗。
Čengić Vila駅横の建物はトラムの運転手の営業所になっているようだ。ここで運転手の交代が行われるようだ。 -
27年前も来た気がする。
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この駅で20分待ったが折り返す2番のトラムはやってこなかった。
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トラムでホテルへ戻ることにした。サラエボのトラムはバス同様は運転手から直接切符を買うスタイル。売店での切符販売は廃止されたようだ。運転手の手間が増えてずいぶんアナログなシステムだ。値段はバスと同じで一回1.80KM(155円)。
https://www.youtube.com/watch?v=_AkVuMXA3xM -
ホテルに戻り荷物をまとめてチェックアウトを済ませた。
今回のサラエボ滞在でホリデーインに泊まれたのは満足だ。コスパはあまり良くないがボスニア内戦を象徴するホテル。
ホテルは予想以上にイスラム化されているのも知ることが出来た。 -
ホテル横のモールはスーパーマーケットになっている。
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周辺にはほかにもショッピングモールもある。
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完全に修復されたツインビル。中はオフィスビルになっているようだ。
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1998年3月訪問時。砲撃を受け葛西で廃墟化していた。これでも立て替えなくてすんだのはすごい。
1997年~1998年 ユーラシア大陸横断-M(ボスニア・ヘルツェゴビナ編)
https://4travel.jp/travelogue/11651693 -
こちらも焼け焦げた連邦議会の建物。
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見事に復活している。
トラムで旧市街へ向かった。 -
旧市街のバシュチャルシヤで下車。
https://www.youtube.com/watch?v=OZB0OHHk33w -
バシュチャルシヤとセビリ。
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サラエボが包囲されていた時に爆撃されたマルカレ市場を見学。
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ボスニア内戦が終結へと向かうきっかけになった事件だ。あの爆撃以降各国のセルビアへの制裁でサラエボは落ち着きを取り戻した。
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マルカレ市場は当時青空市場だったようだが、今は屋根がある。
規模は大きくないが歴史的な場所でもある。 -
サラエボ事件のラテン橋。
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橋を渡った先からトロリーバス103番で空港へ向かうことにした。
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103番のトロリーバスは10分に一本あるはずが、なかなか到着しない。
15分くらい待ってやっとバスが来た。間隔が空いているので待っている客は多い。スルプスカ共和国(セルビア人地区)へはみんなこのバスを使う。なのでこのバスは終始超満員だった。
このバスがセルビア人の重要なインフラになっている。こんな貧弱なインフラに命運を握られているセルビア人が気の毒に思う。 -
終点の一つ手前のバス停で下車。
バス停から空港までは歩いて10分ほどだ。
一時期に比べれば涼しくなったが、それでも日中は暑い。
住宅街を通り抜けた先に空港がある。 -
サラエボ空港に到着。
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すでにセルビア航空のチェックインは始まっていた。スムーズにバルセロナまでの搭乗券を受け取った。
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サラエボではtrip .comの特典のラウンジを使うことにした。
「ビジネスラウンジ」というラウンジを利用できるようだ。
ビジネスクラスの客も利用するラウンジだ。 -
ラウンジ内は人も少なくゆったりしている。
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いろんなお酒が並んでいる。
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ドリンクは種類は豊富。
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サンドウィッチもある。
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豆も充実している。
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チョコパンもあり、昼ごはんを食べてないのでここで済ますことにした。
15時10分発のエアセルビア、ベオグラード行き。旧ユーゴ諸国で空路移動するの初めてめてだ。だいたい陸路で通り過ぎることが多い。
しかしベオグラード行きは30分の遅延。バルセロナ行きの乗り継ぎ時間が1時間しかないのに30分の遅延とかヒヤヒヤものだ。
どうなることやら。 -
ベオグラードまではエアセルビアのプロペラ機のATR72-600。
フライト時間は40分と短い。 -
30分の遅延。30分の乗り継ぎ大丈夫か?
今まで乗り継ぎに失敗したことがないのは奇跡だが、余裕を持ったフライト予約をしてるからだが、一度スカンジナビア航空コペンハーゲン乗り継ぎでストックホルムへギリだったことはあるが、あれは同じような乗り継ぎ客が多くて安心感があったが今回はかなり焦る。
CAはたぶん大丈夫だと言っているが本当か?
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