2022/04/29 - 2022/05/03
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kummingさん
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二度あることは三度ある、または、三度めの正直?
さて、どちらに転ぶか、
一度目は、入口間違えて、見逃し多く撃沈(;_;)
やり直し目指した二度目は大雨風がお出迎え(-。-;
そして訪れた三度目の機会を逃すまじ!
気合い入れて臨みました、が、どうなることやら?
帰りの列車までの時間、法華寺、海龍王寺廻りで有効に使えるか? またチャリ移動でぐるぐる(*_*)
写真が多いので、2部作にしました。前編ご覧の後、よろしかったら、後編へ♪
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
おはようございます♪
-
毎朝急いでいたので、
最後にやっと朝食の写真♪
この他、朝カレーやうどんの日、パンの日など、ビュッフェ形式で。ご飯が少ない?横に朝カレーが(写っていないだけ)
隣席とアクリル板で区切られて、やや窮屈感。
手袋やアルコール消毒、充分コロナ対策されていました。 -
ぐるっとバスがまだ出ない早朝、
バス降りて比較的歩かないで良いバス停!下車のバスを選択
↑
あれっ?目的地は 遥か彼方(°_°) -
それでも、10分弱で到着。
オープン30分前なのに、何だか車や人の出入りが多い?
おやあ?
あれに見えるは出店じゃあ、ありませんか!? -
今日というこの日、
私の悲願達成を阻まんと仕組まれた?かの如きイベント(笑)
天平祭、とな!
でも、何だか楽しそ~♪ -
盛りだくさんのイベントがあるみたい
朱雀大路から朱雀門までを平城京時代の歴代天皇と貴族、文武百官が練り歩く♪
歴代天皇って、元明、元正、聖武、孝謙天皇? 不比等さまは????
平城宮遷都の詔を元明天皇が発します? して、ど、どなたがあの美貌の誉れ高き氷高さまに扮せられるのか? -
-
昨今、巷でも
天平コスプレ流行中♪ -
↑
懐かしの朱雀門前
あれよあれよという間に、イベント仕様に設置が進む -
ここのおじちゃんが、30分前から待機している私をなおざりに、
次々とやって来る業者の車チェック&誘導に忙殺され、
どうしても9時~の時刻厳守するつもり?
9時になっても埒あかず、さすがに堪忍袋のおが切れた!
思い切って「車は途切れないけど、いつまで待たせるつもりですか!」
と、日頃温和な?私も声を荒げ(ーー;)
ちょい塩対応だったけど、先を急ぐのでGo♪
後ほど、返却時に、「さっきはごめんなさいね~、それから、代金もらい忘れてた」
笑笑
忘れてくれてて良かったのよ♪
という事で円満解決、飛ぶ鳥跡を濁さず?
一大イベントに朝からテンパってたInfo のおじちゃん、がんば! -
着々と設営進む中
我関せずmission complete 目指すのみ!
朱雀門横を通り(今日は平地なのでふつうのチャリ) -
近鉄線路を越え
将来的にはこの線路、平城宮跡を通らない迂回路になるらしい。 -
大極門
3月19日開業
盛大なオープニングセレモニー開催されたと、ニュース報道されてました。
まだ開門前で近寄れないので、後ほど~ -
復元作業については、恐らく、復元事業情報館に展示されていると思われる、が、しか~し、今回はmission 最優先なので、throughします^ ^
去年訪れた時、復元事業情報館は、とっても興味深い展示で感動ものでした。みなさまはぜひ足をお運びあれ! -
大極門隣の建物も建造中の模様
↓
ココ、復元事業情報館
を通り過ぎ
ところが、次の資料館まで、この先が意外と難易度高し(°_°)
チャリじゃなきゃムリ~な距離&場所、でございます。
これじゃあ、辿り着けなかったはずだわ~、と、去年の過ちを正当化する -
平城宮跡資料館
去年は反対入口から入場したり、家族だった事もあり、いっぱい行かなかった見所がある?と気付いたのは、4tr 大先輩のブログで見ていた「色んな写真」にあった場所、モノたち、私、見てないじゃん??? -
この上を歩いて入ります♪
-
この時、とっても知的な女性キュレーターさん(やや年配?)のお話を聴く行幸♪
発掘調査、復元作業にどれだけ人的エネルギーが注がれているか!熱く語って下さいました。
今私たちが見ている地面の90cm下に、当時の平城宮の地層があるらしい。劣化を防ぐために、一度発掘したあと、90cm埋め戻している、と。
↑この件は、遺構展示館を見てて私は知ってましたが、キュレーターさん曰く、「ココでは説明されていないのですが…」とちょっと悲しそうに話されたのが、深く心に沁みました。
他にも、都自体が東に張り出している事
『平城京の東張出部分は、一般的には「外京」と称されるが、この部分に造営さた主要な施設は、和銅3年に厩坂寺(うまやさかでら)を移築して造られた興福寺である。 「興福寺縁起」』
それは平城宮の地よりも高い位置にあり、平城宮を見下ろす位置にあった。不比等の思いはいかなるものであったのか?
さらに、後にこの興福寺を見下ろす高所に東大寺を建立させた聖武天皇の思いやいかに?
と、妄想する、なんちゃって古代史♪
や平城宮も同じく東に張り出している事、その部分は東宮の住まいで隣には法華寺♪← 不比等が首皇子を囲い込む(幼少時から藤原系の皇族として教育するため?)のに絶好の陣取りですね~、と盛り上がる^o^ -
平城宮大内裏跡坪割之図
平城宮は四方を築地大垣と外濠に囲まれ、南中央の朱雀門北側とその東の壬生門北側の2ヶ所に、内裏・大極殿と朝堂院が広がっている。かつては前者を第一次、後者を第二次と名付けて区別し、平城遷都後第一次から第二次に移ったと考えられていた。しかし、発掘調査の結果、遷都当初から同じような規格の施設が両所にあり、内裏は一貫して東区にあり、大極殿は第一次から第二次へ移った事が明らかになった。
また、聖武天皇が平城宮を離れた天平12年(740)から15年の間を境に、その後平城宮内が改築された事もわかった。
平城京の中央を走る朱雀大路は藤原京から北に走る下ツ道と重なっており、これが基本中心線となった。同じく中ツ道が平城京左京の東辺とほぼ重なっており、唐の長安のちょうど4分の1になる事もわかってきた。 -
建設工事の様子をジオラマ化
かわい過ぎて、感動もののフィギュアたち♪ -
下水道工事中?
土木工事の達人、ローマ軍も真っ青♪ -
平城宮、平城京研究の先駆者たち
平城宮跡の保存運動
幾多の困難を乗り越えての今がある。
多くの先人たちの努力の賜物、ギフトですね♪ -
お仕事に勤しむ官吏たち
-
これらは何?
文房具? -
発掘された木簡たち
(説明が読み取れなくて悲しい・・・シクシク…)
確か、ちょっと前に『地下の正倉院展ー木簡を科学する』という特別展、やっていたはず。 -
-
「あなた、夕餉のお支度が」
「うむ、くるしゅうないぞよ」 -
「今日も一日お疲れさま~」
「うむ、大義であった」 -
今夜のメニューはなあにかな?
この図、藤原京跡資料館で見たのと、同じ、みたい -
奈良貴族の食事
と
令和庶民の食事
(代表して、私が奈良滞在中に食したものたち) -
「お子ちゃまはねんねの時間よ!」
「え~っ、まだ眠くない」 -
日本人は昔むかし、ベッドに寝ていた!(もちろん、貴族層以上の方々だけ?)
いつまでだったか忘れましたが、藤原宮は床が瓦だったらしい
床が瓦敷ならベッド必須ですね。
板敷に薄い敷き布団、ちょっと痛そう~ -
占いグッズ
-
-
今回の展示に関わる史跡指定の変遷と現在の平城宮跡
-
古い地図、図面のようですが
-
平城宮大極殿旧址建標録
明治34年(1901)4月の建標式の経緯を要領よくまとめた記録
建標式って?
平城宮跡保存運動のさきがけー大極殿標木建設式120周年
標木 目印のために建てる木 を建てた記念 という意味? -
710年から784年まで都だった「平城京」。今年(2022年)は平城宮跡が国の史跡に指定されてから100周年のmemorial year。1952年に「特別史跡」、1988年に「古都奈良の文化財」としてユネスコ世界遺産に登録された。
都が平安京に遷った後長らく田畑だったにも関わらず、古代の遺構が非常に良い状態で残る稀有な遺跡として保存出来たのは、遺跡への熱い思いを持った先人たちがいたから。
明治時代に平城宮跡の保存運動を支えたのは、植木商・棚田嘉十郎や地元、都跡村の有志たちだった。
近年新たに発見された標木や関係資料から、平城宮跡保存運動のさきがけとなった人々の熱い思いを辿る事ができる。 -
世間から忘れられていた平城宮跡だが、地元では「ここが都跡だった」という言い伝えが残り、大極殿の基壇については「大黒の芝」「大黒殿」と呼ばれていた。
植木商棚田嘉十郎は、旅人に都跡を尋ねられて答えられず、それをきっかけに保存運動に目覚めたという。村人の案内で「大黒の芝」に行き、瓦や敷石など多くが出土するのに、何も保護されていない事に衝撃を受けた。
村の有志と嘉十郎らは、遺跡場所の目印となる標木を建て、失われたと考えられていたが、近年このシンボル的存在が保管されていた事がわかった。 -
イチオシ
げ、元正天皇ですって!?
表紙に使おうか? 衝撃のお姿に、前日光さまが卒倒される?事態を恐れて使えず(ーー;)あの、『沈静婉れん』美貌の誉高い氷高さま??(°_°)
↑実は幻の「平城神宮」の御神体として祀られる予定だったとか!
嘉十郎らは保存の為に、平城京を顕彰する「平城神宮」建設を目指したが、田畑を潰して大規模な神宮を創建する事に反対の声もあり、計画は実現しなかった。 -
う~ん
興味深くて撮ったはずが???
瓦かな~ -
下
創建期の唐招提寺講堂 -
発掘調査の方法など
(写真の文字が解読不能で残念(;_;) -
見ての通り、ココは駐輪場ではございません、ねm(._.)m
以後気をつけましょう♪ -
チャリでは近くに行けず、時間節約の為、遠目から
-
大極門
戻って来ました
南門が当時何と呼ばれていたか、その門号(門の名称)に関する記事は文献資料にはみえない。そこで、日本や中国の宮殿等の事例研究から「大極門」と命名し、扁額に揮毫した。
https://youtu.be/rIR2WhvsxyY -
近くで見れる時間帯
大極門は、周囲を築地回廊で囲んだ南北約327.7m、東西約176.6mの第一次大極殿院の南側に位置する正門。儀式の際には、天皇が出御する事もあった。 -
発掘調査・研究の結果、礎石建ちで入母屋造りの二重門として復原。間口22.1m、奥行8.8m、高さ約20mと、朱雀門よりやや小さい建造物だが、全ての垂木の先端に木工金具が施されている。
木工金具は重要な建造物だけに施される装飾で、朱雀門よりも多くの部材に金具を備え、第一次大極殿に準じる格をもつ。
ふ~ん、この金具ね? -
出来立てなので、さすがに真新しい
-
ぐるっと廻って
次のmission へ -
今回身に染みて思ったのは、この広大な土地、歩いて制覇するのはムリでしょう?
当時の貴族やお役人さんたちって、意外と脚力鍛えていたのかも(°_°)
移動だけで日が暮れそう~
あ、馬? -
造酒司井戸
この後、東院庭園→法華寺→海龍王時へ
後半は、別途ご覧頂ければ幸いです♪
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この旅行記へのコメント (9)
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- しにあの旅人さん 2022/07/02 15:13:09
- また来ました。
- 大極門。
覆家が大極門の隣に移っていますが、ひょっとして、自分でゴロゴロと動くのですか。
バラして隣に組み立てたのかな。覆家の使い回しだ。
階段もある。警備のおじさんに勧められて登って大仏殿が見えることを発見した階段です。
隣で作っている建物ってなんでしょう。塀?
建物の名前は南門だと思っていました。わからないのですか。初耳。
大極門ですか。
聖武さんなんか、何て呼んでたんでしょう。「あれ」とか「これ」じゃ不便だし。「門」じゃなんの門かわからない。
大極殿を恭仁京に移したのはわかっていますが、大極門はどうしたのか、何か説明ありませんでしたか。
平城京資料館。
再現ビデオが更新されているみたい。
「あなた、夕餉のお支度が」はなかった。
「今日も一日お疲れさま~」
これも記憶になし。
女性はお人形さんぽいけれど、後ろの男性、非常にリアル。
この人たち、大阪歴博みたいに、実物大ですか。
「まだ眠くない」も覚えていないので、お人形さん、追加しているのですね。
もう一度行ってみたくなりました。
「奈良貴族の食事 と 令和庶民の食事」
文章読むまで全部奈良貴族だと思って見ました。
ビールでたこ焼き、聖武さん、食べないですよね。でも「令和庶民の食事」を食べさせたら、「こっちがいい!」と言うと思います。光明皇后と奪い合いになったりして。
- kummingさん からの返信 2022/07/02 17:52:07
- Re: また来ました。
- 再訪&再コメ、ありがとうございます^ ^
ですが、あんまりツッコミ質問されて、困ってしまい(;o;)
南門の当時の門号が資料に残っていない、とパンフにありました。藤原宮だと、東西南北に3ヶ所づつ、計12ヶ所に門が設置されていて、それぞれの門号は、古くから天皇に仕え守ってきた氏族の名前をとったとかで、正面南中央門の朱雀門は大伴門の別称があったと。藤原宮の方は門号が分かっているのに、平城宮のこの南門は分からないみたいですね。大極殿の前にあるから大極門?にしたのかな~
大極門を恭仁京に移転した、という様な話は、今の所、聞いた事ないですね。似た様な話としては、平城宮の朱雀門に藤原宮に葺かれた瓦が再利用されたらしいです。
覆屋、去年来たときは、確かに南門を覆っていましたね。南門完成したから、隣に移動?築地塀でも作るのかしらん?とにかく、全部完成したら、スゴい事になりそう! 史跡指定されて、お上から潤沢なマネー供給されてるみたい。
再現ビデオ、も、実物大マネキンさんたちも、私はしにあさんの時に見たのと同じ、と思って見たので、既視感満載でした(笑)
ブログ内でお食事処紹介するひまがなかったので、ココにまとめました♪
-
- しにあの旅人さん 2022/06/25 17:25:44
- びっくり木像
- 元正天皇木像。
何度見ても、キイボードの上で一瞬指が止まります。
平城京跡資料館ですよね。見てない。見れば絶対忘れないはずです。どこかに貸出中だったかも。
この像、写真で見たことある。ずいぶん丸顔だと思った記憶があります。
それは顔だけで、全体はわからず。顔だけだった理由がわかりました。日本書紀がはっきり美人だと書いた女帝です。薬師寺縁起なんか、「姫帝(きてい)」って書いてる。ひめのみかどですよ。
夢破れるなあ。
メガネ取ったあられちゃんに似ていると思う。
体型は、ほぼドラえもん等身。
前日光さんが卒倒される危険を察したのは、理にかなっていると思われ。
正面写真だけですか。横顔などもあれば、追加UPお願いします。
これ、かなり貴重な写真だと思います。
ついでに身長も教えてください。
あまりにびっくりしたので、今回はこれだけ。
改めてコメします。
- kummingさん からの返信 2022/06/25 23:00:16
- Re: びっくり木像
- ですよね~
私も、「マジか?」と驚きのあまり、撮った写真は一枚キリ。「沈静婉れん」の意味って⁈ 言われてみれば後ろ姿も見てみたい、怖いモノみたさ(ーー;)
大きさは高さ50cmくらいだったかもしれません、覚えていませんが。
前日光さん(↓コメントあり)も私も、ぜひこの時代の美意識とか美人の基準とか、その辺の事情をしにあさんに検証して頂きたい、と思っています。
やはり、元正さまの像、このブログ一番の注目度ですね、表紙に使えなかった事情も含め、気付いて頂き本望でございます♪
あと一個で終わります、やれやれ^o^
-
- 前日光さん 2022/06/22 23:32:49
- まさかや~~(@_@)
- こんばんは、kummingさん!
私が衝撃を受ける!って言ってた元正さま(*_*)
この違和感は、顔に対して手足が短すぎるアンバランス感から来てるわね!
唐津で見た「松浦作用姫(まつらさよひめ)」像も衝撃だったけど、これは手足がちゃんと長かった!
お目々がちょっと不気味だっただけ!
それと比べても、元正様のこのシュール過ぎる像は何?
元正様に悪意をもった人が造ったの?
「平城神宮」が造られていたら、ご神体だったかも?なの?
いいんだもん、私の元正様は、あくまでも長岡良子様描くところの元正様よ!
それにしても、『沈静婉れん』って形にするとこうなるわけ?
当時の美意識って、こんなんだったの?
目細鼻高下ぶくれが美の基準だったらしいけど、「美貌の誉高い氷高さま」が無残すぎるー(T_T)
しにあさんあたりは喜びそうね!
きっと当時の美意識について、文献漁って滔滔と珍説を述べそう( ̄∇ ̄)
この像についてのby妻さんの「一書に曰く。。。」も聞いてみたい(爆)
平城宮跡って、私が中学・高校で修学旅行に行った時なんて、ホントに何にもないただの原っぱだったのよ。
近鉄線がその中を横切っていて、ここがあの平城宮跡ですと言われても、中・高生には全くピンと来ず、ふーん?という感想しかなかった。
でもあの地下深くに、かつての都が眠っていたんだねぇ。
もう、感慨無量ですよ。
チャリで走り回っても大変だったこの平城宮跡を、詳しく説明してくれてありがとうございました<(_ _)>
また奈良に行って、いろいろ偲んでみたいし、何と言っても元正様の像を、我が目で確かめたいわね(^_^)v
前日光
- kummingさん からの返信 2022/06/23 22:38:11
- Re: まさかや~~(@_@)
- 前日光さまのご心痛、お察し致します(;o;)
なんだかただの頭でっかちの子供がえらそ~に座ってる?どこが沈静婉れん⁈当時の美意識、目細鼻高下ぶくれ、だったのですか? 平安時代だと確かにそんな感じかも、源氏物語絵巻、とかでみた感じ。奈良時代に関しては謎なので、ここはやはり時代考証の第一人者にしかと検証して頂き、一書に曰く、ぜひ聞いてみたい!
しにあさんちの大伴旅人さんとか、梅の宴の博多人形みたいに、作れなかったのかな~、時代的にはかぶってますもんね。
忘れられてた平城宮跡が再発見された顛末を語る過程で、どうしてもこの「元正さま像」が展示されなければならなかったのでしょうね~。私たちの中ではあくまでも、長岡先生の描く氷高さまこそが真実である♪ という事で、今日の処は心安らかにお休みください(-_-)zzz
パレードでは、元明さんが詔述べたり、歴代天皇が行列するらしかったので、氷高さまにはどんな方が扮装されたか、見られなくて残念(TT)
平城宮跡は日々進化しているようです。奈良マニアック旅専門の前日光さんには、風情のかけらもない、ピッカピカの平城宮跡ですが、ぜひ、いざない館の元正さまに会いに行ってみてください♪
- kummingさん からの返信 2022/06/25 23:03:15
- 訂正です♪
- あの、元正さまの像に会いに行かれるとしたら、平城宮跡資料館です。↑コメントのいざない館ではありませんので、念の為、訂正しますm(._.)m
- 前日光さん からの返信 2022/06/26 23:40:19
- 了解しました!
- ご丁寧にありがとうございます!
平城宮跡資料館ですね?
この間、実は平城宮跡には行ったのですが、なにしろ月曜日で資料館等はお休み!
トイレだけ拝借して引き返しました^^;
やっぱりチャリを借りて、相棒殿とは別行動がいいのかなと思っています。
前日光
- kummingさん からの返信 2022/06/27 00:59:13
- 追加情報♪
- しつこいようですが、↑しにあさんのコメントに、しにあさんが行かれた時にあの像がなかった、と!
もしかしたら、期間限定公開だったのかも? ちょうど平城京跡の記念日?期間みたいな感じで、発掘調査の歴史に関する展示をやっていたので、その絡みで元正さまの木像も展示されていたのかもです。
新たな情報としては、6月25日から12月11日まで、元正天皇展、が3期に分けて開催されるそうです♪
詳細は、平城京跡イベント、で検索!お試しあれ~
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