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2021年11月17日(水)10時半前、修学院離宮の予約時間までまだ30分ほどあるので、禅華院から修学院離宮の入口前を通り抜けて、離宮の北側にある赤山禅院に。「せきざんぜんいん」と読む。紅葉の名所として有名。<br /><br />比叡山の西の裾野に建つ延暦寺の塔頭のひとつで、山号はなし。京都御所から見て表鬼門の方角(北東)にあり、表鬼門を守護している。拝殿屋上には神猿が鎮座し、古来より方(かた)除けの信仰も篤い。境内の福禄寿殿は都七福神の一つ。<br /><br />創建は平安時代中期の888年。854年に第3世天台座主となった慈覚大師円仁は、唐の登州で滞在した赤山法華院に因んだ禅院の建立を発願したが、果たせないままに864年に没した。その遺言により第4世天台座主の安慧(あんね)が、唐の赤山にあった道教の神・泰山府君を勧請して赤山社、後の赤山法華院を建立した。泰山府君は赤山大明神とも云い、陰陽道の祖神で、商売繁盛の神。ただし、安慧は868年に没しており、888年の創建には疑問が残る。<br /><br />比叡山延暦寺の千日回峰行においては、そのうち100日の間、比叡山から雲母坂を登降する「赤山苦行」と称する荒行がある。これは、赤山大明神に対して花を供するために、毎日、比叡山中の行者道に倍する山道を高下するものである。<br /><br />この寺は明治時代の神仏分離令の後も神仏習合の形を残したまま現在に至っており、表参道の入口は鳥居。赤山大明神と書かれた勅額は江戸時代初期の第108代後水尾天皇から賜ったもの。<br /><br />表参道を進むと天台宗修験道総本山管領所と掲げられた山門。この辺りから紅葉が美しい。で、ここまで来て、ふと思う。ここって来たことない? 山門を抜けて表参道を奥に進みながら(下の写真1)、確かに来たことを思い出す。後で調べたら7年前の10月終わり、まだ現役だった頃に健保組合の健康ウォークで宝ヶ池から歩いて来てた。その後、八瀬ケーブル駅まで歩き、三宅八幡宮とかをぐるっと回った。すっかり忘れてた。ただ、この時は紅葉はまだ全然だった。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.981032851966739.1073742959.100001801017376&amp;type=3<br /><br />参道の突き当りの観光トイレの左手の階段(下の写真2)を登ると境内に入る。階段を上がると右手に手水舎(下の写真3)で、正面に拝殿。これも神仏習合のまま。1911年(明治44年)の再建。正面の屋根の上に前述の鬼門除けの御幣と鈴を持った猿が安置されている。かつて抜け出して夜な夜な悪さをしたために、抜け出さないように金網の中に入れられている。<br /><br />拝殿の左手奥に地蔵堂。これも1911年(明治44年)の再建。赤山大明神の本地仏である地蔵菩薩を祀っており、本地堂とも呼ばれる。<br /><br />地蔵堂から拝殿の裏側に進むと本殿。本堂とは云わない。ご本尊は前述のように泰山府君(赤山大明神)。仏教の寺院であるが、道教の神を祀っている。ただし、本殿の上には、地蔵菩薩を示すサンスクリットの「か」の字が書かれた懸仏が掲げられており、本当のお姿は地蔵菩薩様とも云われる。<br /><br />懸仏は平安時代後期の神仏習合の本地垂迹(ほんじすいじゃく)の思想から生まれたもので、近代以前は普通に寺社に祀られていたが、廃仏毀釈により神社からは一掃され、今や貴重なものとなっている。<br /><br />本殿の左手奥、十六羅漢石像と三十三観音像が並ぶ奥に弁財天堂。十六羅漢は仏教を護持しようと誓ったとされる16人の羅漢。三十三観音は、法華経普門品の説く三十三身に基づき、俗信の観音を33種並べたもの。弁財天堂の紅葉も美しい。<br /><br />弁財天堂から本殿の裏を回り込んで行くと福禄寿殿。京都の7ヶ所の社寺から構成される都七福神の一つ。お堂の前に可愛い七福神の像とのぼりが並んでいた(下の写真1)が、他の6ヶ所は以下の通り。えびす神社のえびす、妙円寺の大黒天、東寺の毘沙門天、六波羅蜜寺の弁財天、行願寺の寿老人、萬福寺の布袋尊。<br /><br />福禄寿殿横の鳥居(下の写真5)を抜けると、境内東側の山の麓に多くの摂末社が並ぶ。鬼門方除けの金神社、夫婦和合の歓喜天、縁結びの相生社など。<br /><br />摂末社を回って境内の東に降りてくると日本気学発祥地の碑。方位などが書かれている。気学とは古代中国の九星占術をベースにした日本発祥の占術。残念ながらそれ以上の詳細は不明。<br /><br />最後は雲母(きらら)不動堂。もとは比叡山延暦寺とを結ぶ雲母坂(きららざか)にあった雲母寺(うんもじ)の本堂と本尊・不動明王を明治後期に移築したもの。本尊の不動明王は伝教大師最澄の作と伝えられている。雲母寺は、比叡山延暦寺の「千日回峰行」の創始者・相応和尚が開いた寺だったが、明治に入って廃寺となった。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8264089036994381&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />続いて修学院離宮だが、続く

京都 洛北 赤山禅院(Sekizan Zen-in Temple,Rakuhoku,Kyoto,Japan)

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2021/11/17 - 2021/11/17

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ちふゆ

ちふゆさん

2021年11月17日(水)10時半前、修学院離宮の予約時間までまだ30分ほどあるので、禅華院から修学院離宮の入口前を通り抜けて、離宮の北側にある赤山禅院に。「せきざんぜんいん」と読む。紅葉の名所として有名。

比叡山の西の裾野に建つ延暦寺の塔頭のひとつで、山号はなし。京都御所から見て表鬼門の方角(北東)にあり、表鬼門を守護している。拝殿屋上には神猿が鎮座し、古来より方(かた)除けの信仰も篤い。境内の福禄寿殿は都七福神の一つ。

創建は平安時代中期の888年。854年に第3世天台座主となった慈覚大師円仁は、唐の登州で滞在した赤山法華院に因んだ禅院の建立を発願したが、果たせないままに864年に没した。その遺言により第4世天台座主の安慧(あんね)が、唐の赤山にあった道教の神・泰山府君を勧請して赤山社、後の赤山法華院を建立した。泰山府君は赤山大明神とも云い、陰陽道の祖神で、商売繁盛の神。ただし、安慧は868年に没しており、888年の創建には疑問が残る。

比叡山延暦寺の千日回峰行においては、そのうち100日の間、比叡山から雲母坂を登降する「赤山苦行」と称する荒行がある。これは、赤山大明神に対して花を供するために、毎日、比叡山中の行者道に倍する山道を高下するものである。

この寺は明治時代の神仏分離令の後も神仏習合の形を残したまま現在に至っており、表参道の入口は鳥居。赤山大明神と書かれた勅額は江戸時代初期の第108代後水尾天皇から賜ったもの。

表参道を進むと天台宗修験道総本山管領所と掲げられた山門。この辺りから紅葉が美しい。で、ここまで来て、ふと思う。ここって来たことない? 山門を抜けて表参道を奥に進みながら(下の写真1)、確かに来たことを思い出す。後で調べたら7年前の10月終わり、まだ現役だった頃に健保組合の健康ウォークで宝ヶ池から歩いて来てた。その後、八瀬ケーブル駅まで歩き、三宅八幡宮とかをぐるっと回った。すっかり忘れてた。ただ、この時は紅葉はまだ全然だった。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.981032851966739.1073742959.100001801017376&type=3

参道の突き当りの観光トイレの左手の階段(下の写真2)を登ると境内に入る。階段を上がると右手に手水舎(下の写真3)で、正面に拝殿。これも神仏習合のまま。1911年(明治44年)の再建。正面の屋根の上に前述の鬼門除けの御幣と鈴を持った猿が安置されている。かつて抜け出して夜な夜な悪さをしたために、抜け出さないように金網の中に入れられている。

拝殿の左手奥に地蔵堂。これも1911年(明治44年)の再建。赤山大明神の本地仏である地蔵菩薩を祀っており、本地堂とも呼ばれる。

地蔵堂から拝殿の裏側に進むと本殿。本堂とは云わない。ご本尊は前述のように泰山府君(赤山大明神)。仏教の寺院であるが、道教の神を祀っている。ただし、本殿の上には、地蔵菩薩を示すサンスクリットの「か」の字が書かれた懸仏が掲げられており、本当のお姿は地蔵菩薩様とも云われる。

懸仏は平安時代後期の神仏習合の本地垂迹(ほんじすいじゃく)の思想から生まれたもので、近代以前は普通に寺社に祀られていたが、廃仏毀釈により神社からは一掃され、今や貴重なものとなっている。

本殿の左手奥、十六羅漢石像と三十三観音像が並ぶ奥に弁財天堂。十六羅漢は仏教を護持しようと誓ったとされる16人の羅漢。三十三観音は、法華経普門品の説く三十三身に基づき、俗信の観音を33種並べたもの。弁財天堂の紅葉も美しい。

弁財天堂から本殿の裏を回り込んで行くと福禄寿殿。京都の7ヶ所の社寺から構成される都七福神の一つ。お堂の前に可愛い七福神の像とのぼりが並んでいた(下の写真1)が、他の6ヶ所は以下の通り。えびす神社のえびす、妙円寺の大黒天、東寺の毘沙門天、六波羅蜜寺の弁財天、行願寺の寿老人、萬福寺の布袋尊。

福禄寿殿横の鳥居(下の写真5)を抜けると、境内東側の山の麓に多くの摂末社が並ぶ。鬼門方除けの金神社、夫婦和合の歓喜天、縁結びの相生社など。

摂末社を回って境内の東に降りてくると日本気学発祥地の碑。方位などが書かれている。気学とは古代中国の九星占術をベースにした日本発祥の占術。残念ながらそれ以上の詳細は不明。

最後は雲母(きらら)不動堂。もとは比叡山延暦寺とを結ぶ雲母坂(きららざか)にあった雲母寺(うんもじ)の本堂と本尊・不動明王を明治後期に移築したもの。本尊の不動明王は伝教大師最澄の作と伝えられている。雲母寺は、比叡山延暦寺の「千日回峰行」の創始者・相応和尚が開いた寺だったが、明治に入って廃寺となった。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8264089036994381&type=1&l=223fe1adec


続いて修学院離宮だが、続く

  • 写真1 表参道の紅葉

    写真1 表参道の紅葉

  • 写真2 境内への階段

    写真2 境内への階段

  • 写真3 手水舎

    写真3 手水舎

  • 写真4 七福神の像とのぼり

    写真4 七福神の像とのぼり

  • 写真5 摂末社への鳥居

    写真5 摂末社への鳥居

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