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2021年11月17日(水)10時過ぎ、京都洛北の修学院離宮の紅葉を見に行く前に、まずは禅華院に寄る。修学院離宮の門から少し南、道の向かいの山側には修学院離宮の敷地が広がる、石仏と紅葉に包まれる山門で知られてた小さな寺院。<br /><br />元々は比叡山延暦寺に帰属する天台宗寺院の一つだった。江戸初期の寛永年間に大徳寺第170世の清巌禅師が中興し、臨済宗大徳寺派の寺院となった。山号は解脱山禅華院で、本尊は釈迦如来。なお、お寺の名前は「ぜんけいん」とも「ぜんげいん」とも云う。<br /><br />修学院離宮との間の道、修学院離宮の門に近いところに山門。そして、門を挟んで低い石垣の上に生垣が続くが、共に真っ赤なモミジで彩られてムチャクチャきれい。2階が鐘楼になっている山門は江戸後期の1826年に修学院離宮の中御茶屋から移築されたもの。解脱山の扁額が掛かっている。山門の内側からの紅葉も見事!<br /><br />山門の先の前庭は自由に入場できる。正面に庫裏があり、左手が本堂。右手には石仏に祠が並ぶ。右手の大きな石仏は鎌倉後期のもので、左が阿弥陀如来立像で右が地蔵菩薩坐像。共に花崗岩製で、阿弥陀如来立像は高さ176㎝。二重円光形の光背を造り、厚肉彫りされて、衣文も深く彫られている。地蔵菩薩坐は高さ128㎝。蓮華台があり、右手に錫杖、左手に宝珠を持っており、修学院離宮の田園の中にあったものと云われている。<br /><br />写真では1体しか写ってないが、大きな石仏の左には雲母坂地蔵と呼ばれている弥勒菩薩座像と阿弥陀如来像が並ぶ。像の裏には大治元年(1126年)の銘があるそうで、900年前、平安時代後期の作。修学院離宮の奥、雲母坂の登り口の音羽谷にあった雲母寺に祀られていたもので、1885年(明治18年)に廃寺となり、1977年に禅華院に遷された。<br /><br />右手の祠の中には阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒菩薩が並ぶ。作成年代は不明。さらにその右手には小型の石仏がズラッと並ぶが、経緯は不明。<br /><br />お庭は前の道から生垣越しに、あるいは前庭から壁越しに見ることが出来るが、事前予約をすれば本堂からゆっくり見学させて戴けるらしい。庫裏の左手にある本堂は昭和御大典御建物の一部を下賜され、1929年(昭和4年)に再建されたもの。<br /><br />入ってないのだが、本堂は禅宗の方丈形式の6間で、内陣に本尊の釈迦如来像、右の脇侍に観音菩薩像、左の脇侍に地蔵菩薩像がお祀りされている。また方丈の奥、衣鉢の間の奥が観音堂、内陣の裏が開山堂になっている。<br /><br />修学院離宮の景色を借景にする庭園は江戸幕府の茶人としても知られる小堀遠州作とも伝えられる。小堀遠州の庭園といえば、南禅寺の方丈庭園や金地院庭園が有名。このお庭は築山と枯池で構成された枯山水庭園だが、かつては池泉観賞式だったそうだ。前庭もそうだが、苔が美しい。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8264073043662647&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />修学院離宮に向かうが、まだ時間が少し早い。続く

京都 洛北 禅華院(Zenkein Temple,Rakuhoku,Kyoto,Japan)

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2021/11/17 - 2021/11/17

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旅行記グループ 洛北

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ちふゆ

ちふゆさん

2021年11月17日(水)10時過ぎ、京都洛北の修学院離宮の紅葉を見に行く前に、まずは禅華院に寄る。修学院離宮の門から少し南、道の向かいの山側には修学院離宮の敷地が広がる、石仏と紅葉に包まれる山門で知られてた小さな寺院。

元々は比叡山延暦寺に帰属する天台宗寺院の一つだった。江戸初期の寛永年間に大徳寺第170世の清巌禅師が中興し、臨済宗大徳寺派の寺院となった。山号は解脱山禅華院で、本尊は釈迦如来。なお、お寺の名前は「ぜんけいん」とも「ぜんげいん」とも云う。

修学院離宮との間の道、修学院離宮の門に近いところに山門。そして、門を挟んで低い石垣の上に生垣が続くが、共に真っ赤なモミジで彩られてムチャクチャきれい。2階が鐘楼になっている山門は江戸後期の1826年に修学院離宮の中御茶屋から移築されたもの。解脱山の扁額が掛かっている。山門の内側からの紅葉も見事!

山門の先の前庭は自由に入場できる。正面に庫裏があり、左手が本堂。右手には石仏に祠が並ぶ。右手の大きな石仏は鎌倉後期のもので、左が阿弥陀如来立像で右が地蔵菩薩坐像。共に花崗岩製で、阿弥陀如来立像は高さ176㎝。二重円光形の光背を造り、厚肉彫りされて、衣文も深く彫られている。地蔵菩薩坐は高さ128㎝。蓮華台があり、右手に錫杖、左手に宝珠を持っており、修学院離宮の田園の中にあったものと云われている。

写真では1体しか写ってないが、大きな石仏の左には雲母坂地蔵と呼ばれている弥勒菩薩座像と阿弥陀如来像が並ぶ。像の裏には大治元年(1126年)の銘があるそうで、900年前、平安時代後期の作。修学院離宮の奥、雲母坂の登り口の音羽谷にあった雲母寺に祀られていたもので、1885年(明治18年)に廃寺となり、1977年に禅華院に遷された。

右手の祠の中には阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒菩薩が並ぶ。作成年代は不明。さらにその右手には小型の石仏がズラッと並ぶが、経緯は不明。

お庭は前の道から生垣越しに、あるいは前庭から壁越しに見ることが出来るが、事前予約をすれば本堂からゆっくり見学させて戴けるらしい。庫裏の左手にある本堂は昭和御大典御建物の一部を下賜され、1929年(昭和4年)に再建されたもの。

入ってないのだが、本堂は禅宗の方丈形式の6間で、内陣に本尊の釈迦如来像、右の脇侍に観音菩薩像、左の脇侍に地蔵菩薩像がお祀りされている。また方丈の奥、衣鉢の間の奥が観音堂、内陣の裏が開山堂になっている。

修学院離宮の景色を借景にする庭園は江戸幕府の茶人としても知られる小堀遠州作とも伝えられる。小堀遠州の庭園といえば、南禅寺の方丈庭園や金地院庭園が有名。このお庭は築山と枯池で構成された枯山水庭園だが、かつては池泉観賞式だったそうだ。前庭もそうだが、苔が美しい。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8264073043662647&type=1&l=223fe1adec


修学院離宮に向かうが、まだ時間が少し早い。続く

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