2022/12/11 - 2022/12/11
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kojikojiさん
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- 旅行記1760冊
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- フォロワー169人
6年前に母と妻と3人で沖縄旅行に来た際には「美ら海水族館」を見学して、「おきちゃん劇場」でイルカショーを観て、「おきなわ郷土村」を見学すると時間切れになってしまい、そのまま隣接するホテルに戻りました。目の前にあった「海洋文化館」はそれ以来ずっと来たかった場所でもありました。6年の間には大阪へも行き、万博公園にある「国立民族学博物館」にも行くことが出来て、環太平洋の文化についても学ぶことが。そうすると余計にこの博物館に来たくなりましたが、今回ようやく願いが叶いました。週末の土曜日で水族館は混んでいたようですが、「海洋文化館」はガラガラで巨大な館内には10人も見学者はいなかったと思います。展示されている巨大なカタマランや双胴船などは現在ではもう建造することが出来ないのではないだろうかと思えるものばかりでした。その中に1艘あったバリ島のアウトリガ―の漁船はどうしても観たいものでした。ウブドにある「ネカ美術館」にある絵画のモデルになっているからです。すでに知っていたこともたくさんありましたが、ここへきて知ることも多く、とても勉強になりました。妻はどうしても観たかった「おきちゃん劇場」で30分待って、イルカショーを観ているので1時間のうちに全部観なければならず、少し端折ってしまいましたが満足いくものでした。2人揃ったところで次の目的である「熱帯ドリームセンター」に向かいます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー ANAグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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「古宇利島」を出てから妻が「オキちゃん劇場でイルカショーが見たい。」と言い出し、ここでお別れすることになりました。
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6年前の母と妻との3人旅ではこの「海洋文化館」に入ることは出来ませんでした。2人の顔を見てとてもここへ入りたいといえませんでした。母は亡くなってしまいましたし、妻もイルカショーを観に行ってしまい、ようやく念願が叶いました。
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入り口にあったニュージーランドの先住民であるマオリ族の守護神はオークランド博物館の厚意により制作された複製ですが、オリジナルはすでに失われてこの像が残るだけだそうです。原型となる守護神はアラワ部族の支族ンガティ・ファカウエ族の10世紀ころの首長プカキを象徴しています。この像はニュージーランドの20セントのコインのデザインにもなっているそうです。
海洋文化館 美術館・博物館
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サバニ(鱶舟)は南西諸島で古くから使われていた漁船の名称で、琉球ではかつて丸木舟が造られていました。森林保護のため琉球王国が木板を張り(はぎ)合わせた「ハギ舟」を奨励したことから、サバニが発達しました。糸満市では鮫(鱶)を指す「サバ」と、舟を意味する「ンニ」が合わさって「サバニ」と呼ばれるようになったと伝承されています。日露戦争の際にバルチック艦隊発見の知らせを伝えるために5人の漁師が宮古島から石垣島まで漕破したとされる漁師たちが漕いだのもこのようなサバニでした。
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1階のエントランスを入ると吹き抜けの大きな空間が広がり、巨大なダブルカヌーが展示してあります。その大きさと形から見た瞬間はエジプトのギザで見学したクフ王の第1の船を思い出させました。
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このダブルカヌーは昭和50年の1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会から展示されています。このダブルカヌーは歴史資料を元にポリネシア文化研究家のハーブ・カネがデザインし、タヒチのタウティラ村の人々が復元しました。
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壁面にはこのダブルカヌーを再現する際の苦労やエピソードが説明されています。図面も添付されていますが、18世紀の絵画を元にしたものです。
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現在の物の船の工法である艫(とも)には人物が2人立っていますが、計画時にはいろいろな案があったようです。
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この時のダブルカヌーの建造の前にタヒチのタウティラ村の人々は建造した実績があったそうです。1962年のマーロン・ブランド主演のハリウッド映画「戦艦バウンティ」のタヒチロケの際に、タウティラ村のサルモン村長と冒険家のフランシス・コーウェンらが伝統的なカヌーの建造をしていたそうです。
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ポリネシア文化研究家のハーブ・カネはこのダブルカヌーを設計した同時期にもう1艘のダブルカヌーを設計していました。ハワイのホクレア号でこの舟は1975年に完成し、よく976年には伝統的航海術を用いて、ハワイからタヒチまでの長距離航海を成功させました。
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このことはタヒチの人々の民族意識を大きく刺激し、タヒチをはじめとする太平洋地域の島々での航海カヌーの復元や伝統文化復興運動が起きるきっかけになりました。
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2階でチケットを購入して展示室に入ると、フィリピンのスールー海で使われた「バジャウの家船」が出迎えてくれます。その美しさに魅了されます。そして、展示室にほとんど人の姿が無いことに気が付きました。
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広い展示室の中央部には巨大なカヌーの実物か並べられていますが、その周囲にはテーマごとに興味深い展示物が並んでいます。マルサケス諸島の戦士のリトグラフの前には美しく装飾されたこん棒が置かれてあります。その横には石製のバトゥというニュージーランドのこん棒が2種類。その種族によって独特の装飾や完成度を見比べるのも面白いです。
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ここに並ぶ道具は全てビンロウジで使う道具です。ビンロウ(檳榔)はヤシ科の植物でその種子をビンロウジ(檳榔子)と呼びます。ビンロウジを細く切ったものやすり潰したものを、キンマ(コショウ科の植物)の葉にくるみ、少量の石灰と一緒に噛みます。
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しばらく噛んでいるとアルカロイドを含む種子の成分と石灰、唾液の混ざった鮮やかな赤や黄色い汁が口中に溜まります。この赤い唾液は飲み込むと胃を痛める原因になるので吐き出すのが一般的なので、ビンロウの習慣がある地域では、道路上に赤い吐き出した跡がみられます。しばらくすると軽い興奮や酩酊感が得られる嗜好品です。
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台湾や中国南部を旅していると「檳榔」の文字を道端で見掛けますし、東南アジアからスリランカでも市場でよく見かけます。カンボジアでは専用の道具箱が市場で売られています。シェムリアップのアンティーク店で買った道具箱は茶箱に見立てて家で使っています。
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バヌアツのキッチンが原寸大で再現されています。吊り下げられた魔法瓶を見ると、中国製の製品が流れているのだなと感じます。
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「琉球村」や「おきなわ郷土村」で琉球の民家の台所を見て来たばかりなのでいろいろ比較してしまいます。
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昨年行った石垣島のホテルの展示室で見て欲しかったクバ製のつるべと柄杓も並んでいました。クバは神木として天の神様が高いビロウを伝って地上へ下りると信じられていたため、沖縄の御嶽でよくみられる木です。その乾燥させた葉でこのような道具が作られました。
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伝統的に使われてきた日用品は、島で手に入る限られた植物を利用して作られてきたようです。加工の仕方や編み方などは代々受け継がれていきます。パンダナスやココヤシは特に使い道が多く、マットや寝具、バスケットなどの小物から家の建材に至るまで利用されています。
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パンダナス製のお盆はミクロネシア連邦のチューク諸島で造られたものですが、その完成度に驚かされます。
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同じパンダナスのお盆でもフレンチポリネシアのツブアイ島になるとデザインも編み方も違います。
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パンダナスはタコノキと呼んだ方が分かりやすいですね。今回も沖縄に来ていろいろな場所で見掛けた木です。沖縄でも団扇を編んだりして利用されます。
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衣装についても素材にはいろいろな種類の植物が使われています。腰ミノも太平洋地域の代表的な装いで、素材にはビンロウ、ココヤシ、バナナの葉、オオハマボウの樹皮が使われます。地域ごとに丈や色やボリュームが異なる腰ミノがあり、普段着用の簡素なものからダンスの衣装用のあでやかなものまで幅広く使い分けられました。洋装に変わった地域でも祭事や儀礼の時には伝統的な衣装として着用されます。
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オオハマボウの繊維で作られたヤップ島のダンス用の腰ミノと、首飾りと頭飾りです。久し振りにヤップ島の名前を聞いた気がします。この島の名前を初めて知ったのは小学校の図工の先生で、夏休みにヤップ島を旅してきた話をたくさんしてくれました。フェイと呼ばれる巨大な石貨(せきか)についても教えてもらいました。
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トンガのグラススカートは花のようなデザインが可愛らしいです。
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太平洋の島々の男性は昔からフンドシを着用していました。色や枚数や飾りなど年齢に応じて装い方が異なります。かつては樹皮布や植物の繊維を編んだ布が使われました。現在では木綿の物に変わってきています。ヤップ島の踊り用のフンドシは独特で、年少者の物は1色ですが年長になるほど色の異なる木綿のフンドシを重ね、オオハマボウの繊維を重ねた房を前後に垂らして華やかに着こなします。
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ミクロネシアやメラネシアの一部の島ではバナナやオオハマボウの繊維を織って腰布をつくります。ミクロネシアのカロリン諸島では腰布の着用は成人女性の証であり、腰布を織ることは女性が身につけなければならない技術でした。腰布は自らが着用する以外にも、贈り物や交易品として使われました。
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東南アジアの国々を旅しているといろいろな織物に出会います。商業的に作られた工業製品も多いですが、タイやミャンマーの山の中や中国の南部では質の良いものが安価で手に入りました。十数年前にたくさん買い求めておいて良かったと思います。
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フレンチポリネシアで作られた木製の容器やココヤシの実に彫られたティキ模様が美しいです。
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この容器の美しさには魅了されました。これらの模様は入れ墨にも関連してきます。入れ墨の技法としては皮膚に染料を付けた針を当ててタタキ棒で叩いて行く方法と、初めに皮膚に傷をつけて後から染料を塗り込んでいく方法があります。施術は神聖なものとされました。タヒチやサモアでは入れ墨を「タタウ」と呼び英語の「tattoo」の語源になっています。
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入れ墨には地域ごとに特徴があり、模様や部位は彫られる人の性別によって異なっていました。サモアでは男女ともに腰から膝に掛けて点や線を主体にした幾何学模様が彫られ、タヒチでは臀部には線や塗りつぶし、手足には動植物をかたどった模様を掘りました。
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パラオやイースター島のラパヌイでは身体の広範囲に幾何学模様や動植物をかたどった模様を彫り、ニュージーランドのマオリでは男性は顔全体に、女性は唇と顎に流線型の模様を施しました。
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ミャンマーのインレー湖を旅していて、湖の中に浮かぶアンティーク店で少数民族の入れ墨の模様を描いたデザイン帳を見つけたことがありました。その下に古い絵入りのお経を見つけて、その値段交渉に入ってしまい入れ墨の方を買うのを忘れてしまったことがあります。今でもそのデザイン帳を買えなかったことを悔やんでいます。
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このようなリアルに造られたマネキンも雰囲気が良く伝わってきます。これはタヒチのダンスの衣装です。タヒチにも行ってみたいと思いながら30年くらいが経ってしまいました。
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フェルナンド・ボテロの絵画から抜け出てきたようなトンガの婚礼衣装を着たマネキンもあります。トンガの生活文化として「分け与える」という習慣があり、誰かが食事を摂っている時は、周りの人にもシェアするという考えです。トンガの人々の心の優しさをと慈悲深さを感じる文化ではありますが、そのために規則正しい食生活のバランスが崩れ、つい食事を摂りすぎてしまうことによって肥満が加速してしまうようです。主食はタロイモやヤムイモなどのイモ類で、たくさん食べればそれなりにカロリーがあります。肉類もとても充実して、近隣諸国から輸入された近代的な高カロリーな加工食品が加わることによって、国民の摂取カロリーは着実に増加してしまいます。何やら身に詰まされる話ではあります。
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バリ島のダブルアウトリガーカヌーが吹き抜けの空間に展示してあります。以前バリ島に10日ほどじっくり滞在して島内をいろいろ周ったことがあります。
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塩を買いに立ち寄ったクサンバの海岸でダブルアウトリガーカヌーは見ましたが、このような顔が付いてはいませんでした。どうしても見たかった顔にここで出会うことが出来ました。
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「クサンバ海岸の漁師」というデワ・ニョマン・ジャティの絵画をウブドの「ネカ美術館」で見て以来、「ジュクン」とよばれるこのカヌーがずっと気になっていました。
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吹き抜けにはカヌーが何艘も吊られていて、これは台湾のランユウ島のタオ族のタタラ船です。
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中国の山間部にはまだ少数民族の方々が昔の生活を残しながら住んでいますが、台湾を旅していても、観光用の人たちにしか出会うことが出来ず、少しがっかりしたことを思い出します。
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パプアニューギニアのワトム島のシングルアウトリガーカヌーです。船体を結ぶ3本の腕木は自然に分かれた木の枝をうまく利用しています。カヌーの先端にはカブトムシの角をデザインした飾りが付いています。
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壁面には見たかったパプアニューギニアの仮面や木像が並んでいます。これは「豊穣の像」で、1970年代に収集されたものです。諸星大二郎の作品に「オンゴロの仮面」というものがあり、そこに出て来るデマ・カカラというガワン族のオンゴロ神話に登場する、人間を最初に掘り起こした地底の国の住人に似ています。
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同じく「祖先像」です。パプアニューギニアでは入れ墨では無くボディペインティングが行われていました。「オンゴロの仮面」に出て来るコドワという主人公の少年の入れ墨を思い出します。
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パプアニューギニアの人面です。これにも顔には模様がペインディングされているようです。
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これらは精霊小屋に飾られていたものです。セピック川流域には小さな村落が点在し、精霊信仰など土着の文化が根強く残っています。「ハウスタンバラン」と呼ばれる精霊小屋で男たちが成人するための独特の通過儀礼が執り行われます。ワニを先祖として崇めるセピック地方では、一定の年齢(15歳前後)に達するとハウスタンバランの2階に集められ、鋭く尖った竹で体中を傷つけられます。血まみれになりあまりの痛さに気絶し、やがてその傷が突起となって体に刻まれるころ、彼らは一人前の男となります。
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精霊小屋を飾る「祖先の絵」
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同じく精霊小屋に飾る「祖先像」です。
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「ツンボアン」と呼ばれる仮面も精霊小屋に飾られるものです。ツンボアンは来訪神のようで、沖縄でも宮古島のバーントゥや名護市のウニホーガナシと近いものを感じます。パプアニューギニアというとカーゴ・カルトのことも連想してしまいます。
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カーゴ・カルト(cargo cult)とは主としてメラネシアなどに存在する招神信仰で、いつの日か先祖の霊か神が、天国から船や飛行機に文明の利器を搭載して自分達のもとに現れるという物質主義的な信仰です。
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1919年にパプアニューギニアのガルフ地区に駐在していた行政官のもとへ、沿岸地域の村々で住民らが興奮状態にあるという報告が届きます。村落に現れた先祖の霊がカーゴを満載した大きな船で親族の霊が戻ってくるので、その受け入れ準備をするように告げ、指導者らはこれに従って歓迎の準備を命じ、白人と雇用契約を結んではならないと告げます。住民の興奮状態は翌年には収まりますが、以後も同様の興奮状態が単発的に繰り返されました。
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精霊小屋に飾る仮面がいくつも並んでいて嬉しい気分です。本当に見たかったのは「マッドメン」という泥の仮面が見たかったのですが、この文化館には展示されていませんでした。
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10月に友人の車で小淵沢へ行った際に「アフリカンアートミュージアム」に通りがかりました。「清春芸術村」と「翁」という蕎麦屋へ急いでいたので立ち寄れませんでしたが、行ったことのある弟によると素晴らしかったということです。ここにはアフリカだけではなく、世界中の仮面、パプアニューギニアの物も多く展示してあるそうです。
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大阪の「国立民族学博物館」にも仮面は数多く展示してありますが、男鹿の「なまはげ館」も素晴らしかったです。あまりに素晴らしかったのでこの2月には真山神社の奇祭、「柴灯まつり」へ行くことにしました。パプアニューギニアにも行ってみたいと長年考えていますが、妻が一緒に行くとは思えません。
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「女と魚と鳥の像」も精霊小屋に飾られたものです。
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右の仮面は形から「モスキート」と呼ばれるもので、セピック川流域のものです。イアトムル族の仮面は残念ながら見当たりませんでした。これこそが諸星大二郎の描く「オンゴロの仮面」のモデルなのだと思うのですが。
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バヌアツのシングルアウトリガーカヌーは完全に丸太をくり貫いたタイプの幅の狭いものです。操船する人間は中に座れないので丸木を渡したベンチのようなスペースが設けてあります。
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「ティキ神」はポリネシア一帯で信仰される神で天空神ワーケアの最初の子供です。マルサケスのマエラ(儀礼場)では神格化された祖先の魂の滞在場所として木製のティキの立像が置かれました。
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「クー神」はハワイの神で中央ポリネシアの神話に登場する神を受け継いでいますが、その特徴は変容しています。代表的な神はカーネ、ノロ、クー、カナロアで、なかでもクーは戦いの神として重視されました。ハワイを統一したカメハメハ1世はクーカーイリモク(土地を奪い取るクー)を崇拝し、この信仰はハワイ全体に広がりました。膝を曲げたクー神の木彫りの像はハワイのシンボルでもあります。
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「モアイカバカバ像」はイースター島のラパヌイのもので、この像は悪霊から家族を守るために使用されていました。
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「マケマケ(鳥人像)」もイースター島ラパヌイのものです。イースター島でモアイ信仰が廃れると鳥の頭と人間の胴体を持ったマケマケ神の信仰とその化身とされる鳥人の儀礼を行うようになります。毎年7月に各氏族の首長や代表者は集会所に集まって儀式を行い、その後セグロアジサシが産んだ最初の卵をめぐるレースを行いました。海を泳いで小島に渡り、鶏が卵を産むのを待って持ち帰るというもので、勝者はその年の鳥人とされ、特別な家に住み、全住民から食事が供されました。
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「ワニ像」パプアニューギニアで作られたものです。セピックの人々の信仰は流域に生息する動物や鳥や虫などと深く結びついている。なかでも強い影響力を持つのがワニです。ワニはセピック川流域で見ることのできる最も強くて恐ろしい動物で、霊的に強いパワーを持つという信仰が息づいています。それを驚くべき方法で取り入れているのが中流域のコロゴという村の男たちです。男が成人になるためのイニシエーションとして、胸や背中や臀部などにワニの皮を模した模様を刻み込みます。傷痕は盛り上がり、本物のワニのような肌になります。
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セピック川流域のサウォス俗に神話にはワニに関するものがあります。昔、世界は水で覆われて陸地はありませんでした。そこにワニが現れ、ワニが西に向かって口を開くと上あごは太陽や雲になり、下あごは大地になりました。上下のあごは棒で支えられ、人々はその間で暮らすことになります。村の西側がワニの頭で、東側がしっぽです。セピック川に例えると上流が頭で下流が尾にあたります。精霊小屋もワニの神話に倣い建てられ、柱はワニのあごを支える棒で、1本1本は祖先を表します。
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「大食い巨人」
パラオのある島に男の子が産まれ、ウワブと名付けられました。ウワブは大食いで、驚くほど早く成長しました。村人たちは大きくなったウワブに食べ物を与えるために竿を使いました。次の日、彼の体はさらに大きくなり、空にまで届こうとしていました。人々はハシゴを使って彼に食べ物を届けました。さらに次の日、村人たちが彼のもとに行ってみると、彼は雲と遊んでいました。そして、もう村人たちには彼のもとに食べ物を届けるための道具は何もありませんでした。ウワブがあまりに大きくなったので恐ろしくなった村人たちはウワブを殺すことにします。眠っているウワブに縄をかけ、燃やしてしまいました。ウワブは死ぬ直前に暴れたために体はバラバラになり、四方に飛び散ってパラオの島々になりました。 -
「パンノキと洪水」
昔パラオにジブタルという島があり、ここにミラドという女性がいました。ある日ミラドは小さな卵を見つけて持ち帰ります。その卵からは男の子が産まれ、テレルケルと名付けて大切に育てました。テレルケルは1年で美しく賢い少年になりました。ある日テレルケルは海に泳ぎに行き、深く潜って島の下に行きました。そして住まいの裏にあるパンノキの根を見つけ、1番大きな根を切りました。すると海の波打つたびに木のうろから魚が飛び出しました。こうして海に行かなくても魚が獲れるようになりました。魚を村人にも与えると、最初は喜ばれましたが、やがてねたまれるようになります。ついに村人はこのパンノキに斧をふるいました。するとパンノキの幹から海水があふれ出し、大洪水になって島は海の中に沈んでしまいました。 -
「人魚伝説」
ある島に老女と娘がいました。娘が未婚のまま妊娠すると老女は妊婦の食べ物にまつわる全てのタブー(禁忌)を守らせました。娘は数か月後に女の子を産みました。老女は娘に「おまえはケアム栗が好きなようだがサンゴには体に良くない。」と言われます。娘は老女がいない間に我慢できずにケアム栗を食べてしまいます。そこへ老女が帰ってくると娘は驚き、家を飛び出して海に飛び込んでしまいます。娘は遠くまで泳ぎ、とうとうジュゴンの姿になりました。パラオの人々はジュゴンは人魚であると信じていました。 -
「仮面」モートレック諸島
島の生活には数々の決まりごとがあり、これを犯せば災いが起こると考えられてきました。実際に事故や病気や災害が起きると人々は呪術的な儀礼により神に働きかけました。モートロック諸島の仮面もかつては嵐や暴風雨除けの儀礼に使われましたが、呪術的な儀礼はキリスト教の布教などにより途絶えます。 -
宮古島の島尻地区と野原地区に伝わるパーントゥは仮面をつけた神が村内を巡り歩いて厄払いをする行事です。パーントゥは親(ウヤ)パーントゥ、中(ナカ)パーントゥ、子(フファ)パーントゥの3体の来訪神で、選ばれた字島尻地区の青年が扮します。パーントゥとなった3人は夕刻に仮面を着けシイノキカズラ(キャーン)という蔓草をまとい、「ンマリガー」(産まれ泉)と呼ばれる井戸の底に溜まった泥を全身に塗って現れます。ニライカナイから神が来訪する沖縄特有の観念とも関連付けられますが、似たような観念や儀礼はメラネシアにも見られます。
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「男女守護神」パラオ
ミクロネシアではメラネシアのような神々を仮面や神像で表すことは少なかったようです。その中でもいくつかの象徴的な仮面や神像は伝えられています。木彫りの神像は男女ペアで作られることが多く、パラオ諸島では男女の像がカヌー小屋の入り口の両側の柱に守護神像として置かれました。 -
かなりのスペースを割いて展示されている楽器はとても興味深く見ることが出来ました。実際の音が聴けないのはちょっと残念でした。ブリュッセルの楽器博物館では展示されている楽器のほとんどが録音ではありますが音色を聴くことが出来ました。
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身近なものを使った楽器も数多く展示されています。これはマーシャル諸島で空き缶で作った創作楽器です。サモアやポリネシア各地ではマットを丸めたものが打楽器として使われます。19世紀終わりごろになると外国からもたらされたビスケットの缶も無くてはならない楽器になります。
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メラネシアのソロモン諸島ではビーチサンダルを竹製打楽器のバチとして使うことがあります。ハワイのフラで使われるウリウリは小石を入れた3つのヒョウタンを紐で縛ったものです。太平洋地域の人々は身近なものから楽器としてふさわしいものを見つけ出して、自分たちの音楽を創ってきました。
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ほら貝はさまざまな合図を告げるために使われてきました。現在でも踊りの開始時やカヌーが村に到着した時の合図などにほら貝を吹き鳴らすことがあります。指孔はありませんが、口の形や息の吹き込み方で異なる高さの音を出せます。
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ウクレレの原型は19世紀後半のポルトガル移民が持ち込んだ小型弦楽器で、彼らがハワイでコアの木を使ってブラギーニャという故郷の楽器を作ったことがはじまりとされています。4本の弦を持つウクレレは、ハワイ語で?Ukuleleと表記され、「ノミが跳ねる」という意味を持っています。音楽好きなポルトガルからの移民がホノルルの街で陽気なポルトガル音楽を歌い、演奏する姿が多く見られるようになり、彼らが演奏する小さなギターの音色にハワイの人々が惹かれるようになりました。そして移民たちの中の家具職人たちが楽器の生産も始めます。
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ポリネシアとメラネシアには木材や竹からなる胴に膜を張った太鼓が広く分布します。円筒形や鍋型、砂時計型をして儀礼や祭礼の際に歌や踊りとともに演奏されます。打楽器に乏しいミクロネシアでは唯一の太鼓がマーシャル諸島のアジェです。アジェはテリハボクやパンノキをくり貫いた砂時計型の胴にサメの内臓や川を蒔くとして張りました
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「クンドゥ」はパプアニューギニアやインドネシア等で広く親しまれる砂時計型の太鼓です。丸太をくり抜いて作成した本体の片側に、トカゲの皮の膜を張って造られます。踊りの伴奏をはじめとして、日々の生活の中の様々な場面で使用される楽器です。パプアニューギニア全土に分布して、国を象徴する楽器として紙幣のデザインにも使われています。
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メラネシアとポリネシアを中心に太平洋各地で最も多くみられるのが打楽器で、木をくり貫いて造った丸太型の割れ目太鼓です。手に持つほどの小型の物から据え付ける大型のものまでさまざまです。上からフレンチポリネシア、サモア、トンガと場所は違っても非常によく似たフォルムです。
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バヌアツの割れ目太鼓は溝の部分以外は加工されていないようです。
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楽器は音楽の演奏ばかりでなく、離れた場所との通信や集落の人々への情報伝達にも使われました。パプアニューギニアの割れ目太鼓ガラムトの低音は深い森に囲まれた集落の向こうにいる人にまで届きます。
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バリ島のタマンアユン寺院では高楼に2本の円筒型スリット・ドラムが縦に吊るされており、村人を招集する合図に用いられていました。これも割れ目太鼓だったかと、この時に気が付きました。
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2週間宿泊したウブドの「チャンプアン&スパ」のコテージの軒下にはこんな形の割れ目太鼓が吊るされていました。それぞれのコテージに吊るされていたので、これでスタッフを呼ぶのかと思いましたが、使うことはありませんでした。
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一番大きなカジキマグロの形はソロモン諸島で作られた魚型の納骨木棺です。このような海の精神文化については全く知らないことばかりです。
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この海の精霊像は欲しかったです。
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この儀礼用食器もソロモン諸島のマキラ島のものですが、バリ島で買ったものにスタイルが似ています。インドネシアのどこの島の物だったか失念しましたが、昔は良いものが手ごろな値段で買うことが出来ました。25年くらい前は彫刻でも陶器でもクオリティが高いものがありましたが10年ほど前になるとその質の低下に驚いたことがあります。それはインドネシア以外の国でも感じることでした。
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ようやく壁面をぐるりと1周することが出来ました。紹介した以外にも漁具などのコーナーも充実していましたが、写真にするのはちょっと難しいです。
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「リエン・ポロワット号」
ミクロネシアに伝わる伝統的カヌー建造技術を用いてポロワット島で建造されました。建造後ポロワット島からグアムまでの800キロを伝統的航海術(スターナビゲーション)により5日間で実際に航海したカヌーです。 -
吹き抜けの巨大な空間に太平洋を航海したカヌーの現物が展示してあるのですごい迫力です。このカヌーは帆柱の軸を船首から船尾に動かし、進む方向を逆転させる「シャンティング航法」を行えるのが特徴です。おもりの役割を果たすアウトリガーは常に風上側に置かれ、海面すれすれに浮かせることで高速で進むことが出来ます。
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巨大なカヌーの帆柱は展示室に収まらずに、天井のパネルが取り外されています。
https://www.youtube.com/watch?v=GRe9u-yQ_b0&t=119s -
スティックチャートと呼ばれる木製の海図を知ったのは昨年行った大阪の「国立民族博物館」ででした。
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マタンと呼ばれる海図は島に当たると生じるうねりの様子を概念的に示したもので、実際に航海術を学ぶ時にはこの型を使います。ここには展示してありませんでしたが、星座の位置を読み取って方角を知るものもありました。地中海をフェリーで旅していて、満天の星を見ると古代の航海術にとって星がどれだけ重要だったかが分かった気がしました。
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「ラトカイ」
パプアニューギニアのポートモレスビーに住むモトゥ族が交易に使用した舟です。展示のラカトイはイギリス女王エリザベス2世が1974年にパプアニューギニアを訪問した際につくられた舟と全く同じデザインで復元された貴重なものです。 -
舟というよりは家屋が海に浮かんでいるように見えます。上手く進むことが出来るのであれば快適な航海が楽しめそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=d1HfPFJPTgQ -
「クラカヌー」
クラカヌーは独特な彫刻と彩色とタカラガイの飾りを施された美しいカヌーです。「クラ」とはトロブリアンド諸島で行われる貝製の首飾りや腕輪を交換する儀礼のことです。 -
このカヌーは交易のために近くのクラパートナーの島々との間を行き来していました。現在は本来の目的では使用されなくなり、この展示されたカヌーは実際にクラ交易で使われたものです。
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美しさを競えばこのカヌーが一番でした。細かい細工に見入ってしまいます。
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帆まで完全に残されたクラカヌーは現存する物は数少ないようです。
https://www.youtube.com/watch?v=7DOE1lVi8B8 -
展示室の一番奥には沖縄の「サバニ」も展示してあります。サバニにマストを立て、帆(フー)をかけた状態です。下から7本のバテン(帆桟=フーザン)が見えます。バテンの先から延びる手綱(ティエンナ)で帆を制御します。
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船体の板は木製の接合材で組み込まれています。その美しさに魅了されます。荒天の際に船を半沈させて嵐をやり過ごし、その後再び船を起こして内部の水をかき出すといった使用法を考慮した構造を持つ舟です。
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沖縄地方ではフンルーとかフンドゥと呼ばれるチキリ(千切り)の実物も展示してあります。スリランカを旅した際にジェフリーバワの設計した家具にこのバタフライジョイント(千切り)が使われていてびっくりしたことがありました。
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サバニには宮崎県産の飫肥杉(おびすぎ)が最適とされました。本ハギと呼ばれるタイプのサバニは、部材を剥ぎ合せるのに鉄クギを使わずにチギリやルークギと呼ばれる竹クギが使われました。
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南洋ハギと呼ばれるタイプのサバニの場合は鉄クギで薄い板材を接合します。その板材に熱を加えながら曲げる作業は本ハギと同じような繊細な技術が必要です。サバニ造りに図面や手引書は無いそうです。写真はタタナーと呼ばれるタイプの舟で「ターチ(2つ)」「タナ(棚=舷側材)」という意味で、「二棚船」と呼ばれます。板材を鉄クギでつなぎ、前後の区別が付けにくい形をしています。
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展示室の表には1975年の海洋博のポスターが飾ってありました。当時14歳でしたので、沖縄になど来ることは叶いませんでした。23歳での沖縄出張の際にその残骸を見た時は少し悲しい気分でした。
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プロデューサーが手塚治虫で設計が菊竹清訓建築設計事務所だったアクアポリスは半潜水型浮遊式という構造をなすことから「世界でも例を見ない」施設として当時注目されていました。それがさびて放置された姿は無残でした。2000年に売却されて、廃材使用のために上海に曳航されたことはニュースで聞いた記憶があります。駆け足でしたが、ようやく念願の「海洋文化館」の見学が終わりました。
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