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《2024.June》79th,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅その五~郵便局巡りと帰り道編~<br /><br />仕事の日は昼前迄寝ている生活をしている私ではあるが、旅行中は行動時間の絡みもあり、朝起きる習慣に一時的ではあるが変わっている。今回休みの取り方で5日間となった沖縄旅も最終日、8:00前に起床する。スタッフさんは起きて帰る準備を始めていたが、私自身は津堅島を10:00に出航する高速艇に乗船するためにのんびりと準備を始める。<br /><br />特に何をする訳でもなくのんびりと話をしながら時間を過ごし、9:00になったのを確認して郵便局へと向かった。津堅簡易郵便局、津堅島唯一の物流と金融の拠点だが、島ならではののんびりさは感じられない場所の様に思えた。どうやら局舎隣で洗車をしていたのが局長さんらしく、私の他にも地元の方が来ていたようだがどうも対応がぶっきらぼうに思えた。まあ確かに朝イチに道楽を兼ねた貯金客となにやらややこしそうな案件を抱えたオジィであれば、愛想良く振る舞えと思う方が酷かも知れない。という訳で私自身はさっさと用件を済ませて宿へと戻る。暫く時間を潰した後に港への道を下って行った。途中航路を横切る様に航行する米軍艦艇が見えた。民間航路を横切る様は、内地の人間にとってはやはり日常的なものには到底思えない景色であった。<br /><br />宿からは10分程度で津堅島港に到着する。スタッフさんと共に歩いて来たが、ゴミを持っているために船室外の座席を利用するとのことで、そこで一旦別れることにする。定刻の出発で所要時間僅か15分で本島側の平敷屋港に到着し、今回のふたつの離島巡りは終了した。<br /><br />スタッフ氏は港で待つ業者にゴミを預けて帰る様子。次に津堅島に来ることはいつのことだろうと考えながらも挨拶をして別れることになる。ゴミを島外へと持ち出すことは当たり前の姿である。処理施設のない離島では、ゴミ回収を依頼すると本島までの運賃も加算されるためにかなり割高なものとなるらしい。それ故に島民の方々は本島に出掛ける際に〝ゴミ持参〟で向かうことが極々当たり前だということを知った。ゴミ回収が定期的に行われている内地の人間には理解し難い光景なのかも知れないが理由を聞けば納得できる。離島の現実を目の当たりにして今回の島旅で得られた知識を再確認して、いよいよ最終日の行程をスタートさせることにする。<br /><br />最終日は旅行貯金をメインにして、行きつく先での観光を加えながら那覇に向かうルートを組んだ。先ずは勝連郵便局、阿麻和利で有名となった世界遺産勝連城跡のお膝元である。今回は時間の関係で城跡巡りはしないが、やはり改めて来たいと思う場所である。次いで与那城郵便局を経て昨日タイムオーバーとなった平安座郵便局へと向かうが、海中道路を走行中に便意をもよおし海の駅あやはし館に急遽立ち寄る。お土産を買っていなければ細々と色々購入できたのに~と残念な気持ちになった。<br /><br />そして平安座郵便局のリベンジを済ませ、うるま市の中心部へと向かって走って行く。与勝郵便局では琉球郵便150年記念の記念品を頂いた。そして東具志川・安慶名・具志川川崎簡易・天願簡易・具志川・具志川豊原簡易・志林川・江州郵便局を回ったところで散策時間はタイムアップとなり、いよいよラストランで豊見城のアップルレンタカーを目指すことにする。<br /><br />暫く走りっぱなしになるので、沖縄市のファミリーマート松本店に立ち寄って一服する。ナビの指示では一般道で帰っても大丈夫のようだが、万が一のために沖縄自動車道経由で帰ることにした。沖縄市の郵便局の前を何局か通過したが、これは時間的な都合で立ち寄れないから仕方がない。しかし沖縄南インターチェンジ迄の道が殊の外混雑している。とは言え迂回路もなく渋滞の中を進んで行くが、その渋滞の理由が事故であった。沖縄あるあるの直進バイクと右折車両の接触は、右側すり抜けが当たり前のバイクと右折時に確認せずに進む車がぶつかるという初歩的な事故である。私自身もヒヤリとしたことは多々あるが、改めて気を引き締めて無事故で返車できるように意識する。<br /><br />事故渋滞が終わると取り敢えずは流れるようになり、沖縄南インターチェンジから沖縄自動車を走って行く。これ以降は古いナビでも大丈夫と判断し、車のナビを利用して走ることにした。しかしこれが大の誤算となる。前回利用したJA-SSとよみを経由してレンタカー営業所に至る道のりならば、那覇空港道の南風原南か豊見城ICを利用する筈が西原ICで一般道に下りろと表示される。抜け道でもあるのかと表示に従うがこれが誤りだった。浦添や那覇市内を経由して向かうルートは距離面ではともかく渋滞に巻き込まれる可能性が非常に高いルートである。事前に気づけば良かったが、浦添市の表示を見るまで気付かなかった。<br /><br />案の定渋滞に巻き込まれ、ナビの到着予定時刻がどんどん遅くなって行く。那覇の市街中心部を通過しようものなら絶望的な到着時刻になってしまう。ならば可能性に賭けるのみとナビ画面の外へ外へと車を進めて行く。この辺りは渋滞回避に取り入れた経験もあることから〝勘〟を頼りに進んで行く。その結果なんとか目的地をナビの画面表示させることに成功し、JA―SSとよみセルフSSに到着する。<br /><br />ここで予定よりも30分遅れとなっていた。レンタカーの借用時間は余裕を持たせてあるので特に問題はないのだが、空港への送迎が毎時15・45分となっているためになんとか16:45には到着したいのだがそこ迄は流石に間に合わず、16:47にレンタカー営業所に到着。340km良く走ってくれたWAGON Rとお別れすることとなる。<br /><br />次のバスの時刻は17:15。那覇からのフライトは17:55、正攻法では絶望的な時間となる。送迎車の空港到着時刻は17:36、フライトまでは20分しか残っていない。いつもならば空港散策をする余裕があるが、今日に至ってはその余裕もない。一目散に自動チェックイン機に向かうが、既に受付終了の表示が無常にも目に入って来た。<br /><br />こうなると恥もへったくれもなくなって来る。ダメ元でチェックインカウンターに泣きついてみる。グランドスタッフのお姉さんが腕時計をチラッと見てから手続きをしてくれた。持ち込みと機内預けを分ける時間も勿体無いので、ふたつの荷物を預けてセキュリティも最優先通過。無事搭乗中のJAL2088に間に合ったのであった。搭乗順位云々より〝乗れるかどうか〟の問題ではあったが、空港到着から搭乗までの所要時間9分はJALのグランドスタッフさんあっての記録。いつもならば記録更新を宣言したくなる私ではあるが、今回に限ってはただ運が良かっただけ。以降気をつけようと本心から思った私であった。<br /><br />無事に機上の人となり、気疲れからかウトウトしては起きてを繰り返す。ドリンクサービスも受けていることから爆睡はしていなかったようだ。そうこうしている間に大阪の夜景が見えて来るとまもなく着陸。天候に恵まれたこともあり、極めて快適なフライトであった。<br /><br />本当にお世話になった伊丹までのフライトを終え、手荷物受け取り場まで歩いて行く。荷物がわかりやすいように派手な色のバックを選んだことは、購入時より後悔したことがない。チェックインの逆順に荷物が出て来ることは本当なのかはわからないが、今回も目立つピンク色のカバンは早めにターンテーブルに乗せられたようであった。<br /><br />この後は時間との勝負の意味合いもあり、あまりゆっくりしている訳にもいかない。バゲッジピックアップを済ませるとそのままリムジンバス乗り場へと向かう。2番乗場が京都行きなのだが、20:30発のバスは四条大宮行きでもあるので結構混雑していた。いつもならば20分待って次のバスに乗車というところだが、臨時便として20:35発の京都駅八条口行きが運行されることがアナウンスされる。そのため二条・四条大宮行きの乗客を先行便に振って、京都駅迄の乗客は臨時便に乗車するようにアナウンスが入る。丁寧なアナウンスなのであるが、話を聞いていない輩が多いのもまた然りである。先行便に乗車した老夫婦が意味不明なことを係員に告げている。要は相方が乗車していないと宣っている。先行便から降りて後発便に乗ろうとしているようだが、荷物は先発便に預けたという。あんたら小学生以下か?と思える位おかしなことを言い続けている。結局京都駅八条口で荷物を確認しろと言って先行便に乗せたようである。こんなくだらないやり取りのお陰で先行便の出発が遅れたために後発便が入線出来ない。係員の言っていることを理解できないのであれば、タクシーで帰れと言いたい。旅行に出掛けるハードルが下がると必ずと言って良い程発生する老害患者もう閉口するしかない。結局どうなったのかはわからないが、私自身は後発便にしっかり乗車し、5分遅れの20:35に大阪伊丹空港を出発し、一路京都を目指すことになるのであった。<br /><br />本来ならば5分遅れで出発した分到着が遅れる筈であるが、定刻より6分早着の21:19に京都駅八条口に到着した。よくよく考えれば今日は平日なので、田舎駅発ど田舎バス停行きの最終バスは23:10である。ならば夕食を済ませて帰れば、シャワーを浴びて寝るだけだと考えるのだが、なんせ体の疲れはmaxだったので、家で何かを食べようと頭を切り替えて京都駅2番ホームを目指して歩いて行く。京都駅発21:31の米原行き新快速に乗車し、21:44に田舎駅に到着する。平日の通勤時より一本後の田舎の赤バス1号系統に乗車し、ど田舎バス停22:05に到着する。歩くこと3分は荷物の重さの影響ではあるが、なんとか無事に田舎な我が家に到着出来た。<br /><br />帰りの飛行機に乗り遅れていたらどうなっていただろうと思いはするが、結果として予定通りに進んだために反省点はなし!としたかったのだが、こちらの理由で乗り遅れた場合は当然再度航空券の購入が必要となるためにやはり〝先読み〟をしておくことにし過ぎることはないことを反省点として頭に刻んでおく。いつでもそう上手く行く訳ではないのだから・・・。<br /><br />  《終わり》<br /><br />レンタカー 1716<br />空港 1736<br />チェック 1738<br />保安 1745<br />ボード 1745<br />クローズ 1756<br />プッシュバック 1759<br />move 1806<br />離陸 1810<br />着陸 1951<br />駐機 1959<br />2001<br />降機 2005<br />荷物 2016<br />2023<br />バス停 2027<br />2035<br />八条口 2119<br />2120<br />京都 2125<br />2131<br />石山 2144<br />2147<br />バス停 2147<br />2150

《2024.June》79th,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅その五~郵便局巡りと帰り道編~

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2024/06/26 - 2024/06/26

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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

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《2024.June》79th,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅その五~郵便局巡りと帰り道編~

仕事の日は昼前迄寝ている生活をしている私ではあるが、旅行中は行動時間の絡みもあり、朝起きる習慣に一時的ではあるが変わっている。今回休みの取り方で5日間となった沖縄旅も最終日、8:00前に起床する。スタッフさんは起きて帰る準備を始めていたが、私自身は津堅島を10:00に出航する高速艇に乗船するためにのんびりと準備を始める。

特に何をする訳でもなくのんびりと話をしながら時間を過ごし、9:00になったのを確認して郵便局へと向かった。津堅簡易郵便局、津堅島唯一の物流と金融の拠点だが、島ならではののんびりさは感じられない場所の様に思えた。どうやら局舎隣で洗車をしていたのが局長さんらしく、私の他にも地元の方が来ていたようだがどうも対応がぶっきらぼうに思えた。まあ確かに朝イチに道楽を兼ねた貯金客となにやらややこしそうな案件を抱えたオジィであれば、愛想良く振る舞えと思う方が酷かも知れない。という訳で私自身はさっさと用件を済ませて宿へと戻る。暫く時間を潰した後に港への道を下って行った。途中航路を横切る様に航行する米軍艦艇が見えた。民間航路を横切る様は、内地の人間にとってはやはり日常的なものには到底思えない景色であった。

宿からは10分程度で津堅島港に到着する。スタッフさんと共に歩いて来たが、ゴミを持っているために船室外の座席を利用するとのことで、そこで一旦別れることにする。定刻の出発で所要時間僅か15分で本島側の平敷屋港に到着し、今回のふたつの離島巡りは終了した。

スタッフ氏は港で待つ業者にゴミを預けて帰る様子。次に津堅島に来ることはいつのことだろうと考えながらも挨拶をして別れることになる。ゴミを島外へと持ち出すことは当たり前の姿である。処理施設のない離島では、ゴミ回収を依頼すると本島までの運賃も加算されるためにかなり割高なものとなるらしい。それ故に島民の方々は本島に出掛ける際に〝ゴミ持参〟で向かうことが極々当たり前だということを知った。ゴミ回収が定期的に行われている内地の人間には理解し難い光景なのかも知れないが理由を聞けば納得できる。離島の現実を目の当たりにして今回の島旅で得られた知識を再確認して、いよいよ最終日の行程をスタートさせることにする。

最終日は旅行貯金をメインにして、行きつく先での観光を加えながら那覇に向かうルートを組んだ。先ずは勝連郵便局、阿麻和利で有名となった世界遺産勝連城跡のお膝元である。今回は時間の関係で城跡巡りはしないが、やはり改めて来たいと思う場所である。次いで与那城郵便局を経て昨日タイムオーバーとなった平安座郵便局へと向かうが、海中道路を走行中に便意をもよおし海の駅あやはし館に急遽立ち寄る。お土産を買っていなければ細々と色々購入できたのに~と残念な気持ちになった。

そして平安座郵便局のリベンジを済ませ、うるま市の中心部へと向かって走って行く。与勝郵便局では琉球郵便150年記念の記念品を頂いた。そして東具志川・安慶名・具志川川崎簡易・天願簡易・具志川・具志川豊原簡易・志林川・江州郵便局を回ったところで散策時間はタイムアップとなり、いよいよラストランで豊見城のアップルレンタカーを目指すことにする。

暫く走りっぱなしになるので、沖縄市のファミリーマート松本店に立ち寄って一服する。ナビの指示では一般道で帰っても大丈夫のようだが、万が一のために沖縄自動車道経由で帰ることにした。沖縄市の郵便局の前を何局か通過したが、これは時間的な都合で立ち寄れないから仕方がない。しかし沖縄南インターチェンジ迄の道が殊の外混雑している。とは言え迂回路もなく渋滞の中を進んで行くが、その渋滞の理由が事故であった。沖縄あるあるの直進バイクと右折車両の接触は、右側すり抜けが当たり前のバイクと右折時に確認せずに進む車がぶつかるという初歩的な事故である。私自身もヒヤリとしたことは多々あるが、改めて気を引き締めて無事故で返車できるように意識する。

事故渋滞が終わると取り敢えずは流れるようになり、沖縄南インターチェンジから沖縄自動車を走って行く。これ以降は古いナビでも大丈夫と判断し、車のナビを利用して走ることにした。しかしこれが大の誤算となる。前回利用したJA-SSとよみを経由してレンタカー営業所に至る道のりならば、那覇空港道の南風原南か豊見城ICを利用する筈が西原ICで一般道に下りろと表示される。抜け道でもあるのかと表示に従うがこれが誤りだった。浦添や那覇市内を経由して向かうルートは距離面ではともかく渋滞に巻き込まれる可能性が非常に高いルートである。事前に気づけば良かったが、浦添市の表示を見るまで気付かなかった。

案の定渋滞に巻き込まれ、ナビの到着予定時刻がどんどん遅くなって行く。那覇の市街中心部を通過しようものなら絶望的な到着時刻になってしまう。ならば可能性に賭けるのみとナビ画面の外へ外へと車を進めて行く。この辺りは渋滞回避に取り入れた経験もあることから〝勘〟を頼りに進んで行く。その結果なんとか目的地をナビの画面表示させることに成功し、JA―SSとよみセルフSSに到着する。

ここで予定よりも30分遅れとなっていた。レンタカーの借用時間は余裕を持たせてあるので特に問題はないのだが、空港への送迎が毎時15・45分となっているためになんとか16:45には到着したいのだがそこ迄は流石に間に合わず、16:47にレンタカー営業所に到着。340km良く走ってくれたWAGON Rとお別れすることとなる。

次のバスの時刻は17:15。那覇からのフライトは17:55、正攻法では絶望的な時間となる。送迎車の空港到着時刻は17:36、フライトまでは20分しか残っていない。いつもならば空港散策をする余裕があるが、今日に至ってはその余裕もない。一目散に自動チェックイン機に向かうが、既に受付終了の表示が無常にも目に入って来た。

こうなると恥もへったくれもなくなって来る。ダメ元でチェックインカウンターに泣きついてみる。グランドスタッフのお姉さんが腕時計をチラッと見てから手続きをしてくれた。持ち込みと機内預けを分ける時間も勿体無いので、ふたつの荷物を預けてセキュリティも最優先通過。無事搭乗中のJAL2088に間に合ったのであった。搭乗順位云々より〝乗れるかどうか〟の問題ではあったが、空港到着から搭乗までの所要時間9分はJALのグランドスタッフさんあっての記録。いつもならば記録更新を宣言したくなる私ではあるが、今回に限ってはただ運が良かっただけ。以降気をつけようと本心から思った私であった。

無事に機上の人となり、気疲れからかウトウトしては起きてを繰り返す。ドリンクサービスも受けていることから爆睡はしていなかったようだ。そうこうしている間に大阪の夜景が見えて来るとまもなく着陸。天候に恵まれたこともあり、極めて快適なフライトであった。

本当にお世話になった伊丹までのフライトを終え、手荷物受け取り場まで歩いて行く。荷物がわかりやすいように派手な色のバックを選んだことは、購入時より後悔したことがない。チェックインの逆順に荷物が出て来ることは本当なのかはわからないが、今回も目立つピンク色のカバンは早めにターンテーブルに乗せられたようであった。

この後は時間との勝負の意味合いもあり、あまりゆっくりしている訳にもいかない。バゲッジピックアップを済ませるとそのままリムジンバス乗り場へと向かう。2番乗場が京都行きなのだが、20:30発のバスは四条大宮行きでもあるので結構混雑していた。いつもならば20分待って次のバスに乗車というところだが、臨時便として20:35発の京都駅八条口行きが運行されることがアナウンスされる。そのため二条・四条大宮行きの乗客を先行便に振って、京都駅迄の乗客は臨時便に乗車するようにアナウンスが入る。丁寧なアナウンスなのであるが、話を聞いていない輩が多いのもまた然りである。先行便に乗車した老夫婦が意味不明なことを係員に告げている。要は相方が乗車していないと宣っている。先行便から降りて後発便に乗ろうとしているようだが、荷物は先発便に預けたという。あんたら小学生以下か?と思える位おかしなことを言い続けている。結局京都駅八条口で荷物を確認しろと言って先行便に乗せたようである。こんなくだらないやり取りのお陰で先行便の出発が遅れたために後発便が入線出来ない。係員の言っていることを理解できないのであれば、タクシーで帰れと言いたい。旅行に出掛けるハードルが下がると必ずと言って良い程発生する老害患者もう閉口するしかない。結局どうなったのかはわからないが、私自身は後発便にしっかり乗車し、5分遅れの20:35に大阪伊丹空港を出発し、一路京都を目指すことになるのであった。

本来ならば5分遅れで出発した分到着が遅れる筈であるが、定刻より6分早着の21:19に京都駅八条口に到着した。よくよく考えれば今日は平日なので、田舎駅発ど田舎バス停行きの最終バスは23:10である。ならば夕食を済ませて帰れば、シャワーを浴びて寝るだけだと考えるのだが、なんせ体の疲れはmaxだったので、家で何かを食べようと頭を切り替えて京都駅2番ホームを目指して歩いて行く。京都駅発21:31の米原行き新快速に乗車し、21:44に田舎駅に到着する。平日の通勤時より一本後の田舎の赤バス1号系統に乗車し、ど田舎バス停22:05に到着する。歩くこと3分は荷物の重さの影響ではあるが、なんとか無事に田舎な我が家に到着出来た。

帰りの飛行機に乗り遅れていたらどうなっていただろうと思いはするが、結果として予定通りに進んだために反省点はなし!としたかったのだが、こちらの理由で乗り遅れた場合は当然再度航空券の購入が必要となるためにやはり〝先読み〟をしておくことにし過ぎることはないことを反省点として頭に刻んでおく。いつでもそう上手く行く訳ではないのだから・・・。

  《終わり》

レンタカー 1716
空港 1736
チェック 1738
保安 1745
ボード 1745
クローズ 1756
プッシュバック 1759
move 1806
離陸 1810
着陸 1951
駐機 1959
2001
降機 2005
荷物 2016
2023
バス停 2027
2035
八条口 2119
2120
京都 2125
2131
石山 2144
2147
バス停 2147
2150

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
3.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス 観光バス レンタカー 自転車 JALグループ ANAグループ JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
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