2024/06/07 - 2024/06/07
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wabisabi2さん
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下大坪稲荷神社から東の籠川を上流に向け5分程走り、豊田市猿投町畑中地内の建速神社と猿投町小黒見鎮座する猿投神社境外摂社 広沢天神、今回はこの二社を掲載します。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
赤枠で示したところが鎮座地で、社地の少し南側で広沢川が籠川に合流します。
二つの川に挟まれた畑中集落の南外れに建速神社が鎮座します。
広沢川沿いに続く車幅一杯の狭い道を奥に進めば猿投神社の境外末社広沢天神に至ります。
もっとも、建速神社に至る道も十分狭く、道を譲る、幅寄せ、それら苦手な人は踏み込まない方が賢明。 -
畑中集落の交差点の左に社頭があり、写真右手に天王森公民館があります。
-
社頭全景。
社頭左に常夜灯が一基、右手に平成6年(1994)寄進の「天王森 建速神社」の社標があります。
拝殿は瓦葺の四方吹き抜けの妻入りで、拝殿のすぐ奥に本殿域が迫ります。 -
拝殿から本殿域の眺め。
建速神社の由緒は西加茂郡誌の畑中で社名の建速神社や津島社として調べて見ましたが、記載されておらず詳細は不明でした。
外観から年月を経た印象はなく、規模の小さな新しい神社と捉えられるかもしれません。
しかし、その認識もすぐにあらためることになるでしょう。 -
社頭左の常夜灯の竿には江戸時代末期の文化3年(1806)寄進と刻まれています。
これが創建時期とは言えませんが、何世代に渡って守り継がれてきた畑中集落の守り神です。 -
拝殿左の「猿投下切 棒の手 鎌田流顕彰碑」
碑文は以下。
最盛期猿投神社棒の手奉納は十三合宿百八十六ヶ村 明治初期の太政官布告により禁止
明治六年林光治郎近田政吉外数名が猿投神社から通行手形を拝領
三河鎌田流宗家四代目深田佐平汎昌氏から心技習得
明治九年九月目録伝授 猿投下切 鎌田流棒の手発足なり
明治十二年十?奉納再開 今日に至る
令和三年十月吉日 -
境内の苔むした手水鉢。
-
境内の建速神社由緒。
猿投町の4つの嶋(地家・神郷・洞・下切) のうち、下切の嶋の神社として祭られています。
嶋は現在の大字に相当し、猿投神社の大祭には献馬を奉納する単位でもある。
創建年代は定かではなく、素佐男命を祭神として います。
この神社の祭りは天王祭と呼ばれており、山車の上で演奏される祭りの太鼓ばやしは独特の音を響かせます。
7月に行われる「天王祭り」の祭事は、津島の天王祭の流れをくみ、「猿投打ち囃子太鼓保存会」による奉納打ち囃子が披露されるそうです。
公民館の前の広い空き地は、棒の手や祭りの際に使われる広場なんだろう。 -
本殿域全景。
一対の常夜灯と狛犬が安置され、本殿域を囲む白塀は神門へ繋がっている。 -
神門正面全景。
-
狛犬は昭和10年(1935)に寄進されたもので、白い台座は平成に入り奉納されたもの。
-
社殿全体は酷い痛みも見られず、氏子らから適時補修されているようです。
訪れた時は境内のいろはもみじの緑がとても鮮やかな時期でした。 -
神門の格子から本殿域を眺める、右の建速須佐之男命を祀る社と左に摂社がありますが社名まで分からなかった。
-
拝殿から籠川方向の眺め、既に田植えを終え鮮やかな緑の絨毯が広がっています。
この稲の穂が下がり始めるころ、普段は静かな建速神社に祭りが奉納され、住民が集い賑わうのだろう。
建速神社は籠川を鎮め、稲の生育を見守るように鎮座しています。
建速神社
創建 / 不明
祭神 / 建速須佐之男命
境内社 / 不明社
所在地 / 豊田市猿投町畑中9
車アクセス / 下大坪稲荷神社から東に向かい籠川右岸を上流へ、猿投グリーンロードをくぐり建速神社まで移動時間約5分
参拝日 / 2024/06/07 -
建速神社から広沢川上流に鎮座する廣澤神社までは移動時間?約5分程になります。
名古屋から猿投グリーンロードで訪れるなら加納ICで降り、加納インター東の三叉路を左折、藤岡飯野方面に向かい、1分程先で左折してください。
写真は左折ケ所から北の眺め、正面に愛知環状自動車道の高架見えてきます。 -
左折ケ所には写真の猿投山西回り登山道入口の看板が立っています。
狭い道です、ここから神社に至る道は更に狭くなりガードレールもありません、幅寄せ、バックが出来ない人は立ち入らない方がいいでしょう。 -
上は今回の目的地廣澤神社の鎮座地を赤枠で示しています、黄色の枠は猿投神社になります。
猿投神社は猿投山周辺の神社を巡り、最後の目的地としているのでなかなか到達しませんが、廣澤神社が猿投神社の境外末社なので気持ち近づいた気になります。 -
写真は廣澤神社の向かいにある登山者用駐車場から、今走ってきた道(右側)と右に広沢川を見ています。
猿投山は猿投神社から何度か登っていますが、この西回り登山道から上った事がなく、猿投神社西の宮、東の宮参拝はここから目指したいと考えています。 -
この辺りに立てられているウオーキングマップ。
ウオーキングとあるとお手軽に登れるように感じますが、しっかりと足ごしらえし、水、防虫スプレー、熊鈴など最低限の装備は必要です。
猪・カモシカ・蛇などいても不思議ではないかも知れないね。
ここ何年か熊情報だけは見るようにしていますが、年初から6月までは猿投山の熊目撃情報は上がっていなかった。
渓流に分け入っていた頃の熊はお互いに見かけると離れていったが、新世代の熊は寄ってくるらしいので困ったものだ。 -
駐車場の横を流れる広沢川。
陽射しは強烈ですが、水が流れ落ちる音、吹き抜ける風は心地いい。 -
廣澤神社頭の眺め。
社頭は駐車場の向かいにあり、普通車なら4・5台は駐車できそうですが、奥に作業小屋があり、そこへの道筋は塞げません。
正面の林道はこの先更に狭くなり、道も荒れており猿投七滝までは車で行けるようです。 -
社頭全景。
右手に廣澤神社社標、社名の上に何か書かれているのだが読み取れなかった。 -
駐車場の向かいにある石の神明鳥居は平成5年(1993)に建てられたもの。
その傍らに広沢天神の由緒があり、そこに書かれている内容は以下。
「広沢神社(広沢天神)
猿投山西入口の広沢川に面した場所に鎮座し、学問と医薬を司る神として信仰のある少名彦命を祭神に祀っています。
少名彦命は、出雲大社の祭神大国主命と共に国をつくり固めた神でもあります。
平安時代の延長5年(927)に編さんされた法律書「延喜式」に加茂郡七社の一つとして記されています。
他に江戸時代の慶安2年(1649)の三河国神名帳にもその名が見られます。」
因みに延喜式の「加茂郡七社」とは以下の七社を指します。
・野見神社 豊田市野見山
・野神社 豊田市榊野町見切
・兵主神社 豊田市荒井町松島
・射穂神社 豊田市保見町北山
・狭投神社(三河国三宮)・東の宮・西の宮 豊田市猿投町大城
・廣澤神社 豊田市猿投町小黒見
・灰寶神社 豊田市越戸町松葉
廣澤神社
もともとは広沢川が流れるこの地に古くから鎮座していました。
しかし、明治政府による神社合祀令(1906)により明治から昭和の間は広沢川から離れ、猿投神社へ合祀されていました。
神社合祀令は、明治41年(1908)の第2次西園寺内閣の内務大臣平田東助が推し進めたもので、神社合祀令の名のもと、それに関わる者の私腹を潤した政策だ。
国営放送の朝ドラ、植物学者槙野万太郎を題材にした「らんまん」のなかにも、神社合併が近代化への道筋という名のもとに、神社や社叢が姿を消す環境破壊に対し、植物学者の視点から憂慮する姿が描かれていた。
ドラマに登場した南方熊楠は「神社合祀に関する意見」として白井光太郎に書簡を送り、政府に意見を発表しており、そのなかで神社合祀令の裏で神社・神域という特別な空間が育んできた資産を買い叩き、地元に還元する事もなく、高額で転売し推進派の私腹を肥やしている事にも触れている。
現在は故郷の広沢川の傍らに猿投神社の境外末社広沢天神として戻されています。
古い資料が見つからず、猿投神社に遷される前の鎮座地が定かではありませんが、古い元号の常夜灯や下流の開発状況から見ても鎮座地が大きく変わってはいないのかもしれません。
なんたら支援金、なんたら補助金と称しては金をばら撒き、一向に根源を改めず一部の者を潤すだけの現状と何ら体質的に変わってはいない。 -
鳥居の先右手に自然石の常夜灯があり、先は登山道のような参道が奥に続いています。
-
車はあるが人の気配のない鬱蒼とした緑の参道両脇。
広沢天神の白い幟が連なる姿は心なしかホッとする。 -
狭い参道の少し先から開けた杉林に変わり、斜面に先に社が見えてきます。
社と右側の登山道は頻繁に人の往来があるのか道はしっかりとしていました。 -
杉林の中に佇む社に続く石段は、手前に一対の常夜灯があり、そこから社までは不揃いな石で組まれた石段が伸びています。
-
常夜灯の竿を見ると安永(1772-1781)の元号が見られ、当時の村人の思いがここに残されています。
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石段から見上げる廣澤神社社殿。
樹々の隙間から差し込む陽射しは神秘的な雰囲気を演出します。 -
供えられている榊は新しく、御神酒も供えられており、大切にされているようです。
人気のない境内に一人身を置くと、いつもより強く拍手する自分がいる。 -
右手の登山道から眺める社殿の全景。
神明造で鰹木は4本、千木は外削ぎのもの。 -
ここから上に続く登山道、西に向かって続いているようですが、何処に繋がるのか分かりません。
白地図とコンパスもなく迂闊に知らない道には入らない方がよさそうです。 -
社殿後方から社頭の眺め。
社殿が鎮座するここは涼しく居心地がいい。
まだ、6月だと云うのに木陰から一歩外に出ると真夏並みの強烈な暑さが襲ってきます。
道中の道さえ問題なければ、駐車場からここまでは普段靴で訪れる事が出来ます。
猿投神社境外摂社 広沢天神
創建 / 不明
祭神 / 少名彦命
境内社 / ・・・
所在地 / 豊田市猿投町小黒見
車アクセス / 畑中 建速神社から広沢川上流に向かい広沢天神まで移動時間約5分
参拝日 / 2024/06/07
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