2023/01/13 - 2023/01/13
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hijunoさん
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久々に奈良に行きました。
昨年からとても行きたくて、リストを挙げているとキリがなくなりました。(笑)いっぱい、いろいろ行きたいところがありますが、今回は山の辺の道のあたりから橿原まで足を伸ばすことにしました。
山の辺の道は学生時代歩いて以来、40年以上振りです。懐かしい。。
路も今はすっかり舗装されていました。
本来はゆっくり山の辺の道を歩きたいところですが、今回は車でできるだけ多くを回ることにしました。
三輪素麺も朝一番で食べるということも決めていました。
順番は以下の通りです。
森正(三輪素麺のお店)→大神神社→檜原神社→箸墓古墳→景行天皇陵→崇神天皇陵(遠くから)→黒塚古墳→黒塚古墳展示館→神武天皇陵→橿原考古学研究所→橿原神宮→藤原京跡
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
奈良は久しぶり。
ワクワクしています。
まず、大神神社へ向かいます。
参道。 -
お土産物屋さんや食事をするところ、賑やかです。
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三輪山麓の詳しい地図もあります。
古代から信仰の場所。 -
大神神社に行く前に、こちらに寄っていきます。
素麺のお店、森正。
風情のあるお店。 -
門構えも立派。
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朝はこちらで食べることにしてました。
10時開店と共に入店。
にゅう麺と柿の葉寿司を注文。
お店の中の屋根はありますけれど、お庭のようなところで。
とても素敵な雰囲気でした。
店内も素敵なのですが、写真撮影はご遠慮してほしい、、、、と
お店の方からいわれましたので、お料理だけをパチリ。 -
柿の葉寿司は鯖でした。
柿の葉の香りがしっかりついていて、とても美味しかった~。 -
お店の前にお土産物屋さんがあります。
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こちらのお店で購入。
葛は吉野葛。早速葛餅を造りましたが、さすが吉野葛、、、高級~。
とても滑らかな美味しい葛です。
ふしは御素麺の端のほうをまとめて売っているもの。
お吸い物やお味噌汁にちょっと入れることができるので、便利です。 -
いよいよ、大神神社へ。
大鳥居をくぐり、こちらはニの鳥居。 -
厳かな雰囲気。
三輪山が御神体、本殿はありません。 -
お正月のお参りのための順路が書かれていました。
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門をくぐって参道を歩きますが、澄み切った空気で気持ちがすっきりします。
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立派な拝殿。
拝殿は1664年に徳川家綱により再建されています。
大神神社は古事記や日本書紀の時代から、又、朝廷からも篤く信仰されていた神社。
祭神は大物主大神。
水神、雷神としても稲作豊穣や疫病除け、醸造の神様として信仰されてきました。
崇神天皇の時代にも疫病が蔓延し、大物主大神を祀り疫病が鎮まったという日本書紀の記述もあります。 -
今年の干支の兎が可愛い。
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樹齢500年と言われるご神木。
大物主大の化身といわれる白蛇が棲むことから巳の神杉と言われています。 -
説明がありました。
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縄鳥居。
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凛とした空気の中の静かな神社でした。
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遠くから観た大鳥居。1986年に建立。
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檜原神社へ向かいます。
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古代の道、山の辺の道のコースにあります。
山の辺の道は日本最古の道と言われています。
道沿いには記紀や万葉集に関する多くの旧跡もあります。 -
大神神社の摂社です。
大神神社と同じような縄の鳥居です。 -
こちらは、元々、宮中で祀られていた天照大御神を初めて外で祀った、倭笠縫邑の地と言われています。
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小さな神社ですけれど、とても神聖な雰囲気に満ちていました。
左に見えるのは、崇神天皇の皇女、豊鍬入姫を祀った、豊鍬入姫宮があります。 -
珍しい三ツ鳥居が見えます。
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説明板があります。
崇神天皇の皇女、豊鍬入姫命をお祀りしている末社もあります。初代の斎王である豊鍬入姫命に託され、この倭笠縫邑に、天照大御神を祀るようになり、ここから全国にある元伊勢の地を移動し、現在の伊勢神宮に祀られるようになった経緯があるようです。 -
こちらの神社の境内から二上山が見えます。
天武天皇の皇子、謀反の疑いをかけられ、亡くなった大津皇子のお墓もあります。 -
景行天皇陵もすぐ近くに。
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山の辺の道、途中にこのような説明板。
古代より、緑の美しい風景があったのですね。 -
箸墓古墳へ来ました。
箸墓古墳は邪馬台国の女王、卑弥呼の墓ではないか、、、と言われていましたけれど、どうでしょう~。
古代はとてもミステリーです。
いまは、大市墓として、第7代孝霊天皇の皇女の倭迹迹日百襲姫命の墓として治定されています。 -
前方後円墳の古墳、古墳時代の初期に造られたものだそうです。
岡山などから運ばれたのではないか、、といわれる特殊壺や特殊器台も見つかっています。
反対側のほうには周濠があって、箸中大池と呼ばれています。
ため池100選の一つです。 -
次に訪れたのは、近くの景行天皇陵。
渋谷向山古墳、前方後円墳、第12代景行天皇陵に治定されています。 -
4世紀後半ごろの築造だそうです。
とても大きな古墳。
全国でも8番目の規模。 -
第10代崇神天皇陵として治定されている陵墓。
行燈山古墳とも呼ばれています。前方後円墳。4世紀前半ごろの築造。
近くには三つの陪塚もあり、権力者のお墓であることが偲ばれます。 -
黒塚古墳にやってきました。
資料館が併設されています。
古墳は3世紀後半ごろの築造と言われています。 -
古墳より出土した刀や
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立派な装具の数々。
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竪穴式石室の様子が展示されていました。
全長が8メートル以上のもの。
石の組み合わせも独特なようです。 -
上からみたところ。
中央には桑の巨木で造られた木棺も6メートルの大きさ。 -
古墳の説明がパネルで。
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この古墳の特色は、副葬品にも。
三角縁神獣鏡などが多く出土しています。 -
古墳は当時の姿をほぼとどめているようです。
多くの古墳は土地開発などで形が変わる、あるいは焼失しているなか、
その形を残すのは貴重です。 -
二階の展示室には出土した鏡の展示とその説明がありました。
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鏡の型。
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高度な技術。
大陸からの文化。 -
多くの鏡が展示されていました。
中国よりもたらされたもののようです。
材料の銅は徐州で、造られたところは洛陽、と記されているものもあります。 -
黒塚古墳より出土したものは、おおよそ直径が20センチくらいだったようです。
33個出土していますが、突出した数だそうです。
こちらの相当の権力者の古墳であったことがうかがえます。 -
こちらは鏡の裏側ですが、神仙や霊獣、中国の吉祥句などを表した文章などが表現されています。
権力者たちが、神仙思想や不老不死の中国の思想を受け入れたものと考えられるそうです。 -
こちらのタイプの鏡は一枚だけが棺内の頭部付近に南に向けてあったことから、独特の意味を持つ鏡と考えられているようです。
小さな鏡です。
後漢末から三国時代に向けて造られた鏡のようです。 -
資料館を出て、お隣の古墳に行ってみます。
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古墳の説明板があります。
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お堀も綺麗に整備されています。
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このあたりの古墳群の中でも早い時期に築造されたもののようです。
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竪穴式石室の様子。
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ここが石室のあったところでしょうか。
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古墳の上から観た、奈良の山々の様子。
なんだか、山々の様子も神秘的。 -
大きな規模の天皇陵や
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多くの古墳をあちこちに見て、
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神聖な三輪山をあとにします。
橿原方面へ向かいます。
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