2024/04/19 - 2024/04/20
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まつじゅんさん
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ゆっくり目にホテルを出て、対岸に見えている天橋立に向かいます。
駐車場は天橋立駅から少し離れた方が安い、とのネット情報があり(離れたと言っても5分以内の場所ですが)、1日単位の駐車場に車を預け、久し振りの天橋立観光に向かいます。
2020年12月に訪れた際は、成相寺からの眺望を楽しんだので、天橋立に上陸するのは結婚前にドライブで来て以来です。
約40年振りだと思いますが、少しだけ残っている記憶は、天橋立の中は少しだけ歩いたかなという位で、殆んど覚えていません。
股のぞきも「したかな?」という程度ですが、40年も経てば全てが大きく変わっているでしょうから、初めての気持ちで楽しむ事にしました。
Ver.1は、天橋立駅で観光情報を仕入れ、知恵の輪や智恩寺を参拝し、天橋立を「ちゃりぼー」(ちゃり&ボート)という、行きは天橋立の松並木を自転車でサイクリングし、帰りはモーターボートという、面白そうな観光コースあり、こちらを利用する事としました。
写真が多くなったので、二部構成として、Ver.1は智恩寺を参拝後、天橋立の松林の中を爽快にサイクリングし、元伊勢籠神社を参拝し出発地にモーターボートで戻るまでです。
*天橋立観光 編 Ver.1↓
https://4travel.jp/travelogue/11937051
*2020年12月の備忘録↓
https://4travel.jp/travelogue/11668626
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 船 自転車 自家用車 徒歩
-
京都丹後鉄道宮津線の天橋立駅、2015年に改装されたという事で、綺麗な駅舎です。
1990年の北近畿タンゴ鉄道へ、JR西日本から移管され、今も宮津駅からJRの電車特急が走っています。
駅舎は、伊根町の舟屋を模したカタチで、1991年に日本鉄道建築協会賞を受賞しています。
1階が観光案内所となっており、様々なパンフレットや地図が用意されていました。天橋立駅 駅
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観光案内所で頂いた地図を見ていると、天橋立の観光コースは色々あるようです。
天橋立は3.6kmの長さがあるので、歩くと1時間弱かかるようです。
また、渡り切っても帰りがある事を考えると、今回のちゃりぼーはベストだったように思います。 -
智恩寺は、近代まで天橋立を寺領の一部としていた、臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は天橋山です。
808年に平城天皇の勅願寺として創建されたという歴史ある寺院です。
10世紀の初頭には、醍醐天皇から勅額を下賜されたらしいですが、以後中世までの歴史は判然としないという、ある意味不思議な寺院ですね。
当初は真言密教寺院で、南北朝時代以降に禅宗となったようです。智恩寺 寺・神社・教会
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こちらの三門は、黄金閣と呼ばれていて、建立の際に後桜町天皇より頂いた黄金が名前の由来となっているそうです。
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文殊堂は本尊の文殊菩薩が祀られている、所謂智恩寺の本堂です。
中央の須弥壇上の厨子に本尊である文殊菩薩と、善財童子・優闐王が三尊形式で祀られていて、その姿は文殊菩薩が獅子に載り、インドから中国へと旅した姿を表しているらしいです。
本尊は秘仏とされていて、正月三が日、1月10日、7月24日の年5日しか開帳されていないようで、文殊菩薩の智恵とは、多くの人々の悩みや苦しみを解き安心に導くものだそうです。 -
江戸時代に宮津城の城主 京極高国氏によって改築されたようですが、中央の4本柱は以前の建物の柱を使用しているとの事で、鎌倉時代に訪れた人々の書いた文字が残されています。
外側には多くの絵馬が飾られていて、学力向上を願った算額や和歌を詠み合わせた額等もあり、智恵の向上を願った人々の想いが詰まっています。 -
重要文化財に指定されている多宝塔です。
丹後地方唯一の、室町時代建立の多宝塔で、大日如来が安置されていて、雪舟筆の『天橋立図』にも描かれています。 -
ボート乗り場にある知恵の輪の灯篭です。
当時は船の安全を祈る意味で建てられ、久世の渡を守ってきた石燈籠を文殊菩薩の慈悲の光と感じ、智恵の輪燈籠と呼ばれています。
言い伝えによると、知恵の輪を3回潜れば文殊の知恵がつくとの事ですが、身体ごと潜るのはNGで、どの様に潜るのか・・・・。
答えは色々あるようですが、その方法を考える事で知恵が見に着くという事でしょうか。
桜井市の安倍文殊院、山形県高畠町の 大聖寺の亀岡文殊と併せ、日本三文殊と言われています。 -
では、自転車を借りて天橋立 3.6kmの走破を目指します。
天橋立は日本三景として有名ですが、2017年4月に文化庁より、日本遺産の「丹後ちりめん回廊」の構成文化財にも指定されています。 -
天橋立の砂洲に向け、最初に通る橋 廻旋橋です。
船が通るたびに90度旋回する橋で、天橋立と文殊堂のある陸地をつなぐ橋で、。
1923年に手動の廻旋橋が稼働し、橋の下を通る大型船舶が多くなった事で、1960年5月から電動式となっています。
多い時は50回/日も動くそうです。
丁度タイミング良く、稼働する所を見ることが出来ました。↓
https://youtu.be/pKIKbjEiizo廻旋橋 名所・史跡
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一般的に「天橋立」と呼ばれていますが、砂州を走る道は京都府道 天の橋立線です。
舗装はされていないので、砂と砂利の混じった、所謂地道をゆっくりと進みますが、平坦なので電動でなくても、割合スイスイと走ることが出来ました。。天橋立 自然・景勝地
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天橋立周辺に鎮座する「天橋立神社」「元伊勢籠神社」「眞名井神社」という、三つの神社を巡る「天橋立三社参り」と言うのが近年人気のようです。
これは「神代の昔、天に住む男神が眞名井神社に住む女神の元に通うために使っていたハシゴが倒れて天橋立になった、という「天の浮橋神話」が元になっているようですが、特に恋愛成就が期待できるようです。
ご祭神は豊受大神(とようけのおおかみ)、大川大明神(おおかわだいみょうじん)、八大龍王(はちだいりゅうおう)といわれています。
天橋立神社は、本殿近くの道から入って参拝する人が多いようですが、本来は浪打際に立っている一の鳥居から参拝するのが正式だそうです。天橋立神社 寺・神社・教会
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この神社の本殿横には「磯清水」と呼ばれている湧き水があります。
この水は日本名水百選の一つで、周りが海なのに塩分を含まない真水が湧いているという不思議な井戸として有名で、先ず手を清めます。
ただ、湧き水という事なのか、飲用は禁止されていました。磯清水 自然・景勝地
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松林の中に自転車を置き、暫し砂浜から宮津湾を眺めてみました。
天橋立が海面上に現れはじめたのは今から約2200年前のこと。宮津湾の海流と阿蘇海(あそかい)の海流がぶつかり、砂が徐々に堆積したことによって砂州(さす)が形成されました。それが天橋立です。
天橋立は、約6,700本の松並木と砂で「白砂青松」と言われる景勝地となっていますが、約4000年前に丹後半島の東側の河川から流出した砂が、宮津湾の海流と阿蘇海の海流がぶつかり、砂が徐々に堆積したことによって約2200年前に砂州が形成され、天橋立となりました。
一口に天橋立と呼ばれていますが、大天橋、小天橋に分かれていて、橋でつながっています。
幅は20mから170mの砂洲です。
砂洲の出現により、内海である阿蘇海が形成され、取り囲むように約2100年前の弥生時代から、人が定住するようになって来たそうです。
以降、阿蘇海には多くの船が往来する丹後王国を代表する国際貿易港のひとつに発展し、この地域は裕福な都市として発展していきました。 -
天橋立神社を少し進んでいくと、大砲の砲身が残されていました。
これは、「大正12年2月5日 海軍大臣より海軍思想普及のため下付されたもの」という履歴が掲げられていて、40口径15糎砲の砲身で、安式(アームストロング式)と言うそうです。
案内板によると、製造は1902年イギリス・アームストロング社製で、価格は16,000円(当時)、重さは約5tで、長さは6m40cm、発射弾有効距離は12,500m、発射弾飛行時間は約38秒との事です。
1発発射すると100円(当時)掛ったそうで、軍艦 明日に搭載されていたもののようです。
昔は神社の辺りが砂州の端だったようですが、その後も砂州が発展し続け、南側に延び橋で繋がる今の姿になったようです。天橋立公園 公園・植物園
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天橋立といえば松林ですが、現在の天橋立はあまり良い状態ではないようです。
本来白砂でなければならない砂は、下草で一杯で腐葉土に覆われ、松以外の植物が育ちやすい環境に加え、松も根があまり育たなくても育つことから、根元がしっかりしない状態で幹が高く育ち、バランスの悪い状態になっており、台風等の際には、松が根から倒れる事故例が多く報告されています。
そのため、松くい虫等から松を守り、砂の補給をする等に加え、松を健康に戻すため腐植土を取り除く作業を行っているそうです。 -
対岸に到着です。
観光船の発着場となっている、一宮桟橋周辺にもお店が増え、元伊勢籠神社への参道も整備されてきました。天橋立 一の宮桟橋 乗り物
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籠神社です。
元伊勢の一社で別名「元伊勢籠神社」、「元伊勢根本宮」「内宮元宮」「籠守大権現」「籠宮大明神」とも呼ばれている歴史ある神社です。
創建は社伝では、伊勢神宮外宮の豊受大神は元々「真名井原」の地、現在の奥宮真名井神社に鎮座していて、天照大神が4年間営んだ元伊勢の「吉佐宮」にあたるとされています。
671年に、彦火明命から26代目の海部伍佰道が、祭神が籠に乗って雪の中に現れたという伝承に基づいて社名を「籠宮」と改め、彦火火出見尊を祀ったと伝えられています。
式内社、丹後国一宮で、旧社格は国幣中社、現在は神社本庁の別表神社となっています。
2017年4月には、「日本遺産」の「丹後ちりめん回廊」を構成する文化財のひとつに認定されました。元伊勢籠神社 寺・神社・教会
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真名井稲荷神社です。
明治末期まで奥宮の真名井神社の境内に祭られていましたが、1991年9月に籠神社境内に移転再建されました。
祭神は「宇迦之魂・保食神豊宇気毘売」で、「農業繁栄」「商売繁盛」「厄除治病」「世界平和」にご利益があるとの事です。眞名井神社 寺・神社・教会
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「上宮」は奥宮、真名井神社で、籠神社は「下宮」と称されています。
境内にある倭宿禰命のブロンズ像です。
安彦良和氏の作品で、機動戦士ガンダムのキャラクターデザインを手がけた事でも有名な方のようです。
倭宿禰命は、明石海峡に亀に乗って現われ、神武天皇を先導して浪速、河内、大和へ進み、大和建国の第一の功労者として、神武天皇から倭宿禰の称号を与えられたと伝わっています。 -
一宮桟橋に戻り、自転車を返却して帰りの船に乗り込みます。
遊覧船と言うコースもあるそうですが、私達はモーターボートで先ほど自転車で走って来た天橋立を、今度は阿蘇海から潮風を感じながら眺める、という新鮮な感覚ですね。
https://youtu.be/9Ibu_Ia2ZbE
天橋立の道は、松並木に囲まれているので、両側が海という感じはあまり無かったですが、海側から見る事でなるほどと言ういう感じになりました。 -
モーターボートのクルージングは50年も前から超定番だそうですが、お勧めルートですね。
では天橋立名物、またのぞきに向かいます。
Ver.1これまで。天橋立遊覧船 自然・景勝地
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