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《2024.June》79th,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅その参~神の島久高島編~<br /><br />【令和6(2024)年6月24日月曜日】<br />何回目の朝を迎えただろうか…という見慣れた部屋で目を覚ます。今回の旅も3日目となり、いつもならば畳み掛け始める日であるが、今回の旅は5日間。まだ中日である。相宿の方は既に出発された様子。私のように普段の生活を沖縄に移したようなことはされないようだ。いつも通り2階の食堂でご自慢のお食事を頂く。トロピカル感満載のお食事を半年ぶりに頂いた。<br /><br />食事を済ませ荷物を作る。今日は詰め込んだ予定もなく、私的には珍しくのんびりしている。そんなこともあり久しぶりにオーナー夫妻と話をした。何が変わったか分かります~?といったお茶目な謎かけを毎年してくれる光子おばぁだが、ゲストハウスがはやるのは良いが、満室が続くと流石にしんどいという。そらそうだろう…私が初めてゲストハウスりゅうかくにお世話になったのは8年前の平成28(2016)年の2月のことである。前年末にオープンされたばかりで〝予約が入らないんですよ~〟とボヤいておられたことがついこの前のように思えてならない。しかしみんなが若かった。それから8つ歳を取ったことを考えると、その気持ちは痛い程分かる気がする。勿論私も年を取り、その頃のように体力勝負のような行程も組まなくなった、というよりも組めなくなったというのが正しいであろう。そんなよもや話をしたのも暫く記憶にはないが、まぁ無理せず頑張って下さいとだけ言って来た。それに加えて今年は冬に来る〝かも〟ということを伝えた。実際に今年令和6(2024)年は1月に来沖している。その時の目的と同じなのではあるが〝イルミネーション〟イベントである。なぜ年内にと言ったかは、1月末に訪れても終了しているイベントが多かった一月の教訓故の話である。今年一月の来沖は前年度令和4(2022)年のイベント開催情報を元にしたのだが、令和4年度のイベントは〝コロナ禍〟下に於いての延長によるものだったことを知った。例年ならば冬休みの終わりを以てイベント終了となるものが多いらしいのだが、恒例のイルミネーションイベントのように書かれていても必ずしもそれが〝確実〟とはいえない現実がある。観光系のウェブサイトであっても、本年度開催の詳細は問い合わせと記されてはいるものの昨年のデータが曜日を合わせて書かれているような〝未確認情報〟が掲載されていることもある。SNSに至っては、如何にも今年のことのように昨年、それ以前の情報が当たり前のように記されている。それ故に〝絶対〟ということは残念ながら言うことができない。また糸満ピースフルイルミネーションの会場である糸満市観光農園も市が委託し指定管理者となっていたアグリジャパンが管理業務を怠っていたことが判明。施設の返還と未収となっている使用料等を支払うよう裁判沙汰になっている。これは沖縄あるあるのことではあるのだが、なぜ市や町もそんな問題を起こすような団体を指定管理者に選定したのかと首を傾げたくなる。既に泥沼化する様相を呈しており、今年のイルミネーション開催には早急に解決策を講じなければならない状況にある。調べている限りその後の進捗はない模様だ。昨年度令和5(2023)年度で25回目を数えた旨の記述は見受けられたが、あくまでイベント情報の提供元は渦中のアグリジャパンとある。糸満市議会の討論内容の中には、事業不振により事業撤退をしたような答弁も見受けられるが、ならばもっと早くに手を打てなかったのかと外野は考えてしまう。市の広報曰く糸満市の会計年度任用職員2人を配置し一部の施設は利用できるようにはなってはいるようだが、今更来年度以降の指定管理者募集をしている状態である。前指定管理者の私有財産が残っている状態で、一部の行政財産の使用許可を受けられない可能性がある等ある意味〝事故物件〟を背負って立つ企業や団体が現れるのか?と素人は思う。いずれにせよ指定管理者が選定されるのが本年11月末だとあることから、12月の糸満ピースフルイルミネーションの開催に漕ぎ着けるのは至難の業だと思う。そのことを踏まえると限りなくこの時期に無理をして来沖しても目的は達成することは不可能であると考えることが妥当だろう。因みに隣の八重瀬町でも戦跡をめぐる指定管理者制度で大炎上している。こちらは一応の解決はみたものの将来的にはどうなのだろうか?営利企業ならば収益は考えてはいるだろうが、結果としては誠にお粗末な話である。勿論糸満ピースフルイルミネーションも入場料が無料のボランティアではない。イベント規模にしてはそれなりの入場料は取っていた。イベント継続が不可能であれば、泥沼化する前に対処も出来ただろうと考える。それを見逃した行政側もお粗末な話である。例年の糸満ピースフルイルミネーション開催時期迄あと1ヶ月半。来沖決定猶予はあと1ヶ月。なるようにしかならないだろうが、イベント中止を理由にして来沖を断りたくない私の心の叫びである。<br /><br />このことは今すぐ答えが出せないために、予定が決まり次第連絡しますとオジィとオバァに告げて、名残惜しいゲストハウスりゅうかくを後にする。<br /><br />最初に立ち寄る場所は毎回同じで奥武島海岸駐車場である。奥武島最南端に位置するこの場所は、大海原と西側には平和祈念公園が望める場所である。ここで今日の予定を再確認してナビを入力する。ゲストハウスのある界隈は住宅地でもあり、エンジンをかけたまま停車しているのは気が引けるので、いつもこの場所を利用している。今宵は神の島久高島に宿泊する。その船舶の時間を鑑みて立ち寄り地を選び出発する。<br /><br />先ず向かったのは喜屋武岬手前に位置する喜屋武郵便局である。沖縄旅に於ける平日は、観光地と郵便局巡りを組み合わせてその日の行程を組んでいる。ハルのお供として行っていた際には〝観光〟がないので実感がなかったのだが、自分自身が郵便局を巡るとなると、その〝立ち寄り郵便局〟の記録を見るだけで位置関係や、観光施設の姿が後から容易く思い出せることに気がついた。郵便局と観光地に相関関係はないところが多いのだが、それゆえにマイナーな観光地に辿り着くこともあり、結構面白みがあることに気付いていた。今回も何回も目の前を通っている喜屋武郵便局に立ち寄ったことで、界隈の戦跡との位置関係を再認識することが出来た。<br /><br />次いで向かったのは豊崎郵便局。豊崎タウン内にある局である。ここも過去に訪れてはいるが、その記憶と郵便局の結び付きがわかっただけでも興味深いものを感じた。<br /><br />そして豊見城市内の郵便局をコンプリートするべく豊見城郵便局を目指す。ここは初日に大阪で出し忘れた郵便物を差し出すために立ち寄っている。やはり局前の通りは何度も通過している。何十回と来ている沖縄ではあるが新たな〝発見〟とも思える景色が広がっていることに気付いた私であった。豊見城郵便局で次局の情報を得る。てっきり豊見城市内はこちらで最後と思いきや〝豊見城団地内郵便局〟がありますよ!と伺った。どうやら以前ハルの代わりとして立ち寄ったことを忘れていたようだ。そのため私の通帳には記録がない。そこで急遽コースの組み直しをし、宜保郵便局へ先に立ち寄ることにした。<br /><br />ここも初訪ではないが記憶にもない。そのために位置関係を確認してから改めて出発する。向かった先は伺った豊見城団地内郵便局。局舎や背景は記憶にはあるものの、近隣に3局の郵便局があったことを知り、ちょっとびっくりする。<br /><br />ここで豊見城市内の郵便局はコンプリート出来た。先述したように今晩は久高島に泊まるために船舶での移動がある。それ故に無理に欲張らず、ローソン佐敷津波古店に立ち寄って一服をした後に久高島への本島側の拠点である安座間港を目指すことにした。<br /><br />安座間港迄は9km弱、所要時間10分強で到着する。港施設には待合室以外にもバス停や久高島に向かう乗船客用の駐車場が完備している。とは言えバス便は南城市役所発着のコミュニティバスなので那覇からであれば沖縄バスで南城市役所迄来て乗り換えとなるためにあまり便利な交通手段とは言えない。加えて8月にはコストコが出来たために定時運行が出来ない程の大渋滞が発生している。10月に入ると平日はそこまで混雑はしないまでも、土日はバスが迂回運行している有様である。このことを踏まえてもやはり車の利用となるであろう。訪れた6月24日は月曜日であり、コストコもまだオープンしていなかったことからバスも定時運行ではあった。<br /><br />乗船手続きをして待合所外でぶらぶらしていると、久高島徳仁港14:00発の高速艇が帰って来た。日帰り客と思われる大勢の方が下船する。神の島への憧れはあれど、やはり島内に宿泊までして観光することはないような感じを受ける。さしたる時間もないうちに観光客は自身の車へと戻り、次の目的地を目指したようだ。人混みが解消したので浮桟橋へと向かい乗船する。高速船ニューくだかⅢは19t、航海速力24ktとスピードは同サイズの他エリアに就航しているより少し遅いようだ。しかし就航区間の距離を考えればこれで十分な速力なのであろう。そんなニューくだかⅢは現在フェリーくだかⅢがドック入りしているために1日5便の航路は全て高速船で運航されている。小豆島に行って以来の船旅だが、普段乗らない交通機関故に旅の〝情緒〟を感じることができる。船内に陣取って暫くするとエンジンの唸り音が聞こえ、高速船ニューくだかⅢは安座間港を後にして一路久高島を目指して出発した。安座間港から久高島徳仁港迄は15分、あっという間に到着する。沖縄に来るようになってからいつかは・・・と考えていた久高島にやっと来ることが出来た瞬間である。<br /><br />徳仁港を後にして坂を上ってところに待合所がある。なぜ港湾施設から離れているのかはよく分からないが、徳仁港から少し離れていることは頭に置いて置かないと、ナビ頼みで歩いていると船舶に乗り遅れることもあるので注意が必要だ。そんな待合所を横目に見て歩いて行く。目指す先は久高島簡易郵便局、今回は勿論旅行貯金ではあるが、この局にはひとつ特徴がある。簡易郵便局は兼業可能なこともあり、特徴的な局になっていることも少なくはない。農協や漁協は勿論駅に併設されているところもある。そんな中でここ久高島簡易郵便局は日本で2局ある〝宿泊施設〟が併設されている簡易郵便局のひとつである。ひとつは北海道上士幌町の萩ヶ岡簡易郵便局、こちらは現在民宿の営業はやってはいないとも書かれている。そちらとここ久高島簡易郵便局である。民宿はーにぃはOTAサイトとの提携がないために直接電話確認が必要であるが、夏場は人気宿らしく6月の沖縄旅の期間には空室になっていることはほぼ無いに等しい。勿論私が久高島訪問を決めた時もすぐに電話をしてみたがやはり満室だった。直接局を訪れたので聞いてみたのだが、やはり夏場に空いていることはまずないとの答えだった。こうなると意地になり〝絶対泊まってやる〟となるのが私の性格。冬場ならば…とお聞きしたので、イルミネーションイベント旅に出られるならば是非とも!と改めて思うのであった。<br /><br />久高島簡易郵便局を後にして今宵の宿に向かって歩いて行く。久高島宿泊交流館は知名度で言うならば久高島で最も有名な宿泊施設である。予約システムがあるので利用した。多分学校等の合宿向けの宿という印象を受けたこの久高島宿泊交流館、NPO法人久高島振興会が運営している宿泊施設だが、民間宿ではない雰囲気を感じさせるところであった。チェックイン時に宿泊代金前払いで自転車を借りておく。素泊り5,000円と自転車1日1,000円の6,000円支払って鍵を受け取る。はびゃーんの間は一階の一番奥の部屋、ある意味静かで良いかも知れない。<br /><br />クソ暑い中を動いて来たので暫くエアコン全開にして部屋で涼む。陽が傾いて来たのを確認して島内観光を始めるべく自転車へと向かうのだが、ここで自転車の〝鍵〟を受け取っていないことに気付く。施設貸出の自転車に鍵をかけていることも沖縄らしくないと思えるところである。自転車に跨り先ず向かったのは島の北端ハビャーン(カベール岬)。遠くから回って行くのはヘタレの特徴である。琉球開闢の祖とされるアマミキヨが降臨、若しくは上陸した場所とされ、神の島久高島でも聖地のひとつとされている場所である。近隣の植物群落は国の天然記念物に指定されている場所は、久高島に来れば必ず訪れる場所のひとつとなっている。岬には自転車で入り込まないように車止めが設けられていたので、それに従い以降は歩いて行く。白砂の岬は天気が良く眺望も開けている。西側には沖縄本島の中城界隈が見えている。やっぱり島に来ているのだと再認識する。聖なる場所ということで景色を目とカメラで記憶する。しばらくぼ~っとしていると車のエンジンが止まる音がした。観光客を連れて来たのかとそのタイミングで帰ろうとすると、まさかの釣竿片手のお兄ちゃんが二人。島育ちのようには見えなかったが、島で働いているのだろうか?というよりここで釣りをしても良いのだろうか?と思いながら自転車を漕ぎ出した。行きと反対方向にビロウの森を走り抜けると巨大なガジュマルの樹に遭遇する。久高島の案内には必ず記されているものではあるが、由来等は書かれてはいない。要はパワースポットに植る〝生命力〟をスポットにしたように感じる。そんな場所を後にして島を横切り〝ロマンスロード〟なる道を走り、東屋へと向かう。道端には月桃やハイビスカスが咲き誇り、南国らしさを醸し出している。ただ何故にロマンスロードという名称なのかはわからない。東屋の付近から海岸へと下りることも出来るようだが、運動不足故の足腰の衰えを加味して、怪我することはやめておこうと景色だけを楽しんで先を急ぐことにする。<br /><br />次に向かったのは久高島の〝神の島〟の中心である〝クボー御嶽〟である。南城市の史跡指定を受けているこの場所は、<br /><br />神の島と言われる久高島(くだかじま)クボ―御嶽はその久高島の中心部にあります。琉球開闢の神話に出てくる七御嶽のひとつとしてその昔、神々が下りた聖地とされている。男子禁制の場所としても知られていて一帯はとても神聖な雰囲気が漂っている。勿論中には入れないためにガイドブックの拾い読みとなるが、クボー御嶽の敷地内にある円形の広場は、十二年に一度行われる島の重要な祭祀〝イザイホー〟等に使われており、久高島の行事に欠かすことのできない崇高な聖地として島の人々に大切に守られている。巨大な木々の枝が複雑に絡み合いクボー御嶽へ続く道を守っている。実際イザイホーには外部観光者は一切参加できない祭祀であるがため、写真で記録された祭祀の〝様子〟でしかその厳か感を感じることはできない。良く感受性の強い者はパワースポットを訪れると感じるものがあると言うが、私はその類のものは全く持ち合わせてはおらず、立入禁止と書かれている看板の指示に従って入らなかったということが真の理由である。聖地という考えはその宗教の信者が尊い場所だと思うことが成り立ちの原則であり、やはり信者でなければ感じることがなくとも不思議ではない。基本沖縄の宗教観は御嶽を聖地とする〝自然崇拝〟が根底にある。アマミキヨが下界に降りて島々を作り、一組の男女を住まわせた。二人の間には三男二女が生まれ、長男が王、次男が按司、三男が百姓、長女が大君、次女が祝女のはじまりとなったという伝承が琉球の始まりであるとされている。この後に王位の継承等都合良く変えられて王族の血筋の正当性を作り上げたことは、今更語ることでもないであろう。観光客の一人として七御嶽のひとつであるクボー御嶽を訪れた。その記録だけだったのかも知れないという思いを持ち、クボー御嶽を後にした私であった。<br /><br />そして自転車を漕ぎながら久高島宿泊交流館近くまで戻って来る。施設裏側にはうっちぐわー広場という広場があった。正式名称を久高緑地広場というようなのだが、久高島には広場がほとんどないために、南城市が整備した広場であるらしい。まあ多目的広場というところだろう。そうこうしているうちに久高島宿泊交流館に到着し部屋へと戻る。基本夜の娯楽がない島では夕食を摂るために出掛けることになるのであろうが、未だコロナ対策が気になって仕方がない私にとって、大勢の人々が同じ場所に集う場所を避けている現実がある。侘しいかも知れないが、部屋で適当なものを食べるだけで満足であり、またそれが一番安心なのである。島での物品購入は時間・品数・量とも限られるために、本島でカップ焼きそばを購入して持ち込んだ。+αが必要であれば買い足そうと考えてはいたものの、その〝お湯〟ですら給水機のものを使うしかない現状等想定外の状況下に疲れを覚え、持ち込んだもので十分だと思うようになっていた。館内マップには厨房とはあるものの、これはあくまで宿が食事を提供する際に用いていたものであり、観光客が手軽に使えるというものでは到底なかった。結論から言ってしまえば素泊まりの合宿所と例えて間違いない。シャワーは男女分けはされているものの、室内ではカーテン一枚の仕切りしかなければ、神経質な方からすれば利用するのに抵抗感もあるかも知れない。<br /><br />これらのことを踏まえると〝ここ〟を指名でやって来る観光客は先ずいないように思えてならない。島宿あるあるでオープンしているかどうかがわからない宿泊施設ばかりの久高島で、手軽に宿泊予約ができるという理由だけではないかと私には思えてならない。長年の夢であった久高島訪島。しかしその現実は久高島簡易郵便局訪問だけが満足できたに過ぎず、沖縄本島付近の離島で〝日帰り観光客〟が増加している現実に則り朝に入島し、午後に本島に戻り宿泊するパターンが良かったのかもと私には珍しく後悔の思いを持った久高島の夜であった。<br /><br />そんなこともあり恒例の寝る前行事である明日の立ち寄り地の再確認をして早々に寝てしまった。旅先では先ず考えないことではあるが、明日天気が良くて早起き出来れば最高だな~と。そんな微妙な島の時間が過ぎて行き、旅4日目の朝を迎えることとなる。<br /><br /><br /><br />【令和6(2024)年6月25日火曜日】<br />昨日思ったことがどう影響したのかはわからないが、早めの朝を迎えることが出来た。食事が付いていなければこういう場合は凄く身軽に動くことができることを認識しきする。窓の外を見ると頗る良い天気である。昨日少し沈んだテンションを上げる一日になって欲しいと願い、改めて荷物の整理と忘れ物等の確認をする。そして8:00にはこの久高島宿泊交流館を後にする。郵便局を回って来たので途中違う道を歩いて行くが、行きつくところは同じく徳仁港である。訪れた日はフェリーのドック入り中のために高速船のみの運航となっているために徳仁港8:30発の安座真行きが始発となり、安座真発17:00の便が最終となるので徳仁港停泊となる。しかしフェリーと高速船とも運航となっている際には、フェリー便は安座真港8:00発が始発で、徳仁港17:00発が最終となることから、夜間停泊は安座真港である。南城市に属する久高島であるが、あくまで離島故に居住に於けるサービスは、本島頼みというところがある。し尿処理やごみ収集などであるが、これらはあくまで本島域と共有であるために、必要な時にはフェリーに乗って島にやって来るのである。そのため島での滞在時間を少しでも長くするための措置であるそうだ。やはり離島生活は大変だな~と思いながら港近くの坂までやって来る。この坂の上には徳仁港の徳仁港船待合所が置かれている。坂の上下なので待合所に居て乗り遅れることはないとは思うが、島内移動にスマホナビを利用していた場合、徳仁港を検索するとこの〝待合所〟を目的地としてしまう。なので日帰りでギリギリまで遊んだ挙句、ナビを頼っていると…ということもあるらしい。その点では注意が必要である。そんな待合所を横目に徳仁港へと向かう。私が乗船する8:30発安座真行きが9:00に折り返し、始発の徳仁港行きとなる。よって島内観光関係の事業は、9:15頃から営業を始めるということらしい。そのため私が港に向かっている時に、レンタルの電動トゥクトゥク等を動かし始めていたようだ。<br /><br />徳仁港に着く寸前、海を隔てた向こう側にニライ橋カナイ橋が見えていることに気が付いた。徳仁港と本島間は対短距離で5km程であるため、見ることができるのだろう。でもなかなか真正面からニライ橋カナイ橋を見ることができる場所は本島側にはない。新たな発見をしてその姿をカメラに収め、余裕を持って高速船に乗ることができた。<br /><br />定刻8:30に高速船ニューくだかⅢは徳仁港を出港し一路安座真港を目指してかっ飛んで行く。波や風の加減によって船員氏が〝波よけ〟のシートを下ろしたり上げたりしているようだ。確かに視界を覆ってしまうため、波よけを下ろすと眺望が悪くなる。その加減を調節するのもひとつのサービスだとも思え、久高島のポイントを少しでも上げようと考える。そして8:45安座真港に到着。私はこれから車に乗り換えるが、朝早いにもかかわらず久高島に向かう観光客が高速船を待っていた。15分の停泊時間の間に駐車場へと移動し、相棒に乗り込んだ。ただ車内は朝にも拘らず結構な室温となっており、エアコンフル回転で室温を下げ、出発に備える準備をしているうちに高速船は久高島を目指して出航して行った。まあ良い思い出を~なんて心の中で呟きながら…。ようやく出発準備が整い、旅4日目の行程を進めて行くことにする。安座真港出発後に先ず立ち寄ったのはすき家331号南城店であった。沖縄旅に於いては朝食なしのプランで宿泊することは少ないために、朝食のことを考えることは暫くなかった。ただ今回に当たっては例のこともあり、何はともあれということで向かった次第である。納豆まぜのっけ定食大盛りを完食し準備万端。それではセットしたナビルートに従って進むべくWAGON Rクンを走らせて行った。<br /><br />  《続く》

《2024.June》79th,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅その参~神の島久高島編~

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《2024.June》79th,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅その参~神の島久高島編~

【令和6(2024)年6月24日月曜日】
何回目の朝を迎えただろうか…という見慣れた部屋で目を覚ます。今回の旅も3日目となり、いつもならば畳み掛け始める日であるが、今回の旅は5日間。まだ中日である。相宿の方は既に出発された様子。私のように普段の生活を沖縄に移したようなことはされないようだ。いつも通り2階の食堂でご自慢のお食事を頂く。トロピカル感満載のお食事を半年ぶりに頂いた。

食事を済ませ荷物を作る。今日は詰め込んだ予定もなく、私的には珍しくのんびりしている。そんなこともあり久しぶりにオーナー夫妻と話をした。何が変わったか分かります~?といったお茶目な謎かけを毎年してくれる光子おばぁだが、ゲストハウスがはやるのは良いが、満室が続くと流石にしんどいという。そらそうだろう…私が初めてゲストハウスりゅうかくにお世話になったのは8年前の平成28(2016)年の2月のことである。前年末にオープンされたばかりで〝予約が入らないんですよ~〟とボヤいておられたことがついこの前のように思えてならない。しかしみんなが若かった。それから8つ歳を取ったことを考えると、その気持ちは痛い程分かる気がする。勿論私も年を取り、その頃のように体力勝負のような行程も組まなくなった、というよりも組めなくなったというのが正しいであろう。そんなよもや話をしたのも暫く記憶にはないが、まぁ無理せず頑張って下さいとだけ言って来た。それに加えて今年は冬に来る〝かも〟ということを伝えた。実際に今年令和6(2024)年は1月に来沖している。その時の目的と同じなのではあるが〝イルミネーション〟イベントである。なぜ年内にと言ったかは、1月末に訪れても終了しているイベントが多かった一月の教訓故の話である。今年一月の来沖は前年度令和4(2022)年のイベント開催情報を元にしたのだが、令和4年度のイベントは〝コロナ禍〟下に於いての延長によるものだったことを知った。例年ならば冬休みの終わりを以てイベント終了となるものが多いらしいのだが、恒例のイルミネーションイベントのように書かれていても必ずしもそれが〝確実〟とはいえない現実がある。観光系のウェブサイトであっても、本年度開催の詳細は問い合わせと記されてはいるものの昨年のデータが曜日を合わせて書かれているような〝未確認情報〟が掲載されていることもある。SNSに至っては、如何にも今年のことのように昨年、それ以前の情報が当たり前のように記されている。それ故に〝絶対〟ということは残念ながら言うことができない。また糸満ピースフルイルミネーションの会場である糸満市観光農園も市が委託し指定管理者となっていたアグリジャパンが管理業務を怠っていたことが判明。施設の返還と未収となっている使用料等を支払うよう裁判沙汰になっている。これは沖縄あるあるのことではあるのだが、なぜ市や町もそんな問題を起こすような団体を指定管理者に選定したのかと首を傾げたくなる。既に泥沼化する様相を呈しており、今年のイルミネーション開催には早急に解決策を講じなければならない状況にある。調べている限りその後の進捗はない模様だ。昨年度令和5(2023)年度で25回目を数えた旨の記述は見受けられたが、あくまでイベント情報の提供元は渦中のアグリジャパンとある。糸満市議会の討論内容の中には、事業不振により事業撤退をしたような答弁も見受けられるが、ならばもっと早くに手を打てなかったのかと外野は考えてしまう。市の広報曰く糸満市の会計年度任用職員2人を配置し一部の施設は利用できるようにはなってはいるようだが、今更来年度以降の指定管理者募集をしている状態である。前指定管理者の私有財産が残っている状態で、一部の行政財産の使用許可を受けられない可能性がある等ある意味〝事故物件〟を背負って立つ企業や団体が現れるのか?と素人は思う。いずれにせよ指定管理者が選定されるのが本年11月末だとあることから、12月の糸満ピースフルイルミネーションの開催に漕ぎ着けるのは至難の業だと思う。そのことを踏まえると限りなくこの時期に無理をして来沖しても目的は達成することは不可能であると考えることが妥当だろう。因みに隣の八重瀬町でも戦跡をめぐる指定管理者制度で大炎上している。こちらは一応の解決はみたものの将来的にはどうなのだろうか?営利企業ならば収益は考えてはいるだろうが、結果としては誠にお粗末な話である。勿論糸満ピースフルイルミネーションも入場料が無料のボランティアではない。イベント規模にしてはそれなりの入場料は取っていた。イベント継続が不可能であれば、泥沼化する前に対処も出来ただろうと考える。それを見逃した行政側もお粗末な話である。例年の糸満ピースフルイルミネーション開催時期迄あと1ヶ月半。来沖決定猶予はあと1ヶ月。なるようにしかならないだろうが、イベント中止を理由にして来沖を断りたくない私の心の叫びである。

このことは今すぐ答えが出せないために、予定が決まり次第連絡しますとオジィとオバァに告げて、名残惜しいゲストハウスりゅうかくを後にする。

最初に立ち寄る場所は毎回同じで奥武島海岸駐車場である。奥武島最南端に位置するこの場所は、大海原と西側には平和祈念公園が望める場所である。ここで今日の予定を再確認してナビを入力する。ゲストハウスのある界隈は住宅地でもあり、エンジンをかけたまま停車しているのは気が引けるので、いつもこの場所を利用している。今宵は神の島久高島に宿泊する。その船舶の時間を鑑みて立ち寄り地を選び出発する。

先ず向かったのは喜屋武岬手前に位置する喜屋武郵便局である。沖縄旅に於ける平日は、観光地と郵便局巡りを組み合わせてその日の行程を組んでいる。ハルのお供として行っていた際には〝観光〟がないので実感がなかったのだが、自分自身が郵便局を巡るとなると、その〝立ち寄り郵便局〟の記録を見るだけで位置関係や、観光施設の姿が後から容易く思い出せることに気がついた。郵便局と観光地に相関関係はないところが多いのだが、それゆえにマイナーな観光地に辿り着くこともあり、結構面白みがあることに気付いていた。今回も何回も目の前を通っている喜屋武郵便局に立ち寄ったことで、界隈の戦跡との位置関係を再認識することが出来た。

次いで向かったのは豊崎郵便局。豊崎タウン内にある局である。ここも過去に訪れてはいるが、その記憶と郵便局の結び付きがわかっただけでも興味深いものを感じた。

そして豊見城市内の郵便局をコンプリートするべく豊見城郵便局を目指す。ここは初日に大阪で出し忘れた郵便物を差し出すために立ち寄っている。やはり局前の通りは何度も通過している。何十回と来ている沖縄ではあるが新たな〝発見〟とも思える景色が広がっていることに気付いた私であった。豊見城郵便局で次局の情報を得る。てっきり豊見城市内はこちらで最後と思いきや〝豊見城団地内郵便局〟がありますよ!と伺った。どうやら以前ハルの代わりとして立ち寄ったことを忘れていたようだ。そのため私の通帳には記録がない。そこで急遽コースの組み直しをし、宜保郵便局へ先に立ち寄ることにした。

ここも初訪ではないが記憶にもない。そのために位置関係を確認してから改めて出発する。向かった先は伺った豊見城団地内郵便局。局舎や背景は記憶にはあるものの、近隣に3局の郵便局があったことを知り、ちょっとびっくりする。

ここで豊見城市内の郵便局はコンプリート出来た。先述したように今晩は久高島に泊まるために船舶での移動がある。それ故に無理に欲張らず、ローソン佐敷津波古店に立ち寄って一服をした後に久高島への本島側の拠点である安座間港を目指すことにした。

安座間港迄は9km弱、所要時間10分強で到着する。港施設には待合室以外にもバス停や久高島に向かう乗船客用の駐車場が完備している。とは言えバス便は南城市役所発着のコミュニティバスなので那覇からであれば沖縄バスで南城市役所迄来て乗り換えとなるためにあまり便利な交通手段とは言えない。加えて8月にはコストコが出来たために定時運行が出来ない程の大渋滞が発生している。10月に入ると平日はそこまで混雑はしないまでも、土日はバスが迂回運行している有様である。このことを踏まえてもやはり車の利用となるであろう。訪れた6月24日は月曜日であり、コストコもまだオープンしていなかったことからバスも定時運行ではあった。

乗船手続きをして待合所外でぶらぶらしていると、久高島徳仁港14:00発の高速艇が帰って来た。日帰り客と思われる大勢の方が下船する。神の島への憧れはあれど、やはり島内に宿泊までして観光することはないような感じを受ける。さしたる時間もないうちに観光客は自身の車へと戻り、次の目的地を目指したようだ。人混みが解消したので浮桟橋へと向かい乗船する。高速船ニューくだかⅢは19t、航海速力24ktとスピードは同サイズの他エリアに就航しているより少し遅いようだ。しかし就航区間の距離を考えればこれで十分な速力なのであろう。そんなニューくだかⅢは現在フェリーくだかⅢがドック入りしているために1日5便の航路は全て高速船で運航されている。小豆島に行って以来の船旅だが、普段乗らない交通機関故に旅の〝情緒〟を感じることができる。船内に陣取って暫くするとエンジンの唸り音が聞こえ、高速船ニューくだかⅢは安座間港を後にして一路久高島を目指して出発した。安座間港から久高島徳仁港迄は15分、あっという間に到着する。沖縄に来るようになってからいつかは・・・と考えていた久高島にやっと来ることが出来た瞬間である。

徳仁港を後にして坂を上ってところに待合所がある。なぜ港湾施設から離れているのかはよく分からないが、徳仁港から少し離れていることは頭に置いて置かないと、ナビ頼みで歩いていると船舶に乗り遅れることもあるので注意が必要だ。そんな待合所を横目に見て歩いて行く。目指す先は久高島簡易郵便局、今回は勿論旅行貯金ではあるが、この局にはひとつ特徴がある。簡易郵便局は兼業可能なこともあり、特徴的な局になっていることも少なくはない。農協や漁協は勿論駅に併設されているところもある。そんな中でここ久高島簡易郵便局は日本で2局ある〝宿泊施設〟が併設されている簡易郵便局のひとつである。ひとつは北海道上士幌町の萩ヶ岡簡易郵便局、こちらは現在民宿の営業はやってはいないとも書かれている。そちらとここ久高島簡易郵便局である。民宿はーにぃはOTAサイトとの提携がないために直接電話確認が必要であるが、夏場は人気宿らしく6月の沖縄旅の期間には空室になっていることはほぼ無いに等しい。勿論私が久高島訪問を決めた時もすぐに電話をしてみたがやはり満室だった。直接局を訪れたので聞いてみたのだが、やはり夏場に空いていることはまずないとの答えだった。こうなると意地になり〝絶対泊まってやる〟となるのが私の性格。冬場ならば…とお聞きしたので、イルミネーションイベント旅に出られるならば是非とも!と改めて思うのであった。

久高島簡易郵便局を後にして今宵の宿に向かって歩いて行く。久高島宿泊交流館は知名度で言うならば久高島で最も有名な宿泊施設である。予約システムがあるので利用した。多分学校等の合宿向けの宿という印象を受けたこの久高島宿泊交流館、NPO法人久高島振興会が運営している宿泊施設だが、民間宿ではない雰囲気を感じさせるところであった。チェックイン時に宿泊代金前払いで自転車を借りておく。素泊り5,000円と自転車1日1,000円の6,000円支払って鍵を受け取る。はびゃーんの間は一階の一番奥の部屋、ある意味静かで良いかも知れない。

クソ暑い中を動いて来たので暫くエアコン全開にして部屋で涼む。陽が傾いて来たのを確認して島内観光を始めるべく自転車へと向かうのだが、ここで自転車の〝鍵〟を受け取っていないことに気付く。施設貸出の自転車に鍵をかけていることも沖縄らしくないと思えるところである。自転車に跨り先ず向かったのは島の北端ハビャーン(カベール岬)。遠くから回って行くのはヘタレの特徴である。琉球開闢の祖とされるアマミキヨが降臨、若しくは上陸した場所とされ、神の島久高島でも聖地のひとつとされている場所である。近隣の植物群落は国の天然記念物に指定されている場所は、久高島に来れば必ず訪れる場所のひとつとなっている。岬には自転車で入り込まないように車止めが設けられていたので、それに従い以降は歩いて行く。白砂の岬は天気が良く眺望も開けている。西側には沖縄本島の中城界隈が見えている。やっぱり島に来ているのだと再認識する。聖なる場所ということで景色を目とカメラで記憶する。しばらくぼ~っとしていると車のエンジンが止まる音がした。観光客を連れて来たのかとそのタイミングで帰ろうとすると、まさかの釣竿片手のお兄ちゃんが二人。島育ちのようには見えなかったが、島で働いているのだろうか?というよりここで釣りをしても良いのだろうか?と思いながら自転車を漕ぎ出した。行きと反対方向にビロウの森を走り抜けると巨大なガジュマルの樹に遭遇する。久高島の案内には必ず記されているものではあるが、由来等は書かれてはいない。要はパワースポットに植る〝生命力〟をスポットにしたように感じる。そんな場所を後にして島を横切り〝ロマンスロード〟なる道を走り、東屋へと向かう。道端には月桃やハイビスカスが咲き誇り、南国らしさを醸し出している。ただ何故にロマンスロードという名称なのかはわからない。東屋の付近から海岸へと下りることも出来るようだが、運動不足故の足腰の衰えを加味して、怪我することはやめておこうと景色だけを楽しんで先を急ぐことにする。

次に向かったのは久高島の〝神の島〟の中心である〝クボー御嶽〟である。南城市の史跡指定を受けているこの場所は、

神の島と言われる久高島(くだかじま)クボ―御嶽はその久高島の中心部にあります。琉球開闢の神話に出てくる七御嶽のひとつとしてその昔、神々が下りた聖地とされている。男子禁制の場所としても知られていて一帯はとても神聖な雰囲気が漂っている。勿論中には入れないためにガイドブックの拾い読みとなるが、クボー御嶽の敷地内にある円形の広場は、十二年に一度行われる島の重要な祭祀〝イザイホー〟等に使われており、久高島の行事に欠かすことのできない崇高な聖地として島の人々に大切に守られている。巨大な木々の枝が複雑に絡み合いクボー御嶽へ続く道を守っている。実際イザイホーには外部観光者は一切参加できない祭祀であるがため、写真で記録された祭祀の〝様子〟でしかその厳か感を感じることはできない。良く感受性の強い者はパワースポットを訪れると感じるものがあると言うが、私はその類のものは全く持ち合わせてはおらず、立入禁止と書かれている看板の指示に従って入らなかったということが真の理由である。聖地という考えはその宗教の信者が尊い場所だと思うことが成り立ちの原則であり、やはり信者でなければ感じることがなくとも不思議ではない。基本沖縄の宗教観は御嶽を聖地とする〝自然崇拝〟が根底にある。アマミキヨが下界に降りて島々を作り、一組の男女を住まわせた。二人の間には三男二女が生まれ、長男が王、次男が按司、三男が百姓、長女が大君、次女が祝女のはじまりとなったという伝承が琉球の始まりであるとされている。この後に王位の継承等都合良く変えられて王族の血筋の正当性を作り上げたことは、今更語ることでもないであろう。観光客の一人として七御嶽のひとつであるクボー御嶽を訪れた。その記録だけだったのかも知れないという思いを持ち、クボー御嶽を後にした私であった。

そして自転車を漕ぎながら久高島宿泊交流館近くまで戻って来る。施設裏側にはうっちぐわー広場という広場があった。正式名称を久高緑地広場というようなのだが、久高島には広場がほとんどないために、南城市が整備した広場であるらしい。まあ多目的広場というところだろう。そうこうしているうちに久高島宿泊交流館に到着し部屋へと戻る。基本夜の娯楽がない島では夕食を摂るために出掛けることになるのであろうが、未だコロナ対策が気になって仕方がない私にとって、大勢の人々が同じ場所に集う場所を避けている現実がある。侘しいかも知れないが、部屋で適当なものを食べるだけで満足であり、またそれが一番安心なのである。島での物品購入は時間・品数・量とも限られるために、本島でカップ焼きそばを購入して持ち込んだ。+αが必要であれば買い足そうと考えてはいたものの、その〝お湯〟ですら給水機のものを使うしかない現状等想定外の状況下に疲れを覚え、持ち込んだもので十分だと思うようになっていた。館内マップには厨房とはあるものの、これはあくまで宿が食事を提供する際に用いていたものであり、観光客が手軽に使えるというものでは到底なかった。結論から言ってしまえば素泊まりの合宿所と例えて間違いない。シャワーは男女分けはされているものの、室内ではカーテン一枚の仕切りしかなければ、神経質な方からすれば利用するのに抵抗感もあるかも知れない。

これらのことを踏まえると〝ここ〟を指名でやって来る観光客は先ずいないように思えてならない。島宿あるあるでオープンしているかどうかがわからない宿泊施設ばかりの久高島で、手軽に宿泊予約ができるという理由だけではないかと私には思えてならない。長年の夢であった久高島訪島。しかしその現実は久高島簡易郵便局訪問だけが満足できたに過ぎず、沖縄本島付近の離島で〝日帰り観光客〟が増加している現実に則り朝に入島し、午後に本島に戻り宿泊するパターンが良かったのかもと私には珍しく後悔の思いを持った久高島の夜であった。

そんなこともあり恒例の寝る前行事である明日の立ち寄り地の再確認をして早々に寝てしまった。旅先では先ず考えないことではあるが、明日天気が良くて早起き出来れば最高だな~と。そんな微妙な島の時間が過ぎて行き、旅4日目の朝を迎えることとなる。



【令和6(2024)年6月25日火曜日】
昨日思ったことがどう影響したのかはわからないが、早めの朝を迎えることが出来た。食事が付いていなければこういう場合は凄く身軽に動くことができることを認識しきする。窓の外を見ると頗る良い天気である。昨日少し沈んだテンションを上げる一日になって欲しいと願い、改めて荷物の整理と忘れ物等の確認をする。そして8:00にはこの久高島宿泊交流館を後にする。郵便局を回って来たので途中違う道を歩いて行くが、行きつくところは同じく徳仁港である。訪れた日はフェリーのドック入り中のために高速船のみの運航となっているために徳仁港8:30発の安座真行きが始発となり、安座真発17:00の便が最終となるので徳仁港停泊となる。しかしフェリーと高速船とも運航となっている際には、フェリー便は安座真港8:00発が始発で、徳仁港17:00発が最終となることから、夜間停泊は安座真港である。南城市に属する久高島であるが、あくまで離島故に居住に於けるサービスは、本島頼みというところがある。し尿処理やごみ収集などであるが、これらはあくまで本島域と共有であるために、必要な時にはフェリーに乗って島にやって来るのである。そのため島での滞在時間を少しでも長くするための措置であるそうだ。やはり離島生活は大変だな~と思いながら港近くの坂までやって来る。この坂の上には徳仁港の徳仁港船待合所が置かれている。坂の上下なので待合所に居て乗り遅れることはないとは思うが、島内移動にスマホナビを利用していた場合、徳仁港を検索するとこの〝待合所〟を目的地としてしまう。なので日帰りでギリギリまで遊んだ挙句、ナビを頼っていると…ということもあるらしい。その点では注意が必要である。そんな待合所を横目に徳仁港へと向かう。私が乗船する8:30発安座真行きが9:00に折り返し、始発の徳仁港行きとなる。よって島内観光関係の事業は、9:15頃から営業を始めるということらしい。そのため私が港に向かっている時に、レンタルの電動トゥクトゥク等を動かし始めていたようだ。

徳仁港に着く寸前、海を隔てた向こう側にニライ橋カナイ橋が見えていることに気が付いた。徳仁港と本島間は対短距離で5km程であるため、見ることができるのだろう。でもなかなか真正面からニライ橋カナイ橋を見ることができる場所は本島側にはない。新たな発見をしてその姿をカメラに収め、余裕を持って高速船に乗ることができた。

定刻8:30に高速船ニューくだかⅢは徳仁港を出港し一路安座真港を目指してかっ飛んで行く。波や風の加減によって船員氏が〝波よけ〟のシートを下ろしたり上げたりしているようだ。確かに視界を覆ってしまうため、波よけを下ろすと眺望が悪くなる。その加減を調節するのもひとつのサービスだとも思え、久高島のポイントを少しでも上げようと考える。そして8:45安座真港に到着。私はこれから車に乗り換えるが、朝早いにもかかわらず久高島に向かう観光客が高速船を待っていた。15分の停泊時間の間に駐車場へと移動し、相棒に乗り込んだ。ただ車内は朝にも拘らず結構な室温となっており、エアコンフル回転で室温を下げ、出発に備える準備をしているうちに高速船は久高島を目指して出航して行った。まあ良い思い出を~なんて心の中で呟きながら…。ようやく出発準備が整い、旅4日目の行程を進めて行くことにする。安座真港出発後に先ず立ち寄ったのはすき家331号南城店であった。沖縄旅に於いては朝食なしのプランで宿泊することは少ないために、朝食のことを考えることは暫くなかった。ただ今回に当たっては例のこともあり、何はともあれということで向かった次第である。納豆まぜのっけ定食大盛りを完食し準備万端。それではセットしたナビルートに従って進むべくWAGON Rクンを走らせて行った。

  《続く》

旅行の満足度
3.0
観光
3.0
ホテル
3.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー 自転車 JALグループ ANAグループ JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
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