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2021年12月20日(月)3時15分頃、伊豆大島一周を終えて早朝に到着した岡田港に戻ってくる。レンタカーを返却し、船客待合所の1階のチケットカウンターで乗船券をもらって早速乗船。<br /><br />乗船するのは東海汽船の超高速ジェット船「セブンアイランド結」。超高速ジェット船はボーイング929ジェットフォイル(Boeing 929 Jetfoil)と云う米国に本社を置くボーイング社(The Boeing Company)が設計製造した旅客用の水中翼船。<br /><br />1967年に軍事用船舶として開発されたが、1974年に旅客用が開発され、1977年に日本に初導入された。国内では単にジェットフォイル(Jetfoil)と呼ばれる。「ジェット」はジェットエンジンとウォータージェット推進機によって駆動されることから来ており、「フォイル」は、「鋭い薄い翼」を表わす英語に由来している。<br /><br />ボーイング社の設計製造であるが、現在はライセンスを引き継いだ川崎重工業の登録商標となっており、 製造・販売権を得た川崎重工業が、「川崎ジェットフォイル929-117型」として製造・販売を行なっている。<br /><br />従来の水中翼船が水中翼の一部が海面上に出る半没翼船なのに対し、水中翼が全て沈む全没翼型水中翼船で、ハイスピードと高い安定性、なめらかな航行を実現している。ガスタービンを動力としたウォータージェット推進。<br /><br />停止時および低速では通常の船と同様、船体の浮力で浮いて航行し、速度が上がると水中翼に揚力が発生し、しだいに船体が浮上し、最終的には水中翼だけで航行する。そのため、船体への海水の抵抗が少なくなり、時速約80kmのハイスピードを実現。しかも波の影響を受けず、ほとんど揺れず、船酔いの心配を解消した。<br /><br />また、航空機と同様の自動姿勢制御装置を搭載しており、船行中の船体の姿勢を自動調節することで、常に最適な船体姿勢を保ち、抜群の乗り心地を実現している。また、緊急時には、自動車なみの短い距離で停船が可能。<br /><br />日本では東海汽船の4隻のセブンアイランド(結、愛、友、大漁)の他、佐渡汽船の新潟・佐渡島航路、隠岐汽船の松江・隠岐の島航路、九州郵船の博多・対馬航路、九州商船の五島列島航路、種子屋久高速船の指宿・種子島/屋久島航路にも就航しており、また国際線ではJR九州高速船/未来高速の博多・釜山航路にも就航している。<br /><br />この日乗船したのはセブンアイランド結(ゆい)。2002年から就航していた1981年製造のセブンアイランド虹の代替船として2020年に新造、就航した船。25年ぶりの新造船。全長27.4m、水線長23.93m、全幅8.53mで、総トン数267トン、旅客定員約260名。航続距離は約450kmで、最高速度は約45ノット(時速約83km)。<br /><br />東海汽船には前述のように、この他に3隻のセブンアイランドが就航しており、不定期含め、東京竹芝・伊豆大島/新島/式根島/神津島航路、熱海・伊豆大島/神津島航路、久里浜・伊豆大島/新島/式根島/神津島航路、伊東・伊豆大島航路、館山・伊豆大島航路に就航している。愛は2002年就航(1980年製造)、友は2013年就航(1989年製造)、大漁は2015年就航(1994年製造)。<br /><br />3時半、岡田港を予定通りに出航。夕陽が沈む海を見ながらうとうとしているうちにあっという間に熱海港が見えてくる。港の南の山の上に城が見えてくるが、天守を模して造られた観光施設の熱海城。今回は行けなかったが、絶景スポットと云うことなので、いつか行ってみたいものだ。定刻4時15分、熱海港に到着。<br /><br />熱海港は市街地の南に位置し、伊豆大島だけでなく初島航路が発着している。チケット販売所がある船客待合所があり、北側にはサンレモ公園が整備され、港湾の最も奥まった一角は漁港エリアになっている。<br /><br />また、向い側の埋立地には熱海市浄水管理センターがあり、内海側には大型船が接岸できる岸壁があり、先端は熱海港海釣り施設になっている。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8927947403941871&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />2日目に浜松から東京に向かったこの旅、再度静岡県に戻って来たが、浜松は旧遠江国だったが、ここ熱海は旧伊豆国。この旅最初の浜名湖の項で書いたが、静岡県は旧駿河国と旧遠江国、そして旧伊豆国からなっている。<br /><br />旧伊豆国は伊豆半島とここに来る前に行って来た現在は東京都に属する伊豆諸島からなっていた。現在の静岡県の自治体では熱海市の大部分、伊東市、三島市、田方郡函南町の大部分、伊豆の国市、伊豆市、沼津市の南部、賀茂郡東伊豆町・河津町・南伊豆町・松崎町・西伊豆町と下田市から成っていた。<br /><br />伊豆と云う名前の由来は諸説ある。半島が海に突き出していることから「海から出ずる」が転じたという説、温泉が多いことから湯が出る、「湯出(ゆず)」が転じたという説、熱海の地名であった井津が転訛したという説、港(津)に由来するという説、アイヌ語の「エツ(へそ、鼻)」が訛ったという説など。<br /><br />いずれにしても「いず」もしくは「いづ」は古代以前から使われて来たもので、律令時代に漢字2文字の国名が義務付けられた際に当て字として「伊豆」が使われるようになったと考えられている。<br /><br />東海道十五か国の一つだが、奈良時代から遠流(おんる)の地とされていた。その中で平安時代末期にこの地に流されたのが源頼朝。1160年から1180年の挙兵まで20年間を蛭ヶ島(現伊豆の国市)で過ごした。ただし、幕府が開かれた鎌倉は相模国。<br /><br />室町後期の1498年に北条早雲がこの地を平定し、約100年後北条氏が関東一帯を支配したが、1590年の豊臣秀吉小田原征伐で、北条氏は滅亡し、徳川家康の所領となった。江戸時代には伊豆には大名は置かれず、天領と旗本領、大名領(小田原、沼津、掛川藩)の混在地となった。<br /><br />明治維新直後の1868年(慶応4年)に駿河国、相模国、武蔵国、甲斐国内の幕府領・旗本領と共に韮山県の管轄下となるが、1871年(明治4年)に廃藩置県で相模国の西半と伊豆国全域をもって足柄県となるが、1876年(明治9年)足柄県は廃止され、伊豆諸島を含む伊豆国は静岡県に編入された。さらに、2年後の1878年に伊豆諸島は東京府に編入され、現在に至っている。<br /><br /><br />港からホテルに向かうが、続く

大島から熱海へ(Oshima,Tokyo to Atami,Shizuoka,Japan)

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2021/12/20 - 2021/12/20

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ちふゆ

ちふゆさん

2021年12月20日(月)3時15分頃、伊豆大島一周を終えて早朝に到着した岡田港に戻ってくる。レンタカーを返却し、船客待合所の1階のチケットカウンターで乗船券をもらって早速乗船。

乗船するのは東海汽船の超高速ジェット船「セブンアイランド結」。超高速ジェット船はボーイング929ジェットフォイル(Boeing 929 Jetfoil)と云う米国に本社を置くボーイング社(The Boeing Company)が設計製造した旅客用の水中翼船。

1967年に軍事用船舶として開発されたが、1974年に旅客用が開発され、1977年に日本に初導入された。国内では単にジェットフォイル(Jetfoil)と呼ばれる。「ジェット」はジェットエンジンとウォータージェット推進機によって駆動されることから来ており、「フォイル」は、「鋭い薄い翼」を表わす英語に由来している。

ボーイング社の設計製造であるが、現在はライセンスを引き継いだ川崎重工業の登録商標となっており、 製造・販売権を得た川崎重工業が、「川崎ジェットフォイル929-117型」として製造・販売を行なっている。

従来の水中翼船が水中翼の一部が海面上に出る半没翼船なのに対し、水中翼が全て沈む全没翼型水中翼船で、ハイスピードと高い安定性、なめらかな航行を実現している。ガスタービンを動力としたウォータージェット推進。

停止時および低速では通常の船と同様、船体の浮力で浮いて航行し、速度が上がると水中翼に揚力が発生し、しだいに船体が浮上し、最終的には水中翼だけで航行する。そのため、船体への海水の抵抗が少なくなり、時速約80kmのハイスピードを実現。しかも波の影響を受けず、ほとんど揺れず、船酔いの心配を解消した。

また、航空機と同様の自動姿勢制御装置を搭載しており、船行中の船体の姿勢を自動調節することで、常に最適な船体姿勢を保ち、抜群の乗り心地を実現している。また、緊急時には、自動車なみの短い距離で停船が可能。

日本では東海汽船の4隻のセブンアイランド(結、愛、友、大漁)の他、佐渡汽船の新潟・佐渡島航路、隠岐汽船の松江・隠岐の島航路、九州郵船の博多・対馬航路、九州商船の五島列島航路、種子屋久高速船の指宿・種子島/屋久島航路にも就航しており、また国際線ではJR九州高速船/未来高速の博多・釜山航路にも就航している。

この日乗船したのはセブンアイランド結(ゆい)。2002年から就航していた1981年製造のセブンアイランド虹の代替船として2020年に新造、就航した船。25年ぶりの新造船。全長27.4m、水線長23.93m、全幅8.53mで、総トン数267トン、旅客定員約260名。航続距離は約450kmで、最高速度は約45ノット(時速約83km)。

東海汽船には前述のように、この他に3隻のセブンアイランドが就航しており、不定期含め、東京竹芝・伊豆大島/新島/式根島/神津島航路、熱海・伊豆大島/神津島航路、久里浜・伊豆大島/新島/式根島/神津島航路、伊東・伊豆大島航路、館山・伊豆大島航路に就航している。愛は2002年就航(1980年製造)、友は2013年就航(1989年製造)、大漁は2015年就航(1994年製造)。

3時半、岡田港を予定通りに出航。夕陽が沈む海を見ながらうとうとしているうちにあっという間に熱海港が見えてくる。港の南の山の上に城が見えてくるが、天守を模して造られた観光施設の熱海城。今回は行けなかったが、絶景スポットと云うことなので、いつか行ってみたいものだ。定刻4時15分、熱海港に到着。

熱海港は市街地の南に位置し、伊豆大島だけでなく初島航路が発着している。チケット販売所がある船客待合所があり、北側にはサンレモ公園が整備され、港湾の最も奥まった一角は漁港エリアになっている。

また、向い側の埋立地には熱海市浄水管理センターがあり、内海側には大型船が接岸できる岸壁があり、先端は熱海港海釣り施設になっている。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8927947403941871&type=1&l=223fe1adec

2日目に浜松から東京に向かったこの旅、再度静岡県に戻って来たが、浜松は旧遠江国だったが、ここ熱海は旧伊豆国。この旅最初の浜名湖の項で書いたが、静岡県は旧駿河国と旧遠江国、そして旧伊豆国からなっている。

旧伊豆国は伊豆半島とここに来る前に行って来た現在は東京都に属する伊豆諸島からなっていた。現在の静岡県の自治体では熱海市の大部分、伊東市、三島市、田方郡函南町の大部分、伊豆の国市、伊豆市、沼津市の南部、賀茂郡東伊豆町・河津町・南伊豆町・松崎町・西伊豆町と下田市から成っていた。

伊豆と云う名前の由来は諸説ある。半島が海に突き出していることから「海から出ずる」が転じたという説、温泉が多いことから湯が出る、「湯出(ゆず)」が転じたという説、熱海の地名であった井津が転訛したという説、港(津)に由来するという説、アイヌ語の「エツ(へそ、鼻)」が訛ったという説など。

いずれにしても「いず」もしくは「いづ」は古代以前から使われて来たもので、律令時代に漢字2文字の国名が義務付けられた際に当て字として「伊豆」が使われるようになったと考えられている。

東海道十五か国の一つだが、奈良時代から遠流(おんる)の地とされていた。その中で平安時代末期にこの地に流されたのが源頼朝。1160年から1180年の挙兵まで20年間を蛭ヶ島(現伊豆の国市)で過ごした。ただし、幕府が開かれた鎌倉は相模国。

室町後期の1498年に北条早雲がこの地を平定し、約100年後北条氏が関東一帯を支配したが、1590年の豊臣秀吉小田原征伐で、北条氏は滅亡し、徳川家康の所領となった。江戸時代には伊豆には大名は置かれず、天領と旗本領、大名領(小田原、沼津、掛川藩)の混在地となった。

明治維新直後の1868年(慶応4年)に駿河国、相模国、武蔵国、甲斐国内の幕府領・旗本領と共に韮山県の管轄下となるが、1871年(明治4年)に廃藩置県で相模国の西半と伊豆国全域をもって足柄県となるが、1876年(明治9年)足柄県は廃止され、伊豆諸島を含む伊豆国は静岡県に編入された。さらに、2年後の1878年に伊豆諸島は東京府に編入され、現在に至っている。


港からホテルに向かうが、続く

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