2023/03/24 - 2023/03/24
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kojikojiさん
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この旅行記スケジュールを元に
「スコット」でビーフシチューとアワビのコキュールのコースにキンキンに冷えた白ワインを1本空けたらいい気分です。次の予定の「起雲閣」に向かってぶらぶら歩いていると軽トラが止まっていて荷台には柑橘類が山済みです。さらにその横には黄金柑や八朔が安い値段で売っています。店の方に聞いてみると来宮の近くの多賀にある自家農園で無農薬で栽培しているとのことです。「小野喜園」という農園でハチミツ農家でもあるので無農薬なのだそうです。大袋に入った黄金柑が200円という安さに驚き、地元の友人へのお土産も含めて5袋買ったら持てないほどの重さです。幸いホテルから至近距離だったので、ロビーまで戻ってフロントに預けました。「起雲閣」までは歩いてもう少しありました。ここは大正8年の1919年に別荘として築かれ、非公開の岩崎別荘と今は無き住友別荘とならび「熱海の三大別荘」と賞賛された名邸と聞いていました。戦後の昭和22年の1947年に旅館として生まれ変わり、熱海を代表する宿として数多く宿泊客を迎えていたようです。山本有三に志賀直哉、谷崎潤一郎に太宰治、舟橋聖一や武田泰淳など、日本を代表する文豪たちにも愛されたそうです。実際に行ってみると建築的にも素晴らしく、凝った内装などを見ていると京都と大阪の間の大山崎にある「アサヒビール大山崎山荘美術館」を思い出させます。こちらは館内が写真撮影が出来ませんでしたが、ここは写真はご自由にということなので、撮影の観点からも楽しめました。あまりにも広大で迷路のような建物を1周すると、予定外に時間がかかってしまい、受付でタクシーを呼んでもらって「MOA美術館」へ急ぎました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 船 タクシー JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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「スコット」でランチを終えて「起雲閣」へ向かうとこんなお店がありました。「小野喜園」と書かれたタバコ屋さんですが、店の前の軽トラには柑橘類が山済みになり、その脇でも売っています。
スコット(新館) グルメ・レストラン
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少し前に行った熊本で「不知火」や「パール柑」などたくさん買ってきたものがまだ残っていましたが買うようです。ここで売っていたのは自家農園でとれた「黄金柑」が大きな袋いっぱいで200円という安さです。あまりに安いので友人4家族分も合わせて買っても1,000円です。思わず買ってしまいましたが、あまりの重さにホテルのフロントに預けました。宿泊しているホテルが近くてよかったです。
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「熱海山口美術館」の前には岡本太郎の「河童神像」が置かれてありました。この作品は「旧古牧グランドホテル」の古牧温泉渋沢公園内に設置されていた作品です。古牧温泉の創業者が岡本太郎本人へ制作を依頼したもので、同温泉内で開催された日本カッパ龍神祭りのシンボルとなっていました。「旧古牧グランドホテル」は現在の「星野リゾート 青森屋」になっていて、2月に行ったばかりなので奇遇に驚きました。
熱海山口美術館 美術館・博物館
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ようやくたどり着いた「起雲閣」の入り口は工事中で閉鎖されていました。「起雲閣」の表門は大正8年の1919年に創建され、「薬医門(やくいもん)」と呼ばれる造りになっています。「薬医門」は鎌倉時代末期から室町時代初期の武家または公家の屋敷などに現れた門形式のひとつで、後に城郭や寺社などにも使われるようになりました。
起雲閣 名所・史跡
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2本の本柱と2本の控柱で女梁(肘木)と男梁(腕木)を受け、内法高(うちのりだか)の位置で冠木を貫き、上に「入母屋」の屋根を架けています。本来は医師の家の門として使われたため、病人の往来を妨げないように門扉は設けないものとされましたが、実用面から2枚の扉を設けて両開きとしています。
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NHKの連ドラ「花子とアン」では九州の石炭王である嘉納伝助の屋敷として使われた建物の見学なので楽しみにしていました。時計回りに数百メートルを周ってようやく門の裏側の入り口にたどり着きました。
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庭には桜が満開でしたが、ゆっくり愛でている時間はありません。約半日スケジュールが押してしまいました。
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「起雲閣」の入り口の脇には縦長のシンプルな蔵が1棟ありました。これは大正8年の内田別邸の創建以前に存在していた蔵のようです。庇が無いので漆喰や扉がずいぶん傷んでいます。
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この建物は大正8年の1919年に別荘として築かれ、非公開の岩崎別荘と今は失われた住友別荘とならび「熱海の三大別荘」と賞賛された「起雲閣」が元となっています。
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昭和22年の1947年に旅館として生まれ変わり、熱海を代表する宿として数多く宿泊客を迎え、山本有三や志賀直哉、谷崎潤一郎や太宰治、舟橋聖一や武田泰淳など、
日本を代表する文豪たちにも愛されてきました。 -
広大な敷地に中央に庭を配して、その周囲を取り囲むように建物が配置されています。見学する際はその建物を時計回りに1周することになりますが、楚辺手が古い建物というわけではないようです。
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受付で入場料をしはらっれ、靴を脱いで荷物をコインロッカーに入れて身軽になります。館内は撮影が出来るのでカメラだけを持って見学を始めます。
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この座敷と玄関を含む建物は大正7年の1918年に着工して翌年の大正8年年に完成しました。最初の持ち主であった「内田信也」が実母の静養の場所として建てた別荘で、伝統的な和風建築のたたずまいです。高くとられた天井や座敷の三方を取り囲む畳廊下や庭園の風景は贅沢な空間となっています。ひときわ目を引く群青色の壁は旅館となってから塗り替えられたものです。「加賀の青漆喰」と呼ばれる石川県加賀地方の伝統的な技法ですが、旅館を開業した「桜井兵五郎」が石川県の出身であったため、これを取り入れたといわれています。
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畳廊下の窓ガラスは当時の職人が1枚1枚流し込んで作った「大正ガラス」が残っており、その微妙なゆがみが美しさを感じさせています。現在では工場で大きなガラスも簡単に作れますが、小樽の鰊御殿を思い出させるような贅沢があります。
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館内の要所要所には生花が生けてあり、この建物に生命感を与えています。以前行ったフランスのロワール渓谷の古城はどこへ行ってもたくさんの花で飾られていたことを思い出します。暖炉にも火が入って、本当に誰かが住んでいるようでした。
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廊下は太鼓橋に合わせて傾斜しています。フラットな網代の天井から櫛型の透かしの向こう側は舟形の天井に変わっているので、橋を渡って舟に乗ることをイメージしているかのようです。
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中国風のデザインですが、手摺りは「釿(ちょうな)がけ」されて日本風です。材は栗でしょうか?巾木からも旅館だったころは下の池には水が張られていたのだと思います。
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元々はそれぞれが単体の建物だった名残で、次の部屋へ行く廊下の途中には玄関が残されています。下駄箱の網代の引き戸がこだわりを感じます。
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「玉姫」に併設されたサンルームは、大きな窓とステンドグラスの天井、色鮮やかなタイルの床が特徴で、「アールデコ」のデザインを基調にまとめられています。
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玄関から入った最初の部屋はサンルームでした。「玉姫」と「玉渓」は根津嘉一郎により昭和7年の1932年に建てられた洋館です。主に客間の「玉渓」と食堂の「玉姫」とこの「サンルーム」で構成されています。家具はチューダー朝の様式なので、もともとこの場所になかったのではないかと思います。
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昭和の初めにこのサイズの大判のガラスは高価だったのではないかと思います。前の建物は最初に入った「麒麟」と「大鳳」のある建物です。1階の「麒麟」を見学して2階の「大鳳」は最後に見学します。旅館当時2階の部屋には太宰治が逗留していたようです。
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アールデコのデザインなので極力シンメトリーに写真を撮ります。
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「サンルーム」の名のとおり、たくさんの日光を取り入れるために、天井と共に屋根もガラスで葺かれており、これらは鉄骨によって支えられています。「東京都庭園美術館」になっている「旧朝香宮邸」のアールデコのデザインもすごいと思いましたが、この建物もすごいです。天井と高窓の間には唐草模様が刻まれた石膏の装飾が施されています。
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「サンルーム」から見た隣の「玉姫」と「玉渓」の外観は純和風の作りになっています。窓の外の欄干が桃山御殿風です。現在は芝生の庭になっていますが、このデザインだと昔は池があったのではないかと思います。「旧琵琶湖ホテル本館」の建物を思い出しました。大津へ仕事に行ってひと夏の2カ月間を過ごした楽しい思い出のあるホテルです。
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「玉姫」は寄木細工の床に金唐革紙仕上げメダリオンの入った格天井、天井から曲線で降りてきた壁には寺社建築に見られる蟇股(かえるまた)のようなデザインが組み込まれて、桃山時代を感じさせています。壁の布張りや椅子の張地などはシノワズリーな雰囲気もあります。細部には獅子頭や「喜」の文字が取り入れられたデザインが見られます。壁に張られた蜀紅錦(しょこうにしき)の文様は素晴らしいです。
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そして中央にはマントルピースが据え付けられています。ダイニングテーブルとイスはチューダー朝のデザインのようです。父が若い頃に実家近くに別宅を建てて、横浜家具でリビングを揃えました。40年前で700万円くらいで揃えた家具はほとんど使われないままになっていました。その家を壊すことになり製作した会社に引き取りをお願いしたら「30万円の価値しかありません。」と言われてびっくりしたことを思い出しました。エリザベス様式のバルボスレッグの美しいドローリーフテーブルも二束三文で別の会社に引き取られました。
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隣の「玉渓」の部屋から見る左右対称の構図が一番この部屋を美しく見せると思います。
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「玉渓」の部屋は完全なチューダー様式のようなデザインです。床は無垢材がヘリンボーン状に張られてあります。柱や梁は日本的な名栗り仕上げが施されているので、和洋折衷な雰囲気もあります。
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部屋の奥には隅切りした出窓があり、左右対称のデザインのセンターになっています。
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中庭側の右手にももう1つ出窓が設けてあります。これも行けを眺めるためのものだったように思えます。これだけ完全に洋風なデザインですが、表から見ると純和風なのが驚きです。
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庭側の窓と対峙するように巨大なマントルピースが設けられています。暖炉の上部の櫛型の幕板にはサンスクリット語が刻まれています。よく見ると金剛界大日如来を表す梵字のようです。
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ということは暖炉の上に組み込まれたレリーフは大日如来かと思いましたが印が違いました。右手は中指を軽く曲げて挨拶するように胸前に上げられています。これは「施無畏印(せむいいん)」という印相です。左手は中指と薬指を軽く上げて、掌を上向きにする「与願印(よがんいん)」となっています。施無畏印は読んで字のごとく「畏(おそ)れることはない」という意味の印相です。与願印は願いを叶えるという意味があります。これは阿弥陀三尊で、阿弥陀如来を中尊とし、その左右に左脇侍の観音菩薩と、右脇侍の勢至菩薩を配しています。
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茶室「閑雲亭」にあった篆刻された板額が掛けられています。閑雲とはゆったりと空に浮かぶ雲をさす言葉です。ジョージ秋山の漫画「浮浪雲」は痛快で面白かったななんて関係もないことを考えてしまいます。
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暖炉の脇のベンチは座面が栗の材をちょうなを使った名栗り仕上げとし、腰の石には彫刻が施してあります。ほかにもいろいろのこだわりがあるのだと思いますが詳しくは読み取れません。
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そのベンチの脇の巨大な柱はどこかの寺院のものとも江戸時代の帆船の帆柱ともいわれていて、この柱と暖炉を合わせて「床の間」と「床柱」にも見立てることが出来るようです。長押の奥の天井は煤竹になっています。
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ここからは旅館時代に建てられた部屋をいくつか拝見しますが、それぞれが逗留した文人にちなんだ展示がされています。
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最初の部屋は谷崎潤一郎の部屋でした。
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設えは色々変えてありますが、どの部屋の花も白梅と椿でした。
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「来宮の 大楠の 若葉する 五月の山を われはいでたつ」ほど近い来宮神社にある樹齢二千年の大楠は「不老長寿」「無病息災」の象徴とされていて、この大楠を一周すると寿命が1年延びるという謂れがあったなと思い出します。
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窓からは小さな池越しの桜がきれいでした。こんな旅館にはしばらく泊まっていなかったと思います。そろそろいい年齢になってきたので、少しはいい旅館に泊まる旅でもしようかと思います。
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熱海といえば尾崎紅葉ですね。「金色夜叉」はあまりにも有名です。妻に海岸でお宮と寛一のポーズで写真を撮りたいと提案したら「足が痛いからしゃがむのはヤダ。」と言われました。
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「暗しとは 柳にうきな あさみどり」というこの句は俳人としても一家を成し、数多くの句を詠んだ紅葉が特に愛唱した句の1つだそうです。
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「瓢財布 春別到泣九(瓢ご財布春の別を致し泣く)」
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和室の展示室を過ぎて洋館の「金剛」へ移ります。廊下には見事な篆刻が施された巨大な板額が掲げられています。
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この建物は根津嘉一郎により昭和3年の1928年に着工して翌年の昭和4年に完成しました。その後も何度か改築されているようです。
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建築当時は独立した建物で、部屋への入り口辺りの石張りの廊下部分が玄関となっていたようです。床のタイルは愛知県の瀬戸にある山茶窯で焼かれたオリジナルです。以前ローマの町を歩いていて、美しいタイルが並んだインテリアの店があったので見せてもらったことがあります。やはりヨーロッパのタイルは美しいなと思って裏側を見たら愛知県で焼かれたものだったことがありました。
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この建物も表から見ると極めて和風の佇まいですが、内部は全く違う世界が広がっています。これまでヨーロッパのアール・ヌーヴォー期からアール・デコ期の建物を各地で見てきましたが、同じ時代の日本建築にも面白いものがたくさん残されていると思います。
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「金剛」では暖炉上方のスペード、ハート、ダイヤ、クラブを象った模様をはじめ、草花の模様などが螺鈿細工によって施されています。
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建築当時はすべての床が入り口右手の小部屋と同じタイル張りだったようです。蝶番やドアノブなど、細工が施された建具金物は建築当時の物です。
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暖炉の左右には美しいステンドグラスが嵌め込まれています。床の絨毯はこの部屋のために誂えたのでしょうか。
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重厚な暖炉は「伊豆石」の乱積みで、岩肌が美しいです。伊豆石は保温性が良いので温泉の湯船にもよく使われます。以前宿泊した下田の「こむらさき」の部屋の露天風呂も伊豆石でした。翌日見学に行った「旧向井熱海別邸」の風呂も伊豆石が使われていました。
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柱や梁に施された彫刻や象嵌を見ているとプラハの「市民会館(オベツニードゥーム)」の建築を思い出しました。セセッション(ウィーン分離派)様式の美しい建築でしたが、同じ時代に作られた共通性を感じます。
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日本に残る明治から昭和初期の建築をもっと見てみたくなります。今回何となく予定に組み込んだ「起雲閣」でしたが、こんなに素晴らしいとは思いませんでした。
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薪を置くための鋳鉄の台などもデザインされた時代を感じさせます。
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「金剛」の部屋の奥には「ローマ風呂」があります。昭和4年の1929年に一緒に建てられたものですが、後に90度向きを変えて移築されたそうです。
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そのために全体的な材料は新しく作り替えられていますが、窓のステンドグラスやテラコッタ製のカランなどは古いものが使われているようです。2槽の浴槽に蛇口などが無いのはお湯が底から湧き出るような仕組みになっているからです。ステンドグラスは三崎弥三郎の製作した「万年青(おもと)」です。三崎弥三郎は辰野金吾のもとで東京駅の建築にかかわるなどデザイナーとして活躍した人物です。
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ここで一度建物は途切れて、離れになった「孔雀」という建物の見学に移ります。
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この建物は大正7年の1918年に着工し、翌年の大正8年に完成した内田信也の別荘の一部です。玄関の沓脱石の大きさからも奥に続く部屋の広さを感じさせます。
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座敷の周りを畳廊下が取り囲む入側造(いりかわづくり)になっていて、格式の高さを感じさせます。
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当時は現在入り口わきにある喫茶室をはさんで和館「麒麟」の隣に建っていましたが、昭和28年の1953年に旅館として客室と宴会場を増築する際に現在の音楽サロンのあたりに移されました。その後の昭和56年の1981年に現在の場所に移されました。
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「床の間」や「付け書院」のある座敷は、今では造られることが少なくなってしまいましたが、当時としては一般的な座敷でした。
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磨き込まれた北山杉の絞り丸太の床柱や床の間の塗りの框など、地味ではありますが厳選された材が使われていることを感じさせます。小障子も桐材や紫檀が使われています。こんな床の間が家にあったらいろいろ飾りで楽しめるのにと思います。
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時間が無くて庭園を歩いて回ることは出来ませんでしたが、石の五重塔以外にも織部灯篭や草屋灯篭、濡れ鷺灯篭や雪見灯篭もあるようです。
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「起雲閣」の庭園は池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしき)になっており、眺望を楽しむことと、散策を楽しむという両面性を持っています。
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1周してきた最後に2階の「大鳳」の見学をします。この部屋に太宰治が逗留していたと思うと感慨深いものがあります。先ほど見てきた「サンルーム」のガラス張りの屋根の構造がよくわかります。
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この場所を実母の静養の場所とした内田信也は大正から昭和期の政治かで実業家でした。三井物産を経て内田汽船を設立し、第1次世界大戦の戦争景気で財をなし、海運王と呼ばれました。その後は東武鉄道社長で鉄道王と呼ばれた根津嘉一郎が内田信也より土地と建物を取得します。
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昭和22年の1947年に桜井兵五郎が取得し、旅館「起雲閣」として開業します。元々は金沢の湯涌温泉でホテルを経営していましたが、終戦後にアメリカの進駐軍に接収されて事業ができないために、熱海で旅館を開業しました。思ったより大きな施設で建築も素晴らしかったので時間が押してしまいました。受付でタクシーを呼んでいただき「MOA美術館」に向かいます。
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