2022/09/09 - 2022/09/11
545位(同エリア628件中)
RiEさん
旅行2日目、前編。
鉛のように重たい雲と小雨続きで天候が不安定だった昨日とは一転、今日は風が強いものの晴れていたので立山連峰との絶景を期待して“雨晴海岸”へ行ってみたけど、残念ながら山々は厚い雲に包まれていた。
今日も高岡市内観光施設共通クーポンを追加購入して、本堂は加賀藩前田家の援助のもとに建立された大規模な真宗寺院で23年の歳月をかけて2021年に保存修理が完了し、江戸時代の大伽藍が蘇り国宝指定目前と言われる“勝興寺”を訪ねた(2022.10に国宝指定済)。
伏木の廻船問屋と交易で財を成した旧秋元家住宅を利用した“高岡市伏木北前船資料館”では、GW旅行や夏旅行で何度も登場した廻船問屋について詳しく知ることができ、貴重な望楼へも実際に登って当時見えていたであろう船の発着光景に思いを馳せた。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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9:00過ぎにHOTELを出発して、9:30に“能登半島国定公園雨晴海岸”に到着。
晴れのち曇りだけど、風が非常に強くて波も高め。天候に恵まれれば富山湾越しに立山連峰が鑑賞できる:能登半島国定公園雨晴海岸 by RiEさん能登半島国定公園雨晴海岸 公園・植物園
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海岸線に沿って伸びる線路を越えると…
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鎌倉幕府の追捕を受けた源義経主従が奥州へ落ち延びる途中、にわか雨が晴れるのを待ったと伝わる“義経岩”が待ち構えていた。
ここの地名である「雨晴」の由来になっているそうで、岩の頭頂部には小さな社が建っていて石段でのぼれたけど、見上げると参拝客がいて一方通行っぽいのでパス。岩の頭頂部に小さな社がある:義経岩 by RiEさん義経岩 名所・史跡
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砂浜に降り立つと、海に向かって左手側は分厚い雲に覆われていて天気が不安定に見える。
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でも右手側は青空が広がって、まだ夏らしい雰囲気が感じられた。
ただ、午前中は逆光らしくてファインダーで覗いても撮れているのかわからない程だった。 -
天候に恵まれれば富山湾越しに3000m級の立山連峰が望めるはず…と思いながらレンズをズームしてみると、立山連峰は分厚い雲に遮られて山頂周辺がチラッと覗くだけだった。
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岩礁が多くて白砂と青松の景勝の地でもある雨晴海岸周辺は、746年-751年まで越中守だった大伴家持に「渋谿(=雨晴海岸)」として、この地に関連した6首の歌が万葉集に詠まれている。
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再び線路を渡って、海に向かって建つスタイリッシュな“道の駅:雨晴”を目指した。
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2018年に国道415号線沿いにオープンした道の駅で、1Fは情報発信コーナーだから外階段で広々とした2F展望デッキへ。
カフェや土産屋が入っていている建物の外階段を上がって…2階と3階に展望デッキがあり富山湾を望める:道の駅「雨晴」 by RiEさん道の駅 雨晴 道の駅
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3Fの展望デッキから富山湾と立山連峰を見たかったけど、あまりに風が強くて直ぐに退散した。
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今日も高岡市内観光施設共通クーポンを利用して観光したかったので、追加購入しようにも販売窓口が限られていることもあり、わざわざ高岡市万葉歴史館に立ち寄って2セット入手した。
高岡市万葉歴史館 美術館・博物館
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高岡市内観光施設共通クーポン3枚で拝観できる“重要文化財 勝興寺”は23年の歳月をかけて2021年に保存修理(平成の大修理)が完了し、本堂をはじめとする12棟の建造物が重要文化財指定されている。
江戸時代中期から後期の典型的真宗伽藍がが蘇り、国宝指定目前と言われるタイミングで訪ねた(2022.10に国宝指定済み)。
1840年に建てられた総門を車で通過して境内に車を停める。2022年10月に国宝指定されたばかりで見どころが多い:勝興寺 by RiEさん勝興寺 寺・神社・教会
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勝興寺は「ふるこはん」の名で親しまれる浄土真宗本願寺派の古刹で、戦国時代には越中一向一揆の旗頭として活躍し、越前:朝倉氏・甲斐:武田氏をはじめとする戦国大名や、本願寺・京都公家などと関係を深めていった。
複雑な政治情勢の中で2度の移転を経た後、1584年に現在地の高岡市伏木古国府に移り、藩政時代に入ると加賀藩:前田家と関係を深めるようになって庇護のもと、越中における浄土真宗の触頭として繁栄した歴史がある。
正面に見えるのは1769年に京都で建立され、京都の興正寺から1893年に移築された際に北前船2隻で運搬されたという立派な唐門。 -
【唐門】
山号の「雲龍山」と書かれた扁額が掲げられた唐門は、間口6mの四脚門でどっしりした威厳ある構えをしていた。 -
【本堂】【実らずの銀杏】
約30,000㎡の気が遠くなるほど広大な境内に驚きつつ、遥か彼方に構える本堂を目指す。
加賀藩主11代:前田治脩の支援を受けて1795年に西本願寺の阿弥陀堂を模して建立されたそうで、重要文化財指定を受ける本堂建築の中では全国で8番目の大きさを誇る。
本堂手前に見えるのは勝興寺に伝わる七不思議の1つ、実らずの銀杏。 -
【天から降った石】と【宝蔵】
参道右側に置かれている表面が滑らかな大きい石も七不思議の1つ、天から降った石。
天から降ってきた隕石なのかは不明で何に由来などないので「へぇ…」という感想しか出なかったけど、唐門を通り過ぎた突き当りには七不思議が配置されている場所を示した看板があるので気になる人は辿ってみると良いかも。
その後ろに見えるのは重要文化財:宝蔵。 -
【太鼓堂】
境内には中世城郭寺院の名残である堀と土塁が残っていて、戦国時代の一向一揆勢力を偲ばせる。
総門の直線状に建っている太鼓堂は重要文化財に指定されており、城郭でいう隅櫓のような造りをしていて、かつては太鼓が置かれ境内や町民に時を知らせていたそう。 -
【経堂】
本堂に向かって左側に位置するのは重要文化財の経堂で見学は出来ないものの、建物内部の八角輪蔵は極彩色を奏でていて大変美しいそう。
経堂の欄間に彫ってある龍は境内の池の守護神で、水不足のときは雨を呼んで池の水を枯らさないとの伝説も七不思議の1つ。 -
本堂は40m四方の富山県最大級の本堂建築で、本堂の大屋根を支える太い柱と精巧な木組み、そして躍動感溢れる木彫など、江戸中期の素晴らしい寺院建築技術を随所に見ることができて格式の高さが感じられる。
首が痛くなるほど高い位置に配置されているので、細部を鑑賞するのにズームレンズが大いに役立った。 -
本堂にも七不思議の1つである屋根を支える猿という彫刻があるそうで、場所を示す看板が立っているにもかかわらず、結局見つけられなかった。
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広い本堂に用意されている椅子に腰を下ろして、非日常的な世界観にじっくり浸る。
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重厚で煌びやかな内陣に圧倒されるけど、本堂の中には涼しい風が舞い込んで居心地が良かった。
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本坊も内部を見学できるようになっていて、江戸時代の部屋が再現され文化財の宝庫になっているけど、本坊は特に傷みが激しかったため平成の大修理の際は解体してから組み直しが必要だったそう。
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本堂北側にある松の木も七不思議に数えられて三葉の松と呼ばれており、一般的な二葉松ではなく3枚の葉をつけていた。
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ここには2022.10に国宝に指定された大広間と式台、さらに重要文化財に指定された台所・書院・奥書院・御内仏などがある。
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靴を脱いで中に入ると…
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【式台】
玄関からすぐ左手にあるのは外来客の家来控室にあたる式台。 -
襖や壁紙には、白地に緑で絵様が描かれていて個性的だった。
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【大広間】
多くの客人が集まって儀式・会合などをを行う大広間は勝興寺最古の建物で128畳あり、どぉーんと奥まで伸びる畳が広さを助長していた。 -
改めて絵様を近くで見ると菊と桐が描かれており、これは勝興寺独自の文様として親しまれている。
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襖の隙間から人形が配置されているのが見えるので隣室に入ってみると…
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天皇の使いの勅使が座って住職と面会していたと伝わる上段の間があり、勅使らしき人形が配置されていた。
このような特別なスペースがある地方の真宗寺院は勝興寺以外無いらしく、金箔の下地に鶴が描かれている床の間も趣きがあり、勝興寺の格式の高さが窺える。 -
【台所】
玄関まで戻って真っすぐ進んでいくと、2013年に修理が完了した台所が姿を現した。
西側は大土間になっていて何も置かれてなく、土間からは結構な高さがあった。 -
仕切りなく廊下から繋がる大板床には、中央巨大な木枠が配置されていて覗いてみると井戸になっていたけど、土間から随分離れた室内に配置されていて珍しい。
この大板床の向かいは大土間と同じ床面に竈が並んでおり、高い場所からわざわざ水を汲んで低い位置にある調理場まで運ぶなんて非効率的に見える。 -
左に見えるのは玄関から伸びている通路で台所でT字になっていた。
台所から見て真っすぐ伸びる通路を奥へ進んでいく。 -
クネクネと長い廊下になり、歩いて行くと…
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平成の大修理にまつわる資料室があり、モノクロの写真による修理前の伽藍の様子や、茅葺の施工模型が展示されていて、傷みが激しい状態から当時と変わらぬ姿まで見事に復元してることがわかる。
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本坊のシンプルな中庭。
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【書院】【奥書院】
大広間に次いで広い建物と思われる書院は、当初は床も長押も無い簡素な空間だったことが判明して、記録通りに復元されたそう。 -
京都と祇園会の様子を描いた17世紀初めの六曲一双の洛中洛外図が展示してあり、これは複製だけど本物は重要文化財指定されている。
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最後の部屋には書物や古銅鑼など勝興寺に伝わる工芸品などが展示されていた。
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車で移動して“高岡市伏木北前船資料館”へ。
こちらも高岡市内観光施設共通クーポン2枚で見学可能で、母屋後方に見える望楼が市内で唯一残されている貴重な建物。希少な望楼に実際に上がることができる:高岡市伏木北前船資料館 by RiEさん高岡市伏木北前船資料館 美術館・博物館
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文化年間(1804-1818年)以前より、伏木で海運を生業とした旧家:秋元家の住宅を利用していて1887年の大火で焼失したものの、その後元通りに建て直されたと伝えられるため民家としては建築年代も古く、かつて北前船で繁栄した伏木海船問屋の数少ない遺構として評価されている。
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秋元家はもともと船頭や水主などを相手にした宿泊施設を営んでいたけど、長生丸や幸徳丸といった船を持つ廻船問屋として繁栄したそうで、寄港地を見るとGW旅行や夏の旅行で訪れた東北旅で、ときどき耳にした北前船の話と一気に繋がって驚いた。
北前船とは、 江戸時代後半から明治時代にかけて繁栄した大阪と北海道を結んだ経済動脈であり、商品を売り買いしながら結んでいた買積み商船の総称で、客から荷物を預かって運送をするのではなく航行する船主自体が商品を買い、それを売買することで利益を上げながら各港を結んで一獲千金のチャンスを得ていた。
1度の航海で現在の貨幣に換算して1億円ほど儲かっていたそうで、1877年に汽船が導入されて急速に衰退するまでは少人数で運行していたことから、船主に雇われた船乗りも自分が買い付けた品を別の港で売り捌くスペースを与えられていたので、のし上がって自分の廻船を持つ船乗りもいた話は非常に興味深かった。 -
【ミセノマ】
引き戸は芭蕉布でオリエンタルな雰囲気があり、近づいてみると… -
取っ手金具に九谷焼が用いられていて贅沢な装飾に心躍る。
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【オモテザシキ】
数寄屋風の繊細な造りをした室内は、壁面がブルーに塗られていて抜け感があり小洒落れていた。 -
奥の部屋には打掛けや帳簿なども展示されていて見どころが多く、襖に取り付けられた千鳥風の引き戸金具も可愛いかった。
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2階は見学出来ないので、外から眺めるため靴を履いて庭に出てみる。
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庭を挟んだ向かいには伏木の港に到着する北前船を見張るための望楼が設けられていた。
ちなみにこの望楼は2006年に小泉元首相も訪れており、実際にのぼって顔を覗かせている写真が飾ってある。 -
現在も望楼にのぼることができるけど、非常に狭いので1人ずつしか上がることができないから、混雑する時期じゃなくて良かった。
階段幅が狭くて急で天井も低いため、スリッパが用意してあるけど履くとヒヤヒヤする場面が多かったことから、途中で置き去りにして望楼を目指した。 -
階段下にある巨大な鉄釜は高岡で造らせたもので、北海道まで鉄釜を運搬してと医療に収穫されていたニシンを現地で煮て、魚肥に加工したものを大阪などで販売していた。
一見邪魔になりそうな鉄釜だけど船の重しになって安定感が増したそうで、鶴岡の致道館で見た北前船の説明書きにも「船の重しとして石も仕入れて各地で売っていた」記述を思い出した。
この階段は後で設置されたものなので幅が広くてスリッパでも上がれた。 -
主屋向かいあたりの望楼下の部屋は4畳ほどの縦長の部屋になっていて、この部屋だったかは覚えていないけど望楼を見張っている人が寝泊まりする場所もあった。
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階段をぐるっと回ると、その背後に次の階段が待ち受けている。
ここから見てもわかるように角度が恐ろしく急。 -
板幅も狭くてハシゴを上がるような雰囲気だったので、足裏は汚れるけどスリッパはここまで。
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階段後ろの障子が少し開いており2間続きの部屋があって、意外と広いことに驚くけど(覗くのはOKだけど立ち入り禁止)、船頭や水主などを相手にした宿泊施設を営んでいた頃の名残かもしれない。
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気合を入れて階段を上っていくと、奥の明るい場所にもう1つ階段が見える。
ここは幅が狭くて急なので、四つん這いになりながら上がっていった。 -
途中のスペースはとても天井が低く、身を屈めても頭を打ちそうになるから大柄な人は大変かも。
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最後の階段を上から見るとこんな感じで、穴蔵探検している気分だった。
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港への船の出入りを見張った望楼は3方向に障子窓が造られていて、雨から守る上下開閉式の雨戸も完備している。
望楼内にも畳が敷いてあって、私が手を伸ばすと指が天井に触れるほど低かった。 -
今は2階建て以上の建物やビルが建っているため見晴らしがいいとは言えないけど、少し高い場所にあって3階以上の高さを持つこの望楼からは、西回りで帰還する船も東回りで帰還する船も良く見えたはず。
寄港する船をいち早く発見する理由は、北前船は懇意している廻船問屋で滞在するルールがあり、無事着いたことを祝う盛大な宴会準備のためで、望楼から船を見つけても港に到着するまで2-4時間ほどかかったそう。 -
再びあの狭い階段を下りる。
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私の片足を置くだけでこの面積を取ってしまうから、段差も大きいためカメラ2台を抱えながら降りるのは至難の業だった。
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1階まで降りるとスノコが敷いてあるから、そのまま土蔵見学できる。
江戸時代後期に建てられた土蔵は左右に分かれていて、まず向かって左の蔵に入ってみることに。 -
かなり薄暗いけど壁一面に展示してあるのは、引札といういわゆる宣伝広告チラシ。
江戸時代から明治・大正にかけて用いられ、1683年に呉服商三井越後谷が配ったのが始まりと言われていて、江戸や大阪など大都市の商店が得意先に配るために広まったそう。 -
向かって右の蔵には、港に近づくと遠くからでもわかるよう船尾に掲げた船幟・小具船を示す船印・船主の生活道具をはじめ、当時の水運の様子を紹介していた。
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買目録などの貴重な資料も展示されていて見どころが多かった。
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“高岡市伏木気象資料館“は高岡市内観光施設共通クーポンが2枚必要で、今日は使い切ってしまったから外観だけ鑑賞。
ここは1883年に日本最初の私立測候所として、伏木燈明台の1室に設立された旧伏木測候所で気象観測が開始されてからの観測データが残っており、気象観測がどのように行われていたのか紹介している。モダンな洋風建築の外観が目を惹く:高岡市伏木気象資料館 by RiEさん高岡市伏木気象資料館 美術館・博物館
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14:00まで営業しているとネットに書いてあったので飛び込んだら、ラストオーダーの13:30をわずかに過ぎていたため一旦断られたものの、御厚意で入れてもらえてランチ難民にならずに済んだ。
訪れたのは新湊の食材をメインに、珍しい海鮮料理も楽しめる地元で人気の居酒屋“海鮮処いこい”。海鮮処いこい グルメ・レストラン
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入口には常連客のマイボトルがズラッと並んで圧巻だったけど、店内は座敷と椅子席があってゆったりした造りをして明るい雰囲気。
毎週金曜の夜に入荷するという、マグロの希少部位の案内が気になって仕方なかった。 -
【かけ中セットA】950円
夫が頼んだのは、かけうどんの出汁で食べる中華そば+ミニミニ海鮮丼+唐揚げ3個の美味しいもの取りセット。
【ネギトロ丼】880円
ラーメンの丼鉢サイズの巨大な器に、ボリューム満点のネギトロが乗っていて、副菜に厚揚げとこんにゃく煮がお腹いっぱいになり、支払いは現金のみで1830円。
この後は“川の駅:新湊”周辺をを散歩してから、商船学校の練習船として誕生した“帆船:海王丸”を鑑賞したあと新湊大橋を通過し、江戸後期から活躍し岩瀬五大家の筆頭に挙げられ北陸の五大北前船主として知られる“馬場家”と、建築当時のたたずまいを残す東岩瀬廻船問屋型町家“森家”を見学する。
続きは03へ。
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