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松山城は、日本で最後の完全な城郭建築(桃山文化様式)を示しているといわれています。<br />城郭建築群のうち21棟が国の重要文化財に指定され、登録有形文化財(復興建造物)も多く、リフトを降りた長者ヶ平から本壇にたどり着くまでに何度も足を止めました。

2024夏休みの旅・愛媛(2)松山城/長者ヶ平から本壇へ

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2024/08/02 - 2024/08/08

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chemire

chemireさん

松山城は、日本で最後の完全な城郭建築(桃山文化様式)を示しているといわれています。
城郭建築群のうち21棟が国の重要文化財に指定され、登録有形文化財(復興建造物)も多く、リフトを降りた長者ヶ平から本壇にたどり着くまでに何度も足を止めました。

旅行の満足度
5.0
  • 8月5日 松山城へ。

    8月5日 松山城へ。

  • 山頂の本丸が南北に長く中央が細くくびれた独特の形状をしているのは、2峰に分かれていた谷の部分を埋め立てて造成したため。南に大手門(現在は石垣と礎石のみ)を構え、北の一段高い本壇には連立式の天守が聳えています。

    山頂の本丸が南北に長く中央が細くくびれた独特の形状をしているのは、2峰に分かれていた谷の部分を埋め立てて造成したため。南に大手門(現在は石垣と礎石のみ)を構え、北の一段高い本壇には連立式の天守が聳えています。

  • 大手を時計回りに進むと折り返しに。その後、何度も曲がりながら歩くことになります。

    大手を時計回りに進むと折り返しに。その後、何度も曲がりながら歩くことになります。

  • 12:19<br />リフトを降り長者ヶ平から本丸を進むと、登り石垣の説明板がありました。ちょっと悩んだけど、先に本檀へ。

    12:19
    リフトを降り長者ヶ平から本丸を進むと、登り石垣の説明板がありました。ちょっと悩んだけど、先に本檀へ。

  • 現れたのは本丸で1番高い17mの立派な石垣。

    現れたのは本丸で1番高い17mの立派な石垣。

  • 12:31<br />ここを右に曲がると、戸無門。奥に小さく天守が見えますが、本丸大手の厳重な備えが続き道のりは長いです。

    12:31
    ここを右に曲がると、戸無門。奥に小さく天守が見えますが、本丸大手の厳重な備えが続き道のりは長いです。

  • 戸無門 重要文化財<br />大手入口に現存する高麗門。当初から門扉がないため戸無門と呼ばれ、鏡柱にも扉を取り付けた跡がないそうです。

    戸無門 重要文化財
    大手入口に現存する高麗門。当初から門扉がないため戸無門と呼ばれ、鏡柱にも扉を取り付けた跡がないそうです。

  • 石垣の隙間に詰められた小石。つい見てしまう。

    石垣の隙間に詰められた小石。つい見てしまう。

  • 戸無門を通過して目に入るのは筒井門で、その奥にある隠門は分かりにくくなっています。

    戸無門を通過して目に入るのは筒井門で、その奥にある隠門は分かりにくくなっています。

  • 筒井門 復興建築物 登録有形文化財<br />正木城から移築されたとされる本丸最大の櫓門

    筒井門 復興建築物 登録有形文化財
    正木城から移築されたとされる本丸最大の櫓門

  • 隠門・隠門続櫓 重要文化財<br />筒井門の石垣の陰に隠された埋門形式の櫓門。敵の背後を急襲する構えになっています。

    隠門・隠門続櫓 重要文化財
    筒井門の石垣の陰に隠された埋門形式の櫓門。敵の背後を急襲する構えになっています。

  • 太鼓門 復興建造物

    太鼓門 復興建造物

  • 太鼓櫓 復興建造物

    太鼓櫓 復興建造物

  • 井戸 復興建造物

    井戸 復興建造物

  • 標高132mの本丸広場にある直径2m、深さ44.2mと、その作りに謎の残る井戸。<br />南北2つの峰を埋め立てて本丸の敷地を作った際、谷底にあった泉を囲むように石を積んだと伝わりますが、当時の技術では掘ることができない深さだそう。

    標高132mの本丸広場にある直径2m、深さ44.2mと、その作りに謎の残る井戸。
    南北2つの峰を埋め立てて本丸の敷地を作った際、谷底にあった泉を囲むように石を積んだと伝わりますが、当時の技術では掘ることができない深さだそう。

  • 巽櫓 復興建造物

    巽櫓 復興建造物

  • 馬具櫓 復興建造物

    馬具櫓 復興建造物

  • 本丸広場へ。パンフレットで見た地図、南北中央のくびれたところ。

    本丸広場へ。パンフレットで見た地図、南北中央のくびれたところ。

  • 玉薬土蔵跡

    玉薬土蔵跡

  • 12:52<br />ここでチケットを購入。

    12:52
    ここでチケットを購入。

  • あらら。歩きながらチケットを撮ったらボケてた。

    あらら。歩きながらチケットを撮ったらボケてた。

  • あとで撮り直しました。

    あとで撮り直しました。

  • チケットの裏面には、子規の句。

    チケットの裏面には、子規の句。

  • 紫竹門東塀 重要文化財

    紫竹門東塀 重要文化財

  • 一ノ門・一ノ門南櫓 重要文化財<br />天守に通じる本壇最初の門で、上方から容易に攻撃ができるよう高麗門の形をとっています。

    一ノ門・一ノ門南櫓 重要文化財
    天守に通じる本壇最初の門で、上方から容易に攻撃ができるよう高麗門の形をとっています。

    松山城 一ノ門 名所・史跡

  • 二ノ門(薬医門) 重要文化財<br />一ノ門と二ノ門との間は枡形になっています。

    二ノ門(薬医門) 重要文化財
    一ノ門と二ノ門との間は枡形になっています。

  • 三ノ門(高麗門) 重要文化財

    三ノ門(高麗門) 重要文化財

  • 三ノ門南櫓 重要文化財

    三ノ門南櫓 重要文化財

  • 筋鉄門東塀 重要文化財

    筋鉄門東塀 重要文化財

  • 筋鉄門 復興建造物 登録有形文化財

    筋鉄門 復興建造物 登録有形文化財

  • 筋鉄門をくぐり内庭へ。時計回りに建物を見ていきます。

    筋鉄門をくぐり内庭へ。時計回りに建物を見ていきます。

  • 天守・小天守・隅櫓を渡櫓で結ぶ連立式天守。<br />建物で仕切られた内庭ができるのが特徴で、現存12天守の中では姫路城と同じ構成になっています。

    天守・小天守・隅櫓を渡櫓で結ぶ連立式天守。
    建物で仕切られた内庭ができるのが特徴で、現存12天守の中では姫路城と同じ構成になっています。

  • 小天守 復興建造物 登録有形文化財<br />連立式天守東南隅に建つ二重二階櫓。1784年(天明4)元旦に落雷による火災で焼失し1854年(安政元年)に再建。更に、1933年(昭和8)の放火により焼失してしまい1968年(昭和43)5月竣工で復元。

    小天守 復興建造物 登録有形文化財
    連立式天守東南隅に建つ二重二階櫓。1784年(天明4)元旦に落雷による火災で焼失し1854年(安政元年)に再建。更に、1933年(昭和8)の放火により焼失してしまい1968年(昭和43)5月竣工で復元。

  • 多聞櫓・南墨櫓<br />復興建造物 登録有形文化財

    多聞櫓・南墨櫓
    復興建造物 登録有形文化財

  • 十間廊下 復興建造物 登録有形文化財

    十間廊下 復興建造物 登録有形文化財

  • 北隅櫓・玄関・玄関多聞櫓<br />復興建造物 登録有形文化財<br /><br />ここが本来の玄関。<br />小天守と同様に、1933年(昭和8)の放火により焼失したものを1968年(昭和43)5月に復元。<br />側面に壁を設けず開放された式台と玄関多聞櫓に上がる階段からなり、上り勾配の向唐破風本瓦葺きの屋根をかけています。正面柱上の虹梁に蟇股、小壁に筬(おさ)欄間を備えた格調高い造り。

    北隅櫓・玄関・玄関多聞櫓
    復興建造物 登録有形文化財

    ここが本来の玄関。
    小天守と同様に、1933年(昭和8)の放火により焼失したものを1968年(昭和43)5月に復元。
    側面に壁を設けず開放された式台と玄関多聞櫓に上がる階段からなり、上り勾配の向唐破風本瓦葺きの屋根をかけています。正面柱上の虹梁に蟇股、小壁に筬(おさ)欄間を備えた格調高い造り。

  • 鬼瓦・兎ノ毛通し・蟇股にあしらわれた松平家の三つ葉葵紋。

    鬼瓦・兎ノ毛通し・蟇股にあしらわれた松平家の三つ葉葵紋。

  • 玄関多聞櫓から内門・天守・筋金門。これで内庭を一周。

    玄関多聞櫓から内門・天守・筋金門。これで内庭を一周。

  • 歩きながら、もう一度建物を眺めます。

    歩きながら、もう一度建物を眺めます。

  • 1602年(慶長7)に加藤嘉明が築城を開始した当初の天守は5層だった伝えられていますが、1642年(寛永19)に松平松山藩初代藩主定行が3層に改築。<br />その後、1784年(天明4)の落雷によって天守を含む本壇一帯の建物を焼失。現在の天守は1852年(嘉永5)に復元されたもの。<br />壁面に下見板が張られていたり、窓が突上げ戸だったりと古風な感じです。

    1602年(慶長7)に加藤嘉明が築城を開始した当初の天守は5層だった伝えられていますが、1642年(寛永19)に松平松山藩初代藩主定行が3層に改築。
    その後、1784年(天明4)の落雷によって天守を含む本壇一帯の建物を焼失。現在の天守は1852年(嘉永5)に復元されたもの。
    壁面に下見板が張られていたり、窓が突上げ戸だったりと古風な感じです。

  • 13:05<br />いよいよ天守内へ。現在は、穴蔵と呼ばれる天守1階の穀倉が入口になっています。<br /><br />パンフレットでは長者ヶ平から天守入口まで徒歩10分となっていましたが、それは距離の話。見学したいものが多く、ここまで45分かかりました。それでも充分には見られなかったけど。<br />  (天守内部の旅行記につづく)

    13:05
    いよいよ天守内へ。現在は、穴蔵と呼ばれる天守1階の穀倉が入口になっています。

    パンフレットでは長者ヶ平から天守入口まで徒歩10分となっていましたが、それは距離の話。見学したいものが多く、ここまで45分かかりました。それでも充分には見られなかったけど。
      (天守内部の旅行記につづく)

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