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舞木町八柱神社から今回紹介する下大坪稲荷神社へは、籠川上流を車で5分程の加納町下大坪地内に鎮座します。

下大坪稲荷神社

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2024/06/07 - 2024/06/07

619位(同エリア748件中)

wabisabi2さん

舞木町八柱神社から今回紹介する下大坪稲荷神社へは、籠川上流を車で5分程の加納町下大坪地内に鎮座します。

旅行の満足度
2.5
観光
2.5
交通
2.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車 徒歩
  • 舞木町八柱神社から今回紹介する下大坪稲荷神社へは、籠川上流を車で5分程の加納町下大坪地内に鎮座します。<br />鎮座地は猿投山南麗の加納川と籠川に挟まれた丘陵地の裾にあたり、南の矢作川にかけて広がる扇状地。<br />江戸時代は加茂郡加納村で、明治になって西加茂郡に編入、その後広沢村大字加納、猿投村大字加納、猿投町大字加納を経て、1967年豊田市大字加納、1970年に現在の豊田市加納町となる。

    舞木町八柱神社から今回紹介する下大坪稲荷神社へは、籠川上流を車で5分程の加納町下大坪地内に鎮座します。
    鎮座地は猿投山南麗の加納川と籠川に挟まれた丘陵地の裾にあたり、南の矢作川にかけて広がる扇状地。
    江戸時代は加茂郡加納村で、明治になって西加茂郡に編入、その後広沢村大字加納、猿投村大字加納、猿投町大字加納を経て、1967年豊田市大字加納、1970年に現在の豊田市加納町となる。

  • 加納駐在所から見た稲荷神社社頭。<br />明治時代の加納集落の北外れに位置し、右手に大正6年に(1917)に寄進された村社稲荷神社の社号標があります。<br />後方に太い幹の楠木が聳えています、以前はここから参道が続いたようです。

    加納駐在所から見た稲荷神社社頭。
    明治時代の加納集落の北外れに位置し、右手に大正6年に(1917)に寄進された村社稲荷神社の社号標があります。
    後方に太い幹の楠木が聳えています、以前はここから参道が続いたようです。

  • 一ノ鳥居は石造の神明鳥居で大正11年(1922)に寄進年されたものです。

    一ノ鳥居は石造の神明鳥居で大正11年(1922)に寄進年されたものです。

  • 両部鳥居から境内の眺め。<br />玉垣で社地が囲われていないので鳥居両脇から境内に駐車可能です。

    両部鳥居から境内の眺め。
    玉垣で社地が囲われていないので鳥居両脇から境内に駐車可能です。

  • 木造の両部鳥居、前後の控柱ががっちりと鳥居を支えています。

    木造の両部鳥居、前後の控柱ががっちりと鳥居を支えています。

  • 鳥居の扁額には「正一位 稲荷大明神」とあります。

    鳥居の扁額には「正一位 稲荷大明神」とあります。

  • 参道左側に単独で一社祀られていましたが、個人祭祀の社の様にも見え、これ以上近寄らなかったので詳細は不明。

    参道左側に単独で一社祀られていましたが、個人祭祀の社の様にも見え、これ以上近寄らなかったので詳細は不明。

  • 境内左に豊田市消防団第2分団第一部の詰所と火の見櫓が聳えています。<br />高層建築がなく、周囲を見通せるこの地域では今も現役。

    境内左に豊田市消防団第2分団第一部の詰所と火の見櫓が聳えています。
    高層建築がなく、周囲を見通せるこの地域では今も現役。

  • 社殿全景。<br />左に手水舎、社務所で中央に拝殿・本殿と続き、本殿の左右に境内社の姿があります。

    社殿全景。
    左に手水舎、社務所で中央に拝殿・本殿と続き、本殿の左右に境内社の姿があります。

  • 拝殿全景。<br />瓦葺の妻入りで四方吹き抜けのもの、飾りを拝したシンプルなものです。

    拝殿全景。
    瓦葺の妻入りで四方吹き抜けのもの、飾りを拝したシンプルなものです。

  • 境内左の手水舎。

    境内左の手水舎。

  • 手水石の左に天保の元号が刻まれている様です。<br />色々調整してみましたが、明確にならず、その様に見えます。

    手水石の左に天保の元号が刻まれている様です。
    色々調整してみましたが、明確にならず、その様に見えます。

  • 加納稲荷神社由来は以下。<br />御祭神 主神 豊受大神、相殿 天照大神、熱田大神<br />配杞 富士浅?神社、津島神社、熊野神社、藤原良基神靈、白山神社、秋葉神社<br />鎮座地 豊田市加納町下大坪1番地<br /><br />御神徳<br />豊受大神は伊勢外宮に祀られ 衣食住の神として信仰され配祀された神と共に家内安全・商売繁昌・進学修業に霊験あらたかな神である。<br />創立の由来<br />天授元年(1375)足利氏の重臣 中条秀長が西三河北辺の地加納村に故郷の氏神富士浅間大権現をお迎え祭祀したと伝う。<br />その後慶長5年(1600)庄屋の要請で足助荘より成瀬三成が移り住み、その子成瀬誉一が初代神主となりお仕えしていた、伊勢神宮から豊受大神の御分身をお迎えして以来稲荷大権現と称するように なった。<br />享保18年(1733)神主成賴伝蔵のとき藤山から現在地に遷座され今に至る。<br /><br />由来にある藤山とは。<br />鎮座地から南西に約1?の猿投中学校西交差点の西側にあたり、藤山古墳がある加納町藤山付近を指していると思われます。<br /><br />西加茂郡志の記述によれば以下の内容。<br />所在地 大字加納<br />社格 村社<br />稲荷神社<br />祭神 豊受姫命<br />創建 不詳<br />祭礼 10月14日<br />境内 三反八畝十三歩<br />氏子 一二三戸

    加納稲荷神社由来は以下。
    御祭神 主神 豊受大神、相殿 天照大神、熱田大神
    配杞 富士浅?神社、津島神社、熊野神社、藤原良基神靈、白山神社、秋葉神社
    鎮座地 豊田市加納町下大坪1番地

    御神徳
    豊受大神は伊勢外宮に祀られ 衣食住の神として信仰され配祀された神と共に家内安全・商売繁昌・進学修業に霊験あらたかな神である。
    創立の由来
    天授元年(1375)足利氏の重臣 中条秀長が西三河北辺の地加納村に故郷の氏神富士浅間大権現をお迎え祭祀したと伝う。
    その後慶長5年(1600)庄屋の要請で足助荘より成瀬三成が移り住み、その子成瀬誉一が初代神主となりお仕えしていた、伊勢神宮から豊受大神の御分身をお迎えして以来稲荷大権現と称するように なった。
    享保18年(1733)神主成賴伝蔵のとき藤山から現在地に遷座され今に至る。

    由来にある藤山とは。
    鎮座地から南西に約1?の猿投中学校西交差点の西側にあたり、藤山古墳がある加納町藤山付近を指していると思われます。

    西加茂郡志の記述によれば以下の内容。
    所在地 大字加納
    社格 村社
    稲荷神社
    祭神 豊受姫命
    創建 不詳
    祭礼 10月14日
    境内 三反八畝十三歩
    氏子 一二三戸

  • 手水舎から社殿全景の眺め。<br />手前を拝殿とするとその先は幣殿?舞殿?なのかなぁ。

    手水舎から社殿全景の眺め。
    手前を拝殿とするとその先は幣殿?舞殿?なのかなぁ。

  • 拝殿から本殿方向の眺め。<br />拝殿の先の建物の用途は良く分かりません。

    拝殿から本殿方向の眺め。
    拝殿の先の建物の用途は良く分かりません。

  • 右は神楽殿で良いのかな。<br />内部の木札によると平成元年に社殿の改修が行われたようです。

    右は神楽殿で良いのかな。
    内部の木札によると平成元年に社殿の改修が行われたようです。

  • 神門と本殿域の正面全景。<br />四対の常夜灯のうち、内側のものは平成に寄進されたものですが、他はいずれも寄進年を見ていません。<br />其々寄進年は違う様で、見た目では外塀横のものが一番古そうです。

    神門と本殿域の正面全景。
    四対の常夜灯のうち、内側のものは平成に寄進されたものですが、他はいずれも寄進年を見ていません。
    其々寄進年は違う様で、見た目では外塀横のものが一番古そうです。

  • 神門の飾り瓦に狐の姿、棟には鯱の姿がある。

    神門の飾り瓦に狐の姿、棟には鯱の姿がある。

  • 本殿と左の境内社。<br />稲荷と云えば狛狐でしょう。<br />ここに至る迄、狐の姿は見られなかったが、神門から先の本殿域で本殿を守護しているのかもしれません。

    本殿と左の境内社。
    稲荷と云えば狛狐でしょう。
    ここに至る迄、狐の姿は見られなかったが、神門から先の本殿域で本殿を守護しているのかもしれません。

  • 左から熊野社、白山社、津島社、秋葉社の四社と右の石の社の社名は不明。

    左から熊野社、白山社、津島社、秋葉社の四社と右の石の社の社名は不明。

  • 正面に文字が刻まれているような気もするのだが。

    正面に文字が刻まれているような気もするのだが。

  • 境内社から稲荷神社社殿と境内の全景。<br />本殿は棟持柱が見えるので神明造、水平にカットされた内削ぎ千木で、6本の鰹木が施されています。

    境内社から稲荷神社社殿と境内の全景。
    本殿は棟持柱が見えるので神明造、水平にカットされた内削ぎ千木で、6本の鰹木が施されています。

  • 本殿右の境内社。<br />手前に石の社と奥に三社相殿と石の社が祀られています。

    本殿右の境内社。
    手前に石の社と奥に三社相殿と石の社が祀られています。

  • 手前の社は山神。<br />2020年に周辺の山からこちらに遷座されたもの。<br />境内にはこの他にも二基の石の社がありますが、周辺の開発によりこちらに遷されて来たものと思われます、要因の一つに1972年に完成した猿投グリーンロードもあるのだろう。

    手前の社は山神。
    2020年に周辺の山からこちらに遷座されたもの。
    境内にはこの他にも二基の石の社がありますが、周辺の開発によりこちらに遷されて来たものと思われます、要因の一つに1972年に完成した猿投グリーンロードもあるのだろう。

  • 三社相殿の社名札はなく、見た目に三社が祀られている、右の石の社も社名など詳細は不明。<br />由緒にある社の数と合わない。

    三社相殿の社名札はなく、見た目に三社が祀られている、右の石の社も社名など詳細は不明。
    由緒にある社の数と合わない。

  • 神門前から社頭方向の眺め。<br />天授元年の富士浅間大権現の祭祀にはじまり、後に稲荷神社と移り変わりながらも、創建以来緑豊かな加納の集落を見守り続けてきた神社です。<br /><br />下大坪 稲荷神社<br />創建 / 天授元年(1375)<br />祭神 / 豊受大神<br />境内社 / 熊野社、白山社、津島社、秋葉社、山神、他<br />所在地 / 豊田市加納町下大坪3<br />車アクセス / 舞木町八柱神社から北へ猿投中学校西交差点を右折、籠川を渡り左折、移動時間約5分<br />参拝日 / 2024/06/07

    神門前から社頭方向の眺め。
    天授元年の富士浅間大権現の祭祀にはじまり、後に稲荷神社と移り変わりながらも、創建以来緑豊かな加納の集落を見守り続けてきた神社です。

    下大坪 稲荷神社
    創建 / 天授元年(1375)
    祭神 / 豊受大神
    境内社 / 熊野社、白山社、津島社、秋葉社、山神、他
    所在地 / 豊田市加納町下大坪3
    車アクセス / 舞木町八柱神社から北へ猿投中学校西交差点を右折、籠川を渡り左折、移動時間約5分
    参拝日 / 2024/06/07

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