2025/04/03 - 2025/04/05
24位(同エリア640件中)
たびたびさん
- たびたびさんTOP
- 旅行記858冊
- クチコミ41479件
- Q&A回答432件
- 7,120,229アクセス
- フォロワー693人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
今回の旅は、逗子・葉山から佐久、行田の春旅6日間。前編は、逗子・葉山なのですが、横浜を絡めたので、なんだかんだで3日間。ただ、横浜を普通に入れると焦点がぼけるので、旅行記では、逗子・葉山を中心にまとめています。
さて、逗子・葉山のこと。三浦半島の付け根の西側。玄関は、JR逗子駅か京急逗子・葉山駅。東京方面から向かうとJR逗子駅になるのですが、JR逗子駅は鎌倉駅からひとつ先。しかし、このひとつ先というのが気分的には意外に遠い。私もこれまでなかなかその気にならず、今回が初めての訪問です。
つまり、地図で見ると鎌倉市の材木座辺りからだと厨子はもうほとんど隣り。鎌倉の続きみたいな感じにも思えるのですが、雰囲気としては意外にそうでもない。マリンスポーツのイメージが強いというのもあるかもしれませんが、鎌倉の匂いはあんまりしないんですね。それはたぶん鎌倉が閉じた街だから。鎌倉と厨子の間には、鎌倉に容易に人を寄せ付けることのない名越切通があって、鎌倉からするともともと厨子は鎌倉の外、鎌倉ではないという意識も強かったのではないかと思います。そして、厨子は厨子で京急線を使うと横浜までは鎌倉を経由する必要がない。そのことも、気分的に鎌倉は鎌倉、厨子は厨子という自立的な意識が育まれたのではないかと思います。ただ、その辺りで言えば、反面、厨子の歴史には限界があるのも否めないということ。私の理解ではその目鼻立ちがはっきりしてくるのは、明治以降。 横浜の居留地に住む外国人が 葉山にヨットクラブを作ったりして、厨子・葉山のマリンスポーツが定着していく。明治27年に葉山の御用邸が建てられたのも現在のバタ臭いイメージが定着し、地域性が確立するについて決定的なことだったのではないかと思います。
その中で、今回、厨子が石原慎太郎の出世作「太陽の季節」の舞台だったことを初めて知り、改めて感慨深いものを感じました。本来は裕福な家庭に生まれ恵まれた環境にあったはずの青年が無軌道なセックスと暴力に明け暮れるというストーリーは、正直、眉を顰める内容なのですが、賛否両論の中、芥川賞を受賞しただけでなく、太陽族という言葉を生み、映画「太陽の季節」で石原裕次郎がデビュー。スターダムへの道を歩み始めるという刮目すべき展開。今だと反グレみたいなことですから、安易には認めたくないのですが、映画化されたのは昭和31年。戦後の混乱期から豊かになりつつあった日本の、反面、その豊かさをどうしていいか分からない戸惑いみたいなものも反映していて、そういう意味では時代性や普遍性を含んでいたのだと思います。また、調べると石原兄弟の出身地は厨子となっていますから、石原慎太郎の自宅は逗子だったんでしょうか。かなり縁の深い地になっていて、これも面白いことだなと思いました。
せっかくなので、石原慎太郎について付言すると幼少期を過ごしたのは小樽。父親が船会社に勤めていたという理由ですが、ちょっと最先端の雰囲気もあった時代の小樽ですから、それなりの刺激を受けたことは間違いないですね。小樽の人からすると石原慎太郎も石原裕次郎もゆかりの人で自慢でもあるのですが、ちょっと小耳にはさんだところでは慎太郎は裕次郎に嫉妬しているのではないかみたいなこと。慎太郎は公的な立場もあるし、すべてが自分の力ではない。それでも、なにか分からなくはない話かなと思います。
東京都知事になってからは、トラックの排ガス規制や尖閣諸島購入の決断。実行力が際立っていて、文学者と政治家の両方で成功をおさめる希有な存在となりました。田中角栄を描いた「天才」も終期の作品。最後まで文学者としての創作意欲は衰えておらず、バイタリティは健在でした。ただ、同じ頃、法華経の翻訳もしていて試しに読んでみましたが、そちらの方はイマイチかな。やっぱり解釈がないと法華経はどうにもならないし、結局、あとがきを見てもそこまでの思いには至っていないよう。司馬遼太郎の「最澄と空海」も同じですが、文学者の立場から仏教に迫るのは意外にハードルが高いのかもしれないなというのが感想ですね。しかし、そこを避けていては日本とは何か日本人とは何かにはたどり着けないというのが私の考え。まあ、それは今回のテーマではありませんけど、ちょっと付け加えると。。
日本に仏教を受け入れるかどうかの分岐点は蘇我氏と物部氏の争い。聖徳太子も味方した受け入れ派の蘇我氏の勝利によって今があるのですが、その争いに至る決意の背景には仏教に対する深い理解がありました。聖徳太子が著したとされる三経義疏はかなり難解な内容を含んでいて、聖徳太子の超人的な一面を知ることができるのですが、それ以上に大事なのは仏教受け入れの判断はちょっとした信仰心のようなレベルではないということです。また、例えば、その後の遣隋使や遣唐使でも現地で熱心に収集し持ち帰ろうとしたのは多くの経典でした。経典に説かれた世界の成り立ちを少しでも理解して鎮護国家に貢献したいという高邁な志がその基本。これも、単に興味の対象としての仏教ではないですね。さらに言うなら、聖徳太子や遣唐使たちの強い思いは、仏教を理解することが大国、中国の力の根源を理解することにつながるというくらいの考えを伴ったものだったのではないか。その点を見逃してはならないと思うのです。それは明治維新の際にも同じ。工業・産業・医療技術や軍事といったハード面を学ぶだけではなく、憲法や民主主義、法治国家の在り方などにも目を向けて、もっと深い西洋列強の力の源泉を理解し学ぼうとした当時の日本人の真剣な思いとも一致するものだと思います。結果として、そうした幾度とない学びの中から日本人のDNAが育まれたのは当然のことだし、だからこそどのように影響を受けどのように育まれたのかは大いに考えなくてはならない問題なのですね。少し横道にそれてしまいましたが、まあ、そんなこと。そういうところで、石原慎太郎にも司馬遼太郎にもちょっと不満が残るというのがたびたびの目線です。
さて、元に戻って。いずれにしても、厨子・葉山の旅行記はマリンスポーツの街という雰囲気をいかに伝えられるか。その辺りを頭において、本編の方でご覧いただけたらと思います。
-
横浜から京急の神武寺駅へ。ここから逗子・葉山を回ります。
ここから厨子、葉山を回るのはシェアサイクル、HELLO CYCLINGを使います。バスとかもなくはないでしょうが、小回りがきかないし、マイカー以外だと基本この一択かと思います。
神武寺駅でHELLO CYCLINGの電動自転車を借りて、県道、金沢逗子線を南に進みます。
池子神明社は、神武寺駅からすぐの県道沿い。少し高い場所に鎮座しています。
創建は、建久3年(1192年)。始まりは源頼朝の勧請と伝えられ、文政3年(1820年)には将軍、徳川家斉が社殿を再興。ただ、地元の神社という域は出ないように思います。 -
さらに進んで。
東昌寺は、鎌倉で北条氏一門が自害して果てた東勝寺から、住職が本尊の大日如来を持って脱出、北条氏の菩提を弔う寺をここに創建したのが始まり。名前も当初は東勝寺だったようです。厳しい歴史のある寺 by たびたびさん東昌寺 寺・神社・教会
-
そういう意味では厳しい歴史のある寺ですが、境内は穏やか。一橋観音は、子育て・虫封じ祈願の信仰を集めています。
-
JR逗子駅を過ぎて、逗子駅の北側エリアへ。
岩殿寺は、養老5年(721年)徳道上人が創建したという曹洞宗の寺。本尊の十一面観世音菩薩から、通称、岩殿観音。 -
山門から山に分け入っていくような、奥に続く境内の感じは、
-
真言宗の寺にも似た山岳寺院か札所的な雰囲気もあると思います。
-
逗子海岸の近くまで戻ってきて。
新宿稲荷神社は、市街の一角というか山際の通りから、その山の崖下に少し上がったところ。 -
江戸期の初めに岩窟を利用して作られた稲荷さんです。地元の方が鳥居の方からお掃除をしている際中でした。地元でちゃんと大事にされているようです。
-
海岸沿いの国道に出て、鎌倉方面へ少し進みます。
浪子不動は、高養寺という寺。名前は葉山ゆかりの政治家、高橋是清と犬養毅からというので歴史はさほどではないような。国道でも歩道が整備されているのはここまでなので、そういう意味だとここは市街の端っこ。披露山公園へ抜けるハイキングコースの上り口でもあります。
なお、通りから一段高い場所に本堂がありますが、ほとんどひと気は感じませんでした。葉山ゆかりの政治家、高橋是清と犬養毅から by たびたびさん浪子不動 名所・史跡
-
浪子不動から披露山公園に向かうのはこの道。山の上に向かってハイキングコースというより山登りの道が遥かに続いていて、ちょっととんでもないことになっていました。道は迷うことはないですが、覚悟は必要そうですね。
-
国道を引き返すとすぐに逗子海水浴場です。ここは、厨子の市街からひょいと海に出たところ。市街に隣接した海水浴場ですから、アクセスは抜群。ただ、市街と海岸の間には国道が走っているので、その国道を抜けるためには地下道を通ります。始めはそれが分からなくてちょっとまごつきました。
まだ海水浴の季節ではありませんでしたが、海岸を散歩する人がたくさんいました。海岸を散歩する人がたくさんいました by たびたびさん逗子海水浴場 ビーチ
-
国道の方からだと逗子海水浴場はこんな風に見えています。見晴らし抜群といった感じですよね~
-
ここから少し市街の方、逗子・葉山駅の南側エリアに入ります。
六代御前の墓は、厨子市街の南端。山裾にケヤキの大木が覆う一角があって、すぐにそれと分かりました。ちょっと救われるような気持ちになりました by たびたびさん六代御前の墓 名所・史跡
-
六代御前というのは、平清盛の嫡孫、平維盛の子、平高清のこと。平家滅亡後の文治元年(1185年)、菖蒲谷に潜んでいたところを北条時政によって捕縛されます。しかし、頼朝の協力者だった文覚が頼朝に助命を嘆願。文覚の弟子として出家したのだそう。その後、将軍、頼家になってから斬首に処せられますが、こうして地元で厚く遇されていて、ちょっと救われるような気持ちになりました。
ちなみに、父、平維盛は富士川の戦い、倶利伽羅峠の戦いでも平家の総大将。いずれも散々な敗北で、平家にとっては痛い結果。一ノ谷の戦い前後に行方知れずとなりましたが、入水自殺とも言われます。つまり、平高清は平家の一門においても厳しい立場だったことが容易に想像できる人物。そういう意味でも余計に哀れを誘います。 -
さらに市街の東側、奥の方に向かって、宗泰寺。
鎌倉時代の創建で、厨子の名刹、真言宗延命寺の末寺です。 -
境内を見下ろす斜面は一面が墓地。ちょっと迫力もありますが、本堂に上がると前に建つ天燈鬼がほっとさせてくれる存在です。
-
蘆花記念公園は、市街の南。
-
住宅地の裏手からどんどん山に上っていった先にありました。
-
厨子は、文豪、徳富蘆花が明治30年から4年ほど暮らしたという所縁の地。それを記念して整備された公園です。
しかし、全体にちょっと荒れたような感じ。あんまり気持ちの良い場所ではないですね。正直言えば、ちょっとがっかりに近いかもしれません。 -
南に進んで、ちょこっと葉山町のエリアに入ります。
長運寺は、大永年間(1521-1527年)、地元に居を構え鎌倉幕府の重臣だった長江義景が、祖父である鎌倉権五郎景正を祀るために創建したという高野山真言宗の寺。鎌倉権五郎景正は、歌舞伎十八番之内 暫で主役とされる実在の人物ですね。
寺は駐車場の辺りからきれいに整備されて、都会的な雰囲気です。 -
逗子海岸の南端まで帰ってきて、これはちょっと楽しみにしていたなぎさ橋珈琲。厨子では一番人気のお店のようですからね。
リッチな気分で寛がせてもらいました by たびたびさんなぎさ橋珈琲 逗子店 グルメ・レストラン
-
なるほどー
広くて明るい店内の雰囲気もいいのですが、 -
イチオシ
海を臨むテラス席があるし、ワンちゃんもOKということで、
-
ワンちゃんとの散歩がてらに寄っていく近所の人たちもたくさんいました。
-
モーニングをいただきながら、私も悠々。リッチな気分で寛がせてもらいました。
元気が出たところで、ここからは森戸海岸線を南に進みます。 -
ほどなく、葉山港に到着です。
葉山港と聞くとちょっとハイクラスのおしゃれなイメージがありますが、「日本ヨット発祥の地」の石碑 by たびたびさん葉山港 名所・史跡
-
そのイメージの通り、入り口のところには「日本ヨット発祥の地」の石碑がありました。石碑自体がヨットの帆の形。あんまり目立ってはいませんが、忘れてくれるなよ!といった感じで建っています。
-
葉山港のすぐ隣りは葉山マリーナ。
葉山マリーナプラザという建物が建っていて、これは葉山マリーナに併設されたレストランやショップが入る商業施設。 -
建物はちょっとこじんまりとした感じなのですが、
-
中に入ると奥のガラス窓から葉山マリーナに係留中のヨット群がすぐ目の前に見えていて、かなり壮観。ここが葉山の総本山といった光景です。
-
引き続き、森戸海岸線を南下します。
清浄寺は、森戸海岸線沿いにある浄土宗のお寺。山門の脇に「葉山町指定重要文化財 彫刻 阿弥陀三尊像立像」と書かれた木の柱が建っていました。入ってすぐの本堂に安置されているのだと思いますが、雰囲気は大屋根の落ち着いた姿。確かに葉山の古刹というところかと思います。 -
イチオシ
ほどなく森戸海岸に到着です。
この海岸は、葉山では一番広い砂浜。砂のきめもそれなりに細かいし、沖ではウインドサーフィンを楽しんでいる人の姿も。太平洋に面しているのですが、直接大きな波を受けることもないんでしょうか。穏やかな海の様子が窺われました。穏やかな海の様子が窺われました by たびたびさん森戸海岸 自然・景勝地
-
南側の先には森戸神社の方も見えていました。
-
そのまま森戸神社へ。
源頼朝が創建した葉山町を代表する神社 by たびたびさん森戸神社 (森戸大明神) 寺・神社・教会
-
こちらは、治承4年(1180年)、源頼朝が三嶋大社から分霊を勧請して創建した葉山町を代表する神社。
-
岬の突端に鎮座していて、明るい境内。
-
皇室や政府高官の別荘が多く建てられるきっかけを作ったベルツ博士とマルティーノ公使を顕彰する顕彰碑や裕次郎碑もあって、
-
バタ臭い葉山の歴史にも思いを馳せれます。
-
イチオシ
ただ、ここの必見は裕次郎碑。森戸神社の裏手。海岸に出たところにあります。
冒頭にも触れましたが、厨子は「太陽の季節」ゆかりの地。対して、葉山は、石原慎太郎原作で石原裕次郎が主演デビューした映画「狂った果実」のロケ地。「狂った果実」は石原裕次郎のデビュー作「太陽の季節」に続く作品ですが、主演デビューはこの「狂った果実」。歌手デビューもこの映画ということになります。
碑は裕次郎のブロンズ像と石原慎太郎氏自筆の詩が刻まれているもの。立派な葉山の歴史となっています。立派な葉山の歴史となっています by たびたびさん裕次郎碑 名所・史跡
-
イチオシ
森戸神社裏手の磯べの沖合い700mに浮かぶ小さな島が見えていますが、それが名島。白い灯台と赤い鳥居がかすかに見えています。白い灯台は、葉山灯台。石原裕次郎の三回忌に石原慎太郎が募金を募り建てたものということです。いずれにしても歩いては渡れない島ですが、今ではこれも葉山を象徴する景色の一つとなっています。
-
森戸神社の南側の真名瀬海岸。緩やかな弧になった砂浜の海岸です。
森戸神社の裏手からでも見えるのですが、さきほどの白い葉山灯台と名島の赤い鳥居はここの砂浜の正面、沖合に見えますね。さらにその先にはヨットの帆影も見えていて、ここも葉山らしい雰囲気がムンムンです。 -
さらに南下して。
葉山しおさい公園は、葉山町が葉山御用邸付属邸跡地に整備した公園。立派な門を入って奥に進むと葉山しおさい博物館を中心にその周辺は緑が豊かな自然が広がっています。 -
これが、その葉山しおさい博物館。葉山しおさい公園の中心施設ですね。
-
葉山周辺の海、相模湾に生息する魚類、貝類、甲殻類、海藻類などを展示しています。
-
特に、目を引くのは昭和天皇の天皇陛下御下賜標本とかでしょうか。
-
全体として、丁寧な展示だし、
-
ちょっとした愛情も感じられるような。
-
昭和天皇が近くの海辺で採集した標本のコレクションを拝見し、
-
昭和の激動を生きた昭和天皇が最後はこうして穏やかな日常を送られたことを知るとそれはそれで嬉しい気持ちにもなってくる。
-
戦後日本の平和主義の歩みにも重なるところがあるような気がします。
-
そして、葉山しおさい博物館から先に進むと一角には広い池を有する見事な日本庭園。葉山御用邸付属邸の遺構かどうかは分かりませんが、これもなかなかの庭園です。
一角には広い池を有する見事な日本庭園 by たびたびさん葉山しおさい公園 公園・植物園
-
葉山しおさい公園から海側に出たところが一色海水浴場。ただ、公園を抜けて行くことはできません。いったん、葉山しおさい公園を出て、向かいます。
ちょうど湾になったような地形の砂浜。 -
それなりに長く続いていて、葉山御用邸の裏の方を過ぎて小磯の鼻まで続いています。砂はまあまあきめが細かいです。
-
そのまま、海岸沿いに進んで小磯の鼻にたどり着きました。
憩いの場所となっています by たびたびさん小磯の鼻 自然・景勝地
-
イチオシ
穏やかな海に向かって突き出た岬は芝生の丘から
-
その先の岩場に続くのですが、とにかく、この芝生の丘が何とも気持ちがいい。憩いの場所となっています。
-
一色海水浴場から少し山手の方に戻って、これは森山社。
天平勝宝元年(749年)の創建。地元の出身で奈良東大寺の別当、良弁僧正が勧請した神社。境内は二段になっていて、子供の遊び場にもなりそうな広場のような下のところと -
石段を上がった一段高い場所が本殿です。全体として穏やかな佇まいが印象的です。
-
イチオシ
葉山公園は、葉山御用邸の南側に隣接する県立公園。公園内は松の緑が美しいし、海に向かって一段高い堤防のような芝生のエリアからは眼下に穏やかな大浜海岸が見渡せます。駐車場もきちんと整備されているし、安心な公園です。
-
その大浜海水浴場がこれ。
海岸はウインドサーフィンのようなマリンスポーツを楽しむ人が多いよう。海水浴客とある程度棲み分けをしているようで、葉山はマリンスポーツを優先しているのが特色です。
葉山はここまでくれば十分でしょう。ここから引き返します。 -
帰る途中、神奈川県立近代美術館葉山館にも立ち寄ります。
建物が美しいし、海を臨むロケーションも素晴らしい。葉山では自慢の施設だと思います。 -
残念ながらこの日は休館中でしたが、それは常設展がないから。所蔵品の関係だと思いますが、ということで、もともと休館日が多いんですね。
-
一方で、敷地内のレストラン、オランジュ・ブルーは休館日でもOK。そちらで昼飯といきましょう。
海を臨む明るいガラス張りの店内は雰囲気抜群。 -
イチオシ
ご機嫌な雰囲気が楽しめますね。
-
ペンネのボロネーゼをいただきましたが、とっても豊潤。店内の雰囲気に負けないしっかりしたおいしさがありました。なかなかの名店かと思います。
-
葉山マリーナの方まで戻ってきて。
これは、パティスリー ラ・マーレ・ド・チャヤ 葉山本店。葉山を代表するケーキ屋カフェです。外観だけでなく、 -
伝統も感じさせるような重厚感のある店内の雰囲気もいいですね。
-
イチオシ
いただいたアーモンドスライスのブリジットは本店限定。ふわふわのスポンジケーキは舌触りと甘さの加減が絶妙です。
同じような味は他にもあるものでしょうが、この加減に至るにはそんなに簡単ではないような気もします。まさに逸品ですね。いずれにしても、すべてを含めて名店中の名店。そんな表現がぴったりなお店です。 -
厨子・葉山駅まで帰ってきて、あとはB級グルメも含めて、この辺り、近場の散策です。
亀岡八幡宮は、市街中心部だけに境内はちょっと窮屈そう。 -
亀岡の名前は、ここがなだらかな丘で亀の背中のようであったというところから。鎌倉の鶴岡八幡宮を意識したネーミングのきらいもあるようですけどね。
-
延命寺は、厨子を代表する高野山真言宗の古刹。天平年間(729-749年)、行基が自ら彫った延命地蔵を祀ったのが始まり。また、その後、空海が当寺を訪れ、その延命地蔵を収納する厨子を設けたというのが、逗子の地名の由来です。鎌倉時代は、三浦氏の祈願寺でもあり、多くの歴史を重ねてきていますね。一段高いところにそびえるように建つ本堂がけっこうな迫力でした。
-
moomoo'sは、逗子銀座商店街の厨子・葉山駅に一番近い辺り。おじちゃんがやっているソフトクリームのお店。けっこう人気のお店でお客さんが次々やってきます。店先に通りを眺めながらいただけるイス席があって、それもまたいい感じかな。
-
さて、ソフトクリームの方ですが、意外におとなしめ。もっと芳醇だったり、ミルクの香りがあるのかなと思ったのですが、逆にリピーターが飽きない味となるとこれくらいになるのかな。そういうことなのかもしれません。
-
なお、逗子銀座商店街は、JR逗子駅前すぐの商店街。アーケード商店街ではないですが、お店の軒先の雨よけが続いています。
-
ブーランジェリー エスは、厨子・葉山駅から逗子銀座商店街を抜けた先。小さな店構えですが、この辺りではかなり評価の高いお店です。
-
品数はちょっと少なめですが、それぞれにそれぞれ。さすがに上質そうなパンが並びます。いただいたのは、レーズンロール。コンビニにもあるお馴染みのパンですが、ここのはやっぱりしっかりした質感が特徴です。
-
kisuke beignet by asina bakeryは、逗子銀座商店街の西端にある小さなパン屋さん。近くにはブーランジェリー エスもあって、競合関係にあると思いますが、こちらもそれなりにこだわりの雰囲気があって負けていないかも。
-
だんだん売れ残りが少なくなってきた頃に店頭に出して販売しているのは、ちゃんと売り切るという姿勢の表れですね。ちゃんと手をかけたものなので、そういう姿勢は好感が持てます。その中から選んだ黒糖のパンは、半分おやつみたいな感じかな。おいしくいただきました。
-
逗子銀座商店街から北に入った住宅地の一角。亀焼き 海神亀です。
-
名前からは亀の形をしたたい焼きかなと思いましたが、食べるとこれって、太宰府の名物、梅ケ谷餅ですね。包装紙で丁寧に包んでいるのでほどよく蒸れていて、それも含めてそっくり。ご主人曰く、九州から来た人に初めて指摘されて、梅ケ谷餅の存在を知ったのだとか。そういう意味では、ここはオリジナルですが、かなりちゃんとしていておいしいです。
さて、厨子・葉山の方はこれでおしまい。横浜まで帰ります。 -
横浜で晩飯にしますが、ついでにここでもちょっと街歩き。
ジャック&ベティは、「ジャック」と「ベティ」の2つのスクリーンがあるミニシアターです。上映の機会が少ない良質な映画を提供する、名画座的な施設ですね。こういう映画は、良質の本と同じ。心の栄養になって、長く記憶に残りますからね。外観のノスタルジックなデザインもとてもいいと思います。 -
横浜シネマリンは、伊勢佐木長者町駅からもほど近く。戦後間もなくの昭和29年に開業したという横浜でも古い歴史のある映画館です。一時、閉館の危機があったようですが、有志の支援で継続とか。確かに外観からして、この雰囲気は今の映画館ではないものです。
-
そして、晩飯はくぬぎ屋へ。知る人ぞ知るのワンタンの専門店。大通り沿いにある小さな構えのお店です。
-
イチオシ
基本メニューの大根のワンタンにしてみましたが、スープのシンプルで優しい味わいからワンタンに包まれたミンチ肉のしっかりしたうまみとそれを受け止める大根の絶妙な組み合わせ。中華街の複雑系の中華料理を食べた後だと余計にこのお店の素晴らしさが際立ちますね。まさに至福の味わい。とても幸せな気分になりました。
-
今夜の宿は、グランカスタマ伊勢佐木町店。関内駅もなくはないですが、伊勢佐木長者町駅が最寄駅。観光客が使うような場所ではなくて、伊勢佐木町で飲んで遅くなったような人が使うカプセルホテルかな。
いろんなプランがあって、時間を区切った割安プランとかもネットカフェを使う感じ。正直ちょっと嫌な感じがしたんですが、受付の対応はきちんとしているし、カプセルのエリアは至って普通。大浴場の方も混みあわず、ゆっくりと入れました。ただ、今回は試しに使ってみましたが、やっぱり場所的なことも考えると二回目はないかなとは思います。 -
翌日もいい天気。
いい気分で、横浜市内の散策開始です。 -
元町百段公園は、その名前の通り、住宅地につながる抜け道的な石段をしっかり上りきった先にありました。
-
限られたスペースですが、ここは浅間神社跡に整備された公園。円柱のオブジェとベンチが洋風の雰囲気。市街を見下ろす大きな桜の木もありました。
眺めの方もまずまずです。 -
石段を戻って。
旧石川代官所長屋門は、元町から代官坂に至る手前の方。長屋門だった建物は、今は住居に改造されていますが、長屋門と見ると確かにその形です。石川家は横浜村が神奈川奉行の支配するところとなると、名主の上、総年寄りと位置付けられた家。ペリーが横浜を訪れた際はここで接待を任されたとか逸話もあるようです。 -
横浜バプテスト神学校発祥の地は、代官坂の途中。バプテストは、キリスト教プロテスタントの一教派。平成21年、創立125周年を記念して、この碑が建てられました。ただ、小さな碑というか説明プレートなので、気が付かない人も多いと思います。
-
そのまま上っていくと額坂。元町公園の西側に沿って続く石段の坂道です。 NHK朝の連続テレビ小説「まれ」のロケ地で、主人公はこの坂を通って通勤していたようです。安全そうな坂道だし、この辺りの住人は普通に使う道だと思いますが、毎日のことだとやっぱり大変そうですけどね。
-
元町公園の一角に保存されているブラフ溝。明治7年から翌年に敷設された石造りの道路の側溝(排水溝)で、この辺りで煉瓦工場や船舶給水事業を行っていたジェラールの要望によって作られたそうです。使われた船底型の房州石が置かれていますが、あんまりイメージは湧かないかもしれません。
-
ブラフ溝から山手本通りを経由して旧山手68番館へ。
現在は山手公園管理センターとしてテニスコートの受付や休憩室、更衣室などとして使われている建物です。もともとは、昭和8年に建てられた外国人向けの貸家。昭和61年にこちらに移築されたということです。 -
本牧山妙香寺に向かいますが、道はけっこう遠回りになりますね。
-
寺は、高台に広い境内を持つ意外な大寺。始まりは、弘仁5年(814年)、空海の創建という東海寺。その後、日蓮の教化で日蓮宗に改宗、妙香寺へ。
境内はやや殺風景ですが、「君が代発祥の地」「日本吹奏楽発祥の地」の石碑が目に留まりました。 -
少し西に向かって行きますが、この辺りからはさすがに初めてのエリアですね。
これはキリン園公園。キリン園公園って、変な名前だなあと思ったら、キリンは麒麟麦酒のキリン。園内には、麒麟麦酒開源記念碑の巨大な石碑が建っていました。ここは、旧外国人居留地である山手の丘の裏。良質の水が得られ、日本で最初のビール工場が作られたのだとか。ただ、その工場は関東大震災で全壊。鶴見区生麦に移転となりました。 -
ここから新山下運河の霞橋を目指しますが、神奈川近代文学館のところで見事な桜の木に出会いました。まさに満開。しばし見とれてしまいました。
-
イチオシ
なんとか霞橋に到着。新山下運河に架かるトラス橋ですが、薄い青色が周囲の風景とマッチしていて、けっこう美しいですね。明治29年に架けられた横浜市認定歴史的建造物。土木学会田中賞や「横浜・人・まち・デザイン賞」まちなみ景観部門などいろんな賞を受賞しているのも納得です。
-
横浜マリンタワーの方に戻ってきました。
-
山下公園もここまで帰れば安心。ホッとする光景です。
-
山下公園の氷川丸を係留する特設桟橋先端に移設保存された明治時代の小さな白い灯台。旧横浜東水堤灯台です。ちなみに、横浜港には、北水堤に赤灯台が、東水堤にはこの白灯台と2基の防波堤灯台があって、完成したのは明治29年。今では当たり前に見かける防波堤灯台ですが、日本初のものだったようですね。
-
と、一角に「ガーデンネックレス横浜」のロゴ。ちょうど、春の花のイベントの時期なんですね。市内各所で行われているようです。
-
まあ、横浜は、この期間中だけではなくていつも花や緑がいっぱいのイメージなんですけどね。
-
ただ、こうしてイベントとしてネームがあると気持ち的には華やぐ感じがやっぱりちょっと増すように思います。
-
では、ここから中華街の方に移って、最後はグルメの時間です。
悟空茶荘は一階が売店、二階が喫茶コーナー。 -
せっかくなので、喫茶コーナーの方で、
-
敦煌パフェ750円をいただきました。すっきりしたバニラアイスにライチやなにかの薬草のジュレとかが組み合わさって、複雑で奥深い玄妙な味わい。とにかくすごくおいしいです。特別な材料は使っていないみたいですが、この味を良しとして作りだすそのセンスはたぶん中華の達人だから。おいしいのツボをよく心得ているのだと思います。
-
中国菓子の方も少しお土産です。
-
昼飯は京華樓 本館へ。
四川料理のお店です。 -
やっぱり四川料理ですから名物の麻婆豆腐を注文している人が多いですが、私は辛いのは苦手なので、もう一つの看板メニューの刀削麺をいただいてみました。
これまで食べた刀削麺にはあんまりいい印象がなかったのですが、ここの刀削麺はおいしいですね。ほうとうみたいなもっちり感なんですが、けっこう弾力もあって、不揃いなところを含めて食感の変化も楽しめます。なお、一人のお客さんも割といて、店構えの割にかなり気軽です。 -
お土産をもう少しということで、パブロフ 元町本店へ。よく知られたパウンドケーキの専門店です。
-
普通のパウンドケーキのほかに生パウンドケーキというのもあって、そちらは見た目ケーキと同じですね。ただ、持ち帰りの際の型崩れリスクを考えて普通のパウンドケーキの方を買いました。こちらが看板商品でもありますからね。オレンジピールを使った大人の味わいのタイプもあって、見た目からしてもそれなりの高級感。有名なだけのことはあると思いました。
以上で、終了。ここからちょっと野暮用があって、その後、佐久の中編に進みます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (1)
-
- Antonioさん 2026/03/28 10:58:41
- バタ臭い
- おはようございます。バタ臭いは、しばらく聞いていない言葉ですが、石原家と逗子を表現するにはいいですね。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
-
グランカスタマ伊勢佐木町店
3.24
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
もっと見る
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
1
112