2023/07/09 - 2023/07/14
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薔薇の咲く庭さん
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この旅行記のスケジュール
2023/07/12
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この旅行記スケジュールを元に
フォートラベラーのMさんが投稿された旅行記で小樽運河の夜景がとてもステキだったので、連続して3回目になりますが北海道へ行くことにしました。某事情でANA航空券を購入する必要があったことも理由の一つです。
ずいぶん前に、母と二人の息子たちと小樽、札幌、支笏湖には行っています。景色にその後変化はないと思いますが、見ている私は変化しています。連続して3回目に行く登別です。登別伊達時代村という場所が気になったので行ってみることにしました。
この旅行記は第四日目の小樽の芸術村をめぐり、運河クルーズをして、夜に目的の小樽運河の夜景を写真に収めた日の記録です。とてもスローペースで旅行記を書くのは、私にとっては1日1日がとても大事な日なのです。
かって耳管開放症で三か月間、全く外出ができない日が続きました。二度と飛行機に乗ることはできないかと思う日々でした。それから復活して旅行ができる幸せを噛みしめながら旅行記を書いています。
日程
7月 9日 ANA063便 登別第一滝本館
7月10日 登別伊達時代村 登別第一滝本館
7月11日 小樽運河 ホテルソニア小樽
7月12日 小樽芸術村 小樽運河 ホテルソニア小樽
7月13日 白い恋人パーク 北海道大学ポプラ並木 サッポロビール園
札幌プリンスホテル
7月14日 ANA4724便
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 交通手段
- 船 ANAグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ホテルソニア小樽の朝食はとてもおいしかったです。特に印象に残ったのはニシンをゴマが入ったドレッシングで和えて調理されたものでした。ニシンの生は小樽のように限定した地域でしか食べることができません。
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朝、窓の外に見える小樽運河の景色です。車が1台も通っていません。今日は天気になりそうです。夜景が期待できます。
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この部屋は、正面が小樽運河に面していて、窓枠が額縁のように見える景色の良いお部屋です。
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早朝の浅草橋の所には誰もいませんでした。昨日の景色とはまるで違う場所のようです。
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今日は、小樽芸術村の西洋美術館など4つの美術館を回ることにしました。
初めて知った情報ですが、これらの小樽芸術村を運営しているのはニトリグループでした。ニトリと言えば家具で有名です。
西洋美術館は大正14年に建てられたそうです。旧浪華倉庫を活用して1880年代から1920年代にかけてのステンドグラスや家具、彫刻、ガラス作品や陶磁器などの美術、工芸品を多数展示しています。旧浪華倉庫(小樽芸術村 西洋美術館) 美術館・博物館
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入ってみると、画面いっぱいにランプが飾られていました。あまりにも見事なランプなので見とれます。
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特にこのランプが素晴らしいと思いました。2羽の鳥が描かれています。
ランプの美しさに触発されて、この後に行った八ヶ岳にある私の山荘のダイニングルーム兼居間用に新しいランプを1つ買いました。薔薇の模様です。
芸術作品を見ると、感覚が磨かれると思います。 -
ニトリは家具のメーカーなので、家具を収集して展示していました。「アールヌーボーの間」です。アールヌーボーはフランス語で新しい芸術の意味だそうです。
1880年代から1900年頃欧州を中心に流行した洋式。 -
家具の1つに違い棚になっているものがあり、なんとなく日本的な感じがしました。
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次は「アールデコの間」です。1910年代から1930年代に流行したスタイルで、黒のソファーセットは全てオリジナルで保存された貴重品だそうです。
同じ居間でも、全く違う雰囲気になるので、置かれた家具がいかに重要かが分かります。 -
アールヌーボーのベッドとクローゼットです。フランスの建築家、家具デザイナーの作品です。ニトリは家具のメーカーなので詳しい説明が付けてられていました。
建築家と家具のデザイナーが両立するところがとても面白いです。 -
マラカイトの間と呼ばれています。緑色に輝くテーブルの天板は、ロシアの貴族も愛したと言うマラカイト(クジャク石)でできています。
クジャク石はとてもきれいな色だと思います。 -
「ロココ調 ペインティング家具とメダリオンの間」と表示されていました。
置かれている家具の雰囲気で、随分違いますね。ロココ調は私はあまり好みではありません。 -
リンケの間
特に解説はありませんでした。 -
「ルイ16世スタイルの間」だそうです。18世紀後半ルイ16世の治世に流行した簡素で端正な装飾様式の家具です。
マリーアントワネットとルイ16世はフランス革命で知られていますが、簡素な家具を使っていたのですね。 -
順路に従って歩いて行くと、またもランプが展示されていました。どのランプも素敵ですね。
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その中でも特にこのランプが素敵だと思います。
作者を見て驚きました。「ガレ」でした。 -
次のケースに展示されていた花器の作者は何とドーム兄弟です。
アールヌーボー様式の優美な作品を次々と世に送り出しました。強いメッセージを放つガレの作品とは異なり、万人に好まれる美しさです。 -
解説です。
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このステンドグラスは、睡蓮とアイリスと言う題がついています。アールヌーボーを代表する作家の1人のジャッククルベールによる作品だそうです。パネルの左下に本人のサインが入っているそうですが、写真は小さくてよくわかりません。
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この西洋美術館にはギリシャの工芸品も展示されていました。
クラテールいう名前の陶器です。古代ギリシャでは、ぶどう酒を飲む際に、水で割る習慣があったそうで、クラテールはぶどう酒と水を混ぜるために用いられました。
突然ギリシャの陶器の展示が現れて驚きました。 -
見事なステンドグラスです。題名は「キリストの生涯聖母マリアの生涯」
ベルギーのソフィーバラ教会の窓を飾っていた作品だそうです。聖書に触れる機会の少なかった人々にも視覚的に物語を理解できるように、わかりやすい表現と明るい色調で構成されています。 -
このステンドグラスの題名は、「博士たちとの神学問答」
12歳のイエスが過越祭で、両親に連れられてエルサレムに行った時、1人神殿に残り、三日間ユダヤ教の律法学者達と問答をしている場面だそうです。 -
このステンドグラスの絵は有名です。最後の晩餐です。
イエスが弟子達と取った過越祭での最後の食事の場面です。ヨハネの福音書に書かれた内容を元にして描かれています。 -
この西洋美術館は天井を見上げてみると驚きます。旧浪華倉庫だった昔の時代のはりがそのまま残されているからです。上手に活用しましたね。
この倉庫の中には、一体何が保存されていたのでしょうか? -
見上げるとこんな感じです。
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展示会場はこのような様子です。
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ステンドグラスの説明がありました。
ガラスに酸化鉄を主原料とした顔料で絵付けをし、600℃程度で焼成して色を焼き付けた作品のことだそうです。古典的な技法とアールヌーボーのステンドグラスとは技法が違います。アールヌーボーはエマイユ(七宝顔料)を使って1枚のガラスに多くの色を表現しているそうです。 -
エマイユ技法についての説明もありました。
16世紀中頃からステンドグラスに使われるようになった顔料のだそうです。
ガラスの粉と酸化金属で構成されていて、焼成温度や不純物の影響を受けて変色するそうです。焼成温度の高い色から低い色の順に数回の焼成が必要となります。 -
エマイユの色見本がありました。
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なるほど焼成温度によって色が変わるのですね。高温の方は水色になり、低温の方は濃いブルーになります。高い温度から焼く必要があることがわかります。
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アイリスの絵付けで説明がありました。
単色で下絵を最初に描きます。600℃で焼成するそうです。 -
次に単色で陰影を描いて再び600℃で焼成します。
3番目に濃い色で、焼き表面に青、黄緑のエマイユを練ります。 -
4番目にオレンジ色のエマイユを塗ります。580℃で焼成します。
5番目に花びらに青紫のエマイユを塗り、やはり580℃で焼成します。
余談ですが、600℃から580℃に温度を下げる技術はすばらしいですね。私は600℃で二酸化物の焼成を経験したことがありますが、温度の設定が大変難しいのです。 -
6番目に花びらに青紫色のエマイユを塗ります。580℃で焼成します。
そして最後に花びらの先に紫のエマイユを塗ります。560℃で焼成して完成するそうです。なんと6回も焼成をしています。大変な作業ですね。
第一600℃から580℃、560℃の温度を一定に保つ事は、大変な努力が必要だと思いました。 -
このほかにも腐食技法と言う方法があったそうです。
フッ化水素酸でガラスを溶かす技法です。グラデーションや服の装飾ボタンなど、小さな部分の表現に使われていたそうですが、やがてアールヌーボーの作家たちによって、多用されることになります。 -
腐食の実験の説明もありました。腐食させる時間を3分30秒ずつ少なくした場合、写真のようなグラデーションを作ることができたのです。素晴らしい技法ですね。
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腐食技法による表現の解説もありました。
睡蓮の制作工程です。
1番目にガラスをカットします。 -
花の下に重ねるガラスを用意するそうです。
溶かさない部分に保護シートを貼って、溶かす部分をフッ化水素酸で腐食します。 -
4番目に端の輪郭を単色の黒で描きます。花芯の裏面に色をつけます。ここで600℃で焼きます。
5番目にグリザイユの単色で陰影を描きます。花芯の裏面に色をつけて600℃で焼成します。 -
6番目に花びらの裏面に緑のエマイユで影を描きます。580℃で焼成。
最後に睡蓮の端をグリザイユで描いて600℃で焼成。
葉の部分と花の部分とでは、焼成温度が違うので、重ねて組み立てして完成させます。ずいぶん手が込んでいるんですね。
作品の部分部分によって焼成する温度が違うので、最後に組み合わせなければならないのです。 -
マイセン磁器の解説です。
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西洋美術館には2階の部分あり、マイセン磁器が展示されていました。
たくさんありましたが、割愛します。この花器の名前は「金彩色絵花づくしポプリポット」という名前です。
マイセンの食器は私は好きな食器です。長男に案内してもらって、ドイツを旅行した時にベルリンのマイセンのお店でコーヒーカップを2組買い、割れないように機内持ち込み手荷物で日本まで、持ち帰りました。大事なお客様にはそのコーヒーカップを使っています。 -
このように、たくさんのマイセンの磁器が展示されていました。驚きました。小樽の西洋美術館の展示物の多さに。
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これは「飾り壺 4大元素」と言う題名で展示されていました。ものすごく細かなところまで精巧に作られています。
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西洋美術館を後にしました。
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西洋美術館は小樽運河の浅草橋の反対側にあるので、再びここに出てきました。
朝とは違って、たくさんの人で賑わっています。運河クルーズをお勧めします by 薔薇の咲く庭さん小樽運河 名所・史跡
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次はステンドグラス美術館(旧高橋倉庫)に行ってみました。美術館は全部で4カ所あります。
19世紀後半から20世紀初頭にイギリスで制作され、実際に協会の窓を飾っていたステンドグラス約100点を展示しています。本物があるので驚きです。
なぜ、イギリスの教会にあったステンドグラスが小樽にあるのかがとても不思議でした。
解説を読むと、約100年前の小樽の最盛期と同じ頃にイギリスで制作されたステンドグラスは20世紀後半に、人々の教会離れや、街の再開発などによって、いくつもの教会のものが取り壊されだそうです。
ステンドグラスは窓から取り外されて日本へ運ばれてきたそうです。
イギリスでも、日本の廃仏毀釈のようなことが起きていたのですね。小樽芸術村 美術館・博物館
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ステンドグラス美術館のどのステンドグラスのは大変大きくて迫力があるものでした。
これは1906年にイギリスで作られたステンドグラスです。
左から信仰、慈善、希望を擬人化した女性で描いています。
私は1番右の希望のステンドグラスが好きですね。
この3つの中では慈善が1番大切なものとされ、中央に描かれることが多いそうです。見応えのあるステンドグラスを真近かで見られます by 薔薇の咲く庭さんステンドグラス美術館 (旧高橋倉庫) 美術館・博物館
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このステンドグラスの題名は「幼子よ我に来れ」です。
母親たちが我が子を祝福してもらおうとイエスのもとに集まってくる場面だそうです。イエスはその様子を優しく見守っています。
日曜学校で、子供の教育に力を入れていた方が、妻の死を悼んで教会へ寄進したそうです。 -
このステンドグラスのタイトルは慈善です。
新約聖書に書かれた人のするべき善き行いをテーマとしているそうです。
左上のパネルは飢えていた時に食べさせ、その下は喉が乾いていた時に飲ませ、中央下は、道に迷えば招き入れる。右上は、病気のときには見舞い、下は裸のときには着せると言う場面を表しているそうです。善き行いを進めるために制作されたそうです。 -
このステンドグラスはパーツしかありませんでした。
よく見ると、アルファベットのIHCと書いてあります。これはイエスを表す文字記号だそうです。 -
イエスの弟子のユダが裏切りによって得た銀貨30枚を表しています。
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このステンドグラスの題名は「マギの礼拝」です。イエスキリストが生まれたことを知らせる星が左から2番目のパネルの空に輝いています。この星を見た東方の博士たちは、イエスを礼拝するために贈り物を持ってはるばる訪れます。
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このステンドグラスの題名は「善き羊飼い」です。
1894年頃の作品だそうです。ステンドグラス美術館の中で、唯一教会にはめられていた当時の窓枠ごと保存されているそうです。
中央に良き羊飼いとしてのイエスが描かれており、その脇にはイエスの最初の弟子である聖ペトロと聖アンデレが描かれています。 -
ステンドグラス美術館の館長の解説が書いてありました。
100年の時を経て、小樽で目覚めたステンドグラスだそうです。 -
種まく人。
荒地に種をまいても実を得るのは難しく、石だらけの道で枯れてしまったり、せっかく芽が出ても、周りの棘に覆い尽くされてしまったりする。良い土地に蒔かれた種からは多くの実を得ることができると、イエスは説いたそうです。
信じようとしない人を荒地、信じる人を良い土地に例えています。
鮮やかな色のステンドグラスです。 -
善きサマリア人
イエスが本当の隣人とは誰かをさとした寓話です。旅の途中で強盗に襲われ、大怪我をしたユダヤ人を通りかかったユダヤ人たちは見て見ぬふりをしました。しかし、サマリア人が彼を手厚く介抱し、宿屋へ送り届けたそうです。
サマリア人が自分のロバにユダヤ人を乗せて宿屋へ連れて行く場面だそうです。 -
これは見てすぐにわかりました。最後の晩餐です。
絵画やステンドグラスのテーマとしてよく取り上げられています。
イエスがこの中に裏切り者がいると告げ、驚いて顔を見合わせる弟子たちの姿が描かれています。その中でひときわ驚いた顔をしている右端手前の男がユダです。
腰には裏切りで得た銀貨30枚を入れた袋を持っています。 -
受胎告知
イエスを身ごもったと言うお告げを受ける聖母マリアが描かれています。
この左側にお告げの天使のパネルがあったと考えられそうですが、左側のパネルはありませんでした。 -
とても鮮やかな色で思わず写真を撮りました。題名は「信仰」です。
19世紀末から20世紀初めに作られています。 -
イギリスにおけるステンドグラスの歴史が図解されていました。
1940年から1941年のロンドン大空襲で多数の原画が消失しています。この美術館にあるステンドグラスは、運良く戦火を免れ、最近発見された貴重なものだそうです。 -
ステンドグラスの原画ができるまでの解説がありました。
教会の了解が必要だったので、寄進をするにしても思うようにはできなかったようです。 -
原画が紹介されていました。実物の20分の1の原画だと思います。
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ステンドグラス原画の上にカットしたガラスを直接乗せて下から光を当ててラインをなぞり描くそうです。
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19世紀には、アクリルなどを透明な保護カバーはなかったので、原画が作業中に痛んでしまったり、顔料が染み付いたり、照明の熱で燃えてしまったりしたそうです。
一度使った原画を、他の教会のステンドグラスに使用する事は禁止されていたそうです。後に教会からの発注が膨大になると、1部を変えて、いかにも別の絵のようにしたということです。 -
ステンドグラスができるまでの順番が解説されていました。
最初に実寸で原画を作成します。 -
興味があったので、次々に写真を撮ってきました。2番目に原画を使いガラスを切るラインを決めるそうです。
3番目にガラスを切るときに使う型紙を作成します。 -
4番目に型紙に番号を書きます。型紙をカットした際に、ピースごとの位置がわからなくなることを防ぐためです。
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5番目に型紙を切ります。
型紙のピース同士の間隔が2mm開くように、3枚刃の特殊なハサミを使って切るそうです。 -
6番目ガラスを選んで型紙を使ってカットします。
この時、使うのはダイヤモンドカッターです。ダイヤモンドのように硬い刃でなければガラス切れません。 -
7番目に切り終わったガラスを並べて、色彩や濃淡の確認をします。
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8番目に1度目の絵付けをします。
グリザイユと言う顔料をワインビネガーで溶き使用します。
この時に最初の原画を下にして光を通した状態で描きます。
ワインビネガー? 酢を使うんですね。 -
なるほどガラスの下に原画がよく見えます。
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9番目に1度目の焼成をします。約600℃までゆっくりと温度を上げて、ガラスが割れないように15時間位かけながら慎重に冷まします。
10番目に2度目の絵付けをします。1度目の焼成を終えたガラスにもう一度色をつけます。 -
11番目にグリザイユの「剥がし取り」や「加筆」です。
グリザイユを剥がすことができるのですね。完全にグザイユが乾いたら「筆」や「くし」などで、顔材をはがしとることができるそうです。立体感を表現します。 -
12番目 2度目の焼成です。
なるほど焼成をしていないので、グリザイユをはがしとることができたのですね。 -
13番目 組み立てです。
板の上で焼き上がったガラスを組み立てていきます。 -
14番目 はんだ付け
組を作ると、鉛桟のジョイント部分にハンダ付けをします。
15番目 パテ詰め
防水や衝撃吸収能力を上げるため、ガラスと鉛桟の隙間にパテを詰めます。
全部で15の工程を経てステンドグラスが作られるのですね。時間が相当かかることがわかります。また細かな技術が必要です。 -
このようにしてステンドグラスは出来上がっていくのです。
これは、「キリストの公生涯」と言う題名のステンドグラスです。
教会に寄進したリーフ家は自分の紋章を描いて「葉は散る事は無い」とリーフ家が栄え続けることを祈願しました。自己アピールの場でもあったようです。 -
キリストの公生涯
もともと10枚のパネルからなり、高窓に飾られていたそうです。この美術館の中にはそのうちの7枚を展示しています。中央には最も重要な磔刑と復活の手が描かれています。これもリーフ家の寄進です。
全部で35のステンドグラスが展示されていて圧巻でした。イギリスを訪れても教会の高い窓にあるステンドグラスは近くで見ることができません。小樽で見ることができて感動しました。 -
ステンドグラス美術館を出て、中央橋へと向かいました。なぜならば正午の小樽運河クルーズの予約をしてあるからです。
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今日はお天気に恵まれて、クルーズは運行しています。
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当日券で乗ることもできるようですが、満席の場合にはキャンセル待ちになります。昨日の夜の予約は雨天のため中止になり、今日へ変更してありました。腰に救命胴衣をつけて乗船です。
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進行方向の左側の席を取りました。
小樽運河クルーズ 乗り物
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小樽運河クルーズのスタッフたちが手を振って出発を見送ってくれました。どんなクルーズになるか楽しみです。運河の外へ出て、再び運河に戻ってくる約40分位のクルーズです。
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最初に通過するのは、中央橋です。橋の上から観光客がクルーズ船の様子を見ていました。お乗りになりませんか?
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橋の下です。これこそクルーズでなければ見ることができない景色です。水の色は濁っていてあまりきれいではありませんが。
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次に潜るのは月見橋です。この橋をくぐると小樽港に出ることになります。運河から完全に離れる感じです。
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港に出ました。波が穏やかで、船はあまり揺れませんでした。漁船が停泊しています。ずっと先は水平線なのでしょう。運河クルーズなのに港に出られるとは想像していませんでした。ちょっぴり得をした感じがします。
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港にあまり長い時間はいませんでした。すぐに方向を変えて陸地へと引き返しました。旭橋が前方に見えてきました。この橋をくぐると再び運河になります。
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旭橋の上を通っているの道路は小樽港縦貫線と言う名前の道路で小樽港を縦断することができるます。まさにクルーズでなければ見られない景色ですね!
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旭橋を潜った後、右に折れて北運河に入りました。北運河は40mあり、南側に比べると旭橋のあたりから2倍の幅の運河になります。
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会社の名前が表示されている建物がありました。この建物は現役に違いありません。
クーラーの室外機が取り付けられています。 -
小樽市漁業協同組合、地方卸売市場と言う名称の建物が運河の西側にありました。ここは紛れもなく現役で現在も使われているそうです。2階には電気がついています。
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しばらく進むと、前発のクルーズ船とすれ違いました。ほとんど満席です。
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先方が突き当たりになっています。ここで北運河は終わりのようです。
運河の全長が1140mあるのでそろそろ終わりになってもおかしくありません。
漁船が止まっています。今でも漁業が行われているんですね。 -
これは旧日本郵船の建物。とてもクラシカルな建物だと思いました。かっての船会社という感じがします。ロシアとの国際会議や映画のロケに使われているそうです。
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やがて北浜橋が見えてきました。この辺はまだ北運河なので運河の幅が広いです。
初めて通るので初めて見る景色です。 -
何やら水面が賑やかです。魚がいるのでしょうか?この運河は海とつながっているので舐めてはみませんでしたが、海水のはずです。
チカ、ボラ、ウグイが多いそうです。また秋になると運河に鮭が入ってくるそうです。 -
先ほど通った旭橋が左側に見えました。ここで北運河は終わりです。ここから先は運河の幅が半分の20mになります。
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運河が狭くなった所の海側に北海製罐 小樽工場第3倉庫が見えました。既に廃墟になっていて使われていません。
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船頭さんの説明では、大正13年に建築され、小樽市指定歴史的建造物として有名だそうです。くるくる回っているところは手動エレベーターだそうです。
当時としては最先端のハイテク倉庫だったということです。
ノスタルジックで、時代がフィードバックしたようです。 -
再び月見橋が見えてきました。終点が近づいています。
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小樽市観光物産プラザ(運河プラザ)の屋根の上には、特徴的な鯱がのっていました。
鯱は目印になっていたそうです。煉瓦と瓦屋根がマッチしていると思いました。 -
ホテルノルド小樽のドームが見えてきました。後でわかったことですが、私と同じ時期に小樽を訪ねていたフォトラベラーの萬太郎さんはこのホテルにお泊まりでした。
昨夜の土砂降りの雨を残念がるのは私だけではありませんでした。ホテルノルド小樽 宿・ホテル
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正面に中央橋が見えてきました。もうすぐ終点です。短いクルーズでしたね。
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再び橋の下を通過します。海側の壁はきれいに石積みがされているようです。夜のクルーズに対応してランタンがつる下げてあります。船がぶつからないようにするためにあるのでしょう。
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懐かしい景色が見えるところに戻ってきました。
北日本倉庫港運株式会社の建物です。 -
その隣の倉庫はビール製造所になっていたり、びっくりドンキーになっていたり、駐車場になっていたりして活用されています。
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昼間ここの扉から女性が出てきてテラスでビールを飲んでいるのを見ました。時代が移り変わりました。
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浅草橋の手前で船はUターンをしました。Uターンをする途中に写真スポットがあります。船を止めてくれました。船から撮る緩やかに湾曲している運河の写真です。船上からしか撮ることができない写真です。
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こちらの写真の方が素敵でしょうか?
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船から見た浅草橋付近の様子です。陸から見るとちょうど逆からとったことになります。まるで別の景色なので驚きです。
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ホテルノルド小樽のドームが見えるので、紛れもなく、小樽運河なのですが、船の上から写真をとると、まるで別の景色のように見えます。やはり浅草橋から撮った湾曲した運河が1番素敵ですね。
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クルーズ船は出発地点のところに戻ってきました。中央橋から見た景色です。浅草橋から見た運河の景色の方が奥行きがあり、湾曲がきれいに見えるように思います。
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橋を渡り切ると、湾曲がきれいに見えました。
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クルーズを終えて、再び小樽芸術村に戻りました。
3つ目に訪れた美術館は旧三井銀行小樽支店です。
いかにも銀行といった感じの建物の入口です。 -
天井に北海道の四季をイメージしたプロジェクションマッピングと言われる映像が写し出され、模様がとてもきれいでした。
これは多分4月の桜のイメージでしょうか? -
この色合いからすると初夏を思わせます。
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これは夏の太陽と青い空でしょうね。
画像がどんどん動いていくので、とても素敵です。パンフレットにはこの画像が紹介されていました。見事です。 -
この色からすると、秋の紅葉のイメージです。
この旅行記を書いている今頃は、紅葉で北海道では美しい景色がたくさん見えるでしょうね。 -
この色合いは冬ですね。氷と水のイメージです。流氷が押し寄せてくるようです。
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建築当初の営業室の写真がありました。今から約100年ほど前の様子です。よく残っていましたね。
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最後に訪問した四つ目の美術館は似鳥美術館です。
旧北海道、拓殖銀行小樽支店の建物を使って美術館にしてありました。入口は、銀行時代の入口がそのまま残されているのでまるで銀行に入ったような感じがしました。 -
残念ながら、この美術館は1階のみが撮影可能で、その他の階は撮影できませんでした。
記録に残すことができないので、とても残念です。
各フロアーごとに異なる有名作家の作品がたくさん展示されていました。日本画、洋画、彫刻など素晴らしいものがたくさんありました。 -
夜の帳が降りると、私が見たかったこの旅の目的の小樽運河の夜景を見ることができました。幻想的です。
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運河の岸にガス灯が63基あるそうです。水面にガス灯の明かりが映って何とも言えない美しさを醸し出しています。ガス灯がなかったら、運河の湾曲が確認できないので、このように幻想的な景色は見られないでしょうね。
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浅草橋の上は夜になってもたくさんの観光客で賑わっていました。私と同じようにこの景色を見たくて、ここへきている人たちでいっぱいです。
この景色を見ることができて大満足。旅の目的を達成することができた笑顔です。
~旅は続く~
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