2025/09/18 - 2025/09/24
4位(同エリア402件中)
TKさん
ボスニア・ヘルツェゴビナの悲惨な近代史を知るほど、
自分たちが当たり前のように過ごしてきた“平和な日常”のありがたさを、
改めて噛みしめることになる。
多様な宗教や文化や人種がひとつの国に共存しているなんて、世界でも本当に稀。
しかも今も、その共存が静かに、穏やかに続いている。
ずっと気になっていたバルカン半島だけど、アクセスの悪さに阻まれて、旅はいつも計画止まり。
ところが今回、ザグレブ発着のJTBランドクルーズ「バルカン半島3か国ツアー7泊8日」を見付けて、早速申し込んだ。ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、スロベニアの見どころを、ぎゅっと効率よく巡れる、まさに理想のルート。
しかも、早めに申し込んだので10%の割引を受けた。ラッキー!
普段、滞在型のゆったり旅を楽しんでいる私達には、とても新鮮。朝5時起き、6時半朝食、7時半出発、夜は8時からの夕食。(こんなの無理!と思ったほど)の超ハードスケジュール。なので、結構キツイ。でも慣れるもんですね。
ホテルは3つ星クラスで、時々4つ星クラス。十分快適。
今回のツアーでは、全部で40人くらいで、半分が日本人でした。皆さん、旅慣れた方たちばかりで、和気あいあいとして良い雰囲気でした。
添乗員は、日本語ガイドと英語ガイドの2人体制(説明が2回聞ける、しかも微妙に内容が違っている、けどそこが面白い)。
こうして私たちの“バルカン3か国の旅”がスタートした。
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なお、今回の旅行の全体のフライト行程は以下のとおりです。
ワンワールド世界一周航空券と、クロアチア航空・ベルギー航空・ルフトハンザ航空・スイス航空券で実施。(2025.9.12~10.10の約1ケ月)
★印が今回の旅行記。
9/12: 羽田(JAL)=>ニューヨークJFK(フィンランド航空)=>ヘルシンキ(滞在)
9/15~17:ヘルシンキ(フィンランド航空)=>ロンドン(BA)
=>ザグレブ(滞在)
今回の旅行記の範囲
<ここから>
★9/17~24:JTBランドクルーズで、"バルカン半島3か国周遊ツアー7泊8日”の前半部分。
★ボスニア・ヘルツビゴナ:バニャルカ・ヤイツエ・サラエボ・モルタル・★クロアチア:ドブロブニク。
<ここまで>
・ストン・スプリット・プリトビッツ・オパティア
・ボストイナ鍾乳洞・ブレッド湖・リュブリアナ・マルボル・ザグレブ
9/24:ザグレブ(クロアチア航空)=>ベルギー(ベルギー航空)=>ブタペスト (滞在)
9/27:ブタペスト(ルフトハンザ)=>ミュンヘン(ルフトハンザ)=>ビアリッツ
9/27~10/6: ビアリッツ (10日間滞在)
10/6:ビアリッツ(スイス航空)=>ジュネーブ (滞在)
10/8:ジュネーブ(BA)=>ロンドン(キャセイ航空)=>香港(滞在)
10/10:香港(JAL)=>羽田
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- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨晩、ザグレブの郊外にあるモーベンピック ザグレブ ホテルに集合。
今日は、これから、JTBランドクルーズ「バルカン半島3か国ツアー7泊8日」に出発進行!
この大型バスで廻ります。満席でしたが快適でした。 -
ザグレブを出て、1時間ほどでボスニア・ヘルツビゴナ(以後ボスニアと書きます)との国境へ到着。
ガイドさんが皆さんのパスポートをまとめて、係員に持っていき手続き完了。(私達はバスに乗ったまま)。
日本人なので陸の国境の経験には、少し、緊張する。 -
窓の外には、ボスニアの国旗が。
この国旗の形覚えておいてくださいね。(あとで話題になります) -
車窓からは、緑豊かな美しい農村の景色が続く。うっとり。
ほんの20~30年ほど前まで、悲惨なボスニア紛争をしていた国とは思えないほど。 -
街の家々も新築で、美しい。まるで、夏の避暑地みたい!
でも、バスの窓からは分からないけど、国土の一部には約17万個の紛争時に埋設された地雷が残存しているとのこと。なお、除去作業は現在も継続中。 -
最初の訪問地は、バニャルカ。まずは、セルビア正教会の救世主キリスト大聖堂へ。
左の塔の高さは、47メートルもある。 -
平和な国から来た観光客は、すぐ、
「記念写真撮っちゃおう!」 -
正教会の右にある美しい建物はバンスキドヴォル(知事公邸)。
地域の豊かな芸術遺産を展示する名高い文化センターでもある。
おや?国旗が飾られているが、国境でみた国旗とは違うみたい?
運ちゃん、国を間違えたの?
え?国旗が小さくて、よく見えない?
分かりました、大きくしましょう。=>次の写真へ -
確かに!全然違う国旗! なぜ?
しかも、ロシアの国旗にも似ているし、でも、色の順番が違うし。
さらに、セルビアの国旗から、鷲と王冠を外した国旗にもそっくり。
調べてみました。
バニャルカ市はボスニア・ヘルツェゴビナ連邦のスルプスカ共和国(住民のほとんどがセルビア人)にあり、これはこのスルプスカ共和国の国旗だとのこと。セルビア人の心の意地を見せていますね。俺は、ボスニアにいるけどセルビア人なんだぞ!と言っているのでしょう。
スルプスカ共和国では、あのボスニアの国旗はほとんど使われないそう。
でも、ウ~~~ン、ややこしいなあ。
話を広げるけど、さらにもっとややこしいのが、ボスニアの首相の選ばれ方!
なんと、(ボシュニャク人・クロアチア人・セルビア人)の3主要民族から1名ずつ8ヶ月ごとに輪番制で交代する集団指導体制とのこと。内戦の再発を防ぐためらしい。
え~~!、うまくいくの?
でも、日本も短期間で首相が代わっているもんね?!変に納得。 -
話を戻して、教会に入ろうとして、裏側の入り口へ行くと。
牧師さんが、スマホで会話中。
秘密の話なのか、席を外して教会の外へ出てお話し中。けっこう大きな声なので全部筒抜けでした。でも、セルビア語はわかりませんので、問題なし。 -
入場すると、内部は素晴らしく豪華絢爛。
手前の、東方正教会のイコン像も金色で豪華。 -
天井には、神々しいキリスト像と、美しいシャンデリアが。
ワビ・サビの日本の寺院に見慣れた日本人から見ると、
個人的な印象ですが、東方正教会の内部は、いつ見ても豪華ですね。 -
お昼は、バニャルカのメイン通り・ゴスポドスカ通りの先のショッピングセンターのフードコートで。
ところが、買い方が分からず、右往左往していると、地元の若いお嬢さんが丁寧にかつ親切に、教えてくれた。旅先で親切に巡り合うととても嬉しいもの。バニャルカの好感度UP! -
次は、ヤイツェへ向かう。
ところが、急にバスがノロノロ運転に。その後ストップ。
どうした?どうした? 右側前方を見ると、ヴルバス川の橋の上が渋滞。 -
どうやら、事故の様。
お巡りさんが、事故処理の対策手順を検討中。 -
おやまあ! 大変大変。
事故の後処理が2時間ほどかかるそう。そこで、私たちは歩いて、行くことになりました。まあ、しようがないですね。 -
歩いて5分くらいで、ヤイツェの滝へ到着。
お~~、結構美しい。 -
その後、ヤイツェの街へ向かって、プリヴァ川に沿って少し歩く。
この川の先が滝になっている。 -
中世ボスニア王国の首都だったヤイツェは、要塞都市。
写真のように、古い門や城壁が残っています。味のある街です。 -
花であふれた、美しいヤイツェの旧市街。
小さな街なので、1時間ほどの滞在で、今夜のお宿サラエボへ向かう。 -
今夜のお宿は、イビススタイル サラエボ。
ホテルの上層階から、サラエボの夜景を見ておやすみなさい。
(このツアーは夜8時からの食事。なので、さっさと食べて寝ないと、次の日がつらい) -
おはようございます! 今日の最初の訪問地は見どころ満載のサラエボ市内見学。
まず行ったところは、サラエボ市役所。
イスラム建築の影響を受けた、アラビア風の装飾が特徴の建物で、街のシンボルでもある。美しい! -
サラエボ市役所の手前を流れるのは、ミリャツカ川。
その左側、200メートルほど先には、あの有名なラテン橋が見える。
あの、第一次世界大戦発端の場所のあるところですよ!
行ってみよ~~。 -
ラテン橋&サラエヴォ博物館の前に到着。
ここは1914年6月28日、オーストリア・ハンガリー帝国の皇太子夫婦がセルビア人青年に狙撃された場所なのです!
それが原因で、オーストリアはセルビアに宣戦布告。セルビア人はスラブ人だったので、スラブ人を助けるという名目でロシアが参戦。一方オーストリアと三国同盟を結んでいるドイツも(集団的自衛権行使?)参戦。それを見ていた、ロシアと三国協商を結んでいた、イギリス・フランスも(集団的自衛権行使?)参戦。
というワケで、あっという間に第一次世界大戦に発展。(本来、抑止力として)自分たちを守ってくれるはずの集団的自衛権の行使であっという間に大戦争に発展した。(今の日本、大丈夫?) -
その時、皇太子夫婦が乗っていたお車(レプリカ)。
学生のころの歴史の教科書には、必ず、この写真が載っていた。
そのような歴史のターニングポイントの実際の場所を目前にして、久しぶりになぜか興奮しました。 -
車のバックの壁には、射撃されるほんの少し前のまだお元気な皇太子ご夫妻の写真が。自分たちが世界大戦のきっかけになるとは、知る由もない。
-
そこから、数分歩いて、イエスの聖心大聖堂(Katedrala Srca Isusova)へ。
1889年に建造された、ボスニア・ヘルツェゴビナで最大のカトリック教会の大聖堂である。
さて、ここで、<閑話休題>:
ここより西に行くと有名なスナイパー通りがある。
サラエボは1992年4月5日から1996年2月29日まで、3年間もユーゴスラビア人民軍(JNA)に包囲された。
何とも、痛ましいことだが、サラエボ紛争当時、一般市民でもこのスナイパー通りを通る人間は、ユーゴスラビア人民軍(JNA)のスナイパーの恰好な標的にされたのだ。
さらに、おぞましいことに!
丘の上から民間人を狙撃する、サラエボの「人間狩りツアー」がこのスナイパー通りで実施されていた。
BBCによると、『銃器マニアの大金持ちたち』が、『無防備な民間人を殺すために金を支払い』、当時包囲されていたサラエボの丘陵地帯にあったセルビア人陣地に案内され『人狩り』をしていた」とのこと。
その参加費用は「現在の価値で10万ユーロ(約1800万円)に達していた」という。まるで、この世の地獄。 -
さて、ツアー一行は、ツアーガイドに案内されて、(西ではなく)東側のサラエボ旧市街の歴史エリアのバシュチャルシヤへ向かう。
-
まずはガジ・フスレブ・ベイ・ジャミーヤモスクへ。
1531年に建てられたイスラム寺院で、ボスニア・ヘルツェゴビナで最も古い歴史がある。 -
入ると、ウドゥ(礼拝の前に体の一部を水で洗うお清めするところ)が。
私も、イスラム教徒ではありませんが、手を洗い入場。
少し緊張する。 -
ここ、サラエボの歴史地区は、オスマントルコ時代の雰囲気が色濃く残っている地域。
-
ところが!
同じ通りに、突如現れたこの景色・家。
え!ここどこ?日本の京都?じゃない?
いえ違います。サ・ラ・エ・ボ です。
こんな発見、面白~~~い! だから、旅は大好き! -
その後、ツアー一行はバシュチャルシヤ地区のセビリ(水飲み場)へ。(写真の右)
-
ここは、旧市街のシンボルマークとなっている水くみ場。
蛇口からの水は飲めます。大変わかりやすい場所にあるので、集合場所にぴったり。
ツアーガイドさん:「ハイ、ここからは自由見学になります。皆さん、ご自由に昼食と見学して、また、このセビリに○時××分にお戻りください」 というわけで、一時解散。 -
また、街の散策開始。
おや、ここは、床屋さん?左側にある、赤・白・青のぐるぐるマーク。
懐かしい!このマークは全世界共通なのですね。 -
さらに行くと。トルコの甘~~い、お菓子が。
-
その先には、ボスニアコーヒーセットのお店。
ところで、トルコ・コーヒーと、どう違うの?
==>はい!砂糖を入れるタイミングが違います!
トルコ流は、煎じる時砂糖を入れるけど、
ボスニア流は、カップで飲むとき砂糖を入れるそうです。
ふ~~ん。微妙な違い、奥が深いね。 -
その先のお店では、美しいボスニアコーヒーセット。
これで飲むと、美味しいそう! -
アラジンの魔法のランプのようなものも。
エキゾチック! -
店の奥には、トルコ風水差し。これらもみんな品がある。
買いたいものがいっぱいあるけど、これからさらに3週間の旅。
途中で破損しそう。という事で、断念。 -
その先のお店で、驚愕のお土産を発見!
なんと、ボスニア紛争で使った銃弾のペンや、キーホルダーが! -
私達は、結構世界中を旅しているが、こんな悲しいお土産を見たとこはない!
しかし、
オスマントルコに占領されたり、オーストリアの影響も受けたり、セルビアからさんざん攻撃されたり、地政学的ににも文化の狭間に翻弄されたサラエボは、今は立派に平和な都市になっている。
これからも更なる発展を祈る! -
サラエボの次は、モスタルへ。
世界遺産スタリ・モストを見に行こう!
スタリ・モストが建てられたの16世紀。
オスマントルコのスルタン・スレイマン1世の指示でミーマール・ハイレッディンが、石造りで建築したもの。
1993年11月にクロアチア軍に爆破されるまで、実に427年ものあいだも頑張っていたとは、オスマントルコの技術も素晴らしい。 -
その後、橋は2004年7月に、昔の技法に従って1088個の石を使って再建された。
今でも、紛争時代の影響で、クロアチア系は川の西、ムスリムは東に分かれて住んでる。世界遺産スタリ・モストは、その両民族の間を取り持つ重要な役割りを担っている。 -
橋の上の敷石はツルツルになって、滑りやすくなり、どれだけ多くの人々がこの橋を往来したかを物語っている。
-
同時に、この暑さに対して、日陰の敷石の何と心地よいこと!
無防備のお犬さんの、この幸せそうなお顔。 -
玉石のテカリ感にも味がある。
通り過ぎた多くの旅人の歴史を語っている。 -
橋からの眺めも美しいし!
-
外からの橋の眺めも、また美しい。
あ! 今ちょうど、この橋の上から若者が飛び込んだ後。
(残念、シャッターチャンスを逃しました。) -
気を取り直して、この景色を眺めながら美味しいランチを。
平和な今を祝って、乾杯! -
ネレトヴァ川で獲れた新鮮なマスのグリル。塩とレモンだけのシンプルな味付け。
久しぶりの川魚も美味しい! -
バルカン半島の定番料理、チェヴァビ。
お肉の旨味が、美味しかったです。 -
その後、ツアーは今夜のお宿ドブロブニクへ向かって出発。
途中、夕暮れ時に、夕陽にあたって、大変美しいシルエット。
2022年開通の全長約 2.4kmのクロアチアの「ペリェシャツ橋」を通る。
これは、パーキングエリア(実際はトイレ休憩所)からの景色。
この橋が開通したおかげで、ドブロブニクからボスニア領土内を通ることなくスプリット(明後日に行きます)などへ行けるようになった。(面倒な国境検査が無くなった)
実は、今日もまた、ここに来る前に、交通事故による渋滞に巻き込まれました!
予定とおりいかないのが旅ですね。気にしません。運ちゃんは、すかさず、迂回路を見付けて頑張りました! パチパチパチ! -
約1時間ほど遅れで、今日のお宿ドブロブニクの「Royal Neptun」に到着。
ここに2泊します。4つ星ホテルなので、バスタブも広く清潔で快適でした。
夕食も、海を眺めながらゆったり頂けました。 -
おはようございます。次の日です。
部屋からは、アドリア海の美しい景色がどか~~~んと、広がる。
うん、さすが、人気のリゾート。 -
窓の右側には、開放感満載の屋上プールが。
でも、水着を忘れたので行けません。残念。 -
今日の出発時刻は、少しゆっくり。
ロビーに集合して、バスで、アドリア海の宝石ドブロニクス城塞に出発。
前半に、城塞ガイドツアーを3時間ほどして、後は自由時間。
ホテルへは、路線バスで各自ホテルへ戻る。つまり、一日中ドブロブニク滞在。 -
ホテルからドブロブニク城塞までは約4.5キロメートル。
バスは、美しい港町を通り過ぎていく。 -
ドブロブニクの港には、いつも通り大型クルーズ船が停泊中。
-
ドブロブニク城塞の、ピレ門前の広場にて現地ガイドさんと合流。
まず、ロヴィリイエナッツ要塞見学へ。 -
アドリア海の海は大変澄んでいて美しい。
-
その後、西側のピレ門から入場。
まず目に入るのがこのオノフリオの大噴水。でも、実際は噴水ではなく水飲み場。 -
その隣では、(後光が射している、凄そうな)大道芸人がパフォーマンス。
入った瞬間から、楽しい観光地の予感が。 -
その隣のフランシスコ修道院の前の壁では。
え~~何やってるの?この子?
聞けば、この顔の足台(斜めになっていて滑りやすい)に乗って、着ているシャツを一度脱いでからまた着なおすことに成功すると、願い事がかなうとのこと!
壁をよく見ると、チャレンジャー達が触った腕の油跡が、たっぷりと。 -
誰もいなくなった後、このおばさんがチャレンジ!
真っ白い靴下も脱ぎ捨てて、必死に頑張っているんだけど、結局失敗。乗ることもできない。結構難しそう。 -
しみじみと良く見てみると、イヤー、確かに難しそう。
手前に坂になっているし、表面はすべすべ。
TKもやってみましたが、簡単に撃沈。
この石、実はガーゴイルの像。
教会などの雨樋に使われていた、怪物などをかたどった彫刻の石である。
遊び心満載! -
その後は、フランシスコ会修道院へ。
内部には、教会、修道院、だけでなく、博物館、図書館、薬局などが。
特に、ここの薬局(マラ・ブラーチャ薬局)は、1317年の創業で、ヨーロッパでは3番目に古い由緒あるところ。 -
修道院の内部の回廊の上部は聖フランシスコの生涯を描いた壁画で飾られている。美しい!
外のオーバーツーリズムのドブロブニク市街のあの混雑ぶりを忘れるような、この静寂さ! -
中庭の植物園越えに、尖塔も青空に映える。
-
フランシスコ会修道院をでて、プラッツア通りを行き、スルジ山を見る。
山頂へは、ロープウェイで登れるようになっている。 -
さらに進むと、ドブロブニクのメインストリートであるプラッツア通りの東側の、ルシャ広場に到着。
-
そこには、オノフリオの小噴水。
(注:ピレ門を入ったところにあるのは、オノフリオの大噴水)
右下の猫ちゃん可愛い。拡大しましょう=>次の写真へ -
日向ぼっこ楽しい。
-
通りの、石畳は年季が入っていて、テカテカ。
過去から現在まで、どれほど多くの人たちがこの上を通り過ぎていったことか。
なあ~~~んて、自己満足の妄想にうっとりしている場合ではない。
=>次の写真へ -
現状は、オーバーツーリズムでこの人だかり。
-
さらに、残暑の暑気と人達の熱気で、イモ洗いの海水浴場状態。
-
オーバーツーリズムの人波を避けて、歴史的教会などを撮影するのは至難の業。
これは、聖ヴラボ教会の上部部分。
人を避けて、建物の上だけを撮っていたら、中途半端な写真になってしまった。 -
これも人を避けて撮った、聖母被昇天大聖堂の写真。
カッコつけて、上を飛ぶ飛行機も入れた(見えます?)が、
やはり、中途半端なインパクトがない写真になってしまった。涙。 -
気を取り直して、世界遺産ドブロブニク散歩を続ける。
発見しました。
大きな通りを外れて、そこから分かれる坂の枝小道は大変静かで味があるのである。なんか絵になるし、しかも、涼しいし! -
この坂も、歴史が感じられ、魅力的!
坂めぐり楽しいねえ~! -
奥に陽の当たる坂道。思わず登りたくなりません?
-
ここも。
思わず、テーブルに座り、ゆっくり、くつろぎのコーヒーでも飲みたくなってくる。 -
見つけました!
坂の途中にある、ホテルの入り口。
魔女みたいなお人形がウエルカム!楽しくなりました。 -
その先にある、カフェ。
猫の店長が、商売抜きで、くつろぎ中。 -
さて、ドブロブニクで外せないのが城壁探索。
行ってみよ~~~! -
城壁の上からは、見事に統一された瓦屋根が魅力的。
-
さらに、城壁の窓から覗くと、
オレンジ色の瓦屋根が広がる、絵のようなドブロブニクの街並み! -
赤い屋根に浮かぶドーム屋根も、雰囲気が良い。
-
昔、頑張っていたころを、ひそかに想い出しているような、荒波に向かってポツンと一つある孤高の砲台。なんかかっこいい。
-
アドリア海に面した絶壁にある、カフェ。
いいねえ。後で行ってみよう! -
階段を降りて、アドリア海ビューのカフェに向かいます。
(実際は、いったん城砦を降りて、城壁をくぐり抜けていきます) -
「かんぱ~~~い!」
壮大な青いアドリア海を眺めながら、飲むビールのなんといういう美味しさと気持ちよさ。 -
城塞の東にある、旧港の手前で、城壁を降りる。
-
昔は、ここから世界各地へ出向する交易船でいっぱいで、ドブロブニクの繁栄を支えてきた。同じアドリア海のベニスとも張り合っていたとか。
-
今は、ロクムル島などへの観光船で賑わっている。
-
港では、犬が慌てて、「ご主人様、僕を忘れないで! ワンワンワン」
「お~~、ごめんごめん。今迎えに行くよ!」 -
夜になりました。港も、美しく夜化粧。
-
ドブロブニクは夜も楽しめる。
今夜は、教会のナイトコンサートへ。 -
静寂の夜の教会内に響く、生のクラシック音楽が聴けるなんて、なんと贅沢。
-
おしまいの三枚は、(対比をお楽しみください)。
エメラルドグリーンの、昼のドブロブニク港と
==>次の写真へ -
藍色の空と、濃い群青のアドリア海と、美しい夜のドブロブニク港のハーモニー。
-
最後は遠景で。。。
ご訪問ありがとうございます。
明日は、スプリットへ向かいます。
それでは、おやすみなさい。
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