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2021年11月17日(水)11時前、再び修学院離宮へ戻って来る。江戸初期の1653年から59年に掛けて後水尾上皇の指示で造営された離宮。上・中・下の3つの御茶屋(離宮)からなる借景の手法を採り入れた庭園で、桂離宮・仙洞御所とならび、王朝文化の美意識の到達点を示すものと云われる<br /><br />名前に付いている修学院は1931年(昭和6年)に京都市左京区に編入された修学院村から来ており、その名は平安時代の10世紀後半にこの地に建立された寺の名前から取られた。なお、その寺は南北朝時代に廃絶した。<br /><br />上述したように江戸初期に後水尾上皇の指示で造営されたが、それ以前に上皇の第一皇女が得度して、現在の中御茶屋付近に草庵を結び、円照寺を創建されていた。上皇はその円照寺を大和に移し、上と下の2つの御茶屋を新設した。中御茶屋にはその後、第八皇女のための山荘が建てられ、皇后亡き後に女院御所の建物が一部移築された。上皇崩御後は林丘寺となった。<br /><br />明治になって林丘寺の境内の半分が宮内庁に返還され、離宮に編入された。1964年には各御茶屋の間の水田畑地も買い上げられて付属農地となっている。現在は、京都御所、京都大宮御所、京都仙洞御所、桂離宮と共に、所有者が国の、皇室用財産と位置づけられ、宮内庁が管理している。<br /><br />比叡山の麓、谷川を堰き止めた人工池を中心とした広大な庭園とその関連建物からなり、3つの御茶屋と背後の山、借景となる山林、それに3つの御茶屋を結ぶ松並木の道と両側に広がる田畑を併せると総面積は54.5万平方mを超える。<br /><br />学生時代、42年前の8月に母と弟と行ったことがあり(下の写真1)、とても良かったと云う思い出があり、また行ってみたいとずっと思っていた。しかし、参観人数が限られており、当日現地での受付もあるが、事前に宮内庁京都事務所に申し込むのがよく、その予約も人気があるため約3か月前の受付からすぐ一杯になり、延び延びになっていた。<br /><br />この日11時の予約を3か月前にネットで取っていたので、約10分前に入口となる丸太の門柱に竹を並べた簡素な表総門に戻る。この日の当日受付はすでに満員終了とのこと。事前予約済なので、予約票と身分証明書を見せて参観者休所へ進む(下の写真2)。3か月前に予約を取った時にはどうなるか分からなかったが、運良く快晴で紅葉狩り日和。<br /><br />11時すぎ、休所前でのオリエンテーション(下の写真3)を終えて、まずは下御茶屋に出発。下離宮とも呼ばれるが、修学院離宮の入口に位置する。上皇はここに到着後、庭や比叡山の山並みを眺めて移動の疲れを癒してから、上御茶屋へ向かうのが離宮回遊のコースだった。<br /><br />休所から表総門の奥へ続く道を左手(北)方向に少し進むと右手石段上に下御茶屋の御幸門がある。柿葺の屋根と花菱紋の透かし彫りが施してある板戸の門。花菱は後水尾上皇のお好みで、離宮内のあちこちに見られる。<br /><br />抜けてすぐ右の中門を潜ると庭園が広がる。書院式の池泉回遊式で、上部から流れを導いて滝があり、下の池泉にそそいでいる。池の奥から出島が手前に突き出ており、その先石橋の傍らに竿と中台が一体となった袖形灯籠がある。ワニが口を開けているようにも見えるため鰐口灯籠とも云う貴重な石灯籠。コの字の部分に上から釣燈籠を吊り下げ、苑路を照らせるようになっている。<br /><br />その先、池を渡った東側。登りの石段へさしかかる所に朝鮮燈籠。また、池の北側、中門を抜けたところから続く緩やかな石段の上には寿月観の玄関である御輿寄がある。苑路を進んで行くと、池に繋がる遣水があり、その向こう側には石灯籠の屋根の部分にあたる笠が櫓型になっていることから櫓形灯籠と呼ばれる石灯籠がある。この辺りには2階建て楼建築の彎曲閣(わんきょくかく)が建っていた。<br /><br />その先を左に回り込んで行くと池を掘った土を盛り上げた高みに寿月観(じゅげつかん)。上皇が行幸の際に休憩をした建物。門などの付属建物を除くと下御茶屋に残る建物はこの寿月観のみ。下離宮は上離宮への拠点でもあり、相当のもてなしのできる設備が備わっており、かつては前述の彎曲閣と北側に茶屋の蔵六庵(ぞうろくあん)もあった。<br /><br />当初の建物は後水尾天皇の第四皇女、昭子内親王の岩倉御所から移築したものであったが、18世紀前半の享保年間に失われ、1824年(文政7年)に旧規の通りに再建された。この再建は、徳川家斉が光格上皇のために離宮の改修を行った際のもの。<br /><br />東側に一の間、その西に二の間、その南に三の間が鉤の手に連なり、三の間の西に五畳の茶室がある。二の間の北には四畳半、さらにその北に十畳半の「玄関の間」が突出し、建物の北西端に御輿寄(式台玄関)がある。屋根は柿葺で、一の間側が寄棟造、三の間側の南妻は入母屋造。一の間の東・南面から二の間・三の間の東面にかけて板縁を設ける。<br /><br />一の間は十五畳で、うち北西隅の三畳分を框で一段高くした上段とする。上段の西側に床を設け、これと矩折の北側に脇床(琵琶床)、棚を設ける。床柱は杉の面皮柱、長押は杉丸太。<br /><br />棚の上の天袋小襖には鶴、下の地袋小襖には岩に蘭が描かれている。これらは原在中の筆。西側の二の間境には岸駒筆の「虎渓三笑」の襖絵。後水尾上皇のお好みの菱形模様が多く用いられている。後水尾院造営部分にある唯一の襖絵だが、後水尾院没後の作。南側軒下の「寿月観」の額は院の宸筆。<br /><br />二の間は十二畳で、西側南寄りに杉戸。光格上皇のお好みの物で仙洞御所から移したと伝えられている。夕顔の絵が書かれているが筆者は不詳。杉戸の内側はお水屋。<br /><br />三の間は六畳で、従者の控えの間。襖絵は泊舟で、岡本豊彦の筆。南妻に後水尾上皇の宸筆による失われた建物である蔵六庵の扁額が掛かる。その奥の茶室は北側に床を設け、裏に物入と水屋がある。<br /><br />寿月観前庭には小さな滝石組。滝上に置かれた三角形の石が富士山の姿を表しており、白糸の滝と呼ばれる。創建時の石組みによるのではなく、後世のもの。水落石の両側に滝添石があるが、左手のものは、やや傾斜した立石手法が使われている。<br /><br />11時15分頃、御幸門と相対する位置にある東門から東側に出ると視界が大きく開け、田圃の向うに上御茶屋の望めて開放感がある。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8283488548387763&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />続いて中御茶屋へ向かうが、続く

修学院離宮 下御茶屋(Lower Garden,Shugakuin Imperial Villa, Rakuhoku, Kyoto)

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2021/11/17 - 2021/11/17

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ちふゆ

ちふゆさん

2021年11月17日(水)11時前、再び修学院離宮へ戻って来る。江戸初期の1653年から59年に掛けて後水尾上皇の指示で造営された離宮。上・中・下の3つの御茶屋(離宮)からなる借景の手法を採り入れた庭園で、桂離宮・仙洞御所とならび、王朝文化の美意識の到達点を示すものと云われる

名前に付いている修学院は1931年(昭和6年)に京都市左京区に編入された修学院村から来ており、その名は平安時代の10世紀後半にこの地に建立された寺の名前から取られた。なお、その寺は南北朝時代に廃絶した。

上述したように江戸初期に後水尾上皇の指示で造営されたが、それ以前に上皇の第一皇女が得度して、現在の中御茶屋付近に草庵を結び、円照寺を創建されていた。上皇はその円照寺を大和に移し、上と下の2つの御茶屋を新設した。中御茶屋にはその後、第八皇女のための山荘が建てられ、皇后亡き後に女院御所の建物が一部移築された。上皇崩御後は林丘寺となった。

明治になって林丘寺の境内の半分が宮内庁に返還され、離宮に編入された。1964年には各御茶屋の間の水田畑地も買い上げられて付属農地となっている。現在は、京都御所、京都大宮御所、京都仙洞御所、桂離宮と共に、所有者が国の、皇室用財産と位置づけられ、宮内庁が管理している。

比叡山の麓、谷川を堰き止めた人工池を中心とした広大な庭園とその関連建物からなり、3つの御茶屋と背後の山、借景となる山林、それに3つの御茶屋を結ぶ松並木の道と両側に広がる田畑を併せると総面積は54.5万平方mを超える。

学生時代、42年前の8月に母と弟と行ったことがあり(下の写真1)、とても良かったと云う思い出があり、また行ってみたいとずっと思っていた。しかし、参観人数が限られており、当日現地での受付もあるが、事前に宮内庁京都事務所に申し込むのがよく、その予約も人気があるため約3か月前の受付からすぐ一杯になり、延び延びになっていた。

この日11時の予約を3か月前にネットで取っていたので、約10分前に入口となる丸太の門柱に竹を並べた簡素な表総門に戻る。この日の当日受付はすでに満員終了とのこと。事前予約済なので、予約票と身分証明書を見せて参観者休所へ進む(下の写真2)。3か月前に予約を取った時にはどうなるか分からなかったが、運良く快晴で紅葉狩り日和。

11時すぎ、休所前でのオリエンテーション(下の写真3)を終えて、まずは下御茶屋に出発。下離宮とも呼ばれるが、修学院離宮の入口に位置する。上皇はここに到着後、庭や比叡山の山並みを眺めて移動の疲れを癒してから、上御茶屋へ向かうのが離宮回遊のコースだった。

休所から表総門の奥へ続く道を左手(北)方向に少し進むと右手石段上に下御茶屋の御幸門がある。柿葺の屋根と花菱紋の透かし彫りが施してある板戸の門。花菱は後水尾上皇のお好みで、離宮内のあちこちに見られる。

抜けてすぐ右の中門を潜ると庭園が広がる。書院式の池泉回遊式で、上部から流れを導いて滝があり、下の池泉にそそいでいる。池の奥から出島が手前に突き出ており、その先石橋の傍らに竿と中台が一体となった袖形灯籠がある。ワニが口を開けているようにも見えるため鰐口灯籠とも云う貴重な石灯籠。コの字の部分に上から釣燈籠を吊り下げ、苑路を照らせるようになっている。

その先、池を渡った東側。登りの石段へさしかかる所に朝鮮燈籠。また、池の北側、中門を抜けたところから続く緩やかな石段の上には寿月観の玄関である御輿寄がある。苑路を進んで行くと、池に繋がる遣水があり、その向こう側には石灯籠の屋根の部分にあたる笠が櫓型になっていることから櫓形灯籠と呼ばれる石灯籠がある。この辺りには2階建て楼建築の彎曲閣(わんきょくかく)が建っていた。

その先を左に回り込んで行くと池を掘った土を盛り上げた高みに寿月観(じゅげつかん)。上皇が行幸の際に休憩をした建物。門などの付属建物を除くと下御茶屋に残る建物はこの寿月観のみ。下離宮は上離宮への拠点でもあり、相当のもてなしのできる設備が備わっており、かつては前述の彎曲閣と北側に茶屋の蔵六庵(ぞうろくあん)もあった。

当初の建物は後水尾天皇の第四皇女、昭子内親王の岩倉御所から移築したものであったが、18世紀前半の享保年間に失われ、1824年(文政7年)に旧規の通りに再建された。この再建は、徳川家斉が光格上皇のために離宮の改修を行った際のもの。

東側に一の間、その西に二の間、その南に三の間が鉤の手に連なり、三の間の西に五畳の茶室がある。二の間の北には四畳半、さらにその北に十畳半の「玄関の間」が突出し、建物の北西端に御輿寄(式台玄関)がある。屋根は柿葺で、一の間側が寄棟造、三の間側の南妻は入母屋造。一の間の東・南面から二の間・三の間の東面にかけて板縁を設ける。

一の間は十五畳で、うち北西隅の三畳分を框で一段高くした上段とする。上段の西側に床を設け、これと矩折の北側に脇床(琵琶床)、棚を設ける。床柱は杉の面皮柱、長押は杉丸太。

棚の上の天袋小襖には鶴、下の地袋小襖には岩に蘭が描かれている。これらは原在中の筆。西側の二の間境には岸駒筆の「虎渓三笑」の襖絵。後水尾上皇のお好みの菱形模様が多く用いられている。後水尾院造営部分にある唯一の襖絵だが、後水尾院没後の作。南側軒下の「寿月観」の額は院の宸筆。

二の間は十二畳で、西側南寄りに杉戸。光格上皇のお好みの物で仙洞御所から移したと伝えられている。夕顔の絵が書かれているが筆者は不詳。杉戸の内側はお水屋。

三の間は六畳で、従者の控えの間。襖絵は泊舟で、岡本豊彦の筆。南妻に後水尾上皇の宸筆による失われた建物である蔵六庵の扁額が掛かる。その奥の茶室は北側に床を設け、裏に物入と水屋がある。

寿月観前庭には小さな滝石組。滝上に置かれた三角形の石が富士山の姿を表しており、白糸の滝と呼ばれる。創建時の石組みによるのではなく、後世のもの。水落石の両側に滝添石があるが、左手のものは、やや傾斜した立石手法が使われている。

11時15分頃、御幸門と相対する位置にある東門から東側に出ると視界が大きく開け、田圃の向うに上御茶屋の望めて開放感がある。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8283488548387763&type=1&l=223fe1adec


続いて中御茶屋へ向かうが、続く

  • 写真1 42年前の御幸門での写真

    写真1 42年前の御幸門での写真

  • 写真2 参観者休所

    写真2 参観者休所

  • 写真3 オリエンテーション

    写真3 オリエンテーション

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