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迫 磯崎神社から引き返し迫八反田交差点を右折、国道を150㍍程進んだ緩い上り坂の右側に雑木林の中に今回の目的地「津島神社・二十三夜塔」が鎮座します。

迫町石田 「津島神社・二十三夜塔」・深見郷 「富士浅間神社」

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2024/04/06 - 2024/04/06

501位(同エリア748件中)

wabisabi2さん

迫 磯崎神社から引き返し迫八反田交差点を右折、国道を150㍍程進んだ緩い上り坂の右側に雑木林の中に今回の目的地「津島神社・二十三夜塔」が鎮座します。

旅行の満足度
2.0
交通
2.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車 徒歩
  • 所在地は豊田市迫町石田となります<br />写真は国道から迫八反田交差点方向の眺め、目的地は左側の斜面を登り切った先になります<br />国道沿いには駐車余地がありません<br />私は迫 磯崎神社に車を置き、田んぼの中を10分程歩いて訪れました

    所在地は豊田市迫町石田となります
    写真は国道から迫八反田交差点方向の眺め、目的地は左側の斜面を登り切った先になります
    国道沿いには駐車余地がありません
    私は迫 磯崎神社に車を置き、田んぼの中を10分程歩いて訪れました

  • 歩道から見る津島神社に続く小路<br />鳥居や社標がないのでこの小路を目印にするしかない

    歩道から見る津島神社に続く小路
    鳥居や社標がないのでこの小路を目印にするしかない

  • 歩道から少し上れば樹々が伐採された小高い丘になり、左奥に神社が鎮座します

    歩道から少し上れば樹々が伐採された小高い丘になり、左奥に神社が鎮座します

  • 津島神社・二十三夜塔鎮座地全景<br />左が津島神社の覆屋で少し離れた右側に二十三夜塔が立てられています

    津島神社・二十三夜塔鎮座地全景
    左が津島神社の覆屋で少し離れた右側に二十三夜塔が立てられています

  • 迫町石田の津島神社には創建や由緒を記した掲示物はありません<br />愛知県神社庁にもその詳細は存在せず、過去の地図にもここに鳥居の印を見付けることはできません<br />したがって、具体的な事柄は何一つ分からない状況です<br />ただし、過去に遡ることができる唯一の手がかりは、覆屋の前に立てられている平成15年(2003)に奉納された幟立てぐらいで、これが創建時期とは言えないだろう<br /><br />次を担う土地の子が好奇心から訪れる事もあるだろう<br />そうした世代が見て、神社が祀られた経緯や歴史が分かるようになっていると、肝試し的な対象ではなく、身近な存在として感じられるのだろう

    迫町石田の津島神社には創建や由緒を記した掲示物はありません
    愛知県神社庁にもその詳細は存在せず、過去の地図にもここに鳥居の印を見付けることはできません
    したがって、具体的な事柄は何一つ分からない状況です
    ただし、過去に遡ることができる唯一の手がかりは、覆屋の前に立てられている平成15年(2003)に奉納された幟立てぐらいで、これが創建時期とは言えないだろう

    次を担う土地の子が好奇心から訪れる事もあるだろう
    そうした世代が見て、神社が祀られた経緯や歴史が分かるようになっていると、肝試し的な対象ではなく、身近な存在として感じられるのだろう

  • 社殿全景、今も人が訪れているようです<br />祭神は素戔嗚尊だと思われます

    社殿全景、今も人が訪れているようです
    祭神は素戔嗚尊だと思われます

  • 覆屋の軒下に「津島神社」と記された素木の額が掛けられている

    覆屋の軒下に「津島神社」と記された素木の額が掛けられている

  • 左が二十三夜塔<br />月待ち講は特定の月齢の日に信者が集まり、飲食や会話を交えながらお経を唱え、悪疫退散を願う自然崇拝の一種で、旧暦の二十三夜塔以外にも十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などあり、講を通じてお互いのコミュニケーションを深める役割も果たしている<br />昭和の時代でも地域住民のコミュニケーションを図る助け合い「隣組」などあり、冠婚葬祭時には地域で支え合う習慣が存在していました<br />しかし、それらも近隣との付き合いが希薄となった都市部では、ほぼ姿を消してしまったのではないだろうか<br />こうしたコミュニティは地方や田舎では今も存在している場所もあります<br /><br />右の石碑は文字が刻まれているが読み取れなかった

    左が二十三夜塔
    月待ち講は特定の月齢の日に信者が集まり、飲食や会話を交えながらお経を唱え、悪疫退散を願う自然崇拝の一種で、旧暦の二十三夜塔以外にも十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などあり、講を通じてお互いのコミュニケーションを深める役割も果たしている
    昭和の時代でも地域住民のコミュニケーションを図る助け合い「隣組」などあり、冠婚葬祭時には地域で支え合う習慣が存在していました
    しかし、それらも近隣との付き合いが希薄となった都市部では、ほぼ姿を消してしまったのではないだろうか
    こうしたコミュニティは地方や田舎では今も存在している場所もあります

    右の石碑は文字が刻まれているが読み取れなかった

  • 小高い丘にひっそり佇む津島神社・二十三夜塔を眺める

    小高い丘にひっそり佇む津島神社・二十三夜塔を眺める

  • 神社に続くなだらかな尾根<br />適度に雑木が伐採されているので、社地には陽光も差し込み歩きやすい

    神社に続くなだらかな尾根
    適度に雑木が伐採されているので、社地には陽光も差し込み歩きやすい

  • 歩道から上り切った先から国道419号線方向の眺め<br />樹々が芽吹いたとしても歩道からこの参道は分かりやすいかもしれない<br /><br />津島神社・二十三夜塔<br />創建 / 不明<br />祭神 / 不明<br />所在地 / 豊田市迫町石田692<br />迫 磯崎神社から車アクセス / 国道419号線を右折し150㍍ほど先の右側、移動時間約2分程<br />               (駐車余地なし)<br />参拝日 / 2024/04/06

    歩道から上り切った先から国道419号線方向の眺め
    樹々が芽吹いたとしても歩道からこの参道は分かりやすいかもしれない

    津島神社・二十三夜塔
    創建 / 不明
    祭神 / 不明
    所在地 / 豊田市迫町石田692
    迫 磯崎神社から車アクセス / 国道419号線を右折し150㍍ほど先の右側、移動時間約2分程
                   (駐車余地なし)
    参拝日 / 2024/04/06

  • 深見郷 「富士浅間神社」<br />深見町広表地内の西外れに位置し、国道西側の山の尾根に社殿を構えています

    深見郷 「富士浅間神社」
    深見町広表地内の西外れに位置し、国道西側の山の尾根に社殿を構えています

  • 国道から見る社頭<br />歩道から尾根に続く参道があり、入口右側に平成20年に寄進された「深見郷 富士浅間神社」の社標があります<br />歩道から鳥居の姿が見えており、その奥に社殿が建てられています

    国道から見る社頭
    歩道から尾根に続く参道があり、入口右側に平成20年に寄進された「深見郷 富士浅間神社」の社標があります
    歩道から鳥居の姿が見えており、その奥に社殿が建てられています

  • 参道から見る社地<br />石段脇は草木が迫り鬱蒼とした社地を想像するかもしれない<br />しかし上まで登ると意外に開けた明るい社地が広がっています

    参道から見る社地
    石段脇は草木が迫り鬱蒼とした社地を想像するかもしれない
    しかし上まで登ると意外に開けた明るい社地が広がっています

  • 木造明神鳥居<br />小高い山の尾根を整地し、綺麗に手入れされた明るい境内に木造明神鳥居と覆屋が建てられています

    木造明神鳥居
    小高い山の尾根を整地し、綺麗に手入れされた明るい境内に木造明神鳥居と覆屋が建てられています

  • 鳥居から覆屋の間に二対の常夜灯があり<br />手前の常夜灯は昭和17年(1942)寄進、奥のものは平成17年(2005)に寄進されたもの

    鳥居から覆屋の間に二対の常夜灯があり
    手前の常夜灯は昭和17年(1942)寄進、奥のものは平成17年(2005)に寄進されたもの

  • 参道右側の手水鉢

    参道右側の手水鉢

  • 覆屋全景<br />切妻妻入りの奥に長い覆屋で、入側に「深見郷 富士浅間神社」の白い幟が立てられています

    覆屋全景
    切妻妻入りの奥に長い覆屋で、入側に「深見郷 富士浅間神社」の白い幟が立てられています

  • 覆屋の下の本殿と左脇の境内社の眺め<br />本殿両脇にも一対の常夜灯があり、合計で三対の常夜灯がある<br />覆い屋の左には境内社を祀った覆屋があります

    覆屋の下の本殿と左脇の境内社の眺め
    本殿両脇にも一対の常夜灯があり、合計で三対の常夜灯がある
    覆い屋の左には境内社を祀った覆屋があります

  • 社名から推測すると富士山本宮浅間大社から勧請され、祭神は木花之佐久夜毘売命ではないかと思われます<br />本殿はコンクリート製の流造<br />創建時期を推測できるものとして、社標をはじめとした寄進物の寄進年度に昭和以前のものが見られなかったこと、覆屋の棟札に「平成15年10月吉日拝殿建設」とありました<br /><br />神社に由緒がなく、大正時代に出版された三河郡誌の「郡内神社一覧」や愛知県神社庁にも目を通すが社名や創建・由緒等の詳細は分からなかった

    社名から推測すると富士山本宮浅間大社から勧請され、祭神は木花之佐久夜毘売命ではないかと思われます
    本殿はコンクリート製の流造
    創建時期を推測できるものとして、社標をはじめとした寄進物の寄進年度に昭和以前のものが見られなかったこと、覆屋の棟札に「平成15年10月吉日拝殿建設」とありました

    神社に由緒がなく、大正時代に出版された三河郡誌の「郡内神社一覧」や愛知県神社庁にも目を通すが社名や創建・由緒等の詳細は分からなかった

  • 左の覆屋に天神様と不明社、その左に石の社が祀られています

    左の覆屋に天神様と不明社、その左に石の社が祀られています

  • 広表の西外れの高台から、東方の広表集落を見守るように富士浅間神社が鎮座しています<br /><br />深見郷 富士浅間神社<br />創建 / 不明<br />祭神 / 不明<br />境内社 / 天神様、不明社2社<br />所在地 / 豊田市深見町広表<br />深見 磯崎神社から車アクセス / 国道419号線を左折、深見細田交差点を過ぎた200㍍左側、移動時間約4分程  (社頭左に駐車余地がありました)<br /><br />参拝日 / 2024/04/06

    広表の西外れの高台から、東方の広表集落を見守るように富士浅間神社が鎮座しています

    深見郷 富士浅間神社
    創建 / 不明
    祭神 / 不明
    境内社 / 天神様、不明社2社
    所在地 / 豊田市深見町広表
    深見 磯崎神社から車アクセス / 国道419号線を左折、深見細田交差点を過ぎた200㍍左側、移動時間約4分程  (社頭左に駐車余地がありました)

    参拝日 / 2024/04/06

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