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信濃追分。<br />掘夫妻は1944年(昭和19年)に疎開で油屋隣の借家に住み着いてから、辰雄が亡くなる1953年(昭和28年)まで、毎冬を越しました。最初は戦火を避けるためでしたが、1946年(昭和21年)以降は、辰雄が動けなくなったので、この村で厳しい冬をすごしました。でも夫妻は信濃追分を心から愛していました。<br />掘夫妻がいたころと現在の追分は全く違います。<br />変わらないのは寒さだけ。<br /><br />基本参考資料は「堀辰雄紀行1」に並べました。引用では僭越ながら敬称を略させていただきます。<br /><br />投稿日:2023/04/30

堀辰雄紀行10 信濃追分冬景色

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2023/02/05 - 2023/02/05

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旅行記グループ 堀辰雄紀行 信濃追分

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しにあの旅人

しにあの旅人さん

信濃追分。
掘夫妻は1944年(昭和19年)に疎開で油屋隣の借家に住み着いてから、辰雄が亡くなる1953年(昭和28年)まで、毎冬を越しました。最初は戦火を避けるためでしたが、1946年(昭和21年)以降は、辰雄が動けなくなったので、この村で厳しい冬をすごしました。でも夫妻は信濃追分を心から愛していました。
掘夫妻がいたころと現在の追分は全く違います。
変わらないのは寒さだけ。

基本参考資料は「堀辰雄紀行1」に並べました。引用では僭越ながら敬称を略させていただきます。

投稿日:2023/04/30

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • 2月3日に追分に入り、3,4日と軽井沢。5日は野辺山を回って帰ることにしました。国道18号を信濃追分にむかうと、中軽井沢を過ぎたあたりから、地面に雪は少ないのに、森が真っ白でした。

    2月3日に追分に入り、3,4日と軽井沢。5日は野辺山を回って帰ることにしました。国道18号を信濃追分にむかうと、中軽井沢を過ぎたあたりから、地面に雪は少ないのに、森が真っ白でした。

  • 霧氷です。<br /><br />一書に曰く、<br />道は森の中を一直線。<br />木々は、まるで花が咲いたよう。<br />霧氷です。<br />満開の桜並木を走っているかのようでした。<br />息を飲む美しさでした。<br /><br />寒い、冷たい、暮らしにくく思われる北国には、こういうご褒美が、時にはあるのですね。<br />と、私たちは、暖房のしっかり効いた車中から、この神様からの贈り物を堪能いたしました。<br /><br />掘辰雄夫妻は、追分に住み着いて、何回かこういう景色を見たのですね。<br /><br />掘夫妻は、私たちのように、この霧氷を楽しめたのか。<br />あの時代、暖房はどのようにしていたのでしょう。<br />そして、掘辰雄は、ベッドではなく布団で寝ていたはずですから、床からの冷気をどのように防いだのでしょう。<br />第一、結核患者は、室内換気を重視いたしますから、窓は時々、または常に細目にでも開けていたのではないか。<br />布団は、木綿綿は重すぎたでしょうから、真綿布団にしていたでしょうけれど、寒さ防ぎに、何枚かかけ重ねていたのではないか。<br /><br />私は、つい最近、忙しいことが続いて、疲れておりました。すると、小さなポシェットに入れて、首からぶら下げている携帯電話が、重たくってしかたがありません。<br />元気なときには、なんともない物が負担で仕方がないのです。<br /><br />掘辰雄も、布団の重さが負担だったのではないか。<br />ああ、そうでした。前回、大島紬はなぜ人気か?というby夫の質問がありました。<br />普段着の帝王なんて言っていますが、わたしの答えでは、不十分でしたね。<br />大島紬は、絹物ですから、軽いのです。<br />軽くて丈夫、そして暖かなのです。だから、お高いのです。<br /><br />ダウンの上着が安く手に入る今では、ついつい忘れがちですが、軽くて暖かという生地は、希少な価値あるものでした。<br /><br />掘辰雄は、きっと重たい布団に押しつぶされそうにして冬を越したはず。<br />看病する多恵子夫人も、綿入れかなんか着て、膨れあがっていたことでしょう。<br />春が、どんなにか待ち遠しかったことでしょう。<br /><br />そして、待ち望んだ春が来て、辛夷もあんずも咲いて。<br />辰雄は、それを楽しんだでしょうか。<br /><br />掘辰雄が春を待って最期を迎えたのは、よかったと思います。<br />去りゆく人にとっても、残される人にとっても。<br />霧氷の別れは、どんなに美しくてもつらすぎますから。<br />By妻<br />

    霧氷です。

    一書に曰く、
    道は森の中を一直線。
    木々は、まるで花が咲いたよう。
    霧氷です。
    満開の桜並木を走っているかのようでした。
    息を飲む美しさでした。

    寒い、冷たい、暮らしにくく思われる北国には、こういうご褒美が、時にはあるのですね。
    と、私たちは、暖房のしっかり効いた車中から、この神様からの贈り物を堪能いたしました。

    掘辰雄夫妻は、追分に住み着いて、何回かこういう景色を見たのですね。

    掘夫妻は、私たちのように、この霧氷を楽しめたのか。
    あの時代、暖房はどのようにしていたのでしょう。
    そして、掘辰雄は、ベッドではなく布団で寝ていたはずですから、床からの冷気をどのように防いだのでしょう。
    第一、結核患者は、室内換気を重視いたしますから、窓は時々、または常に細目にでも開けていたのではないか。
    布団は、木綿綿は重すぎたでしょうから、真綿布団にしていたでしょうけれど、寒さ防ぎに、何枚かかけ重ねていたのではないか。

    私は、つい最近、忙しいことが続いて、疲れておりました。すると、小さなポシェットに入れて、首からぶら下げている携帯電話が、重たくってしかたがありません。
    元気なときには、なんともない物が負担で仕方がないのです。

    掘辰雄も、布団の重さが負担だったのではないか。
    ああ、そうでした。前回、大島紬はなぜ人気か?というby夫の質問がありました。
    普段着の帝王なんて言っていますが、わたしの答えでは、不十分でしたね。
    大島紬は、絹物ですから、軽いのです。
    軽くて丈夫、そして暖かなのです。だから、お高いのです。

    ダウンの上着が安く手に入る今では、ついつい忘れがちですが、軽くて暖かという生地は、希少な価値あるものでした。

    掘辰雄は、きっと重たい布団に押しつぶされそうにして冬を越したはず。
    看病する多恵子夫人も、綿入れかなんか着て、膨れあがっていたことでしょう。
    春が、どんなにか待ち遠しかったことでしょう。

    そして、待ち望んだ春が来て、辛夷もあんずも咲いて。
    辰雄は、それを楽しんだでしょうか。

    掘辰雄が春を待って最期を迎えたのは、よかったと思います。
    去りゆく人にとっても、残される人にとっても。
    霧氷の別れは、どんなに美しくてもつらすぎますから。
    By妻

  • さっそくもう一度旧中山道に入りました。

    さっそくもう一度旧中山道に入りました。

  • 狙って撮れる写真ではありません。<br />日頃の行いの良さをかみしめました。<br /><br />写真に「♪」をつけるのは4トラベラーkummingさん。<br />素敵なアイデアです。パクります。「♪」一つで「らん」と読みます。<br /><br />澄んだ鈴の音で「リン」と読んでほしいです。By妻<br />

    狙って撮れる写真ではありません。
    日頃の行いの良さをかみしめました。

    写真に「♪」をつけるのは4トラベラーkummingさん。
    素敵なアイデアです。パクります。「♪」一つで「らん」と読みます。

    澄んだ鈴の音で「リン」と読んでほしいです。By妻

  • ♪

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  • ♪♪♪

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  • 掘辰雄文学記念館入口。

    掘辰雄文学記念館入口。

  • 犀星並木も真っ白でした。

    犀星並木も真っ白でした。

  • 「折角だから、いいものを見せてあげるわよ」と多恵子さんのプレゼントでありました。<br />寒かったけれど。<br />

    「折角だから、いいものを見せてあげるわよ」と多恵子さんのプレゼントでありました。
    寒かったけれど。

  • この寒さの中、犀星並木を入っていく女人がいました。犀星風に「おんなひと」と読みましょう。お若いようでした。<br /><br />4トラベラー前日光さんから「掘辰雄紀行1」にいただいたコメントを思い出しました。<br />(以下の引用は前日光さんのご許可を、一部略を含め、いただいております)<br /><br />★私の親友の卒論は「堀辰雄論」でした!<br />我が大学の寮は旧軽井沢にありまして。<br />なぜか国文科は一年生の夏休み、軽井沢ゼミに全員参加しないと単位がもらえませんでした。<br />まだ一年生だった夏休み、国文科全員が軽井沢の寮に集合、講義もありましたが自由時間もありました。<br />それで友達が、堀夫人が住んでいるはずだから、ぜひ別荘に行きたいということで二人で出かけました。<br />油屋も見たはずですが、ほとんど覚えていません。<br />1970年の夏のことです。<br />花の女子大生二人、別荘の垣根の葉っぱをちぎって持って帰るのがせいぜいでした。<br />夫人にお声をかける勇気はありませんでした。<br />その葉っぱは、結構長いこと手元にありましたが、今はどこかに消えてしまいました。<br />ひと夏の軽井沢の思い出です。<br />まさに風立ちぬ、高原の夏は過ぎて。。。★<br /><br />1966年の私。70年の前日光さん。80年の元気いっぱいの女子高生。この日の娘さん。<br />円地文子がいうところの、<br /><br />★こういう作家は、不死鳥のようにいくら時代が変わり青春の様相が変わっても、いく度でも生まれかわって来て、青春の讃歌とエレジイを読者の心に与えてくれるのだと思う。★(筑摩別巻2「青春の讃歌と挽歌」P402)<br />

    この寒さの中、犀星並木を入っていく女人がいました。犀星風に「おんなひと」と読みましょう。お若いようでした。

    4トラベラー前日光さんから「掘辰雄紀行1」にいただいたコメントを思い出しました。
    (以下の引用は前日光さんのご許可を、一部略を含め、いただいております)

    ★私の親友の卒論は「堀辰雄論」でした!
    我が大学の寮は旧軽井沢にありまして。
    なぜか国文科は一年生の夏休み、軽井沢ゼミに全員参加しないと単位がもらえませんでした。
    まだ一年生だった夏休み、国文科全員が軽井沢の寮に集合、講義もありましたが自由時間もありました。
    それで友達が、堀夫人が住んでいるはずだから、ぜひ別荘に行きたいということで二人で出かけました。
    油屋も見たはずですが、ほとんど覚えていません。
    1970年の夏のことです。
    花の女子大生二人、別荘の垣根の葉っぱをちぎって持って帰るのがせいぜいでした。
    夫人にお声をかける勇気はありませんでした。
    その葉っぱは、結構長いこと手元にありましたが、今はどこかに消えてしまいました。
    ひと夏の軽井沢の思い出です。
    まさに風立ちぬ、高原の夏は過ぎて。。。★

    1966年の私。70年の前日光さん。80年の元気いっぱいの女子高生。この日の娘さん。
    円地文子がいうところの、

    ★こういう作家は、不死鳥のようにいくら時代が変わり青春の様相が変わっても、いく度でも生まれかわって来て、青春の讃歌とエレジイを読者の心に与えてくれるのだと思う。★(筑摩別巻2「青春の讃歌と挽歌」P402)

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この旅行記へのコメント (5)

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  • 前日光さん 2023/06/05 16:42:24
    霧氷°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
    しにあさん&by妻さん
    そろそろ引っ越しのドサクサに片がついた頃でしょうか?
    いやいや、とんでも!というby妻さんの叫びが聞こえてきそうですが( ̄▽ ̄;)

    なんだか、私のザレ事を引用していただき、ありがとうございます<m(__)m>
    冬の軽井沢は、さぞ寒かったことでしょう!
    夏の軽井沢しか知らないですが、当方住んでいる場所がけっこう冷えるので、
    軽井沢の寒さは実感できるつもりです。
    霧氷って、見てる分にはきれいだなぁなどと、詩にも歌にもなる現象&言葉ですよね!
    それにしても堀辰雄が生きていた時代の寒さって、相当なものだったでしょうね!
    しかも病名は結核ですから、実際にはしんどかったろうなと思います。
    こういう時にいつも、ああ、この時代に生まれてなくて良かったなどと不埒なことを考えてしまいます。
    寒さと暑さ、そして歯の痛みが、昔だったら大変だったろうなと思う三大苦痛です。
    この三者の中で、かろうじて我慢できるとしたら、寒さかな?
    なにしろ暑いのが大の苦手、歯は痛みだしたら歯医者のない時代にはどうやって痛いのが治るのだろう?とか考えると夜も眠れません"(-""-)"
    昔の人は、やっぱり我慢強いというか、我慢するしかなかったというか。。。

    犀星並木を入ってゆく20世紀のしにあさん、わたし、女子高校生、そして21世紀の娘さん。
    円地文子氏の言葉は、的を射ていますね!
    時代が変わっても、青春の讃歌とエレジイを読者に与えてくれる作品、そういうものが書けたらなぁヽ(^o^)丿と、しみじみ思うわたしです。


    前日光

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2023/06/05 18:44:21
    Re: 霧氷°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
    堀辰雄紀行信濃追分編、引用二つでばっちり締めました。
    このコメントをいただいたときに、この締め方でいくと決めました。
    われながら決まったと思います。
    このあと軽井沢編になるのですが、もうしばらくお付き合いください。
    なんとか6月中には始めたいのですが。

    信濃追分は寒いところです。堀辰雄の部屋は4畳半と3畳、狭くて貧相と思いましたが、寒さ対策なのですね。暖房が火鉢とコタツですから、このくらいの狭い部屋じゃないと暖まらないのでしょう。
    狭苦しさは南に大きく開いた広縁でカバーする。

    多恵子は晩年、駅の近くに家を建てて、そこで亡くなるのですが、その家には薪ストーブの煙突が立っていました。夫もこの暖かさで包んでやりたかったと思ったでしょう。しかし現代の効率のいい薪ストーブは1970年以降のものですから、辰雄の時代にはまだありません。それまでは裸火の暖炉。日本の木造家屋では暖炉は作れません。

    さすがに2月は、旧中山道を歩いていたのはこの娘さんだけでしたが、それ以外は若い人もいました。それも一人、二人連れくらいで、静かに歩いていました。円地文子の言葉は引き継がれているのです。
  • kummingさん 2023/05/01 02:31:29
    しにあさん、by妻さん、こんばんは♪

    ♪ らん     りん
    ♪♪ らんらん   りんりん
    ♪♪♪らんらんらん  りんりんりん

    嬉しいな~、音声を付けていただき、ありがとうございます♪ 心模様を表現するマークとして、多用しています。

    ココから全くブログの感想ではない、独り言を書いてもよいですか?
    朝8時過ぎにCatedral着、運良くミサの前に中に入れました。が、フェデさまの棺の先っぽが見えるチケット売り場で、日曜日は10時~と書いてあるのを見つけました。2時間くらいで私のフェデさま愛は挫けるわけない!
    ようやく10時になり、チケット売ってもらえたは良いけど、先に塔へ行きなさい!と強制され、その後ようやく、降りて来たのが棺の前でした。

    本来ココで涙の対面、の予定でした。が、何ですかあれは⁇ あんな入口近くのぞんざいな場所に、我らがフェデさまのお棺が、あまりにもおざなりな対応じゃあ、ありませんか⁈(怒)という事で予想外の怒りの対面を終え、次はクリプタと宝物館へ行こうとしたら、何と今度は11時~と言う⁈ いくらフェデさま愛深くても、おひつぎの前で1時間は過ごせなかった、わたしが悪かったんかい?

    長くなりますが、そこから小雨の降りしきる中、Ziza を目指し(かなりの悪路ってこと、ご存知ですよね)、Google くんにウソの道案内されるは、あげくZizaの営業時間は過ぎる(HPの表示と実際が違う)は、疲れて入ったレストランのトイレに閉じ込められるは、帰ればB&Bの鍵に手こずるは、多難の一日でございました(;o;)

    パレルモ滞在日数は余分にkeepしたつもりですが、どうなることやら(-。-;
    ブログに無関係な事ばかりで、ごめんなさいm(._.)m
    でも、私がフェデさま愛にどっぷり浸かってしまったのは、塩野七生さまと、しにあさんのFDllシリーズのせい、なので、責任ありますよね?⁇

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2023/05/01 05:24:40
    Re: ♪
    ♪♪♪♪はらんらん・らんらん、またはりんりん・りんりんと2回に分けて発声いたします。

    Zizaやクーバですが、売店にここでしか買えないパンフがありました。チェックしてください。
    後日ブログにするとき便利。

    パレルモ本番、奮励願います。

    今日も今日とて引越し騒ぎ。

    kumming

    kummingさん からの返信 2023/05/01 05:30:32
    Re: ♪
    生きた貴重な情報ありがとうございます♪
    こっち側では情報があやし過ぎてあてにならず(-。-;
    あ、私の日本語↑もあやしいようで(~は、訂正→~わ)m(._.)m
    しにあさんにおかれましては、お引越しに邁進あるのみ!

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