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前回掲載した折平町八柱神社を後にして、今回は北曽木町に鎮座する八柱神社を掲載します<br />折平町から県道353号線を北上し、突き当りを左折し北曽木・石畳口バス停を過ぎた左側の高みに北曽木町の八柱神社は鎮座します<br />折平町の北に隣接する北曽木地区のほぼ中央の折平山東麗に位置し、農地を取り囲む様に集落が点在しています

北曽木町 八柱神社

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2024/03/07 - 2024/03/07

584位(同エリア748件中)

wabisabi2さん

前回掲載した折平町八柱神社を後にして、今回は北曽木町に鎮座する八柱神社を掲載します
折平町から県道353号線を北上し、突き当りを左折し北曽木・石畳口バス停を過ぎた左側の高みに北曽木町の八柱神社は鎮座します
折平町の北に隣接する北曽木地区のほぼ中央の折平山東麗に位置し、農地を取り囲む様に集落が点在しています

旅行の満足度
2.0
観光
2.0
交通
1.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車 徒歩
  • 前回掲載した折平町八柱神社を後にして、今回は北曽木町に鎮座する八柱神社を掲載します<br />折平町から県道353号線を北上し、突き当りを左折し北曽木・石畳口バス停を過ぎた左側の高みに北曽木町の八柱神社は鎮座します<br />折平町の北に隣接する北曽木地区のほぼ中央の折平山東麗に位置し、農地を取り囲む様に集落が点在しています<br /><br />集落と農地を見守るような高台に北曽木 八柱神社は社頭を構えています<br />南東向きに社頭は、左の社務所脇から石段が上に続き、右手に常夜灯が立てられています<br />社頭前の道路は幅員の狭い生活道路なので路上駐車は出来ません<br />社頭前に火の見櫓が立っており、その脇に小型車2台ほどの駐車余地がありそちらに駐車させてもらいました

    前回掲載した折平町八柱神社を後にして、今回は北曽木町に鎮座する八柱神社を掲載します
    折平町から県道353号線を北上し、突き当りを左折し北曽木・石畳口バス停を過ぎた左側の高みに北曽木町の八柱神社は鎮座します
    折平町の北に隣接する北曽木地区のほぼ中央の折平山東麗に位置し、農地を取り囲む様に集落が点在しています

    集落と農地を見守るような高台に北曽木 八柱神社は社頭を構えています
    南東向きに社頭は、左の社務所脇から石段が上に続き、右手に常夜灯が立てられています
    社頭前の道路は幅員の狭い生活道路なので路上駐車は出来ません
    社頭前に火の見櫓が立っており、その脇に小型車2台ほどの駐車余地がありそちらに駐車させてもらいました

  • 石段右に社標と由緒が立てられており、由緒の内容は以下<br />「十五等級 八柱神社 旧村社<br />鎮座地 豊田市北曽木町片平232番地<br />祭神 正哉吾勝勝建日天忍穂耳命、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野櫲樟日命、田心姫、湍津姫命、市杵島姫命<br />由緒<br /> 創建は明らかではない<br />社蔵の棟札に奉修理 八王子遷宮 武田金右エ門経定享保18年丑年(1733)11月吉日とある<br />北曽木の氏神として村民の崇敬あつい<br />明治5年(1872)10月村社に列格<br />境内社の創建<br />津島社は安政4年(1857)<br />太神宮は慶応4年(1868)9月<br />山神社は文政2年(1819)2月<br />例祭日 10月第一土曜日<br />社殿<br /> 本殿 流造、0.25坪<br /> 覆殿 2.25坪<br /> 幣殿 2.25坪<br /> 拝殿 12.5坪<br /> 社務所 12坪<br /> 参集所 8.75坪<br />境内坪数 174坪  藤岡観光協会 」と記されている<br /><br />以前も書きましたが、この辺りの神社は概ねこうした由緒が整備され初めて訪れた者にはとてもありがたい<br />西加茂郡誌に目を通しましたが、上の内容以上の記述は見られなかった<br />社頭左の社務所・参集所をはじめとし、近年再建され綺麗な社殿に生まれ変わっています

    石段右に社標と由緒が立てられており、由緒の内容は以下
    「十五等級 八柱神社 旧村社
    鎮座地 豊田市北曽木町片平232番地
    祭神 正哉吾勝勝建日天忍穂耳命、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野櫲樟日命、田心姫、湍津姫命、市杵島姫命
    由緒
     創建は明らかではない
    社蔵の棟札に奉修理 八王子遷宮 武田金右エ門経定享保18年丑年(1733)11月吉日とある
    北曽木の氏神として村民の崇敬あつい
    明治5年(1872)10月村社に列格
    境内社の創建
    津島社は安政4年(1857)
    太神宮は慶応4年(1868)9月
    山神社は文政2年(1819)2月
    例祭日 10月第一土曜日
    社殿
     本殿 流造、0.25坪
     覆殿 2.25坪
     幣殿 2.25坪
     拝殿 12.5坪
     社務所 12坪
     参集所 8.75坪
    境内坪数 174坪  藤岡観光協会 」と記されている

    以前も書きましたが、この辺りの神社は概ねこうした由緒が整備され初めて訪れた者にはとてもありがたい
    西加茂郡誌に目を通しましたが、上の内容以上の記述は見られなかった
    社頭左の社務所・参集所をはじめとし、近年再建され綺麗な社殿に生まれ変わっています

  • 鳥居全景<br />昭和2年(1927)寄進の明神鳥居<br />

    鳥居全景
    昭和2年(1927)寄進の明神鳥居

  • 昭和2年寄進の明神鳥居<br />ここから緩やかな石段が境内に続いています

    昭和2年寄進の明神鳥居
    ここから緩やかな石段が境内に続いています

  • 鳥居扁額は「八柱神社」<br />この辺りは各地区ごとに八柱神社が祀られているのか実に多い、これを全て廻るのも面白い

    鳥居扁額は「八柱神社」
    この辺りは各地区ごとに八柱神社が祀られているのか実に多い、これを全て廻るのも面白い

  • 石段の左の石の社<br />文字が刻まれていましたが読み取れなかった

    石段の左の石の社
    文字が刻まれていましたが読み取れなかった

  • 社頭を振り返る<br />正面に見えている道路が県道なので火の見櫓と鳥居が目印になるかな

    社頭を振り返る
    正面に見えている道路が県道なので火の見櫓と鳥居が目印になるかな

  • 境内の全景<br />折平町の八柱神社を思わせるような高い石垣と白壁が眩しい社殿<br />社殿両脇には境内社が祀られている

    境内の全景
    折平町の八柱神社を思わせるような高い石垣と白壁が眩しい社殿
    社殿両脇には境内社が祀られている

  • この光景も折平町の八柱神社を思わせる

    この光景も折平町の八柱神社を思わせる

  • 拝所全景<br />再建が何年前か定かではないが、今でも木の香りが漂ってくるようだ

    拝所全景
    再建が何年前か定かではないが、今でも木の香りが漂ってくるようだ

  • 掲げられている額も新調されたものだろう

    掲げられている額も新調されたものだろう

  • 斜めから見る社殿全景<br />長い庇の下が拝所で社殿そのものが鞘殿・幣殿を兼ねたモダンな外観<br />内部には流造の本殿が祀られており、脇障子の前にはここまで見かけなかった狛犬の姿がある<br />小型の陶製狛犬で頭には角も生えているようだ

    斜めから見る社殿全景
    長い庇の下が拝所で社殿そのものが鞘殿・幣殿を兼ねたモダンな外観
    内部には流造の本殿が祀られており、脇障子の前にはここまで見かけなかった狛犬の姿がある
    小型の陶製狛犬で頭には角も生えているようだ

  • 鞘殿左の境内社<br />左が秋葉神社、右が安政4年(1857)創建の津島社

    鞘殿左の境内社
    左が秋葉神社、右が安政4年(1857)創建の津島社

  • 鞘殿右の境内社

    鞘殿右の境内社

  • 左の覆屋には左が文政2年(1819)創建の山神社、右が天照皇大神宮とあるが慶応4年(1868)創建の太神宮と思われます

    左の覆屋には左が文政2年(1819)創建の山神社、右が天照皇大神宮とあるが慶応4年(1868)創建の太神宮と思われます

  • 右は稲荷社<br />こちらは近隣から遷座されたものか、創建などは不明

    右は稲荷社
    こちらは近隣から遷座されたものか、創建などは不明

  • 拝所から眺めた境内<br />境内は社殿を除いても広い面積があり、特に右手方向が広く、農村舞台でも建っていたのではと勘繰りたくなる<br /><br />脱線しますが<br />先日、迫町下切町の立派な農村舞台が残る磯崎神社を訪れ、地元の方から農村舞台についてお話を伺う機会があった<br />その中で「農村歌舞伎を継ぐ後継者がなく、立派な舞台が建つ広い敷地では10月に棒の手と火縄銃の空打ちが行われ、歌舞伎は途絶えてしまった」と伺った<br />今でもしっかりした木材で造られた舞台も維持に手が回らず、役割を終えやがて朽ち果て姿を消す事になる<br />八柱神社の境内の広さはそうした名残なのかと思いたくなる<br />受け継がれてきたものが途絶えると云うのは寂しい限り、しかしそれも時代の流れなんだろうねぇ

    拝所から眺めた境内
    境内は社殿を除いても広い面積があり、特に右手方向が広く、農村舞台でも建っていたのではと勘繰りたくなる

    脱線しますが
    先日、迫町下切町の立派な農村舞台が残る磯崎神社を訪れ、地元の方から農村舞台についてお話を伺う機会があった
    その中で「農村歌舞伎を継ぐ後継者がなく、立派な舞台が建つ広い敷地では10月に棒の手と火縄銃の空打ちが行われ、歌舞伎は途絶えてしまった」と伺った
    今でもしっかりした木材で造られた舞台も維持に手が回らず、役割を終えやがて朽ち果て姿を消す事になる
    八柱神社の境内の広さはそうした名残なのかと思いたくなる
    受け継がれてきたものが途絶えると云うのは寂しい限り、しかしそれも時代の流れなんだろうねぇ

  • 境内東側からモダンな社殿の眺め

    境内東側からモダンな社殿の眺め

  • 境内右から樹々に包まれた白いモダンな別荘的な雰囲気が漂う社殿の外観です<br />この道は社頭まで続いていますが、恐らく祭礼時の資材搬入用で農道のフェラーリ専用道<br />参拝目的で乗り入れるのはやめた方が無難だろう<br />このまま社頭まで下りていく

    境内右から樹々に包まれた白いモダンな別荘的な雰囲気が漂う社殿の外観です
    この道は社頭まで続いていますが、恐らく祭礼時の資材搬入用で農道のフェラーリ専用道
    参拝目的で乗り入れるのはやめた方が無難だろう
    このまま社頭まで下りていく

  • 社頭から北曽木町の眺め<br />常夜灯は明治22年(1889)の先人達が寄進したもの<br /><br />今回、猿投神社が鎮座する猿投山の東麗を走り飯盛山のカタクリを目指しました<br />道すがらの集落には古くから護られてきた農村舞台や社寺などあり、興味深い土地柄でした<br /><br />北曽木 八柱神社<br />創建 / 享保18年(1733)八王子遷宮の棟札<br />祭神 / 正哉吾勝勝建日天忍穂耳命、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野櫲樟日命、田心姫、湍津姫命、市杵島姫命<br />境内社 / 秋葉神社、津島神社、天照皇大神宮、山神社、稲荷社<br />所在地 / 豊田市北曽木町片平232<br />氏子地域 / 北曽木町<br />例祭日 / 10月第1土曜日<br />八柱神社(折平町)から八柱神社(北曽木町)まで車アクセス / 県道353号線北上直進、突き当りを左折し北曽木・石畳口バス停の先を左折 車移動時間約5分・1.5㌔<br />参拝日 / 2024/03/07

    社頭から北曽木町の眺め
    常夜灯は明治22年(1889)の先人達が寄進したもの

    今回、猿投神社が鎮座する猿投山の東麗を走り飯盛山のカタクリを目指しました
    道すがらの集落には古くから護られてきた農村舞台や社寺などあり、興味深い土地柄でした

    北曽木 八柱神社
    創建 / 享保18年(1733)八王子遷宮の棟札
    祭神 / 正哉吾勝勝建日天忍穂耳命、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野櫲樟日命、田心姫、湍津姫命、市杵島姫命
    境内社 / 秋葉神社、津島神社、天照皇大神宮、山神社、稲荷社
    所在地 / 豊田市北曽木町片平232
    氏子地域 / 北曽木町
    例祭日 / 10月第1土曜日
    八柱神社(折平町)から八柱神社(北曽木町)まで車アクセス / 県道353号線北上直進、突き当りを左折し北曽木・石畳口バス停の先を左折 車移動時間約5分・1.5㌔
    参拝日 / 2024/03/07

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