2021/09/03 - 2021/09/03
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ケロケロマニアさん
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この旅行記のスケジュール
2021/09/03
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この旅行記スケジュールを元に
2021年の夏は、コロナの中で微妙な活動制限が強いられる中、沖縄旅・北陸旅などをしていた時期でしたが、18きっぷが1枚余っていた9月上旬、このシーズン最初の秋旅として、和寒から稚内まで単純往復しました。
まあ、それだけの旅程なので旅行記としての価値はほぼないです(汗)が、2021年秋(9~11月)の旅行記がまるまる欠落していたので、補充の意味で今更ながらに綴らせて頂きました。(これを書いているのは2023年2月のことです。)
まさかその翌年の夏、稚内で暮らすことになろうとはこの時点ではつゆ知らず。まだ旅人レベルとしての稚内旅の1日でしたが、この時は寧ろ、2021年春に大量粛清となった宗谷本線上の元駅達の様子も、車窓から眺めておきたいというのがメインの目的だったと言えるのかもしれません。
(表紙:稚内市内で眺めた、黄昏時の稚内開基百年記念塔の遠景。翌年の夏、これが日常の風景となりました)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2021年9月3日朝。
下り方面へのいつものルーティーン。
H100形を避けられる始発にて和寒をしゅっぱと。和寒駅 駅
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この春から宗谷本線上の旭川側の二つの駅(南比布駅・北比布駅)が廃止となり、整理券番号も一桁の8番となってしまいました…(;´Д`)。
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残っている宗谷南線上の駅で、一番危ないと思っているのがこちらの瑞穂駅。
ステキな花壇が必死に存在感を訴えかけているようです。
どうか、なくならないでケロ~(;´Д`)。瑞穂駅 駅
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で、この時にはまだ現存していた東風連駅。
今ではスポット検索の項に東風連駅と入力しても、名寄高校駅が出てくるようになったな…。
場所が違っているので、同一のスポットとして登録されてしまったのは、ちょっと違和感あるわ。名寄高校駅 駅
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この時代はまだ、名寄高校に通学される学生さん達は、ここから徒歩(或いは自転車)で学校に向かわれていましたよね。
学生さん達にとっては、駅の移転は有難かったことでしょうね。 -
この時期には、待合室上に既に翌春の移転を示すボードが待合所側面に掲げられていましたね。
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まあ、そんな東風連駅の事に思いを馳せつつ、名寄にとうちゃこ。
ここで切り離し作業が行われるのは定期イベントです。名寄駅 駅
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本日は511ちゃんと…。
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513ちゃんとの2両編成でした。
春までは54ちゃんと40ちゃんの2両編成だったんですけどね…。
(但し、今でも時々その編成で見かけることはあります。) -
で、名寄駅にて、今夏(秋)5回目のスタンプを押して頂きましょう。
この夏は結局、旭川・岩見沢・福井・滝川・名寄と、全て違う駅でスタンプをゲットすることが出来ました。 -
で、再しゅっぱと。
美深駅で最初の交換があります。美深駅 駅
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この駅も今後が心配な初野駅。
実はまだここ、乗降経験がないんだよね~(;´Д`)。初野駅 駅
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お洒落な形の駅舎を有する恩根内駅。
ここも一時は廃駅が持ち上がりましたが、何とか延命しましたね…。
まあ、この先も油断はならないと思いますが…。恩根内駅 駅
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で、この春からは信号場へと降格してしまった豊清水にて…。
豊清水駅 駅
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もう駅ではないので、車外に出ることは出られません。
車尻からひっそりとお見送りしましょう。
さいなら~。豊清水駅 駅
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そんな駅時代の豊清水のことを思い出しながら、外に出られないまましゅっぱと。
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天塩川温泉駅。
ここの温泉も長いこと行ってないから、そのうち行かないとな…。
減便になってから、鉄道利用で立ち寄るのが難しくなってしまいました。天塩川温泉駅 駅
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音威子府を過ぎて、次が筬島駅。
北海道命名の地の最寄駅としてもお馴染みですね。筬島駅 駅
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で、マニア垂涎の地、糠南駅。
有名過ぎて、今更ながら語ることはありません。糠南駅 駅
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安牛駅跡地をひっそりと眺めながら…。
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南幌延駅にとうちゃこ。
南比布も南美深もこの春になくなったばかりでしたので、格別な思いで眺めておりました。
牛さんデザインが可愛いんだよね~♪( ´∀` )♪南幌延駅 駅
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で幌延にとうちゃこ。
ここで長い停車時間がありますので、外に出るのも定期イベントです。幌延駅 駅
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まあ、近くのスーパーで買い物したりとか、郵便局寄ったりとか、最近の幌延停車でやることはワンパターン化している気がするけど…(;´Д`)。
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この昔ながらのプレートも味があるんだよね~。
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という訳で、跨線橋からもパチリ。
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角度をカエルてもう1枚。
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再しゅっぱと後、まずは下沼駅を。
この駅には翌秋に訪問することになります。
(既に書いちゃったけど…。)
水場が近くにあるので、暑い時期などは特に覚えておかれると良い駅ですね。下沼駅 駅
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この日の利尻富士。
往路は雲に阻まれて、全容を眺めることは出来ませんでした…(-_-;)。 -
この沼が見えてくると…。
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兜沼駅にとうちゃこです。
ここも翌夏に訪問することになります。
ホントはここでキャンプしたいんだけどね~。兜沼駅 駅
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で、ここも翌秋に訪問することになる、稚内市域の最南端駅勇知。
この駅界隈は案外便利(宗谷本線沿いにしては、の意味)なので、途中下車して、付近を長時間楽しんでみて下さいね~。勇知駅 駅
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で、色々とお騒がせの抜海駅。
議論が二転三転するだけ、地元の方々の存続意欲も高い駅ですので、頑張って欲しいものですね。抜海駅 駅
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で、車窓から海越しの利尻富士が臨める唯一の区間にて…。
まあ、先程とあまり状態は変わりませんね。カエルりに期待しましょう。 -
この区間では皆さん利尻の方ばかりに目が行きがち、ですが、一応、礼文の方も見てあげて下さいね~( ´∀` )。
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という訳で、翌夏はここが拠点となる南稚内駅にとうちゃこ。
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この日もここで下車しました。
お天気は快晴なんですけど、利尻富士は見えんかったんよな~。南稚内駅 駅
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このアザラシさんも可愛くてステキ~( ´∀` )。
カエルさんには負けるけど…。 -
頑張れ宗谷本線、の幟。
廃駅ラッシュの春だっただけに、一層沁みますね…。
13もの駅が1本の路線上だけで、一気に廃止となったこの暗黒の歴史、一生忘れません…。 -
そんな南稚内駅をしゅっぱとして、まず向かうのは…。
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”ハエポ”が見られる名寄標識も楽しみつつ…。
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日本最北の百貨店にとうちゃこしました。
まあ、百貨店と呼ぶには規模が小さいのですが…。
そういえば、これを書いている2023年冬に、帯広の藤丸も閉店になっちゃいましたよね…。サザエ 稚内西條店 グルメ・レストラン
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ここのフードコート内にあるこちらのお店で…。
長寿庵 グルメ・レストラン
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お蕎麦を頂きましょう。
値段は、この年の冬に記録していたノートを紛失してしまったので忘れました。 -
で、今度は、日本最北のマクドへ。
ここで記念撮影も定期イベントだよな~(^^;)。 -
まあ、食後なので、デザート感覚でアップルパイと飲み物だけをオーダー。
今どきのマクドのアップルパイの外箱デザインって、こんなんだったんだ~。
飲み物カップのデザインと同じやん。 -
で、今度は逆方向に稚内駅方面に向かって歩きましょう。
ここで”ムィス ノシャッル”を眺めるのも定期イベントです。 -
やって来たのは稚内副港市場です。
稚内副港市場 市場・商店街
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そういや、この時期はまだこれが見られたよな~。
翌夏は見かけなかったような。
ロシアのウクライナ侵攻が関係しているのかな??? -
樺太記念館へも立ち寄りましょう。
この頃はまだウクライナが平穏無事な時代でした。 -
この時点では、がらんとしていた副港市場内メインエリアの様子。
翌年訪問した際には、すっかりと活気を取り戻しておりました。 -
港町一丁目商店街を再現した昭和レトロなエリア。
港ギャラリー 名所・史跡
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ホッコリとしてしまう展示が目白押しなので、昭和にカエルりたくなった方は是非ご訪問下さい。
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稚泊航路の乗船口を復元した箇所も。
亜庭丸でなくてもいいから、是非、サハリンまでフェリーで行ける時代が戻って来て欲しいものです。 -
当時は乗船口に直結したこちらの駅もありましたね。
ここが当時の北海道最北端駅だった、ということですね。
(但し、厳密には当時の稚内港駅(現稚内駅)の構内乗降場としての扱いだったらしいので、最北端乗降所というべきか…。) -
副港市場内の屋外エリアには、こんなお店もありましたね。
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ロシア料理店「ペチカ」。
残念ながら閉店してしまいました…。 -
もう、このキリルの電光ペチカも、輝きを見せることはないんですね…。
日露関係も、改善が見られないまま、このままフェイドアウトしていくのであろうか…。 -
今度は、稚泊航路を偲びつつ、コロナ前はサハリン行きフェリーも発着していたフェリー乗り場へと向かってみましょう。
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その途上にあるのが、こちらのポートサービスセンター。
翌年訪問してみた際には、こちらがPCR検査会場になってた~(;´Д`)。稚内ポートサービスセンター 名所・史跡
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まあ、平時であれば、コインシャワーやコインランドリーなどが利用できるので、貧民層の旅人的には有難い施設であります。
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マトリョーシカちゃん達の展示も見られました~。
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で、フェリーターミナルへ。
離れにある国際ターミナルの側は勿論閉鎖されていましたが、利礼への国内航路が発着する側のターミナルも、コロナ禍中ということもあり、ひっそりとしていました。稚内港フェリーターミナル 乗り物
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ここにも、日露友好に絡んだ、色々な展示物が見られます。
海を隔ててすぐ向こうにあるのに…。
冷戦時代さながらの遠い異国になったサハリンのことを、今一度思いつつ…。
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秋の初めとはいえ、少しずつ夕暮れの時間帯が早くなる季節。
一道民的には、この頃位からは、もう長い冬の事を思ってウンザリするようになります。 -
現状における日本最北の町で、秋の風情に浸る。
この年はまだ旅人気分でしたが、翌年は一生活者としてそれを毎日味わうことになります…('◇')ゞ。 -
フェリーターミナルから海沿いに歩いて、防波堤ドームが見える側へと移動しましょう。,
ここも広々とした公園として整備されましたが、元のフェリーターミナルは稚泊(稚斗)航路時代さながらに、この辺りにありましたね。北防波堤ドーム公園 公園・植物園
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稚内は、樺太引揚の際に、後の昭和の大横綱、大鵬が上陸した地としても知られています。
本当は小樽まで乗船する予定でしたが、母の体調が思わしくないこともあり、寄港地の稚内にて途中下船。これが大鵬の命を救うことになりました。
大鵬が乗船してきた小笠原丸は、その後、小樽へと向かう途上で、ソ連軍潜水艦からの攻撃により、留萌沖にて沈没してしまうことになります。
その歴史は他の同様の二隻と併せて、三船殉難事件としてあまりにも有名です。上述の副港市場内にある稚内市樺太記念館で、詳細なドキュメンタリー映像を観ることが出来ますので、是非ご覧になってみて下さい。
この新しく設置された大鵬の記念碑の奥に見えるのが…。大鵬幸喜上陸の地記念碑 名所・史跡
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こちらの稚泊航路記念碑ですね。
これを眺めつつ、稚泊航路の、稚内桟橋駅の歴史を振りカエルのが、この町におけるルーティンともなっております。稚泊航路記念碑 名所・史跡
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そして、北防波堤ドーム内へ。
かつては、夏季シーズンにおいては、サイクリストやバイク、徒歩の旅人などが集い、多くの野営姿を見かけたものですが、それが禁止されるようになってからは、”宿”として訪問することはなくなってしまいました…。稚内港北防波堤ドーム 名所・史跡
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最後にプロムナードをひっそりと歩きつつ…。
しおさいプロムナード 名所・史跡
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防波堤ドームを後にしましょう。
さらばじゃ。
また逢う日まで! -
で、出発時刻が近づいてきましたので、稚内駅へと戻りましょう。
というか、この日においては、これが最初の稚内駅、ですが…(^_^;)。
最北鉄路のモニュメント前にこれが設置されてから、日付や時刻を記念に残すのに便利になりましたね。稚内市街地にいると、なかなか見るチャンスのない稚内のカントリーサインも添えられて、被写体スポットとして最適です。日本最北端の線路のモニュメント 名所・史跡
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で、これから乗車するのが、勿論この18時3分発の名寄行きとなります。
減便となってからは、午後に名寄方面へと向かう唯一の普通列車として、他の選択肢がなくなりました。 -
では、車内へと参りましょう。
微妙に稚内駅の改札は、この前の特急列車が発車すると無人扱いになるので、整理券も発券されます。稚内駅 駅
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本日ケロ(帰路)でお世話になる54ちゃんはこの子。
乗って来た子と同じ~。(他に午後のこの時間帯前にとうちゃこする普通列車ないから当たり前やろ。) -
で、稚内駅では無人時間帯の普通列車でのみ頂ける貴重な整理券をゲット。
この時点ではまだ歌内駅がありましたので、整理券番号は40番となっていますね。 -
で、車内の様子。
9月に入り、観光シーズンも微妙に過ぎている上に、コロナ禍中の翻車魚時代でもありましたので、車内は始発からひっそりとした状態でした。 -
セコマなどで買い込んだ食材をメインに、ひっそりとした夜宴を楽しみながらカエルことにしましょうね。
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で、そのカエル道の最初のハイライトは、抜海駅手前、稚内市街地エリアを除いて宗谷本線沿線で唯一日本海が望める区間における利尻富士のお姿、なのですが…。
おおっ、絶景じゃー~♪♪♪
この時期ではまだ明るい時間帯にここを通過できたのが幸いでした。 -
そして、暗くなってからはお決まりの読書タイムです。
本日はこちらを携えてきました。
宮崎駿監督のアニメ映画「風立ちぬ」のモデルとなった航空技術者、堀越二郎のお話がメインに綴られている作品です。 -
そして、セコマ名物の当地とは何の関係もないカップ蕎麦をすすりつつ通過していたのは…。
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ハイ、お蕎麦の産地としても有名な音威子府ですね。
個人的には人生初の初STB駅としても思い出深い駅ですが、全国的には少し前まで現役だった駅蕎麦があまりにも有名でしたね。
「常盤軒」の名物店主、西野守さんがお亡くなりになられたのも、この年の2月のことでした。今更ながらではございますが、この場をお借りして、ご冥福をお祈り申し上げます。
そして、今まで音威子府の駅蕎麦を盛り上げてくれて、どうも有難う!音威子府駅 駅
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そして、他に途中のネタは一切なく、この列車としての終点、名寄駅にとうちゃこ。
お隣に並んでいる人相の悪いお方に乗りカエルさせられます。
このまま54ちゃんに乗り続けていたいのに~(;´Д`)。名寄駅 駅
-
これから乗車するのは普通列車ですが、一部通過駅もあるためか、電光方向幕にも快速の表記が見られますね。
因みに快速名としてもひらがな表記が正しいので、この電光掲示の名寄の漢字には、特に通常の快速なよろ号乗車時には、いつも違和感を感じております。
まあ、快速の名寄行き、という意味なんでしょうけどね…。 -
車体番号はこちら。
H100なので、面白味は全くありません(;´Д`)。 -
この時点における名寄駅駅名標。
まだ旭川側の隣駅が「ひがしふうれん」になっておりました。 -
混みあう時間帯は最悪の車内環境になるH100殿、ですが、空いている時だと案外快適でもあります。
まあ、少しずつ良い点も見てあげないとね~。
(だから、生活者としての立場では、遅い時間帯の旭川行きとか、空いている時間帯を狙って乗車することが多いですね。) -
本日ゲットした三枚の整理券。
別になんてことない整理券達ですが、今見カエルしてみると、その翌年はこの3つの市町で暮らすことになります(^_^;)。 -
で、和寒へ。
この時点の運賃表では歌内が見られますね~♪
2021年春の宗谷本線へのH100導入前に、多くの駅が廃駅となってしまいましたので、彼らがこの電光運賃表に表記されたことはありませんでした。
ということは、この電光運賃表から、最初に消えてしまったのが歌内駅、ということになるんですね…。 -
という訳で、H100殿、さいなら~。
せめて、3両編成位で通常運行してくれると、この車両のイメージは良くなるのにな~。和寒駅 駅
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和寒駅構内には、2019年の開駅120周年以来、ずっと同じ写真が掲示されていますが、今後はその時の気分に応じて、それらの写真を少しずつUPしていこうかなと思います。
今回はこの写真をチョイス。昭和40年頃の和寒駅の様子です。
この時代は、駅でお弁当の立売まで見られたんですね~。
因みに、今でも非公式ではありますが、当時の駅弁製造元でもあった駅前のつたや食堂に頼めば、お弁当を作ってくれますので、お時間がある方は是非お試しあれ。
ということで、本旅行記はこれにて終了となります。
最後までご閲覧下さり、どうも有難うございました。
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