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今治城を見学。明治維新後に建造物の殆どが取り壊され、内堀と主郭部の石垣を残すのみとなっていましたが、昭和55年(1980)に模擬天守が再建されています。

2024夏休みの旅・愛媛(7)今治城

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2024/08/02 - 2024/08/08

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chemire

chemireさん

今治城を見学。明治維新後に建造物の殆どが取り壊され、内堀と主郭部の石垣を残すのみとなっていましたが、昭和55年(1980)に模擬天守が再建されています。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
一人旅
交通手段
徒歩
  • 11:55<br />土橋を渡り西側の搦手となる高麗門(裏高麗門)から入城。

    11:55
    土橋を渡り西側の搦手となる高麗門(裏高麗門)から入城。

  • 蝉があちこちで鳴いていました。

    蝉があちこちで鳴いていました。

  • 階段を上って、

    階段を上って、

  • 山里門櫓門をくぐります。

    山里門櫓門をくぐります。

  • 12:10<br />正面に見えたのは、今は一体化された二の丸と三の丸。

    12:10
    正面に見えたのは、今は一体化された二の丸と三の丸。

  • 山里門を振り返って。<br />左側に見える木のあたりに、吹揚神社の社務所があります。

    山里門を振り返って。
    左側に見える木のあたりに、吹揚神社の社務所があります。

  • 社務所の前を通って、天守入口方面へ。普通の家屋と天守が連なっているのが不思議な感じ。

    社務所の前を通って、天守入口方面へ。普通の家屋と天守が連なっているのが不思議な感じ。

  • 本丸御門(右側に続櫓)

    本丸御門(右側に続櫓)

  • 門をくぐり、左に折れ、

    門をくぐり、左に折れ、

  • また階段を上って、右に曲がると天守入口。<br />階段の正面は吹揚神社へと続きますが、先に天守へ。

    また階段を上って、右に曲がると天守入口。
    階段の正面は吹揚神社へと続きますが、先に天守へ。

  • 天守下の石垣。

    天守下の石垣。

  • つい石垣の刻印を探してしまったけど、どこのお城でも見かけるわけではありません。

    つい石垣の刻印を探してしまったけど、どこのお城でも見かけるわけではありません。

  • 発見された排水路

    発見された排水路

  • 12:15<br />天守を見学。内部は撮影禁止。

    12:15
    天守を見学。内部は撮影禁止。

  • 北<br />広島方面


    広島方面

  • 今治港・燧灘方面の眺望。<br />写真では分かりにくいですが、今治港と内堀を繋ぐ海水流入樋門があり、ここから海水が引き込まれています。

    今治港・燧灘方面の眺望。
    写真では分かりにくいですが、今治港と内堀を繋ぐ海水流入樋門があり、ここから海水が引き込まれています。

  • 東<br />神戸・大阪方面


    神戸・大阪方面

  • 南<br />高知方面


    高知方面

  • 本丸跡の吹揚神社の様子が分かります。赤く連なるのは、吹揚稲荷神社の鳥居。

    本丸跡の吹揚神社の様子が分かります。赤く連なるのは、吹揚稲荷神社の鳥居。

  • 西<br />松山方面

    西
    松山方面

  • 14:16<br />天守を出て、神社を参拝。

    14:16
    天守を出て、神社を参拝。

  • 麁香神社<br />建設業の神さまが祀られています。

    麁香神社
    建設業の神さまが祀られています。

  • 吹揚神社<br />天照御大神が祀られています。

    吹揚神社
    天照御大神が祀られています。

  • 住吉神社<br />天満神社、八幡大神、厳島大神、海神社を合祀。

    住吉神社
    天満神社、八幡大神、厳島大神、海神社を合祀。

  • <br />


  • 14:34<br />神社の階段を下り、今では一体化している二の丸・三の丸にある再建された櫓を見学。櫓内部の展示物は撮影禁止。

    14:34
    神社の階段を下り、今では一体化している二の丸・三の丸にある再建された櫓を見学。櫓内部の展示物は撮影禁止。

  • 二の丸御金櫓のすぐ近くに建っていたのは、今治綿業の発展に尽くした矢野七三郎の銅像。残念ながら、34才の若さで白刃に倒れたそうです。<br /><br />今治は江戸時代から綿花の栽培が盛んで、明治時代以降に近代的な綿業に発展し主力産業となりました。<br />その今治綿業の発展に尽くした矢野の功績を称えるため、1911年(明治44年)に銅像が建立されたものの、太平洋戦争中の金属回収により銅像本体は撤去。後に、銅像が再建されています。<br />台座は建立当時のままで、「首倡功」は、はじめて功を唱うの意味だそう。<br /><br />現在の今治のタオル産業は、この綿業の延長線上に誕生しています。

    二の丸御金櫓のすぐ近くに建っていたのは、今治綿業の発展に尽くした矢野七三郎の銅像。残念ながら、34才の若さで白刃に倒れたそうです。

    今治は江戸時代から綿花の栽培が盛んで、明治時代以降に近代的な綿業に発展し主力産業となりました。
    その今治綿業の発展に尽くした矢野の功績を称えるため、1911年(明治44年)に銅像が建立されたものの、太平洋戦争中の金属回収により銅像本体は撤去。後に、銅像が再建されています。
    台座は建立当時のままで、「首倡功」は、はじめて功を唱うの意味だそう。

    現在の今治のタオル産業は、この綿業の延長線上に誕生しています。

  • 鉄御門の内側より。

    鉄御門の内側より。

  • 鉄御門

    鉄御門

  • 勘兵衛石。城内に置かれていましたが、枡形石垣復元時に本来の位置に戻されました。<br />

    勘兵衛石。城内に置かれていましたが、枡形石垣復元時に本来の位置に戻されました。

  • 威厳を示す巨石。縦2.4m・横4.6mの巨石が埋め込まれていますが、厚さは約60㎝ほどしかないそうです。<br /> <br />中津を旅した時、隙間から覗き込めるようになっていた巨石がありました。<br />https://4travel.jp/travelogue/11879993

    威厳を示す巨石。縦2.4m・横4.6mの巨石が埋め込まれていますが、厚さは約60㎝ほどしかないそうです。
     
    中津を旅した時、隙間から覗き込めるようになっていた巨石がありました。
    https://4travel.jp/travelogue/11879993

  • 地面にあるのは、かつて存在した高麗門の両側にあった石垣跡。

    地面にあるのは、かつて存在した高麗門の両側にあった石垣跡。

  • 15:29<br />長い土橋を渡りながら、天守を振り返って。

    15:29
    長い土橋を渡りながら、天守を振り返って。

  • お堀にかかる長い橋を渡り、大手となる鉄御門へと向かうルートが一般的なよう。西側にある搦手から入城したので、お堀を回りながら西へ戻ります。

    お堀にかかる長い橋を渡り、大手となる鉄御門へと向かうルートが一般的なよう。西側にある搦手から入城したので、お堀を回りながら西へ戻ります。

  • 進むにつれ、表情を変える石垣が素敵。

    進むにつれ、表情を変える石垣が素敵。

  • 16:10<br />搦手へ戻り、お城の見学を終えました。

    16:10
    搦手へ戻り、お城の見学を終えました。

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