2023/04/17 - 2023/04/27
5554位(同エリア5952件中)
おやじさん
名古屋の玄関口、名駅から東方向に鎮座し、徒歩圏内で行ける神社を巡って来ました。
白龍神社から堀川を渡り、若宮大通り沿いの洲嵜秋葉神社、日出神社など参拝し一区切りとします。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 2.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
-
中村区名駅南1に鎮座する白龍神社から堀川右岸沿いを新洲崎橋方向に10分程南下します。
このあたりは駅前の雑踏とは程遠く人通りは多くはありません。
やがて左側に銅葺屋根の社が見えてきます。
表通りの人や車の賑わいとは別世界の様に静かな堀川沿いにポツンと鎮座するのが津島社です。
名古屋城築城に伴い慶長15年(1610)福島正則により開削された堀川。
神社創建は定かではないですが、本殿域に再建された際の石碑があり、文久2年(1862)と刻まれており、堀川の発展とともに築かれたものでしょう。
こちらの神社は洲崎神社の管轄らしく、現在も年二回(正月、天王祭)祭礼が行われているようです。
『津島社』
御祭神 / 牛頭天王、須佐之男命
創建 / 不明
住所 / 名古屋市中村区名駅南2丁目1-13
さて次は新洲崎橋に向かいます。 -
津島神社から堀川を下っていくと堀川に架かる新洲崎橋が現れます。
上の写真は新洲崎橋の中ほどから対岸の洲崎神社方向の眺め。
何の変哲もない護岸ですが、橋を渡った左側に下の写真の解説板が立てられています。
ここは「御船手役所跡」と呼ばれ、尾張藩の尾張・伊勢・志摩・三河の海の防衛拠点となった場所と云われています。
所在地 / 名古屋市中区栄1-19-36 -
解説板の前は堀川沿いの木挽町通り、通りを渡って東に歩き出すとすぐ左に洲崎神社が鎮座します。
想像できないかもしれませんが昔は神社の前が船着き場。
嘗て海岸線はこの辺りまで迫っていました、この近くには洲嵜秋葉神社も鎮座します。
社名の「洲崎」や「洲嵜」、旧町名の洲崎町、その名からして海辺から続く洲の先っぽに位置していたことが窺われます。
今では目の前を若宮通りが東西に続き、南を眺めてもビルが立ち並び海岸線は遥か先に。
洲崎神社の社地はさほど広いとは言えません。
名古屋城築城以前は現在の栄1丁目全域を社地とし、落葉樹の生い茂る広大な境内だったようです。
それも名古屋城築城と堀川掘削を期に縮小の一途を辿ったのでしょう
往時の名残を残す樹齢を重ねた大きな木の先には鳥居と拝殿が見えている。 -
洲崎神社境内には石神様、道祖神、白龍社など多くの神様が祀られており、特に面白いのが石神様。
手前の小さな鳥居があり、その下を腹這いになってくぐり抜け、神橋?を渡って洲崎道祖神に参拝するのが習わしで、交通安全に御利益があるそうです。
洲崎神社
創建 / 859-877年(貞観年間)
主祭神 / 素戔嗚尊、石神
境内 / 末社
白龍社、英霊社、泰産社・弥五郎社相殿、泰産社・弥五郎社相殿、
秋葉社・稲荷社相殿、住吉社・船玉社相殿
住所 / 名古屋市中区栄一丁目31番25番地 -
洲崎神社から若宮大通りの南側の歩道を東に向かって進みます。
写真は防災目的の若宮大通(100㍍道路)と名古屋高速、洲嵜秋葉神社はこの通り沿いに鎮座しています。 -
若宮大通り沿いに社頭を構える「洲嵜秋葉神社」
社地は洲嵜どんぐり広場の一画にあり、広場には桜の樹が植えられ、春には殺風景な街並みに彩りを添えてくれる。
この歩道を5分程行くと、同じように通り沿いに鎮座する日出神社も近い。
若宮大通の建設にともない、周辺の住居や社寺は移転を余儀なくされた事だろう。 -
社頭全景。
北側に鳥居を構え右側に「洲嵜秋葉神社」の社標(1921年寄進)が立つ。
この社標側面には「皇太子殿下御外遊記念」と刻まれています。
門の扉には葉団扇の紋が施されている。 -
歩道から本殿の眺め。
北向きの社頭ですが本殿は東を向いて祀られています、社頭の扉は閉ざされており隣のどんぐり広場へ。 -
どんぐり広場から本殿の眺め。
本殿両脇に大きな石碑があり中央に神明造の本殿。
本殿前に一対の常夜灯があり、社地を取り囲むフェンスには扉が設けられています。 -
鰹木は6本?で内削ぎの千木が施されたもので、境内に狛犬は見当たりません。
祭神は軻遇突智命。
限られたスペースの社地ながら氏子の方々の手入れは行き届いています。 -
右の石碑は修築遷座碑とあり、その下に昭和廿十一年(1946)と刻まれているのか?
終戦の翌年に修築遷座されたようです。 -
狛犬を探していたところ、境内左に石碑を見付ける。
「戦災復興都市計画事業による百米道路建設に伴い此の地に鎮座 昭和37年7月」と刻まれていました。
二つの碑文からすると神社は短期間で二回遷座しているのだろうか。
どこから移って来たかとなると、やはり100㍍道路が起因しているのだろう。 -
詳細は分からない洲嵜秋葉神社ですが、戦災や都市開発の荒波に揉まれながら漸く見つけたのがこの地。安住の地が与えられ、この地の禍除けの神として氏子達に護られている。
バスや車の車窓から目にしながら訪れる機会がなかったが漸く訪れることが出来た神社。
賽銭箱が見当たらず、参拝だけさせてもらいましたが、賽銭の有無で差別するような神さまではないだろう。
洲嵜秋葉神社
創建 / 不明
祭神 / 軻遇突智命
所在地 / 名古屋市中区大須1-5
洲崎神社から洲嵜秋葉神社 / 若宮大通りを東へ5分 -
洲嵜秋葉神社から東に10分程の白川公園南側にあたる若宮大通り沿いに鎮座する「日出(ひので)神社」。
-
若宮大通沿いから見る社頭。
いかにも街中の神社。
幾度となく車窓からこの神明鳥居を眺めて来たが、こちらが正参道と信じ込んできたが、訪れて初めて知ったが正参道は東側にあり、こちらは脇参道だった。
鳥居右に社標が立っています、歩道を行き交う人は多いが神社を訪れる人の姿は皆無だった。 -
脇参道から境内へ、右手に手水舎、社殿。
北側以外の周囲はビルが取り囲み、この一画だけが時間の流れから取り残された様だ。
神域に聳える巨大な銀杏の樹がその歴史を語っているよう。
この神社が鎮座する場所は、遥か昔の5世紀から6世紀頃の古墳時代に築かれた古墳「日出神社古墳」の上に鎮座しています。
社殿はこんもりと盛られた高みに鎮座し、今の姿から丸い形の円墳の様に見えますが、実は前方後円墳の後円部だといいます。
神社が鎮座するお陰で神域部分の後円部は開発を免れたようです。
発掘調査もされていないようで、教育委員会の解説も掲げられていなかった。 -
社殿正面全景。
左右の燈籠は1880年(明治13)に寄進されたもので、柔らかい曲線を描く竿が印象的。
鳥居は神明鳥居で鳥居後方の左右に旧社標が残されています。
右に神明社、左に愛宕神社といろいろな事情がありそうだ。
境内から拝殿周囲に回り込めず本殿を見ることが出来なかったが、拝殿をこうして見ると後円部の高さがよく分かります。 -
拝所から見上げる社殿。
古墳の上に神社が鎮座する姿は特に珍しいものではない。
個人的にそれらは代々語り継がれた伝承などから意図して建てたもので、「ここが高いぞ、ここに決めた」的な安直な考えで動くのはおやじくらいなもの。
この古墳を守るように鎮座する「日出神社」、その創建がいつ頃か気になるところ。 -
拝殿は切妻平入で手前に狛犬が守護し、拝殿額は「日出神社」と記されている。
石段に続く扉は閉ざされ狛犬の表情などこれ以上寄れなかったが、狛犬の視線は空に向けられているようにも見える。
社頭の由緒書きには「もとは愛宕社と称し、1879年(明治12)に日出町38番に鎮座した神明社(旧称天道宮)及び境内の宗像社、白髭社、香良須社合殿の二社を合祀し日出神社に改めた」とあった。
更に愛宕神社と神明社(旧称天道宮)は清州(朝日)から遷座したものだと云う。
時期は1610年(慶長15)、家康による清州越しだ。
清州越し以前の古墳があるこの地は?となると由緒には記されていない。
尾張史や尾張名所図会など目を通して見るも由緒にある「清州越し」に結びつく記述は見つからず、古墳の状況も分からない。
ただ言えるのは、変貌著しい激変の時代から古墳を守ってきたのがこの神社なのは間違いない。 -
境内左が社務所、こんもりの上の拝殿も十分高いが、境内の樹々は周辺のビルと引けを取らないほど立派なもの。
日出神社の社殿は1909年(明治42)に改修され、1945年(昭和20)空襲により焼失。
1959年(昭和34)に本殿、1970年(昭和45)に拝殿が復興されたもの。
境内の燈籠や正参道の狛犬などは空襲を掻い潜ってきた戦争の目撃者と云う事だ。 -
こちらに遷座した頃の愛宕神社の祭神は「愛宕大権現」、それもあの神仏分離により、祭神を「軻具突知命」としています。
正参道を守護する狛犬は1922年(大正11)に寄進されたもの、びっくり眼でふくよかな容姿は可愛いものがある。
可愛い彼らもここで空襲を経験している、燈籠もそうだったが一部にすすのような黒ずみが見える。
欠損はないものの、人の愚かさとそれがもたらす悲惨な結果に驚きを隠せない、そんな眼をしているように見えてならない。
境内に「國威宣揚」の石柱もあるが敢えてここには載せません。
そうしたものを立てなくてもいい世界でいてほしい、黒ずんだ狛犬は何かを訴えている。 -
正参道入口の由緒書き。
「祭神 軻遇突智命、天照大御神、月夜見命、宗像大神、猿田彦命、稚日女命
由緒 本神社はもと愛宕社と称し、明治12年日出町鎮座の神明社(旧称天道宮)及び同一境内宗像社、白髭社、香良須社合殿の二社を合祀して日出神社と改めた。
愛宕神社は天道宮と共に清州に鎮座したが慶長15年、名古屋城築城の際、現地に移された。
例祭 10月15日
五柱 社祭神 素戔嗚尊、応神天皇、宗像大神、加茂大神、軻遇突智命
吉備 社祭神 吉備真備命
日出神社」 -
境内東側から社頭全景。
こうして見る日出神社、ビル群の一画にあってタイムマシンの様に昔の面影を留めている。
この筋はまず車で通る事はないだけに、この姿を知らないのは当然と云えば当然か、次回大須を徘徊する際はこちらから訪れる事にしよう。
2022/01/09
日出神社
創建 / 不明(1610年(慶長15)清州より遷座)
祭神 / 軻遇突智命、天照大御神、月夜見命、宗像大神、猿田彦命、稚日女命
所在地 / 名古屋市中区大須2-3-17
日出神社から最寄り地下鉄駅 / 南東に5分程の伏見通に鶴舞線「大須観音」駅があり地下鉄のアクセスは近い。
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