2026/02/21 - 2026/02/22
393位(同エリア1990件中)
キートンさん
かねてから行きたい遺跡の筆頭だったのが、インドのエローラとアジャンタの石窟群。
インドの玄関口となるデリーは、アグラ、ジャイプールを周遊するゴールデン・トライアングルと呼ばれる定番の観光コースの起終点にもなっています。
それらをまとめて周っても1週間程度なので、当初はフィリピンのパラワン島でのんびりして帰国するプランを立てていました。
しかし家庭の事情により早めに帰国する必要ができたので、フィリピンはマニラ1泊のみとなって、インドメインの旅となりました。
7年前にエジプトで世界三大ウザい国の苦い洗礼を受けたのですが、第2段のインドではいかがな旅になるのでしょうか・・・
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 2.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- タクシー 飛行機
- 航空会社
- ベトジェットエア
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
まずはこの旅の旅程。
往路(2/21):大阪→ハノイ→デリー
1日目(2/22):デリー
2日目(2/23):デリー→アグラ
3日目(2/24):アグラ→ジャイプール
4日目(2/25):ジャイプール→デリー
5日目(2/26):デリー→アウランガーバード→アジェンタ石窟群→アウランガーバード
6日目(2/27):アウランガーバード→アジェンタ石窟群→アウランガーバード
7日目(2/28):アウランガーバード→デリー→マニラ
復路(3/1):マニラ→香港
復路(3/2):香港→大阪
航空券は4か月前の10月に購入した。
復路のマニラ→大阪のみ出発直前に購入したので割高となった。
関空→ハノイ→デリーはベトジェットで、39,400円
デリー→アウランガーバードはエアインディアで、14,300円
アウランガーバード→デリー→マニラはエアインディアで、42,170円
マニラ→香港→大阪はキャセイパシフィックで、51,470円
全てサプライスで予約した。
また、2月22日はデリー1日ツアー2,360円Rs(4,130円)、2月23日~25日はゴールデントライアングルツアー16,800円Rs(30,400円)で、ともにシゲタトラベルのツアーを利用した。 -
2月21日、関空9:20発のVJ939便で13時過ぎにハノイ・ノイバイ国際空港に到着。
LCCなので機内食なしと思っていたが、機内食が1食付いていた。
予約時に付けたのかもしれないが、記憶にない。ノイバイ国際空港 (HAN) 空港
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ハノイ・ノイバイ国際空港での乗継ぎ時間は約6時間。
第2ターミナルでプライオリティパスが利用できるSH PREMIUM ラウンジで過ごした。 -
SH PREMIUM ラウンジは標準的な規模のラウンジだった。
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本日の昼食。
もちろんおかわりした。 -
ハノイ・ノイバイ国際空港19:10発のVJ971便で23時前にインディラ・ガンディー国際空港に到着。
インドは短期の旅行でもビザが必要なので、約1ケ月前にオンライン申請でe-VISA(電子ビザ)を取得していた。
このオンライン申請は入力項目が多く、顔写真の背景が白でないといけないなど、なかなか厄介なものだった。
インディラ・ガンディー国際空港からデリーのホテルへは、シゲタトラベルで送迎を予約していた。片道1,450Rs(2,700円)。
デリーの宿はHotel Hari Piroko。
フライトにやや遅延があったこともあり、チェックインは0時を過ぎていた。
(写真は翌日撮影のもの) -
Hotel Hari Pirokoのダブルルーム。
1リットルのミネラルウォーター、ポットがある。
テレビもあるが、まともに映らなかった。
海外のホテルではよくあることだが・・・ -
広さは十分。
ブッキングコムで予約し、1泊食事なしで2,600Rs(4,550円)、現地払い(クレジットカード可)。ハリ ピオルコ イン エクスプレス アット ニューデリー レイルウェイ ステーション ホテル
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部屋の入口ドア入って右下に冷蔵庫。
チェックイン時はコンセントが抜いてあるので、冷蔵庫を前に移動して背後のコンセントに差し込む必要がある。 -
洗面・トイレ。
アメニティはなかった。
インドのホテルにしては、清潔感は悪くなさそう。 -
シャワーはお湯がぬる過ぎて、この時期のデリーの夜では寒かった。
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2月22日の朝。
シゲタトラベルのデスクはHotel Hari Pirokoのエントランス右側にある。
シゲタトラベル・ホームページ:https://shigetatravels.com/
日本語が通じるスタッフがいるので、メールや現地でのやり取りが日本語でできる。
なので、Hotel Hari Pirokoは日本人の利用が比較的多いようだ。
朝は9時からオープンで、ここでSIMカードの購入・設定(700Rs)と両替を行った。
両替は、米ドルからで180ドル→16,200Rs。
100Rs札と500Rs札を適当に混ぜての受け取りだった。 -
シゲタトラベルのデリー市内1日観光は、8時間以内、走行距離80kmまでが基本で、それを超えると追加料金がかかる。
それを超えない範囲で、フマユーン廟、クトゥプ・ミーナール、グルドワーラー・バングラ・サーヒブの3箇所に入場、可能であればインド門、ラール・キラー(レッド・フォート)の外観観光をリクエストした。
ツアーの車はスズキの乗用車だった。
最初の訪問地はラール・キラー(レッド・フォート)。 -
ラール・キラー(レッド・フォート)は、ムガル帝国時代(16世紀)の城塞である。
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、アーグラから遷都し、自らの名を冠した新都シャージャハーナーバード (Shahjahanabad) における居城として築いた。1639年から9年をかけて1648年に完成。 -
名称の由来ともなった城壁の赤い色は、建材として用いられた赤砂岩のものである。
ここでは外観を見学しただけで、15分程度の滞在で終えた。 -
ラール・キラーから車で約15分、11時前にフマユーン廟に到着。
入場料は600Rsだが、クレジットカード払いだと550Rsだった。 -
入場してフマユーン廟に向かう右側(南側)に別の廟がある。
イサ・カーン廟は、フマユーン廟に先立って1547年に造られた。 -
イチオシ
南側から見たイサ・カーン廟。
八角形の廟の初期建築だという。 -
内部には数個の石棺が置かれている。
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イサ・カーン廟を囲む八角形の城壁は、一部上を歩くことができる。
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イサ・カーン廟の西側にはイサ・カーン・モスク。
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イサ・カーン廟に寄り道した後、フマユーン廟へと向かう。
フマユーン廟へは西門をくぐる。 -
西門にはいくつかの展示物がある。
ジオラマでフマユーン廟の形状と構造を確認。 -
西門を抜けると廟に向かって水路が続いている。
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廟への途中に噴水の池。
フマユーン廟は上下の二層構造となっていて、外側にアーケードをめぐらせた低平な下層(基壇)は、一辺約95mの矩形をなして高さは約7mである。
その上に上層建築が設けられている。 -
フマユーン廟のドーム。
ドームは二重の構造となっていて、外殻ドームは総白大理石で、その最頂点までの高さは約38mあるという。 -
二層構造になった霊廟の下層(基壇)の階段を上り、上層建築の前から西門を振り返る。
霊廟周囲の庭園は、ペルシア的な四分庭園となっていて、10ha以上の広大な敷地を有する。四分庭園は四面同等の意匠をもち、4つの区画に分けられた正方形の庭園であり、庭園には水路や園路が格子状に走向して中形ないし小形の正方形をつくり、それぞれの交点には小空間や露壇、池泉などが設けられている。 -
イチオシ
上層建築は一辺約48mであり、中央墓室を4つの正方形の墓室が対角上に取り巻くような形状に配置されている。
各面には大小のイーワーンを配置している。 -
西側のファサード。
赤色の砂岩に白色の大理石を組み合わせて幾何学的な文様が華やかにデザインされている。 -
ファサードのイーワーン。
フマユーン廟は、ムガル帝国の第2代皇帝フマユーンの墓廟で、妻のハージ・ベグム王妃が彼の死後9年かけ、1565年に完成した。 -
上層建築の南側から内部に入る。
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床の幾何学模様。
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霊廟の中央広間へ。
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中央広間には大理石の棺が置かれているが、これは模棺で実際の棺は地下に妻たちと息子遺体とともに安置されているという。
フマーユーン廟 史跡・遺跡
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内部のドームは外殻ドームの12m下にあるという。
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対角上に配置された墓室のひとつ。
ふたつの大理石の棺が置かれている。 -
幾何学的なパターンが特徴的なジャリ(Jaali)と呼ばれる伝統的な透かし彫りのスクリーン。
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イチオシ
フマユーン廟はどの方向から見ても完璧なシンメトリー成していて、ペルシャやイスラム様式を色濃く反映しているという。
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フマユーン廟の南東には、16世紀後半に建てられたバーバー廟がある。
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イチオシ
バーバー廟から見たフマユーン廟。
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デリー首都圏は急速な経済成長と都市化に伴い世界最悪レベルの大気汚染ともいわれている。
2月は乾季なので天気は良いと思っていたが、意外にも霞もなく普通に青空が広がっている。 -
シンメトリーの建築美を堪能。
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フマユーン廟の建築様式は、100年後タージマハルなどへと受け継がれることになった。
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西門から出て左側(南側)に、もう一つの門がある。
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その門をくぐった先には、アフサルワーラー廟とモスクがある。
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アフサルワーラー廟は簡素な造りで、内部には3つの石棺が置かれている。
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アフサルワーラー廟は、16世紀後半に建てられた赤砂岩を使用したイスラム建築様式の廟である。
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砂岩で構成されたモスク内部には、ミフラーブ(メッカの方向を示す壁の窪み)が設けられており、祈りの場としても使われた。
約1時間30分でフマユーン廟の敷地内の観光を終了。 -
次の訪問地はインド門。
駐車場はインド門との間に広い通りが通っていて、その通りを横断するアンダーパスを見つけるのに少し時間を要した。 -
インド門の東側には、独立運動の指導者スバス・チャンドラ・ボースの像がある。
スバス・チャンドラ・ボースは、インド国民軍を率いてインドの独立のために闘った英雄として知られている。 -
インド門は第一次世界大戦などで戦死したイギリス領インド陸軍の兵士7万人の記念碑として建てられ、高さは42mある。
想像よりも意外に大きい。 -
インド門はデリーの主要なランドマークとなっているが、ここはさらっと見ただけで短時間で引き上げた。
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インド門からクトゥブ・ミナールへと向かう途中で、Rivaz Hotel and Restaurant で昼食となった。
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VEG NOODLES を注文。
後日わかったのだが、これから皿に移して食べるのが正解のようだ。
知らなかったので皿に移さず直接フォークで食べた。
そこそこ美味しかったものの、やはり日本人には辛めの味付け。
そしてボリュームがあり過ぎて、1/3は残した。
チップを含めて530Rs。
1000円近い価格なので安くはない。 -
14:30前、クトゥブ・ミナールに到着。
ここもフマユーン廟と同様、入場料は600Rsだが、クレジットカード払いだと550Rsだった。
ミナールとはモスクの尖塔(ミナレット)を意味する。
高さ72.5mのインドで最も高いミナレットが目立つ。 -
ここは、クトゥブ・ミナールと複合建築群として世界文化遺産に登録されている。
なので、みどころはクトゥブ・ミナールだけではない。
クトゥブ・ミナールの南東側に建つイマーム・ザミン廟。
16世紀初頭(1537年頃)に建てられた。 -
イマーム・ザミン廟の内部には大理石の棺がひとつ。
ジャリ(Jaali)と呼ばれる伝統的な透かし彫りのスクリーンが4面に施されている。 -
南側の小高くなった公園から見たクトゥブ・ミナール。
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複合建築群とあって、高いミナレット以外にも見ごたえがありそうだ。
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西側には、アラウッディーン廟とアラウッディーン・マドラサの跡がある。
遺跡のイメージが強いエリアである。 -
ふたつの特徴的なドーム。
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ドームの建物の特徴的な柱。
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イーワーン形のゲート越しに見たクトゥブ・ミナール。
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本日は日曜日。
アラウッディーン・マドラサ跡の緑の広場は地元民の憩いの場と化している。 -
クトゥブ・ミナールは、1200年頃に奴隷王朝の建国者であるクトゥブッディーン・アイバクによって建設が始まめられた。
アイバク存命中に完成したのは1層のみで、2~3層は後継者のイールトゥミッシュの時代に完成した。
14世紀にトゥグルク朝のスルタンが4層目を修復し5層目を完成させた。クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
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地震や落雷などで先端が崩れた後に修復しており、当初は100mほどの高さがあったという。
直径は、基底部14.3mに対して先端部2.75m。
内部には378段の階段があり、以前は先端部まで上ることができた。
1981年12月に十数名が死傷する事故が起こり、内部への立入りは禁止されたという。 -
1層目は、円形と三角形の断面が繰り返す造りで、コーランの章句を図案化したものが刻まれている。
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クトゥブ・ミナールを囲む回廊。
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石畳の広場に石棺のようなものと黒い鉄柱。
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黒い鉄柱はデリーの鉄柱と呼ばれ、99.72%という高純度な鉄で造られ、表面にはサンスクリット語の碑文が刻まれている。
直径は約44cm、高さは約7m、重さは約10トン。
4世紀に造られたにもかかわらず錆びない鉄柱として知られ、錆びない理由は諸説あるものの謎に包まれているという。 -
イチオシ
奴隷王朝の3代目君主シャムスディーン・イルトゥトミシュの墓であるイルトゥトミシュ廟。
赤砂岩の壁には美しいアラベスク模様やコーランの詩句が刻まれている。 -
クトゥブ・ミナールはインディラ・ガンディー国際空港に近く、上空をたびたび航空機が飛行するのを見かける。
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クトゥブ・ミナールの北に150mほど離れた場所に、未完のミナレットであるアライ・ミナールがある。
財政難で工事が中断し、現在は直径25mの巨大な基底部を見ることができる。
完成していればクトゥブ・ミナールを超え、100mを大きく超える塔になっていたとされる。 -
クトゥブ・ミナールを後にして、最後に訪れたのはグルドワーラー・バングラ・サーヒブ。
入場料は無料で、靴を脱いで入場することになるので、ここで靴を預ける。
そして入場する前に髪を覆わなければならないので、バンダナを使用した。 -
ゲートをくぐったところで足を清める。
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グルドワーラー・バングラ・サーヒブはデリーで最大のシク教の寺院である。
インドは約8割がヒンドゥー教でシク教は2%にも満たない。
インド人はターバンを巻いているイメージがあるが、実際にターバンを巻いているインド人は少数で、主にシク教徒なのだという。
シク教徒は、神が与えた身体をそのまま受け入れるという思想にあり、基本的に散髪や 髭を剃ることはないという。
シク教徒は髪を清潔に保ち、結い上げてターバンで整えるというプロセスを毎日のルーティンとして実践している。グルドワラ バングラ サーヒブ 寺院・教会
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寺院の礼拝堂内部は金の装飾などで美しく、厳粛な雰囲気に包まれている。
残念ながら写真撮影は禁止。
礼拝堂の西側に出ると、聖なる池がある。 -
聖なる池は回廊で囲まれている。
回廊を時計回りに歩くと、途中で回廊の外側へと人が流れていた。 -
その流れについて行くと、巨大な厨房になっていた。
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シク教ではランガル(共同食堂)と呼ばれる独特な慣習がある。
食事が無料で提供される。財源はどうなっているのか謎だが。
非常にありがたい慣習なのだが、日本人には衛生面の不安もあるので、ここはパス。 -
聖なる池には、大きな鯉も泳いでいる。
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イチオシ
聖なる池の周りの床の市松模様が印象的。
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寺院の頂部の黄金のドーム。
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17時頃にHotel Hari Pirokoに戻り、デリー市内1日観光は終了。
部屋で少し休憩してから飲食品を購入するため外出した。
Hotel Hari Pirokoがあるデリーの中心部は、想像していたインドの雑踏の風景だった。
ただ、今日車で走った印象は、中心部を少し離れると道路や街は意外ときれいだと感じた。
カオスを感じることは少なかったものの、道路が混雑した時の割り込みの強引さやクラクションの嵐はさすがインドだなと思った。 -
シゲタトラベルで近所のおすすめスーパーマーケットを聞いたが、近所には小規模な店しかなく、VISHAL HOTELの1階にあるTHE NEW SHOPを教えてもらった。
夕食になるような食品はカップ麺くらいしかなく、どれもいかにも辛そうだった。
結局、カステラのようなパン、カップスープ、オレンジジュース、ミネラルウォーターを購入し、233Rs(約400円)だった。
インド1日目は、警戒していたウザさはそれほどなく、フマユーン廟とクトゥプ・ミーナールは思っていたよりも見ごたえがあった。
明日からは3日間のゴールデントライアングルツアーの初日。
アグラへと向かいます。
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