2022/09/07 - 2022/09/07
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ちふゆさん
2022年9月7日(水)2時前、山梨縣護國神社から歩いて5分ほどで、武田神社に到着。甲府盆地北縁に位置し、武田信虎によって築かれた躑躅ヶ崎館の跡地にある。
戦国時代の1519年、甲府盆地東部、信虎は平野川右岸の現在の川田町に居館を構えていたが、明確な理由は不明だが盆地中央に近い相川扇状地への居館移転を行った(下の写真1)。これが躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)。館の東に半島状に突出た尾根があるが、ツツジが多く咲くことから躑躅ヶ崎と呼ばれており、これが居館の名前となった。
上述のように甲府盆地の北端、南流する相川扇状地上に位置する。東西を藤川と相川に囲まれ、背の相川扇状地の扇頂部に位置する標高780mの要害山に城を配置した構造になっている。
信虎は新館の建設と同時に有力国人の城下町移住を行い、居館と家臣団屋敷地に城下町が一体となった町を開いた。以後、信虎・信玄・勝頼の3代60年余りに渡って甲斐国の府中として機能し、広域城下町としての甲府や、近代以降の甲府市の原型となった。
信玄が詠んだとされる「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」と云う和歌があるが、この時代では稀有なことだが、この武田3代は城を築かず、躑躅ヶ崎館を本拠とした。
武田勝頼が本拠を新府城に移そうとして、その途上で信長に討たれて武田氏は滅亡したが、躑躅ヶ崎館は残り、その後に入府した徳川家康によって改めて甲斐支配の主城とされ、館域は拡張されて天守も築かれた。しかし、秀吉の時代の1590年に徳川家臣によって甲府城が築城されるやその機能を廃され、以降、甲府は甲府城を中心とした広域城下町として発展した。
江戸時代には古城とか御屋形跡とか呼ばれ、武田氏時代を偲ぶ名所のひとつとして旅行者が訪れる程度だったが、明治期に史跡保存運動が起こり、1880年(明治13年)に県で2例目の県立躑躅ヶ崎公園が造られる。
1899年(明治32年)には信玄祭祀神社建設運動が再燃し、1904年(明治37年)の日露戦争後には神社に武神・軍神を祀ることが奨励され、1916年(大正5年)に遂に山梨県知事を総裁とする「武田神社奉建会」が設立され、1919年(大正8年)に武田神社が創建された。
まずは武田神社東側の大手門東史跡公園。武田氏館の正門にあたる大手門を外敵から守っていた石塁や惣堀などを修理して戦国時代の姿に復元した公園。武田神社側から東を見て、北口虎口の石段の先に見えるのが、上述した館の名の元となった躑躅ヶ崎。
大手門跡から境内に入る。躑躅ヶ崎館は大きくは東中曲輪と西曲輪で構成されていたものとされている(下の写真)が、この大手門は東中曲輪の東側の濠にあった。現在は東濠はない。
そのまま西に進むと右手に宝物殿。1972年開館で、太刀「吉岡一文字」や信玄公の軍扇、武田二十四将図等、武田家ゆかりの貴重な品々が収められている。入場料は大人300円。ケチった訳ではないが、入ってない。その横にはキティちゃん石像。甲府出身のサンリオ創始者の辻信太郎氏が奉納したもの。また、その奥には信玄公御使用井戸も。
宝物殿の西隣の社務所の前を抜けると二の鳥居が北向きに建ち、奥に拝殿。1915年(大正4年)に大正天皇が即位に際して従3位を贈られたのを機として造営され、1919年に竣工したもの。木造平屋建て、入母屋、檜皮葺き、平入で、桁行6間、梁間3間、正面1間の唐破風向拝付きで、外壁は真壁造板張り。奥の本殿は三間社流造、檜皮葺きで、桁行3間、梁間2間。前の拝殿との間に中門が、後ろに北門がある。
拝殿の左側には2012年に創建百年を記念して奉納されたさざれ石と様々な祈願を行う菱和殿が並ぶ。菱和殿は2000年に完成したもので、木造の本格的社寺工法で建築され、天井には山梨県内で見られる草木禽獣やキノコを描いた天井画120枚が奉納されている。
その西の社務所の前には信玄が娘の産湯に使ったと云う姫の井戸と美しい音色を響かせる武田水琴窟が並ぶ。その南側は主郭庭園だったところで、発掘調査で立石の石組みや青と白の玉砂利を敷き詰めた州浜などが発見されている。現在は2006年に建てられた能舞台の甲陽武能殿が建つ。また、菅原道真を祀った榎天神社もある。
表参道に進むと手水舎があるが、武田家の家紋である武田菱の形をしている。表参道を南に進むと社頭の鳥居を抜け、石段を降り、赤い神橋で内堀を渡る。神橋は戦国時代に館の正門前に架けられていた橋を模して、1934年(昭和9年)に再建されたもの。長さは約20m、幅は約6mで、石造りの橋脚と木造の橋桁で構成されている。
神橋の向かい側には甲府市武田氏館跡歴史館、通称信玄ミュージアムがある(下の写真3)。国史跡武田氏館跡に関わる歴史や史跡の見どころを紹介する施設で、2019年に開館したもの。時間が無くなって来たので、パスした。
ちなみにここは武田二十四将の一人で、後には家康に降った穴山玄蕃頭信君(梅雪の名でも知られる)の屋敷の一部だった(下の写真4)。昨年(2023年)のNHK大河「どうする家康」では田辺誠一が演じた。また、梅雪は私の住んでる京田辺市でいわゆる伊賀越えの途上で家康に誤認されて殺された説があり、近所に墓がある。
https://4travel.jp/travelogue/11625043
最後は西側の西曲輪跡へ。信玄の長男、義信の館が置かれていたと考えられている。現在は土塁と虎口跡くらいしか残っていない。奥には武田神社記念功労碑や句碑が並ぶ。南側のみその橋の辺りが西曲輪の正門で、この辺りに桝形門が作られていた。内堀の南には馬出の跡が残る。ここでは西曲輪ができる1551年以前に埋葬された馬の骨が見つかっている。
その南には梅翁曲輪。武田氏が滅んだ後、豊臣氏の時代に増設されたもので、秀吉の家臣だった加藤光泰の家老・井上梅雲斎に由来するのではないかと云われている。南側には松木堀があり、南東部は埋め立てられたが、南西部は地元の灌漑用水のため池として使用されている。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.26173464718963538&type=1&l=223fe1adec
松木堀の南側に内藤昌豊屋敷跡の案内板がある(下の写真5)。内藤昌豊(昌秀)は武田四天王の一人。内藤修理としても知られる。信玄と勝頼に仕えた。武略に長け、武田信繁と共に武田の副将格として評された。
松木堀沿いを東にバス通り方向に進むと板垣駿河守信方屋敷跡もある(下の写真6)。板垣信方は信虎、信玄の2代に仕えた武田二十四将、武田四天王の一人。信玄が家督を継ぐと家臣団の筆頭格となり、諏訪郡代も務めた。私には88年のNHK大河「武田信玄(中井貴一主演)」の菅原文太のイメージが強い。ちなみにあの板垣退助は信方の嫡男の末裔。
バス通りに出て、甲府駅に向かって南に進む。650mほど進むと左右に山梨大学のキャンパスが広がるが、その一番北に武田典厩信繁屋敷跡の案内板がある(下の写真7)。武田典厩信繁は信玄の実弟で、信玄を支えたが、第4次川中島の戦いで討死した。
山梨大学(梨大)は江戸後期の1795年に江戸の昌平坂学問所の分校として設立された徽典館を源流とする国立大学で、山梨大学としての発足は1949年(昭和24年)で、医学部は1978年設立の山梨医科大学が2002年に統合された。
前述したように、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智さん(35年生れ)は神山村(現韮崎市)出身で、韮崎高校から山梨大学学芸学部(現教育学部)自然科学科へ進み、東京理科大学大学院理学研究科を修了した後、山梨大学工学部発酵生産学科の助手を2年間務めた。
ロボット工学で有名で大阪大学教授などを務める石黒浩さん(63年生れ)は滋賀県の安曇川町(現高島市)出身で高島高校から山梨大学工学部計算機科学科に進み、大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻で博士課程を修了後、1年間山梨大学工学部情報工学科の助手を務めた。
この武田通り沿いにあるのは甲府キャンパスで、東キャンパス(下の写真8)に工学部が、西キャンパス(下の写真9)に教育学部、生命環境学部が置かれている。なお、医学部は甲府市の南の中央市の玉穂にある。日本では珍しいワイン専門研究所であるワイン科学研究センターを擁し、キャンパス内のローソンでは大学で醸造したワインを販売している。
西キャンパスの入口前には秋山伯耆守信友屋敷跡の案内板(下の写真10)。秋山信友(虎繁)は武田二十四将の一人で信玄から勝頼に仕えたが、長篠の戦いに続く岩村城の戦いで小田方に降伏し、処刑された。
甲府駅へ戻り、南側に移動するが、続く
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