阿久根・薩摩川内・いちき串木野旅行記(ブログ) 一覧に戻る
鹿児島県藤川天神に行った時の旅行記です。<br /><br />藤川天神<br /><br />藤川天神 (国指定天然記念物「藤川天神の臥龍梅」)<br />ふじかわてんじん(がりゅうばい)<br /><br />学問の神様として親しまれる菅原道真公をお祀りする「菅原神社」とも呼ばれています。道真公が太宰府に左遷され、さらに逃れて藤川北野の地に隠退、没したと言い伝えられます。拝殿は平成10年2月24日に新しく立て替えられたものです。 毎年、大晦日から三が日は大勢の初詣客で賑わい、大晦日0時から除夜祭が始まり、元旦祭、氏子初詣と続きます。<br />また、受験シーズンは合格を祈願する受験生や家族などで賑わいます。 境内には道真公がお手植えされた一株から繁茂したと言われる梅園が広がりその数は約300本。その内の55株は国の天然記念物に指定されています。幹を地に伏せた姿が龍のように見えることから臥龍梅と呼ばれています。<br />毎年2月中旬から3月上旬に薄いピンク色の花を咲かせ甘い香りを漂わせ、観梅客の心をなごませます。<br /><br />※「藤川天神の臥龍梅」として、昭和16年10月3日に、国の天然記念物に指定されました。<br /><br />薩摩川内市公式<br />https://satsumasendai.gr.jp/spotlist/1844/

鹿児島 藤川天神ドライブ1/3

1いいね!

2022/03/06 - 2022/03/06

331位(同エリア342件中)

旅行記グループ 鹿児島

0

37

something like that

something like thatさん

この旅行記のスケジュール

この旅行記スケジュールを元に

鹿児島県藤川天神に行った時の旅行記です。

藤川天神

藤川天神 (国指定天然記念物「藤川天神の臥龍梅」)
ふじかわてんじん(がりゅうばい)

学問の神様として親しまれる菅原道真公をお祀りする「菅原神社」とも呼ばれています。道真公が太宰府に左遷され、さらに逃れて藤川北野の地に隠退、没したと言い伝えられます。拝殿は平成10年2月24日に新しく立て替えられたものです。 毎年、大晦日から三が日は大勢の初詣客で賑わい、大晦日0時から除夜祭が始まり、元旦祭、氏子初詣と続きます。
また、受験シーズンは合格を祈願する受験生や家族などで賑わいます。 境内には道真公がお手植えされた一株から繁茂したと言われる梅園が広がりその数は約300本。その内の55株は国の天然記念物に指定されています。幹を地に伏せた姿が龍のように見えることから臥龍梅と呼ばれています。
毎年2月中旬から3月上旬に薄いピンク色の花を咲かせ甘い香りを漂わせ、観梅客の心をなごませます。

※「藤川天神の臥龍梅」として、昭和16年10月3日に、国の天然記念物に指定されました。

薩摩川内市公式
https://satsumasendai.gr.jp/spotlist/1844/

旅行の満足度
3.5
同行者
カップル・夫婦
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • マルニ味噌ラーメン<br /><br />薩摩川内は味噌の産地<br />マルニ味噌らーめんの看板<br /><br />ドライブを開始してちょうど昼食時、道の駅の反対側に気になるお店が出現。

    マルニ味噌ラーメン

    薩摩川内は味噌の産地
    マルニ味噌らーめんの看板

    ドライブを開始してちょうど昼食時、道の駅の反対側に気になるお店が出現。

  • マルニ味噌ラーメン<br /><br />薩摩川内味噌醤油株式会社<br />明治38年(1905年)創業。<br />代々受け継がれた製法と職人の技術を守り続けている鹿児島県の味噌蔵です。<br />厳選した原料と地元の温泉地下水を使用した、他では味わえない最高級の麦味噌「美しい麦みそ」や鹿児島県で愛され続ける甘露醤油など様々な商品を製造しております。<br />味噌を知り尽くした、『薩摩川内味噌醤油株式会社』と味噌らーめんを知り尽くした『麺場 田所商店』がつくった『味噌らーめん専門店』です。<br />店舗に併設している味噌蔵で作ったお味噌を使用した『マルニ味噌らーめん(甘口)』と北海道味噌を使用した『北海道味噌ラーメン(濃い口)』をご提供しています。創業百十余年、老舗の味をぜひ、らーめんでもご賞味ください。<br /><br />公式HPより<br />https://www.satsumasendaimisosyoyu.com/marunimisoramen<br /><br />『麺場 田所商店』が絡んでいるのか、絶対旨いやん。<br />店の中も外も待っている人でいっぱい。回転は速そう。

    マルニ味噌ラーメン

    薩摩川内味噌醤油株式会社
    明治38年(1905年)創業。
    代々受け継がれた製法と職人の技術を守り続けている鹿児島県の味噌蔵です。
    厳選した原料と地元の温泉地下水を使用した、他では味わえない最高級の麦味噌「美しい麦みそ」や鹿児島県で愛され続ける甘露醤油など様々な商品を製造しております。
    味噌を知り尽くした、『薩摩川内味噌醤油株式会社』と味噌らーめんを知り尽くした『麺場 田所商店』がつくった『味噌らーめん専門店』です。
    店舗に併設している味噌蔵で作ったお味噌を使用した『マルニ味噌らーめん(甘口)』と北海道味噌を使用した『北海道味噌ラーメン(濃い口)』をご提供しています。創業百十余年、老舗の味をぜひ、らーめんでもご賞味ください。

    公式HPより
    https://www.satsumasendaimisosyoyu.com/marunimisoramen

    『麺場 田所商店』が絡んでいるのか、絶対旨いやん。
    店の中も外も待っている人でいっぱい。回転は速そう。

  • マルニ味噌ラーメン<br /><br />北海道味噌の方を選ぶ。

    マルニ味噌ラーメン

    北海道味噌の方を選ぶ。

  • マルニ味噌ラーメン<br /><br />濃厚な味噌ラーメン、チャーシューもうまい。

    マルニ味噌ラーメン

    濃厚な味噌ラーメン、チャーシューもうまい。

  • マルニ味噌ラーメン<br /><br />道の反対にある道の駅 樋脇から。

    マルニ味噌ラーメン

    道の反対にある道の駅 樋脇から。

    道の駅「樋脇」遊湯館 道の駅

  • 道の駅 樋脇<br /><br />この辺一帯は、市比野温泉と呼ばれる古くからの温泉の町。<br />市比野温泉の名前の由来は、昔、市比野温泉一帯に、イチイの木が多く茂っていたことから来ている。薩摩藩第十九代藩主、島津光久がこの近くで猟を楽しんでいたところ、いで湯を発見。光久は「これぞ天下の名泉」とばかりに、近郷の人々に多く利用させてもらえるよう、早急に湯治場を作らせたという。<br /><br />ここには無料の足湯があります。<br />(注:このときは、コロナの為だと思いますが、やっていませんでした。)<br /><br />http://www.qsr.mlit.go.jp/n-michi/michi_no_eki/kobetu/hiwaki/hiwaki.html

    道の駅 樋脇

    この辺一帯は、市比野温泉と呼ばれる古くからの温泉の町。
    市比野温泉の名前の由来は、昔、市比野温泉一帯に、イチイの木が多く茂っていたことから来ている。薩摩藩第十九代藩主、島津光久がこの近くで猟を楽しんでいたところ、いで湯を発見。光久は「これぞ天下の名泉」とばかりに、近郷の人々に多く利用させてもらえるよう、早急に湯治場を作らせたという。

    ここには無料の足湯があります。
    (注:このときは、コロナの為だと思いますが、やっていませんでした。)

    http://www.qsr.mlit.go.jp/n-michi/michi_no_eki/kobetu/hiwaki/hiwaki.html

    道の駅「樋脇」遊湯館 道の駅

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />薩摩川内市東郷町藤川に鎮座する菅原神社は、祭神は学問の神様として親しまれる菅原道真公で、地域の人たちに親しまれ藤川天神と呼ばれている。道真公が太宰府に左遷され、さらに逃れて藤川北野の地に隠退、没したと言い伝えられている。<br /><br />東郷の町から阿久根に抜ける県道を走っていると、突如、目の前に、車の列が発生、もしかしたら、皆、藤川天神へ行くの?ということで1時間弱の駐車場に入る為の渋滞に巻き込まれました。

    藤川天神(菅原神社)

    薩摩川内市東郷町藤川に鎮座する菅原神社は、祭神は学問の神様として親しまれる菅原道真公で、地域の人たちに親しまれ藤川天神と呼ばれている。道真公が太宰府に左遷され、さらに逃れて藤川北野の地に隠退、没したと言い伝えられている。

    東郷の町から阿久根に抜ける県道を走っていると、突如、目の前に、車の列が発生、もしかしたら、皆、藤川天神へ行くの?ということで1時間弱の駐車場に入る為の渋滞に巻き込まれました。

    藤川天神 寺・神社・教会

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />ようやく駐車場に車を停めて、神社の方へ露店もいっぱい出ています。<br />ここに来るのはひさしぶり。だけど何も変わっていない。梅園があります。

    藤川天神(菅原神社)

    ようやく駐車場に車を停めて、神社の方へ露店もいっぱい出ています。
    ここに来るのはひさしぶり。だけど何も変わっていない。梅園があります。

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />境内の梅園には、道真公がお手植えされた一株が繁茂したと言われる、約300本の梅の木があり、このうち55株の梅はその幹を地上に伏せ、その姿がまるで竜のように見えることから「臥龍梅(がりゅうばい)」と呼ばれています。あとで。

    藤川天神(菅原神社)

    境内の梅園には、道真公がお手植えされた一株が繁茂したと言われる、約300本の梅の木があり、このうち55株の梅はその幹を地上に伏せ、その姿がまるで竜のように見えることから「臥龍梅(がりゅうばい)」と呼ばれています。あとで。

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />菅原道真の薨去の地に関する伝承<br /> 延喜元年、藤原時平のそしりにあい、右大臣(現在の副総理)から太宰権帥(九州政庁の副長官)に左官された菅原道真は、その後も藤原時平の陰謀を恐れて太宰府で病死をよそおい、ひそかに筑前から船で水俣湾を経由して出水岸に上陸し、阿久根田代から湯田口を経て此処、藤川北野の地で静かに余生を送られたという伝承を持つ。鹿児島県薩摩川内市東郷町藤川の菅原神社(別名:藤川天神)(つまり、ここ)で菅原道真が死去したとされたとの伝承と共に、道真のものと伝わる墓がある。

    藤川天神(菅原神社)

    菅原道真の薨去の地に関する伝承
     延喜元年、藤原時平のそしりにあい、右大臣(現在の副総理)から太宰権帥(九州政庁の副長官)に左官された菅原道真は、その後も藤原時平の陰謀を恐れて太宰府で病死をよそおい、ひそかに筑前から船で水俣湾を経由して出水岸に上陸し、阿久根田代から湯田口を経て此処、藤川北野の地で静かに余生を送られたという伝承を持つ。鹿児島県薩摩川内市東郷町藤川の菅原神社(別名:藤川天神)(つまり、ここ)で菅原道真が死去したとされたとの伝承と共に、道真のものと伝わる墓がある。

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />つづき)<br />菅原道真が辿った経路には、船繋石・御腰掛石などの史跡が残っている。また、吉川では菅原道真を奥座敷に納戸にかくまったことから、年中行事として村人が集まり女子は左右の袖を広げて男子を隠して奥座敷に潜ませる真似をする風習が残っている。他に『放ちの鐘伝承』がある。迫る刺客に危険を感じた菅原道真は舟で南下する途中にお告げのあった湯田川河口奥の大きな石に舟を繋ぎ(菅公舟繋ぎ石)降りて鈴を鳴らすと潮が引き、持ち物共々船は河口から沖へと消え、身軽になった道真は幾山を越え東郷の地を辿り、藤川にて天神になったという。その後湯田川河口は、放し事を下げ潮時に念じれば叶う聖地となった。<br /><br />現在、湯田川河口に放ちの鐘のモニュメントがあり、ハートロックが目の前にあります。唐浜や西方の海水浴場に挟まれたプライベート感あふれる砂浜のビーチです。薩摩高城駅(さつまたき)から行くか、国道3号線沿いにあります。

    藤川天神(菅原神社)

    つづき)
    菅原道真が辿った経路には、船繋石・御腰掛石などの史跡が残っている。また、吉川では菅原道真を奥座敷に納戸にかくまったことから、年中行事として村人が集まり女子は左右の袖を広げて男子を隠して奥座敷に潜ませる真似をする風習が残っている。他に『放ちの鐘伝承』がある。迫る刺客に危険を感じた菅原道真は舟で南下する途中にお告げのあった湯田川河口奥の大きな石に舟を繋ぎ(菅公舟繋ぎ石)降りて鈴を鳴らすと潮が引き、持ち物共々船は河口から沖へと消え、身軽になった道真は幾山を越え東郷の地を辿り、藤川にて天神になったという。その後湯田川河口は、放し事を下げ潮時に念じれば叶う聖地となった。

    現在、湯田川河口に放ちの鐘のモニュメントがあり、ハートロックが目の前にあります。唐浜や西方の海水浴場に挟まれたプライベート感あふれる砂浜のビーチです。薩摩高城駅(さつまたき)から行くか、国道3号線沿いにあります。

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />ツンの銅像<br />東京・上野公園(上野恩賜公園)の西郷さんは連れている犬はツンといって、ここ藤川天神が故郷なのです。<br /><br />明治七年八年頃、或南州翁(西郷隆盛)が上東郷村藤川天神に参詣されたことがある。そこでツンと出会った。ツンと呼ばれるその犬は、ピンと立った耳と虎毛の左尾が特徴の薩摩犬で、體は左程大きくなかったけれども兎狩りが得意なメス犬であった。一目見て懇望した南州翁は、ツンの飼主の前田善兵衛に犬を譲って欲しいと頼んだが、前田善兵衛は渋りこの申し出を断った。あきらめきれない南州翁は、土地の有力者であった三原隼人に交渉を依頼。前田善兵衛はその情熱に折れ、ツンは南州翁の飼い犬となった。<br />南州翁は大変に喜び深く感謝せられ、三原隼人に自分の乗馬、前田善兵衛には金20貫を贈られたと言われている。ところが、ツンは、狩りの途中、猟犬の勘を働かして遥々藤川を慕って一、二度帰ってきたこともあったと言い伝えられている。<br /><br />この『ツン』の銅像が、平成二年のNHK大河ドラマ『翔ぶが如く』の放映を機に、藤川天神に建立された。制作を日本芸術院会員の中村晋也鹿児島大学教授(当時)に依頼し、同年二月に完成、参道脇に建立された。

    藤川天神(菅原神社)

    ツンの銅像
    東京・上野公園(上野恩賜公園)の西郷さんは連れている犬はツンといって、ここ藤川天神が故郷なのです。

    明治七年八年頃、或南州翁(西郷隆盛)が上東郷村藤川天神に参詣されたことがある。そこでツンと出会った。ツンと呼ばれるその犬は、ピンと立った耳と虎毛の左尾が特徴の薩摩犬で、體は左程大きくなかったけれども兎狩りが得意なメス犬であった。一目見て懇望した南州翁は、ツンの飼主の前田善兵衛に犬を譲って欲しいと頼んだが、前田善兵衛は渋りこの申し出を断った。あきらめきれない南州翁は、土地の有力者であった三原隼人に交渉を依頼。前田善兵衛はその情熱に折れ、ツンは南州翁の飼い犬となった。
    南州翁は大変に喜び深く感謝せられ、三原隼人に自分の乗馬、前田善兵衛には金20貫を贈られたと言われている。ところが、ツンは、狩りの途中、猟犬の勘を働かして遥々藤川を慕って一、二度帰ってきたこともあったと言い伝えられている。

    この『ツン』の銅像が、平成二年のNHK大河ドラマ『翔ぶが如く』の放映を機に、藤川天神に建立された。制作を日本芸術院会員の中村晋也鹿児島大学教授(当時)に依頼し、同年二月に完成、参道脇に建立された。

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />参道。

    藤川天神(菅原神社)

    参道。

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />道真公の好物だったとされる梅が枝餅。行列がすごい。

    藤川天神(菅原神社)

    道真公の好物だったとされる梅が枝餅。行列がすごい。

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />神社は道真公が亡くなられて間もなく建立されたが、天正十五年豊臣秀吉軍の兵火により社殿その他を全焼、正保四年島津光久公が再建、文化十三年に大改修が行われ、明治三十五年には村をあげて道真公一千年祭が盛大に執り行われた。昭和五十八年に本殿を大改修。平成九年に拝殿、参道を改修を行い、今日に至たる。

    藤川天神(菅原神社)

    神社は道真公が亡くなられて間もなく建立されたが、天正十五年豊臣秀吉軍の兵火により社殿その他を全焼、正保四年島津光久公が再建、文化十三年に大改修が行われ、明治三十五年には村をあげて道真公一千年祭が盛大に執り行われた。昭和五十八年に本殿を大改修。平成九年に拝殿、参道を改修を行い、今日に至たる。

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />菅原道真のものという伝説が残る藤川天神境内の墳墓

    藤川天神(菅原神社)

    菅原道真のものという伝説が残る藤川天神境内の墳墓

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />天然記念物指定<br />藤川天神臥竜梅<br /><br />境内には、菅原道真公手植えの一株が繁茂したと言われる梅が約 三〇〇本あり、このうち五十数本が昭和十六年に国の天然記念物に指定されている。その成長には特徴があり、老木になると枝が四方に傾いていき、地面と接した部分から根付いて新たな子株となる。その様子が龍が伏したように幹が地上を這っているように見えることから臥龍梅という。

    藤川天神(菅原神社)

    天然記念物指定
    藤川天神臥竜梅

    境内には、菅原道真公手植えの一株が繁茂したと言われる梅が約 三〇〇本あり、このうち五十数本が昭和十六年に国の天然記念物に指定されている。その成長には特徴があり、老木になると枝が四方に傾いていき、地面と接した部分から根付いて新たな子株となる。その様子が龍が伏したように幹が地上を這っているように見えることから臥龍梅という。

  • 藤川天神(菅原神社)

    藤川天神(菅原神社)

  • 藤川天神(菅原神社)<br /><br />御神木(杉)の切株<br /><br />樹齢800年<br />目通り6米80糎のこの御神木は平成元年7月28日の台風11号によって倒れたものであります。<br /><br />

    藤川天神(菅原神社)

    御神木(杉)の切株

    樹齢800年
    目通り6米80糎のこの御神木は平成元年7月28日の台風11号によって倒れたものであります。

この旅行記のタグ

関連タグ

1いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

鹿児島

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

この旅行記の地図

拡大する

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP