2022/09/06 - 2022/09/06
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ちふゆさん
2022年9月6日(火)3時過ぎ、富士宮駅から富士山本宮浅間大社へ向かう。富士山本宮浅間大社は摂社・末社あわせて1300余社を超える浅間神社の総本宮。富士山を御神体としており、富士山上に奥宮があり、こちらは9年前に富士山登頂した時にお参りしている。なお、富士山8合目以上は奥宮境内地。
社伝によると、紀元前27年、神の怒りを鎮めるために富士神を祀ったことが浅間大社の始まりとされている。富士神は西暦110年に山宮浅間神社に遷され、平安時代になると浅間大神と呼ばれるようになった。ただし、実際の創祀は最初の富士山の噴火(奈良時代の781年)以降とも云われる。
平安時代に入り、806年に坂上田村麻呂が山宮浅間神社の里宮として現在の地に社殿を創り、浅間大神を祀った。この地が選ばれたのは、湧玉池などで豊富に湧き出る水が噴火を鎮めると考えられたからと云われている。
鎌倉時代から戦国時代に掛けては公家や武家からの崇敬を受け、後醍醐天皇、源頼朝、北条義時、足利尊氏、武田信玄、豊臣秀吉らからの寄進や社殿造営などを受けた。江戸時代に入り、徳川家康が現在の社殿を造営する。その後の歴代将軍も祈祷料・修理料の寄進を行った。
古くは浅間神社と記載され、明治時代までは富士山本宮浅間神社が正式名だった。1982年から現在の社名となる。浅間は火山を意味する言葉とされる。読みの「せんげん」は中世以降の呼び方で、古くは「あさま」と呼ばれた。また、本宮は静岡浅間神社(新宮)に対する呼称。
古来は富士ノ宮、富士本宮、富士浅間宮なども社号として用いられた。「ふじの宮」と云う呼称もあり、富士宮市の市名の由来となっている。
主祭神は木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)で、別称を浅間大神(あさまのおおかみ)とする。配神は木花之佐久夜毘売命の夫神である瓊々杵尊(ににぎのみこと)と父神である大山祇神(おおやまづみのかみ)。ただし、木花之佐久夜毘売命が主祭神に当てられたのは近世に入ってからで、それまでは一般に「浅間神」の名で信仰されていた。
富士宮駅北口前の県道を線路沿いに西にしばらく進むと右手に富士山本宮浅間大社の一之鳥居が見えて来る。元々は1934年(昭和9年)に富士宮駅前に設置されたのだが、1981年に一旦撤去され、2006年に静岡県富士山世界遺産センターの前身となる富士山せせらぎ広場に再建された。鳥居の奥、右手には富士山があるのだが、雲で見えない・・・
富士山世界遺産センターは、2017年末に開館した、富士山が持つ顕著な普遍的価値を次世代に継承し、「永く守る」ための拠点施設。建物は逆さ富士の形になっており、正面の水面に富士山が浮かび上がるというしくみだが、うまく撮れてないわ(下の写真1)。
一之鳥居の右手の道を神田川沿いに北に向かって進むと2、3分で浅間大社の第二駐車場に着くがその南側に二之鳥居が建つ。こちらは1958年に改築されたものらしい。駐車場を抜けるとまさに参道らしい表参道。
表参道の奥には三之鳥居。一、二と違って石造り。すぐ横には流鏑馬像がある。台座のレリーフは源頼朝の富士の巻き狩りで、その際に流鏑馬を奉納したと云われている。参道の終わりには眼鏡池とも称される鏡池があり太鼓橋の輪橋が架かる。1915年(大正4年)に御即位記念として石造りに改められたもの。
輪橋を渡ると左右に東西へ伸びる桜の馬場。毎年5月5日に勇壮な神事流鏑馬式が執り行われる馬場で、道沿いにご神木の桜が植えられている。これらを含めて境内には500本以上の桜が植えられ、春には桜の名所として賑わう。
正面の楼門前の石段にあるのは鉾立石。明治初年まで行われていた4月と10月の大祭礼の山宮へ御神幸の際、鉾を立てた自然石。楼門は江戸初期の1604年に、拝殿・舞殿・本殿とともに徳川家康によって造営されたもので、県の文化財。楼門左右に安置されている随身には慶長19年(1614年)の銘がある。また、掲げられている「冨士山本宮」の扁額は、江戸後期1819年の聖護院入道盈仁親王の筆によるもの。
楼門を抜けて境内に入る。正面に拝殿。上述のように1604年に徳川家康によって造営された。間口5間、奥行5間で、床が後ろの幣殿より2段高くなっている。正面が入母屋造、背面が切妻造で、正面に向拝が1間出ている。正面に扉があり、左右は蔀戸によって区切られており、正面左右に濡縁を巡らせている。
本殿と拝殿をつなぐ「作合」と呼ばれた幣殿を挟んで本殿。二重の楼閣造で棟高45尺の浅間造り。1階が5間4面葺卸の宝殿造り、2階が間口3間奥行2間の流れ造りで、共に桧皮葺。特別保護建造物に指定され、国宝又は重要文化財として特別の保護を受けている。本殿の周囲には檜皮葺屋根、角柱で柱間に連子窓の透塀が巡らされており、これも県指定有形文化財。
本殿の左側には三之宮浅間神社、右側には七之宮浅間神社の2つの摂社。三之宮浅間神社の左隣にある注連縄の張られた盛砂は富士山浄砂(きよめずな)。敷地の隅に撒いて清めたりするお砂取りに使われるもので、富士山奥宮の清浄な土地の砂をお守りとしたり、家の敷地を清める為に撒いて使用する。
七之宮浅間神社の左に建つ富士山頂奥宮境内地行政訴訟勝訴之碑は富士山の8合目以上が国有地化され返還されなかったことに対して浅間大社側は訴願を申し立て、2004年に勝訴したことを記念した碑。
拝殿の左側には南極の石と火山弾と云う2つの石がある。南極の石は文字通り南極奥地より氷河によって運ばれ、地吹雪により風化した石。1965年の第7次南極観測船「ふじ」の乗組員であった、富士宮市出身の赤池稔氏が奉納した。
火山弾は宝永の富士山噴火時に境内に飛んで来た石で重さは約100kgある。噴火の際に地中の岩漿が火熱のため溶けて空中に吹き上げられ、落下した際に酸化して冷却され固まったもので、このように整ったものは珍しいそうだ。その奥には祈祷殿があり、その奥には西門があるが、閉まっていた(下の写真2)。
逆側、拝殿の右手にあるのが信玄桜。武田信玄公は後北条氏との戦での勝利を祈念して、境内に7本の枝垂れ桜を手植えされたそうで、この信玄桜はそのうちの1本を接ぎ木した二世。その右手奥には社務所(下の写真3)。
こちらは開いていた東門(下の写真4)を抜けて、左手に進むと本宮境内後方の神立山への入口に鎮座する天神社。もちろん菅原道真公をお祀りしている。その手前、湧玉池の北西奥、清水の湧出する水源の岩上には水屋神社。井泉の神であるの御井神、鳴雷神を祀っている。
湧玉池は富士山本宮浅間大社の東南部に位置する池で、富士山の雪解水が何層にもなった溶岩の間を通り湧出している。富士山登山者はこの霊水に禊ぎをして登山する習わしがあった。特別天然記念物に指定されている。水が湧き出し、鴨が泳ぐ池はまるでモネの世界のよう。
水屋神社から湧玉池の南側を東に進むと稲荷神社。宇迦之御魂神、大宮能売神、猿田毘古神を祀る。その先の神路橋と神路枚橋の間の島に厳島神社。市杵嶋姫神を祀る。湧玉池は神幸橋から神田川として流れ出している。神幸橋は寛文10年(1670年)の社頭絵図に描かれている。
桜の馬場の東端に建つ東鳥居の近くには2つの碑がある。湧玉池のほとりに建つのが御神幸道首標の碑。上述の鉾立石のところに記述したが、明治初年まで行われていた大祭礼の山宮へ御神幸に利用された御神幸道の起点の碑。富士山本宮浅間大社から山宮浅間神社までを御祭神が鉾に宿って往復した。
江戸中期、徳川綱吉の治世の元禄時代の1691年に地元の大宮郷の信心に秀たる同志により造立されたが、時代を経て埋もれてしまった。1984年に境内の土中から発見され、奉納者の子孫のより現在地に再建された。
桜の馬場の北側入口に建つのが駿州赤心隊の碑。駿州赤心隊は幕末の1868年2月に富士山本宮浅間大社宮司の富士重本(亦八郎)を隊長として、官軍の東征軍を援護するために結成された勤皇の志士の集まり。官軍の護衛として江戸入りし、彰義隊との戦いなどで目覚ましい働きをみせた。1934年(昭和9年)に町民によって建てられたもの。
桜の馬場を西に進むと、楼門前の手水舎の西側には交通安全祓所が広がるが、その西には忠魂碑と刻まれた扁額を掲げた石鳥居の奥の丘にいくつかの碑が建っている。日露戦争の戦死者の霊を祀る彰忠碑や忠魂毅魄碑、慰忠碑など。詳細は不明。彰忠碑には西園寺公望書とある。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.25999075149735830&type=1&l=223fe1adec
西鳥居を抜けて西富士宮駅へ向かうが、続く
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