2022/04/01 - 2022/04/01
668位(同エリア5996件中)
mistralさん
- mistralさんTOP
- 旅行記283冊
- クチコミ23件
- Q&A回答19件
- 384,884アクセス
- フォロワー111人
春先の奈良を歩きたかった。
このコロナ禍はいつ迄続くのやら終わりの見えない日々。
それでも用心しつつの旅にも段々慣れてきていた。
友人を誘ってみたら応じてくださったので、周囲には密かに、
宿や新幹線の予約などを進めてきていた。
改修工事が始まるという旧奈良監獄にも行ってみたかったので
見学ツアーの申し込みを済ませ、
更には東大寺二月堂周辺を歩いてみたい、、、
あとは現地に行ってから、その時の気分できっと行き先が決まって
くるだろうと新幹線に乗った。
多分、友人と素敵な旅ができそうな予感があった。
新年度に入る前のこころの準備も整えておきたかった。
(表紙写真は海龍王寺に貼られていた十一面観音様
が載ったポスターを撮影したもの。)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
4月1日、東京発10:00ののぞみに乗車し
京都には12:15着、
そこからはJRのみやこ路快速で45分ほどで奈良に着いた。
ホテルは駅のすぐ前にある。
まだチェックインは出来ないため、駅前からバスに乗って
やって来たのは不退寺。
(バス路線は、西大寺法華寺線、一条高校不退寺口で下車)
おおよその時刻はホテルで調べていただいた。 -
突き当りがどうやら不退寺らしい。
-
平城(へいぜい)天皇がご攘位の後、
平城京の北東にあたるこの地に茅葺の御殿を造営。
その後、皇子阿保親王、その第五子、業平朝臣が
ここに住まわれた。 -
仁明天皇の勅願を受けた在原業平が、
平城天皇がすまわれた萱の御所跡に、
開基したと伝わるお寺で
別名「業平寺」とも呼ばれている。
天皇の第一皇子である阿保親王の菩提寺でもある。 -
本堂の下に座っておられる方がおられた。
ご住職?前住職さんか?
その方が本堂の扉を開けて下さった。
(本堂は重要文化財) -
本堂に安置されている
聖観音菩薩像(重要文化財)
木彫一本造り
かつては全身胡粉地に極彩色の花文装飾が施されて
いたようだが、その痕跡が今に残っている。
業平作の代表的な名作とのこと。
宝冠帯が大きく特徴的なことから
「リボンをつけた観音様」として親しまれているそう。
そんな呼び名を知ってから、
ずっとお会いしてみたかった。
近世までは秘仏だったようだが明治以降はずっと
御開帳されている。
(写真は購入した絵葉書より撮影) -
代々のご住職が丹精されてきたのか
境内には四季折々に花々が咲き競うようだ。
本堂を出てきたおりご住職が
「あそこに咲き分けの梅の花が咲いているよ。」
と教えてくださった。
見上げると、ピンク色と白色の枝が。 -
お庭には木々が生い茂り、まるで植物園のよう。
水連の鉢がずらりと並んでいて、やがて訪れる
開花の時を待っている。 -
境内にはこのような
立て看板もある。
「伊勢物語」第八十八段
「おほかたは つきをもめでじ
これぞこの つもれば人の
老いとなるもの」
そばに石碑があったはずだが、、、 -
この石碑は上の解説板のものとは別のもの?
-
空をあおいで咲く椿。
美しいのと、珍しい感じがして撮影。 -
多宝塔
(重要文化財)
当初は上層があり檜皮葺だったことが
寛政年間刊行の大和名所図会によって明らかに
なっているそうだ。
明治以降下軸部のみとなってしまったようだ。 -
「ちはやぶる かみよもきかず
たつたがわ からくれないに
みずくくるとは」
百人一首 第十七段
昭和62年 奈良市、京都市、大津市
「京津奈広域観光事業」の「小倉百人一首史跡巡り」
を記念して平成元年五月十五日に建立したもの。
と書かれている。 -
歌が刻まれた
生駒山産という自然石。
書は
平田華邑氏 (遺作) -
境内には「伊勢物語」のモデルともいわれ
六歌仙の一人でもある業平の歌碑がいくつか
建っている。
立ち入り禁止区域のような?奥にもあった歌碑。 -
五月ごろには菖蒲が一斉に咲き競いそうな池。
-
このような椿も。
後方にはレンギョウと満開の桜。 -
もう一度遠目に本堂を見て
-
不退寺を後にした。
-
いただいたご朱印。
間には在原業平の肖像画が印刷された
紙片が挟まれていた。 -
-
一条高校前の大通りを歩いて
海龍王寺へやってきた。
立て看板には
「平城京最古の寺院の一つで、平城宮の東北隅に位置することから、隅寺(角寺)とも呼ばれた。普段は厨子内で斗張がかけられていて、お姿を拝顔できない本尊の十一面観音像(重文)が特別に開帳。光明皇后ゆかりの遺品も特別展示。」
とあった。
期間は3/23~4/7 -
大きな絵馬、遣唐使船と龍の絵。
新しくなったそうだ。
奈良時代以前、土師氏の氏寺を
平城遷都の際に藤原不比等が譲り受け、邸宅を構えた。
不比等の没後、これを受け継いだ娘の光明皇后は、
遣唐留学僧・玄昉が新しい仏法を無事に持ち帰ることを
願い、寺院の伽藍を整備したそう。 -
表門についての説明書きが
16世紀
四脚門、切妻造、本瓦葺、左右築地塀付
円形の本柱の前後に立つ合計4本の控柱の数から
このような形の門を四脚門という、
そうです。
門の形に今まであまり注意していなかったので新しい情報。 -
-
海龍王寺は平城宮の鬼門を守る方向、
つまり平城京に鬼が入ってこようとするのを防ぐ
場所に位置している。
現在の国道(赤線)は、奈良時代、都の南北をつないでいた
東ニ坊大路という大通りに当たる。
昔からお寺を避けて通りがつくられており、このお寺が
大切にされていたことがわかるそう。 -
古い築地塀がグルリと表門から続く。
-
境内入口への門。ここで拝顔料をお支払いする。
特別公開期間で600円だった。
玄昉が帰国の途中、東シナ海で暴風雨に襲われた際、
「海龍王経」を一心に唱えたところ、九死に一生を得て
無事に帰国を果たしたことから遣唐使の渡海安全祈願を営む
ようになり、寺号が海龍王寺と定められたそう。
初代住持となった玄昉は、海龍王寺を天皇家の私寺である
平城宮内道場と定めた。また同時期に写経も盛んに行われ、
光明皇后・弘法大師も写経をされており、現在も弘法大師筆と
される般若心経(隅寺心経、すみでらしんぎょう)が伝えられ
ている。 -
本堂
奈良時代に建っていた中金堂の位置を踏襲。
建立年代は1665年頃と伝わるが、古風な造りで
深い軒の出、勾配の緩い屋根、堂内の柱配置など
古い伝統建築の様式を今に伝える。 -
皇后宮内寺院、平城宮内道場となったことで
宮廷寺院となった海龍王寺は、
聖武天皇、光明皇后のためだけに祈る皇帝家の寺院
となった。 -
屋根の片隅でにらみをきかせている鬼瓦。
魔除けだけでなく雨仕舞(雨除け)の役割も果たす。 -
長い年月にわたって屋根を支えている
小屋組の黒々とした木材たち。 -
光明皇后が自ら刻まれた十一面観音像をもとにして
鎌倉時代、慶派の仏師によって造立。
長い間秘仏だったそうで、衣の細かい文様までもが
今に残っている。
銅製鍍金の透彫りやガラス玉の装身具を身にまとわれ
端正なお顔。
(写真は購入した絵葉書を撮影したもの) -
ご住職が世界平和、海の安穏、海を渡る人々の
安全を願って日本各地の海水を取り寄せられたそう。
(海龍王寺、ホームページ動画より借用しました。) -
西金堂(重要文化財)
創建当時からの建物。
鎌倉時代と昭和40から41年にかけて修理されているものの
非常に価値が高いものだそうだ。
内部に安置されている五重小塔(国宝)は
五重塔の精密な模型。 -
海龍王寺のパンフより撮影した五重小塔
(国宝)
当時の伽藍は、中金堂、東金堂、西金堂と三つの金堂が建ち、
回廊が中門から東西両金堂を囲うように伸びて中金堂の
左右に達していた。又、東金堂、西金堂には五重小塔が一基
づつ安置されて対をなしていたという。 -
雪柳が境内一面に咲き乱れ
「花の寺」として有名なことが良くわかる。 -
-
門に貼ってあった観音様のポスター
-
法華寺へとやってきた。
不退寺~海龍王寺~法華寺と順番に歩いてきて
段々規模の大きな寺院にやってきたという印象を受けた。 -
参拝受付は赤門から。
(他に南大門がある。)
十一面観音菩薩像の特別開帳は3/20~4/7まで。
特別公開期間の入場料は1000円だった?
(名勝庭園の公開もされていたようだったが、
その折りには気づかずに残念なことだった。) -
ひな会式という催しもあるようだ。
十一面観音の前に、55体の善財童子を並べて、
光明皇后の年忌法要を執り行うようだ。
式は14:00からで、法要中は拝顔制限があるそう。 -
法華寺の創建は奈良時代。
聖武天皇の皇后・光明皇后の発願によって
それ迄光明皇后の父、藤原不比等邸だった場所に
七堂伽藍を建立。
741年、聖武天皇は「国分寺・国分尼寺建立の詔」を
出され、東大寺を総国分寺、法華寺を総国分尼寺と
された。 -
浴室(からふろ)
今でいうサウナのこと。
現在の建物はは明和3年(1766年)に再建。 -
内部にはかまどや風呂屋形があり
薬草で蒸し風呂をたくようになっているそうだ。
昭和初期まで夏と冬に使われていたとのこと。
この「からふろ」は「我自ら千人の垢を去らん」という
光明皇后の発願から、庶民に対して開かれたもので
福祉施設の原点ともいえるもの。 -
からふろの更に奥にあるのが
「光月亭」(旧東谷家住宅)
奈良県指定文化財、江戸時代のもの。
昭和46年、月ヶ瀬村から移築されてきた。 -
丸みのある茅葺屋根、深い軒、
内部は自然のままを生かされて使用されている
梁や煤竹の天井などなど
内部で休憩してお茶などいただけるようになっている。 -
本堂
淀殿の寄進により、桃山時代に再興された建物。
一部には天平、鎌倉時代の古材が使用されているそうで、
天平建築の特徴を踏襲しつつ、各所に金具飾りなどには
桃山建築の豪奢な特色がみられるようだ。 -
ご本尊・十一面観音菩薩立像
お姿は光明皇后が蓮池を渡られる姿を写したものと伝わるそう。
かや材の木目を生かし、蓮のつぼみや葉を後光のように配した
珍しい光背を持つ。
長年秘仏だったとのことで、当時の彩色も残っていて、1メートル
ぐらいのお姿だが印象的。
(写真は購入した絵葉書を撮影したもの。) -
-
護摩堂と鐘楼(左側)
鐘楼の鬼瓦には慶長7年(1602年)と刻まれている。
本堂や南門と同じ桃山時代に再建されたとみられているそう。 -
もう一度ご挨拶をしてあとにした。
-
いただいた御朱印。
-
佐保路の一部分、
折から特別公開期間中の二寺のご本尊を拝顔できたこと
嬉しかった。 -
帰路、どんな路線バスに乗ったらよいのやらわからず
タクシーが来たら捕まえようと思いながら
JR奈良駅に向かって歩き出したら
川べりに見事に桜並木が続くところまで
やってきた。 -
こんな真っ盛りの桜。
-
橋を渡ったところで
「佐保川」ということが分かった。
江戸時代末期 「川路聖謨」という方が
植樹されて今に至るようだ。
総延長は5kmに及ぶ。
夜、食事に出ての帰り道、もう一度この川べりを
たまたま歩いたが、その折には真っ暗闇となっていて
桜並木を愛でる余裕はなくなっていたのが残念。 -
途中でタクシーを拾って
JR奈良駅前にあるホテルに帰ってきた。
ホテルは前回も宿泊したピアッツァホテル奈良。 -
-
丁度日が沈むころだった。
-
CAFE&RESTAURANT POOL
という名前のレストランを予約していたので
その後タクシーで出かけていった。
(入り口の写真は、POOLさんのホームページ
より借用。) -
内部の写真撮影はご遠慮くださいとのコメントがあった。
CATSの劇場内部みたい(キャッツはがらくたばかりだったが
そんなイメージで、飾りつけられていて、フォトジェニックで
ついつい撮りたくなってしまいそう。)
スタンダートお任せコース(@3800円)をお願いしてあった。
グリーンピースのポタージュ
菜の花添え(葉っぱつき) -
カルパッチョ (お魚はイナダだった?)
下の写真
カモ肉のソテーと野菜たち
(それぞれが滋味あふれて美味しかった!)
上の写真 -
友人が頼んだデザート
(イチゴサンデー?上に載っているのはパイ。)
私たちの席は2階にあって、吹き抜けにある階段を
ぎしぎし言わせながら上がっていったのです。
船橋商店街という通りにあって、ランチもかなりにぎわうようです。
食後、店長さん?自ら外までお見送りに出てきて下さった。
そして帰り道を佐保川沿いの桜をみながら帰るように
アドバイスくださったのでした。
丁度良い時間帯ならぼんぼりに灯が灯っていたのでしょうが
あいにく、その灯を皆さんが消して回っている時刻となっていた。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
奈良旅
-
前の旅行記
飛ぶ鳥の、明日香の里を、置きて去(い)なば、、、
2020/11/04~
飛鳥
-
次の旅行記
般若寺をあとにし、奈良の大型物件・東大寺で久しぶりの参拝 :奈良の旅行記3.
2022/04/02~
奈良市
-
2015年の終わりに、奈良にて。
2015/12/29~
奈良市
-
奈良、山の辺の道を歩く。新薬師寺界隈。
2015/12/29~
奈良市
-
当尾の石仏を巡って山里を歩いた。実はそこは京都府!
2015/12/30~
木津・加茂
-
年末の飛鳥を MICHIMO で走ってきた。
2018/12/27~
飛鳥
-
まほろばの 奈良の都には、 いにしえびとの想いがうずまく。
2020/11/03~
奈良市
-
飛ぶ鳥の、明日香の里を、置きて去(い)なば、、、
2020/11/04~
飛鳥
-
ご本尊の春季特別公開のお寺をたどったら、佐保路沿いだった:奈良の旅行記1.
2022/04/01~
奈良市
-
般若寺をあとにし、奈良の大型物件・東大寺で久しぶりの参拝 :奈良の旅行記3.
2022/04/02~
奈良市
-
大化の改新のきっかけを作った中大兄皇子と中臣鎌足の談合の場、談山神社。
2023/07/08~
桜井・三輪・山の辺の道
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (8)
-
- マリアンヌさん 2022/05/11 11:33:52
- 佐保路
- mistralさん
奈良は高校の修学旅行後、2度位しか訪れていないのです。
佐保路という音に憧れていた少女時代を想起します。
不退寺のお庭には歌も記載してあるのですね。
近所の万葉植物園にも百人一首が飾られていて、親近感が湧きました。
「ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとは」
この歌は覚えていて百人一首では狙ってました(笑)
海龍王寺の十一面観音立像、良いお顔をされてますね。
素敵だけど何故か西欧のへっぽこロマネスク顔に惹かれる私ですが。
法華寺、聖武天皇、光明皇后というと国分寺に住んでいる身としては縁を感じずにはいられませんね。
奈良も行ったことがない場所が多く、佐保路にも行きたくなりました。
マリアンヌ
- mistralさん からの返信 2022/05/11 18:45:21
- RE: 佐保路
- マリアンヌさん
こんばんは。
こちらにもありがとうございます。
> 奈良は高校の修学旅行後、2度位しか訪れていないのです。
> 佐保路という音に憧れていた少女時代を想起します。
高校生時代は「佐保路」なる言葉さえ知りませんでした。
このコロナ禍がなかったなら、奈良に入れ込むこともなかったかも知れません。
> 不退寺のお庭には歌も記載してあるのですね。
> 近所の万葉植物園にも百人一首が飾られていて、親近感が湧きました。
> 「ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとは」
> この歌は覚えていて百人一首では狙ってました(笑)
有名な歌が百人一首で詠まれたら、待ってましたとばかりに手が出ますね。
でも、そんな経験も私はなかったですね。
マリアンヌさんは当時から歴女、それも古代通だったんですね。
> 海龍王寺の十一面観音立像、良いお顔をされてますね。
> 素敵だけど何故か西欧のへっぽこロマネスク顔に惹かれる私ですが。
へっぽこロマネスクに会えなくなって久しいですね。
端正なお顔の十一面観音さまを参拝しつつ、一方では
yunさんの巡礼道の旅行記を読みながら、羨ましいなあ、などため息をついています。
>
> 法華寺、聖武天皇、光明皇后というと国分寺に住んでいる身としては縁を感じずにはいられませんね。
> 奈良も行ったことがない場所が多く、佐保路にも行きたくなりました。
確かに、国分寺お住まいですと、聖武天皇へと連想されますね。
日本国内、あちこち未訪問の地も多く、
行ったら行ったで又そこにはまってしまいます。
足が元気なうちに、頑張らなくては、と思う今日この頃です。
mistral
-
- 川岸 町子さん 2022/04/21 12:48:52
- 穏やかなお顔
- mistral さん、こんにちは(^-^)
奈良、大和
とてもいい響きがします。
私はついつい駆け足周りです。
丁寧に歩かれると、こちらのような穏やかなお顔の仏像や、花咲くお寺に出会えるのですね。
最初の仏像がどのような色彩でおられたのか、空想するだけでもワクワクします!
しかも、ちょうど佐保川沿いの桜の季節とは、素敵です。
奈良らしい姿の桜ですね。
修学旅行で訪れたお寺を再訪し、私もmistral さんの真似をして、大人の奈良旅をしてみたいと憧れます(^-^)
町子
- mistralさん からの返信 2022/04/21 14:47:52
- RE: 穏やかなお顔
- 町子さん
こんにちは。
いつもコメントを有難うございます。
> 奈良、大和
> とてもいい響きがします。
京都も素敵ですが、奈良、大和はまた違った趣を感じますね。
> 私はついつい駆け足周りです。
私も自分ではそれなりには駆け足のように思っていますが、
段々、年とともにペースダウン?沢山は回れないからかなり限定的廻り方に
なっているかもしれません。
> 丁寧に歩かれると、こちらのような穏やかなお顔の仏像や、花咲くお寺に出会えるのですね。
折から桜の満開の季節でした。
夫と行く旅では、このようなベストシーズンの旅はなかなか難しいのですが
今回は桜を狙いました。
丁度春のご本尊の特別公開の時期にも合わせられました。
ラッキーなことに、行ってみたい、お会いしたいと思っていた観音様方にお会いできました。
> 最初の仏像がどのような色彩でおられたのか、空想するだけでもワクワクします!
そうですね。
多分、大きなリボンをつけた観音様、
もっと華やかな佇まいでおられたんでしょうね。
> しかも、ちょうど佐保川沿いの桜の季節とは、素敵です。
> 奈良らしい姿の桜ですね。
たまたま歩きはじめたら、川辺を取り囲むように延々と続いている桜並木に出会い、
再び夜桜の下を歩くことになったのは
最初から意図したわけではないのに、不思議な感じがしました。
桜に呼び寄せられた旅、となりました。
> 修学旅行で訪れたお寺を再訪し、私もmistral さんの真似をして、大人の奈良旅をしてみたいと憧れます(^-^)
町子さん、すでに大人旅をなさっておられますよ。
ただ、大人旅はだんだん体力が衰えてきて
自分で想定していたとおりには歩き回れなくなる旅でもあります。
これは私自身で実証ずみです(笑)
mistral
-
- しにあの旅人さん 2022/04/16 17:12:49
- 佐保路、いい響きです。
- みなさんやっと旅を再開したようです。このままコロナちゃんが落ち着いてくれることはないでしょうが、だいぶ付き合い方がわかってきました。
不退寺をグーグルマップで調べたら、この辺りは、磐姫の大后の古墳を探して走り回ったところです。こういうお寺があるとは知らなかった。結局古墳は車では行けませんでした。この辺りは車はダメですね。歩くか、自転車です。
次があれば、法華寺の駐車場に車を置いて、自転車で回ります。平地であることはわかっているので、人力自転車でもなんとかなるかも。
海龍王寺は好きなお寺です。昨年11月にも行きました。壁の漆喰が落ちて、ちょっと荒れた感じがよかった。来月あたり、私たちの旅行記でも取り上げるつもりです。
この時は天平の生き残り、西金堂ばかり見てきて、本堂を見なかった。こういう仏様がいらしたのですね。
法華寺と海龍王寺は不比等の屋敷ですから、間違いなく光明皇后、娘時代の藤三娘が歩いていたところで、親子でどんなことを話したか、想像を掻き立てられます。気の強い子だなあ、と不比等は思った、かな。
佐保路というと、大伴一族の縄張りですよね。旅人も家持もどこかに屋敷を構えていたはず。
そんな雰囲気が残っているといいのですが。
- mistralさん からの返信 2022/04/17 21:40:41
- RE: 佐保路、いい響きです。
- しにあの旅人さん
こんばんは。
いつもコメントを有難うございます。
> みなさんやっと旅を再開したようです。このままコロナちゃんが落ち着いてくれることはないでしょうが、だいぶ付き合い方がわかってきました。
そうですね。
外出の際、旅に出かける際でも、充分に気を付けてさえいたなら、それほど怖い相手ではないことが段々分かってきました。
コロナちゃんと呼ぶにはちょっとネーミング負け(勝ち?)している感がありますが。
> 不退寺をグーグルマップで調べたら、この辺りは、磐姫の大后の古墳を探して走り回ったところです。こういうお寺があるとは知らなかった。結局古墳は車では行けませんでした。この辺りは車はダメですね。歩くか、自転車です。
> 次があれば、法華寺の駐車場に車を置いて、自転車で回ります。平地であることはわかっているので、人力自転車でもなんとかなるかも。
不退寺の周辺、走り回られていたんですね。
この周辺は確かに古墳が沢山ありそうですね。
大通りを一本はずれると、あとは細い道が多いようですから、確かに自転車が便利そうですね。しにあさんは折り畳みの自転車をお持ちですから、機動力は自転車が発揮しそう。
> 海龍王寺は好きなお寺です。昨年11月にも行きました。壁の漆喰が落ちて、ちょっと荒れた感じがよかった。来月あたり、私たちの旅行記でも取り上げるつもりです。
> この時は天平の生き残り、西金堂ばかり見てきて、本堂を見なかった。こういう仏様がいらしたのですね。
海龍王寺、私も気に入りました。佇まいがとっても素敵でした。ぐるりと巡らされた塀の色合い、古びた感じなどなど、いかにも奈良のお寺といった雰囲気いっぱいで。
観音様は普段は非公開のようです。前立仏がおられるようです。
> 法華寺と海龍王寺は不比等の屋敷ですから、間違いなく光明皇后、娘時代の藤三娘が歩いていたところで、親子でどんなことを話したか、想像を掻き立てられます。気の強い子だなあ、と不比等は思った、かな。
あのあたり一帯は不比等さんのお屋敷だったとか。そこを光明皇后が受け継がれたようですね。法華寺に造られたお風呂(蒸し風呂)で、皇后はしもじもの方々の手足などを洗ってあげていたとか。これは実話なのでしょうか?
> 佐保路というと、大伴一族の縄張りですよね。旅人も家持もどこかに屋敷を構えていたはず。
> そんな雰囲気が残っているといいのですが。
家持さんの叔母さまでしたか?この近辺にお住まいだったとか。かつては大和朝廷にあっても重用された大伴一族。やがて旅人、家持の時代には地方廻りが多かったのでしょうが、どこかに住まいがあった形跡がありそうですか?すでにこの周辺の探索はお済みなことでしょうね。
mistral
-
- pedaruさん 2022/04/12 04:45:23
- 奈良を歩く
- mistralさん おはようございます。
最初に不退寺と言う名が出てきて、ぞくっとしました。奈良と言えば東大寺など連想するしか不案内ですが、いかなる寺か期待に身構えました。
何気ない田舎の草深い道、自然体の通路の先には、国内有数の文化財、歴史で彩られた古刹が待っていました。こんなところを、静かに歩く、季節良し、陽射し良し、相棒良し、こういう旅がしたいものです。
pedaru
- mistralさん からの返信 2022/04/12 10:56:27
- Re: 奈良を歩く
- pedaruさん
いつもコメントをいただきましてありがとうございます。
前回pedaruさんが書かれておられましたが、自分に関心のないところは
さっと立ち寄りしただけで1票を投じる、
だけでなく中身を読んでいただけるのは嬉しいものです。
耳慣れなかったところにたどり着くのは、本当に骨が折れます。
バスから降りてもすぐにはたどり着けず、彷徨いました。
着いた先で、期待どうりの観音さまに出会い
さびれ具合の塩梅が程よく
そこで日向ぼっこされておられたかのような(前?)住職さんと
お話を交わす、、、
不退寺には街の喧騒からまるで隔離されたような時が
長いこと流れてきていたかのようでした。
旅の相棒とは、多分賑やかに歩き、
絶好の開花時期に恵まれた奈良を満喫してきました。
夫との旅では、色々な制約があって
絶好の、という時を逃しがちとなります。
これからも良き相棒との旅、できたら行きたいなあ。
mistral
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
奈良市(奈良) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 奈良旅
8
64