2022/12/04 - 2022/12/04
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スネフェルさん
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真田氏の居住だった松代城に行きました。
川中島古戦場には何度か行っているのですが、これまで松代城跡まで足を延ばすことはありませんでした。川中島古戦場から直線距離で3-4キロほど。車で10分もかからない距離にあります。もっと早くに来るべきでした。
ドラマ・真田丸の影響力によると思われますが、城跡の整備が進んでいる状態でした。城好きではない「にわかファン」向けに分かりやすい様、門が再現されていました。ただ、門の再現だけだと唐突感は否めません。
本丸は整備され、保存状態も良好だったのですが、面白いのは、本丸への出入り口が三方である、ということです。城でよくあるのは南北または東西の二か所に出入り口があるもので、、加えて「隠し通路」といて天守に張り付いて小さな通路がもう一か所、というパターンですが、ここ、松代城は三方に開いています。しかも、北側(千曲川側)には開いていません。千曲川までは500mほど距離がありますが、軍が展開できない距離とは思えません。それとも、背後に川があるため、千曲川方面の平野には敵軍は展開しない、との前提に防御戦術を立てていたのでしょうか?どういう戦いを想定していたのか、想像力を掻き立てられます。地図で確認すると城の東側、城を挟んで千曲川の反対側に寺が集中しています。つまり、城の東側が弱点だった、ということになります。反対に城の西側には100mほどの距離に水路が残り、防御力は高かった、と推定されます。
面白いのは天守があったと思しき天守台の構造です。城の北東に位置していますが、南東から北東にかけて西に段々と交代する階段状の配置にしています。丁度、「出丸」が連続しているような構造ともいえます。「鏖殺」するには最適な配置です。
紅葉も終わった時期のせいか、観光客がほとんどおらず、真田邸のなど、ゆっくりと観光を楽しむことができました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
城の前の無料駐車場に車を停め、城跡に向かいます
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駐車場からは一本道
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松代城の説明文
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二の丸の石垣
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二の丸の外郭側には石垣がありましたが、本丸側は土塁になっています。
こちらがオリジナル? -
本丸遠景
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太鼓門と本丸と二の丸をつなぐ前橋
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本丸と二の丸の間の堀。
鴨さんが泳いでました -
同じ堀の千曲川側
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太鼓門。
おそらく復元です。 -
本丸は土塁ではなく、総石垣でした
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東不明門跡と東不明門前橋
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東不明門前橋から太鼓門側の堀を望む。
石垣下部の石垣の色が上部と異なります -
反対側。
掘割の水を急に抜いたようで、同じ石で上下で色が異なるのが見て取れます。 -
二の丸。
広範の土塁です -
二の丸の石場門側遠景
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石場門跡
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石場門から二の丸の土塁を眺める。
水路はオリジナルの土塁線に沿っているようです -
本丸から見た北不明門
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本丸外から見た北不明門
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北不明門付近はキッチリ「皆殺し」構造になってました
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本丸外から見た北不明門
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北不明門からでると、本丸北東角部に天守があったと思しき石垣がみえます
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本丸に戻り、天守台へ上がります
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天守台南西側の石垣。
オリジナルのようですが、本丸側のためか、少し石積みはラフです -
天守台南東側の石垣。
こちらは外郭側の石垣のため、キッチリした造り。 -
天守台から千曲川方面を眺む。
千曲川沿いの上信越道がよく見えます。 -
天守台から北に土塁が伸びています。
この土塁からみると天守台は出っ張ったような位置になっており、珍しく天守が「出丸」構造になっています。 -
天守台から南側を見ると、段々下がるような配置になっていることがわかります。
段差部分に入った敵の鏖殺を意図した構造になっています。 -
本丸に井戸が無いな、と思ったら二の丸にありました。
右側が本丸で、土塁の先が天守があったと思しき石垣です -
松代城のオリジナルの地図
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松代城跡に隣接する旧文武学校にやってきました
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旧文武学校の説明板
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校内の様子。
広場を中心にぐるりと建物が配置されています -
入って右側手前が剣術所、
その奥が東序 -
剣術所内部
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入った正面が文学所。
一番大きな建物です -
文学所の説明文
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文学所の広間。
文机のところで自動説明が受けられます -
文学所の内部では裃姿の武士や槍を持った武士の影絵が歩くなどの演出がなされていました。
変な人形展示するところは多いてますが、雰囲気を壊さず、良い演出だと思います。 -
文学所の広間
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文学所には台所がありました。
ここで学生は食事を取ったのでしょう -
学校なので事務業務が発生します。
ただ、こういった事務エリアが残ってる場所は少ない。
希少ですね -
藩主の部屋もありました。
今で言うと市長や知事様の部屋、といったところでしょうか -
西序
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東序は見れませんでしたが、西序は内部が見れました
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昔なので階段は急ですね
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弓術所
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弓術所内部
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柔術所にやってきました
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内部は砲術体験の場に代わっていました
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火縄銃の模型。
重さは実物に合わせているとのことですが、トリガーの位置がかなり後で肩に銃床を当てる射撃態勢を取ると狙いを安定させるのは難しい。
かなりの慣れが必要なことが分かります -
一方のスペンサー銃。
こちらの方が火縄銃よりやや重いですが、銃床とトリガーの位置が合理的な配置で無理がなく、体勢が安定しやすい。
命中率が火縄銃より高かったのは納得です -
臼砲もありましたが、こちらはスルー
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文学学校出て直ぐにある白井家。
内部見学無料です。 -
文学学校に隣接する小学校
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校庭に佇む銅像は二宮尊徳ではなく、なんと佐久間象山。
彼の価値を理解してる小学生は少ないでしょうが・・・
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