2024/04/13 - 2024/04/13
864位(同エリア4639件中)
たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん
この旅行記のスケジュール
2024/04/13
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ローソン大津大平一丁目店
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京都市高雄観光駐車場
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黒田の百年桜
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春日神社
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野山橋の桜
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山陵橋の桜
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常照皇寺門前の桜
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弓削川の桜並木
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矢谷下橋上流の桜並木
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福徳寺のかすみ桜
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上中公民館脇のベニシダレザクラ。
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祇園夜桜の子桜
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八幡宮社の出逢い桜
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曽根の大桜
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ミニストップ亀岡大井町土田店
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JA-SSセルフ大井
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スーパーマツモトうまほり店
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出光セルフMK山科ボウル前SS
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この旅行記スケジュールを元に
《2024.April》あみんちゅなにげに関西街歩きの旅京都そのⅠ~京北の桜2024編~
色々なことが続いた令和6(2024)年の正月。旅に出掛ける気にもなれなかったが、一個人が悩んでも仕方がなく、それよりも被災された方々からすると必要以上に自粛ムードに浸って貰うほうが心苦しいという話を聞いた。その言葉に甘え、1月に沖縄へと旅立った。
無事沖縄から帰り2月・3月を迎えるが、何やらおかしな気候のせいで〝 春 〟を迎える気配をなかなか感じられない。加えて私自身の体調が優れず〝出掛けよう〟という日々が続いているうちに4月を迎えた。しかし4月初旬も〝春〟という実感はなく、気が付けば10日を過ぎていた。漸く暖かさを感じる様になった今日、桜見物も潮時になる報を聞き、出掛けようという気持ちになれた。起きたのは相変らず昼頃だったが、さっさと準備をして出発する。平地は散り始めから散り果ての表示がされていた。そのため敢えて穴場的な場所を目指すことにする。選んだ先は京都市右京区の京北。平成17(2005)年平成の大合併により、北桑田郡京北町から京都市右京区に編入された。常照皇寺をはじめとする〝紅葉の名所〟として知られる場所だが、勿論秋だけではなく春の桜も同様である。また市内より標高が高い上に山間部という位置関係から、京都市内よりも桜の開花も遅い。加えて原種系の桜が多いために遅咲き種類が多く、4月13日で未だ〝満開近し〟の表示も多い。ならば行くしかない!その過程は如何に?ということで始まる今回の旅物語はどうなったのか?それでは始めるとしよう。
令和6(2024)年4月13日土曜日
準備を終えて出発したのは14:00、かなり遅めだがライトアップ時間を加味しているのでこれで良し。いつもの通りローソン大津大平一丁目店でナビやオーディオセットをし、一服の後に出発する。国道1号線から千本通を経て国道162号線へと入る。私好みの山道を走ること一時間程で京都市高雄観光駐車場に到着し、トイレ&一服休憩を取る。ここにもソメイヨシノが植えられているが、うちの近所の桜が葉桜になっているにも拘らず、未だ見頃を迎えていないようだ。更に一時間程走り続けて本日の第一目的地である〝黒田の百年桜〟に到着した。
この百年桜はヤマザクラの突然変異種で山桜の突然変異種で10~12枚の八重の中に一重が混じって咲く珍しい品種である。ソメイヨシノのように花弁が白ならば分かり辛いのだが、濃い紅色の花が密集して手鞠のように華やかに咲く様子から、よ~く見れば一重の花を見つけることが出来る。幹の太さは約3m、高さは約6mの大きく魅力的な桜の木であるが、突然変異種なので種子ができない。しかし桜守である佐野藤右衛門(さのとうえもん)親子が30年かけて1977年に苗づくりに成功し、父の15代目佐野藤右衛門が〝黒田百年〟と命名、その桜の苗木は昭和58(1983)年に大阪造幣局の〝桜の通り抜け〟に植樹されたことを機に、親木であるここの桜も〝百年桜〟として広く知られるようになっていったという経緯がある。ちなみに造幣局の〝桜の通り抜け〟に植樹されているものは私好みではないものが多い。理由は単純に〝種類が多過ぎる〟ことである。勿論〝桜並木の通り抜け〟という目的であれば素晴らしいのだが、入口で配られていた桜の〝品種一覧〟を見てしまうと、見落としがないかどうかに注意が向いてしまい楽しむことが出来なかった記憶があるからだ。そのような理由から〝黒田百年〟が単独で見られることは、一重の花探しを含め見るところが満載なので嬉しくなってしまう。基本大雑把な性格ではあるが、貧乏性なので〝見なきゃ損〟になってしまう私であった。
贅沢は言えないが今日は土曜日であるために花見客は多い。まだバスがある時間なのでハイキング客もいる。全景をカメラに収めたいのだが、どうしても人が映り込んでしまうのが残念だが仕方がない。黒田の百年桜とその子木、それに春日神社の鳥居を挟んだ場所にある〝松月〟という八重桜の品種がなんとも言えない良い雰囲気を醸し出している。ここでひとつ疑問に思ったことがある。植わっている場所を見る限り春日神社の境内だと思うのだが、あくまで黒田の百年桜は春日神社とは関係ないと言い張っている記述が散見する。まあどちらでも良いと言えばそれまでなので追求はしないが、実際にはどうなのだろうとふと思った私であった。
17:00のサイレンにビックリして過ぎ行く時間を再認識して出発する。ここからはGoogle Navyの〝表記場所〟を頼りに走って行くことにする。大堰川に架かる野山橋。ここを渡ったところに関西電力黒田発電所があるのだが、建物前にヤマザクラが植わっている。便宜上〝野山橋の桜〟としておくが、かなり立派なヤマザクラの木が植わっていた。ただこの場所は観光向けの仕様にはなっておらず、先に入った車が出て橋を渡らないと身動きが取れなくなる。この仕組みを理解できない車が入って来たお陰で往生したことはまた別の話となる。
この界隈には敢えて〝桜の木〟を探す必要はない数の桜が咲いている。強いて言うならば、その桜を〝撮る場所〟を探すことは必要である。山陵橋付近の料亭に咲くソメイヨシノは対岸から全景を捉えることが出来る。そう言った自分の〝センス〟で場所を探さねばならないのかとここで初めて気付いた私であった。
とにかく立寄地間の距離が短いために乗っては降りてを繰り返す。常照皇寺の開山は北朝初代天皇光厳天皇(上皇・法皇)である。鎌倉時代~南北朝時代という激動の世の中を生きた光厳天皇は、明治44(1911)年に明治天皇が自身の子孫であるにも拘らず世論の煽りを受けて南朝の天皇を正統とした結果〝皇統譜〟から除外され歴代天皇の地位を消失している。故に現在では〝光厳天皇〟は存在せず、光厳〝上皇〟と言う〝尊号(太上天皇号)〟が後醍醐天皇より贈られた結果、〝呼称〟のみが残っているのが解釈となる。最終的には2度の自身の皇位の否定をされるなど始終乱世に翻弄された生涯を送ることを余儀なくされた光厳法皇。出家後禅宗に帰依し、丹波国山国庄を訪れた際に同地にあった成就寺という天台宗の無住の寺に入り、これを改めて新たに開創したのが常照皇寺の始まりとされている。また当初は常照寺とも呼ばれていたという記録も残されている。光厳法皇は自ら庭園を作庭した以外にも景色を庭に見立て、寺の裏山を猿帰嶂、滝を白玉泉、山全体を万樹林などと名付けて十勝を選定したという。終の場所を得た法皇はその2年後に示寂、当地に葬られた。その後後花園天皇によって境内裏山の万樹林や小塩田260石等を寄進され庇護を得たが、天正7(1579)年に明智光秀による合戦に巻き込まれて焼失し一時衰退した。 江戸時代になってから後水尾天皇により復興された後に徳川秀忠から寺領として井戸村の50石を与えられた。そして記録によれば天明8(1788)年の時点で末寺7か寺を有していたとされている。
開山した光厳法皇も寺自身も時代の波に揉まれながらも今日に至っている。今日は既に閉山しているために門外からの眺めをカメラに収めることしかできないが、格式ある寺院にも拘らず〝侘しさ〟が漂う常照皇寺は、その歴史を飾らず現在に伝えているように思えてならない。派手なソメイヨシノではなく、地味ではあれど強い〝存在感〟を呈すヤマザクラが余計にそう思わせているのかも知れない。
そんな歴史に物思いを深めながら参道を往復し車に戻る。桜を抜きにして寺院そのものの価値を感じるのもありかと思いながら…。
常照皇寺から次の目的地に指定した〝弓削川の桜並木〟に向かうには、京北の中心部を経由した方が良いとナビは示した。その結果道の駅ウッディー京北前まで戻ってから旧道に入り、京北警察付近で右折するルートを取る。時間的には府道61号線で井戸峠を通りたかったがそこまでの希望は聞いて貰えないようだった。弓削川の両端に植えられた桜並木。ソメイヨシノのようだがまだ樹勢残っていた。正直なところ護岸工事がなされた川の両岸に桜が植わっているものなので、〝見せるもの〟にはなってはいない。ただ京都の田舎京北らしい場所ではあるので、この地を訪れたならば立ち寄って損はないかと思われる。
長居をする場所ではなかったので次の目的地を目指す。矢谷下橋上流の桜並木は同じ弓削川の少し上流にある場所で、川東側には〝桜トンネル〟のように木々が植わっており、その下でお弁当を食べたりもできる〝花見の場所〟でもあると記載されていた。ただこの辺りがGoogle Naviの曖昧なところで、たぶん訪れていた場所は〝矢谷上橋〟ではないかと思われるのだ。そうすれば矢谷下橋の上流に架かる矢谷上橋から見ると、矢谷下橋上流の桜並木は下流方向に位置することとなる。写真で見る限りでは下流方向左に広場が見えるのでそう思えるのだが、それだとナビの情報が間違っていることになる。まぁゆっくりと桜並木下を歩く余裕は時間的にないので、景色をカメラに収めて出発することにする。
次に向かったのは曹洞宗玉泉山福徳寺である。ここには樹齢400年と伝わるヒガンシダレザクラの〝かすみ桜〟が有名な寺院である。諸説あるが弓削寺の名前で奈良時代の和銅4(711)年に行基菩薩によって法相宗寺院として開山されたと伝わっている。聖武天皇の勅願によって作られたことから境内には七重塔が建立されるなど寺運も隆盛したようである。またあの〝弓削道鏡〟が七堂伽藍を創建したとも伝えられている。境内背後にある〝五輪塔(石塚)は、道鏡の墓とも伝わっている。しかし何かと〝下ネタ〟に絡む道鏡さん、ここでもやらかした記録が残っている。祈願のために春日明神を参詣し、そのお告げにより当寺にも祈願した。しかし三年の満願にも霊験がないとして、寺の仏像や経巻などを庭に放り、放尿するなどの乱暴狼藉を働いたとされている。天罰が下ったのか病に陥ったため懺悔したところ回復した。だが一時のようには戻らず故郷の河内に帰り養生していた時期に称徳天皇から宮中に召されたが、その頃の浮いた話以外に天皇に許しを得て、弓削寺に堂宇を建立し薬師如来を安置したという伝説が残っている。里人は堂を〝失尿堂〟と呼び、道鏡に因みこの地を弓削の庄と呼んだ。道鏡が流罪後亡くなると、人々は堂前に五輪塔を建て供養したという。まぁ墓なのか供養塔なのかはよくわからないが、それ程メジャーでない〝弓削〟という地名に引用された〝伝説〟を知り、妙に納得してしまった私であった。
弓削寺は応永3(1396)年に焼失し後に再建されたが、天正7(1579)年に明智光秀が周山城を築城する際堂宇が解体され、用材として使用されている。ちなみにこの際に五輪塔もしっかり供出されていることは言うまでもない。その後江戸時代に入り天和元(1681)年に永林寺2世住職であった居山桂宅が再興し、富春庵と称するようになる。現在の本堂は安永8(1779)年に火災で焼失後、翌年に再建されたものになる。その後明治15(1882)年に福徳寺に改称し、現在に至っている。寺宝が多く平安時代末期に製作された薬師如来座像、持国天立像、増長天立像が国指定重要文化財に指定されている。拝観は自由であるが、重要文化財保存庫の観覧は予約制となっている。
そんな境内に枝を伸ばすかすみ桜。樹齢400年という年月を感じられない程樹勢がある。福徳寺の石碑を覆う程の枝が垂れ下がり、参道階段がまさに〝桜トンネル〟になっている程の立派さがあった。境内外の墓苑前には桜の若木が植えられていた。まだ特徴が出ていないために詳細はわからないが、二世かと思われる。老木を労わり続けるのも限界がある。また樹勢が落ちてから株分けを試みるのも難しい。であれば樹勢があるうちに二世を育てようという試みは、多くの桜の銘木を持つ施設で試みられている。親木を見ながら子木が育つ…なぜか心が熱くなった私であった。
かすみ桜の勢いに押されて境内の参拝を忘れてしまったが、それ程素晴らしいものだったと気持ちを切り替えて次へと出発する。少し走った場所にある上中公民館。そちらの駐車場隣にある〝祇園夜桜の子桜〟は、なんと民家の軒先に植えられていた。白一重エドヒガンという品種は京都の桜の代名詞として知られる円山公園の中央に植わっている〝祇園の夜桜〟の子桜であり、桜守として高名な15代目佐野藤右衛門氏によって植樹され現在に至っている。円山公園の桜はどちらかというと〝白〟という印象だが、祇園夜桜の子桜は〝濃い紅色〟が特徴となっている。植えられた場所から昔ながらの里山の生活風景に溶け込みながら、この地で暮らす人たちを見守るように堂々と咲き誇る風格が魅力だと思える桜であった。ただ残念ながら本当の〝紅色〟は残念ながら薄暗くなっている空から窺い知ることは難しく、それなりの補正をかけた上での写真にしかならない。残念だがカメラの特性上仕方がないので諦めざるを得ない。また来年も来れば良いか~と気持ちを切り替え、京北最後の目的地を目指すことにした。
とは言え走るよりも歩いた方が早かった。その上〝祇園夜桜の子桜〟に行く前にライトアップに惹かれて先に来てしまった場所でもある。八幡宮社の出逢い桜と呼ばれる京都市内でも最大級と言われるシダレザクラの大木が目の前に聳え立っているといっても過言ではない。シダレザクラの根本に広場があり、そこに車を停めて桜を見上げる。ここを京北最後の場所にしたのは〝ライトアップ〟されている場所だと知ったからだ。ただシダレザクラの〝紅色〟というものは、ライトアップされるとその違いはほぼわからないことを知る。今まで〝ライトアップ〟に拘って夜の訪問に固執していたことは事実である。ただ風鈴や藤のライトアップといったものは、元来の色が濃いために〝浮き上がる〟といった感じがプラスされて良い感じであった。しかし〝儚さ〟すら感じる桜の色はそこまで濃い色ではないために、強い光が当たってしまうとどうしても〝白色〟と化し、ライトの色に染まってしまう。この〝出逢い桜〟も黄色くしか見えないのが残念だった。ただこのライトアップイベントは弓削自治会の方々の手によるものであり、勿論住民のためのものという意味合いもあるにしろ、その恩恵を観光客が受けているものであることは確かである。そんなありがたいことにケチをつけるものではない。結局のところ〝桜のライトアップ〟は、夜だけ来ても本当の良さがわからない。昼間に来てその花弁の色や樹木の雰囲気等を楽しんだ上で夜にも訪れる。そうして初めて〝すべての素晴らしさ〟がわかるものだと感じた。ただいくら京北の桜の見ごろが市街地よりも遅いといえど、次の休みは4日後…、良くて散り初めだということを考えれば、やはり来年再訪することが望ましいと思う。出逢い桜の名前は〝桜の下に集う人と人の縁を結ぶ桜〟という出来事からの話によるものらしい。その頃は桜の木の下で偶然に出逢った男女が結ばれ,縁を結んだ桜に感謝し,手を合わせたといったということらしいが、いつの頃からかカップルがこちらを訪れると幸せになれるという風に解釈されるようになり、夫婦や彼氏・彼女で訪れることが当たり前の〝聖地〟になってしまったようだ。まぁキャッチコピーにするにはそちらの方が…と思いながら、どちらとも縁がない私は次の訪問者が来たことと入れ替わりに出発することにした。
出発してから気が付いたことだが、この出逢い桜の正式名称は〝八幡宮社の出逢い桜〟という。つまり八幡宮の参道横に植えられている〝桜〟であることをすっかり失念しており、社号や鳥居を合わせた写真は勿論、景色も見て来なかった。夜桜を見に来た方の〝あるある〟だそうだが、駐車場が出逢い桜の下になっているために、足場のあまり良くない参道は歩かないらしい。戻っても良かったが京北へはまたの機会に訪れるだろうと踏まえ、予定の目的地へと移動することにした。
京北から西へと向かうルートは、ナビにしかわからないルート。山の中を通り抜けるが距離的には一番近い様だ。京都府道78号線を皮切りに府道を走り続け、南丹市を経て京丹波町へと入って行く。途中山陰本線や国道9号線と交差し、進むこと約30kmで本日の最終目的地となる〝曽根の大桜〟に到着する…筈なのだが、ライトアップされているからすぐに分かるとタカを括っていたところ、目的地に辿り着かない。Google Naviが指し示す場所はここであり、曽根の大桜自体が高さ約25m、枝幅は15mあるから見落とすものでもない。車が入れそうな道をグルグルと回るが、夜の眺望が効かない中ではヘッドライトが照らす場所しかわからない。走っているうちに何やら〝広場〟に続く道路を見つけ進んで行く。児童公園のような場所の奥に…曽根の大桜は植わっていた。確かライトアップは21:00迄のはず。その時間を考慮して京北を出発している筈だが…と時間を確認すると20:10。何かの都合で短縮されたのかと思いながらwebを開くと〝4月11日まで〟との文字が目に入る。今日は4月13日、単純にライトアップは終わっていた訳である。それならば京北でのんびりとしていれば良かったと思っても過去の話。来てしまったものは仕方がない。取り敢えず散り始めの桜をカメラに収めようとするも暗過ぎて何が何だかわからない。iPhone15Proのナイトモードも真っ暗闇では役に立たず、一か八かでフィルムカメラ+ストロボの組み合わせで撮影を試みる。しかし結果はすぐにはわからないため現像を待って1週間…。撮れてはいたが肝心の〝曽根の大桜〟は光量不足で画像修正をかけても良くわからない。仕方がないのでその手前に植えられていたソメイヨシノの写真を訪れた証拠として載せておくことにした。京北の〝八幡社の出逢い桜〟〝黒田の百年桜〟と並ぶ今回の代表的な目的地としていた〝曽根の大桜〟の花見は、このような形で終わりを告げることとなった。
仕方がないので滞在時間20分で帰路につくことにする。取り敢えず走りっぱなしだったため、道の駅京丹波味夢の里に立ち寄って、トイレと一服休憩を入れる。何か買い物でもしようか…とも考えたが、どうやら閉店時間が迫っているようで慌ただしかったためにすぐに出発する。国道9号線を京都に向かって進み、南丹市を経て亀岡市に入る。道中なんとなく見つけた〝ミニストップ 亀岡大井町土田店〟に立ち寄って飲み物を購入する。レジ奥を見るとどうやらmyタバコが販売されていることを知り、亀岡市に税金を納めることになるが購入する。少し走った場所にある〝JA-SSセルフ大井〟に立ち寄る。本来は事前に価格調査した〝エコノ亀岡SS / ナヴィ(株)〟を利用しようと考えていたが、営業時間を過ぎていたためこちらに立ち寄った。若干安いはずだったが166円/Lは界隈のスタンドとはそう変わらない価格。JAのスタンドは現金支払いとクレカ支払いとどちらが安いかはSSによりけりである。JA-SSセルフ大井がどちらだったかを確認はしていないが、まあガソリン残量を気にしながら走るよりは良いかと考え、満タン給油で3,801円をクレカ払いにして出発した。
そのまま自宅を目指すが買い物を頼まれていたことを思い出し、地元のスーパーマツモトうまほり店に立ち寄る。22:00迄の営業のはずであるが、15分前で既に〝蛍の光〟が鳴っていた。このあたりスーパー勤務者は反射的に〝終わり〟と感じる傾向がある。私も例に漏れなかったみたいで、商品を探すまでもなく出発することにした。老ノ坂トンネルを超えて京都市に戻って来ると、五条通を直進してそのまま国道1号線を走る。途中同じ用件で何度か立ち寄った〝出光セルフMK山科ボウル前SS〟で洗車をする。24時間洗車ができるのはメリットだが、水洗い500円とちょっと高い。おまけにタオルの貸し出しがないために、走行する風圧で水滴を飛ばさなければならない。とはいえ気温も下がった夜にそこそこのスピードで走っていると、気が付けば水滴は飛んでいる。大津に入ると後はナビ以上の地元ルートを走り、30分程で自宅に到着する。
今年は3月末から4月初旬にかけて寒い日が続き、場所によっては桜の開花が1週間程度遅くなった。それを踏まえて今回の〝桜巡り〟を計画したが、読みが甘かったと反省することも多々あった。やはりある程度〝準備〟をしておかないと、〝ハズレ〟をひくこともあると痛感した今回の旅路であった。
《終わり》
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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昼からの出発。
自宅 14:00(0.0km・0.0km・0.0km/h)京阪バス (大津エリア) 乗り物
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いつものローソンでナビのセット。
ローソン大津大平一丁目店 14:01(0.6km・0.6km・36.0km/h)
14:22 -
京都市高雄観光駐車場にて一息入れる。
高雄観光駐車場 15:38(33.3km・33.9km・26.3km/h)
15:47 -
読み通り京北の桜は少し開花が遅かった♪
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第一目的地の黒田の百年桜に到着した。右手は春日神社。
黒田の百年桜 16:24(28.9km・62.8km・46.9km/h)
17:04 -
黒田百年桜まつり、パンフレット。
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黒田の百年桜。
黒田の百年桜(謂れ書きより)
この桜は、ヤマザクラの突然変異で、十~十二枚の八重の中に一重が混じる珍種であり、紅色の大輪の花が手毬のように固まって咲く。幹回りは約3.1メートル、高さは約8メートル、樹齢は三百余年ともいわれている。
突然変異株のため趣旨はできないが、円山公園の枝垂桜などの桜守として知られる造園業の佐野藤右衛門親子が、昭和五十二年(一九七七)約三十年に及ぶ執念により苗づくりに成功し、父の十五代目佐野藤右衛門氏がこの幻の品種を「黒田百年」と命名した。
昭和五十八(一九八三)には、造幣局の桜の一般公開「通り抜け」百年を記念して、若目二本が同局内に植樹され、この親木も「百年桜」として広く親しまれるようになった。
京都市 -
黒田の百年桜。こちらは八重。
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黒田の百年桜。
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黒田の百年桜。
天上の木
京都市右京区京北宮町「黒田百年桜」…と書かれていた。 -
黒田の百年桜。
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黒田の百年桜 with たかティムさん。
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黒田の百年桜。
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黒田の百年桜。中心が一重のもの。
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黒田の百年桜と百年桜石碑。
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黒田の百年桜、奥には春日神社が鎮座している。
春日神社由緒書
御祭神
・健御賀豆知命
・伊波比主命
・天之子八根命
・比売神
山紫水明のこの地は、古代より藤原氏との関係が深く、奈良の春日大社のご祭神を勧請して、宮野大明神として創建され、今年(平成24(2012)年)で千年を迎えました。長和2(1013)年の桓武天皇の平安遷都に伴い、当地は禁裏御料地となり、平安京の御造営には大量の木材が筏により都へ運ばれました。その事により、林業が飛躍的に発達し、明治の時代に私有地化してからも昭和40年代までの永きに亘り、恵み多い郷として栄えてきました。
又、明治42(1909)年には、黒田発電所が建設され、都へ電気送る一大事業がなされ、黒田の地に京都府下初のトンネルも開通し、歴史にその名を残してきたのです。
本殿は、京北では数少ない三間社造りで、鎌倉時代(1265年)に皆造営され、花の元禄16(1703)年に現在の本殿が造営されました。
江戸時代の1723年に春日大明神(正一位)、明治16(1883)年に春日神社と公定された。
昔から都へ十里と遠く、この地で大社のお詣りが出来る小宮さん十一社と稲荷山に正一位稲荷大明神をお祭りし、朱の鳥居を連ねています。
宝蔵は建武四年と古く、市文化財に指定されています。
近年は幻の珍種と詠われる「百年桜」の人気が高く、大変なにぎわいとなります(四月下旬)。
境内には、生命力をいただく紅梅や松月桜が立派です。
京都市指定有形文化財
春日神社宝蔵 一棟
京北地域の神社には、経典や掛け軸を収めるための小型の板蔵(板壁の蔵)がいくつか残っている。建武四年(一三三七)建立の春日神社宝蔵は、京北地域で確認できる現存最古の遺構で、かつて大般若経六百巻と十六善神像が収蔵されていた。
当宝蔵は、桁行一間(幅1.98メートル)、梁間一間(奥行1.98メートル)、屋根は切妻造(本を伏せたような山形)で、杉皮葺をカラー鉄板で覆っている。土台や柱など主要部材にクリ材が多く使われていること、板壁の外側が格子組となっていることなど、材料や構法に珍しい点が見られる。屋根などは後世に改造されているが、全体に元の古い材がよく残っている。
春日神社宝蔵は、京北地域における現存最古の珍しい形式を持つ板倉として貴重である。十四世紀に遡る板倉は、京都市内においても希少であり、極めて重要である。
平成二十二年四月一日指定 京都市 -
黒田の百年桜。
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黒田の百年桜。こちらは八重。
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黒田の百年桜、つぼみ。
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17:00のサイレンの音にびっくりした。そろそろ出発しよう。
黒田の百年桜 16:24(28.9km・62.8km・46.9km/h)
17:04 -
大堰川に架かる野山橋を渡ったところにある桜。これもヤマザクラ。
野山橋の桜 17:04(2.1km・64.9km・42.0km/h)
17:07 -
野山橋の桜。
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それでは出発する。
野山橋の桜 17:04(2.1km・64.9km・42.0km/h)
17:07 -
山陵橋近くの料亭に咲く桜。こちらはソメイヨシノであった。
所在地:井戸町 山陵橋周辺
形態:桜群 5本
橋を渡ると目の前に広がる桜群
山陵橋の桜 17:14(4.0km・68.9km・34.3km/h)
17:17 -
常照皇寺入口に到着。
常照皇寺門前の桜 17:18(0.1km・69.0km・6.0km/h)
17:21
https://youtu.be/_cVnGYESeIc -
閉山しているが常照皇寺付近を歩いてみる。
常照皇寺 17:22(0.4km・69.4km・24.0km/h)
17:41 -
常照皇寺、山門。
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常照皇寺の桜。
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常照皇寺、堂宇。
常照皇寺 寺・神社・教会
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常照皇寺の馬酔木。
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常照皇寺の馬酔木と参道。
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常照皇寺、下り参道。
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常照皇寺、門前の桜は〝丸山しだれ桜〟。
所在地:井戸町 常照皇寺前
形態:一本桜
桜の名所「常照皇寺」の寺門前で人々を出迎えるシダレザクラ -
常照皇寺、門前の桜は〝丸山しだれ桜〟。
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それでは常照皇寺を後にする。
常照皇寺 17:22(0.4km・69.4km・24.0km/h)
17:41 -
暫く走り、弓削川の桜並木に到着する。
弓削川の桜並木 18:00(10.1km・79.5km・31.9km/h)
18:05 -
弓削川の桜並木。
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弓削川の桜並木。
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弓削川の桜並木、種類はソメイヨシノ。
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弓削川の桜並木、種類はソメイヨシノ。
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弓削川の桜並木、種類はソメイヨシノ。
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弓削川の桜並木、種類はソメイヨシノ。
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弓削川の桜並木、種類はソメイヨシノ。それでは移動する。
弓削川の桜並木 18:00(10.1km・79.5km・31.9km/h)
18:05 -
矢谷下橋上流の桜並木に到着。
矢谷下橋上流の桜並木 18:11(3.8km・83.3km・38.0km/h)
18:14 -
矢谷下橋上流の桜並木。
所在地:下弓削町 矢谷下橋上流
形態:桜並木 80本
弓削川を桜色に染める桜並木 -
矢谷下橋上流の桜並木。そろそろ出発するとしよう。
矢谷下橋上流の桜並木 18:11(3.8km・83.3km・38.0km/h)
18:14 -
福徳寺に到着。参道階段は桜に覆われている。
福徳寺 18:18(1.4km・84.7km・21.0km/h)
18:35福徳寺 (京都市右京区) 寺・神社・教会
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福徳寺門前の桜とたかティムさん。
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福徳寺の桜は一重のヒガンシダレザクラ。
京北町指定文化財(天然記念物)
福徳寺のサクラ
樹種/サクラ
形態/単木
幹周(胸高)二五五cm
樹高/八m
推定樹齢/三八〇年
平成九年七月八日指定
「かすみ桜」の愛称で親しまれているこの桜は、一重のヒガンシダレで三八〇年前に移植されたとの伝説をもっている。古くから地域の人に親しまれ、寺のシンボル的な存在となっている。
平成一〇年三月 京北町教育委員会 -
福徳寺のヒガンシダレザクラ。
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福徳寺のヒガンシダレザクラ。
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福徳寺のヒガンシダレザクラ。
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福徳寺のヒガンシダレザクラ。
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福徳寺のヒガンシダレザクラ、二世。
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福徳寺のヒガンシダレザクラ、二世。
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福徳寺のヒガンシダレザクラ、二世。
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福徳寺のヒガンシダレザクラ。
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福徳寺のヒガンシダレザクラ。
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福徳寺のヒガンシダレザクラ。
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福徳寺のヒガンシダレザクラ。
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それでは先を急ごう。
福徳寺 18:18(1.4km・84.7km・21.0km/h)
18:35 -
上中公民館駐車場に車を停めた。目的は祇園夜桜の子桜だが、駐車場の脇には紅シダレザクラが咲いていた。
祇園夜桜の子桜 18:38(1.5km・86.2km・30.0km/h)
18:46 -
イチオシ
上中公民館駐車場脇の紅シダレザクラ。
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祇園夜桜の子桜。
所在地:上中町 上中公民館近く
形態:一本桜
円山公園のシダレザクラ
「祇園の夜桜」の子桜
桜守「第15代目佐野藤右衛門」植樹 -
イチオシ
祇園夜桜の子桜。
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祇園夜桜の子桜。そろそろ出発する。
祇園夜桜の子桜 18:38(1.5km・86.2km・30.0km/h)
18:46 -
そして京北のラスト“八幡宮社の出会い桜”に到着する。
八幡宮社の出会い桜 18:47(0.4km・86.6km・24.0km/h)
19:22 -
八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
所在地:上弓削町 八幡宮社参道
形態:一本桜
大らかに枝花を広げるシダレザクラの大樹
桜の木の下に集う人々の縁を結ぶ
通称「出逢い桜」 -
八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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八幡宮社の出会い桜 with たかティムさん。
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八幡宮社の出会い桜 with ライトアップ。
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それでは京北を離れるとしよう。
八幡宮社の出会い桜 18:47(0.4km・86.6km・24.0km/h)
19:22 -
京丹波町の曽根の大桜に到着したが…。
曽根の大桜 20:05(30.9km・117.5km・43.1km/h)
20:25 -
なんとライトアップは4月11日で終わっていた…。仕方がないので出発する。因みに後方にある落花した巨木が曽根の大桜である。
曽根の大桜 20:05(30.9km・117.5km・43.1km/h)
20:25 -
道の駅駅京丹波味夢の里に立寄って、トイレと一服タイムをとる。
道の駅京丹波味夢の里 20:29(1.4km・118.9km・21.0km/h)
20:43道の駅 京丹波 味夢の里 道の駅
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同じく一服タイムをミニストップ亀岡大井町土田店で取る。我がタバコが購入出来る数少ないお店であった。
ミニストップ亀岡大井町土田店 21:14(22.7km・141.6km・43.9km/h)
21:22 -
値段調査の結果で立ち寄りを決めた〝JA-SSセルフ大井〟。
JA-SSセルフ大井 21:24(0.6km・142.2km・18.0km/h)
21:30 -
166円/Lは高いなぁ~。
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洗車が終わっていたので、給油のみ済ませて出発する。
JA-SSセルフ大井 21:24(km・142.2km・km/h)
21:30 -
買い物を頼まれたので地元スーパーに立寄るが、蛍の光が鳴っており、落ち着かないので早々に退散した。
スーパーマツモトうまほり店 21:45(6.5km・148.7km・26.0km/h)
21:48 -
洗車だけのために立寄った出光セルフMK山科ボウル前SS。24時間洗車はできるが、料金が高めである。
出光セルフMK山科ボウル前SS 22:29(23.3km・172.0km・34.1km/h)
22:45 -
ド田舎バス停を経て無事自宅に到着した。
田舎のバス停 23:10(14.9km・186.9km・35.8km/h)
23:12
自宅 23:13(0.2km・187.1km・12.0km/h)京阪バス (大津エリア) 乗り物
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なにげに関西街歩きの旅~令和6(2024)年~
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