2024/07/15 - 2024/07/16
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itaruさん
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あいにくの空模様で始まった長崎・対馬の旅。雨は落ち着いてきたけれど、対馬に向かう飛行機は天候調査中。「大丈夫」、と思いつつも、小型機なのでちょっと天気が荒れてしまえば、欠航の可能性も低くない。「どうなるかなあ」と不安を抱えつつ、午前中の市内観光を終えて長崎空港に向かいます
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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対馬行き14時30分発。まずは空港で腹ごしらえ。麵どころ「つばき・牡丹」で五島うどんをいただきました。このお店、1階で営業していた中華レストラン『牡丹』と五島うどん『つばき』を2階に移転し、リニューアルオープンしたんだとか。で、食事中、航空会社から「視界不良により長崎空港に引き返すこともあり」との条件付き運航の連絡が
五島うどん つばき グルメ・レストラン
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対馬行きのANA4657便はオリエンタルエアブリッジ(ORC)とのコードシェア便でORCが運行します。この路線は珍しくJALともコードシェアをしています。できればJAL便名でマイルを稼ぎたいところ。ですが、ANAは株主優待用の席が空いていたのですが、JALはなし。ORCで買うより、株主優待の方が安いので今回はANA便での搭乗です
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初のORCはATR42-600。歩いての搭乗です
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長崎空港を離陸し
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対馬に向かいます。眼下には長崎空港
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30分ほどのフライトで対馬に無事到着
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こちらは貨物のターミナル
対馬空港 (対馬やまねこ空港) 空港
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よぅきたね!対馬 ツシマヤマネコのお出迎えです
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本日のお宿は対馬グランドホテル。空港から車で10分くらいです。少々くたびれたところもありますが、対馬では一二を争う格式のホテルです
対馬グランドホテル 宿・ホテル
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全室オーシャンビューでベランダからは青い海が……、この天気ですから仕方ない
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さて夕飯を食べる前に一っ風呂浴びましょう。対馬は火山の島ではないですが、このホテルには温泉があります。湯船は小さめで泉質はアルカリ性単純泉なので、若干物足りないですけど、利用客が少なかったのでゆっくりできました。そういえば、初日はぬるめだったけれど、2日目はちょうどいい温度になっていたのは何故だろう
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夕食はホテルのレストラン「漁火」で。ホントは初日は朝食のみ、2日目は2食付きにしていたので、どこかに食べに行こうかと考えていたんですが……。ホテルの周りに食べるところがない。タクシーを使って厳原の街に繰り出す手もあるけど、ここはおとなしくレストランで食べましょう。連れもドリンク飲んでいい気分?
漁火 グルメ・レストラン
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この日頼んだのはお勧めの「対州御前」(3080円)。対馬特産の対州そば、刺身、アワビ、天ぷら、その他小鉢、ご飯、味噌汁、デザート付き。これに国境の島、対馬唯一の酒蔵「白嶽酒造」の白嶽を。あとはゆっくり、温泉に入ったりで過ごし
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翌朝は和定食の朝食をしっかり食べたら「
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観光に出かけます。港に停泊しているのはイカ釣りの漁船かな
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初日はホテルに移動するだけだったので、レンタカーの利用は2日目から。ホテル近くの高浜バス停から対馬空港へ(260円)。利用したのはバジェットレンタカー(2日間、11408円)
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南北に細長い対馬。移動するのも結構大変です。距離のある北部は翌日に巡るとして、まずは島の南側を巡りましょう。やってきたのが豆酘崎(つつざき)。ちなみにここの駐車場にある案内板、一回転しているのか、間違った方向を示しているので注意
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細長い岬には遊歩道が整備されているので、ぐるりと一回りするとしましょう
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全体に山がちで険しい地形の対馬。隆起と沈降とを繰り返し、今のような絶景ともいうべき地形が形成されたとか
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国境の島は軍事的にも重要な場所。ここも戦争中は軍事施設でした。今何も残っていないこの倉庫、ここの弾薬などの大量の武器が保管されていました
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岬の先端を目指して遊歩道を歩いている時、ふと会社携帯を見ると、LGと見慣れないキャリアの表示が……。同時にdocomoから注意喚起のショートメール。距離的には九州よりも韓国の釜山が近いという、国境の島ならではの珍現象。気づかずにいると、日本にいるのに国際電話をかけることになるので注意しなければ(^0^)。ちなみに個人携帯のauはローミング状態になることはなかったです
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岬の先は岩礁が続き、その先にあるのは1909年(明治42年)に初点灯した旧豆酘埼灯台(現・豆酘崎ミョー瀬照射灯)。この岬を境に右が朝鮮海峡、左が対馬海峡というのも国境の島ならでは味わいです
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この先の先端まで以前は遊歩道が続いているのですが
豆酘崎 自然・景勝地
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先端部は周囲の崩落が進んでいるということで、ロープが張られ、立入禁止になっています。いってみたい誘惑に駆られますが、ここは我慢
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遊歩道を引き返し、少しばかり登っていくと
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こちらが今、現役で稼働している豆酘崎灯台(1987年設置)。中には入れません
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時刻は12時40分、そろそろ街に戻ってお昼を食べよう。で、駐車場に戻る途中、目に入ってきたのがこちら。展望所だったと思うのですが、台風か何かで崩壊したのかな。まだ修理すれば使えると思うのだけれども
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お昼は美味しい「対州そば」が食べられるという、体験であい塾「匠」を目指したのですが、何と臨時休業。しかも、お腹が空いている中で細い山道を走ったからか、連れがダウン。幸い、少し休んだら連れの体調も回復したので良かったですが、飲食店がそれほど多くない離島ということを考えれば、事前にチェックしておくべきでした。ただ14時以降、対馬ではランチをやっている店が少ない。電話をかけて営業しているかを確認した上で、厳原の「観光情報館ふれあい処つしま」にある「つしにゃんキッチン」で遅めのランチです。せっかくなので「対馬スペシャルプレート」(2000円)をいただきました
ふれあい食堂憩い グルメ・レストラン
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お腹が満足したところで、国境の島ならではの施設「対馬朝鮮通信使歴史館」へ
対馬朝鮮通信使歴史館 名所・史跡
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鎖国を国是としていた江戸時代。長崎の出島とともに数少ない海外との交流が為されていたのがこの対馬。朝鮮通信使とは? 対馬藩の役割・思惑は? 江戸幕府の朝鮮との交流の位置づけは? など、ほとんど知らなかった江戸時代の外交史を知ることができました。館内はほとんど撮影禁止でしたが、なりきり朝鮮通信使の記念写真を撮ることができました(^0^)。
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対馬朝鮮通信使歴史館から、対馬藩主宗家の菩提寺でもある万松院へ向かう途中、見えてくるのが金石城の櫓門(復元)。本物は明治維新後も残っていたそうですが、老朽化などもあって大正時代に解体されたんだとか、この櫓門の先には発掘・復元された庭園があるのですが、残念ながら定休日でした
旧金石城庭園 公園・植物園
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金石城は何度か大火で焼失していますが、石垣は享禄元年(1528年)頃に築かれたものが今でも残っています
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1615年建立の宗氏菩提寺で日本三大墓所の一つ、万松院
万松院 寺・神社・教会
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諫鼓=領主に諫言する人民に打ち鳴らさせるために設置した鼓。「諫鼓苔生す」諫鼓を用いぬこと久しい意。「諫鼓鳥」諫鼓の上に鳥が遊ぶ。諫鼓を用いる必要がない。共に領主が善政施すことを言う。
へえ、閑古鳥の語源って、これだったんだ -
現在の本堂は1879年(明治12年)建造とのこと
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「朝鮮国王より寄贈の三具足です」
国境の島ならではですね -
では、歴代対馬藩主が眠る墓所へ。百雁木(ひゃくがんぎ)と呼ばれる132段の石段を登ります
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万松院の大スギは県内有数の老木で、長崎県指定の天然記念物
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「上御霊屋」という対馬藩代々の藩主が眠る墓所。こちらは対馬藩2代目藩主、義成の墓。彼の治世、朝鮮との交渉で先代が国書を偽造したことが露見して大騒ぎになったのですが、朝鮮との交渉における対馬藩の重要性を鑑みて、家老が処罰されるにとどまり、改易を免れたそうです
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3代目藩主の義真(右)と正室・京極夫人の墓。義真の時代、対馬では貿易が栄え、城下町を整備されたことで「中興の祖」と呼ばれるとのこと
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文禄慶長の役で、朝鮮との交渉や戦で豊臣秀吉に翻弄された宗義智の墓。朝鮮との交易で生きてきた宗家にとって、秀吉の朝鮮出兵は迷惑でしかなかったようで……。朝鮮国王にも秀吉にも外交文書をねつ造したりして、何とか丸く収めようとしていたとか
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こちらは対馬藩5代目藩主、義方で
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こちらが6代目藩主、義誠の墓
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と、江戸幕藩体制以降の藩主の墓が厳かに並んでいます
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ここは日本三大墓地の一つだそうですが、そのほかの2つは金沢市の前田藩墓地、萩市の毛利藩墓地という大大名です。対馬藩は実質石高は1万石程度だったものの、10万石格で遇されたそうですから、いかに朝鮮交易が重要だったかが分かります
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百雁木を引き返し
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途中に「中御霊屋」があります。ここは藩主の側室や子供、兄弟が祀られています
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厳かな雰囲気漂う墓所参り終え
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万松院の見学を終え、時刻は16時30分過ぎ。金石城跡の石垣の前で1枚撮ったら
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土産物屋に寄ってから最後にもう1カ所だけまわってホテルに戻りましょう
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やってきたのが対馬藩お船江跡(ドック跡)。いやあ、ナビで入力したのですが非常にわかりずらい。しかも、ガイドブックには駐車場あり、となっていましたが、そこに行くには軽自動車でもぎりぎりくらいの道を通らないといけないので大変です
対馬藩お船江跡 名所・史跡
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このお船江、満潮時には木造の大船が出入できる程の広さと深さがあり、干潮時には干上がるように出来ているそうです。現在の遺構は1663年(寛文3年)に造られ、築堤の石積みは当時の原形を保っているとのこと。原形をこれだけ保存している所は全国に無いんだとか
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当時はこの辺りに武家屋敷が並び、賑わっていたそうです
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宿に戻ってホッと一息。きょうもお疲れさまでした
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さて本日の夕飯をいただくとしましょうか
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本日は料理長お任せ郷土料理会席プラン。刺身にアワビの蒸し焼き、煮魚にアラ汁など、ボリュームたっぷりの郷土料理に満足でした
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