2025/03/25 - 2025/03/25
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kummingさん
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この旅行記のスケジュール
2025/03/25
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その他での移動
メトロ Yellow Line Rajiv Chowk→Mandi House
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その他での移動
乗り換え メトロ Violet Line Mandi House→Lal Quila
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その他での移動
オートリクシャでホテルへ 休憩
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その他での移動
オートリクシャで フマユーン廟へ
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最寄りのスーパーマーケット兼フードコート
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この旅行記スケジュールを元に
バナラシからニューデリーに戻って、翌日、実質丸1日、デリー観光できるのは、この日だけ!
ところが、ここまで1週間絶好調だったお腹の調子に、異変が(;O;)
これがいわゆるインドの洗礼、私たちももれな享受ww、免れなかった。昨日まで調子こいて、食べ過ぎてたもんな~
1夜、トイレとやんごとなき仲に
メトロのスマートカードもこの日のために買ってたようなものだし、体調不良をおして、まずはメトロでRed Fortめざしました、が
Google Map のRed Fort入口情報、まちがってます。てか、最新に更新されて無い?みたい。ぐるーっと、大回りしてようやく入口着、兎に角遠い、広い(TT)
そここらジャマーマスジッド寺院に、迷いつつもようやっと辿り着いた時には、青息吐息、こんなんなら、最初からオートリクシャ使ってれば入口に直!だったのに(-。-;
しかも炎天下、スマフォがヒートポリシー適用で真っ暗になり、画面見えず、このオールドデリーをGoogle Map なしに彷徨う
鋼の意志(←どこにそんなもん持ってた??)で、HOTEL休憩挟んで、午後もう1件クリア、それがこの日の限界だった、我ながらよーがんばったー
-
おはよーございます
ふつうのホテルの光景なのに
なんか、このホテルの全てにほっ♪ とするわたくし -
ゆっくり朝食を、とゆー場面
ですが -
なんと、昨夜からお腹がぴーひゃららww
一晩トイレとねんごろな仲 -
コンチネンタルかインド式からチョイス
朝食運ばれる前に、サンドイッチ、チーズ、ブラウニーなど、つまもうか、と
↑
お腹、大丈夫? -
Bくん コンチネンタル
私 インド式朝ごはん
は、毎度お馴染みのチョイス
なんか食欲もなくて、残念な状況、特にインド風を身体が拒絶(-。-; -
本日の予定← たぶんムリ(-。-;
-
今日という日を、無事に乗り越えられるのか?
一抹の不安とともに
レッツゴーww
メトロ最寄駅 Rajiv Chowk
ホテルから歩3分 -
そこそこの乗車率
駅構内、足元に足跡? 乗りたいLineへGO
乗り換え乗客にやさしいデリーメトロ♪ -
足跡
和むわ~ -
乗り換え案内
今回はRajiv Chowk駅からBlue Line のMandi House 下車
乗り換え Violet Line で Lal Quila 下車
30rs -
-
Blue line はこちら
Violet line はあちら -
Platform No. 4
-
出口はNo.4 gate と、Google くん
がゆーてんのに
出たのはココNo.3 -
少し歩いてNo.4 Gate 着
ここからが遠かってんT_T
色んな人、通行人、お店の人に、「入口、チケット売り場はどこ?」聞いたら
「あと1km」「そこまっすぐですぐ」「500m先」「歩いてあと10分」などなど
インドの方々、「知らない」とは口が裂けても言わない←イタリア人と同じ(笑) -
隣接して遊園地があるけど
この暑さの中、誰が行く? -
以前はココから入れたはず(←4虎、youtube 情報)
が
閉まっとる~ -
ほぼ、周りを一周したんじゃね? なくらい、延々と歩き(←30分ほど)
ようやく、ここかな? -
Google Mapにある入口は, 入場NG。このマップのチケット売り場、も(←ココにあるのは、帰りに見つけた)ここからは入れず(-。-;
-
外国人専用窓口で600rs×2 インド人はおいくら?
他の物価と比べると、めちゃくちゃ強気の価格設定
ネット購入したかったけど、現地電話番号ないと買えないみたい(←憶測) -
-
広いしデカい
-
で、でかい
-
これなんやけど、
立ち入り禁止とかで使うガード、ガラガラ音たてて一斉に運ぶ光景に目を奪われる -
All Qila ( Red Fort)
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンによって建てられた赤砂岩のラール・キラー、通り名 レッド・フォート -
アグラからの遷都により、新たな首都シャージャハーナバードのシンボルとなった、ラール・キラーでは、料理、文学、音楽など様々なムガル文化が花開いた。
-
着いたでー^o^
-
ひと、よーけいてま
-
両サイドにズラーっとお土産屋さん
帰りに少しご紹介 -
最初に目指すは
今や切っても切れないご縁をつむぐ仲、のトイレ
スタッフさんに「トイレはどこ?」
「すぐそこ、左にあるよん」
すぐそこ→かなり遠かってん(-。-; -
その手前の白い建物
ナウバト・カナ
ナウバト・カナ、またはナッカール・カナは宮殿の入口に建っている。栄華を極めた時代にはナウバト・カナの音楽家たちが皇帝やその他の高官が宮廷に到着したことを一般の聴衆に知らせていた。音楽は1日に5回決められた時間に演奏されていた。
インドの王宮のほとんどには、基本的に入口にナウバト・カナがある。 -
2人って、こーゆーことね♪
だからって、やたら記念撮多くね? -
ここで見るだけ(←脚が棒)
と思ってたけど、どうにか移動
赤い砂岩で覆われたこの建物は長方形の平面を持つ3階建ての大きな建物。赤い石の壁に豊かに彫られた花模様は、元々金色で塗られていたが、内部は他の色で塗られていた。
後のムガール帝国の王、ジャハンダレー・シャー(1712~1713)とファッルクシャル(1713~19)はここで暗殺された、と言われている。 -
-
-
インドで日本人は人気者?説ありまして
行く先々で「一緒に写真撮」頼まれるらし
我ら老夫婦にて、そんな珍現象にも悩まされずここまできてたが、
この頃から、時々「一緒に写真撮りましょー」お誘い受けるようにww
Insta で写真送るね、とフォローしてくれたけど、来なかったww
で、わたしは相手をフォローすらしていない← いつものパターン -
玉座
有名なんで撮ってみたが、心霊写真風 -
帰りに
入口付近のお土産屋さんをのぞく -
こんな処にチケット売り場が(°_°)
本来、ここから入れてたのでは?疑惑 (現出口)
なぜあんな遠くに入口移動したんだ(インドあるある謎) -
ここからジャーマ・マスジッドを目指し
炎天下、さまよう
スマフォはヒートポリシー適用で画面は真っ暗
よってGoogleMap 、見えず -
華やか~
このあたりからが Chandni Chowk? -
市場
-
Lakshmi Narayan Temple クシュミー・ナーラヤン寺院
有名なヒンドゥ教の教寺院 ← デリーでは珍しいとか
入ってみたかった、けど体調不良でカーッと(-。-;
こーゆー場合は「必須アイテムに絞る」作戦 -
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-
1度は買って食べてみたかった、インドのスイーツ店
と
厚い信仰心に支えられ、酷暑の中でも並ぶ信者のみなさま -
それにしても、暑いのよ
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この頃、相当ヘタってた、
けど今写真見直すと、中々のオールドデリー♪
いい感じに撮れてるやん?←自画自賛途中自己満足 -
こーゆー
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街歩き
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彷徨うために
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旅、してる
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と言っても過言ではない♪
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つ、着いたーー
と、今来た、混沌のチャンドリーチョーク地区?を振り返る
表紙、どっちにしよー? かかなり迷った
↑
変わった趣味? -
イチオシ
階段の上から、もう一度振り返り撮
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ぜったい、もっとさまよってた
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で、入口の階段撮ない
この日は、階段に座ってくつろぐ観光客、ジモテイの姿もなく、閑散 -
Mama Masjid ジャマー・マスジッド
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あの階段の写真がない(-。-; のに、記念撮ww
入口で300rpsプラス8rs(確か?)徴収された
うっかり、ココがイスラム教モスク、だってことを忘れていた(-。-;
靴袋と地下足袋みたいなソックスは持参したのにww
女性は髪を隠す、男性は半ズボンNG、なので私にはやたら長いフード付きローブ?
ふつうはストール貸すんじゃない?
これがまた、被るとめちゃ暑い(TT)
Bくんには腰巻き?みたいなの渡された -
靴を脱いで中へ
そしてすぐに座り込んでしまった私、もう一歩も動けない(暑さと迷子で疲労の極致)
塔にも昇る気、満!だったのに、広場を一周処か、メインのモスク内へも近づけず(-。-; -
1656年、6年の歳月を経て5000人の職人を使い、シャー・ジャハーンによって建立されたモスク。
別名「金曜モスク」とも呼ばれ、インド国内でも最大級のモスク -
この後、カリムズ ホテル(Karim’s Hotel)
でカレー、色々食べる気だった
が
体調不良でカット(;o;) -
帰りは
メトロ駅探す気力体力なく、流しのオートリクシャを捕まえる!の一択
150rs
車とリクシャ、人との車間距離、10cmはフツー
とにかく一度、ホテルに戻って休憩しよー -
この百均の非常食?が、今の私の心の支え
午後からの予定を反芻しながら、クーラーがんがんのお部屋でしばし休憩
続きは暑い盛りを避けて、午後3時~初動することに決定 -
午後の部、迷わずオートリクシャで参る♪
フマユーン廟は、メトロで来ても駅からまたリクシャ利用する距離→いっそ最初からリクシャ、一択で
この時だったか、リクシャと客を取り仕切るボス的おっちゃんに色々提案されたが
「Go straight ! No shopping!」で強硬突破♪
なんや、どこぞに寄って、無料のなんちゃらもらえるでー、とか言ってた
最後はリクシャの運ちゃんが、「それでええで!」で無事決着 -
外国人専用窓口 600rsだったかな?
他の物価が安いので、入場料だけが、ずば抜けて高い??
気がしてしまうインド -
イサ・ハーンの墓の囲い地 1847年
イサ・ハーン・ニヤズイーはシェール・シャー・スールの宮廷貴族だった。この囲い地には彼の墓とモスクがあり、どちらも彼の生前に建てられた。フマユーン廟より僅か20年前に建てられた8角形の墓には、天蓋、艶出しタイル、格子のスクリーンといった印象的な装飾が施されている。
囲い地の西側には、3間幅のモスクがあり、中央の大きな赤砂岩の印象的なミフラーブがある。20世紀初頭まで、囲い地には村全体が居住していた。 -
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イサ・カーンの庭園の墓
サイイト朝とロデイ朝のデルフェの王家の墓に使われた建築様式の集大成で、フマユーンの墓よりも古く、壁、モスク、門がそのまま残っている唯一の現存する八角形の囲まれた墓
遺跡を破壊しないように注意深く、景観を元のレベルに復元するために、約325000立方フィートの土を遺跡から取り除くという、膨大な作業が行われた。 -
ブ・ハリマゲート
この壮麗な門は、あまり知られていないブ・ハリマの墓庭園へと続いている。
以下省略 -
-
色んなお墓、霊廟があるらしい
その写真付き説明がずらり、と並べてある一画 -
サブス・ブルシュ
フマユーン廟の入口に位置するこの建造物は、初期のテイムール朝建築の一例。その歴史は1530年代、つまりデリーにおけるムガル帝国の支配の始まりにまで遡ると考えられている。
以下省略 -
アブドウル・ラヒム廟
アブドウル・ラヒムは、フマユーン皇帝の墓から南に100ヤード離れたヤムナー川の岸に、妻マフ・バニの墓を建てた。ムガル帝国時代に女性のために建てられた最初の墓で、ラヒムも死後ここに埋葬された。
ムガル建築の注目すべき表現のこの霊廟は、フマユーン廟で確立された建築様式から派生しており、ここで開発された建築技術革新は、後のタージ・マハルの設計に影響を与えた。 -
イサ・カーンの霊廟
イサ・カーンの霊廟
フマユーン廟より数十年前に建てられたイーサ・ハーンのバラ・マクラバーはそれ自体が素晴らしい記念碑で、フマユーン廟と同じ壮大な規模で建てられた。バラ遺跡群は現存する最古の遺跡群で、門、遺跡の壁、庭園、モスクなどが今も残っている。 -
フマユーン建造群
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顕著な普遍的価値
ムガル帝国の壮大な王朝時代の霊廟の最初のものであるフマユーン廟、その記念碑的な規模、建築的手法、庭園の配置、は世界に類を見ない‥、そしてタージ・マハルの建設へと繋がった。 -
高さ16mのこの西門は、世界遺産フマユーン皇帝廟の庭園への正門で、中央通路を挟んで両側に部屋が設けられ、上階には小さな中庭がある。ムガル帝国が装飾的な宇宙のシンボルとして用いた六角形の星が、この建物を飾っている。
-
ここで出会った爽やか日本人青年トリオ (写真up許可を得てます)
左から
大学、高校、中学生、とゆー謎の集合体?
なんや、ネットで「色んなことにチャレンジしよーぜ」みたいな人たちが出会うサイト、で「インド行かへん?」で集ったらし
大学生以外は「すねかじり」
持ってる袋「リクシャのおっちゃんに連れて行かれて、買わされた」グッズ(笑)
わたしらも、のせられそうになった手口、若者がカモられてん! -
1553年、バードシャー・ナシルッデイーン・フマユーン(1508~1556)は、テインパナー(忠実な者の避難所)と名付けた都市の建設を命じた。
フマユーンはムガル帝国の初代皇帝 ザヒルッデイーン・ムハンマド・バーブルの息子であり、偉大なジャラールッデイーン・ムハンマド・アクバルの父だった。
フマユーン生まれつき謙虚で、人を信頼する心を持っていた。。火傷を負った子供は少なくともすぐに火を恐れることを学ぶが、フマユーンはそうではなかった。彼は聖人のような資質をもった、非常に心優しい王だった。フマユーンは決して約束をやぶらなかった。 -
庭園の手入れをするブッダ・シャー・バーブル
信仰し、正しい行いをする者たちを、われは川が流れる楽園に導く。彼らは永遠にそこに住まうであろう。まことに、それは神の約束である。 -
庭で過ごす皇子たち
「あらゆる場所に美しい庭園を作り、すべての庭園にバラと水仙を植えた。居住可能な場所であればどこにでも水車を建設し、きれいな水の流れを作り、計画的に幾何学的な空間を作ることができるはず。」 -
神は天と地の光である
神の光のたとえ話は、あたかもそこに壁禽があるかのよう。そして中にはランプがある。ガラスは輝く星、祝福された木が照らされた。
東でも西でもないオリーブ、その油は火が触れていないのに輝く。
光、光
神は望む者を光へと導く
聖クルーアン第24章35節 -
インドでは、ムガル帝国の王室テントの色である赤い砂岩を敷き詰めた。
城全体が息を呑むほどの壮麗さで、完璧に計画が練られていた。 -
フマユーン廟 1565~72
フマユーン皇帝の未亡人ハミダ・バグ・ベグムは、皇帝の霊廟を建立した。
タージ・マハルの前身となるこの霊廟は、12000hmの基壇の上に建ち、高さ47mに達する。インド建築におけるペルシアの影響が最も古い例であるあるこの霊廟には、100基以上の墓があり、「ムガル帝国の寝室」と呼ばれている。
石積みで建てられたこの建造物は赤砂岩と大理石をこれほど大量に使用した最初の建造物である。テラスの小さな天蓋は、もともと青い薬をかけたタイルで覆われ、白大理石のドームの上にある真鍮のフィニアルは6m の高さがある。 -
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振り返り
この時テラスに上がったら、すごく暑い!
日陰もなくて、
急いで建物内(お墓)へ移動 -
覗き見撮
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複数の大理石の棺
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廟内の中央部に置かれた大理石の棺
これは模棺で、実際の棺は、地下に妻たちと息子の遺体と共に安置されている -
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◯心△さん
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お呼びですよ~
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この広い敷地を
もう一度戻らないと(-。-;
できたらココから→出口直結ルート、つくってくださーい(←青息吐息)
ホテルに着く途中、Riqur Shop の前を通り、Bくん息を吹き返し
リクシャでホテル着→そのままビール求めて街へ繰り出し→ATMキャッシングはどこへやら→ビールだけ抱えてご帰還 -
Haldiram’s Connaught Place
かなりヘタってホテルでBの帰りを待つこと小1時間
わたくしも
近くのスーパー件フードコートあるお店へ
食欲なくて、ラッシー他飲み物だけ購入 -
元気ならココで食べても、な豊富な品揃えのフードコート
Take outもできるらし -
混んでますね
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一度くらい食べれば良かった、インドすいーつ♪
明日は朝6~、どーしても行きたかった♪Chand Baori 経由 Jaipur 5~6時間の車移動、体調回復を願って、おやすみなさい(-_-)zzz
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終わりのはじまり旅 インディア
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終わりのはじまり 1 New Delhi
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デリー
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終わりのはじまり 2 New Delhi →Agra
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デリー
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終わりのはじまり 3 Agra
2025/03/18~
アグラ
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終わりのはじまり 4 Agra Taj Mahal →Agra Fort
2025/03/19~
アグラ
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終わりのはじまり インド 番外編 View of the Gangers River
2025/03/20~
バナーラス (バラナシ)
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終わりのはじまり 5 Agra→Varanas
2025/03/20~
バナーラス (バラナシ)
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終わりのはじまり 6 Varanas 2
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バナーラス (バラナシ)
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終わりのはじまり 7 Varanas 3
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バナーラス (バラナシ)
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終わりのはじまり 9 New Delhi
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デリー
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終わりのはじまり 10 New Delhi day2
2025/03/25~
デリー
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終わりのはじまり 11 Delhi→Jaipur
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ジャイプール
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終わりのはじまり 12 Jaipur day2
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ジャイプール
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終わりのはじまり 13 New Delhi→帰国
2025/03/28~
デリー
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この旅行記へのコメント (2)
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- ももであさん 2025/05/11 19:27:26
- 鋼の旅人
くみさま こんばんは♪
いやもう、インド旅の壮絶ドキュメント、30枚の限界を突破して一気読みしました。
朝から腹痛スタートって… もうその時点でゲームオーバーなはずなのに、
午後には普通に観光再開してるという、体内にゾンビみたいな回復力でも搭載してる!?
ふつうの旅人なら、ホテルで泣きながらポカリすすってる頃ですよね。
そしてGoogleマップの嘘に騙され、
「こっちに入口ありますよ」って言われて辿り着いた先が壁って…
Google先生は反省室行きですね。
インド人の「知らないとは言わない」文化!
笑顔で全力誤誘導してくるそのスタンス、もはや国技!?
正直に言えよ!「知らない」って!
口裂け女でも言うよ!って感じですね。
これ読んで「インド行ってみたいな」って思う人、
たぶん変態(←褒めてます)か、pedaruさんくらいでしょうね!?
くみさま、鋼の旅人認定です🔥
追伸: あの暑さの描写、読んでるこっちも若干脱水しました…!
- kummingさん からの返信 2025/05/11 22:21:49
- Re: 鋼の旅人←褒められてるんだか、なんだかなー
- ももさま、おこんばんは♪ 貴重な休日の夜、お越しいただき光栄の至りにございます。30枚×3の超過写真、スルッとスクロールしていただけたでしょうか?
「インド行ってみたいな♪」と思う人、手ー上げて!
ももさまの予想通り、この掲示板ですでに約2名(某Pedaru、とか、しにあ、とかおっしゃる方々) 、声をあげておられます。「こんな恐ろしい、怖い処、行けません!」
↑
南伊シリーズでも、同様なレヴューを頂いた記憶(笑)
4虎って、見た人に「わ~、行ってみたいな♪」と思わせるサイトでしたっけ? わたしのブログはそーゆー趣旨から遠い位置付けってことですね(-。-; 本人は楽しんでいるのに⁉︎
でも、フツーに旅してるとこんな感じ、飾らず隠さず、行って見て感じたまんま、だから冗長なのは否めないかも。
観光地より、迷って入り込んだ路地やただ歩いてる道沿いの「フツーの風景、生活してる人々の姿、笑顔」の写真を撮るために、旅立っている気がします。旅程を立てる、旅する、帰って振り返ると、心に遺っているのは、そんな景色ですね♪
↑
以前も同じ事言った記憶ww
コメント頂くだけで「嬉しい^ ^」ながらも、そんなわたくし的お気に入り♪ の写真への言及に出会えないのが、ちょっと寂しい今日この頃(笑)
いつかお気に入り写真、だけでブログ作れるようになりたいな^o^
スマフォのヒートポリシー発動は、モロッコでもやってて、ほんと困ったちゃん(;o;)
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